ダンまちTACTICS   作:Leni

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43.絶望の迷宮と希望の道筋

『深層』。37階層から始まる、ダンジョンの奥の領域。

 オラリオの管理機構(ギルド)は、この階層を『真の死線(トゥルー・デッドライン)』として定めている。

 ダンジョンは、下の階層に行くほど広くなっていく円錐型の構造をしていると言われている。

 ここ37階層まで来ると、その広さは地上部の都市、オラリオが全域収まる規模に達する。

 

『Lv.4』のリューと言えども、この階層は全容を把握できていない。

 もちろん、ここからの脱出ルートどころか、現在位置すら彼女には分からなかった。

 

 では、今の彼女たちにとって、脱出するために必要な物は何か?

 強さももちろんだが、知識と知恵の二つが不可欠。二人で軽く話し合ったベルとリューは、そう結論付けた。

 

「あっ、そうだ! リリ団長の魔道具(マジックアイテム)で、地上と連絡を取れば……!」

 

 未だに気絶を続けるリリルカだが、その左手には『眼晶(オクルス)』が握られている。

 地上との連絡手段は『真の死線』にいる今の彼らにとって、まさしく生命線。

 ベルは、リリルカの執念に感心しつつ、彼女が握り続けている『眼晶』を使ってフィン・ディムナとの連絡を試みた。

 しかし。

 

「魔道具が動かない!?」

 

「……ヒビが入っています。おそらく、『ラムトン』の体圧に耐えきれなかった」

 

「そんな、どうすれば……」

 

「……諦めてはなりません。【勇者(ブレイバー)】の叡智に頼れなくとも……私のなけなしの知識とアーデさんの知恵で、切り抜けてみせます」

 

「リリ団長の知恵……確かに団長なら、この状況でも帰還の策を思い付くはずだ」

 

 頼れる可愛い自分の上司。ベルは、リリルカのことをそう捉えていた。

 ベルにとっては情けない話だが、彼はダンジョン初心者だ。ここからどういうルートを通って、どういう心構えで地上に向かえば良いか、彼には全く思い付けないでいた。

 

 よって、ベルは未だ気絶を続けるリリルカを目覚めさせるため、再び『スキル』の編集画面を開き、指で操作を始めた。

 

「……先ほども気になりましたが、それは何をしているのですか?」

 

 虚空に向かって指を這わせ始めたベルに、リューが尋ねる。

 

「これは、僕にだけ本のページのようなものが見えているんです。それを使って、新しい魔法を覚えようかと」

 

「魔法を覚える……?」

 

「ええ、『白魔法』という魔法体系があって、その中にある蘇生魔法を今から覚えます」

 

 ベルが覚えようとしている魔法は、気絶した者を目覚めさせ、死の淵に立った者を蘇生する強力な回復魔法だ。

 今セットしている『拳術』にも同じ効果を持つ『蘇生術』という技があるが、残念ながらそちらを覚えるには『モンク』の『JP』が足りていない。

 よって、ベルはリリルカに言われてプールしていた、『白魔道士』の『JP』をリリルカのために消費することにした。

 

「よし、覚えた! では、覚醒させます! 【生命(いのち)をもたらしたる精霊よ、今一度我らがもとに!】」

 

 リューが目を白黒させている前で、ベルは魔法の詠唱をいきなり始めた。そして、覚えたての魔法は、なんら問題なく発動する。

 

「【レイズ】!」

 

 ベルたちの上、大広間の虚空に光の塊が発生した。

 その優しい光は、ゆっくりと彼らのもとへと舞い降りてきて、眠り続けるリリルカの体内に吸い込まれていく。

 

「……う、ううっ」

 

 魔法の効果は、早速あらわれた。

 リリルカがうめき声を上げて、うっすらと目を開けたのだ。

 そして。

 

「うぐぐ……く、口の中で、何かがゴロゴロしてます……」

 

 灰に変わった『ラムトン』の消化液が口の中に残っているのか、そんな泣き言をリリルカは漏らすのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「37階層からの脱出。これは必須です。地上のヘスティア様は、リリとベルさんの生存を『神の恩恵(ファルナ)』経由で把握できています。そこからリリたちの生存を知れば、お師匠様は救助隊を編制してこちらに向かってくれるはずです。しかし、合流地点として37階層は不適切です。広すぎるうえに、『休息(レスト)』に向いたポイントではありませんから」

 

 起きがけに今ここは37階層だと言われて、絶望顔になったリリルカ。

 だが、彼女はすぐさま、生き延びるための算段を立て始めた。

 

「上か、下か。どちらに向かうか、それを決めなければなりません」

 

「これ以上、下に向かうって選択肢があるの……?」

 

 リリルカの言葉に、ベルはまさかという顔でそんな疑問を口にする。

 だが、横で話を聞いていたリューはと言うと、むしろなるほどという納得顔になった。

 

「39階層ですね?」

 

「はい。39階層は、いわゆる『安全階層(セーフティポイント)』です。幸いなことに、38階層の手前にいる37階層の『階層主』は討伐されています。【ロキ・ファミリア】のアイズ様によって討伐されてから、現在、三ヶ月ほどですね。なので、『安全階層』の一歩手前、38階層まで降りることは問題がないはずです」

 

「私は以前所属していた派閥で、41階層まで経験しています。しかし……肝心の38階層の環境に、『Lv.1』が耐えられるかどうか」

 

「そうなんですよねぇ……なので、上を目指すのが最良でしょう。救助隊も『深層』まで潜るとなると、メンバーの選出が困難でしょうし」

 

「では、どの階層での合流を目指しますか?」

 

「可能なら、『安全階層』がある28階層」

 

「しかし、そうなるとずいぶんと長い行軍になる」

 

「間に『密林の峡谷』がありますから、そこで水と食料が補給できるのが強みです」

 

「水と食料……確かに、今の私たちには物資がこれっぽっちも足りていない」

 

「はい。32階層まで辿り着くのは過酷な道のりでしょうが、38階層を越えるよりはマシ。リリはそう判断します」

 

「その意見を支持します」

 

 会話が進み、とんとん拍子で予定が決まっていく。

 それをベルは一言一句聞き逃さないようにし、今後の道行きに希望を見出した。

 

 そして、二人の会話は、どう37階層を乗り越えるかに変わっていく。

 

「この階層は、『生ける屍(アンデッド)』の巣窟です。ベルさんの剣は聖なる属性を帯びているらしいので、きっと大活躍してくれるでしょう」

 

「いえ、そうは上手くいきません。彼は、この階層では正確な攻撃を繰り出せない」

 

「えっ、そうなんですか? ベルさん、どこか怪我でもしているんですか!?」

 

 頼れる団長に、そんなことを言われて、ベルは思わず情けない顔をしてしまった。

 

「えっと、この階層は暗すぎて……」

 

 現在、ベルは火の魔法による照明を消している状態だ。

 この大広間にモンスターを呼び寄せないため、余計な明かりは点けていないのだ。

 

「ええっ……リリは一応、周囲が見えていますが」

 

「えっ、そうなの!?」

 

「あー、そういうことですか。ベルさんって、一応、ヒューマンの範疇(はんちゅう)に収まるのでしたね。ほら、リリって、小人族(パルゥム)なので目は良いんですよ」

 

「一応ってなに!? れっきとしたヒューマンだよ!?」

 

 リリルカ・アーデは、小人族である。あらゆる種族に対して膂力(りょりょく)に劣り、妖精族(エルフ)のような魔法能力も持たない種族だ。しかし、唯一、視力を始めとした五感に優れるという種族特性を持っていた。

 一方、ベルはヒューマンという、特徴らしい特徴のない種族である。万能型とも言えるが、器用貧乏とも言える、そんな存在であった。

 それを踏まえて、リリルカはすぐさま方針を決めた。

 

「ベルさんが前衛壁役(ウォール)をメインに。リュー様は前衛攻役(アタッカー)。リリがベルさんの背後から槍でモンスターの骨の隙間から、魔石を狙う役割を負います」

 

「リリ団長も攻撃に参加するの……?」

 

「この期に及んで、後ろで守られているだけの役割なんて、していられません。幸い、この階層でだけはリリも戦えます。刺突に優れた槍を武器にしていたことが、こんなところで役立つとは思ってもいませんでしたが」

 

 ベルの驚きまじりの疑問の声に、そんな言葉を返すリリルカ。

 

 この37階層は、骸骨(スケルトン)系のアンデッドモンスターが多く出現する。リリルカが事前に学習していたところによると、その骸骨たちは、胸部に魔石が浮いており、骨の隙間から魔石を狙って破壊することが可能だという話であった。

 もちろん、ダンジョンの適正階層にお金を稼ぎに来ている冒険者は、魔石破壊を狙ってのモンスター討伐などしない。

 だがしかし、今のリリルカたちはこの階層からの脱出が最優先。魔石はむしろ率先して破壊して、戦闘時間の短縮を狙う必要があった。

 そこまで理解したベルは、暗さで塗りつぶされた視界の中、リリルカに向けて言う。

 

「分かった。でも、前衛壁役をする以上、僕の火力は相当落ちるよ」

 

「ええ。それでいいんです。ベルさんが前で踏ん張らないと、戦線は容易に崩壊してしまいます」

 

 さらにリリルカは、ベルの『レアスキル』、【幻想残滓(ファイナルファンタジー)】の構成にも口出しをした。

 

『ジョブ』は『剣聖』、『アクションアビリティ』は『拳術』、『リアクションアビリティ』に『装備武器ガード』、『サポートアビリティ』に『メンテナンス』。

 そして、メインで行なう戦闘中の行動は編集画面では『Master』となっていて、セットしなくても自在に使える『サポートアビリティ』の『回避構え』だ。

 この『アビリティ』は、能動的な防御行動を取ることにより、物理・魔法のガード率と回避率を大幅に引き上げてくれるというものだ。何気なく行なう防御行動と比べて、この『アビリティ』は意識して行なうことで、破格の防御・回避能力をベルに与える。

 この『回避構え』の詳細を知ったヘスティア神は、かつてベルとリリルカに対してこうこぼした。「前衛壁役にとっての神アビリティだ」と。

 

 そこまで手短に準備を終えたところで、三人はこの大広間からの脱出を開始した。

 その最中、ベルは言う。

 

「僕は、駆け出し冒険者だ。剣と盾の扱いには正直、自信はある。でも……過酷なダンジョンの環境で生き延びる知識が、知恵が、経験が足りない」

 

 大広間の出口に向かって先頭で歩くベルの言葉をリリルカとリューはジッと黙って聞く。

 

「冒険者として、サポーターとして経験豊富な二人がいなくちゃ、駆け出し冒険者の僕はこの地の底から抜け出せない。僕が、二人を絶対に守ってみせる。だから……三人とも無事なまま、オラリオに帰ろう」

 

 誰も欠けさせやしない。そんな意気込みで、ベルは宣言した。

 それをリリルカは「頼りにしていますよ!」と力強く返し、リューは周囲に警戒の目を向けながらも笑顔を浮かべた。

 

 そして、リューは自然と思った。

 ああ……ここから始まる三人での『冒険』が、不謹慎ながら楽しみだ、と。

 リューは、今でこそ賞金首となり、五年前からダンジョンに入らなくなった。だが、彼女の性根は、今もなお『冒険者』であり続けていた。

 

 ゆえに、リューはこれから一緒に『冒険』を繰り広げる仲間に対して、言った。

 

「クラネルさん」

 

「はい、なんでしょう、覆面エルフさん」

 

「それです」

 

「はい?」

 

「共に『冒険』をする仲間なのです。いい加減、覆面呼びはやめましょう」

 

「えっ、でも、そう呼んでくれって、以前……」

 

「いつの話をしているんですか。私は、リューと申します。どうか、名で呼んでください」

 

「あっ、はい。ベル・クラネルです。よろしくお願いします、リューさん……」

 

 そんな二人のやり取りを聞いていたリリルカは、クスリと笑った。

 迷宮の深淵に落ちた三人は、『絶望』のただ中にいた。だが、地上への帰還という『希望』への道筋が、三人の心の中に、確かに存在していた。

 

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