ダンまちTACTICS   作:Leni

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50.猛牛の試練

 五匹ほどの『ミノタウロス』の群れ。

 それを前に、まずフィンたちが始めたのは、標的以外の『ミノタウロス』の駆逐だった。

 リリルカと一対一の状況を作るには、他の『ミノタウロス』は邪魔だからだ。

 フィンが指示を出すと、すぐさまリリルカ以外の面々が動き『ミノタウロス』を倒しにかかる。

 

「あっ、逃げた」

 

 そんなとき、ベルが不意にそんな声をあげる。

 彼が一番体格のよい『ミノタウロス』の頭を《ルーンブレイド》で叩き割ろうとした際のこと。

 その『ミノタウロス』は頭部から生えた角を犠牲にして生き延び、その場から逃走を始めたのだ。

 

「追います!」

 

「ああ、ベル。待つんだ。この先は食料庫(バントリー)だ。袋小路だから、放って置いても構わない。下手に追うと、大量のモンスターを相手することになる」

 

「そうですか……」

 

 食料庫(バントリー)。ダンジョンがモンスターのために用意した、その名の通りの食料提供場所。

 ダンジョンのモンスターも、時間経過で食事が必要となる身体の仕組みになっている。そこで、モンスターの餌になる液体が湧き出るスポットが、ダンジョンの各階層には存在していた。

 

 その性質上、モンスターが数多くそこに居座っており、普通の冒険者は危険すぎてまず近づくことはない。

 それゆえに、フィンもその冒険者が近寄らない、食料庫へと繋がる広間(ルーム)をリリルカの試練の場として選んだ。フィンは、この試練を他の冒険者に邪魔されたくなかったし、そもそも他の冒険者に戦いを目撃されたくもなかった。傘下派閥の『Lv.1』を自分のところの団員で囲んで、『ミノタウロス』と単独で戦わせる光景は、とてつもなく外聞が悪いからだ。

 

「よし、準備はできたね」

 

 少々討ち漏らしがあったが、戦いの場は整った。

 広間に一匹だけ残った『ミノタウロス』だが、怯えて逃げ出す様子もなく、『天然武器(ネイチャーウェポン)』を手に闘志と殺意をみなぎらせている。

 試練の相手として問題はなさそうだとフィンは判断し、他の面々と一緒にリリルカから少し距離を取った。

 

 やがて。

 リリルカの奮闘が始まった。

 

 だが、戦いはすぐに終わった。

 リリルカの勝利だ。

 

「……あれえ?」

 

 あまりにもあっけない勝利に、リリルカは槍を手にしたまま首を傾げる。

『ミノタウロス』の突進を回避し、その硬い表皮に拒まれないよう、事前に学んでいた柔らかい部位を狙ってチクチクと攻撃していったリリルカ。

 しかし、『力』の『基本アビリティ』が『ランクアップ』できる水準まで高まり、【縁下力持(アーテル・アシスト)】でさらなる能力ブーストを受けたリリルカの膂力(りょりょく)は、『Lv.1』の中でも高水準にあった。

 

 チクチクどころかブスブスと神造の槍に刺されて皮の薄い膝裏から血を流し、『天然武器』を手から叩き落とされ、最後には顔面部に下段からの刺突を受けて、『ミノタウロス』は絶命した。

 

 そのあっけない幕切れに、フィンは苦笑するしかなかった。

 事前に予想していた結果になったものの、いざ目の当たりにしてみるとなんの試練にもなっていない。

 

 観戦していたティオネとティオナも物足りなさそうにしており、リリルカ本人も不完全燃焼といった様子。

 この場でリリルカの勝利を心から喜んでいるのは、ベル一人だけであった。

 

「17階層まで来て、これだけで終わるのも、なんだ。せっかくだから、17階層のモンスターを一通り倒してみようか」

 

 そんな、フィンによる追加の試練がリリルカに課され……そのことごとくを彼女は見事にこなしてみせるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 その日、フィンたち一行は地上へと帰ることはなく、1階層下の18階層に宿泊した。

 18階層は『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』と呼ばれる『安全階層(セーフティポイント)』であり、リヴィラの街という冒険者たちが作った大規模拠点が存在する。

 普段、【ロキ・ファミリア】は『遠征』途中で18階層に寄っても、リヴィラの街で宿泊することはない。だが、今回は同行人数が少ないこともあり、フィンは街で宿を取ることにしたのだ。

 

 しかし、間が悪かったのか、フィンたちはここで事件に巻き込まれる。

 一泊した後の宿に、リヴィラの街の顔役がフィンを訪ねてきた。その顔役の男が言うには、とある凶悪なモンスターが18階層を脅かしているらしい。

 

 それは、『モス・ヒュージ』というモンスターであった。

 本来は、24階層に出現する『稀少種(レアモンスター)』。全身が苔でできた人形のような見た目をしていて、凶暴性はモンスターながらに低く、擬態や待ち伏せ、逃亡を得意とする知性の高いモンスターでもある。

 その『モス・ヒュージ』が『強化種』になり、気の緩んでいる冒険者が集まる18階層に潜んでいる。顔役はそう言って、討伐への協力をフィンに要請してきた。

 

『強化種』とは、その名の通り、強化されたモンスターのこと。

 なんらかの原因で『魔石』を摂取したモンスターが、同じモンスターを狙って『魔石』を食い荒らすようになってしまった末に生まれる。モンスターは、大量の『魔石』を摂取すると種として成長・進化し、より強力な個体になっていく性質を持っているのだ。

 

「下の階層で、その『強化種』に目を付けられたヤツらがいたらしくてな。こっちまで引っ張ってきやがったんだ」

 

「いつもの得意技、街の放棄はしないのかい?」

 

「その『強化種』なんだが、寄生型だ。街のヤツらが何人も、『種』を受けて苔に浸蝕されていやがる。被害に遭った人数が多すぎて、さすがに退治しないといけねえって話になった。相手は『モス・ヒュージ』だからな。退治すれば、苔に浸蝕されたヤツらも解放されるかもしれねえ」

 

「なるほど、本当に厄介な相手のようだね」

 

「ああ、それと【ロキ・ファミリア】団長がちょうどここに滞在しているのも、街から撤退しない理由だな。勝ち目があるのに、わざわざ街を放棄するかよ」

 

「偶然居合わせた僕たちを良いように使おうってわけだ。まあ、それは構わない。その冒険者依頼(クエスト)、受けようか」

 

依頼(クエスト)じゃねえよ。街に滞在している冒険者の義務みてえなもんだ。当然、報酬は出ない」

 

「いや、報酬はあるさ。『稀少種』の『強化種』。下の者に経験を積ませるには十分な相手だと思わないかい?」

 

「下の者って……おめえ、まさか!」

 

「今回、弟子を連れて来ているんだ」

 

「ばっか、おめえ、『Lv.1』の小人族(パルゥム)のガキをこの戦いに参加させるつもりかよ! 相手は『Lv.3』がいたパーティを壊滅させているぞ!」

 

「でも、僕の弟子だ。実力に不足はないよ」

 

「『Lv.』が絶望的に不足しているんだよ! ああもう、死んでも責任は取らねえからな!」

 

「ダンジョンで死んだ冒険者の責任なんて、誰も取れないさ」

 

 そうしてリリルカは、リヴィラの街を挙げた『モス・ヒュージ強化種』との戦いに投入され……『Lv.1』ながらも獅子奮迅の活躍を見せて、リヴィラの街の住人たちに気に入られることになった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 予定外の戦いがあり、リヴィラの街で追加の一泊をしたフィンたち一行。

 彼らは朝を示す18階層の光源が輝きだしてから、ようやく地上への道を歩き出した。

 

「ここで『ゴライアス』でも出たら、笑えるねー」

 

 17階層への通路を進む最中、ティオナが神々の言うところの『フラグ発言』を唐突にし出す。

 それに対し、リリルカは「本当にやめてください」と嫌そうな顔をした。

 

 なお、さすがのフィンも17階層の『迷宮の孤王(モンスターレックス)』である『ゴライアス』にリリルカを一人で突っ込ませるようなことはしない。

 厄介な寄生能力を持っていた『モス・ヒュージ強化種』との戦いも、細心の注意を払ってリリルカを戦わせていたのだ。それが回り回ってリヴィラの街のアイドル的存在に担ぎ上げられるとは、フィンも思わなかったのだが。

 

 そんな会話をときおりしながら、17階層の『正規ルート』を進んでいたフィンたち。

 すると、道の向こうから、冒険者の悲鳴らしき声と、こちらに向けて駆けてくる足音が聞こえてきた。

 それは、多くの冒険者が行き交う『上層』や『中層』ではしばしば見られる光景。『怪物進呈(パス・パレード)』と呼ばれる、モンスターの押し付け行為の前兆だとフィンは判断した。

 

「上の階層は相変わらず騒がしいねー」

 

「『怪物進呈』って、モンスターじゃなくて冒険者の方をぶっ殺したくなるわよね」

 

 ティオナとティオネがそんなことを言うが、通路の向こうから姿を現した冒険者たちは、フィンたちを見つけるとこんなことを叫んだ。

 

「お前たち、逃げろ! 『ミノタウロス』の『強化種』だ!」

 

 彼らは『怪物進呈』をするどころか、危機的状況で他パーティに脅威を知らせるほど善意に溢れた集団だった。

 その彼らの対応に、フィンは気を良くして言い放つ。

 

「こちらに誘導するんだ! こちらは【ロキ・ファミリア】、フィン・ディムナだ! その『強化種』はこちらで受け持つ!」

 

「【勇者(ブレイバー)】だって!? すまねえ、任せる!」

 

 四人組の冒険者パーティが、フィンたちのいる広間(ルーム)に逃げ込んでくる。

 そして、フィンたちの横に彼らは並ぶと、息を切らしながらも油断なく武器を構えた。

 良いパーティだ。フィンはそう思いながらも、姿を現した巨大な『ミノタウロス』にどう違和感なくリリルカをぶつけるかの算段を立て始めた。

 しかし。

 

「あっ……」

 

 そこで、ベルが思わずと言った様子で声を上げた。

 ベルは一目で理解してしまった。この『ミノタウロス』の『強化種』は、二日前、自分が食料庫まで逃がしてしまったあの個体なのだと。

 その証拠に、巨躯の『ミノタウロス』は角が片方折れている。さらに、広間に姿を現した瞬間、ベルだけを真っ直ぐ見て怒気を露わにしていた。

 

「フィンさん、あの『強化種』は、僕が相手します」

 

「うん? ……ああ、そういうことか。いいよ、任せよう」

 

 フィンも、目の前のミノタウロスのその特徴から、二日前にベルが逃がした個体だと理解した。

 そして、ここまでの経緯を想像する。おそらく、あのミノタウロスはベルからただ真っ直ぐ逃げたのではない。

 モンスターが大量に集まる食料庫へ行き、そこで同胞であるはずのモンスターを倒して周り、『魔石』を食い荒らしたのだ。自分の角を軽々と折ったベルを倒せるほどまで、強くなるために。

 

 そう考えると、もしかしたらあの『ミノタウロス』にとって、ベルとの遭遇はまだ時期尚早で、計算外の出来事だったのかもしれない。そうだとしても、モンスターはモンスター。

 ベルが後始末を買って出たのも、『強化種』を誕生させてしまった者としての責任を感じてのことだろう。

 そんなことを考えるフィンの前に出たベルは、《ルーンブレイド》を構えた。

 

 ベルの目の前には、闘志に燃えた『ミノタウロス』がいた。

 これが、自分を前に逃げ出すことしかできなかったミノタウロスの姿なのか? ベルはそんなことを思う。

 そして、ベルもフィンと同じ結論に達した。すなわち、目の前の個体はただ逃げ出したのではなく自分を倒すために食料庫に行き、勝利をつかむために同胞を殺して『強化種』になったのだと。

 

 だからこそベルは、目の前の『ミノタウロス強化種』に敬意を払い、全力で『聖剣技』を放った。

 

「【無双稲妻突き】!」

 

 下から突き上げる『剣気』と、大気をほとばしる『雷光』に蹂躙され、『ミノタウロス』は一撃で討伐された。

 それを見た別パーティは、ベルの正体に気づき、さすがは剣聖の弟子だとはやし立て、律儀に礼を言ってから別の通路へと進んでいった。

 最後まで善良さを見せたそのパーティに、ベルたちは爽やかな気分になり、良い雰囲気のまま帰還を再開させた。

 

 その後、一同は『上層』を上へと進み、無事に地上へと戻った。

 そして、ギルド本部にも寄らず、真っ直ぐに『黄昏の館』へと帰還する。

 

『黄昏の館』では、ヘスティア神がベルたちの一日遅れの帰還にたいそう心配しており、ロキ神にからかわれている最中であった。

 そんなヘスティア神をリリルカは全力でなだめ、早速とばかりに、【ステイタス】更新をしてもらうよう頼み込んだ。ヘスティア神も、すぐさまこれに応え、最後の試練の成果が結実することとなった。

 館でヘスティアが借りている部屋で、リリルカは背中を露出し、神血(イコル)を受け入れる。

 

 リリルカ・アーデ

 Lv.1

 力:D528 耐久:C651 器用:D533 敏捷:C658 魔力:D504

 

『モス・ヒュージ強化種』という、『Lv.1』が相手するにはそれだけで偉業に数えられる敵を討伐したリリルカ。

 その成果によって追加で『基本アビリティ』が向上。それを最終能力(ステイタス)として、彼女は今度こそ『ランクアップ』を望んだ。

 

 師匠であるフィンは、当初、リリルカの『ランクアップ』を可能な限り遅らせる予定を立てていた。

『基本アビリティ』は、低い『Lv.』の方が比較的伸びやすい。適正階層が『上層』のため、頻繁にダンジョンへ潜って鍛えることができるからだ。

 その『基本アビリティ』を遠征開始ギリギリまで上げ、直前に『Lv.2』へ上げるという算段であった。

 

 だが、『二大祭』が終わった頃に予定している『遠征』へリリルカを参加させるにあたって、『耐異常』の『発展アビリティ』を可能な限り高める必要性も感じていた。

 

『発展アビリティ』とは、『力』や『耐久』などといった『基本アビリティ』とは別に、『ランクアップ』時に一つだけ覚えられる()()()()()()、特殊効果を持つ『アビリティ』のことだ。

 たとえば、『狩人』という『発展アビリティ』は、一度倒したことのある種類のモンスターと再度戦う際に、能力補正を得られる効果がある。ちなみに『狩人』は、『Lv.2』への『ランクアップ』時にしか覚えられない。

 その『発展アビリティ』の中で、フィンはリリルカに『耐異常』の習得を求めていた。

 

 もし、リリルカが『耐異常』を覚えられるなら、このタイミングでの『ランクアップ』も可。フィンはリリルカに対し、【ステイタス】更新前にそう今後の方針を示していた。

 

 以前、37階層からの帰還途中でモンスターから状態異常を山盛り喰らったリリルカは、その『耐異常』の発現が可能となっていた。

『耐異常』の必要性は彼女も心底感じていたため、彼女はここで『Lv.2』へ至ることを決めたのだ。

 

 すると、ヘスティア神は大喜びで『ランクアップ』を承認。

【ヘスティア・ファミリア】の団長リリルカ・アーデは、この日、『Lv.2』へと昇格した。

 

 リリルカ・アーデ

 Lv.2

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 耐異常:I

《魔法》

【シンダー・エラ】

 ・変身魔法。

 ・変身像は詠唱時のイメージ依存。具体性欠如の際は失敗(ファンブル)

 ・模倣推奨。

 ・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

 ・解呪式【響く十二時のお告げ】

《スキル》

縁下力持(アーテル・アシスト)

 ・一定以上の装備過重時における補正。

 ・能力補正は重量に比例。

旗下集結(コマンド・オーダー)

 ・声を媒介にした遠隔感応。

 ・声量拡張。最大拡張量はレベルに比例。

 

 生まれてすぐにソーマ神より『神の恩恵(ファルナ)』を刻まれたため、『ランクアップ』に要した期間の公式最速記録(レコード)には残らない。だがしかし、サポーターを辞め冒険者へ転向してから上級冒険者へ昇格するまでの期間は、恐ろしいほど短い。

 それは、リリルカという小人族(パルゥム)が秘めた才能を現しているのか、それとも、彼女に課されてきた試練があまりにも過酷なものだったのか。

 絶対に後者だろうな、とリリルカは思う。そして、ここ数ヶ月の目まぐるしい日々を思い出し、知らず知らずのうちに笑みを浮かべてしまうのであった。

 




参考値として原作におけるリリが『Lv.1』だった頃の『基本アビリティ』を載せておきます(原作8巻から引用)。

 リリルカ・アーデ
 Lv.1
 力:I81 耐久:H123 器用:G232 敏捷:F383 魔力:E402

本作では、おおよそこの数値を冒険者転向直後のリリ団長の【ステイタス】としています。
なお、『狩人』ではなく『耐異常』を取ったリリ団長の見解は、52話で語られます。
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