ダンまちTACTICS【第一部完】   作:Leni

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72.アンフィス・バエナ

 27階層の『迷宮の孤王(モンスターレックス)』、『アンフィス・バエナ』。

 ギルドが認定する強さは、水上という足場の悪さも加味して『Lv.6』相当。

 

 一方で、ベルたちの戦力は、『Lv.6』が一人、『Lv.7』に匹敵する『Lv.2』が一人、正真正銘の『Lv.2』が二人だ。

 戦力的には、余裕と言ってもいい。だが、リリルカとヴェルフが正面から立ち向かった場合、打ち所が悪ければ即死もありえる。

 ベルたちは、そんなバランスの悪いパーティであった。

 

 だが、もとより【ヘスティア・ファミリア】は結成してから一年も経っていない小規模派閥。専属鍛冶師も同行させている事情を考えると、バランスが悪くて当然だ。よって、彼らは今ある戦力で『冒険』を繰り広げる必要があった。

 

 もちろん、事前の準備は怠らない。

 対策会議もしっかりして、ベルたちはベースキャンプから27階層に上っていった。

 そして、ベルたちが27階層の滝壺のある大広間(ルーム)を中心に探索すること二日。ついに、その時はやってきた。

 大広間を揺るがすような咆哮と共に、ダンジョンの壁面から巨大な双頭竜が産まれ出でる。『アンフィス・バエナ』の出現だ。

 

 この『階層主』の次産間隔(インターバル)は、約一ヶ月。

 水中を住処(すみか)にする性質と凶悪なブレス攻撃により、かつては『下層』への進出を望む冒険者たちには、厄介者として扱われていた。だが、今では対策も十分取られて、パーティ間での取り合いもありえるほどの存在となっている。

【ヘスティア・ファミリア】にとって『遠征』期間中にその誕生の瞬間に立ち会えたことは幸運であり、『異端児』たちとの奇縁のおかげでもあった。

 

 そんな『アンフィス・バエナ』との遭遇(エンカウント)は、リリルカの指示によって戦いの火蓋(ひぶた)が切られることとなる。

 

「集合! ベルさん! 『浮かせて』!」

 

「【慈悲に満ちた大地よ、繋ぎ止める手を緩めたまえ】――【レビテト】!」

 

 リリルカの号令で一ヶ所に集まった四人に、ベルの『時魔法』がかけられる。

 本来ならば確実にかかるものではない、成功するか個別に確率で判定させるその『魔法』。だが、ベルに宿る『天秤』の力が、彼の『魔法』を後押しするかのように成功率を引き上げる。

 成功率の上昇。ベルの新たな『基本アビリティ』である『天秤』の能力の一つだ。

 そして、四人に降り注いだ光の羽はそのことごとくが正しく作用し、同時に四人を大地のくびきから解き放った。

 

 浮遊の『時魔法』。『アンフィス・バエナ』と戦ううえでリリルカが導き出した、最善の一手目であった。

 

「四人とも成功! 攻撃開始!」

 

 リリルカの更なる号令に、ヴェルフとリューが、滝から落ちる水でできた湖へと踏み出す。

 だが、彼らの足が水に沈むことはない。水面の上を浮きながら、彼らは滝壺付近に出現した『アンフィス・バエナ』へと向かっていく。

 

 当然、その姿は『アンフィス・バエナ』に捉えられている。

 よって、敵はブレスでもって迎撃をしようとする。このブレスが魔力によるものなら、ヴェルフの『魔法』の格好の餌食となっただろう。彼の『魔法』は、魔力を溜める攻撃を強制的に失敗(ファンブル)させることができるのだ。

 しかし、『アンフィス・バエナ』のブレスは、内臓に溜めた特殊な液体に着火して吐き出すという物理的なもの。ゆえに、ヴェルフにはブレスを防ぐ術はない。

 そのはずだったが――

 

「【ひるがえりて来たれ、幾重(いくえ)にもその身を刻め】――【ヘイスト】!」

 

 ベルの援護の『魔法』が、さらにヴェルフへと届いた。

『時魔法』の力により、ヴェルフの行動速度が爆発的に上昇する。『敏捷』の【ステイタス】が、『Lv.2』を超えて加速する。その力により、ヴェルフは双頭の竜(アンフィス・バエナ)が狙い定めた場所から、素早く移動して回り込むことで、ブレスの射線から逃れていた。

 

 そして、放たれる強烈なブレス。焼夷蒼炎(ブルーナパーム)と称されるその一撃は、誰も焼くことなく一筋の蒼い軌跡のみを残した。

 

 暗いダンジョン『下層』に、蒼い明かりが灯る。

 その明かりの中で、双頭の竜は倒すべき敵の姿を見失ってしまった。向かってきた二人の冒険者が、どちらも高速で移動したためだ。

 

 当然、それは明確な隙となる。

 いつの間にか、二つある頭部の内の一つに接近し、その首の下に潜り込んでいたリュー。彼女は己の手にした星剣(つるぎ)で、敵のアゴ下をかち上げるようにして斬りつけた。

 竜麟が砕け、片方の頭部が大きく跳ねる。

 すると、そこに大きく跳躍していたヴェルフが、跳ね上がった頭を迎え撃つように大上段から『ガンブレード』を振り下ろした。さらに、命中と同時に『魔弾』を炸裂させる。

 

「ちっ、硬え!」

 

 しかし、ヴェルフの手に返ってきたのは、竜鱗の硬い手応え。

 それでも『アンフィス・バエナ』には十分ダメージが通ったらしく、敵の頭が勢いよく水中に没した。

 

 さらにリューが追撃を始めるが、そこでもう片方の竜頭の口から紅色の霧が撒き散らされ始めた。

 事前知識がないと、酸か毒かと警戒していたことだろう。

 だがこれは、そのどちらとも異なる効果を持つ。なんと、『魔法』の威力を減衰させる霧である。リューの『魔法』による砲撃や、ヴェルフの『魔弾』による爆発は、これにより無力化されてしまう。

 すでにかかっている【レビテト】や【ヘイスト】がどうなるかが分からないので、リリルカの事前の指示では霧が出たら岸に逃げろと言われていた。

 ヴェルフとリューは、その指示通りに、紅霧が拡散する前に湖の岸へと逃げ出していった。

 

 もちろん、『アンフィス・バエナ』の敵愾心(ヘイト)を十分に稼いだうえでだ。

 

 これにより、水中に長い蛇のような胴体を沈めていた『アンフィス・バエナ』は、ヴェルフとリューを追って岸へと突撃していく。

 理想的な『釣り』の形となった最初の攻防は、ヴェルフとリュー、及びその作戦を練ったリリルカに軍配が上がる形となった。

 

 この結果に、『解炎回復剤(アンチ・ナパーム・ヒール)』をいつでも使用できるようにと、後方で待機していたリリルカも一安心。

 そして、岸に向かって突進してくる敵を見て、今度は四人で物理戦を挑む『本番』を覚悟した。

 

 猛烈な勢いのまま、岸から飛び出した『アンフィス・バエナ』。

 向かう先は、最後に強烈な一撃を自身に見舞ったヴェルフ。

 だが、ここにベルが割って入る。

 大口を空けて噛みつこうとしていた『アンフィス・バエナ』の片方のアゴを下からすくい上げるようにして、盾で上へと流した。

 

「さすがだ、ベル!」

 

 ベルの援護に、ヴェルフはニヤリと笑って、自身も突撃。上へと逸れた首下を無銘の『ガンブレード』で斬りつけた。

 

 また、もう片方の頭は、リューが星剣と木刀の二刀流でもって連撃を叩き込み、ひるんだところでリリルカが頭を駆け上がって、片眼に槍を突きこんだ。

 そして、突進の失敗により、『アンフィス・バエナ』は慣性のまま岸を滑る。

 その隙だらけの胴体に、ベルの一撃が飛ぶ。

 

「【スピードブレイク】!」

 

 ベルが放ったのは、『ナイト』が使う『戦技』。『能力低下(ステイタス・ダウン)』の効果をノーコストで敵に与える、無慈悲な一撃であった。

 これにより、戦闘が終了するまで『アンフィス・バエナ』の『敏捷』が低下する。

 大きな効果は発揮されていないが、この『戦技』の恐ろしいところは、重ねがけが可能なことである。

 ベルは、陸に打ち上げられて隙だらけの『アンフィス・バエナ』に、数発の【スピードブレイク】を命中させていった。

 

 目に見えて鈍重になった『アンフィス・バエナ』。

 おかげで、『Lv.2』のヴェルフとリリルカが不意の一撃を受けて、即死する可能性は下がった。

 

 だが、相手はそれでも竜種。驚異的なタフネスを見せて、ヴェルフとリリルカへと立ちふさがった。

 ここで、ベルは『全剣技』を抑えて、『戦技』によるサポートに徹した。戦闘が長引けば、その分だけ『JP』が手に入る機会も増える。さらに、戦闘に貢献し続ければ【経験値(エクセリア)】を取り逃すこともない。

 そんな打算で、ベルはヴェルフとリリルカをメインアタッカーとして据えて、自身は補助役として尽くすことにした。

 

 一方、リュー。こちらは、二本の剣を駆使して二つの竜頭から攻撃性能を奪うことに専念した。

 牙を折り、アゴを砕き、目を傷付ける。

 有効打は与えているが、こちらもやはり、致命の一撃を与える役はヴェルフとリリルカに任せていた。

 

 水中から陸に上がった『アンフィス・バエナ』の脅威度は、『Lv.6』から『Lv.5』相当に下がる。

『Lv.6』のリューならば、一人でこれを討伐することも可能である。

 ゆえにリューは、今回に限っては後進の二人に活躍の場を譲ることにしていた。

 

 そんな二人の思惑により、ヴェルフとリリルカは真正面から自身よりはるかに強大な竜種の相手をすることとなった。

 二人の上位者からサポートは受けているとはいえども、相手の強さはさほど変わらず。

 苦労に苦労を重ねる苦戦の末に、ヴェルフとリリルカは少しずつ『アンフィス・バエナ』の身を削っていくこととなった。

 

「ガアアアアアアアッ!」

 

「ヴェルフさん!? くっ、『解炎回復剤(アンチ・ナパーム・ヒール)』ですッ!」

 

「う、うああ……」

 

「リューさん、僕が正面を受け持ちますので、ヴェルフに回復魔法を!」

 

「了解しました。……よかった、無事ですね」

 

「……ふざけろ。無事じゃねえ……鍛冶師が焼死とかシャレにならねえ……」

 

 当然、攻撃をその身に受けることだってある。

 ヴェルフがブレスにかすり、焼け死にかけた光景もその一つだ。

 

「ヌアアアアッ!」

 

「リリスケーッ!」

 

「ああ、リリ団長、不用意に頭の上に乗るから……あっ、水面に」

 

「回収してきます!」

 

 首の上を駆け登ったリリルカが、大きく頭を振った『アンフィス・バエナ』に弾き飛ばされる光景もあった。

 

「ううっ……【ケラウノス】を使いたい……」

 

「絶対にやめろよ!?」

 

「水辺でそんなもの使ったら、ベルさん以外、全員感電してしまいますからね!?」

 

「……アリーゼの炎ならいけますね」

 

 そんな、騒がしくも激しい戦いは、しばらく続き。やがて……。

 

「オオオオオオッ!」

 

「ハアアアアアッ!」

 

 ヴェルフの一閃が、竜鱗を貫いて竜の首を大きく切り裂き――

 リリルカの一刺しが、竜の脳天を深く穿ち――

 

『アンフィス・バエナ』は、双頭を破壊されて、力なくその場に横たわった。

 

「ウオオオ! 勝ったァァァッ!」

 

「やりましたアアアアアッ!」

 

『階層主』に勝利し、ヴェルフとリリルカは勝ち(どき)を上げた。

 その後、『魔石』を苦労して取り出すと、『アンフィス・バエナ』は一本の牙をその場に残し灰になった。ドロップアイテムの獲得である。

 

「喜べ、リリスケ! こんだけ立派な牙なら、槍が作れるぞ! お前、投げ槍(ジャベリン)を欲しがっていただろう?」

 

「本当ですか!?」

 

 巨大な竜牙を手にしたヴェルフがリリルカにそんな言葉をこぼし、リリルカは純粋な喜びを露わにした。

『遠征』は、失敗時には派閥に甚大な被害を与えるが、成功時には大いなる報酬を冒険者に与える。

 

『階層主』を欠員や武具の破損なく討伐した彼らは、大きなリターンと、確かな成功体験をこの『遠征』で得ることができたのだった。

 




第七章前半部はこれで終了です。次回から、後半部の『二大祭』の祝祭本番に突入します。
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