ダンまちTACTICS   作:Leni

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49.小人は地獄を彷徨う

「疲労はそろそろ取れただろう? 『深層』での感覚が失われる前に、特訓の開始だ」

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)、『竈火(かまど)の家』。そこへティオネを引き連れてやってきた【ロキ・ファミリア】の団長フィンは、来客対応に出たリリルカを見るなり、そんなことを言い出した。

 

 オラリオの代表の一人とも言える『Lv.7』となったフィン。彼は『魔城』攻略や急増の救助隊編制などの後処理で、多忙にしているはずであった。

 その彼が、なぜこの場にやってきていて、自分に修行をつけようとしているのか。そんな当然の疑問をリリルカは持った。だが、フィンから告げられた答えは、割と思慮深いものであった。

 

「リリルカ。キミが強くなればなるほど、キミたちのパーティは普段からダンジョンの奥に潜れるようになる。それは、キミとベルの【ステイタス】が上がりやすくなることを意味するんだ。そして、上がった【ステイタス】の分だけ、次の『遠征』は成功率が上がっていくことになる」

 

「……つまり、『JP』稼ぎ目的で『上層』をフラフラしていないで、さっさと『中層』や『下層』で『基礎アビリティ』を鍛えろ、ということですか?」

 

「その通りだ。【疾風】も【ヘスティア・ファミリア】入りするならば、キミたちだけで『深層』に遠征をして強くなってもらっても構わないくらいだ」

 

「やめてください死んでしまいます」

 

「今回は、ちゃんと生きて帰ってきたじゃないか」

 

「何度も瀕死になりましたよ! 【耐久】もビックリするくらい伸びたんですからね!?」

 

「素晴らしいね。特訓でも【耐久】をガンガン伸ばそう」

 

「くっ、このお師匠様は、本当にもう……」

 

 フィンとリリルカのそんな師弟のやりとりを横でイライラしながら聞いているティオネ。

 しかし彼女は、話に口出しをせずに無言を貫いていた。

 その様子に、何か様子がおかしいな、と思いながらティオネをチラリと見るリリルカ。だがしかし、ギロリとした鋭い視線が返ってきたので、リリルカは慌てて目を逸らした。

 

「それで、ベルも在宅しているかい?」

 

「はい、先ほどアイズ様のお見舞いから帰ってきたところです」

 

「では、彼にも伝えてくれ。これから一週間、【ヘスティア・ファミリア】は『黄昏(たそがれ)の館』で泊まり込みだ。着替えと装備をまとめたら、二人はそのまま『黄昏の館』へ向かってもらう。ああ、神ヘスティアには、仕事先へ別の者を(つか)わせている」

 

 有無を言わせないとばかりに、【ヘスティア・ファミリア】の今後一週間の予定を勝手に決めてしまうフィン。

 だが、そんな横暴も彼には許される。【ヘスティア・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】の傘下派閥だからだ。この二つの派閥には、ハッキリとした上下関係が存在するのだ。

 

「はい……思ったよりも休暇が長引いて身体が鈍ってきた頃ですから、別にいいんですけどね」

 

「それはいけないな。初日の今日は優しく行こうと思ったが、厳しく行こうか」

 

「ぐっ! それは……いえ、望むところです!」

 

 フィンの言葉に、弱音を吐きそうになるところをとっさにこらえて啖呵(たんか)を切ったリリルカ。

 それに対しフィンは満足そうに笑みを浮かべ、そしてティオネが怪しい光を目に宿した。

 修行の日々が……リリルカにとって『深層』の戦いに匹敵する地獄の日々が、こうして始まる。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「竜殺しくーん! リリルカ、また死んじゃった!」

 

「またですか!? 本気で殺さないでくださいね!」

 

「あたしじゃないよー。ティオネがやったの!」

 

「蘇生魔法は本当に死んだ人は蘇生できないんですから、気を付けてください!」

 

『黄昏の館』の訓練場。そこでは、リリルカの特訓一日目が早速開始されていた。

 一日目の内容は、【ロキ・ファミリア】でダンジョンに行かずに暇を持てあましているメンバーを次々と投入しての、模擬戦。

 

 リリルカと同じ『Lv.1』の駆け出し冒険者が相手することもあれば、『Lv.6』に達している双子の姉妹が二人同時に相手することもある。

【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)で毎日のように行なわれているという眷族同士の本気の戦いを参考にして、フィンが考え出した一日目の特訓内容だ。

 フィンはとにかくリリルカに場数を踏ませるため、様々な相手を代わる代わる投入していったのだが……。彼の考えた順番を無視して、なぜかアマゾネス姉妹の姉の方が頻繁にリリルカの相手をしにいく様子が見られた。さらに彼女が相手するたびに、リリルカが死にかけるという、珍事にして惨事が発生していた。

 

 そして、リリルカが死にかけるとすぐに、同じ修行場で『モンク』という『ジョブ』の格闘術を訓練しているベルが呼ばれ、蘇生魔法を掛けるよう要請されていた。

 

「――【レイズ】!」

 

「ぐっ、はあ、はあ……ティオネ様、殺す気ですか!?」

 

 死の淵を彷徨っていたところから目覚めさせられたリリルカは、身を起こすなり、自分を追い詰めたティオネに対して文句を言った。

 だが、ティオネは涼しい顔で答える。

 

「こいつ死なないかな、とは普段から思っているけど、さすがに本気で殺すつもりはないわ。団長に嫌われるもの」

 

「その死なないかな、が殺意に変わって攻撃に乗っていませんか!?」

 

「良いことじゃないの。ダンジョンの外で強い殺意を持った相手と安全に訓練できるなんて、そうそうある機会ではないわよ」

 

「くっ……言っていることは間違いではないのが困りますね!」

 

 先ほどまで死にかけていたのに、元気だなぁ。ベルはそう思いながら、リリルカにそれ以上の回復魔法は掛けず自分の訓練に戻った。

 フィンの方針で、必要以上の治療をしないようベルは厳命されているのだ。怪我を負った状態でも動けるようにするためらしかった。

 それに、ベルはベルで訓練に忙しい。

 あの【ロキ・ファミリア】の幹部の一人、『Lv.6』の格闘家ベート・ローガに、実戦形式の教導を受けている最中なのだ。

 

「ベートさん、戻りました」

 

「ちっ、中断してばっかりで、ろくな訓練になりやしねえな」

 

「そうですね。ティオネさんも、もう少し、殺しかける頻度を減らしてほしいのですが」

 

「ちげえ。あの雑魚ガキが、死にかける頻度を減らすように動けばいいんだよ」

 

「この人も『Lv.1』相手に無茶言うなぁ……! はあ、それではもう一回、組み手をお願いします」

 

 そうして、ベルはベートと激しい殴り合いを始めた。

 だが、身体能力面ではそこまで大きな差はないはずが、明らかにベートの方が良い動きをしていた。

 

「弱え! なんでテメエは、剣を持ったときと同じ動きができねえんだ!」

 

「これでも本気でやっているんですが!」

 

「戦いの才能が根本的にねえんだよ! この体たらくでダンジョンで生き延びられるか! 冒険者なんて辞めちまえ!」

 

「辞めません!」

 

 ベートとベルによる一対一の組み手は、ベルが何度もリリルカの蘇生に呼ばれて中断しながらもその日一日続いた。

 ちなみに、治療院で未だに収容中のアイズは、その組み手を後日知って「ベートさんにベルさんを盗られた……!」と大変ショックを受けていたのだとか。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 地獄の特訓開始から、瞬く間に一週間が経過した。

 フィンはあの手この手でリリルカを死の淵に立たせ、潜在能力をひねり出すよう身体と頭脳を限界まで追い詰めた。

 その結果、あの『深層』からの脱出劇には一歩及ばなかったものの、飛躍的な『基礎アビリティ』の伸びをリリルカは見せた。

 

 フィン直々に修行をつけてもらえる立場を最初は、心底うらやましがっていた【ロキ・ファミリア】の下位メンバーたち。

 だが、あまりにも過酷すぎるその修行内容に、彼らはドン引き。嫉妬を向けていたはずのリリルカへ、逆に優しい言葉をかけるようになっていった。

 そして、地獄の特訓に食らいつき、止めたいという弱音を一度も吐かなかったリリルカに、【ロキ・ファミリア】の面々は尊敬の目を向けるようにもなった。

 

 でも、これってフィン団長が普段から言っている『勇気』とは違わないか? ただの『根性』って言わないか?

 と、そんなことを思う者も、チラホラいたのだが。

 

 そんなこんなで、試練最終日。ミノタウロス退治という最後の試練が執り行なわれる。

【ロキ・ファミリア】の誰もが、リリルカが今さらミノタウロスに負けるとは思ってはいない。

『Lv.1』という事実を考えると無謀すぎる挑戦のはずだ。しかし、ティオネの猛攻からそれなりの時間生き延びるようになったリリルカがミノタウロスに負けてしまう姿は、彼らには全く想像つかなかった。

 

「では、行こうか」

 

 ダンジョンで行なわれる、リリルカの最後の試練。

 それに同行したがる者は、多数いた。あの地獄の日々を生き延びたリリルカの勇姿を是非とも見たいと、皆が思ったのだ。

 

『魔城』攻略成功以来、どこか(ゆる)んでいた派閥(ファミリア)の空気。それが、ここにきて【ステイタス】を鍛えダンジョンを攻略する方向に切り替わってきたことをフィンは喜んだ。

 だが、それでも彼は、ダンジョンへの同行人数を厳選した。

 遠征でもないのに大勢のメンバーを一斉にダンジョンに向かわせなどしたら、その姿をオラリオ市民に目撃されて、いらぬ不安を煽ってしまいかねないからだ。オラリオ市民の期待を背負っている最大派閥の団長は、普段から気遣うべき項目が多かった。

 

 結局、ミノタウロス退治の最後の試練のためにダンジョンへ行くのは、フィン、リリルカ、ティオネ、ティオナ、ベルの五名だけとなった。

 ティオネは、ここまで特訓に付き合ってあげたのに、その仕上がりを見ないなんてありえないと主張し勝手に着いてきた。

 ティオナは、どうしてもミノタウロス戦を見たいと散々ゴネて、根負けしたフィンが渋々同行を許可した。

 ベルは、いざというときのリリルカの蘇生役である。

 

「最後の試練ですか……感慨深いですね」

 

 愛槍の《ヘスティア・スピア》を携え、ヴェルフ・クロッゾが新しく作った加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)の防具を着けたリリルカ。彼女は、『バベル』の地下にある大階段を降りてダンジョンへと入っていく。

 そんな彼女に対し、前を歩くティオナが尋ねた。

 

「リリルカは、ミノタウロスが怖くないの? そりゃあ、あれだけ特訓中に死んだにしてもさ。モンスター相手は、また話が別じゃない?」

 

「ミノタウロスって、『密林の峡谷』にいる恐竜よりも堅いんですかね……」

 

「あっ、そっか! リリルカって、『深層』からモンスターと戦いながら、『迷宮の花園(アンダーガーデン)』まで登ってきたんだったね!」

 

 リリルカの答えに納得して、「あはは」と笑うティオナ。

 リリルカの答えと同じ理由で、【ロキ・ファミリア】の団員から、今さらミノタウロス退治など必要なのかという声も上がっていた。

 だがそこで、ミノタウロスを確実に倒してこいとロキ神が鶴の一声を上げて、最後の試練は決行となった。

 

 ロキ神曰く、今この試練を中途半端に止めてしまうと、リリルカとミノタウロスの間で、奇妙な縁ができかねないらしかった。

 なんでも、『Lv.2』から『Lv.3』へランクアップするための偉業に、ミノタウロス百匹組み手のような条件付けが発生してしまう可能性があるのだとか。

 

 実際に、その状況に陥っている冒険者が、【ロキ・ファミリア】にではないが存在する。

【フレイヤ・ファミリア】の団長オッタルは、特定の『階層主(モンスターレックス)』との間に因縁ができているのだ。そして、その『階層主』を一人(ソロ)で討伐する機会に恵まれず、人類最高峰の『Lv.8』に上がれていないのが彼の現状であった。

 

 よって、リリルカのミノタウロス退治は、本当の意味で『ランクアップ』に必要な試練となった。

 

 そのことを振り返って話しながら一行はダンジョン内を進み……ミノタウロスの出現階層である17階層まで、止まらずにやってきた。

 

 本来ならば、『Lv.1』の冒険者が17階層まで降りるのは自殺行為。

 しかし、リリルカは恐怖を一切見せず、油断なく周囲を見ながら力強い足並みで17階層の通路を進んでいく。

 

 やがて一行は、邪魔者の入らない、17階層の奥地でミノタウロスの群れを見つけ出す。

 

「あの『天然武器(ネイチャーウェポン)』を持ったヤツにしよう」

 

 フィンが自身の武器である槍の先で指し示したのは、群れの中で一番大きな個体ではなく、石造りの棍棒を持った中型のミノタウロス。

 体格の大小は今さら問題にはならないとフィンは判断し、武器を持った最も厄介な個体をリリルカの最後の試練に選んだ。

 

 そうして、リリルカの『Lv.2』へ上がるための、ある種の儀式とも言える『猛牛の試練』が、とうとう始まるのだった。

 

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