ダンまちTACTICS   作:Leni

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44.迷い迷いて白宮殿

 37階層での初戦闘は、問題なく終わった。

 相手となったのは、『スパルトイ』という人型の骸骨(スケルトン)系モンスター一体。

 ベルが正面に立ち、リューが速度を活かして撹乱し、リリルカが虎視眈々と隙を狙う。

 

『スパルトイ』が振るう骨の棍棒は、ベルが構える盾に弾かれた。

 リューが木刀を一閃し、骨の棍棒を持つ腕が叩き折られる。

 そして、武器を失った相手の胸にリリルカが槍を突きこんで、魔石を見事に破壊。『スパルトイ』は、その場で灰になった。

 

 振り返って見て反省すべき点すら一切なかった完全勝利にベルとリリルカは喜ぶが、次に登場したモンスターは厄介だった。

『スカル・シープ』。身体を黒い皮で覆った四つ足の骸骨羊である。

 黒い皮がこの羊を難敵にしている要因で、闇の中で『保護色』ともいえる効果を発揮して、ベルとリリルカを惑わした。

 

 だが、リューだけは冷静に対処をした。

 ベルが盾を使って『スカル・シープ』の攻撃を耐える間に詠唱をし、光の魔法で『スカル・シープ』を跡形もなく消し飛ばしたのだ。

 

 本来ならば、28階層まで登らんとする状況では、精神力(マインド)は常に温存していかねばならない。

 しかし、このパーティにおいては事情が違う。ベルが【チャクラ】を用いることで、いくらでも精神力が回復するのだ。

 よって、リューは魔法を惜しみなく投入して、この37階層を早期に攻略する姿勢を見せた。

 さすが37階層を踏破したことのある経験者と言える貫禄であった。

 

 そうした戦いを何度か繰り広げながら宛てもなく迷宮を進むと、ふと、ベルの目に人工的な明かりが飛びこんできた。

 チカチカと弱々しく瞬く光だ。ダンジョンの淡い明かりではない。人工的な光であった。

 

「誰かがいる!」

 

 ベルは、思わずそんな声を上げていた。

 この状況で、他パーティと協力できれば。生き延びる可能性が格段に上がると、喜びを露わにしたのだ。

 しかし、すぐ後方からリリルカが、無情な言葉を告げる。

 

「ありえません。あれは、『魔石』が切れかけた『魔石灯』の光です。そんな欠陥品をこの階層に来るような上級冒険者が携帯しているとは……」

 

「でも、実際に光っている……!」

 

「この階層に来られるような上位の派閥(ファミリア)は、『王国』との戦争と『魔城』攻略戦に駆り出されています。望みは薄いでしょう」

 

「じゃあ、あの光は……?」

 

「冒険者が昔に落としていった『魔石灯』が転がっているか、もしくは……『魔石』が切れかけるほど時間が経過した冒険者の亡骸があるか、です」

 

「!?」

 

 そんな二人のやりとりをリューは努めて冷静に聞いていた。

 確かに、この非常に暗い階層まで来るにあたって、『魔石』が切れかけた照明を持ち込むことはありえない。事前準備を横着するような冒険者は、そもそもこの階層を狩場にするほどの強さに至れないのだ。

 よって、リリルカが言っていることは正しいのだろう。もし、冒険者の死骸があるならば……リリルカとベルの心に暗い影を落とし、士気が下がってしまうかもしれない。リューはそんな懸念を抱いた。

 しかし――

 

「じゃあ、それこそ確認しないと。物資が残っているかも」

 

「そうですね。あそこに冒険者の方が永眠しているのであれば、幸運の神様にでも祈らなければなりません」

 

 は? と、リューは思った。この二人は、何を言っているのか。

 リューは困惑したまま、早歩きになり始めた二人の後を追った。

 

「ありました。冒険者の方々の亡骸です。物資がいろいろ見えますね」

 

「貰えるものは貰っていこう」

 

 まるで追い剥ぎのようなことを言い出す二人。確かにこの状況で、物資の確保は重要だ。しかし、それを率先して行なうのはあまりにも無情。

 だが、リューは不満を漏らすという、現実の見えていない失態をすんでのところで回避した。

 リリルカとベルが三名分の死骸の前で、死者を弔う祈りの姿勢を取ったためだ。

 

「見知らぬ冒険者様、恨むなら、リリを恨んでくれて構いません」

 

「天界で安らかに眠っていることを願います。ファーラム」

 

 そんな言葉を口にして、しばらく祈っていた二人。

 リューも、慌ててそれに倣い、すでに天に昇ったであろう冒険者の魂へ向けて、物資を拝借する謝罪の言葉を口にした。

 

 そして。死者への祈りを終えた後、リリルカとベルは、手慣れた様子で死体漁りを開始した。

 リューは、リリルカのけして『正義』とは言えないその性質を心底理解している。しかし、あのリリルカはともかく、あどけない顔の少年ベル・クラネルが躊躇(ちゅうちょ)を見せていないことに、リューは驚きを隠せないでいた。

 すると、その考えをリリルカに見抜かれたのだろう、彼女は死骸の前でたたずむリューに向けて言った。

 

「ベルさんは、戦場育ちなんです。意外と生き汚いですよ」

 

「したたかって言ってほしいな……」

 

 そんな軽口を言い合うリリルカとベル。

 しかし、発言内容に反して、二人の声には一切笑いの感情が含まれていなかった。

 

 死体漁りが、楽しいはずがない。そんなこと、リューだって分かっているはずだった。

 それでも。二人は、したたかに、生き汚く、ただただ地上に帰還することを強く心に決めていたのだ。

 ここにきて『生きる覚悟』が足りなかったのは、リュー一人だけだったのかもしれない。おそらく、この状況でなお、どこか余裕を感じていたのだ。『深層』には冒険者時代に、足を何度も運んだことがあるゆえに。

 

 そんなことをリューは思い、今さらになって死体漁りに参加し始めた。

 完全に骨となった骸から、腐ることなく残り続けている髪を一房取ることを忘れずに。

 

 そして、リューは考える。地上に無事帰ったら、この冒険者三人の主神を探して、この遺髪を返そう。

 もし、主神が地上やオラリオから去っていたり、身元が分からなかったりしても、冒険者のための共同墓地に弔ってあげよう。

 そんな、『未来の予定』を立て、リューは生き伸びるための心の支えとするのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 死体漁りの最大の成果。それは、リリルカとリューの溶けた服の代わりを用意できたことでも、切れかけの『魔石灯』を確保できたことでもなかった。

 なんと、彼女たちは『地図作成(マッピング)途中の階層地図』を入手することに成功していた。

 

 それは巻物状の布地で、朽ちてもいない丈夫な代物。

 死骸のある現在地を探索の拠点としていたのであろう。ここを中心に、複雑な経路が四方に向けてみっしりと描かれていた。

 だが、その中に他の階層への道筋は、描かれていなかった。

 それでも、ここに描かれた情報は値千金。

 

 なお、この布地の正体は、彼らの派閥の団旗であるようだった。

 描かれているはずのエンブレムはかすれてしまって判然としないが、地上に持ち帰ることで、彼らの正体を明らかにする証拠になりえる品であった。

 

 団旗は、派閥の誇り。それを地図にするしかなかった彼らもまた、何をしてでも生き延びる想いを抱いていたのだろう。

 だが、彼らは他の階層への道を見つけることもできず、ここでこうして志半ばで倒れてしまった。

 ならば、せめて。彼らの遺髪とこの団旗を地上に持ち帰ってあげよう。リューは、死者のまとっていた戦闘服(バトルクロス)を己の身にまとい、そんなことを思った。

 

 そうして、彼女たちは死者のもとを去る。

 荷物の大半は、リリルカが持っている。これは、戦力外である彼女にサポーターとしての仕事を押し付けたわけではない。

 リリルカは、重たい荷物を持てば持つほど膂力が上がる【縁下力持(アーテル・アシスト)】という『スキル』を持っている。

 荷物を彼女に預けたということは、逆に戦力として彼女の火力を上げることに繋がっていた。

 

 そして、点滅する『魔石灯』の光を頼りにしながら、三人はリリルカの指示するルートを進み始めた。

 当然のように、モンスターが襲ってくる。

『魔石灯』の光が、誘蛾灯にもなっているのだろう。だが、彼女たちはその原因たる『魔石灯』を手放そうとはしなかった。

 

 その理由は……。

 

「【無双稲妻突き】!」

 

 ベルを前衛壁役(ウォール)だけでなく、前衛攻役(アタッカー)にも使い回すためであった。

 この階層、出てくるモンスターは骸骨系のアンデッドだけではない。リザードマン亜種や、二足歩行の獣など、生物系のモンスターも湧き出てくる。

 そうなると、『Lv.1』の弱者でしかないリリルカは、魔石を破壊する役割すら果たせなくなってしまう。

 リューが一人で、次から次へとやってくるモンスターを(ほふ)り続けるにも限界がある。ベルの『全剣技』は、ここの深淵の迷宮からの帰還に必要不可欠な戦力であると、リリルカに改めて思わせた。

 

 三人は戦闘を繰り返しながら、『白宮殿(ホワイトパレス)』を進む。

 リリルカが、リューから受け取った『団旗の地図』に追加のマッピングをしながらだ。インクの心配はない。死体漁りで、血をインクに変える『魔道具(マジックアイテム)』のペンも入手済みだ。

 

 リリルカがマッピングする横で、リューがこの階層の説明をする。

 37階層は、多層構造になっている。まるで菓子のバウムクーヘンのように、同心円の層が存在するのだ。

 

 最も内側の層には、38階層への階段があり、今はいないはずの『階層主(モンスターレックス)』が出現するポイントがある。

 層の一番外側には、36階層への出入り口が存在する。

 内側から、『玉座の間』『騎士の間』『戦士の間』『兵士の間』『獣の間』と順番に名付けられている。

 彼女たちが目指すのは、一番外側の『獣の間』である。そして、現在位置は、これまでの探索で『戦士の間』だと判明している。

 

 さらに、ここまでのマッピングで分かった事実として。

 今いる箇所から、リューが冒険者時代に使っていた『正規ルート』まで最短で移動するには……『闘技場(コロシアム)』を越えねばならない。

 それは、37階層の構造を事前知識で知っていたリリルカにとって、あまりにも絶望的な事実であった。

 

「『闘技場』は、モンスターを無限に産み出し続ける狂気の空間です」

 

 事情をつかめないとばかりに首を傾げるベルに向けて、リリルカが言った。

 だが、それだけでは言いたいことが伝わりきらなかったのか、ベルが疑問を口にする。

 

「ダンジョンがモンスターを産み続けるのは、当然じゃない?」

 

「減った分だけ、即座にモンスターが補充されるんです。そして、どれだけモンスターを殺そうとも、補充が尽きることはない。つまり、どれだけ戦おうとも、インターバルが訪れない地獄の環境になります」

 

「えっ、それは……」

 

「正直なところ、十年か二十年か後に、リリとベルさんの『Lv.』が順調に上がった頃、そこを狩場にしようと詳しく調べたことがあるんです」

 

「ええっ、団長、何を考えているの……」

 

「だって、『JP』を稼ぐには、格好の場所なんですよ。リリたちの力量が伴えば、と但し書きがつけばですが」

 

「…………」

 

 リリルカの主張に、絶句するベル。

 そういえば、とベルは思い出す。『上層』での無限蟻退治も、この団長が考え出して実行に移したんだよな、と。

 

 そんな二人の横道に逸れた話題の方向を修正するため、リューが横から割って入る。

 

「『正規ルート』は魅力的です。しかし……『闘技場』は、あまりにも危険すぎる」

 

 リューがそう告げると、リリルカは首を縦に振ってうなずいた。

 

「この地図とあの『闘技場』を見て、リリは確信しました。あの三人の死者の方々は、『闘技場』を前に諦めて引き返し、ひたすらこの『戦士の間』で、命が潰えるその瞬間まで出口を探し続けたんです」

 

「私たちも、死ぬまで彷徨い続けることになるかもしれない」

 

「ありえません。水は、ベルさんの氷魔法を融かすことで確保できます。彼らの死因と思われる『ペルーダ』の毒は、ベルさんが治療できます。ベルさんがいる限り、リリたちは餓えて動けなくなるまでこの階層を探索し続けられるんです」

 

「では、『闘技場』越えはしない方針で?」

 

「はい、しません。確かに『闘技場』を越えれば、すぐさま『正規ルート』に辿り着くでしょう。しかし、そこを越えるには、リリがあまりにも足手まといすぎる。よって、リリは生き延びるために、『闘技場』越えを選びません。お二人には、リリが生存するためのワガママに付き合っていただきます」

 

「分かりました。『闘技場』をこの状況で越えるのは、『勇気』ではなく『蛮勇』です。よく決断しましたね」

 

 リリルカとリューの重要やりとりを黙って聞き、この先の道行きを再確認したベル。

 しかし、ベルは目の前に見えた『正規ルート』という希望を手放すことに少し不安を覚えてしまい、リリルカに思わず問うた。

 

「そもそも『闘技場』を越える以外に、正解のルートなんて存在するのかな?」

 

「存在しますよ」

 

「するんだ……断言するね」

 

「当然でしょう。あの死者三名がリリたちと同じように上の階層から落ちてきたのでない限り、彼らがこの付近に迷いこんだはずのルートが、『闘技場』とは別に必ず存在するはずなんです」

 

「あっ!」

 

「彼らが『正規ルート』から『闘技場』を突っ切ってここへ突破してきたことは考慮に入れません。よって、必ず36階層まで辿り着けるルートはある。リリはそう判断します」

 

「なるほど!」

 

「ベルさんは、本当に頭を使うのが苦手なのですね……エイナさんの座学の成績は悪くないのに」

 

「……面目ありません」

 

 そんな一幕もあったが、彼女たちはひたすらに探索を続け、未踏破部分の地図を埋めていった。

 だが、戦闘をしながらの歩き通しでは、たとえ強靭な肉体を持つ冒険者であろうとも疲労は溜まるもの。

 そこで、リューから提案があった。一旦休息(レスト)を取るべきだと。休む場所は、死者の亡骸が眠る広間(ルーム)だ。

 

 あそこは、少なくともあの死者三人が探索の拠点としていた場所なのだ。休むに相応しい条件が、あそこにそろっているのかもしれない。リリルカがそう判断し、地図を見ながら彼女たちは、来た道を戻っていった。

 

 だが、その判断は誤りであった。

 広間まで辿り着いて、壁や床を破壊してモンスターの発生を防ぎ、亡骸に黙祷を捧げたのち。ようやく休息を取れるとリューが息を吐いた瞬間。

 広間の入口の一つから、『絶望』が顔を覗かせた。

 

 それは、27階層にいたはずの『骨竜』であった。

 しかも、失ったはずの右半身が、再生している。黒紫に淡く光る『魔力反射(マジック・リフレクション)』の甲殻とはまた違う、ヌメヌメとした生物的な何かで構成されている。

 

 突然の遭遇。

 だが、まるで『骨竜』はその遭遇を待ち構えていたかのように、頭部をしっかりとリューたち三人に向けており――

 不意に『骨竜』が、その口蓋の奥から蒼い炎を噴き出した。

 

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