ダンまちTACTICS   作:Leni

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69.幻界突破

 ダンジョンの『初層』。その外れにある広間(ルーム)にて、三人の女性冒険者たちが一人の少年を囲んでいた。

 その少年は見目麗しい女性たちに囲まれていながら、なぜか目を閉じている。そして少年は、なにやら「ムムムーッ!」とうなりながら、何かを念じていた。

 

 少年の名は、ベル・クラネル。最近、巷を騒がせている上級冒険者である。

 そのベルは、目を閉じて一心に念じ続けていた。それを無言で見守る年若い少女たち。その少女たちは、いずれもベルの知り合いの冒険者である。アイズ、ティオナ、そしてレフィーヤだ。全員が【ロキ・ファミリア】の団員である。

 

 そんな上位の派閥のメンバーに囲まれたベルは、ふとした拍子に目を見開き、そして口を開いた。

 

「行くよ! 【クポ――! くるくるぴゅ~!】」

 

 珍妙な叫び声。

 だが、ベルの表情はとても真剣なもの。周囲にいる少女たちは、叫ぶベルから濃厚な魔力が発散されるのを感じ取った。

『魔法』の行使。つまり、今の珍妙な叫び声は、『魔法』の詠唱であった。

 そしてベルは最後に、『魔法』の名を宣言する。

 

「――【モーグリ】!」

 

 次の瞬間。ベルの周囲に緑色の球体が三つ現れ、彼を中心にしてグルグルと勢いよく回転した。

 それに応じるようにして、彼の真上の空間が歪み、その歪みの中から何かが飛び出してくる。

 

『クポーッ!』

 

 それは、一匹の奇妙な姿形をした動物。いや、その存在は、そこらの草地や森に生息しているような普通の動物とは異なり、不思議な魔力を身にまとっていた。その圧倒的な存在感と雰囲気から、ただ者ではないと少女たちに関心を抱かせた。

 あえてこの生物を形容するならば、聖獣や幻獣だろうか。そんな摩訶不思議な魔力を持つ存在が、青白い光と共に清らかな風を空中から地面へと向けて吹かせる。

 その風は、回復の魔力を宿した癒やしの風であった。傷と体力を癒やす風が、少年と少女たちに吹き付ける。

 それから幻獣は、己が吹かせた風に乗って移動しながら、再度空間を歪ませて、時空の彼方へと消えていった。

 

「よしっ! 成功した!」

 

「すごい……」

 

「おおー!」

 

「本当に成功させてしまうとは……!」

 

 ベルが成功させた『魔法』。それは、彼が先日【ランクアップ】で覚えたばかりの付与魔法(エンチャント)などではない。

 彼のみに行使が許された『レアスキル』、【幻想残滓(ファイナルファンタジー)】由来の、異世界で使われていた『魔法』の一種だ。

 

「これが『召喚魔法』ですか。私の『召喚魔法(サモン・バースト)』とはずいぶんと違う……」

 

 どこか悔しそうな顔で、山吹色の長い髪のエルフである少女レフィーヤが言う。

 そう、ベルが行使したのは、『召喚士』という『ジョブ』が使える『召喚魔法』という術法。

 その効果は、イヴァリースに隣接する『幻界』と呼ばれる場所から、『召喚獣』と呼ばれる存在を呼び出し、短時間使役するものである。

 

 だが、イヴァリースが存在する場所は異世界。『幻界』は、その異世界と繋がった異空間。

 今までのベルは、その遠い異世界から『召喚獣』を呼び出すことができなかった。

 

 しかし、先日の【ランクアップ】で事情が変わった。

 ベルは、新たに発現した『発展アビリティ』である『天秤』の効果で、本来の『天秤(リーブラ)』の『聖石』とのつながりを朧気(おぼろげ)に感じ取れるようになったのだ。

 ベルはそのつながりを通じて、イヴァリースと『幻界』の正確な位置を把握した。これにより、これまで一切発動する様子がなかった『召喚魔法』を行使できると、ベルは確信するに至った。

 

 それを実際に試してみたのが、先ほどの【モーグリ】の召喚であった。

 

 ちなみに、ベルの『召喚魔法』に類似する『魔法』や『スキル』は、現在この世界では確認されていない。

『召喚魔法』と呼ばれている『魔法』自体は存在し、その唯一の使い手もこの場にいる。

 レフィーヤが、その使い手だ。

 だが、彼女が使う『召喚魔法(サモン・バースト)』は、他の世界から何かを呼び出す『魔法』などではなかった。

 

 彼女の『レア魔法』である【エルフ・リング】は、同族のエルフが使う『魔法』を己のものとして自在に呼びだし行使するという代物なのだ。リューが覚えた【ファミリア・レコード】と同種のものであり、『継承魔法』と称することもできるだろう。

 

 レフィーヤがこの場にいるのは、自身が使える『レア魔法』と同じ呼称である『召喚魔法』を見極めようという思惑によるもの。そして、実際に見たところでは効力はさほど高くはないものの、『魔法』の作用そのものは、とんでもないとレフィーヤは驚きを露わにしていた。

 

「他の『召喚獣』も見たいなー!」

 

 と、この『召喚魔法』がどれだけすごいことを成しているのか今一つ理解していないティオナが、ベルに向かってそんなことを言った。レフィーヤが、まだ他に呼び出せるのかとギョッとするが、ベルが返した言葉にさらにギョギョッとすることになる。

 

「えっと、まだこの【モーグリ】しか覚えていなくて」

 

 まだ、まだと言ったのかこやつは! レフィーヤは目を見開いた。

 まだということはつまり、追加で他の『召喚魔法』を覚える余地があるということであり……。

 

「ええー! ……あっ、じゃあ、新しく覚えようよ! 確か、モンスターをいっぱい倒せば、覚えるための力が溜まるんだよね?」

 

「そうだね。『上層』だと、『キラーアント』を引き寄せて定点狩りをして『JP』をよく稼いでいるよ」

 

 レフィーヤにとって、よく分からないやり取りをティオナとベルが繰り広げている。

 レフィーヤは、【ロキ・ファミリア】の幹部候補である。

 つまり、幹部ではない。ゆえに、ベルの『レアスキル』の詳細は一切フィンたちから知らされていなかった。

 だが、ティオナは幹部。ベルの『レアスキル』の内容をある程度知らされていた。

 

「ふーん、じゃあ、『キラーアント』がいる階層に行って、食料庫(パントリー)を攻めようよ!」

 

「えっ……!? 食料庫って、大丈夫かな?」

 

「このメンバーなら楽勝だよ! ね、アイズ、レフィーヤ!」

 

「うん」

 

「えっと……【経験値(エクセリア)】を稼いで、【ステイタス】更新をすれば、新しい『召喚獣』とやらを呼び出せるようになるということですか?」

 

 唯一、話の流れに乗れていないレフィーヤが、疑問をティオナに投げかける。

 すると、ティオナはレフィーヤがベルの『レアスキル』を把握していないことに気づき、その仕組みを簡単に説明し始めた。この場に同行している幹部候補のレフィーヤになら、ベルの秘密を漏らしてもいいだろうという浅い考えでの行動だった。

 

「ベル君は、【ステイタス】更新なしに『魔法』や『スキル』をいっぱい覚えられるんだ! ね、ベル君」

 

「うん。……レフィーヤさんには、以前軽く説明しましたよね。僕が『レアスキル』を持っているって。その正体が、これです」

 

 そのティオナとベルの言葉に、レフィーヤはショックを受ける。

 確かに、無節操な戦闘スタイルに繋がる『レアスキル』を使えると、以前ベルに戦い方について師事したときに聞いていた。

 だが、いざその効果を聞いてみると、割ととんでもない『レアスキル』が飛びだしてきて、レフィーヤは目を白黒させた。そもそも、とんでもない効果を持っていて唯一無二であるからこその『レアスキル』ではあるのだが。

 

「ちなみに、ベル・クラネルは、どれくらいの『魔法』を使えるんですか?」

 

「えっと、パッと出てこないですけど、現状は十個くらいですかね……?」

 

「リヴェリア様が使える数を超えているではないですか!」

 

 ベルに投げかけた問いの答えを聞いて、レフィーヤはキレ気味にそう叫んだ。

 

【ロキ・ファミリア】の副団長リヴェリアは、最大で三つまでしか覚えられない『神の恩恵(ファルナ)』由来の『魔法』を例外的に九つ使うことができる。ゆえに、【九魔姫(ナイン・ヘル)】という二つ名を神によって付けられたわけであるが……。

 

「いえいえ、今は使える『魔法』の大半が、神の眷族ではないエルフの方々が使う『魔法』くらいの威力なんですよ。威力の高い『魔法』は、覚えるための経費(コスト)が重くて」

 

同族(エルフ)でもないヒューマンがそれを使えると言う時点で、割ととんでもない話なのですが……」

 

「あはは……」

 

 異世界の力とはいえ、一応はベルも『神の恩恵』を受けることで初めて、そこまで多くの『魔法』を覚えるに至っている。

 なので、この場合、種族はあまり関係がない話ではあるのだが……レフィーヤは、将来的に威力の高い魔法を十種以上、目の前の少年が使えるようになる可能性に気づき、なんとも微妙な表情を浮かべるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『Lv.2』以上になると認定される上級冒険者。その地位にいる少年少女四人が、『上層』で暴れ回った。

 だが、場所が場所だけに、その姿は他の冒険者たちに目撃はされず、無駄に噂となることはなかった。

 

 四人の上級冒険者たちは、『上層』にある食料庫(パントリー)のモンスターを数時間にわたって狩ってまわった。その結果、持ち込んだバックパックに魔石とドロップアイテムをパンパンに詰め込むことになった。

 

 ここまでの大荷物になるならば、サポーター経験のあるリリルカも連れてくればよかった。レフィーヤがそう指摘すると、魔石の取り出し作業を続けていた一同は、「どうしてもっと早く言ってくれないのか」と心底うんざりとした顔でレフィーヤに返した。

 

 そんなことがありつつも、再びの『初層』の外れである。

 とことんモンスターを狩った結果、とりあえず新たに一体分の『召喚獣』を呼び出せるようになるくらいには『JP』が溜まっていた。

 さすがに強力な効果を持つ上位の『召喚獣』は呼び出せないが、【モーグリ】以外の『召喚獣』を呼び出せるかのお試しであるので、それでも構わないとベルは判断した。

 

 そうしてベルは、【幻想残滓(ファイナルファンタジー)】の『編集画面』を呼び出すと、一覧に載っている全ての召喚獣の名前を読み上げていく。

 

【ラムウ】といった、アイズとティアナ、レフィーヤにとっても初めて聞く名もあるが、聞き覚えのある名称も多く交じっていた。

【カーバンクル】という、モンスターと同名の幻獣。

【サラマンダー】という精霊の種族名と同じ名を持つ幻獣。

 中には、【リヴァイアサン】という、ゼウスとヘラの眷属たちに討伐された世界三大冒険者依頼(クエスト)の対象の一体と同名の存在もいた。

 さらに極め付けは……。

 

「オーディン……それはさすがに」

 

「神様の名前だー! アハハ!」

 

「これで神オーディンが出てきたらすごいことになってしまいますが」

 

 ベルから聞き出した名に反応して、アイズ、ティオナ、レフィーヤがそれぞれそんなコメントをする。

 この反応を予想していたのか、ベルも笑いながら言葉を返す。

 

「さすがに別神(べつじん)のはずだよ。召喚獣の【オーディン】が使う技は、【斬鉄剣】っていう剣による一撃なんだけど……神オーディンがそんなの使うって話、聞いたことないよね?」

 

「そもそも、神オーディンは地上にいるから……」

 

 アイズがそう言うと、ティオナとレフィーヤもうなずいて口々にオーディン神の情報を話し出した。

 曰く、なにかとオラリオにちょっかいをかけてくる。

 曰く、副団長に迷惑をかけまくっている。

 曰く、天界での行動でいろんな神々に恨みを買っている。

 曰く、剣ではなく槍使いらしい。

 などなど。

 

 ベルは初めて聞く世界情勢と神様豆知識に感心しながらも、とりあえず『召喚獣』の【オーディン】習得には『JP』が足りないので、今回は存在を忘れることにした。

 

 それから、四人でどの『召喚獣』を呼び出すか話し合うことになった。

 方針としては、攻撃用の『召喚獣』。補助に使えるタイプは、どうせフィンやリリルカが覚えさせようとしてくると結論付けたアイズとティオナに、レフィーヤとベルも同意する。そして、最終的に対象を【シヴァ】、【ラムウ】、【イフリート】の三体に絞った。

 

「【シヴァ】は氷の攻撃、【ラムウ】は雷の攻撃、【イフリート】は炎の攻撃ですか」

 

 レフィーヤが、候補の三体がそれぞれ使える属性についておさらいした。

 

「ベル君は、どれがいい?」

 

 ティオナに問われ、ベルは即答する。

 

「雷の【ラムウ】かな」

 

「あはは、この前覚えた付与魔法(エンチャント)と同じ属性だね!」

 

 ティオナに言われ、ベルは確かにと、自分が雷属性を無意識で選んでいたことに気付いた。

 ちなみに、風による状態異常を撒く【シルフ】の習得を一押ししていたアイズは、自分の意見が却下されて微妙にふてくされていた。

【シルフ】の習得に必要な『JP』は、【シヴァ】や【ラムウ】の倍あるのだ。

 

 そんなアイズのご機嫌取りをレフィーヤに任せながら、ベルは『編集画面』から【ラムウ】の習得を行なった。

 

「じゃあ、さっそく試し撃ちしようよ! 『ゴブリン』か『コボルト』を引っ張ってくるね!」

 

「うん、『召喚魔法』は敵味方を識別して撃てるけど、どこまで正確にできるは分からないから一応気を付けてね」

 

 一人でモンスター釣りに行ったティオナを見送ったベルは、その場で幻界の位置をつかむために念じ始めた。

 そして、わずかな時間でティオナが『ゴブリン』を一体引き連れて広間(ルーム)へと戻ってくる。

 

「来たよー!」

 

「入口付近に撃ちます!」

 

 ベルがそう言うと、ティオナは『ゴブリン』に足払いを掛けて転がし、自身はベルの近くへと駆け寄ってきた。

 ティオナが到着すると同時、ベルは念じるのを止め、詠唱を開始する。

 

「【森羅万象の(おきな)――(なんじ)の審判を(あお)ぐ!】――【ラムウ】!」

 

 空間が歪み、『召喚獣』が現れる。

 それは、一人の老人。杖を持ち、ゆったりとした服を身に着けた、人の姿をした『召喚獣』だ。

 身にまとう神聖さは神を思わせ、思慮深さを感じさせるたたずまいは賢者や仙人を思わせる。

 そんな不思議な老人は、杖の先に(いかづち)をほとばしらせていた。

 そして、老人は宙に浮に浮いたまま杖を振り、『ゴブリン』に向けて強烈な雷の雨を降らせた。

 

 地に転がる『ゴブリン』はその雷撃により、全身を炭化させ、やがて『魔石』の耐久限界を迎えたのか灰へと変わった。

 その結果に満足したのか、老人は空中でベルへと振り向き、白く長い髭に覆われた口もとをニヤリと歪ませて笑った。それからまたもや空間が歪み、老人が『幻界』へと去っていく。

 

 やがて、後に残ったのは『ゴブリン』だった灰のみ。雷の雨が降った後だというのに、ダンジョンの床や壁は破壊されていない。

 ベル曰く、敵味方の識別が可能なのが『召喚魔法』の特徴。地形すら破壊の対象外に選ぶことができると、これで正式に判明した。

 

「すごい……」

 

 その言葉を最初に放ったのは、誰だろうか。

 そこから、四人は一斉に歓声のような叫び声を上げ、今の『召喚魔法』のすごさを口々に言い合った。

 

「『召喚獣』とか言いながら、思いっきり人だった!」

 

「雰囲気は人じゃなかった」

 

「それよりも威力ですよ。少なくとも、神の眷族ではないエルフではこの威力の『魔法』は撃てません」

 

「でも、この『召喚獣』は低い数値で覚えられるやつだった」

 

「つまり、【バハムート】とか【リヴァイアサン】は、これよりもずっとすごいってことだよね!」

 

「【バハムート】って、『ベヒーモス』の別名だったような……」

 

「ロキに聞いたら『ベヒーモス』や『リヴァイアサン』の語源も分かるかも?」

 

 そんな大騒ぎの後、さらなる『召喚獣』を見たいという話となった。だが、彼らがダンジョンに入ってすでに八時間以上が経過している。

 そこでレフィーヤによるストップがかかり、一同は渋々地上に戻ることになった。

 

 ギルドの出張所で『魔石』を換金し儲けを山分けにして、『黄昏の館』へ帰還する四人。

 そのままの足でフィンとロキに『召喚獣』の詳細を伝えにいったところ、ロキは『召喚獣』のラインナップを聞いて大笑いを始めた。

 一方、フィンはベルから『召喚魔法』の仕様と『召喚獣』のそれぞれの特徴を聞き出して、ポツリと言った。

 

「『遠征』のための課題(ノルマ)追加かな」

 

 それを聞いたベルは、本来必要なかった仕事を派閥に持ち帰ることになると気づいてしまった。

 そして彼は心の中で、業務増でまた忙しくなるであろうリリルカに謝罪の言葉を述べるのだった。

 

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