ダンまちTACTICS   作:Leni

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第五章『英雄の日常』編:安息の日々は訪れる
47.英雄だって休みたい


 ベルたち三人が地上に帰還して、一晩過ぎた翌朝。

 その日ばかりは訓練もダンジョン行きも禁止と、ヘスティア神に朝食の場で厳命されたベル。彼は、急にできた休日を怪我人のお見舞いに使うことにした。

 向かう先は、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。

 そこに、ベルの数少ないオラリオでの友人が収容されていると、ヘスティア神から聞いたのだ。

 

 流しの馬車、神々がいうところの『タクシー』に乗ったベルは、治療院の前までのんきに景色を見ながら移動した。

 日は高く、さんさんと輝いている。ずっとあの暗いダンジョンの中で(まど)っていたというのに、今はこんなにも明るい。その事実に、ベルは生きて帰ってこられた実感を今更ながらに噛みしめていた。

 

 そうして、治療院前まで到着し、料金を支払って馬車から降りたベル。

 真っ直ぐに治療院に入ると、以前訪れたときにもいた【ディアンケヒト・ファミリア】の団員がポーション販売の売り子をしていた。その若い売り子は、ベルの顔を見ると、「あっ、気功の先生!」と驚き顔になる。

 

 いや、確かに『陽の気』は使えるし酔い覚ましのツボ治療も施したけど、医者の先生ではないんだよね。と、そんなことを思うベルだが、努めて笑顔を作り、収容患者への面会申請を出した。

 

 それから、売り子に直接、案内されることになったベルは、治療院に併設された病棟までやってきた。

 重症者を収容するための個室。売り子に先導されて入室すると、そこには患者を見舞いにきていた先客がいた。

 ロキ神だ。

 

「おっ、ベルきゅんやーん! 昨日ぶり!」

 

「はい。神様、おはようございます」

 

「おうおう、ベルきゅんは元気そうやなー。大冒険を繰り広げた疲れも見えへん」

 

「過酷な環境で戦うのは、オラリオに来る前から慣れていますから」

 

「おー、戦場育ちってやつやな!」

 

「それよりも、神様。患者さんにご挨拶をしたいのですが……?」

 

 ベッドの前に椅子を置いて陣取っていたロキ神に、ベルがそう言う。すると、ロキ神は「おっと、そうやったな。すまんすまん」と言って、手を縦にして謝る姿勢を見せた。

 それから、ベルは座るロキ神の横に移動し、治療院に備え付けの寝台(ベッド)で上半身を起こしている収容患者の前に立ち、挨拶をした。

 

「おはようございます、アイズさん。お見舞い、遅くなりました」

 

「おはよう。ベルさんも、無事でよかった……」

 

 そう、治療院に収容されるほどの重症者とは、【ロキ・ファミリア】所属のアイズ・ヴァレンシュタインであった。

 ベルとは、普段から剣術の腕を互いに高め合う友人関係にある。

 

「治療院に送られたと聞いて、ビックリしました」

 

 いつもより簡素な服装で寝台の上にいるアイズを見ながら、ベルがそう語りかける。

 すると、アイズはわずかにしかめっ面をして、言葉を返す。

 

「私も、ベルさんの救助に行きたかった。でも、ロキがダメって言って、こんなところに連れてきて……」

 

「いやいや、大怪我したんやから、ダメに決まっとるやろー。緊急入院や」

 

 アイズの主張に、ロキ神がのほほんとした表情でそんな突っ込みを入れる。

 どうやらアイズは、『魔城』攻略で相当無茶をしたらしい。ベルは、友人の怪我の具合が心配になった。

 そして、痛みはあるのかなど聞き出そうとベルは試みようとしたが……。

 

「あのー、先生……」

 

【ディアンケヒト・ファミリア】の売り子が、そのベルの顔色をうかがうようにして横から口を挟んできた。

 

「医者でも先生でもないですけど、なんでしょう?」

 

「先生の気功なら、ヴァレンシュタインさんを治療、できませんか?」

 

「あー……」

 

 回復魔法もポーションも豊富に存在するオラリオで、治療院に泊まり込みで滞在するほどの大怪我。だが、気功なら快復に向かうかもしれない。売り子は、そう主張しているのだ。

 その言葉には、アイズもベッドの上で期待の目を向ける。

 

「ベルさん、治せるの……?」

 

「いやー、試してみないことには」

 

「試しましょう! さあ、さあ!」

 

 アイズとベルの会話の最中も横からグイグイ来る売り子団員だが、暴走気味なその彼女を止める者がいた。ロキ神だ。

 

「待て待て、そういうのは主治医の了解を得るものやろ」

 

「はっ、そうでした!」

 

「ほれ、ベルきゅんの凄腕気功を見たいなら、主治医のアミッドに聞いてき」

 

「分かりました! 団長ですね! では、御前失礼します!」

 

 そう言って、若い売り子は、個室を去っていった。

 嵐のような人だな、とそれを呆れた目で見送ったベル。

 一方、売り子を追い出した形になるロキ神は、邪魔者がいなくなったとばかりにニヤリと笑い、ベルにアイズの症状の詳細を語り始めた。

 

「アイズたんの怪我はな、ほら、例の黒い風の後遺症や。あまりにも強すぎる力は、反動で己の肉体も傷付けるってな」

 

「何それ格好良い……たしか【復讐姫(アヴェンジャー)】という『スキル』、でしたよね?」

 

「そうや。しかし、その黒い風じゃ、件の怪人(クリーチャー)は倒せなかったらしくてな」

 

「えっ、それじゃあ、どうやって倒したんですか?」

 

「そこはほれ、アイズたんが土壇場で新たな力に覚醒したんやでー!」

 

「本当ですか!? すごい!」

 

 戦いの最中に、新たな力に目覚める。格好良すぎると、ベルは目を輝かせた。

 その反応に、やっぱり地上の子たちはこういう話が好きなんやなぁ、とロキ神は笑いながら寝台の上のアイズに目を向けた。詳しくは自分で話してみろと、アイズにうながしたのだ。

 

「えっと……本来の風と、黒い風を混ぜて、剣に乗せて、斬って倒した?」

 

「おおー、まさかそれって!」

 

「うん、ベルさんに、言われたやつ。つまり、光と闇が両方そなわった私も、【ラグナロク】使いの最強の騎士」

 

「あはは、僕の新技、取られちゃいましたね」

 

 和気あいあいと会話するアイズとベル。それをロキ神は、何コレ尊いと、少し距離を取って愛でていた。

 彼女は、可愛い人の子が大好きな神様なのだ。

 

 ロキ神は、女神ながらに女子を愛する。だが、ベルは顔つきが可愛い。そのため、男の娘も有りかなと彼女は最近は思い始めている。なんなら、機会があれば女装させてみるのもありかもしれない。と、こっそりよこしまな計画を立てるロキ神だった。

 そんなロキ神の恐ろしい企みの間にも、二人の会話は進む。

 

「取っていないよ。私も、自力で新技を覚えたから……」

 

「えっ、自力で覚えたって、もしかして……!」

 

「そう、新しい『スキル』」

 

「わー、『スキル』習得、おめでとうございます!」

 

 大怪我で治療院に運ばれ、しばらくの滞在を厳命されたアイズ。

 だが、彼女はそんな状況にありながらロキ神に【ステイタス】更新を望んだのだ。全ては、『魔城』での戦いの成果を見たいがために。

 その結果、彼女には新たな『スキル』が芽生えた。その名こそ――

 

「【聖魔風剣(ラグナロク)】っていう、『レアスキル』……」

 

「僕と同じスキル名!」

 

「ロキが言うには、ちょっと違うらしい?」

 

「へぇー、もし僕に内容を教えられるようなら、今度教えてくださいね」

 

「大丈夫。……大丈夫ですよね? ロキ」

 

「ベルきゅんなら剣の訓練相手やし、かまわんで。ただし、特別や。二人とも、他には漏らしたらあかんで」

 

 ロキ神から口頭で、ベルにアイズの新しい『スキル』が伝えられた。

 それは、次のような『スキル』であった。

 

聖魔風剣(ラグナロク)

 ・聖魔の風を剣にチャージする。

 ・チャージした剣の威力上昇。

 ・チャージした剣の耐久上昇。

 ・精神汚染に対する抵抗上昇。

 

「それって……」

 

 その内容に、ベルは驚く。アイズの言うとおり、彼の『レアスキル』である【聖魔抜剣(ラグナロク)】と似通っている部分が多いのだ。

 

「驚いたやろ? うちも驚いたわ。明らかにベルきゅんの影響やな。あっ、でもいくら相性が良いって言っても、アイズは渡さんで! アイズたんはうちの嫁や!」

 

「ロキ、うるさい……」

 

 テンションを上げてまくし立てるロキ神に、アイズがバッサリ切り捨てるように言ったが、ロキ神はそれすらも楽しむようにニヤニヤと笑っている。

 自分たちの主神率いる派閥(ファミリア)とは、だいぶ関係性が違うのだな、とベルは二人を見て思う。ベルはヘスティア神を母のように慕っているが、アイズとロキ神は仲の良い姉妹のようにも思えた。

 そうして、ベルが見守る前でロキ神とアイズのやり取りがしばらく続いたのち、アイズが言った。

 

「ベルさんは、【ステイタス】更新した……?」

 

「まだですね。昨日は疲れですぐに寝ちゃって……。今晩にでもやっていただくつもりですが」

 

「おっ、ベルきゅん、今夜更新かー。邪竜倒して、アレを倒して、さらに『深層』を彷徨(さまよ)ったんやろ? もしかしたら、【ランクアップ】できるかもしれへんな!」

 

 ロキ神のその言葉に、アイズのただでさえ乏しい表情がビシリと固まる。

 そして、彼女はベルの様子をうかがうようにして尋ねた。

 

「ベルさん、冒険者になって、どれくらい経った……?」

 

「期間ですか? ええと、僕がヘスティア様の眷族になったのは『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の数日前だから――」

 

「二ヶ月ちょっとってところやな」

 

【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯』が行なわれたのは、冬が終わったばかりの春のこと。そして今は、初夏から本格的な夏に変わろうとしている季節だ。

 ロキ神の言うとおり、ベルが【ヘスティア・ファミリア】に入ってから、二ヶ月と、いくらかの日々が過ぎていた。

 

「ダメ」

 

 ベルがこれまでの日々を思い出していると、不意に、アイズがそんなことを言った。

 

「ベルさんは、まだ【ランクアップ】するのはダメ」

 

「えっ、えーと……?」

 

「早すぎる。ダメ」

 

「『基本アビリティ』が足りていないから、時期尚早ってことですか? 確かに、他より高い『力』と『耐久』も、Dにはまだまだ届いていませんが」

 

「違うけど、違わない」

 

「うーん……?」

 

 そんなアイズとベルの噛み合わないやり取りがよっぽど面白いのか、ロキ神はヒーヒーと息を切らして笑い始めた。

 

 実際のところ、アイズはベルに【ランクアップ】の早さで負けたくないと思っただけである。

 現在、『Lv.1』から『Lv.2』への【ランクアップ】所要期間の記録保持者(レコードホルダー)は、アイズなのだ。その【ランクアップ】に要した期間は、約一年。

 それが、たったの二ヶ月で【ランクアップ】されてしまえば、記録上自分が負けることになってしまう。そのことを嫌がったアイズが、()ねてしまったのだ。

 

 だが、ベルはそのことに気付かず、アイズもその理由を話さない。

 唯一、ロキ神だけがアイズの負けず嫌いな性格を把握しており、彼女はそんなアイズも可愛い、と(もだ)えていた。

 

 そんな、見舞いの時間は夕刻近くまで続き、楽しい時間はゆっくりと過ぎていった。

 

 ちなみに、ベルの気功によるアイズの治療は結局実行されることになった。【ディアンケヒト・ファミリア】の団長が見守る中での『陽の気』の行使である。

 その結果、アイズの後遺症は完治しなかったものの、見て分かるほどに体調が改善した。

 

 それを見た、団長のアミッド・テアサナーレは、臨時の治療医として治療院に通わないかとベルを熱心に勧誘し始め……。ベルは、自分は医者ではなく剣士であると、固辞する羽目になるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 その日の夜、【ヘスティア・ファミリア】では、ベルとリリルカの【ステイタス】更新を行なうこととなった。

 まず先に、団長のリリルカから更新を行なった。

 その結果……。

 

「『基本アビリティ』上昇、合計400超えって、どれだけの地獄をくぐったんだい、リリ君……」

 

 リリルカの【ステイタス】は、とんでもないことになっていた。

 

「あー……そうなりますよね」

 

「うん……まさに地獄だったよね」

 

 18階層から37階層へ、そして37階層から28階層への『冒険』。そこでリリルカは幾度となく戦い、何度もピンチを迎え、死の淵に数度立ち、そして二人の援護があったとはいえ『Lv.1』には不相応なモンスターを何匹も打倒していた。

 もはや、フィンによるミノタウロスの試練も、恐怖で立ちすくむことは絶対にない。そう言いきれる自信が、リリルカには付いていた。

 

「あの重たい槍を使っているんだ、『力』が伸びるのはボクでも分かるさ。でも、この『耐久』の伸びはなんなんだい!? これだけで200近くも上がっているじゃないか! 『Lv.1』の【ステイタス】は伸びやすいっていってもこれはないよ!」

 

「モンスターに何度も攻撃を受けましたので……」

 

 リリルカがヘスティア神にそう端的に説明すると、ベルもションボリとした顔で言った。

 

前衛壁役(ウォール)として、面目ない……」

 

 長い脱出劇の末、度重なるモンスターの襲撃に疲れ果てたベルは、モンスターを素通ししてしまうことが後半以降、何度もあった。ギリギリ即死することはなかったものの、『下層』のモンスターの攻撃でリリルカが死にかけたことがあったのは事実だ。

 そのたび、ベルとリューは必死にリリルカへ回復を(ほどこ)して、死の淵から彼女の生命(いのち)をすくいあげたものだった。

 

 結果、リリルカは今回の【ステイタス】更新で、『基本アビリティ』が伸びに伸びたのだった。

 ほとんど使う機会がなかっただろうとヘスティア神が考えた変身魔法も、小人族(パルゥム)から種族を変更して素の頑丈性を上げたり、腕力を上げたり、俊敏性を上げたりと、活躍の機会があった。よって、『魔力』の数値もそれなりに伸びていた。それゆえの、合計400超えである。

 

「そして、当然のように【ランクアップ】可能だ! えーい、本当におめでとう!」

 

「ありがとうございます。でも、保留でお願いします」

 

「いいのかい? 念願の『Lv.2』だろう?」

 

「少なくとも、お師匠様の特訓とミノタウロスの試練は、『Lv.1』で受けるつもりです」

 

「うーん、本来なら無謀すぎると止めたいところだけど、こうなると軽々とこなしてしまいそうなのが怖いね……」

 

 そうして、リリルカの【ステイタス】更新は終わり、次はベルの番となる。

 リリルカを居間に待たせて、ベルとヘスティア神が主神の神室まで移動する。それからベルは、その場でシャツを脱いで上半身裸になり、寝台(ベッド)の上でうつぶせになった。

 ヘスティア神は、そのベルの背中に指を()わせ、神血(イコル)を用いて彼の【経験値(エクセリア)】をすくい上げる作業に入る。

 

 すると……。

 

「おめでとう! 上位の【経験値(エクセリア)】……いわゆる『偉業』に関しては、ベル君も【ランクアップ】に必要な分を満たしているよ! あとは『基本アビリティ』のどれかをD500まで上げれば、キミも『Lv.2』さ!」

 

「うわーッ! 本当ですか!?」

 

 地獄からの帰還は、二人の眷族にこれ以上ない成長をもたらしていた。

 その事実に、ヘスティア神は純粋に喜んで良いのか悪いのかよく分からない表情になる。

 そして、とりあえず明日の夜は外の店で帰還を祝って打ち上げだな、と思考を放棄して喜ぶことにしたのだった。

 




・【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院
『入院』というワードは原作ではほぼ使われていません。治療院の表の店構えも、ポーション屋さんっぽいです。治療用の部屋や寝台はちゃんとあるようですが。原作でアイズが治療院に叩き込まれたときは、本作と同じように『収容』というワードが主に使われていました。

・【ランクアップ】に必要な『基本アビリティ』
忘れがちですが、『基本アビリティ』のうちどれか一つの数値がD500に達していないと【ランクアップ】はできません。

・リリ団長の【ステイタス】
リリ団長の『基本アビリティ』は、32話時点でこっそり敏捷:E400を超えていました。偉業はベルくんと合流する前のフィンとの修行で、『ライガーファング』のソロ討伐を行なって達成済みです。
リリ団長の怒濤の『基本アビリティ』や戦争で覚えた新しい『スキル』の詳細などは、【ランクアップ】時に最終【ステイタス】を載せますので、そこまでお待ちください。
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