ダンまちTACTICS   作:Leni

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52.半妖精の焦燥

 迷宮都市オラリオの管理機関であるギルドは、連日フル稼働していた。

 世界の魔石産業の中心地ともいえる、オラリオのギルド本部『万魔殿(パンテオン)』。現在は、その魔石製品の加工・輸出業務を縮小して、別の重大な業務を大急ぎで処理している真っ最中だ。ここ最近続いたオラリオ内部での大事件への対応が、いくつも重なっているのだ。

 

 ラキア王国との戦争の戦後処理。

人造迷宮(クノッソス)』の採掘権利の割り当て。

 新たに存在が発覚した『闇派閥(イヴィルス)の残党』の主神探し。

 崩落した『水の迷都(みやこ)』の現状把握。

『闇派閥』の復活に怯えるオラリオ市民への対応。

狂乱の戦譚(オルギアス・サガ)』の公演・流布。

 

 それらを一度に処理するため、ギルド職員は休日返上で働いていた。

 案件の事務処理に駆り出されたのは事務員だけでなく、冒険者の窓口業務が本来の仕事である受付嬢もだ。まさに総動員である。

 ギルドに勤めて五年の月日が経過した半妖精(ハーフエルフ)のエイナ・チュールも、休みを取らずに働いている受付嬢の一人だ。

 

「エイナー。ここどうするんだっけ?」

 

「エイナ先輩、ちょっと教えてください!」

 

「エイナさん、チェックお願い」

 

 エイナは受付嬢の立場ながら、非常に忙しかった。事務仕事を本業でやっている事務員たちよりも、ずっと忙しく働いているほどだ。

 現在、彼女には受付の仕事は割り振られていない。

 彼女は普段の業務成績から事務能力に優れていることが、上司たちに知れ渡っていた。そのせいか、暇を持てあます時間が発生する受付業務から半ば外され、裏方へと緊急で回されているのだ。

 

 受付嬢なのに、受付をしない。エイナ本人は、苦い気持ちでその立場を受け入れた。

 普段から、「冒険者は『冒険』をしない」と、担当した冒険者の安全のために告げていたことの因果が回ってきたのかとも、エイナは思った。だが、実際のところは、優秀な者により多くの仕事が割り振られるという、ただの勤め人にはよくある光景が繰り広げられているだけである。

 

 しかし、このまま事務員代理の仕事を続けさせられるのは困る。エイナは、仕事をものすごい勢いで片付けながらそう思った。

 というのも、彼女がアドバイザー業務を担当している冒険者二人が、そろそろ休養期間を終えてダンジョン探索に復帰するはずなのだ。

 

 彼女の担当は、リリルカ・アーデとベル・クラネルという、二人の『Lv.1』冒険者である。

 共に【ヘスティア・ファミリア】という派閥に所属しており、その中でもリリルカ・アーデは団長を務めている。とは言っても、団員二名の零細派閥なのだが。

 

 彼女たちは、先日、ダンジョンに取り残され、救助隊に救出されたばかりだ。

 休養期間というのも、ダンジョンを彷徨ったことによる疲労と怪我の回復期間である。

 これらの要素だけで見ると、『Lv.1』の冒険者がしばしば経験するような無知ゆえの失敗や、蛮勇の末の失敗にも思える。

 

 しかし、彼女たちの場合は、『Lv.1』とは到底思えないほど、その失敗の規模が大きかった。

 

 二人とも『Lv.1』ながら、ダンジョンの『深層』に迷いこんだのだ。しかも、自力で『下層』の『安全階層(セーフティポイント)』まで脱出。その後、【ロキ・ファミリア】の団長を中心に組まれた救助隊に救出された。

 その内容は、エイナの理解の範疇(はんちゅう)を超えていた。

 

 その『冒険』の詳細をリリルカから報告書という形で受け取ったとき、エイナはもう、二人に何を言っていいか分からなくなってしまった。

 

 帰ってきてくれて本当によかった。これは二人が帰ってきた際に自然と口から出た。

 なぜ『深層』になど行ったのか。なぜか上司から、その話を公衆の面前でするなと釘を刺されてしまった。

 なぜ『深層』に行って無事だったのか。報告書を読んだが、理解の及ぶものではなかった。

 冒険者は冒険しないって言ったよね。この言葉は、普段から二人に無視(スルー)されている。

 

 他の受付嬢からは、この将来性豊かな二人のアドバイザーになっていることをうらやましがられているが、とんでもない。この二人を担当していたら、心臓がいくつあっても足りないくらいである。ただし、アドバイザーの立場を譲ってくれと言われても、エイナは拒否する気が満々であるが。

 

 とにもかくにも、そんな問題児二人が、近日中に冒険者としての活動を再開する。

 当然、エイナもアドバイザーとしての業務を再開しなければならないのだが……はたしてこの地獄のような裏方の現場から抜け出して、受付まで逃げることはできるのか。エイナは死屍累々のギルド職員たちを見て、そんなことを思った。

 

 と、そんなとき、数少ない受付業務中の席から、事務員のデスクの方へと大声が届いた。

 

「エイナ~! ちょっと来て~! 緊急だよぉ、緊急~」

 

 同僚の受付嬢、ミィシャ・フロットの声だ。

 彼女は要領の良い人物で、この状況でも事務処理に回されないよう上手く立ち回り、受付の席をしっかりと確保していた。

 その要領の良さを事務作業にこそ回してほしいエイナだったが、とりあえず彼女がこれほど大声で呼ぶということは、本当に緊急の仕事なのだろう。エイナはそう判断して、恨めしい目で見てくる事務員たちを振り切って、受付へと移動した。

 

 すると、そこには見慣れた冒険者が二人。

 件の問題児、リリルカ・アーデとベル・クラネルが二人連れ立って、ヒューマンの少女、ミィシャの前に立っていた。

 

「どうしたの、ミィシャ。大声なんて出して」

 

「いやぉ~、この仕事は、私じゃなくてエイナがやるべきだって思ってね」

 

 その童顔に笑みを浮かべながら、ミィシャは自分の隣の受付の椅子を引き、エイナに座るように促す。

 さらに、自分の前に立つリリルカとベルをエイナの方向に誘導した。

 

「じゃ、後はよろしく~」

 

 そう言って、ミィシャはベルたちの後ろで順番を待っていた冒険者を呼び、エイナに【ヘスティア・ファミリア】の対応を丸投げした。

 一方、エイナは嫌な予感がしつつも、ベルの前に一歩出たリリルカに話しかける。ミィシャから何も引き継ぎはされなかったので、最初からの対応だ。

 

「本日は、どうされましたか?」

 

「そこからですか……エイナさん、リリ、『Lv.2』に『ランクアップ』しましたので、手続きをお願いします」

 

「……は?」

 

「『ランクアップ』しました。つい先日です。ギルドへの『ランクアップ』報告は冒険者の義務でしたよね?」

 

 唐突に告げられた、リリルカの言葉。

 その言葉の意味が一瞬理解できず呆けてしまうエイナだったが、リリルカはそうなるのも分かっていたとばかりに、再度同じ旨の言葉を発した。

『ランクアップ』。その意味を脳内で咀嚼(そしゃく)し、ゆっくりと消化していくエイナ。

 そして、彼女はつい、どうしてそうなるの、と叫びそうになって、寸前で留まり……。

 代わりに、努めて受付嬢としての笑顔を維持して、一応の本心から来る言葉を告げた。

 

「おめでとう。本当にすごいわ。……えっ、すごすぎない? 所要時間おかしくないかしら?」

 

「何を言っているのですか。リリが『Lv.2』になるまで、十五年かかりましたよ」

 

 欺瞞(ぎまん)! と、また叫びそうになって、耐えるエイナ。

 その代わり、努めて笑顔で受付嬢としての本分を果たす。

 

「『ランクアップ』申請、受け付けました。派閥の等級(ランク)が変動するか等の細かい話は、後日お知らせするわ。……えっ、これ、私が処理するの? この忙しい中で?」

 

「ギルドの事情はリリには関係ないので、頑張ってくださいね。リリも、ダンジョンで頑張りましたので」

 

 エイナの帰宅時間が、本日も真夜中近くになることが決定した瞬間であった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『Lv.2』に『ランクアップ』したリリルカがベルを連れて、いつダンジョンの深くへ挑戦してしまうか、エイナは気が気ではなかった。

 だが、エイナの心配とは裏腹に、リリルカは堅実な道を進んだ。

 翌日以降、リリルカはギルド本部にやってきて、ダンジョンの攻略情報を頭に叩き込む勉強会を自主的に実施しだしたのだ。もちろん、ベルも一緒である。

 

 もちろん、アドバイザーであるエイナも、その勉強会の教師役として参加しようとした。

 しかし。

 

「あ、二人で勝手にやってますので、ダンジョンの資料だけ貸してください」

 

「どうぞ、お構いなく」

 

 リリルカとベルに、にべもなく参加を断られてしまった。

 この態度には、エイナはショックを受けるしかなかった。ここ二ヶ月近くの間、三人一緒で勉強会を行なってきていたからだ。

 

「いやいやいや、私、あなたたち二人のアドバイザーですからね!?」

 

「でも、忙しいのですよね?」

 

 ギルド本部がフル稼働している事情を汲んでくれているのか、リリルカがそう言ってくる。

 だが、エイナはその程度では諦めない。それには、明確な理由があった。

 

「担当冒険者のアドバイザー業務以上に優先すべきことはないわよ」

 

「そうですかね……この個室を予約するときも、職員さんたちがリリに向ける目が痛かったですが」

 

「二人の命に関わることです。おろそかにするわけにはいかないわ」

 

 ギルドの事務処理が(とどこお)ったとして、困る人はいても直接の死に関わることはないはず。エイナはそう自分に言い聞かせるように理論武装して、アドバイザー業務の再開を断行した。

 なにせ、この二人は問題児なのだ。また勝手に『深層』まで行くなどという蛮行に及ばないよう、トコトンまでアドバイスしてやる必要がある。

 

「リリさんたちは、目を離したらすぐ無茶をするんですから! たった三人で『深層』に落ちて『下層』まで戻ったとか、『Lv.1』のやることじゃないですからね!」

 

「それに関しては、リリも本当にそう思います」

 

「僕も思います。本当に……」

 

 しみじみと、互いにうなずき合うリリルカとベル。

 その二人の本音に、エイナはため息しか出なかった。

 

「思っているなら、なぜやるのよ……」

 

「ダンジョンは、こちらの実力に合わせて手加減してくれるような存在じゃないですから」

 

 と、今度はベルがそんなことを言い出す。

 確かに、正論だ。正論ではあるのだが……。

 

「そもそも、『ワーム・ウェール』に遭遇するような階層にいく時点でおかしいのよ」

 

『Lv.1』が行くような『上層』までは、『ワーム・ウェール』、通称『ラムトン』は来ない。以前、リリルカとベルに勉強会でエイナが教えたことだ。

 だが、ベルはこのエイナの意見にも文句があるようで、ポツリとつぶやくように言った。

 

「あれは『闇派閥(イヴィルス)』に調教(テイム)されたモンスターだったから、本来の出現階層はあまり参考にならないような……」

 

「言い訳しない!」

 

「ごめんなさい!?」

 

 実際、ベルたちが『闇派閥の残党』と遭遇した場所は、25階層だった。

『Lv.1』が行くような……というよりは、行けるような場所ではない。

 つまり、ベルとリリルカがダンジョンで死にかけたのは、ある意味当然の結果だったと、エイナは主張していた。

 

 彼女は言う。

 

 冒険者は『冒険』しない。

『Lv.1』は『上層』までで戦う。

『Lv.1』は『下層』なんていかない。

 

「はい、復唱!」

 

「でも、エイナさんと一緒に勉強した内容のおかげで、リリでも『深層』でなんとか生き延びられました。ありがとうございました」

 

「また無視したぁ! リリさん、そのうち本当に痛い目見るわよ!」

 

「もう見ましたよ。でも、『冒険』はします」

 

「はあー……。ほんっとうにこの子たちは……。仕方ないわね。『冒険』をするうえでも知識は身を助けるから。これからもドンドン勉強させるわよ」

 

「では、差し当たって、60階層までの資料を用意してもらえます?」

 

「何言っているの!? ……本当に何を言ってるの? 50階層から下は、一部の派閥以外には情報が伏せられているって、リリさんも知っているわよね?」

 

「そうですけど、ほら、リリたちって【ロキ・ファミリア】の傘下派閥ですから。いずれは遠征で60階層に行くはずなので、予習を今から少しずつしようかと」

 

「60階層って、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】しか到達していないのよ……? 確かに、【ロキ・ファミリア】なら次の遠征で60階層も夢ではないのでしょうけれど……本当に【ロキ・ファミリア】の遠征に参加するの?」

 

「傘下ですから。まあ、それは喫緊(きっきん)の話ではないので、おいおいとしまして。それよりも真面目な話をしますと、今、必要なのは『耐異常』を段階的に鍛えられる場所の選別です」

 

「ああ、リリさん、『発展アビリティ』が発現したんだったわね」

 

「『狩人』と『調合』も覚えられる候補に入っていたのですが、欲しかったのが『耐異常』でしたので、それを」

 

 リリルカの素直な報告に、エイナは少し考え込み、そして言った。

 

「長い目で見ると、『Lv.2』になるときにしか取れない『狩人』にしたほうがいいのだけどね……」

 

 だが、リリルカは即答で返してくる。

 

「長い目で見ると、『耐異常』は高ければ高い方がいいので、長い期間育てられる『Lv.2』になるときに取っておきたかったんです」

 

「それもそうなのだけれど、リリさんはきっと『Lv.3』以上になってくれるだろうと私は期待しているのよ。そのときでも『耐異常』は取れるチャンスは巡ってくるのだけど、『狩人』はもう二度と取れなくなってしまったわ」

 

「後悔は今のリリではなく、数年後のリリにしてもらいます」

 

「数年で『ランクアップ』する気満々なのね……」

 

 リリルカの主張に、複雑な表情を浮かべるエイナ。

 そして、エイナはリリルカの隣でニコニコと話を聞いていたベルに顔を向けて、言った。

 

「ねえ、ベル君。あなたが『ランクアップ』するときは一人でいろいろ決めてしまわないで、私に相談しにきてね?」

 

「はい!」

 

「よろしい。はあ、リリさんも、これくらい素直だと助かるのだけど」

 

 だが、エイナにそんなことを言われても、リリルカは馬耳東風といった様子だ。

 これにはエイナも、ため息を吐くしかない。

 

「はあー……。で、『耐異常』を『安全に』鍛えられる場所ね。資料を持ってくるわ」

 

「ああ、安全性については、神経質なほどには重視しなくても問題ありません」

 

「何を言っているのよ。『耐異常』を鍛えるのに、安全性は最優先で確保するべきです! 状態異常をなめていたら本当に死んじゃうわよ!」

 

「いえ、そうではなく、安全面を重視するときはベルさんに『状態異常』の魔法を使ってもらって、同行人数を確保できて効率を重視するときはダンジョンでと、使い分けるつもりです」

 

「……『状態異常』の魔法?」

 

 聞き間違いか、とばかりに、目をパチパチと瞬かせるエイナ。

 そのエイナに、リリルカは淡々と告げる。

 

「ベルさんが短時間で効果の切れる毒魔法や、浅い眠りに陥らせる睡眠魔法を覚えられるようなので、それの習得をしてもらいます」

 

「あの『魔法』と『スキル』を大量に習得できるという『レアスキル』……本当になんでもありね!」

 

「それには、リリも全力で同意します」

 

 そんなことを二人に言われたベルだったが、彼は反論を口にした。

 

「むしろ、『神の恩恵(ファルナ)』で覚えられる『魔法』って、スロットが少な過ぎじゃないかな……?」

 

「確かに、スロットは少ないわ。でも、その分、冒険者が覚えられる『魔法』は強力なのよ」

 

「エルフの方々は、『神の恩恵』がなくても『魔法』が使えるそうですが……冒険者の使う『魔法』と比べると、相当効果が低いそうですよ」

 

 実際、ベルの【ステイタス】に存在する魔法のスロットは一つしかない。

 これは、『神の恩恵』の効果によってベルが覚えられる強力な魔法は、一つだけだということを意味していた。

 ちなみにリリルカは、一つしかないスロットがすでに変身魔法で埋まっている。

 

 空きスロットがあるベルの場合、なんらかの魔法が自然と発現する可能性は十分ある。

 しかし、リリルカがもう一つ魔法を増やそうと思うと、少なくとも自然発現はありえない。既にスロットが埋まってしまった彼女の場合は、位の高い魔導書(グリモア)を購入して読まなければならないのだ。ちなみに、位の高い魔導書は、リリルカが持つ《ヘスティア・スピア》並に高価な品である。

 

 と、そんな魔法談義を終えた後、エイナはダンジョンの資料を個室に持ってくるために、座っていた席から腰を浮かそうとした。

 その時のことだ。

 突然、エイナたちのいる個室のドアが、勢いよく開かれた。

 

「おーう! 邪魔するぞう!」

 

 まさかの闖入者(ちんにゅうしゃ)に、エイナは目をパチパチと瞬かせて、個室の入口を見た。

 そこにいたのは、一人のドワーフであった。一七〇(セルチ)はある、ドワーフにしては長身の男である。

 その彼は、ドカドカと足音を立てて室内に入ると、ギョロリとした目で、リリルカの方を向く。

 そして、唐突に大声で彼女に向けて言った。

 

「オメエたち、本当に25階層の崩落に居合わせたのか!?」

 

 その言葉を受け、リリルカは無言で立ち上がった。

 

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