ダンまちTACTICS   作:Leni

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39.猫の復讐劇

 リリルカ・アーデは、『下層』まで着いてきてしまったことを心の底から後悔していた。

 

 相手は『闇派閥(イヴィルス)の残党』。しかも、『下層』のモンスターに騎乗しており、隠し球として『深層』のモンスターも潜んでいる可能性が高い。

 そんな中、『Lv.1』のリリルカは、戦力的にはなんの役にも立たない。

 だからといって、自分一人ではこの場から帰ることもできない。それどころか、戦いの場から距離を取り過ぎただけで、一般通過モンスターに絡まれて死あるのみである。

 

 あまりにも場違いで足手まといだ。明らかに、これから戦うベルにとってお荷物である。

 

 しかし、ここまでくる道中で、リリルカがベルの背中に引っ付いて指示を出していないと、そもそもベルは慣れない『中層』で迷ってしまいリューに追いつけなかっただろう。

 そして、一人で『闇派閥の残党』の猫人(キャットピープル)を追ったリュー・リオンには、ベルという追加戦力が必要だった。

 

 リリルカが見た限り、リューよりも猫人のジュラ・ハルマーが繰る獣型モンスターの方が速度に優れていた。

 よって、リューが我を失ってジュラを追っている間、ジュラはリューを思い通りの場所に誘導することができた。

 

「罠……罠ですよねぇ……」

 

 リリルカは、小人族(パルゥム)特有の優れた眼力で、ジュラの周囲に不自然な箇所を見つけた。

 地面に罠が仕掛けられていることは、明らかであった。

 

 ダンジョンの床や壁は、冒険者が故意に傷付けたとしても、時間経過で再生する。よって、地面を掘り返して何かを埋めたという可能性は低い。となると、床の上に罠を仕掛けて、さらにその上に何かを盛っている。リリルカがそれをパッと見ただけで判断できる状態になっていた。

 これだけ足もとに違和感があるならば、頭に血が上っているリューや、どこか抜けたところのあるベルでも罠を見抜けるだろう。リリルカはそう判断し、二人に注意を促した。

 

「地面に気を付けてください!」

 

「あっ、そうだ! 覆面エルフさん、『ラムトン』がどこかに潜んでいます!」

 

「ええ、分かっています。『深層』のモンスターを一人で相手するには、戦いのブランクが大きい。クラネルさんが来てくれてよかった」

 

 だが、リリルカの言いたいことは伝わらなかった。

 二人は、どこかに潜んでいるであろう『ラムトン』こと巨蛇モンスター『ワーム・ウェール』のことばかり気にしている。その一方で、物理的な罠には無頓着のようであった。

 このお馬鹿、と叫びそうになりながら、リリルカは二人に向けて声を発する。自らの『スキル』を意識して。

 

「罠!」

 

 それだけで、二人はリリルカの考えていたことが正確に伝わった。

 これは、リリルカが持つ『スキル』の効果だ。

 

旗下集結(コマンド・オーダー)】。声に自らの意思を載せて、仲間と判断した者にだけその意思を伝えるという『スキル』。

『王国』との戦争での経験が反映された、対人戦の指揮で非常に有効な新しい『スキル』であった。

 

 ちなみに、リリルカが声に載せた意思には、「このお馬鹿!」という意思も見事に含まれていた。

 まさかの罵倒に、激情に駆られていたリューの感情が、わずかに鎮まる。

 

「……危うく、無警戒に飛びこむところでした」

 

 そこで、リューもようやく地面に仕掛けられたあからさまな罠を見抜いた。

 相手は『闇派閥の残党』。どのような危険物が仕込まれているのか、分かったものではない。

 

「くはははは、気付かれたか! ま、さすがに見抜くよなぁ」

 

 左手に鞭を構えながら、獣型モンスターの上で笑う猫人の男、ジュラ・ハルマー。

 彼もあの『闇派閥の残党』ならば、相手にベル・クラネルという規格外の戦力がいることは知っているはずだ。しかし、それでも彼の余裕の表情は崩れない。

 その余裕を保っている理由を少しでも探るため、リリルカは再び『スキル』を発動した。

 

「リュー様」

 

 その一言で、リューはリリルカの思惑を察する。

 そして、リューはリリルカがジュラの興味を引かないよう、すぐに次の行動を取った。

 激情に身を任せているふりをしての尋問だ。

 

「ジュラ・ハルマー、その命、この手で絶ってやったと思っていましたが……」

 

「知っているか? 悪党はそう簡単には死なないんだぜ?」

 

「トドメを刺した後に、死体を確認するべきでしたか……。いえ、トドメは今からでも遅くない」

 

「死ぬのはテメエだよ。テメエの死体から背中の皮を剥いで、額縁に飾ってやるぜ」

 

 冒険者の背中には、【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれている。『神の恩恵(ファルナ)』を受けた証である。

 それを切り取って飾るという悪趣味極まりない発言に、リューは眉をひそめる。

 だが、それでもなお、彼女は激昂せずに会話を続けた。

 

「では、あなたの死体は地上まで持ち帰って、その背中に刻まれた新たな邪神の名をジックリと確認させてもらう」

 

「ギルドまで持ち込むってかぁ!? できねえだろうが、薄汚れた賞金首がよ!」

 

 大きく身振りをしながら叫ぶジュラの発言に対し、さらに反応を重ねようとしたリュー。

 だが彼女は、とっさにその場から飛び退いた。

 同時に、ベルが背後にいるリリルカのもとへと駆けていき、彼女の胴を抱えて跳躍。

 すると次の瞬間、巨大な何かが地面を割って飛びだしてきた。

 

『ラムトン』である。

 ダンジョンの床を穿孔して移動する、危険極まりないモンスター。当然、無音で地面を移動するとはいかないが、ジュラは大声をあげることでその音を誤魔化そうとした。ただし、『ラムトン』の真上にいたリューとベルは、地面の揺れとともにその兆候を察知していた。

 

「来ましたか! 『ワーム・ウェール』!」

 

『深層』、ダンジョン37階層を根城とする『稀少種(レアモンスター)』。凶悪極まりない存在が、とうとうリューたちの前に現れた。

 

 青い皮に覆われた、巨大な蛇型のモンスター。

 初めて見る強敵に、リュー、そしてベルが体勢を整えて再び剣を構える。

 

 一方、ベルに突き飛ばされるようにして『ラムトン』の被害範囲から逃れたリリルカは、観察に努める。

 

 ギルドが定める『ラムトン』の潜在能力(ポテンシャル)は『Lv.4』。同じく『Lv.4』のリューならば、なんとか戦える強さのモンスター。

 では、ベルならば? 彼の戦力は、『Lv.6』と同等の領域にある。

 そのベルの正確な戦力をジュラ・ハルマーは把握しきっていないとしても……『Lv.5』を含む『闇派閥の残党』集団を打倒したメンバーにベルがいたことは、ジュラもさすがに聞き及んでいるはずだ。

 

 ジュラの余裕のほどは、『ラムトン』という手札によるものだけなのか?

 リリルカは違和感をぬぐえないまま、目の前で鎌首をもたげる『ラムトン』をよく見た。

『ラムトン』の頭部には、怪しく光る宝石が()まった首輪が付けられている。

 その首輪は、ジュラが乗る四つ足の獣型モンスターの首にも嵌められていた。

 

 リリルカは推測する。おそらくは、魔道具(マジックアイテム)。モンスターを支配する類の魔道具なのだろう。

 その推測を彼女は、呼吸音に『スキル』を載せることで、リューとベルに伝えた。

 

 以心伝心。リリルカの推測を聞いたベルは、リューに問う。

 

「破壊、しますか?」

 

『ラムトン』の首輪を破壊するかの質問だった。

 ベルは、リューの正体を詳しくは知らない。だが、おそらくはこの場において、一番ダンジョンやモンスターの生態に詳しい存在であろうと考えていた。

 よって彼は、リリルカではなくリューに作戦を尋ねたのだ。

 

「いえ、制御されていない超大型モンスターの方が厄介だ。このまま倒してしまいましょう」

 

 そのリューの返答に、なるほど、とベルは納得した

 あのモンスターを制御する首輪は、モンスターを絶対服従とする代わりに、モンスターの自由意志を奪って戦闘中の判断力を低下させているのだろう。ベルは初めて見るモンスターながらも、『深層』のモンスターとして考えるには、あまりにも大人しい『ラムトン』の状態を直感的に見抜いた。

 

 そして。

 ベルは『ラムトン』の正面に立ち、勇敢にも戦いを挑んだ。

 リューは遊撃としてジュラと獣型モンスターを牽制しつつも、隙を見て『ラムトン』へと攻撃を重ねていく。

 

「防御は任せてください!」

 

「取り付かないように! 地面の潜行に巻き込まれます!」

 

 果敢に攻め、相手と互角以上の戦いを繰り広げる二人。

 

 一方、リリルカは、少し距離を置いて罠の有無の再確認と、この階層のモンスターが出現しないかの監視に努めた。

 ここまでくると、リリルカにできることは少ない。だが、彼女には重要な役割が一つだけあった。それは、上の階層にいる『フィン・ディムナ』に『眼晶(オクルス)』を用いて戦いの様子を中継することだ。

 リリルカでは、そして『ラムトン』と戦う二人では見落としてしまう何かをフィンならば気付いてくれるかもしれない。そう期待してのことだった。

 

 実際、『眼晶』に映る映像からは、フィンによる『ラムトン』攻略の手法が、声でジュラにバレてしまわないよう筆談で伝えられていた。

 リリルカは、その攻略法を自らの『スキル』でもって、二人にさらに伝えた。

 

 相手は超巨大な37階層の『深層』モンスター。だが、その戦い方さえ分かってしまえば、脅威度はそこまで高くない。そうベルは思った。

 巨体による体当たりは、かつて【アルテミス・ファミリア】を救うときに戦った『アンタレス』の尾による一撃の方が重い。

 さらに、手足がないため、攻撃方法がワンパターン。

 慣れてくると、盾で攻撃を防ぐまでもなく回避できるようになった。

 余裕を持って距離を取り、『聖剣技』を当てるのも容易になってくる。

 けして油断はしていないが、『ラムトン』はベルが本気で苦戦するほどの敵ではなかった。

 

「――【無双稲妻突き】!」

 

 やがて、リリルカ経由でフィンから伝えられた、『ラムトン』の体内にある魔石の位置を把握したベル。

 彼は、『剣気』による鋭い突きで『ラムトン』を深く穿(うが)った。

 魔石が砕かれたモンスターは、全身が灰になってしまう。『稀少種』である『ラムトン』こと『ワーム・ウェール』も例外ではない。

 その巨体に相応しい量の灰が、水がしたたる25階層に撒き散らされ、小山を作り上げるように積もった

 

 あっけない勝利。『ラムトン』は確かに強大で、それに相応しい生命力も備えていた。

 ベルが魔石を打ち砕くまでにも、相応の時間が経過している。だが、その間ずっと、ジュラはなんら切り札らしき何かを見せようとはしていなかった。

 

 その事実にベルはいぶかしく思うも、残心を解き、次なるジュラの手を警戒する。

 

 対するジュラは、余裕を崩さぬ顔でもって、獣型モンスターに乗りながらリューと対峙を続けていた。

 その彼が、戦いに敗れた『ラムトン』の灰の山をチラリと見て、言う。

 

「あーあ、こんなにダンジョンをめちゃくちゃにしやがって」

 

「……?」

 

 それと相対するリューは、彼の発言の意図がつかめず眉をひそめた。

 だが、ジュラはそのリューの態度を鼻で笑いながら、言葉を続ける。

 

「でも、これだけでは足りないと思わないか? なあ、【疾風】よ」

 

 ジュラが問いかけるように、リューの二つ名を呼んだ。すると、リューが彼の言葉で何か動揺したのか、身体をわずかに震わせる。それを面白おかしく思ったのか、口もとに笑みを浮かべながらさらにジュラが言った。

 

「ヤツの出現には、足りないなぁ」

 

「……まさか」

 

「思い出せ。これでは全然足りていない。そうだろ? 【疾風】」

 

「やめろ」

 

「だから、もっとダンジョンを破壊することにした」

 

「やめろ……」

 

「ちなみに、25階層から27階層は、ダンジョン側からは一つの階層として扱われるんだぜ? だから――」

 

「やめろ!」

 

「この広大な一つの階層を全て破壊する」

 

「やめろッ!」

 

 そんなやりとりを続けるジュラとリュー。一方でベルとリリルカは警戒を強めるも、二人のやりとりの意味をつかめないままだ。

 通信越しのフィン・ディムナも、ジュラが実行しようとしている大破壊の真の意図を言い当てられない。

 

 だが。リリルカとフィンは、これからとんでもないことが起きるのではと予感していた。

 さらに、それを語るジュラをここで仕留めたとしても、すでに何かが手遅れとなってしまったのではないかと、気づき始めていた。

 

 そして。

 

「やれええええッ! 起爆だああああッ!」

 

「やめろおおおッ! ジュラアアアアッ!」

 

 二人の大声が、25階層に響く。

『下層』の始まり『水の迷都(みやこ)』の三つの階層は、この日、連鎖的に発生した爆発によって崩落した。

 

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