『女神祭』。オラリオにおける秋の収穫祭である。
先日行なわれた『
その雰囲気を
この『挽歌祭』と『女神祭』はオラリオの内部では二つ一組で語られ、『二大祭』との呼称をされている。間に一週間ほどの準備期間を置いているものの、二つの祭りはセットなのだ。
つまり、これから迎えるのは『二大祭』の後半である。
収穫祭ということもあってか、豊穣を司る神々、特に豊穣の女神が祭りの主役として
現在、オラリオには数柱の豊穣の女神が存在している。
その中でも、オラリオ内外の農業生産を一手に引き受けている【デメテル・ファミリア】の主神は、最もこの祭りで注目を浴びる存在だ。
その主神、女神デメテル。彼女は、祭りを前にした農作物の大収穫にて、まさかの出来事に遭遇することになった。
毎年この時期は、人手が足りずてんてこ舞いになる彼女の派閥。特に今年は、『
ギルド経由で
なんと、あの都市最大派閥の【ロキ・ファミリア】の一部メンバー。その傘下の【ヘスティア・ファミリア】が主神を含めて全員。さらに、極めつけは、彼らと関わり合いの深い【ウラノス・ファミリア】も助っ人にやって来ていた。
いや、最後のメンバーは、そもそも
『
彼らは今、オラリオ郊外に広がる芋畑で、秋に採れる芋の収穫を行なっていた。
「うおー、すっげ! こんなデカいのが掘れたぜ!」
「ムウ……ムズカシイ」
「ミンナ、私たちの分も頑張ってくだサイ!」
『リザードマン』と『ガーゴイル』が、それぞれ人とは違う構造の手で芋を土から掘り出している。腕が羽となっている『ハーピィ』や『セイレーン』は、彼らの応援役だ。
赤帽子の『ゴブリン』が器用に蔓を引いて連なる芋を掘り起こすと、服を着た『アルミラージ』が楽しげにそれを受け取って台車へと積んだ。
モンスターによる農作物の収穫という下界初の珍事が、ここに実現していた。
さらには、そのモンスターたちと【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の面々が仲良さげに言葉を交わしており、【デメテル・ファミリア】や他の助っ人たちをたいそう驚かせた。
「うわっ、ベルっち、めちゃくちゃ掘るの上手え!」
「あはは、僕は昔、農村にいたからね。子供の頃は、収穫の手伝いも少ししていたんだ。まだ小さくて鎌や
「へえ、生粋の剣士ってわけじゃないんだな」
「うん、剣を初めて握ったのは八歳くらいかな? それ以降は畑に入らなくなったから、記憶もおぼろげなんだけどね。でも、懐かしい」
「オレっちも、こうして地上の食いもんを収穫できて、楽しいぜ。それに、芋を掘るのは初めてだ!」
「作業の終わりにはご飯も貰えるらしいから、そっちも楽しみにしていてね」
「この芋も今日、食えるのかな?」
「うーん、追熟っていって、時間を置いた方が甘くなる芋だけど、頼めば焼いてもらえるかな?」
「それは楽しみだな!」
そんな、『異端児』と冒険者のやり取りを遠くで眺めていたデメテル神。
彼女も初めのうちは困惑していたものの、やがて『異端児』にもその慈しみの目を向けるようになった。
そして、眷族に指示を出して、作業後のまかない料理に収穫したばかりの芋を材料として追加するよう取り計らった。
やがて、収穫が終わり、皆で集まっての食事会となる。
「う、美味え……こんなに美味いメシ、初めて食べた!」
「ウウム……人間侮リ難シ」
【デメテル・ファミリア】の自慢の料理が『異端児』たちを驚かせた。
この料理による歓迎は、人間に対して警戒心を抱いていた一部の『異端児』の態度も僅かに軟化させることとなった。
そんな『異端児』にデメテル神は近づいていき、彼らに焼いた芋を振る舞おうと試みた。
『異端児』は、ダンジョンで産まれたモンスター。人間たちとは違い、神を傷付けることに忌避感を抱かない存在だ。だが、デメテル神はそんなことを一切気にする様子もなく、『異端児』への集団に話しかけた。
「どうぞ、今日、皆さんが収穫した芋をジックリと焼いたものよ」
「お、おう……ありがてえが……これ、焦げてないか?」
「ふふっ、表面の皮が焦げているだけで、こうして皮を剥くと……」
「うおっ、金色の中身が出てきた! 美味そうだ!」
「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」
「オレっち、熱いのは得意なんだ! ……ん、これは美味え! おい、みんなも食べてみろよ!」
『異端児』たちのリーダーである『リザードマン』のリドが、率先して女神への対応に出たが、女神が自ら差し出した料理の前に一瞬で陥落。
ホクホクに焼かれた芋を勢いよく食べながら、仲間に同じ物を勧めることになった。
「本当は、一ヶ月ほど寝かせた方が、もっと美味しくなるのだけれど……」
デメテル神がそう言うと、リドは焼き芋を頬張りながら楽しげに言った。
「ああ、ベルっちが言ってた追熟ってやつだな! でも、一ヶ月かぁ……その頃にはオレっちたち、ダンジョンに帰っているな」
「ロキやヘスティアの
「それなら、ギルド経由でもいいぜ! ダンジョンに物資を届けてくれるやつが、ギルドにいるんだ」
「そんな子、ギルドにいたかしら……?」
そうして、デメテル神の会話をきっかけにして、【デメテル・ファミリア】の面々や、他派閥の助っ人たちも『異端児』への警戒心を下げていくことになる。
さらに、彼らが『女神祭』の期間中、地上に滞在するとこの場にいる皆が知った。それにより、いかに女神祭が楽しいか『異端児』に向けて、人間たちが語り始めた。
『異端児』の面々は、そんな気の良い人間たちと楽しげに会話を交わす。
ウラノス神とフェルズが望み続けていた『異端児』と人類の融和が、確実に実現しつつある。
だが、その融和の光景の中には、黒い『ミノタウロス』であるアステリオスの姿はなかった。
彼は、今もなおダンジョンの奥で己を鍛え続けていた。
◆◇◆◇◆
『女神祭』は三日間続く大規模なお祭りだ。
その一日目、
この日のために用意された四つの『祭壇』に、四柱の女神がそれぞれ
東西南北に配置された四つの『祭壇』には、それぞれ女神ダミアー、女神ハトホル、女神フレイヤ、女神デメテルが立っている。その中から代表して、女神デメテルが『女神祭』の開催を宣言することになっていた。
そのデメテル神の『祭壇』の周囲に広がる光景は、中央広場に詰めかけた多くの人々を驚愕させた。
なんと、デメテル神の『祭壇』を囲むように、綺麗な服を着込んだ『異端児』たちが配置されていたからだ。
もちろん、オラリオ市民は今回の祭りに
しかしまさか、『女神祭』の主役とも言えるデメテル神の近くに配置されているとは、誰も思っていなかったのである。
その人々の驚愕の中、デメテル神の言葉は続き、やがて、最後の一言が告げられる。
『大地の恵みに感謝を捧げ――ここに女神祭の開催を宣言します!』
その言葉に、ワアッと中央広場が沸く。
そんな歓声の中に、人語を話す『異端児』の声が含まれていたことに気付いた者は、どれだけいただろうか。
だが、祭りに交じる『異端児』の活動は、これだけでは止まらない。
中央広場に併設された
やがて、歌や演奏が消化されていき、『異端児』の順番となる。
舞台に出てきたのは、二人のモンスター。『ハーピィ』のフィアと『セイレーン』のレイの二人組。
ダンジョンの奥に潜った経験がある冒険者ならば、遭遇したこともあるであろう二種のモンスター。だが、ダンジョンのそれとは大きく異なり、その顔は美しい。醜悪な顔で有名な女性型モンスターを思わせる要素は、欠片も持ち合わせてはいなかった。
『フィアです!』
『レイです!』
『私たちの歌、どうか聞いてください!』
『イッパイ練習したのデ、楽しんでいってくだサイ!』
すると、ステージ脇に待機していた『異端児』たちが、それぞれ楽器を構えだした。
そして、『異端児』たちは器用に、弦楽器や打楽器、管楽器を奏で始め、拙いながらも合奏を成功させていた。
さらに、フィアとレイの二人による美しい歌声が、人々を魅了した。
まさかの『異端児』たちによる演奏会。これには多くのオラリオ市民が度肝を抜かれ、最前列で構えていた男神たちを熱狂させた。
「うおおおお、夢のハーピィ娘ちゃんの歌声、聞けちゃった!」
「セイレーン娘ちゃんもよき」
「あっちで演奏しているアラクネ娘ちゃんもいいよね!」
「ぼくも大好きだ!」
「でも、ウィーネたんの方が歌上手くね?」
「ばっか、こういうのにも味があるんだよ!」
間奏にて、そんな言葉が男神たちの間で交わされるが、オラリオ市民はいつもの光景としてスルーした。
やがて、『異端児』の演目が終わり、人々は音楽という人の文化を享受するモンスターという存在を受け入れることができた。
だが、それは『異端児』という存在の一面しか見ていない。
彼らはあくまでモンスター。その実力は、上級冒険者にも劣らない。
その事実を人々が忘れ去って、『異端児』という存在をある意味で侮り始めていた。
だが、その時だ。
中央広場の舞台の近く、
それは、なんと【ロキ・ファミリア】の面々。しかも、その集団の後ろに控えた存在を見て、オラリオの人々は再び驚きを露わにすることとなる。
黒い『ミノタウロス』。ボロボロの革鎧に身を包んだ、巨躯のモンスター。
事前に通達のあった、最強の『異端児』。だが、ほとんどの人々は、あくまで字面でその言葉を捉えていただけだった。
最強の存在は、その身にまとう空気だけで人々に畏怖を与えた。
その者は、まるで歴戦の将軍のような重厚な雰囲気を発している。
ギルドが認めた強さは『Lv.7』相当。現状のオラリオ最強の冒険者たちに匹敵するという、その強さ。眉唾物としか見ていなかった人々は、彼の立ち姿を目にして納得するしかなかった。
「あれが、『半熟英雄』と戦う相手か……」
「勝てるのか? ベル・クラネル……」
「うおおお、ベルきゅん、どうか無事に戦いを終えてくれー!」
人々のざわめきに包まれながら、ダンジョンから地上に進出したアステリオス。
初めて見る大空にも太陽にも目もくれず、彼は東の方向へと顔を向けていた。その先に存在するのは、『
雷光の剣士ベル・クラネルと、漆黒の猛牛アステリオスの決戦の舞台である。