ベルは炎天下のオラリオを忙しく走り回っていた。
ロキ神に仕事を押し付けられ、馬車馬のごとく働かされているのだ。
いくら上下関係がある派閥とはいえ、主神であるヘスティア神を通さずにロキ神から直接命令を聞く筋合いは、ベルにはない。ただし、本来ならば、という但し書きがつく。
ベルは『
つまり彼は、ロキ神に迷惑を被せた加害者なのだ。よって、罪滅ぼしとしてベルは、『異端児』関連の事柄に関してだけ、ロキ神の命令を直接受け入れていた。
ベルは他の三人の戦犯少女たちとは異なり、アイドルユニットには組み込まれていない。
ロキ神も「男の娘アイドルは、下界には時期尚早やな……」と訳の分からないことをのたまっていた。
代わりにベルは、ロキ神から直々に、アイドルユニット【ミスティッククエスト】のマネージャーに任命された。
早い話が、アイドル四人とロキ神の小姓である。
だが、ベルはその環境でも、ちっともへこたれていなかった。
そもそも彼はイヴァリースにて、騎士団の下働きをしながら末期の戦場で生き残った、たくましい精神を持つ少年なのだ。
猛暑の中で雑務に追われる程度、彼にとっては苦痛でも苦行でも過酷でもなんでもなかった。
ただし、ダンジョンには潜れない日々が続いた。さらに、リリルカがレッスンに忙しいため、パーティ全体が休業状態である。
もう一人のパーティメンバーであるヴェルフも、ヘファイストス神から迷惑を掛けた罰として、派閥の鍛冶仕事を大量に回されているらしかった。
代わりにベルは、同じくダンジョンに潜れないアイズやティオナの模擬戦相手を毎夜のように『黄昏の館』でこなした。ついでにリリルカも槍を手に打ちかかってきたので、指導の名目でボコボコにした。南天騎士団流の洗礼である。
そうするうちに、夏も終わりに近づき始める。
残暑の中、ベルは黒いスーツ姿でオラリオ中心部の
現在のベルは、アイドルたちのマネージャーではない。
今日のベルは、ボディガード。アイドルを守る『黒服』だと、ベルをコーディネートしながらロキ神は楽しげに話していた。
中央広場では、臨時の
そう、今日はとうとうやってきた、『
ミニライブの告知は、ギルド主導で行なわれた。ウラノス神直々に、ギルド長のロイマンへ指示を出して協力をさせたのだ。
まさかの指示に、肥満体のエルフであるロイマンは、ギルドを支配する偉大な主神がトチ狂ったのかと疑った。
だがしかし、彼はウラノス神から『異端児』という存在を初めて知らされることになった。あまりの厄ネタに、彼の胃は爆発しそうになった。
この特大級の地雷、冒険者たちには絶対に隠し通したい。ロイマンは思った。
だがしかし、彼の思いはすぐに潰える。あの問題児であるフィンが率いる【ロキ・ファミリア】の本拠に、『異端児』が匿われているという。しかも、フィン及びロキ神は、よりによってその『異端児』をアイドルデビューさせるつもりであった。
ロイマンは絶叫し、取り乱し、ギルド職員に取り押さえられた。
その後、紆余曲折ありながらも、ベルとロイマンは、二人で連携し合いながらミニライブの開催までこぎ着けることができた。
胃薬を飲んでも胃痛が治まらず、ベルの【チャクラ】による治療を受けたロイマン。彼は開き直り、ギルドを通じてオラリオ中を煽りに煽った。
美姫たちによるアイドルユニット爆誕!
天上の歌と踊りが待っている!
キミも中央広場でモン
当然、その報じられた内容に、オラリオの神々は食いついた。
アイドル! 歌! というかモン娘!?
夏だというのに熱気をたぎらせる神々(主に男神)が、オラリオ市民の興味を無駄に刺激した結果、ミニライブの会場は満席となった。
ギルド職員たちが入場しようとする観客の列整理に追われ、会場の混乱をどうにか制御しようと努める。
それを舞台袖から眺めたベルは「今日は
そうして、開催時刻となり、中央広場に設けられた天幕の下でスタンバイしていた楽団が、それぞれ楽器を奏でる。
ロキ神曰く、これはオープニングのサウンドエフェクト。その音声に乗り、四人の美姫たちが舞台に躍り出た。
拡声用の
『アイズ』
『ティオナだよ!』
『リリです!』
『ウィーネなの!』
ドレスのようなアイドル衣装に身を包んだ四人は、いずれも美少女。シルバーに輝くそろいのサークレットを頭に着け、まるでどこかの国の姫君のごとき煌めきを舞台の上から見せていた。
ベルは、そこで観客席からどよめき声が上がることを覚悟していた。何せ、『
だがしかし、待っていたのは大きな歓声であった。
ギルドが広めた『モン娘』というワード。その意味を神々は正確に把握していた。
すなわち、ミニライブに出てくるのは、美しいモンスターの娘だと、盛大に噂を流していたのだ。
噂を信じ切れず、
そして、真っ先に神々が挙げた歓声にオラリオ市民は釣られ、追従するかのように彼らも大きな歓声を挙げていた。
しかも、観客席には『異端児』の存在を事前に知らされていた【ガネーシャ・ファミリア】の『サクラ』たちが交じっていた。
よって、怒号も悲鳴も上がることなく、ただただ興奮で新しいアイドルを迎えようとする歓迎の声が、観客席から飛んだ。
『私たち、新星アイドルユニット【ミスティッククエスト】でーす!』
四人が声を合わせてそう宣言し、大きく観客席に手を振る。
すると、再び爆発的な歓声が挙がり、舞台袖に待機していたベルの鼓膜を強く叩いた。
それから間を置かずに、楽団が楽曲の
いずれも、アイドルの
それもそうだ。このアイドルユニットのうち、三人は上級冒険者。残る一人は、『竜女』という人型の竜種なのだ。身体能力は一般市民の及ぶところにはなかった。
ダンスをしながら、四人は拡声の魔石製品を口もとに運び、一斉に歌い始める。
だが、さすがに誰にも劣らぬ美声を皆が等しく発するということはなかった。
それでも、想いを声に載せて情熱的に歌うリリルカが全体をリードし、破綻することなく歌がサビまで進む。
リリルカの次に歌が上手かったのは、なんとウィリュジーネ。モンスターとは思えない、流暢でハッキリとした滑舌で、サビを最後まで歌いきった。
ティオナは元気いっぱいに、アイズは正確なリズムで。それぞれの個性を発揮しながら、四人は二番の歌詞を熱唱する。
やがて、楽曲は終わり四人がダンスを止めると、彼女たちは観客席に向けて大きく手を振った。
再び歓声が上がり、残暑の厳しい野外会場は太陽の暑さとは別種の熱気に包まれた。
『はいはーい、じゃあ、二曲目に入る前にー』
と、ここでティオナが、ロキ神のいうところのMCへと移る。
『みんな気になっているよね。彼女はウィーネ! なんと、喋るモンスターだよ!』
『みなさんはじめまして。ダンジョンからやってきた、ウィーネだよ。モン娘をやっています?』
と、ここでなぜか最前列を陣取っていた男神たちからドッと笑い声が上がる。
謎の爆笑に困惑しながら、ウィリュジーネがMCを続ける。
『ええと、たぶん、種族は『
『『ろりこん』の神様がたは、リリではなくウィーネさんに注目してくださいね。リリは十五歳ですから』
と、横からコメントを入れたリリルカの発言に、今度こそ一般市民からも笑い声が上がる。
男神には『ろりこん』が多い。オラリオにおいては、通説となっている。
そんなオラリオに馴染み深い用語を使った、市民の心を温めるリリルカのナイスアシストであった。
『それでね、なんでもここ数年、ウィーネみたいな『人に敵意を見せない知的なモンスター』がダンジョンに現れているんだって』
『ギルドのお墨付き』
そして、場が温まったところで、ティオナとアイズが『
そこからは怒濤の情報公開。
笑いを交えながら、四人は『異端児』について説明していった。
そこに悲壮さはなく、オラリオ市民はそういうこともあるのかと納得した。
神々は、下界の『未知』に目を輝かせた。
唯一、冒険者たちは複雑な思いを胸に抱いた。
冒険者にとっては、モンスターはただの討伐するだけの飯の種というわけではない。
ダンジョンでモンスターと戦い、命を落とした同業者が無数にいる。彼らにとって、モンスターはたとえ美しくても死の象徴なのだ。ゆえに、無条件で『異端児』という存在を受け入れられた冒険者は少ない。
ただし。目の前にいるウィーネと名乗る少女のことは、敵視しないでやろうと。
場の雰囲気に呑まれながらそう思う冒険者が、多数出ていた。
それは、事前にロキ神が用意した台本の効果もあったし、リリルカが微弱に『スキル』を発動して想いを言葉に載せた効果もあった。それ以上に、神々とオラリオ市民がウィリュジーネを受け入れているという事実が、冒険者の態度を軟化させていた。
そこから間髪をいれず、二曲目のお披露目に移った。
強い疑問を持つ前に、美少女たちの麗しい歌唱で畳みかける。
そのロキ神の狙いに気付いている神は多くいたが、彼らはとりあえず今が楽しいので特に茶々を入れずミニライブに熱中した。
今回のミニライブのお披露目曲は、二曲のみ。
よって、ここで終わりとなるはずだったが、MCのティオナがサプライズを投下した。
『みんなあの宣伝文句、忘れてないかなー? 中央広場でモン娘と握手! ウィーネと、限定握手会だよー!』
その煽りにより、最前列の男神たちが盛り上がる。
『はい、じゃあー、ウィーネと握手したい人はいるかなー? ちなみに、ウィーネは最初、爪が鋭かったけど、今は丸く研いであるから安全だよ! 牙の方はちょっと保証できないから、いやらしい行為をして噛みつかれないようにね!』
そんなモン娘トークも男神たちには受けが良く、スムーズに握手会へと移行した。
ティオナの独断で、会場で手を挙げた者の中から握手の相手を選ぶ。
当然のように、一斉に手を挙げる男神たち。
「ウヒョー、モン娘ちゃんと握手!」
「ドラゴン娘がいるということは、コボルト娘やハーピー娘もいる……ってコト!?」
「チョイスのケモ度が高くないか? 業が深い!」
『はい、じゃあそこの神様ー』
「うほー!」
ティオナは、今回のミニライブで一番場を盛り上げてくれた男神を真っ先に指名し、舞台の上に招いた。
そして、男神はウキウキ顔で舞台に上がり、ウィリュジーネの前に立つ。
『わたしのうたをたのしんでくれて、ありがとう』
「あっ、お手々スベスベ……」
そんなやりとりで握手を交わした男神と『異端者』。それは、もしかすると歴史的瞬間だったのだもしれない。
だが、そんな壮大さを人々に全く感じさせないまま、ティオナが何人かの神を舞台上に招き、さらにオラリオ市民と冒険者からも数人ピックアップして握手会を進めた。
そうして、ミニライブは盛況のまま終わった。
舞台袖で観客席を見下ろしていたベルは、何事もなく『異端児』のお披露目を済ませられたことに、ホッと息を吐くのであった。
◆◇◆◇◆
ミニライブ終了後、正式にギルド本部から『
発見時期や、これまでの交流の簡単な経緯。そして、『
それらの内容は、すぐさまオラリオ中を駆け巡り、多くの市民や冒険者たちの知るところになった。
大規模派閥から、潰れかけの派閥まで、その情報は衝撃を持って受け入れられた。
そして、地上の迷宮と呼ばれる貧民街『ダイダロス通り』に拠点を構える派閥にも、その報は届く。
薄汚れた衣服に身を包むとある派閥の男は、情報誌に書かれた『異端児』の公開情報と、ミニライブ成功の記事を見て、身体を震わせていた。
それは、驚きや歓喜から来る震えではなかった。
「ふざけるな……ふざけるなよ……!」
彼が抱いた想い。それは、憤怒。
「そいつは、
彼はディックス・ペルディクス。
一度迷い込んだら二度と脱出できないとまで言われる貧民街に隠れ住む、【イケロス・ファミリア】の団長だ。
【イケロス・ファミリア】は、あまりにも適当すぎる主神の方針により、ギルドが血眼になって探している『
これまで数多くの悪行を繰り返しはしても、『闇派閥』の所属ではなかったこの派閥。だが、彼らは今では『闇派閥の残党』そのものになってしまっていた
もはや、後戻りはできない。
ゆえに、ディックスは怒りに震えながらも、慎重に、慎重に今後取るべき方策を練る。
そんな彼を増築が繰り返されたいびつな建物の上から、一羽の