ダンまちTACTICS   作:Leni

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40.底へ底への大崩壊

『火炎石』。着火することで大爆発を起こす石だ。

『フレイムロック』というモンスターのドロップアイテムである。

 

 かつてオラリオ『暗黒期』では、このアイテムを用いた自爆行為が横行しており、『闇派閥(イヴィルス)』を印象づける特徴的なアイテムであった。

『闇派閥』には爆弾と呼称され、数々の冒険者を殺め、または再起不能に陥らせた。

 

 その悪名高い『火炎石』。それが、この25階層から27階層までの『水の迷都(みやこ)』の至る所に仕掛けられていた。

 仕掛けの下手人は、『闇派閥の残党』だ。

 彼らは、冒険者たちがオラリオを挙げて『王国』との戦争と『魔城』攻略に集中していた間、『火炎石』を存分にバラ撒いたのだ。二つの(いくさ)でダンジョン内が閑散としていた隙を見計らっての、大胆な行動であった。

 

 狙いは簡単だ。『水の迷都』の徹底破壊。

 その破壊の理由は、何か。かつて『闇派閥の残党』を狩って回ったリュー・リオンへの復讐のため、だろうか。

 ――いや、違う。それは、ジュラ・ハルマー個人の目的でしかない。

 大量の『火炎石』という高価な物資を惜しみなくつぎ込めるほど、『闇派閥の残党』内部での彼の地位は高くない。

 

 主神であるタナトスを失い、拠点である『人造迷宮』を失った『闇派閥の残党』。

 彼らは、今まさに追い詰められている状況だ。

 そんな彼らが大量の『火炎石』をつぎ込むには、相応のリターンがないと実現しえない。

 彼らはこの破壊を通じて、利を得ようとしていたのだ。まさしく、起死回生の策。

 

 その策が、ここに成った。

 

 至る所に仕掛けられた『火炎石』が連鎖的に爆発を起こし、25階層から27階層が満遍なく破壊される。

巨蒼の滝(グレート・フォール)』によって一つに繋がったその三つの階層は、下から順番に爆破され、その構造物の重さによって崩落を起こす。

 その場にいたモンスターは崩落に巻き込まれ、魔石ごと床や壁を構成する水晶にすり潰されていく。

 

 運が良かったと言えるのは、戦争と『魔城』攻略の影響で一般冒険者が巻き込まれなかったことだろう。

 だが、運に見放された冒険者が三人いた。

 

 いや、『闇派閥の残党』の罠に掛かって崩落に巻き込まれたゆえに……彼らに落ち度があるとすれば、運や間が悪かったのではなく、洞察と警戒が足りなかったことにある。

 だが、彼ら――ベル、リリルカ、リューの三人――は、今ここで反省をしている余裕などなかった。

 

 彼らは今、まさに崩壊し始めている25階層で、どうにかして生き延びなければならないのだ。

 

 真っ先に動いたのは、ベルだ。彼は騎士剣を鞘に収めると、地面の揺れでバランスを崩していたリリルカを抱え上げた。

 そして、リリルカの腕を自分の首に回させると、ここまで来たときのように彼女を背負った。

 

 さらに、爆発音で聴覚が機能していないことを考慮し、リリルカの手を叩いて、それからリューを指さした。

 リューは、爆発が始まってから、何やら身体を震えさせて立ち尽くしており、正常な精神状態ではないとベルは判断した。

 

 それを察した、ベルの背に乗せられたリリルカ。

 彼女は、【旗下集結(コマンド・オーダー)】の『スキル』に全力の想いを込め、叫んだ。

 

「――――!」

 

「!?」

 

 リリルカの『身構えて!』という思念を受け取ったリューは、ここでようやく正気に返る。

 それからすぐに、リューは逃げの体勢を取り始めた。

 ここから生き延びるには、上の階層に逃げるしかないのだ。

 

『ラムトン』の死骸の灰が舞い散る中、三人は現在居る広間(ルーム)の入口に振り返り……。

 

「おっと、残念。行き止まりだぁ!」

 

 その入口には、いつの間にかジュラ・ハルマーが、四つ足のモンスターにまたがって陣取っていた。

 彼の左手には、一本の短剣。リリルカは、その刀身の色から魔剣だと察して、他の二人に『スキル』で警戒を促す。

 だが、ジュラの狙いは、魔剣で三人を攻撃することではなかった。

 彼は、今の位置取りをするまでに、『火炎石』を地面にバラ撒いており……。

 高笑いを発しながら、彼は、その『火炎石』に向けて、炎の魔剣を起動した。

 

 広間が爆発し、ベルとリューの足もとが大きく揺れる。

 そして。

 岩盤のような巨大水晶でできた床だったのだろう、彼ら三人のいる広間が丸ごと、割れることも崩れることもなく、ゆっくりと下にズレ落ち始めた。

 

「あ、もう無理かも」

 

 リリルカがそんな泣き言を言った瞬間、広間が轟音を立てて、27階層の底まで少しずつ落下していくのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ベルとリリルカは、ラキア王国との戦争が始まる前、ダンジョンの『上層』で幾度も狩りをした。

 それは、日々の稼ぎを得るため……ではない。

 二人の所属する【ヘスティア・ファミリア】は現在、【ロキ・ファミリア】の傘下だ。

 結果、二人は【ロキ・ファミリア】の団長フィン・ディムナからノルマを課された。

 

 そのノルマを達成する為、二人は毎日のようにダンジョンに潜り、激しいモンスター狩りを繰り広げたのだ。

 冒険、ではない。モンスター狩りだ。

 ベルは、『JP』を稼ぐため。リリルカは、『基本アビリティ』の上昇を狙うため。

『キラーアント』の特性を利用した、大量の巨大蟻駆除を連日のように行なったのだ。

 

 おかげで、ベルはいくつかのジョブの『JP』を稼ぐことに成功した。また、それにともなって『ジョブ』の『Lv.』が上昇したため、新たな『ジョブ』をいくつか解放することに成功していた。

 

 普段使わない『ジョブ』に溜まった『JP』は、いざという時のために取っておいてある。

 彼の『レアスキル』の編集画面を開けば、いつでもその『JP』を消費して、新たな『アビリティ』を習得できる。

 

 そして、今。

 ベルは、地滑りのごとく落下しつつある水晶岩盤の上で、必死に『レアスキル』の編集画面を操作していた。

 

「ベルさん! 『時魔道士』の『アクションアビリティ』の【レビテト】です!」

 

 操作内容は、リリルカが瞬時に最適なものを考えてくれた。リリルカに画面は見えていないはずだが、まるで見えているかのような適切な指示であった。

 岩盤ごと27階層の地面に叩きつけられるまで、あと何秒あるかは分からない。ベルは、必死で編集画面を指で操作する。

 

「覚えた! 【レビテト】だ!」

 

「『装備』の欄から『アクションアビリティ』に『時魔法』をセット!」

 

「……できた!」

 

「【レビテト】を唱えてください! 一度に何人ですか!?」

 

「大丈夫、範囲魔法だ! 覆面エルフさん、近くに寄って!」

 

「リュー様、来てください! 可能な限りベルさんに近づいて! 違う! もっと『抱きつく勢いで』!」

 

「【慈悲に満ちた大地よ、繋ぎ止める手を緩めたまえ――】」

 

 ベルにとって、使用が初めてとなる『時魔法』。

『時魔道士』という『ジョブ』で使用可能になる、時空間を操る魔法系統だ。

『時魔道士』は、彼が最初から就けた『黒魔道士』を『Lv.3』になるまで鍛えたことで解放された、新しい『ジョブ』である。

 

 フィンから告げられていたノルマは主に『白魔道士』の『白魔法』だった。

 だが、リリルカは未解放の『ジョブ』にも有用な『アビリティ』があるだろうと判断していた。

 なので、連日の蟻退治で『時魔道士』を始めとしたいくつかの『ジョブ』を解放しておいたのだ。

 

 そのノルマを無視した判断が、今、彼女たちの命を救う。

 

「【レビテト】!」

 

 ベルの詠唱が終わり、魔法名を宣言した瞬間。

 上空から光り輝く羽根が降ってきた。

 

 ちょうど三つの羽根は、ベルと、彼に引っ付く小人族(パルゥム)妖精族(エルフ)の身体に吸い込まれていく。

 すると、次の瞬間。

 フワリと、三人の身体が滑り落ちる岩盤から浮き始めた。

 

「やった! 成功だ!」

 

「このまま飛んで逃げられそうですか!?」

 

「いや、地面からある程度浮くだけの魔法だよ! 飛行は無理!」

 

「では、砕け散った水晶が下から飛んでくる可能性がありますね! 『総員、防御体勢』!」

 

 リリルカは、ベルの背中から降りて、左手に『眼晶』、右手に槍を構えた。

 岩盤から足が浮いてはいるものの、今もなお、彼女たちは下に下にと落ちていっている。

 

 落下から身を守るために、最大限の構えを取るリリルカとベルに対し、リューはというと、状況に付いていけずにただただリリルカの指示に従っていた。

 二階層分の高所からの崩落に巻き込まれては、『Lv.1』のリリルカとベルは生きていられないかもしれない。

 そう思っていたところに、まさかの浮遊魔法発動。

 こんな隠し球を彼女たちは持っていたのか。

 

 いや、違う。

 二人のやりとりを見る限り、隠し球を今この場でもって作り出したのだ。

 まさしく規格外。

 リリルカは危機的状況での指示役としてはあまりにも有能であるし、ベルに至ってはもう理解の範疇を超えている。

 そんな衝撃の事実を叩きつけられたためか……リューは、他者と急接近して触れ合うという、エルフにとって反射的に避けてしまう行為をいつの間にか成功させていた。

 

 そうして。

 彼女たちが乗る岩盤は27階層の地面と衝突し、そんな中でも三人は、無傷での着地を成功させたのであった。

 

「ど、どうにかなりましたね……」

 

 ここに来て、ようやくホッと一息吐いたリリルカ。

 彼女が初めて訪れた27階層は、美しい滝の終着点などこれっぽっちも残っていなかった。

 崩壊した天井、壁、床による水晶の塊と、未だに水を落とし続ける滝で、もはやめちゃくちゃであった。

 上を見上げると広大な空間が見えており、さらにその奥には25階層の天井が一面に見えていた。

 

 ジュラ・ハルマーは、25階層から27階層は一つの階層扱いされる旨を発言していた。

 だが、ここまで破壊されてしまうと、もはや、物理的に一つの大階層になっている。

 元々存在していた滝周辺の大空洞が、倍以上に広がったのだ。

 

「どうやって、上に戻りましょうかね……」

 

 リリルカがポツリとつぶやく。

 爆発音と崩落音が収まった今、リューはしっかりとその長い耳で声を捉えていたらしく、彼女がリリルカに応じる。

 

「上に戻る余裕があればいいのですが」

 

「えっ、まだ何かありますか? あっ、『闇派閥の残党』!」

 

「違う。もっと厄介なものが待っています」

 

「んん? 他に何か……モンスターですか?」

 

「ええ、モンスターです。ただし、尋常ではない」

 

 リューは、そう言葉を返して、ジッと大空洞の遠くの水晶壁を見つめる。

 

 一方、リリルカは、リューの発言の真意を頭の中で考え始める。

 『階層主(モンスター・レックス)』でも出現するのか?

 いや、この階層の『階層主』である『アンフィスバエナ』は、まだ出現周期が訪れていないはずだ。

 

 では、この階層に強敵となる『稀少種(レアモンスター)』でもいるのか?

 いや、今さら自分以外の二人が苦戦する『階層主』以外のモンスターなど、この階層にはいないはずだ。

 

 では、何か。

 

 リリルカが、頭を巡らせていた、その時だ。

 彼女の耳に、不可思議な音が届いた。

 

「……ん?」

 

 それは、高音域の無機質な音。

 鼓膜を叩く、引きつった音。

 それは、悲鳴。

 傷付けられたダンジョンの悲鳴。

 心の奥底を刺激し、警戒心をかき立てる()き声。

 

「この音は――」

 

「何かが来る!」

 

 リリルカがリューに問いただそうとしたとき。

 ベルが叫び、鞘から騎士剣を抜いて、瞬時に戦闘体勢に入った。

 

「……ええ、来ます。【絶望】が、私たちを殺しにやってくる」

 

 遠く、大空洞の水晶壁一面に、亀裂が入った。

 モンスターが生まれる兆候だ。

 しかも、とてつもなく大きい規模である。

 

 人に傷付けられたダンジョンが、人を排除するために、とあるモンスターを生み落とす。

 それは、かつて。【アストレア・ファミリア】を全滅に追いやった……リューにとっての【絶望】の象徴であった。

 

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