ダンまちTACTICS   作:Leni

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64.オリンピア

 航海四日目の朝。『メディラの海』と呼ばれる内海を進む高速船は、事前に予測されていた通り、海の中に潜むモンスターに何度も襲われた。

 しかし、船に乗りこむ者はいずれも冒険者。船体を傷付けないよう細心の注意を払いながらモンスターを撃退し、討伐したモンスターも『強化種』を生まないよう適切に体内の魔石を処理していった。

 

 とはいえ、物資は有限。矢や『魔剣』、『魔弾』の無駄撃ちを控えるため、『魔法』を中心としての討伐となった。

 ただ、そんな中、奇怪な方法でモンスターを撃退する者が一人いた。

 

 ベル・クラネルだ。今の彼は『風水士』。

 海の上なので、万が一の着水時に鎧を着ていると非常に危険。それでいて、いざというとき『全剣技』を使えるよう剣は手もとに置いておきたい。

 そういった事情から、防具に服、武器に剣が『装備』できる『風水士』の『ジョブ』を彼は選択した。

 

 その『ジョブ』が扱う『アクションアビリティ』、それは、大自然を操る能力。『風水術』という力であった。

 

「【鬼火】!」

 

 甲板へ飛び出してきた半魚人のモンスター『マーマン』の群れをまとめて焼き払うベル。

 木製の甲板で燃えさかる青い炎は、しかし甲板の表面を焼くことはなくモンスターだけを焦がした。

 さらに、炎に(あぶ)られたモンスターは『睡眠』の状態異常にかかり、その場に倒れ伏す。

 

 そこへ、槍を構えたリリルカが飛び込み、トドメの一撃を見舞っていった。

 

「ふう、ここからが大変です。地上のモンスターは、『魔石』が本当に小さいのですよね」

 

 甲板にいる討伐済みのモンスターを槍の石突で引きずり、一ヶ所に集めたリリルカ。彼女は、サポーターグローブを()めて、手に持ったナイフをモンスターに突き刺した。モンスターの死骸から『魔石』を取り出しているのだ。

 さすが長年サポーターをしていただけあって、適切に『魔石』の処理がなされていく。

 その横では、同じようにサポーターグローブを嵌めたベルが、四苦八苦しながら『魔石』の取り出しを手伝っていた。

 

「しかし、ベルさん。本当に不思議な技ですね。火が飛び出すのに、一切の『魔力』を感じさせないなど……」

 

「『風水術』だね。大地の神秘力を具現化する技なんだ」

 

「リリはオラリオ以外の国の文化には詳しくないですが、風水って確かそういうものじゃないですよね……? もっとこう、占いのような……」

 

「そこは、ほら、イヴァリースの力だから……」

 

「……あー、確かにそうですねぇ」

 

 さすがに他派閥やオリンピアの者が多くいる場で異世界の話をするわけにはいかず、ぼかして言葉のやり取りをするリリルカとベル。

 そうするうちに、モンスターの死骸から『魔石』が取り出され、甲板の上に灰の山ができる。

 その灰を【ヘルメス・ファミリア】の船員がスコップでバケツに入れ、甲板の縁から海へと捨てていった。『魔石』と違い、灰の方は放置しても他のモンスターへの悪影響がないためだ。

 また、地上のモンスターはダンジョンに出るモンスターと比べて身に宿す力も少ない。

 ドロップアイテムへと変じる部位も少なく、『魔石』も砂粒のように小さいため実入りは少ない。

 

 それでもベルとリリルカが率先してモンスターを討伐しているのは、ベルの『JP』稼ぎのためだ。

 ベルの『JP』は、戦う相手が弱くても問題なく溜まっていく。このあたりが一般的な『神の恩恵(ファルナ)』を持つ者たちの【経験値(エクセリア)】の仕組みとは大きく異なる部分だった。

 

 待ち受けるオリンピアでの決戦のために、ベルは少しでも自身を強くする方針を取った。

 エピメテウスがどれだけ強大な敵かは、彼には分からない。だが、おそらくはこれまで戦ってきた相手の中で、一二を争う強敵だろうという予感が彼にはあった。

 

 それから昼に差しかかった頃、水平線の向こうに陸地が見えてきた。

『魔石』の力で進む高速船は、その陸地にどんどん近づいていく。

 オリンピアは半島に存在する都市だ。だが、その周辺海域は『天の炎』による『結界』で区切られ人の来訪を拒絶していると、ベルは事前に聞いていた。

 

 しかし、船が進む先には、それらしいものは存在していなかった。

 

「……『結界』の維持がままならぬほど、穢れは進行したか」

 

 船縁の付近に立つプロメテウス神が、腕を組みながら近づいてくる陸地を眺めた。

 その彼女の視線の先をベルは追う。すると、そこには神域と呼ばれる都市が存在した。

 

 いや、それは神域でも都市でもなかった。

 おぞましい色の炎に巻かれた、廃墟。

 事前に聞かされていたとおり、オリンピアは滅んでいた。

 

「……ッ!?」

 

 あまりの光景に、ベルは顔をしかめる。

 だが、そんなベルにプロメテウス神は言った。

 

「そのような顔をするな、ベル・クラネル。オリンピアが崩壊したのは、三百年もの昔だ。地下から再び炎が噴き出したのは、つい最近のことだろうがな」

 

「放って置くと、あの炎が地上を焼き尽くすんですよね?」

 

「そうだ。『穢れた炎』は、いずれ世界中に延焼するだろう。『(まき)』となるのは人の魂。下界の支配者として人間が世界中に広がっているならば、炎はその全てに延焼する」

 

「……止めなくちゃ」

 

「ああ、止めてくれ。エピメテウスは、もはや自分の意思では止まれなくなっているのだ」

 

 それからベルは船室に行き『ジョブ』を『風水士』から『剣聖』に変え、各種『アビリティ』をセットして、いつもの鎧を着込んだ。

 滅んだ神域への上陸の時が、いよいよやってくる。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 高速船を岸に着け、下船する一行。

 彼らを待ち受けていたのは……炎でできた怪物の群れであった。

 

「これが、『炎獣(えんじゅう)』……!」

 

 騎士剣《エクスカリバー》を構えながら、ベルは崩壊した大都市へと続く道でうろついていた怪物を見る。

 鳥や獣の姿を模した炎の怪物は、上陸した一団を見つけたのか、けたたましい鳴き声を発しながらこちらへ近づいてきた。

 

『炎獣』。

『天の炎』を護る、聖なる守護獣(ガーディアン)である。

 しかし、穢れてしまった『天の炎』に連動しているのか、神聖さを感じさせないおぞましい色に全身が染まっていた。

 

 そんな穢れた守護獣を前に、プロメテウス神が指示を出す。

 

「こいつらは『天の炎』がある限り、倒したとしても無限に出現する。足を止めるな。駆け抜けろ」

 

 目標地点は、オリンピアを囲む外壁の中。丘の上に立つ、『大神殿』だ。極力戦闘を避けて、そこまで走り抜けることになった。

 だが、道を塞ぐように立ちふさがる『炎獣』の個体も、当然存在しており……。

 真っ先に【ヘルメス・ファミリア】の冒険者たちが前に出て、その対処に回る。

 

「くっ……!」

 

「攻撃が!?」

 

「『魔法』で援護を!」

 

 だが、相手は炎でできた怪物。武器での直接攻撃は効きが悪いようであった。

『魔法』が有効なことはプロメテウス神の事前情報で分かっているが、同行している魔導士の数はそう多くはない。

 

 と、そこで、後方で守られながら走るヘルメス神が言った。

 

「リリルカちゃん。キミの出番だ」

 

「リリですか!?」

 

「あれは天界由来の存在。『原初の火』から舞い上がった『火の粉』。鍛冶神が鍛えた武器を持つキミの攻撃が有効だ」

 

「なるほど、今回のリリは、露払いがお仕事ですね!」

 

 毎回こうだと楽なのですが、などとつぶやくリリルカ。

 そして彼女は《ヘスティア・スピア》の柄を両手で握り、『炎獣』に打ちかかった。

 

 総金属製の重たい両手槍が、その重さを感じさせないずに勢いよく振り回される。

 そして、リリルカは飛びかかろうとしていた四つ足の『炎獣』の足もとを薙ぎ払う。すると、柄に払われた『炎獣』の前脚が消失した。

 その軽い手応えにリリルカは驚愕しつつも、地に伏せた『炎獣』の頭部を一息に突いた。

『炎獣』はその一撃を受けると、霧散するように消え去った。後には、焦げた地面以外何も残されてはいない。

 

 その末路を見て、リリルカは思考を巡らせる。

 なるほど、炎でできた怪物ということは、肉の身体も持たないということ。死骸は残らず、全てが燃え尽きるように消失する。実入りは無いが、この状況に限っては道を塞ぐ要因とならないことがありがたい。

 と、彼女はそこまで考え、道の先に存在するさらなる『炎獣』へと向かっていった。

 

 本来なら脆弱な種族と呼ばれる小人族(パルゥム)の少女。後方でその戦いを見守っていたヘルメス神は、彼女も戦士として不足はなさそうだと判断し、次にヴェルフの方を見た。

 

「ヴェルフ君。精霊の力を宿すキミの『クロッゾの魔剣』も、おそらくは有効だろう。持ち込んだ本数に限りはあるだろうけど、頼りにしているよ」

 

「それなら、たんまり『魔弾』を用意してあります」

 

 そう言って、ヴェルフは手に構えた両手剣……いや、自分専用に打った『ガンブレード』をヘルメス神に示して見せた。

 

「ヒュー、噂の新兵器かい? いいじゃないか。ヘファイストスが、現地のことはキミに托すって言っていた理由がよく分かるよ」

 

「ヘファイストス様が、そんなことを言っていたんですか!?」

 

 恋人からの思わぬ期待を知って驚きながらも、ヴェルフは空から近づいてきた鳥形の『炎獣』を迎撃する。

 ミスリル製の刃が『炎獣』を斬りつけんとする、その瞬間。

 ヴェルフは『ガンブレード』の引き金を引き、弾倉に込められた《ヴェルフ・クロッゾの魔弾》を炸裂させた。

 

 爆発と斬撃が同時に『炎獣』を襲い、一撃で『炎獣』は霧散した。

 伝説に語られる『クロッゾの魔剣』の威力を凝縮して至近距離でぶつける。その発想に、ヘルメス神は面白いとばかりに口もとを吊り上げ、ベルを取り巻く仲間たちの頼もしさに、未来への希望を見出した。

 

 そうして、リリルカとヴェルフの奮闘で『炎獣』が次々と討伐されていき、一行はオリンピアへ入場するための正門を走り抜けた。

 瓦礫となった街並みにも『炎獣』がうろついている。それを時には避け、時には遭遇(エンカウント)しながらも、丘の上に建つ『大神殿』へと向かう。

 

【ヘルメス・ファミリア】の団員たち、そしてリリルカとヴェルフが、『炎獣』を薙ぎ払って進路を確保する。

 そんな中、二人の人物が力を温存するように沈黙を保っていた。

 

 ベル・クラネル。そしてリュー・リオン。

 この二人は、道中での戦闘を禁じられている。今回の戦いの『鍵』になるからとヘルメス神に言われて、無駄な消耗を避けているのだ。

 

 二人は、戦いで傷付く仲間たちを見て歯がゆい思いをしながらも、集中力を高めて決戦へと備える。

 

 やがて。『大神殿』に侵入した一行。彼らは一種のおぞましさを感じる熱気を肌に受けながら、『穢れた炎』を目指してさらに奥へと進む。

 ここまで、『炎獣』以外の敵とは一切遭遇していない。

 

 決戦の場は、『大神殿』の最奥、『穢れた炎』が燃え盛る『火元』となるだろう。

 この場にいる誰もがそう思い、それをプロメテウス神が具体的な言葉にする。

 

「行くぞ。エピメテウスが待つであろう【燭台(しょくだい)】の最下層……オリンピアを滅ぼした炎の『爆心地』へ」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『大神殿』の地下には【燭台(しょくだい)】と呼ばれる人造の迷宮が広がっている。

『天の炎』を守るための地下要塞。それを突破するには一日がかりとなるはずだった。

 

 しかし、ベルたち一同が地下に足を踏み入れると、どういうわけか【燭台】の入口から最奥まで道が拓けていた。

 それはまるで、果てしない威力を持つ一撃で強引に貫かれたような、そんな大穴の道であった。

 

 それを見て、ベルはまるで奥へと誘い込まれているような気持ちになった。

 

「この穴は……」

 

 ベルが、大穴の奥を覗き込むようにしながらつぶやいた。

 すると、後方から付いてきていた褐色の少女、プロメテウス神が苦い顔をしてベルに言った。

 

「おおかた、エピメテウスが『天の炎』の力でもってこじ開けたのだろう」

 

「『天の炎』のもとへと向かうために?」

 

「いいや、我らを『天の炎』のもとへと招くためにだ」

 

「招く……わざわざ僕らを?」

 

「我らが『天の炎』を浄化しようと神を(ともな)いやってくることは、ヤツも予想していただろう。だからこそ、ヤツは我らを招き入れる」

 

「なんで、そんなことを……」

 

「浄化をしにやってくるウェスタ……すなわち炉の女神(ヘスティア)を手中に収め、『穢れた炎』を完全に操るためだ。なにせ、ヤツが持つ『天の炎』を制御するための『天授物(アーティファクト)』は、変質した『穢れた炎』を制御しきることができない。アレは異物混入を想定していない装置だからな」

 

 異物。『天の炎』を穢した下界の『負の感情』のことだ。

 つまり、今のエピメテウスは『穢れた炎』を操れはしても完全制御はできないことを意味していた。

 

『デミ・アルカナム』とまで言われる力を丸ごとぶつけられる心配はしなくてよいと知り、ベルは少しだけ安心した。

 そんなベルの心情を察したのか、プロメテウス神がニヤリと笑う。

 

「怖いか?」

 

「え?」

 

「エピメテウスと戦うことを恐れているのか?」

 

「……戦いは、いつだって怖いですよ」

 

「ほう?」

 

「だって、負けて死ぬかもしれないんですから。でも、それでも、僕には戦いを乗り越えてやるべき目標がある。だから……」

 

 ベルは、ここまで言葉を交わしたプロメテウス神の瞳を真っ直ぐと見つめて、宣言した。

 

「怖くても、戦います。負けを恐れながら、勝ちを手にしてみせます」

 

「……ハッ! 軟弱な白兎め!」

 

 彼らの会話は、プロメテウス神の罵倒(ばとう)でもって締められた。

 すると、それまで話を黙って聞いていたヘスティア神が、横から口を出した。

 

「そうかい? ボクはベル君の在り方、格好良いと思うぜ」

 

 ヘスティア神はベルの隣まで歩いていき、鎧に包まれた彼の肩を手の平で軽く叩く。

 

「ベル君。後のことは考えず、思いっきり戦いたまえ。失敗しても、ボクがなんとかしてやるからさ!」

 

 そして、ヘスティア神は、大穴の奥に目を向けて、言う。

 

「さあ、みんな行こう! なあに、ボクが同行している以上、この穴を空けた一撃で不意打ちされて全滅ってことはないだろう。なにせ、ボクの身柄の確保が狙いなんだから」

 

『古代の英雄』との邂逅(かいこう)の時は、近い。

 

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