ダンまちTACTICS   作:Leni

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65.古代の英雄と最新の英雄

 崩れた石材を乗り越え、大穴の奥へ奥へと進んだ一行は、やがて大きな空洞に辿り着いた。

 そこは、とても明るかった。

 天然の洞窟を思わせる、岩肌が露出した広い空間が広がっている。

 さらに、エピメテウスがここまで通路をこじ開けた跡と思われる、大量の石材が地面に瓦礫となって散らばっている。

 

 そんな瓦礫を越えた奥。大空洞の中心部には、大地の窪み(クレーター)と、その中に満ちる炎の塊があった。

 こここそが、全てが始まった地。『原初の火』の落下地点。エピメテウスが『英雄』となる以前にパンドラと呼ばれた災厄の地にして、『天の炎』により神域となったオリンピアの中心地だ。

 

 だが、神聖な火であるはずの『天の炎』は、見る影もなく穢れていた。

 おぞましい色をした炎が、まるで溶岩のように大地の窪みの中で渦巻いている。その光景は、人間たちに『地獄』や『冥府』という言葉を連想させた。

 

 そして。

 その巨大な窪みのフチに。一人の男が立っていた。青い髪に褐色の肌をした大男だ。

 

「来たか、女神ヘスティア(ウェスタ)

 

 そうつぶやき、男が前に歩み出てくる。

 その男の姿を見て、ベルがつぶやく。

 

「あの人が、エピメテウス……」

 

 子供の頃、祖父(ゼウス)に読ませてもらった英雄譚に出てきた『英雄』。

 それをベルは、時代を越えて目にすることとなった。

 

 エピメテウス。

 男は『英雄』という呼び名が相応しい体格をしており、神聖さを思わせる神官の衣装を身に纏っていた。

 三千年という長い時を過ごした『古代の英雄』。美丈夫とも形容できるその男は、老いをまったく感じさせぬ若々しい容姿と、数々の苦難を越えてきたことの証明であるかのような重厚な気配を備えていた。

 

 そんな彼は、手に一つの武器を携えていた。

 両手で扱うとしても、あまりに大きい炎剣(つるぎ)。その名も《炎鷲の嘴(エトン)》。

 ベルが読んだ英雄譚にも神器として記述があった、エピメテウスの武器。プロメテウス神が彼に与えた『天授物(アーティファクト)』である。

 

 少しずつ歩み寄ってくる『古代の英雄』を前に、ベルは意を決して自身も前へと足を踏み出す。

 相手は強敵だ。囲んで叩くのがセオリー。

 しかし、ベルは一人、集団の中から歩み出て、彼のもとへと進んでいった。

 

 そして、剣の間合いのわずか手前の距離で、ベルとエピメテウスは示し合わせたかのように立ち止まる。

 二人の視線が交差し、互いの力量を探り合う。

 やがてエピメテウスは、口もとを歪ませて笑みを浮かべ、目の前に立つ少年に告げた。

 

「待っていたぞ、ベル・クラネル……」

 

「僕の名前を……?」

 

「その雷名、この地にも伝わっている。『神の恩恵(ファルナ)』に頼ることなく『秘境の蠍(アンタレス)』を打ち倒した『最新の英雄』!」

 

「……僕も、あなたの英雄譚は子供の頃に読んでいました。地上に『希望(エルピス)』をもたらした『大英雄』……」

 

「『愚物』や『敗残者』の間違いであろう?」

 

「確かに、あなたは魔物に何度も負けたかもしれない。でも、そのたびに立ち上がり、人に『希望』を示した『大英雄』だ」

 

 だからこそ。と、ベルは言う。

 

「あなたほどの『大英雄』が……なぜ『穢れた炎』の浄化を邪魔しようとしているんですか? 聞かせてください。僕は、今の状況に納得がいっていない!」

 

 兜の下の双眸(そうぼう)をエピメテウスへと真っ直ぐ向けながら、ベルが(いきどお)るように問いかける。

 すると、エピメテウスは口もとを歪ませたまま、つぶやくように言った。

 

「下界を滅ぼすため」

 

「……!?」

 

「――などと、偽りの理由を口にしてもしようがないか。向こうにいる神々に、嘘は通じぬらしいからな」

 

 エピメテウスは笑みを止め、真剣な顔になってベルへと語った。

 

「確かに、下界は滅びる。だが、それは結果であって、私の本当の目的ではない」

 

 ベルは、無言で大英雄の言葉を聞く。

 

「我が目的は、下界を滅ぼせるほどの強大な力でもって『黒竜』を焼き払うことだ」

 

「……ッ!」

 

「遠い昔、私は『漆黒の魔物』を前に幾度も敗走した。それまで数多の魔物を屠ってきた『天の炎(ちから)』が、一切通じなかったからだ」

 

 高速船でオリンピアへと向かっている時、プロメテウス神はベルへと語っていた。『大穴』から這い出た魔物が、『神の力』への対抗手段を備えていたと。

 彼は『大穴』に直接対策を取られてしまうほど、魔物相手に暴れすぎてしまったのだ。

 

「敗走のたびに仲間を(うしな)い、家族を喪い、護るべき者を喪い……そして、私は『敗残者』となった」

 

 エピメテウスが言ったとおり、彼の英雄譚には『敗残者』という汚名がつづられている。

『希望』を『絶望』に変えた『愚物』であると、幼子へ教訓のように語られる。

 

唾棄(だき)すべき『敗残者』が、『愚物』が『黒竜』を討つ! なんと痛快か! よって、私はこの『穢れた炎(ちから)』で『黒竜』を討ってみせよう! その功績をもって、私は神々を、世界を、人々を、全て見下してやろう!」

 

『大英雄』のまさかの言葉を聞いても、背後の神々は沈黙したままだった。

 彼らが否定の声を上げないということは、目の前の大英雄は嘘を言っていないのだろう。ベルはそう察してしまった。

 

「『漆黒の魔物』に『神の力』は通じぬ。だが、『穢れた炎』はどうだ? 下界の汚泥で染められたこれは、紛れもない『人の力』だ。よって、私は魔物に蹂躙され嘆き悲しむ無数の『人の力』を束ね、『漆黒の魔物(こくりゅう)』を討ち果たしてみせよう」

 

 そう告げたエピメテウスに、ベルはようやく反論の言葉を口にした。

 

「たとえそれで『黒竜』を討てたとしても、『穢れた炎』が残るなら、世界は無事では済まない……!」

 

「ああ、下界は『穢れた炎』に焼き尽くされるだろう。代償というやつだ」

 

「世界を滅ぼすような代償なんて、あってたまるか!」

 

「だが、『黒竜』は近い未来に、『竜の谷』を飛び出して下界を滅ぼすぞ? 人の世界が滅びるのはもはや必定! ならば、私はこの世界が滅びる前に、『敗残者』の名を『最後の英雄』へと変える!」

 

「……ッ! あなたのやり方は、間違っている!」

 

「フハハハハ! だろうな! だが、正しいやり方とは、いったいなんだ!? どうやって『黒竜』を倒す!?」

 

「!?」

 

迷宮都市(オラリオ)は、その正しいやり方で挑み、失敗したのだろう? 世界最強と呼ばれ、二体の『漆黒の魔物』を討ったゼウスとヘラの眷族どもは、『黒竜』を前にして敗走した。かつての私と同じように!」

 

「…………」

 

「もはや正しいやり方など、残されてはいない! ならば、私は間違ったやり方とやらで世界を救おう!」

 

「……認めない。僕は、あなたのやり方を認めない」

 

「で、あろうな。では、認めないならどうする? 『秘境の蠍(アンタレス)』を討ち果たしたした『最新の英雄』よ!」

 

「あなたを止めてみせる」

 

「どう止める? 私には世界を焼き滅ぼす力が宿っているぞ?」

 

 大英雄から問われ、ベルはただ無言で黄金の騎士剣を構えた。

 

「フッ……そうだ。それでいい」

 

 エピメテウスも、その手に握った炎剣(つるぎ)を両手で握り直し、力強い構えを取った。

 

「その力をこの『愚物』に示してみせろ! 世界の滅びを止めようというのなら、せめて()()()()()程度の力がなければ話にならん!」

 

 エピメテウスが叫ぶように言った、その瞬間。

 彼の背後にある燃える大地の窪みから、人型の『炎獣』が大量に()い出てきた。

 

「!?」

 

「あれは気にするな。あの『火の粉』どもは、我らの一騎打ちを邪魔立てさせんためのただの『壁』だ」

 

 その言葉を証明するかのように、『炎獣』は向かい合うベルとエピメテウスの周囲を囲っていく。

 それは、さながら炎でできた闘技場。

 

 ここに、一騎打ちの舞台は整った。

 

「行くぞ、『最新の英雄(ベル・クラネル)』!」

 

「……ッ! 勝負だ、『古代の英雄(エピメテウス)』!」

 

 炎剣と聖剣。二人の剣が、神々の見守る中、交わされ始めた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ――強い! 強すぎる!

 

 エピメテウスと打ち合ったベルは、相手のあまりの力量に驚嘆(きょうたん)していた。

 身の丈に迫るような巨大な炎剣(つるぎ)。それを目の前の『英雄』は、小枝のように軽々と操ってみせた。

 

 プロメテウス神が言うには、エピメテウスには『神の恩恵(ファルナ)』を与えていない。

 その代わりにエピメテウスは『穢れた炎』から力を引き出しており、とてつもない膂力に変えていた。

 オラリオの第一級冒険者にも迫る、いや、それを超える身体能力を持つ大男が、『天授物(アーティファクト)』を手に襲いかかってくる。

 

 だが、そこが彼の強さの本質ではない。ベルは必死に盾でエピメテウスの剣撃を防ぎながら、自身が苦戦している理由を悟る。

 

 エピメテウスは、とにかく戦いが()()()()()

 剣の腕だけで見ても、ベルをはるかに上回っている。それだけでなく、剣に頼らない体術にも彼は優れていた。

 それでいて、剣を振り上げる際に地面を削って目潰しを飛ばしてくるなど、卑怯とも言えるような小技も駆使してくる。

 始めは互いに探り探り攻撃を交わしていたが、次第にエピメテウスが猛攻を始め、ベルは防戦一方となっていった。

 

 これが『古代の英雄』。これが三千年の積み重ね。

 相手の歴史の重さからくる強さを前に、ベルは驚嘆し、尊敬し、そして焦燥した。

 自分の剣技が通用しない。その事実に、ベルは思わず膝を突きそうになる。

 

 そう、異世界の力を操るベルより、明らかにエピメテウスの方が強い。

 エピメテウスにとって完全な『未知』である『全剣技』は、戦闘開始時にはしっかりと命中していた。

 だが、エピメテウスは驚異的な耐久力と炎の障壁でそれに耐え、次第に『剣気』による一撃に対応してくるようになった。

 

 今もまた、ベルの『聖剣技』に耐えたエピメテウスが、狙い澄ましていたかのように強烈な反撃をベルに浴びせた。

 

「くっ!」

 

 そして、『穢れた炎』をまとうエピメテウスの炎剣による斬撃は、ベルの身を(あぶ)り、着実に体力を削っていった。

 防御に徹して即死はなんとか免れているものの、明らかに戦況はベルの不利となっていた。

 

「この程度か? 『最新の英雄』……」

 

 炎剣を振るいながら、エピメテウスは余裕そうに言葉を口にした。

 その最中にも、暴風のような連撃が、炎をまといながら繰り出される。

 

「この程度の力で、世界を救おうと言うのか? ベル・クラネル!」

 

 必死に炎剣を盾で防ぎ、聖剣で弾き、鎧で受ける。

 このままでは、負ける。

 ベルは十数手先に待つ致死の一撃を予測して、必死に打開策を練った。

 

 今のベルの力量では、エピメテウスに正面から打ち勝つことは難しい。

 それを感じ取った者がいたのか、後方で不意に、魔法の詠唱が始まった。

 

「【天秤は正され、聖火は受け継がれる】――」

 

 戦いを続けるベルとエピメテウスの耳に届いたのは、リューの声であった。まるで彼らに見せつけるかのように魔法円(マジックサークル)を輝かせながらの詠唱だった。

 一騎打ちへの横槍に、ベルへ王手を掛けつつあったエピメテウスの猛攻がゆるむ。

 

「……ッ!」

 

 仲間の援護に助けられたベルは、エピメテウスの一撃を大きく弾き、とっさに距離を取った。

 エピメテウスの追撃はない。その隙にベルは、なんとか乱れた息を調えようと、丹田を意識して『気』を体内に巡らせた。

【チャクラ】とまではいかないが、その『陽の気』の巡りは、わずかながらベルの体力を癒やす。

 

「【正義は巡り、勇気は地に満ちる。願いは托され、(いのち)は未来を拓く】」

 

 その最中にも、後方で詠唱は続く。

 

「神の眷族の『魔法』か。戦いの邪魔はさせん」

 

 エピメテウスが、ベルから視線を外して、後方に陣を構える神々と冒険者の群れを見た。

 すると、炎の闘技場を形作っていた人型の『炎獣』が、一斉に後方の陣へと向かいだした。

 

 それを横目に、ベルは剣を構え直して、思う。

 

 ――確かに僕の剣技は、三千年の積み重ねの前には無力だ。

 

 ベルは調った呼吸で思考を巡らし、攻撃の手を休めたエピメテウスへの対抗策を組み立てる。

 

 ――でも、戦いに勝てるかどうかとは、話が別だ!

 

 そして彼は、酸素の行き渡った頭で、この場で取るべき最適解を導き出す。

 剣を構えるベルの足が、力強く地を踏みしめた。

 

「【局地地震】!」

 

 剣で敵わぬと悟ったベルが切った手札。

 それは、『風水術』。『アクションアビリティ』にセットしていた、『風水士』の能力である。

 

「なにッ!?」

 

 ここで戦闘開始から初めて、エピメテウスが驚愕の表情を浮かべる。

 

 ベルによって具現化された大地の神秘力。

 大空洞の地面に露出する『岩肌』から引き出された力は、エピメテウスの足下を強く揺らした。

 

『風水術』は前兆のない攻撃である。

 精神力(MP)を消費せずに放たれる術ゆえに、大気中へ魔力の残滓(ざんし)が撒き散らされることはない。

 よって、魔力の感知に優れた魔導士ですら、その発動を事前に察知することはできない。

 

 エピメテウスも例外ではなく、まさか前兆なしに足下を揺らされるとは思っていなかった彼は、わずかに体勢を崩してしまう。

 そこへ、さらなる『風水術』が、エピメテウスを襲う。

 エピメテウスが【燭台】の迷路からここまでの大穴を空けた際に、大空洞へと散らばった瓦礫(がれき)の山。ベルはその上に、飛び乗ったのだ。

 

「【彫塑(ちょうそ)】!」

 

『石材』から引き出された地属性の力が、エピメテウスを襲う。

 神秘の力が、『石化』の状態異常を伴ってエピメテウスの身を固めようとする。

 もちろん、いまさら『石化』の効果など、『穢れた炎』の防壁に護られたエピメテウスには通らない。

 

 それでも物質を固めようとする神秘力は、一瞬だけエピメテウスの動きを緩めさせた。

 

 そして、これだけ時間を稼げれば、戦局を大きく変えるには十分だった。

 この最中にも、エピメテウスから離れた後方ではリューの詠唱が続いていた。彼女は『炎獣』の対処を【ヘルメス・ファミリア】とリリルカ、ヴェルフに任せ、魔法円を展開させながら詠唱に徹していたのだ。

 

「【今こそ天秤よ、聖火よ。正義よ、勇気よ。星々の煌めきとなりて、我が手に宿れ】」

 

 今度はリューの行動を援護するため、ベルはエピメテウスに躍りかかって被弾覚悟の猛攻を始めた。

 そんなベルの期待を背負ったリューは、詠唱を終えて魔法名を宣言する。

 

「――【ファミリア・レコード】!」

 

 宣言と共に、リューの周囲に輝く星々が展開する。

 彼女が唱えたのは、『Lv.5』になって覚えたばかりの新しい『魔法』。効果は、付与(エンチャント)

 そのリューの手には、一丁の『魔銃(マガン)』が握られていた。

 

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