ダンまちTACTICS   作:Leni

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第一章『戦争遊戯』編:日天貫く黄金の剣
4.迷宮都市オラリオ


『アンタレス』が封印されていた古代遺跡のある樹海から、歩くこと一ヶ月。ベルと祖父ゼウスは、オラリオ近郊まで辿り着いた。

 急ぐ旅でもなかったため、少々寄り道をしながらの旅であった。

 

 モンスターの被害に遭っている村を見つければ、その原因を退治したり。

 大きな街を見つければ、観光がてら散策したり。

 祖父の知り合いの神を見つければ、宴をして騒いだ後、旅の仲間としたり。

 

 ベルにとって祖父との旅は、心が満たされる楽しい時間であった。だが、そんな楽しい旅も、これで終わりだ。

 城壁に囲まれた巨大な都市オラリオの門の近くで、ベルは祖父との別れを惜しんでいた。

 

「では、ベル。何度も言ったが、出会いの一つ一つを大切にしろ。目指せ、ハーレムだ!」

 

「いや、お祖父(じい)ちゃん。僕、剣の腕を鍛えに行くんだからね?」

 

「かーッ、何を言っているのやら。修行一辺倒で、人間的に成長できるものか! 出会いを大切にし、仲間と共に歩み、女に囲まれる。これこそが『冒険』だろ!」

 

「そうかな……そうかも……」

 

 ベルは困惑しながらも、祖父の言葉を受け入れそうになる。

 そんな二名のやり取りを笑いながら眺める者がいた。道中で旅の仲間となった、神の一柱。ヘルメス神だ。

 そんなヘルメス神の笑い声を聞いて、ベルは正気に戻る。

 

「はッ、いやいや。とにかく、僕は剣士としての高みを目指すよ。それより、お祖父ちゃんも身体に気を付けてね」

 

「ああ。ここの近くにあるメレンの港町で腰を落ち着けるつもりだ。オラリオの外に出る機会があれば、歓迎するぞ」

 

「くれぐれも渡したお金、散財しないようにね! 二五万ヴァリスの大金なんだから、大切に使ってね!」

 

「うむ、分かっておる」

 

 ベルはヘルメス神と合流した後、イヴァリースから持ち込んだある品を彼に売って、旅費に変えていた。

 その品の名は、《ン・カイの腕輪》。『混乱』と『魅了』の状態異常を防ぐというアクセサリーである。ベルはこれをイヴァリースから三つ持参していたため、しばらくの活動資金として一つを手放したわけである。

 

 ヘルメスが提示した額は、手付金として五〇万ヴァリス。

 さらに、もしこの腕輪の力で『美の神』が持つ『魅了』の力に抗えるようならば、追加で五〇〇万ヴァリス払うという破格の売買契約だった。

 正直なところ、五〇万ヴァリスは大金だ。五〇ヴァリスもあれば、外食で一食分の食事が取れる。

 だが、その大金をヘルメス神はポンと出して、さらには効能が高かった場合の追加報酬も約束したわけだ。

 

 ベルは思う。どうやら、ヘルメス神の派閥、【ヘルメス・ファミリア】はずいぶんと儲かっているようだ、と。

 ヘルメス神曰く、ダンジョンには『魅了』の能力を持つモンスターがいるため、この腕輪を解析して量産できたら簡単に資金は回収できるとのこと。彼の自派閥には、アイテム作成が得意な眷族(けんぞく)がいるらしかった。

 

 ベルは、そんなヘルメス神から受け取った手付金のうち、半分を祖父に渡していた。

 オラリオ近郊に拠点を構えるというので、その活動資金として譲渡したのだ。

 だが、ベルは自分と別れた後の祖父が、その資金を正しく使うか不安になってきていた。

 

「くれぐれも散財しないようにね! 特に女の人関連は、すぐにお金が飛んでいくんだから自重してよね!」

 

「分かっておる、分かっておる」

 

「あっ、これ分かってないな……」

 

 道中でベルは、剣の修行がてらモンスター狩りに勤しんで、旅の資金を稼いでいた。

 しかし、そのほとんどが祖父の女遊びで消えていた。そんな祖父が、二五万ヴァリスもの大金を持って、大きな港町だというメレンに行ったらどうなってしまうのか。ベルは頭が痛くなる思いであった。

 

 そうして、祖父との別れは涙の別れとはいかず、ベルは祖父のその後を心配しながら、オラリオの門前で祖父に見送られて迷宮都市へと足を踏み入れることになった。

 

 オラリオの門。そこには、【ガネーシャ・ファミリア】という都市の治安を守る派閥の眷族と、迷宮都市の管理機関である『ギルド』の職員が詰めており、外から来る旅人や商人達の検査を行なっていた。

 

「次! ……これは、ヘルメス様。おかえりなさいませ。新しい眷族ですか?」

 

 ガネーシャ神の眷族である門番が、ヘルメス神とその連れであるベルを見て、そんなことを尋ねてくる。

 

「やあ、お疲れ様。この子はオレの眷族(こども)ではないよ。ただ、冒険者志望ではあるかな」

 

「そうですか。ふーむ、まだ若いが、雰囲気はある……鎧も見事なこしらえだが使いこまれてもいる。キミ、オラリオに来る前は何をしていた?」

 

 門番に尋ねられ、ベルは素直に答える。

 

「遠い国で騎士を引退した後、傭兵をしていました。ここ一ヶ月くらいは、オラリオに向けて旅をして、その道中でモンスター退治を」

 

「なるほど、まだ若いのになかなかやりそうだ。どうだ、【ガネーシャ・ファミリア】に興味はないか? 都市の治安を守る立派な仕事をオラリオの民から任されているぞ」

 

「すみません。もう、どの派閥に入るかは決めているので……」

 

「そうか、それは残念。まあ、オラリオでの生活に困ったことがあれば、【ガネーシャ・ファミリア】に遠慮なく相談しに来るといい」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 ベルはまさかの【ファミリア】勧誘をさらりとかわしたが、門番はそれに気を悪くすることもなく、ベルのオラリオ来訪を歓迎してくれた。ベルは心の中で、【ガネーシャ・ファミリア】を優良そうな【ファミリア】の一つとして記憶した。

 

 それからベルは、手荷物の検査や、『神の恩恵(ファルナ)』を刻まれた他国の密偵でないかの確認を受け、ヘルメス神と共にオラリオの門をくぐった。

 とうとう迷宮都市オラリオへと足を踏み入れたベル。(しん)時代にて紡がれる一つの物語が、今、始まろうとしていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 夕刻が近づき、空が暗み始めている。だが、ヘルメス神の案内で進むメインストリートは、多くの人が行き交っており、活気に満たされていた。

 さらに、その行き交う人々は、種族が様々であった。ベルと同じヒューマンに、獣人、大地の民(ドワーフ)妖精(エルフ)小人族(パルゥム)女戦士(アマゾネス)、さらには神らしきオーラを放つ者も平然と歩いている。

 オラリオは、まさに大都市であった。

 

 そんな都市の光景に目移りしそうになりながら、ベルはヘルメス神の先導に従って進んだ。

 辻馬車(タクシー)に乗り、途中で降りてから歩くことしばし。

 ヘルメス神は、大通りから外れて細い裏道へと進入していく。ベルがそれを追うと、さらにヘルメス神は角をいくつも曲がって、一通りの少ない区画へとどんどん向かっていった。

 

 ベルは、こんな場所に目的の神様がいるのか、と疑問に思いながらヘルメス神についていく。

 やがて、二人は崩れかけた廃墟の前に辿り着いた。

 人気のない裏路地にひっそりと建つ、うらぶれた廃教会だ。

 

「さあ、着いたよ」

 

「えっと、ヘルメス様。本当にこんなところに神様が住んでいるんですか?」

 

「そうなんだよねぇ。ま、団員一人の零細派閥はこんなものだってことだね」

 

「大丈夫かなぁ……」

 

 ベルは、自分の今後が心配になりながらも、廃教会の中に入る。

 すると、そこにはボロボロの椅子が並んだ広い礼拝堂があった。一部の椅子は腐って崩れており、広間の隅にまとめて積み重ねられている。床には足跡の付いた埃が積もっており、人の生活感は感じられなかった。

 

「じゃ、ヘスティアを呼んでくるから、しばらくここで待っていてくれ。この時間なら、帰っているはずだ」

 

 ベルはヘルメス神に待っているよう言われ、一人、礼拝堂でたたずむ。

 礼拝堂に並ぶ木の椅子に座って待とうかとも思ったが、今、自分は鎧を着こんでいることを思い出して、ベルは立ったままヘルメス神が戻ってくるのを待った。さすがにボロボロの椅子にこの重装備で座ったら、椅子が壊れてしまうかもしれないと思ったのだ。

 

 しばらくぼんやりと待つベル。

 やがて、礼拝堂の奥からなぜか満面の笑みを浮かべたヘルメス神が、二名の女性を連れて戻ってきた。

 女性のうち一名は、一見ヒューマンの子供にも思える、小人族(パルゥム)の少女。一人しかいないという、ここの派閥の眷族だろうか。

 もう一名が、ベルと同世代に見える背の低い黒髪の少女。まとうオーラから、神であるとベルは見抜いた。

 

「ベル君、連れてきたよ。神ヘスティアと、【ヘスティア・ファミリア】の団長だ」

 

 ヘルメス神が、一柱と一人の少女たちをベルに紹介する。

 すると、ベルは姿勢を正して、黒髪を赤い花(フレーゼ)の髪飾りでツインテールにまとめた少女、女神ヘスティアの方を向いて言った。

 

「ベル・クラネルです! 義理の祖父、神ゼウスからの推薦で、入団希望です! よろしくお願いします!」

 

 ベルがそう言うと、ヘスティア神と団長の少女は、なぜか苦い顔を返してきた。

 何か粗相(そそう)があっただろうか、とベルが内心で焦るが、次にヘスティア神から放たれた言葉にベルは驚愕(きょうがく)することになる。

 

「あー、剣士君。入団希望は嬉しいんだけど……残念ながら、ボクの【ファミリア】は解散の危機にあるんだ。悪いことは言わないから、他所を当たった方がいい」

 

 まさかの返答に、ベルは目を丸くした。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

【ヘスティア・ファミリア】は、発足から二ヶ月少々しか経っていない、若い派閥である。

 団員は、小人族の少女、リリルカ・アーデ一人のみ。彼女らは、『Lv.1』の駆け出し冒険者であるリリルカの日々の稼ぎと、主神ヘスティアのバイト代で、細々と、それでいて楽しく日々を過ごしていた。

 

 しかし、ある日、その幸せな生活は崩れ去ることになる。

 

 リリルカは、かつて冒険者ではなく、冒険者の迷宮探索を助ける『サポーター』という職業に就いていた。

 だが、【ヘスティア・ファミリア】へ入団する前のリリルカは手癖が悪く、『サポーター』の仕事の中で、冒険者相手に盗みを日常的に行なっていた悪人であった。

 

 その悪行も、かつての所属【ソーマ・ファミリア】で課せられていたノルマを達成するためだったのだが……【ヘスティア・ファミリア】に『改宗(コンバーション)』してからは、その悪行も一切行なわなくなった。

 しかし、過去の因果はついてまわるもの。かつて盗みを行なった相手に咎められ、謝罪と賠償金の支払いをすることが何度もあった。

 

 そんな謝罪先の一つに、【アポロン・ファミリア】という派閥があった。

 謝罪に向かったこの【アポロン・ファミリア】で、リリルカはまさかの事態に見舞われることになる。

 なんと、派閥の主神であるアポロン神に見初(みそ)められてしまったのだ。

 

 アポロン神は恋多き神物(じんぶつ)だ。気に入った者がいれば、どんな手段を使ってでも己の眷族(こども)に迎え入れようとする性質は、神々の間で有名だった。

 リリルカも、そんなアポロン神に気に入られた者の一人となってしまった。

 ゆえに、アポロン神はリリルカに【アポロン・ファミリア】への『改宗』を迫った。

 

 しかし。

 

 神々が【ファミリア】を運営するにあたって、共通した一つの規則(ルール)が定められている。

『改宗』を行なうと、その後、一年間は再度『改宗』を行なえないというものである。リリルカは、二ヶ月前に【ソーマ・ファミリア】から【ヘスティア・ファミリア】に『改宗』したばかりであったのだ。

 そこでアポロン神は、リリルカを獲得するために一つの手を打った。『戦争遊戯(ウォーゲーム)』という、派閥間で行なう決闘を【ヘスティア・ファミリア】に仕掛けたのだ。

 

『戦争遊戯』の勝者は、相手の【ファミリア】に、望む要求を自由に突きつけることができる。

 今回の『戦争遊戯』に勝利したとき、アポロン神がヘスティア神に突きつけるつもりの要求。それは、【ヘスティア・ファミリア】の解散だ。

 

 再度の『改宗』を一年間禁じる規則。その抜け道として、所属する派閥そのものを失って無所属(フリー)となったリリルカをあらためて勧誘して、自派閥に組み込む。アポロン神が導き出した策であった。

 

 リリルカは、『Lv.1』の駆け出し冒険者だ。

 アポロン神は、そんなリリルカが無所属となっても、他の神が興味を持って勧誘することはないと踏んでいるのだろう。もしかしたら、方々に根回しを済ませているのかもしれない。

 

 だが、これにはヘスティア神も一つ手を打っていた。

 

「実は、ボクの【ファミリア】が解散したら、ボクたちが懇意にしている【ロキ・ファミリア】がリリ君を確保してくれると約束してくれているんだ。【ロキ・ファミリア】はオラリオでも最大手のファミリアだから、アポロンも手出しはできないのさ」

 

 ベルに対し、そんなことをヘスティアが言う。

 ちなみにリリとは、リリルカの愛称だ。

 

「だから、ボクもすでに派閥の解散を受け入れてはいるんだ。まあ、神々が盛り上がっちゃっているから、『戦争遊戯』自体は行なわなきゃいけないんだけどね」

 

 ヘスティア神が、どこか疲れたような顔でさらにそう言った。

 それを見て、ベルはどこかモヤッとした気持ちになった。

 そしてベルは、ヘスティア神に一つの疑問を投げかけた。

 

「派閥を解散した後、ヘスティア様はどうなるんですか?」

 

「どうなるんだろうね。アポロン次第かな。まあ、少なくともファミリアを結成することはできなくなるから、一人で借金返済のためにバイト生活かな。オラリオを追い出されなかったらだけどね」

 

「借金、あるんですか?」

 

「うん、ちょっとね」

 

 ヘスティアが曖昧な笑顔でベルの疑問にそう答える。

 すると、横で黙ってヘスティアの説明を聞いていたリリルカが、ベルに向けて初めて口を開く。

 

「ヘスティア様は、リリのために三億ヴァリスもする槍を買ってくれたんです」

 

「三億!?」

 

 まさかの巨額の借金に、ベルは度肝を抜かれた。

 莫大な借金だ。三億ヴァリスという、辺境の農民では人生を十回繰り返しても稼げない金額の槍。そんなものがこの世に存在するのかと、ベルは震えた。

 さらに、ヘスティアは諦めきっているのか、ベルに向けて自嘲するように言う。

 

「ちなみに、その槍はボクの眷族じゃないと使いこなせない特別な武器だから、派閥を結成できなくなると、ただのなまくらになるね。残るのは何十年分もの借金(ローン)だけさ」

 

「うわあ……」

 

 踏んだり蹴ったりだな、とベルはドン引きした。

 そして、そんなベルの思いを他所(よそ)に、リリルカは泣きそうな声でつぶやくように言う。

 

「リリは、ヘスティア様に恩を返せぬまま、別の【ファミリア】に移るのは嫌です……」

 

 栗色の髪と瞳を持つ、ヒューマンの女児と勘違いしそうになる小柄な小人族(パルゥム)の少女。そんなリリルカの小さな声に、ベルの心が痛む。

 女の子が、悲しんでいる。その事実を前にして、ベルは旅の最中、祖父から言われた言葉を思い出した。それは、モンスターの脅威に晒された村の少女から助けを求められたベルへ向けて、祖父が放った言葉だ。

 

 ――もし目の前で女の子が泣いていたら、涙をぬぐってやり、その原因を取り除いてやり、最後には惚れられるような大きな男となれ!

 

 さすがのベルも、女児にしか見えない小人族の少女に惚れられたいとは思ってはいない。だが、それでもベルは、目の前で悲しむ少女の悲しみを取り去ってやりたいと思った。

 そして、ベルはリリルカから視線をずらし、ヘスティアの方を向く。

 

「ヘスティア様」

 

「なんだい?」

 

「僕をこの【ファミリア】に入れてください」

 

「なっ、何を言っているんだい? 言っただろう。もう、ボクたちの【ファミリア】は解散するんだ」

 

「『戦争遊戯』、まだ終わっていないんですよね?」

 

「ああ、四日後だ。……まさか、キミ」

 

「はい。【ヘスティア・ファミリア】の一員として、『戦争遊戯』に参加させてください。僕が、ヘスティア様とリリルカさんの……ふたりの家族の絆を守ってみせます」

 

 そのベルの言葉に、黙って話の行方を見守っていたヘルメス神が、口もとを吊り上げて笑みを浮かべた。

 

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