ダンまちTACTICS   作:Leni

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61.小数点以下の確率で盗める

 ミニライブから五日後。

 ウィリュジーネたち【ミスティッククエスト】は、ギルドからの要請でミニライブの追加公演をすることとなった。

 前回のミニライブの会場に用意された席のチケットは告知してからすぐに完売となり、大量の落選者が出た。さらに、ミニライブの評判を聞いて初めてその存在に気付いたり、あらためて興味を持ったりした人々が現れたのだ。

 

 前回のミニライブを取り仕切ったギルド本部は、この異常な熱気に頭を悩ませることになった。

 大勢の客を入れられるような『箱』ならオラリオにはいくつかある。『円形闘技場(アンフィテアトルム)』や『大劇場(シアター)』である。

 だが、これらの施設は、要件に合わないとして不採用となった。

 

『円形闘技場』は五万人を収容できる超大型施設で、ミニライブのような短い演目で使うような場所ではない。

『大劇場』は、そもそも外国がオラリオ内に所有する施設である。

 

 よって、ギルドが決めた方針は『前回と同じミニライブを、前回と同じ場所で、前回のようにもう一度』というものであった。

 前例主義的なお役所仕事には、落胆の声も多く上がった。だが、ギルドはとにかくスピードを優先して、五日での開催になんとかこぎつけることができた。

 

 マネージャーを任命されているベルも、ロキ神からギルドへの出向を命じられ、エイナ・チュール付きとなって雑務を手伝うこととなった。

 最後には丸々と太っていたはずのギルド長の頬が()けており、ベルは目を疑ってしまった。今回も、ベルはギルド長のロイマンに【チャクラ】での治療を無料で施した。

 

 そんなこんなで、再びの中央広場(セントラルパーク)

 

 今回もベルは舞台袖で黒服を着てボディガードとなり、ミニライブの行方を見守る。

 今日の成否次第で、『異端児(ゼノス)』の今後が決まる。昨日、フィンとリリルカにそう脅されたベルは、わずかな緊張を見せながら、観客席の同行を見守った。

 

 そのときだ。歌の最中、観客席から飛び出して舞台へ乱入する一人の不届き者が現れた。

 すぐさま四人は歌を止め、乱入者から距離を取ろうとした。だが、乱入者の男は、ただ者ではなかった。

 動きは速く、最低でも上級冒険者だ。ベルの見立てでは、おそらく『Lv.5』以上。第一級冒険者と呼ばれる、オラリオでも数少ない強者の雰囲気を見せていた。

 

 すり切れた戦闘衣を身に付け、煙水晶(スモーキークオーツ)色鏡(レンズ)がはまった眼装(ゴーグル)を顔に嵌めている。

 そして、左右の手には赤黒い槍と大型のバトルナイフをそれぞれ所持している。その槍から感じるおぞましい雰囲気に、ベルは警戒心を上げ、同時に既視感を覚える。

 その既視感の正体に、ベルはすぐに思い至った。

 

「気を付けて! 『呪武具(カース・ウェポン)』!」

 

 以前、『人造迷宮(クノッソス)』で戦った『闇派閥(イヴィルス)の残党』が持っていた特殊な武装。

 癒えない呪いの傷を負わせる、凶悪な武器と同じ雰囲気をベルは槍から感じ取った。

 

 ベルのその言葉を聞いて、徒手空拳のアイズが一歩前に出る。さらに、ティオナとリリルカがウィリュジーネを背に庇った。

 武器を持っていないが、四人のうち二人は『Lv.6』。さすがに遅れは取るまいと、舞台袖から飛び出しながらベルが考えた瞬間。

 眼装の男は右手の槍をアイズたちに突きつけながらほくそ笑み、そして、口を開いた。

 

「【迷い込め、果てなき悪夢(げんそう)】」

 

 ――魔法の詠唱!?

 

 ベルは、詠唱を止めるべく全力で駆けた。

 本日のベルは、アイドルユニットのボディガードだ。帯剣はロキ神から禁止されており、舞台の上で観客たちに派手な流血を見せてはいけないと厳命されていた。

 剣を持たず『全剣技』を放てないゆえの、一瞬の隙。それだけで、眼装の男は詠唱を完了させていた。

 

「【フォベートール・ダイダロス】!」

 

 男の槍の先から、紅の波動がステージに立つウィリュジーネ以外の三人に放たれた。

 

 眼装の男が超短文詠唱で放ったそれは、『魔法』ではなく『呪詛』。

 その効果は……幻惑と錯乱。

 

 駆け出していたベルの前で、ティオナがアイズの背後から殴りかかった。

 さらに、リリルカが小人族(パルゥム)の低い位置からアイズに向けてタックルを入れる。

 それをアイズは背後に目にあるかのようにヒラリと交わし、反撃とばかりにティオナを殴りつけた。

 

 まさかの事態に、観客席から悲鳴が上がる。

 

 さらに、眼装の男は駆け寄ってくるベルへ向けて、バトルナイフを投擲。

 高速で迫るそれをベルは必死に回避するが、その間に男は、アイズ、ティオナ、リリルカをスルーして、一人怯えるウィリュジーネのもとへと辿り着く。

 

「何がアイドルだ。怪物(ばけもの)の本性を見せろ……!」

 

 眼装の男は、ウィリュジーネの額にある煌びやかなシルバーサークレットに手を伸ばした。サークレットの中心には、紅い宝石が輝いている。

 その宝石は、モンスターである『竜女(ヴィーヴル)』共通の『器官』である。

 

『ヴィーヴルの涙』と呼ばれるそれは、莫大な金銭で取引される『幸福の石』。ダンジョンから持ち帰れば、巨万の富が約束されていた。

 しかし、欲を出して生きている『竜女』から紅石を引きはがすと、『竜女』は凶暴化して竜種としての力を解き放ってしまう。ベルはリリルカとのダンジョン勉強会でそう学んでいた。

 

 それが今、男の手によって取り払われようとしている。

 男の狙いは、『ヴィーヴルの涙』の入手と、舞台の上での『竜女(モンスター)』の暴走。その両立。

 

 人前に姿を現したばかりに、『竜女』は絶体絶命の危機に立たされた。

 嗜虐の笑みを浮かべる眼装の男は、そう考えて紅石をむしり取ろうと力を込めた。

 

 だがしかし。この『竜女』を保護している存在は、ただの神ではない。彼女は他者をあざ笑うことに全力を尽くす道化。

 ゆえに。男が盗み取ろうとした紅石は……『Lv.5』の力をもってしても、ピクリとも動かなかった。

 

「なんだと!?」

 

 思わずと言った様子で叫ぶ眼装の男。

 そして、そこでようやくベルが男を攻撃の射程圏内に捕らえた。

 

「【波動撃】!」

 

 虚空に向けて突きを放ったベルの拳の先から『飛ぶ打撃』が放たれ、不意を打たれる形になった男に命中。男は、その場でもんどり打って倒れた。

 そして、さらに男に駆け寄ったたベルが、追い打ちを掛けようと踏みつけを試みる。

 しかし、これを男はなんとか回避し、舞台の上を転がってベルから距離を取った。

 

「どういうことだ……」

 

 ベルの『飛ぶ打撃』を右脇腹に受け肋骨をへし折られた男が、声を絞り出すようにして言う。

 痛みに耐えながら槍を杖代わりにして立ち上がり、ベルではなくウィリュジーネをにらみつけた。

 

「どういうことだ、なぜ石が取れねえ!」

 

 その問いに答えたのは、男の遠距離攻撃を警戒しながら隙をうかがうベルだ。

 

「あなたが敵に回している相手は、神ロキだ」

 

「――畜生がッ!」

 

 淡々と答えたベルに、男は思わず叫び声を挙げた。

 

 ウィリュジーネが付けたサークレット。それは、額の紅石が外されないようにする、一種の固定具でもあった。

 サークレットは一見、銀製に見えるが、実は銀メッキ。実際には、オリハルコンで作られた『不壊』のサークレットであった。

 作成者は、【ヘファイストス・ファミリア】の団長、椿・コルブランド。ヘファイストス神の一番の眷族が造り上げた至極の逸品は、紅石を外れないよう固定するだけでなく、紅石そのものの破壊を防ぐ魔力も宿していた。

 

 つまり、舞台(ステージ)の上で『竜女』の宝を狙ったこの男は、道化神と鍛冶神という、二つの高すぎる壁に阻まれていたのだ。

 

 そこまで察していたかは不明であるが、眼装の男は、観客席に目をやり、叫んだ。

 

「魔剣を放て! 怪物を殺せ!」

 

 男の仲間が観客席にいる。そう察したベルは、暴れるティオナを拘束している最中のアイズの近くへと移動する。

 そして、次の瞬間。会場は沈黙に満たされた。

 魔剣の砲撃が、舞台上へと飛んでくることはなかった。

 

「……おい、どうした! 魔剣を撃て!」

 

 男は叫ぶが、観客席から代わりに帰ってきたのは呆れたような声であった。

 

「騒ぎが起きるとは聞いていたが、ここまで大胆にやってくるとは」

 

「隠れ家を襲撃されて主神を捕らえられて、自棄(やけ)になっていたんでしょ」

 

 そんな言葉と共に、それぞれ昏倒した大人の男を引きずった二人の女が、観客を割って舞台へと近づいてくる。

 それは、眼装の男にとって災厄としか言いようがない者たち。

 

【ガネーシャ・ファミリア】団長、シャクティ・ヴァルマ。

【ロキ・ファミリア】幹部、ティオネ・ヒュリテ。

 いずれもオラリオに名だたる女傑たちであった。

 

 彼女たちが引きずるのは、観客席の中に配置した眼装の男の配下。舞台を台無しにするために魔剣を持たせた、上級冒険者だった。

 実は、このミニライブの直前。眼装の男、ディックス・ペルディクスの所属派閥【イケロス・ファミリア】は、【ガネーシャ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】によって襲撃を受けていた。

 増築に増築を重ねて迷路のようになった『ダイダロス通り』。そこの隠し拠点が、見事に暴かれたのだ。

 

【イケロス・ファミリア】はかつて、『人造迷宮(クノッソス)』を拠点にして、オラリオの外にモンスターを売り払っていた勢力であった。

 自ら『闇派閥』を名乗るほどの邪悪な(こころざし)を持っていない、それでいて『闇派閥』との関わりは持っている、そんな立場の派閥だった。

 

 だが、『人造迷宮』が『魔城』へと変貌してから急に潮目が変わった。

神の恩恵(ファルナ)』を授けてくれる邪神を失った『闇派閥の残党』の木っ端な残党たちが、イケロス神のもとに集まってきて『改宗(コンバージョン)』を望んだのだ。

 

 これにより派閥の人数が急激に増え、眷族同士での意見の対立が生まれた。

 その様子を見て、もはやこれ以上、オラリオでの活動は不可能と判断したディックス。彼はどうにかして都市外へ脱出できないかと、計画を練っている最中であった。

 しかし、今日になって突然、『ダイダロス通り』の隠し拠点への襲撃が行なわれた。

 

 直前に襲撃を察知して、なんとか逃げ出したディックスとイケロス派の旧幹部たち。

 着の身着のまま飛び出す形となった彼らは、『ヴィーヴルの涙』の確保を狙い、それを売り払った資金でもって遠くの国へと逃げようと考えた。

 ついでに、ディックスは、怪物(モンスター)が行なっている、下らない茶番(ミニライブ)を台無しにしてやろうとも考えていた。

 

 本来ならば、慎重に慎重を重ねて今日まで生き延びてきたはずのディックス。

 しかし彼は、追い詰められすぎて、まともな精神状態を保てないでいた。

 ここまでの構図を描いたフィンとロキ神、ついでにリリルカの采配から来る心理誘導もあったのかもしれない。

 

 よって、彼はここで詰んでしまった。

 

 なけなしの魔剣を持たせた【イケロス・ファミリア】の旧幹部二人は、女傑二人に捕まった。

 他にも団員らを観客席へ忍ばせたが、この様子ではおそらく無事ではないのだろう。

 そこまで考えたディックス。

 彼は道化神(ロキ)へのせめてもの意趣返しにと、『竜女(モンスター)』をこの手で始末することを決めた。

 

 観客席から目を離し、『竜女(モンスター)』へと振り返る。

 だが、なんとそこには、自身の『呪詛(カース)』を受けて錯乱状態にあったはずの少女三人が、『竜女(モンスター)』を守るように立ちはだかっていた。

 

 ――どういうことだ。

 

 ディックスは、目を見張る。

 

「あいたたた……アイズ、本気で殴りすぎー」

 

「操られたティオナが悪い」

 

「リリはアイズ様に鎖骨を折られました……」

 

「操られたリリルカさんが悪い」

 

 ディックスがかけた幻惑・錯乱の『呪詛』、【フォベートール・ダイダロス】。彼女たちは、その影響下からいつの間にか逃れていた。

 もちろんディックスは、自ら『呪詛』を解除した覚えなどない。

 下手人は、この舞台の上にいる。

 

 それを成したのは……。

 

「――せいっ!」

 

 彼女たちのボディーガード、ベル・クラネルだ。

 彼が使う【気功術】という『陽の気』を相手に流して状態異常を治す技。その効果の一つに『混乱』状態を回復するというものがあった。

 それを使って、ベルはティオナとリリルカの『呪詛』を解いたのである。

 ちなみにアイズは、新しい『スキル』の精神汚染耐性で、『呪詛』に耐えていた。

 

 そして、そもそも『呪詛』の発動範囲外にいたため、影響を全く受けていないベル。

 アイドルユニットの頼れるボディガードである彼がセットしている、現在の『ジョブ』は『モンク』。格闘戦をこなす、徒手空拳のスペシャリストである。

 

 そんなベルから再び放たれた『飛ぶ打撃』をなんとか槍で受け止めたディックス。

 だが、その衝撃は非常に重たいものだった。

 

「くっ!」

 

 とっさの判断で、ディックスは発動したままであった『呪詛』を自ら解除した。

 彼の『呪詛』は発動している間、己の【ステイタス】が一時的に下がってしまうという反動があった。

 その下がった【ステイタス】では、目の前の冒険者たちから逃げ出すことは叶わない。よって、『呪詛』を解除し、本来の『Lv.5』の【ステイタス】を取り戻したのだ。

 

 彼は、己が余計な欲を出したことで、どうしようもないほど詰んでしまったことを完全に自覚した。

 それでも、一縷(いちる)の望みに賭けて、目の前の少年、ベル・クラネルを突破して逃げ出すことを決める。そして、彼は舞台の上から全力で逃亡するため、足に力を込めた。

 

 しかし。

 

『Lv.1』のはずのベルは、『Lv.5』のディックスよりも身体能力に優れていた。

 逃走経路を確認するため一瞬目を逸らした隙に、ディックスの前にはベルが迫っていた。

 

「【熱き正義の燃えたぎる! 赤き血潮の拳がうなる!】」

 

『モンク』の『ジョブ』によって、とてつもない威力を持つに至ったベルの拳。

 それは、そこらの上級鍛冶師(ハイ・スミス)が打つ第二等級武装よりも、高い破壊力を備えていた。

 

「――【連続拳】!」

 

 それがディックスの全身の骨を叩き折り……狂気に取り付かれた一人の男の果てない欲望が、ここに潰えた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 真っ昼間の大捕物。

 それを中央広場の真上、摩天楼施設(バベル)の最上階から見ていた美の女神フレイヤは、眼下で輝き、あるいは弾け飛んだ魂の輝きに目を細めた。

 地上では、観客席に詰めていた市民たちが、黒服ボディガードことベル・クラネルの活躍を称えている。

 

 なるほど、あの少年は、見るたび輝き方が変わる面白い魂をしている。

 しかし、(きら)びやかすぎるその魂は、自分の『伴侶(オーズ)』にはなりえない。天上より降り立った理由をベルが満たせないと改めて確認し、フレイヤ神はベルへと向けていた関心を取り去った。

 

 そして、彼女はベルとはまた違う魂の輝きを見せた、四つの魂を摩天楼から見下ろす。

 

「アイドル、ね……少し私もやってみたいわね」

 

「お戯れを……」

 

 最上階のフロアに待機していたオッタルが、フレイヤ神のいつもの気まぐれに渋面を作る。

 だが、フレイヤ神はそんな彼の表情も愛おしいと言わんばかりに、皺が寄るオッタルの眉間に触れて、さらに言った。

 

「あら、私は美の女神よ? アイドルという立場に相応しいと思わない?」

 

「……あまりにも魅せすぎてしまいます。混乱は必至でしょう」

 

「ふふっ、冗談よ。『異端児(ゼノス)』とかいう存在を守ろうとしている黒幕(ウラノス)に、恨まれたくはないわ」

 

 フレイヤ神は、何がおかしかったのか、機嫌をよくしてオッタルの眉間をさらに突き、そして言った。

 

「そうそう。ロキのところの遠征だけれど、同行を許可するわ。確か、冬頃だったかしら?」

 

「!?」

 

「『バロール』を倒すことで、あなたは『Lv.8』になれる。だから、行きなさい」

 

「はっ……」

 

「でも、また他の子たちが邪魔しに行きそう。ああ、そうね。あなたが遠征に行っている間、外へ『伴侶(オーズ)』を探しに行きましょうか。そうすれば、皆、勝手に付いてくるでしょう」

 

「おやめください……」

 

「嫌よ」

 

 そうして、フレイヤ神は己の眷族と存分に戯れ始める。

 彼女の目には、もう地上の輝きは目に入っていなかった。

 地上に『未知』ではなく『伴侶』を求めているフレイヤ神にとって、『異端児』など、どうでもいい存在である。

 よって、今後も『異端児』に関する厄介事は、【ロキ・ファミリア】の団員たちに降りかかることだろう。

 

 それは、【ロキ・ファミリア】の傘下派閥に所属するベル・クラネルが、『異端児』と今後も関わり続けることを意味していた。

 




第六章前半の『異端児』編は以上で終了です。後半の『アエデス・ウェスタ』編は現在執筆中ですので、書き終わるまで休載となります。しばらくお待ちください。
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