緑肉で埋め尽くされた『
このレヴィスと名乗る女の『怪人』とは、アイズは今まで何度も戦ってきた。
互いに、勝つこともあれば負けることもあった。
だが、それらの戦いでは、どちらかの死亡という明確な形での決着がつくことはなかった。
ゆえに、今回の戦いでアイズは、今度こそ決着をつけるべく今まで隠し続けていた切り札を使った。
それは、一つの『スキル』。
【
人間相手には効力を発揮しない『スキル』であるが、今回、アイズは相手を『人の形をしたモンスター』として定めてこの『スキル』を使用した。
『怪人』は、『穢れた精霊』が人間に極彩色の魔石を埋め込むことで誕生する。本来、魔石というものはモンスターの体内にしか存在しない。よって、アイズはこの『怪人』をモンスターと断定することで、『スキル』の効果を通したのだ。
【復讐姫】は、アイズの『魔法』である【エアリエル】を黒い風へと変える。
それによって、風はより猛威を増し、『怪人』レヴィスを追い詰めた。
すると、レヴィスもそれに対抗し、『魔城』を構成する緑肉を己の身体に取りこみ、より人間の姿からかけ離れていく。
それにつれ、【復讐姫】の効力も上昇していき、レヴィスをさらに追い詰めていく。
しかし。
アイズは限界に近かった。
黒い風は、アイズの身体に多大な負荷をかけ、さらには彼女が持つ『
そして駄目押しのように、『スキル』の副作用がアイズの精神を少しずつ壊し始めている。
【復讐姫】の『スキル』はレヴィスを追い詰めているようで、実際のところ追い詰められているのはアイズ自身であった。
長く保たない。早く決めなければ。
アイズは焦りを感じるが、相手は高い再生能力を持つ『怪人』だ。しかも、周囲にある緑肉が、『怪人』の身体を次々と補強していく。
――いっそ、この『スキル』がもたらす破壊衝動に、全てを
アイズがそう考えたところで……彼女の耳に、鐘の音が届いた。
「あっ……」
「なんだ? この音は」
上の階層から、緑肉を貫通するかのように響く音に、アイズはハッして、レヴィスは怪訝な表情を浮かべる。
その鐘の音は、アイズにとって聞き覚えのある音であった。
新しい『スキル』に目覚めたと言って、喜々として披露してくれた、年下の少年。その少年が『スキル』を使うとき、このような音が鳴っていたはずだ。
自身の『スキル』に精神を汚染され、ボンヤリとしていたアイズの意識が、ハッキリと戻ってくる。
そして――彼女の脳裏に、一人の少年の顔が浮かんできた。
「ベル、さん……」
アイズは件の少年ベルに、目の前の『怪人』レヴィス対策を練るため、この黒い風も一度見せたことがある。
この『スキル』の使用に懸念を見せたリヴェリアたちと違い、ベルはアイズの黒い風を一切否定しなかった。
だが、ベルはこんなことをアイズに言った。
『アイズさんの本来の神聖な風と、闇の力を持つ黒い風。両方合わさったらすごそうですね』
それは、歴戦の騎士としての言葉ではなく、思春期特有の少年心がもたらしたただの戯言。
しかし、その言葉は、アイズの心に深く刻まれた。そして、ラキア王国との戦争が終わった後に、追加で少年に芽生えたスキル名も、アイズの心に衝撃を与えた。
ゆえに。
聖と魔の名が混在する『スキル』、【
それは、精霊の力を宿す
それは、復讐の念を込めた
いつの間にか、その二つの風が、アイズの周りを取り囲んでいた。
「なんだ……なんだそれは、アリア! 今度は何をするつもりだ!」
アイズのことをアイズの母の名である『アリア』と呼ぶレヴィスは、警戒心を高めて身構える。
だが、その防御は、アイズが今日まで訓練の場で相手してきたイヴァリースの騎士、ベル・クラネルのものと比べると、稚拙なものであり……。
アイズは、必殺の一撃を放つべく、愛剣を構えて強く踏みこんだ。
必殺技の名を宣言すると、威力が上がる。
そんなロキの言葉。
詠唱や技名の宣言をすると、全剣技の発動が確実になる。
そんなベルの言葉。
二つの言葉を信じ、アイズは技の名を宣言する。
それは、アイズの中に芽生えた
「――
全てを終わらせる終焉の剣技が、『怪人』の胸の奥深く、極彩色の魔石を深く切り裂いた。
◆◇◆◇◆
ベル・クラネルは、『魔城』を駆けていた。
共に進むのは、指揮とサポーターに徹して進むリリルカ・アーデ。
そして、もう一人、いつだかの『
さらに、その三人の周囲を【ロキ・ファミリア】の二軍と三軍から選出されたメンバーがガッチリ固めている。
彼らは、人造迷宮の奥底へと侵攻していた。
目標は、『魔城』攻略中に発見された、七体目の『
竜のモンスターと融合した精霊、仮称『ニーズホッグ』だ。
リリルカの指示で、【ロキ・ファミリア】のメンバーが、魔法攻撃を大幅減衰させる『
さらに、リューが魔法を放ち、聖樹の枝から切り出された木刀を振るって、肉塊を潰していく。
その最中、ベルはただひたすら剣を握ったまま、精神集中を続けていた。
この『魔城』と、地上のオラリオに響く鐘の音は、そのベルが握る騎士剣《エクスカリバー》から響いている。
【
ベルが『魔城』に踏みこんでから、既に五分以上経っている。
鳴り響く
しかも、彼には金色の粒子がまとわりついていた。【ロキ・ファミリア】の団員、春姫が『妖術』を使って施した強化だ。
現在、ベルは一時的にランクアップし、『Lv.2』となっている。
春姫の『妖術』、【ウチデノコヅチ】は、対象の『Lv.』を十数分間だけ一段階上げるという破格の効力を持つのだ。
そうして、力を溜め続けるベルは、リリルカ、リュー、【ロキ・ファミリア】の献身により、とうとう目的地に辿り着いた。
そこには、竜が居た。
巨大な竜だ。
ベルはイヴァリースで、野生の竜と戦ったことがある。
この世界に帰ってきてからも、旅の道中で『竜の谷』から出てきた一匹の竜を討った。
しかし、目の前にいる竜は、それらと比べても巨大で、そして邪悪な姿をしていた。
邪竜。そう呼ぶのに相応しい、お伽噺の中から飛び出してきたような、強大な竜であった。
その竜の胸からは、『精霊の分身』であろう女性体が生えている。
恐ろしい敵だ。
だが、この場に居る誰も、怯えてはいなかった。
彼らは皆、冒険者。越えるべき『冒険』を前にして、臆することはない。
彼らは、ただ無言で陣形を展開し、力を溜め続けているベルが邪竜に一撃を与える隙を作るべく、戦闘を開始した。
ベルは、前進する。その身を守られながら、白金に輝く盾、そして黄金に輝く騎士剣を構え、真っ直ぐ前進する。
そして。
「【
ベルが選んだ技は、『聖剣技』。それは、相手を一撃で戦闘不能に陥らせる、即死系の状態異常を持つ技。
それが、【
「――【
邪竜『ニーズホッグ』は、その全身を強大な『聖なる剣気』で蹂躙され、『魔城』の果てまで届く断末魔の叫びと共に、息絶えた。
◆◇◆◇◆
『ニーズホッグ』の死の
当然、その声はディオニュソス神のもとにも届いている。
「馬鹿な……」
まさかの『ニーズホッグ』の死。その結果に、ディオニュソス神は
そんな彼をロキ神は【ヘルメス・ファミリア】の面々の後ろから、愉快そうに笑って言う。
「ヒントを散りばめて遊んだ末の敗北とか、道化やなぁ。あっ、
クツクツと笑い続けたロキ神は、やがて腹を押さえながらディオニュソス神を指さして言った。
「ま、あとは天界で地上が繁栄する様子をのんびり見ているんやな」
そのロキ神に対し、ディオニュソス神は一つの反応を示した。
「――フィルヴィス! こいつらを殺せェ!」
その叫びに、ディオニュソス神を守るように立っていた二人の少女が、同時に魔法を詠唱し始めた。
「【終わる幻想、還る魂――引き裂けぬ
ここに来ての反撃開始に、ヘルメス・ファミリアの一同は瞬時に戦闘体勢に入った。
だが、少女たちの詠唱の完成は、あまりにも早かった。
「【エインセル】」
夕刻の闇に支配され始めていた外壁に、閃光が走る。
とっさに神の二柱を守るよう壁となる【ヘルメス・ファミリア】だが、敵の『魔法』は攻撃ではなかった。
そもそも『魔法』の発動をしたわけではなかった。少女たちは、『魔法』を解除しただけであった。
たった一人の【ディオニュソス・ファミリア】団員である彼女が発動していた『魔法』は、分身魔法。
己を二人に分けるという、なんとも奇妙な『魔法』であった。
それと同時に、魔力の嵐が外壁に吹き荒れる。
少女フィルヴィスがまとっていたローブが破れ、肌が露出する。
しかし、そこには扇情的な雰囲気は欠片も含まれていなかった。
魔法解除の光に一瞬、目をつぶっていたロキが目を開いて見たのは、極彩色の魔石だ。
胸もとから生えるその魔石からは、薄紅色の『根』とでもいうべき器官が、彼女の全身に張り巡らされている。
髪は伸び、肌は青白くなり、人のようで人ではない存在に少女は姿を変えていた。
「が、合体して『
ロキ神がぼやくように言うと、隣に居たヘルメス神がつぶやく。
「いや、多分、分身魔法を解除したんだ。そして、
「あー、なるほど!」
そんなのんきな会話をしている前方では、【ヘルメス・ファミリア】の面々が、『怪人』フィルヴィスから感じる気迫に息を飲んでいた。
武器を構え、話に聞く『怪人』の攻略法を頭の中で練る。
一方、ロキ神はペースを崩さず、『怪人』に守られるディオニュソス神に向けて言った。
「この後に及んでとんずらこくつもりかいな」
「ああ、逃げる。そして、次こそはオラリオの全てを根絶やしにする」
「させると思うか?」
「こちらからも言わせてもらおう。たったそれだけの人員で、私を捕らえられると思っていたのか?」
ディオニュソス神のその言葉に追従するように、『怪人』フィルヴィスは赤緋色から澱んだ深碧に変わったその瞳を怪しく輝かせた。