ダンまちTACTICS   作:Leni

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59.real Emotion

【ロキ・ファミリア】が、ものすごい秘密を隠している。

 そんな噂がオラリオに広まった。

 

 曰く、とてつもない美少女を眷族に迎えた。

 曰く、【剣姫】に『レアスキル』が生えた。

 曰く、『レアモンスター』の『レアドロップ』をダンジョンから持ち帰った。

 曰く、曰く……。

 

 様々な内容の噂が飛び交い、暇を持てあましたオラリオの神々はロキ・ファミリアに注目した。

 【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)には、常に複数の監視が張り付き、ロキ神が抱える秘密を暴き立てようとしている。

 

 そんな中、ある人物が『黄昏の館』に訪れ、神々を驚愕させた。

 

 オラリオの北地区に存在する『黄昏の館』へと招き入れられた人物。

 それは、【ハトホル・ファミリア】の団員、ネルナッティだった。

 

 彼女は、オラリオのアイドルだ。

 アイドルとは、神々が天界から持ち込んだ概念である。

 舞台の上で歌って踊ることで人々を慰撫(いぶ)する、歌姫と踊り子を合わせたような存在。

 

 そんなオラリオ屈指の美少女アイドルが、【ロキ・ファミリア】を訪ねた。

 そこから神々は、さらなる噂をオラリオ中に流した。

 

 曰く、ロキ神が新たなアイドルをオラリオへ送り出そうとしている。

 曰く、眷族が歌って踊る『レアスキル』を習得した。

 曰く、ハトホル神がロキ神にネルナッティちゃんを寝取られた。

 曰く、曰く……。

 

 天界で全知全能の存在だったとは思えないような神々による、適当な噂が次々と飛び交う。

 それによって、迷宮都市オラリオはさらなる騒ぎに包まれた。

 

 さらにここで、事態を混迷へと叩き込む人物が、『黄昏の館』に訪れた。

 それは、【フレイヤ・ファミリア】の団長、オッタルだ。

 

 神々ははしゃぎまわり、めちゃくちゃな噂を流しては、無責任にオラリオ市民を混乱させる。

 

 つい先月まで『戦争』だの『魔城』だので騒がしくしていたオラリオは、すっかり平和になっていた。

 暑い夏のとある出来事である。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「よく来てくれた。歓迎するよ。そして、済まないね。呼びつける形になって」

 

『黄昏の館』の中庭。そこで、小人族(パルゥム)の青年フィンが、猪人(ボアズ)の青年オッタルを出迎えていた。

 応接室ではなく中庭で出迎えた理由は、オッタルを呼べとフィンに指示を出したロキ神が、中庭から動こうとしないからだ。

 もちろん、オッタルを広い場所で迎撃しようという意図は、フィンにはない。たとえ敵対派閥の団長であっても、オッタルはあくまでロキ神直々に招いた存在なのだ。

 

 一方、一人敵地にやってきたオッタルはというと、あちこちから【ロキ・ファミリア】の団員たちに目を向けられても、一切の動揺を見せていない。

 そして彼は、【フレイヤ・ファミリア】には珍しい、他派閥に向けた理性的な態度でフィンへと告げた。

 

「構わん。こちらからも、【ロキ・ファミリア】には礼を伝えようと思っていた」

 

「んー、あれかな? 『ウダイオス』の『レアドロップ』」

 

「ああ、そうだ」

 

『ウダイオス』。それは、37階層に鎮座する『階層主(モンスターレックス)』の名だ。

 その『ウダイオス』であるが、数ヶ月前に【ロキ・ファミリア】の団員が一人で挑み、これまで一例しか確認されていなかった『レアドロップ』を入手していた。

 

 その『レアドロップ』は、『ウダイオスの黒剣』。巨大な『迷宮の弧王』である『ウダイオス』が扱う、あまりにも巨大な剣である。

 だが、これまで『ウダイオス』が剣を使ってきたという報告は、一切報告されていなかった。『レアドロップ』の存在だけが、幻のごとく語られていたのだ。そして、そのドロップ条件を解き明かしたのが、【ロキ・ファミリア】の団員、アイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

 オッタルはギルドで公開されたその情報をもとに、『ウダイオス』の単独(ソロ)討伐を成功させた。

 無事に入手できた『ウダイオスの黒剣』は、鍛冶系派閥の【ゴブニュ・ファミリア】によって加工され、新たなオッタルの武器へと変わったのが最近のことだ。

 

 オッタルが武器を新調できたのも、【ロキ・ファミリア】が『ウダイオスの黒剣』のドロップ条件を秘匿することなくギルドに伝えたから。

 よって、オッタルは律儀にフィンへ礼を伝えていた。

 

 その礼を受け取ったフィンは、あらためてオッタルへ要件を切り出した。

 

「さて、ここにわざわざキミ一人だけを呼び出した理由は、とある冒険者依頼(クエスト)をお願いしたくてね」

 

「【ロキ・ファミリア】が【フレイヤ・ファミリア】に依頼など、なんの冗談だ」

 

「冗談ではないよ。そして、依頼は【フレイヤ・ファミリア】にではなく、キミに対してだ。これは、キミにしかできない依頼。そして、キミの益にもなる依頼でもある」

 

「……聞くだけ聞こう」

 

「大丈夫、キミの女神をわずらわせることは一切無い。僕からの依頼は……次に行なわれる僕たちの遠征への参加協力だ」

 

 フィンのその言葉に、オッタルは思わずといった様子で眉をひそめた。

 だが、フィンは涼しい顔をして言葉を続ける。

 

「多分、キミの女神は了諾すると思うよ。遠征と言っても、こちらから頼むのは49階層の露払いだけだからね」

 

 49階層。その言葉を頭頂部にある猪の耳へと入れた瞬間、オッタルに動揺が走る。

 

「49階層の『階層主(モンスター・レックス)』……『バロール』。誰にも邪魔されずに、一人(ソロ)で倒したくないかい?」

 

「……一度、話を持ち帰る」

 

「神フレイヤもダメとは言わないとは思うけどね。『バロール』を倒せば、おそらくキミは『Lv.8』に至るだろう」

 

「…………」

 

 オッタルは、オラリオ最強の冒険者として名高い存在である。

 彼はフィンと同じ『Lv.7』であるが、【ランクアップ】したばかりのフィンと違って『Lv.7』のまま何年も過ごしている。

 当然、【ランクアップ】に必要な『基本アビリティ』は満たしていると、フィンは見ていた。

 

 では、なぜオッタルが『Lv.8』に至っていないのか。それは、偉業が達成できていないからだ。

 フィンは、オッタルが一人で『バロール』を討伐することで、その偉業を達成できると告げていた。

 

 それでも、オッタルは即答しなかった。

 あくまで、主神であるフレイヤ神の許しを得てから。彼は、その姿勢を一切崩さなかった。

 だが、フィンとしてはそれも織り込み済み。

 ロキ神がこの本拠にオッタルを呼んだ目的は、すでに果たされていたからだ。

 

 オッタルが『黄昏の館』に入る。それだけのことで、ロキ神はオラリオの神々を惑わせ、自身の計画の邪魔をさせないようにした。

 別に、『異端児』という派閥が抱える秘密を隠すつもりはロキ神にはない。ただ、暇を持てあました神々が、面白半分でアイドル企画の邪魔をしようとすることをロキ神は防いだのだ。

 

「ところで……」

 

 要件は終わったとばかりに、中庭を去ろうとしたオッタル。だが、彼は最後に一つ、気になっていたことをフィンに尋ねた。

 

「あれは、モンスターか?」

 

 オッタルの視線の先。

 そこには、【ハトホル・ファミリア】の団員ネルナッティに指導を受けて、ダンスの特訓をする四人の少女たちの姿があった。

 しかも、その中の一人は、明らかに人間の肌をしていない。

 オッタルが見抜いたとおり、そこにいたのは二足歩行の『竜女(ヴィーヴル)』であった。

 

 フィンはそのオッタルの態度に、今さらそこを突っ込むのかと笑いそうになりながらも、正直に答えた。

 

「ああ、ウラノス神が抱えていた秘密さ。ダンジョンには、理知を備えたモンスター、『異端児(ゼノス)』が生息しているんだ」

 

「そうか」

 

「……あまり興味がなさそうだね」

 

「…………」

 

「まあ、そうか。美の女神以外のことは、キミにとっては些事(さじ)だろうからね」

 

 そんなやり取りをしてから、オッタルは【ロキ・ファミリア】の団員の一人に案内されて、中庭を去っていった。

 

 一方、四人の少女たちにダンスの指導をしていた黒妖精(ダーク・エルフ)のネルナッティ。

 彼女は、手を叩いてリズムを取りながら、内心で叫んでいた。

 

 ――なんだか、向こうですごい会話が繰り広げられているんですけどー!

 

【ロキ・ファミリア】の遠征に【猛者(おうじゃ)】オッタルが参加。オラリオを揺るがす大ニュースであった。

 ただし、ネルナッティは今回の指導(レッスン)にあたって、『黄昏の館』で見たことは全て秘密にするという契約を結んでいる。それだけ、【ロキ・ファミリア】から提示された指導の報酬が美味しかったからだ。

 だが、契約を終えて『黄昏の館』を訪ねてみると、『異端児』だの【猛者】だの、とんでもない地雷が潜んでいた。

 

 よって、ネルナッティはただ無心になって、目の前で懸命に踊る四人の少女たちの指導に専念することにした。

 

 四人の少女たちは、モンスター娘が一匹交じっているものの、いずれも美少女揃い。

 

 リリルカが提案した『ウィリュジーネ・アイドルプロジェクト』。ギルドにこっそり提出された企画書に記された表向きの企画名は、『ロキプロダクション・アイドルプロジェクト』。

 アイズ、ティオナ、リリルカ、ウィリュジーネの四人組アイドルユニットを世に送り出す、トンデモ企画である。

 

 冒険者がアイドルをする。その前例はちゃんとある。

 今まさに指導を行なっているネルナッティが、その冒険者アイドルだからだ。

 

 ちなみに、アイズ、ティオナ、リリルカの三人は、ロキ神直々の指令で今回のユニットに組み込まれた。『異端児』二匹をダンジョンから連れ出した責任を問われてのことだ。

 実際のところは、ロキ神がウィリュジーネだけでなく、追加で三人の美少女が歌って踊る姿を見たかっただけなのだが。

 

 そんなロキ神は、アイドル候補生四名に対して、「ロキ(プロデューサー)と呼びぃ!」と言って、率先してアイドル企画を進めていた。

 オラリオの冒険者アイドル、ネルナッティを講師として『黄昏の館』へ招いたのも、ロキ神の独断だ。

 もちろん、ウィリュジーネの存在も、ネルナッティには一切隠していない。

 

 そもそも、ロキ神はウィリュジーネ及び『異端児』の存在を本格的に隠してはいない。眷族たちにも、隠さなくていいと言っている。

 だが、眷族たちはこのあまりにもヤバすぎる秘密を漏らした責任を負いたくないと、皆、外では一様に口をつぐんでいる。

 酒を飲んだ勢いでうっかり暴露してしまわないよう、最近では夜の酒場に繰り出す眷族が絶えたほどである。

 代わりに、『黄昏の館』へと運び込まれる酒樽の量が急に増えて、これまた神々の噂の種となり、オラリオを騒がせてしまった始末である。

 

 なお、『カーバンクル』のカールは、『黄昏の館』で放し飼いにされている。

 基本的にウィリュジーネについて回っているが、ときどき【ロキ・ファミリア】の物怖じしない一部のメンバーに食べ物を与えられて、その小動物的な可愛らしさを周囲に振りまいていた。

『カーバンクル』は、猫ほどの体躯を持った四足歩行のモフモフとした毛並みのモンスターであり、愛玩動物(ペット)扱いするのに相応しい見た目をしているのだ。

 

 派閥を預かる団長のフィンとしては、モンスターとしての外観を色濃く残しているカールには、あまり団員と打ち解けてほしいとは思っていなかった。

 だが、フィンは渋々、放し飼いを認めていた。ロキ神から、『異端児』は、もはや目を逸らしてなかったことにできる存在ではないと言われたからだ。

 

 フィンと違って、ロキ神はすでに覚悟しているのだ。

 自分の眷族(こども)が『異端児』を受け入れて、ダンジョンでモンスター相手に無意識で剣を鈍らせてしまうことを。

 

 そのロキ神は、舞踏訓練(ダンスレッスン)を終えて小休憩に入った四人のアイドル候補生たちの前に立ち、キリッとした顔で彼女たちへと言った。

 

「さて、そろそろ重要なことを決めなあかん」

 

 突然なんだろうか、と、汗をタオルで拭きながらリリルカが身構える。

 ウィリュジーネも、ロキ神の言葉を真剣な顔をして聞いていた。

 だが、アイズとティオナは、ロキ神がこういときに適当なことを言い出すとよく知っているため、本気で相手をしようとはしていない。

 

 そんな自分の眷族からぞんざいな扱いを受けるロキ神が、四人のアイドル候補生へと告げる。

 

「それは……アイドルユニット名や!」

 

 ユニット名。聞き覚えのない言葉に、ウィリュジーネが首をかしげる。

 そんな彼女に、リリルカが「リリたち四人の集団に付ける名前ですよ」と説明した。

 

「本来なら案を出し合うところやが、時間もないのでうちの独断で決めさせてもらうで!」

 

「えーッ!」

 

「変な名前をつけないでくださいね……」

 

「素敵なものにして」

 

「わくわくする……!」

 

 四人の少女たちがそれぞれ小気味の良いコメントを入れたため、ロキ神は満足げな顔をして言葉を続けた。

 

「自分たちのユニット名は、【ミスティッククエスト】や!」

 

 その耳慣れないようで、聞き覚えのあるワードに、アイズが問う。

 

「クエスト……『冒険者依頼』?」

 

「そうやけど、クエストは『冒険』という意味も持つな」

 

 次に、ティオナが問う。

 

「ミスティックはー?」

 

「大雑把に言うと、『未知』や」

 

「未知なる冒険! いいね!」

 

「やろー?」

 

 次に、名前を吟味したリリルカが、感想を述べる。

 

「可愛らしさは欠片もないですが、謎が多いモンスターのウィーネさんを中心に置いた集団名と考えると、妥当かもしれませんね」

 

「可愛らししいネーミングはなぁ……神にしか受けん。冒険者やオラリオ市民は反応が今一つなんや」

 

「あー……」

 

「アイドルにもある種の勇ましさが求められる、なんとも世知辛い時代やで」

 

 ロキ神の嘆くような言葉に、納得するしかないリリルカであった。

 

 そして、ウィリュジーネが、あふれんばかりの笑顔で、言った。

 

「わたしたちは、うたとおどりで『冒険』をするんだね」

 

「せや。ウィーネたんにとって、これもまた一つの『冒険』や!」

 

 ウィリュジーネを愛称で呼んだロキ神が、ニヤリと笑ってそう告げた。

 

 そんな四人と一柱のやり取りを近くで目の当たりにしたネルナッティ。

 彼女は、己が指導するアイドル候補生たちが示し始めた情熱に、思わず顔を背けそうになった。

 ネルナッティ、通称ネルティ。オラリオのアイドルであり、神々曰く、永遠の十六歳。

 だが、その実態は黒妖精(ダーク・エルフ)の長い寿命と、高い『Lv.』に支えられた、百歳超えの熟練冒険者である。

 

 彼女は、『未知』に目を輝かせる四人の美少女を見て、こんな時代も自分にはあったな、あったかな、あったかも……などと、思いを馳せるのであった。

 

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