ダンまちTACTICS   作:Leni

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73.挽歌祭

 ベルたちが『遠征』から帰還し、成果物の振り分けやギルドへの報告を終えてようやく人心地ついた日のこと。リリルカの綿密なスケジューリングの成果によるものか、秋は深まり、いつの間にやら『挽歌祭(エレジア)』の前日となっていた。

 

「まったく、忙しないね。たまには羽を休めることも冒険者には必要だよ? 『二大祭』では、ボクに付き合っておくれよ」

 

 派閥の眷属たちに主神である女神ヘスティアがそう告げたことで、『二大祭』の期間中、【ヘスティア・ファミリア】は活動を休止し、全日を休養に充てることが決まった。

 もちろん、『二大祭』の後半の『女神祭』では、ベルはアステリオスと戦うことが決まっている。

 さらに、リリルカも【ミスティッククエスト】の公演がいくつか予定に入っているらしく、本当の意味での休養はできそうにはなかった。

 

「あの、それならば、私も酒場が忙しいと思うので、手伝いに行きたいのですが……」

 

 リューが遠慮気味にそう言うと、このままでは一人で祭りを巡ることになりそうだと察したヘスティア神が、リューへNOを突きつけた。

 

「たまには眷族(みんな)との触れ合いを主神にさせてくれないかい?」

 

 そう言われては、拒否もできない。ベルたちは顔を見合わせて、可能な限りヘスティア神と行動を共にすることを決めた。

 

 そして翌日の『挽歌祭』本番。

 ベルたちはこの日のために用意していた白い衣装に着替えてから、そろって本拠(ホーム)の外へと出かけた。

 

 街の喧騒はいつもより控えめ。さらに北の居住区では、各家屋の軒先に花を飾っている様子がうかがえた。

『挽歌祭』とは、過去の『英雄』たちやダンジョンで戦い力尽きた冒険者たちを哀悼(あいとう)する祭りである。

 そこに華やかさはなく、魔物と戦い散った命を惜しみ、今へと続く歴史を築くために犠牲になった『英雄』に敬意を払う、ダンジョンがあるオラリオ特有の儀礼的な祭典なのだ。

 

 そんな『挽歌祭』でヘスティア神が望んだのは、オラリオに存在する『英雄』にまつわる名所に向かうこと。

『英雄』に敬意を払い哀悼するならば、彼らに(ちな)んだ場所で祈りを捧げたい。そんな祭りの趣旨に則った一日を過ごしたいと、ヘスティア神は希望したのだ。

 そして、その名所での哀悼はギルドが一つの催し物としており、辿るべきルートを正式に定めていた。

 

 そのスタート地点は、オラリオの中心地である中央広場(セントラルパーク)だ。

 ベルたち【ヘスティア・ファミリア】は辻馬車(タクシー)を拾い、その中央広場へと真っ直ぐに向かっていった。

 

「正直なところ、ボクたち神は、(こども)の死というものを本当の意味では(かな)しんではいないんだ」

 

 馬車に揺られながら、そんなことをヘスティア神が告白するように言った。

 

「人は死んでも魂は不滅。死者の魂は天界に昇り、死を司る神によって魂を漂白された後、再び下界へ戻ってくる。神の視点では、死は終わりではないんだ。だから、この『挽歌祭』も神にとっては、『英雄』の死を惜しむことより『偉業』を称える催し物という趣旨が強いね」

 

 そんなヘスティア神の言葉を、ベル、リリルカ、リューの三人はジッと黙って聞いていた。

 今のオラリオは、騒がしく会話をして笑い合うことすら相応しくないのではと思わせるほど、静寂に包まれているからだ。

 

「でもボクは……それでもボクは、()()キミたちが大好きだからさ。死んでも哀しまないとは、とてもじゃないが言えない。キミたちがダンジョンで『冒険』するのはいいけれど、ボクは毎日、無事に戻ってきてほしいと思っているんだ。ヘルメスなんかは、新しい『英雄』を欲しがっているけどさ。ボクとしては、キミたちが無事なら、『英雄』になんてならなくていいとさえ思っているよ」

 

 それは、家族の安寧(あんねい)を司る炉の女神ヘスティアならではの、優しい言葉であった。

 地上に娯楽を求めてやってきているはずの神だというのに、眷族が無事さえいれば華々しい活躍はいらないと言っているのだ。

 だが、自分の眷族を持った神々は、多かれ少なかれこういった感情を持つに至るものである。

 天界で神々の殺し合いを遊び半分で画策していたロキ神でさえ、己の眷族の死に心を痛める。たとえ魂は不滅で、世界を巡り続けると知っていても、(こども)の死を惜しむようになるのだ。

 

 永久不変の超越存在(デウスデア)にすら心変わりを起こさせるほど、下界の人間たちの命の輝きというものはまぶしい。

 少なくとも、ヘスティア神はそう思っている。

 

 そんな女神の一人語りを聞き終えたあたりで、馬車は中央広場へと到着した。

 辻馬車に料金を支払って降車した後、【ヘスティア・ファミリア】は荷物の中から用意していた蝋燭(ろうそく)台を手に取った。

 

 広場には、老若男女、種族を問わず多くの人が詰めかけており、いずれも清潔な白い衣装に身を包んでいた。さらに、手にはヘスティア神たちと同じように蝋燭台を持っており、いつでも火を灯せるようにしてある。

 その人々が並ぶ列に、ヘスティア神たちも合流し、催し物の開始時刻を静かに待つこととなった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 迷宮都市オラリオには、『英雄』を(まつ)った記念碑(モニュメント)が建てられている。

 ギルド本部の前庭や、『冒険者墓地』とも呼ばれる『第一墓地』など、都市の複数箇所に点在しているのだ。

 

 刻限を迎え、中央広場を出発した人々の群れは、その記念碑や慰霊碑に向かい、祈りを捧げる。

 この日ばかりは、『魔石』を加工した魔石灯の明かりは灯さない決まりとなっている。

 

『英雄』たちが生きていた『古代』の夜を再現するかのように、蝋燭に灯した本物の火で夜を明かす。

 宗教儀式めいているが、実際に、哀悼(あいとう)のための一種の儀式ではあるのだろう。

 その取り決めにベルたちは従い、記念碑へと向けて中央広場から都市を練り歩いた。長時間歩き続けることとなるが、ヘスティア神も泣き言を口にしない。

 神々もこの日この時ばかりは、純粋に過去の『英雄』たちの『偉業』を称えて、その未来を祝福するのだ。

 

 ベルたち【ヘスティア・ファミリア】が向かった場所。それは、『第一墓地』に存在する記念碑であった。

『第一墓地』は広い。記念碑や慰霊碑も多く建てられており、今回の『挽歌祭』でも特に多くの人々が訪れる場所となっていた。

 そんな『第一墓地』の一画に、真新しい慰霊碑が建てられていた。

 

 ベルはその慰霊碑を見上げ、その名を読み上げた。

 

「『大英雄』、エピメテウス……」

 

 そう。歴史に『敗残者』として名が残されていた、あのエピメテウスの慰霊碑が最近になってオラリオに新しく作られたのだ。

 これは、ヘルメス神とヘスティア神が、共にギルドに申請をして建てさせたもの。

 ヘルメス神が世に送り出した、エピメテウスの真実の叙事詩(サガ)、『緋の恩寵(スカーレットグレイス)』の人気もあって、ギルドは建立を受け入れたという。

 

 その慰霊碑に、ヘスティア神が道の途中で花を配っていた少年少女たちから受け取った花束を捧げた。

 零能に落ち『神の力(アルカナム)』を使えないとしても、まぎれもない聖火の女神からの祝福。

 エピメテウスの魂の先行きは、きっと明るいものになるだろう。

 ベルを始め、周囲で祈りを捧げていた人々は、皆一様にそう思った。

 

 ヘスティア神の今回の目的は、このエピメテウスの慰霊碑に祈りを捧げることだった。

 それをベルは理解しつつも、彼は他の『英雄』の記念碑も巡って、派閥の皆と共に祈りを捧げることにした。

 

 そして、ひときわ大きい石碑の前で、ベルは特に長い時間、祈りを捧げた。

 それを不思議に思ったヘスティア神が、石碑に刻まれた名を読み上げた。

 

「英雄アルバート、か……」

 

「はい。『黒竜』の片眼を奪った、『最強の英雄』です」

 

「なるほど、黒竜討伐の想いをエピメテウスから受け取ったベル君は、英雄アルバートにあらためて討伐の誓いを立てた、といったところかな?」

 

「はい。……お祖父(じい)ちゃんに昔、読ませてもらった英雄譚では、『傭兵王ヴァルトシュテイン』という称号があったので、僕にとってはそちらの方が馴染み深い名前なのですが……この記念碑は英雄アルバートの名前のようですね」

 

「ゼウスの用意した英雄譚か……ゼウスは、天界に居た頃、特に下界の『英雄』たちを眺めるのが好きだったみたいだからね。その名前を選んだことにも、意味があるのかもしれないなぁ」

 

 傭兵王ヴァルトシュテイン。古代における傭兵とは、魔物を討伐する者たちのこと。現代における冒険者に相当する。つまり傭兵王とは、冒険者の王を意味する。それだけ強く、多くの活躍をしたことでこの称号が付けられたのだと、横で話を聞いていたリリルカは思った。

 そして、さらに思う。ヴァルトシュテインという名は初めて聞いたが、どこかで似た響きの名を聞いたことがあると。

 

 ――ヴァルトシュテイン……アイズ・ヴァレンシュタイン?

 

 それに気付いたリリルカ。これまで蓄積した膨大な情報が、一つの答えを導き出そうとした。

 だが、そこでベルとヘスティア神が、別の石碑に向かったため、考えを打ちきることとなった。

 

「……まさか、アイズさんが?」

 

 傭兵王の末裔で、しかも、『穢れた精霊』やその手下の『怪人(クリーチャー)』の狙いが確かならば、クロッゾの一族のように精霊の血を引く可能性があるかもしれないなんて、と。その言葉をリリルカは口にすることなく、蝋燭台を手に持ちながら次なる記念碑へと向かっていった。

 

 やがて、『第一墓地』での記念碑巡りは終わり、【ヘスティア・ファミリア】の一同は中央広場へと歩いて戻った。

 時刻はすっかり夜となっており、空には月が浮かんでいた。

 月明かりと蝋燭の火に灯された中央広場は、どこか幻想的な風景を思わせた。

 

 その広場で、人々は一斉に歌を歌い始めた。

『挽歌祭』を締めくくる、最後の行事。朝を迎えるまで、古代の『英雄』たちと亡くなった冒険者たちに向けて、挽歌を歌い続けるのだ。

 中央広場に詰めかけた多くの人々が、祈りながら挽歌を口ずさむ。

 

 ――世界は『英雄』を欲している。

 

 それは挽歌でありながら、『最後の英雄』を待ち望む悲願の歌でもあった。

 世界三大冒険者依頼(クエスト)はゼウスとヘラの眷族たちの手で二つまで達成されつつも、最悪の魔物『隻眼の黒竜』の討伐を未だに残したまま。

 下界は、今も『黒竜』が潜む『竜の谷』からあふれだした竜による被害に、日々脅かされている。

 だから、人々は願うのだ。『最後の英雄』が現れ、『黒竜』を討つことを。

 

 ――世界は『英雄』を欲している。

 

 その人々の願いがこもったその歌声は、ヘスティア神の隣に立つ『最新の英雄(ベル・クラネル)』に、しっかりと届いていた。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 翌朝。一晩中、挽歌を歌い続けてくたくたになった人々が、ギルド職員の誘導で解散していく。

 手に持った蝋燭は、とうに燃え尽きており、人々はその蝋燭が載っていた蝋燭台を大切そうに荷物入れにしまい込んだ。

 

 ヘスティア神も、一晩過ごして疲れたのか「早く帰って寝よう」と馬車の待機列へと率先して並んだ。

 

 そうして、馬車を相当長い時間待つことになりながらも本拠(ホーム)へと帰り、皆で一眠りした後。

【ヘスティア・ファミリア】の一同は、昨日に溜めた鬱屈を吐き出すかのように、全員で夕方から酒場へと食事に出かけた。

 

『挽歌祭』から『女神祭』が始まるまでの約一週間は、街中では大騒ぎしないことがオラリオ市民の間で暗黙の了解となっている。

 それでも、人々は沈んだ気持ちを少しでも晴らそうと、人との交流と出会いを求めて、この期間は街へ繰り出す者がそれなりの数出るのだ。

 

 ヘスティア神たちが向かう先は、リューがかつて働いていた酒場、『豊穣の女主人』だ。

 酒場に着くや否や、酒場の給仕たちがリューを見咎めて、仕事へと連れ出そうとする。だが、そこへヘスティア神とリリルカがブロックに入り、リューの突発的な勤務は防がれた。彼女は、もう【ヘスティア・ファミリア】の仲間であり、お前たちの同僚ではないというリリルカの意思表明であった。そんなリリルカは、酒場の店員たちにたいそうなドヤ顔を決めていた。

 そんな寸劇をベルは苦笑をして眺めつつ、相変わらずお高い値段の美味しい料理に舌鼓を打った。

 

 すると、その途中で、思わぬ客が店へとやってきた。

【ロキ・ファミリア】の幹部達と、ロキ神である。

 

「おお、リリたんやんけ! なんやー、自分たちの活躍でも確認しにきたんか?」

 

「こんばんは、ロキ様。リリたちの活躍、ですか?」

 

「ん? 知らんのか? ここ最近、この店で『緋の恩寵(スカーレットグレイス)』の演奏をやっているんやで。『挽歌祭』に(あわ)せた公演やな」

 

「ええっ、それは知りませんでした。リリたち、最近まで『下層』への『遠征』をしていたので」

 

「なんや、『二大祭』の直前やというのに忙しないな。あっ、シルちゃーん、とりあえず生な!」

 

【ロキ・ファミリア】の入店で、店は一層、騒がしくなる。

 そして、夕方から夜へと変わっていき、店内に備え付けられた舞台に、いつぞやの吟遊詩人風の舞台役者が再び訪れた。

 

「今宵も、皆様には『大英雄』の真実を語りましょう。これから語るのは、エピメテウスから、そちらにいらっしゃるベル・クラネルへと引き継がれた使命。『最後の英雄』を巡る、壮大な物語。『緋の恩寵(スカーレットグレイス)』最終章『半熟英雄』」

 

 どうやら、舞台の上に立つ吟遊詩人はベルの存在をすでに見つけていたらしく、酒場の雰囲気は盛り上がった。それでも、今は『挽歌祭』が終わったばかりの期間。大きな歓声は控えつつ、客はしんみりとした雰囲気で酒を飲んでいた。

 

 やがて、リュートの響きと共に叙事詩がつむがれていく。

 人々は『古代の英雄』から『最新の英雄』へと、『最後の英雄』の『希望』が託されたことを知った。

 

「世界は『英雄』を欲している……。『最後の英雄』は果たして、生まれるのか……」

 

 そう言葉を締めて、吟遊詩人は語りを終えた。

 当然、店内の注目が、ベルへと集まる。

 ベルはというと、これは面倒なことになったぞと、前回の公演後のように揉みくちゃにされることを覚悟した。

 

 すると、そんなベルに絡みに行くものが一人いた。

 それはなんと、アイズ・ヴァレンシュタインであった。

 

「ベルさんは……『黒竜』を倒す人?」

 

「えっ?」

 

「ベルさんは、『黒竜』を倒す人なの?」

 

「えっと、倒すつもり、です……」

 

「……はぁー」

 

 アイズは、大きなため息を吐いてベルの隣の椅子を引き、ゆっくりと座った。その手には、木のジョッキが一つ握られていた。

 その後ろでは、【ロキ・ファミリア】の面々が「アイズに酒を飲ませたのは誰だ!」などと騒いでいた。

 

 実はこの少女、酒乱であった。

 いつもなら剣を持ち出して大暴れし、刃傷沙汰になるところだ。しかし、本日のアイズは仲間に武器を預けていた。

 それが理由なのか、それとも『豊穣の女主人』という場所でのトラウマが理由なのか、本日のアイズはウザ絡みという形で酒癖の悪さを発揮していた。

 

「ダメ」

 

「ダメ?」

 

「ダメ。私が『黒竜』を倒す」

 

「えっと、じゃあ二人で一緒に倒そうか。いや、みんなで倒そうよ。そして、みんなで『最後の英雄』になろう」

 

 ベルがアイズにそう言うと、固唾を飲んで見守っていた周囲の客から小さく(はや)したてる声が上がる。

 だが、その声を無視してアイズがさらに言った。

 

「ダメ」

 

「……えー、これでもダメなの?」

 

「ダメ。私は……」

 

 アイズは、そこまで言いかけたところで、木のジョッキに入った酒をグッと飲み干した。

 そして、酒臭い息をベルに向けて吐きながら、言葉を再び口にする。

 

「私は、誰の『英雄』にも、なれない」

 

「えっ、それは、どういう……?」

 

 と、そこまでベルが問いかけたところで、【ロキ・ファミリア】が集まる席から大声が上がった。

 

「俺が『黒竜』を討つ者だぁ!」

 

「ベート! お前も飲み過ぎだ!」

 

 すると、そこからは客に交ざっていた酔っ払い冒険者から、『最後の英雄』を名乗り出る者が続出。

 場は混沌に包まれ、ベルがアイズに問おうとしていた彼女の真意は、ぐだぐだになった空気のせいで謎のまま終わった。

 なお、泥酔して暴れかけたベートは、店主の女ドワーフにぶん殴られて、店の外へと放り捨てられた。

 

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