68.ランクアップ
穢れてしまった『天の炎』の浄化を成功させた。しかも、ヘスティア神の犠牲なしにそれを成し遂げた。【ヘスティア・ファミリア】がオラリオに帰還してすぐに、その情報が神々の知るところとなった。
地上に落ちた『原初の火』の処理に関しては、三千年前から続く神々に課された使命のようなものであった。それを神でなく人の子が成し遂げたと知って、オラリオにいる神々の興味は爆発した。
だが、ヘスティア神は、その対応を全てヘルメス神に丸投げ。自身は、派閥の眷族たちを連れてさっさと
十日近く離れていた『
リリルカは、リューの派閥加入の手続きと、出かけていた間に届いていた手紙や書類の確認。
リューは、勤めていた酒場の宿舎からこちらの本拠へ引っ越す準備。
唯一、ベルだけは『Lv.1』の平団員ということもあり、やるべきことが家事以外ほぼなかった。そこで彼は、時間のあるうちにヘスティア神に頼んで【ランクアップ】をさせてもらうことにした。
「いいんだね? 一度【ランクアップ】しちゃったら、『Lv.1』の間に上げられたはずの『基本アビリティ』は、もうさかのぼって上げることはできなくなるよ」
「はい、【ランクアップ】します!」
「しっかり考えたならそれでいいさ。……しっかり考えたのかなあ?」
そうして、ヘスティア神とベルは、リリルカとリューが本拠の中で忙しくする中、
ベルがシャツを脱いで上半身裸になり、ヘスティア神の
ヘスティア神はそのベルの腰に乗り上げ、針で指先を傷付けてにじんできた
そして、『
ベルが、人から一歩神に近づく。【ランクアップ】。『LV.2』へとベルが至っていく。
その最中、ヘスティアは『発展アビリティ』を発現させようとして、そのラインナップに目を見張った。
「『狩人』、『耐異常』。この二つは、出てきやすいらしいけど、他にもあるなあ。……うん? これはなんだろう?」
「……? 神様、何かありました?」
「『天秤』。聞いたことのない『発展アビリティ』があるよ」
「……!?」
「何かの加護のようだ。でも、神の加護じゃない。精霊の加護でもない。なんだろう、加護なのに天界由来の力じゃないぞ?」
「『天秤』にしてください」
「えっ、いいのかい? 正体不明の力だよ?」
「それはおそらく、『聖石』の加護です」
「『聖石』って……確か、異世界にあったという、願いを叶える
「はい。『天秤』は、僕の剣の師匠が持っていた『聖石』なんです。そっか、その加護が僕の中に、ずっと眠っていたんだ……」
「へえ……キミの師匠の……。じゃあ、この『天秤』を発現させるよ」
「はい、お願いします」
そうして、ヘスティア神は【経験値】を用いてベルの器を拡張させ、ベルは正式に『Lv.2』となった。
ベルは、己の身体の内から湧き上がる力が、全身を作り替えていくような錯覚を覚えた。
さらに、その直後、胸の奥に眠っていた何かが、強い力を宿したことを察知した。
ベルは、胸の奥深くを強く意識し、その力の正体を探る。
すると、その力からベルは、『聖石』の波動と、剣の師匠である【雷神シド】のかつての想いを感じ取った。
「……神様」
「うん、ベル君。無事に【ランクアップ】できたよ」
「いえ、そうなんですけど……神様、僕、【ランクアップ】することで、ようやく理解できました」
「おや? 何をだい?」
「僕が異世界に迷い込んだ理由です」
「それは興味深いね。ボクにも教えてもらえるかい?」
「はい。僕はこれまで、お
ベルはうつ伏せのまま語る。
異世界のイヴァリース国における戦争末期、【雷神シド】ことオルランドゥ伯は老化による衰えを徐々に感じつつあった。
だが、剣の全てを伝えられる有望な弟子は、未だにいない。
ゆえに、オルランドゥ伯は願った。剣を託すに足る才能を持つ者が目の前に現れることを。
すると、彼が所持していた『
『聖石』は【雷神シド】の剣技を引き継ぐに最も相応しい人物を世界中から探し、さらに別世界もその捜索範囲とした。
そこで見い出されたのが幼きベル・クラネルであり、『聖石』は二柱の神から神威を受けている最中の彼を呼び寄せた。神威を次元跳躍のエネルギーに換えて。
ベルの胸の奥には、『
「なるほどねえ。次元のはざまに迷い込んだにしては、上手く世界を渡ったものだと思っていたけど……そういう事情があったんだねえ」
ベルの話を聞き終えたヘスティア神は、感心したようにうなずき、ベルの背に刻まれた『天秤』の【
結局の所、彼が異世界に迷い込み、帰還し、こうして『英雄』への道を歩んでいることは、偶然ではなく必然によるものであった。
あえて言うならば、【雷神シド】の剣を受け継ぐに足る才能を宿していた存在がベルだったことが、偶然によるものだと言えるだろうか。
だが、ヘスティア神としては、かつての世界最強であるゼウスとヘラの両派閥の血を引く少年、ベル・クラネルが特異な才能を持つことを偶然で済ましていいものかという気持ちがあった。
まるで、世界が『英雄』を生み出そうとしているかのような……と、そこまで考えたところで、ヘスティア神は妄想が過ぎるかな、と思考を打ち切った。
「さて、じゃあ次は『魔法』を発現させるよ」
「!? お願いします!」
「うん、ベル君が『
そう言って、ヘスティア神はあらためてベルの背に指を沈め、『魔法』の発現に必要な【経験値】をすくい上げた。
「へえー、これはこれは……」
「神様、どんなのでした!?」
「まあまあ、落ち着いて。詠唱式も
そうして、ベルに新しい『魔法』を宿らせ、全ての【ステイタス】更新作業を終えたヘスティア神。
彼女はベルの腰から降りて、神室に備え付けられた机の上で羊皮紙にペンを走らせた。
「これが、ベル君の新しい【ステイタス】さ!」
それが記された羊皮紙をベルは、感極まった表情で見つめた。
ベル・クラネル
Lv.2
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
天秤:I
《魔法》
【ケラウノス】
・
・雷属性。
・詠唱式【
《スキル》
【
・『
・【
・『
【
・全剣技をチャージする。
・チャージした全剣技の威力上昇。
・チャージした聖剣技の状態異常発生率上昇。
・チャージした剛剣の物質破壊能力上昇。
・チャージした暗黒剣の範囲拡大、仲間への効果還元。
「付与魔法……! リューさんやアイズさんのような……!」
「そうだね。多分、話に聞くアイズ君の付与魔法が近いかな。身体に雷をまとわせることで、攻撃に雷撃を乗せたり、身体の動きを活性化させたりするんだ」
「格好良すぎる……!」
早速試したくなったのか、上半身裸のままベルはソワソワとしだす。
ヘスティア神はそれを見て苦笑して「まずは服を着なよ」とベルにシャツを着るよう促した。
そして、ベルが急いで服を着る間、ヘスティア神はベルに宿った新しい『魔法』の性質をあらためて考えた。
「雷属性の付与魔法……ゼウスにまつわる魔法かなあ?」
すると、半袖のシャツを着終えたベルが、また羊皮紙を手に持って『魔法』の欄を確認した。
「お
「『大神』であり、『天空神』でもあった。数ある『権能』のうち、代表的なものが雷だったね。だから、『雷神』で間違いではないよ」
「この詠唱にある『雷神』って、お祖父ちゃんと師匠、どっちのことなんでしょうね」
「さあねえ。しかし、どうせなら、『聖火』の名前が付いた『魔法』を覚えてくれればよかったのに。キミはゼウスの眷族じゃなくて、ボクの眷族なんだよ?」
「僕は、この『魔法』の名前と詠唱式を見ていると、すごくしっくりきますけどね」
「そりゃあそうさ。ベル君のこれまでの歩みが、『魔法』として結実したんだ。しっくりくるに決まっているさ」
こうして、ベルは無事に【ランクアップ】を終えた。【ランクアップ】した冒険者は、ギルドへの報告が必要だ。
ついでにリューも『Lv.6』へと【ランクアップ】したため、三人でギルドに訪れることとなったが、リリルカから報告を受けた受付は騒然となった。
リューの『Lv.5』から『Lv.6』への【ランクアップ】も、ベルの『Lv.2』への【ランクアップ】も、どちらも要する時間が非常に短い。
リューに関しては、『Lv.4』のまま五年もの間、【ステイタス】更新を行なっていないことが理由のため、納得もされたのだが……ベルに関しては話は別だ。
報告に嘘がないか、突然呼び出される形となったヘスティア神も立ち会う中、ギルド職員によって背中の『神の恩恵』を確認される事態にまで発展することとなった。
当然、不正など何もなく、ベルの【ランクアップ】はギルドによって正式に認定された。
そして、『Lv.2』への【ランクアップ】最速記録として、『四ヶ月と二週間』という数字が世界に刻まれることとなった。
◆◇◆◇◆
ベルの世界最速【ランクアップ】及び【疾風】のヘスティア・ファミリア入りと連続【ランクアップ】は、オラリオに住む多くの人々を驚愕させた。
『
さすがにまた臨時の『神会』を開催するわけにもいかず、あと一ヶ月半我慢しろとのお達しが上位の派閥の主神たちから出て、開催はお流れとなった。
それでも、ベルの世界最速記録とその取り扱いについて、連日のように神々を主体としてオラリオ中で噂された。
次の『神会』でベル・クラネルに新たな称号が認定されるのか、それとも【
さらに、その人々の熱狂に追い風を吹かすかのような燃料が、唐突に投下された。
ヘルメス神が、新しい吟遊詩人用の
それは、歴史に残る『敗残者』の真実を語るという、なんとも奇妙なものであった。だが、問題はそこではない。なんと、その最終章にベルが登場するのだ。
吟遊詩人と舞台役者たちがまた、『
『
特に、最終章の『半熟英雄』は、人々の絶大な支持を得た。
これにより、アイドルブームが巻き起ころうとしていたオラリオが、一気に英雄譚ブームへと突入。
新アイドルを世に送り出そうとしていた幾名かの神は、直前での路線変更を余儀なくされた。
連日のようにイベント開催を要求されていたアイドルユニット【ミスティッククエスト】も、ようやく忙しさから解放されることになる。
これでようやく、アイドル業を続けていたアイズとティオナは、冒険者稼業を再開することができるようになった。
英雄譚ブームは、オラリオにおける『二大祭』の一つである『
オラリオの人々は、過去の『英雄』たちと、ダンジョンで散っていった冒険者を
そんな、夏から秋へと移行しつつある迷宮都市オラリオ。
その街中にある【ロキ・ファミリア】の
雷がほとばしる様子を見てはしゃぐティオナに、自身の最速記録を破られてご機嫌ナナメのアイズ。自身のメタルブーツへの付与に使える手札が増えて、ほくそ笑むベート。
そして、その『魔法』がいかにダンジョン攻略において役立つか冷静に見極めた者がいた。【ロキ・ファミリア】の団長フィンである。
その彼は、雷をまといながら高速移動するベルを見ながら、つぶやくように言った。
「頼もしいね。『遠征』での手札がまた一つ増えた。いや、【疾風】の件も含めると、二つかな」
もはや身体能力面でもアイズを超えたベルと、【ロキ・ファミリア】の幹部級の
それを有する【ヘスティア・ファミリア】が、団長のリリルカ含めて全員そろって自分たちの『遠征』に付いてくる。
フィンはダンジョンの奥に待ち受ける、宿命の敵との戦いに必要なものを一つずつ頭の中で確認しながら、さらに言った。
「さて、予算も少しずつ確保できてきたし、冬の『遠征』に向けて準備を進めていこうか」
ダンジョンの奥に潜む敵、『穢れた精霊』。倒しに行けるなら今すぐ行きたいフィンだが、派閥を運営するための予算という都合がそれを許してはくれない。
ゆえにフィンは、最大の戦力を確保できる冬という時期に、『遠征』の日程を組んでいた。
戦いの時は、まだまだ先。
それまでどれだけ戦力が育ってくれるかと、フィンは期待を高める。
その視線の先には、雷をまとってはしゃぎ回るベルと、それを不機嫌な様子で眺めているアイズの姿があった。