ダンまちTACTICS   作:Leni

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75.再戦

『女神祭』二日目。午前中に【ミスティッククエスト】とネルナッティの合同アイドルライブが『円形闘技場(アンフィテアトルム)』にて開催され、盛況のまま終わった。

 そして、午後。

 とうとう、ベルとアステリオスの『再戦』が、『円形闘技場』にて行なわれる。

 

 その闘技場の控え室にて、ベルは鍛冶師のヴェルフに試合用の鎧の調整を受けていた。

 試合用の鎧は、加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)で造られており、ヴェルフが見る限りではまあまあの品であった。

 しかし、対戦相手の強さを考えると、あまりにも力不足であるように彼の目からは見えた。

 

「……一発でも直撃を受けたら、それだけで鎧は使い物にならなくなりそうだ。『メンテナンス』っていうやつは付けるのか?」

 

 ヴェルフがベルにそう問いかけるが、ベルは首を横に振って否定した。

 

「ううん。多分、この鎧、試合中に派手に壊れることを期待されて造られているんじゃないかな? だから、『メンテナンス』は無しで」

 

「ふざけろ。壊れるのを期待って、どういうことだ」

 

「興行だからね。観客に目に見えて危機(ピンチ)かどうかが分かって、試合の動向が見えるのは重要なんじゃないかな」

 

「ちっ……」

 

「鎧はおまけで、『Lv.7』相当の『耐久』でどうにかしてねってことなんだろうね」

 

 そんな会話を交わしながら、ベルはヴェルフから鎧のチェックを受け終わった。

 さらにベルは、いつもよりもいくらか顔の露出の多い兜を被り、盾を手に取った。

 

「兜と盾は、鎧と比べるとずいぶんまともなやつだな」

 

「兜の性能は命に関わるし、盾がすぐに壊れるのもさすがにね。そこは、主催側も気を使ったんじゃないかな」

 

「で、この剣か……良い剣だが、刃は研いでないな」

 

「果たし合いではあるけど、殺し合いではないってことなんだろうね」

 

 ベルが手に取った、長めの刃渡りを持つ片手剣。

 その刃はヴェルフの言うとおり鍛冶師が打った後に研がれておらず、殺傷能力を抑えられていた。

 

 今回の『再戦』のレギュレーション。大きく注意すべき点が二つあり、観客席へ被害をもたらすような攻撃の禁止と、相手の殺害の禁止が盛り込まれていた。

 これにより、アステリオスは『ミノタウロス』の特徴の一つである咆哮(ハウル)を封じられることになる。だが、ベルも刃が立っていない剣で戦うことになる。

 

 ベルの『全剣技』は、振るう剣の強さがそのまま威力に直結する仕組みになっている。弱い剣を使えば『全剣技』も弱くなり、強い剣に替えればその分『全剣技』の威力も上がっていく。

 今回のベルが持つ剣の場合、威力のある『全剣技』は撃てるが、そこに相手を斬りつける効果は伴わないことになる。

 

 それが、試合の結果にどれだけ影響するか。

 ベル本人は不安そうな顔を一切見せていないが、彼の戦いを見守ることになるヴェルフは不安でならなかった。

 その不安の理由には、剣の威力不足というだけでなく、もう一つ理由があった。

 

「相手の武器、刃を潰した両刃斧(ラビュリス)らしいぞ」

 

「うん、聞いてる」

 

「そんな重量武器相手に、その剣で立ち向かうのか?」

 

「剣だけじゃないよ。剣と盾だよ」

 

「いや、それにしてもなあ……あの巨体で両刃斧って……」

 

「ヴェルフ、上級冒険者の強さになると、もう体格がどうこうとかあんまり関係ないと思わない?」

 

「……それもそうか。今のベルは、普通の『ミノタウロス』の突進程度じゃ、揺るぎもしない『耐久』だろうからな」

 

 ヴェルフはそう己を納得させ、あらためてベルの装備を足先から確認し直した。

 全身がアダマンタイトの輝きに包まれており、観客受けはいいだろうとヴェルフは思った。

 だが、鍛冶師の目からすると、なんとも頼りない武具だ。可能なら、自分の造る武具で晴れ舞台に上がってもらいたかったと、しみじみ思う彼であった。

 

「クラネル選手! 試合開始時刻です! 入場の準備をお願いします」

 

 と、ここで闘技場の係員がベルを呼びに来た。

 

 すぐさまベルが応じ、控え室を出ようとする。

 そんなベルに、ヴェルフはどんな声をかけるべきか迷って、結局何も言わずにベルの背を軽く叩いた。

 すると、ベルは剣を天井に掲げて答え、無言で試合会場へと向かっていった。

 

 戦いが、始まる。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

『『Lv.7』相当の『新米冒険者』と、『Lv.7』相当の『異端児(ゼノス)』が、己の全てを賭けてぶつかり合う! こんな試合が許されて良いのか!? いいんです! 豊穣の女神たちよ、御照覧(ごしょうらん)あれ! 次なる豊作を祈願して、ここに奉納試合が行なわれます!』

 

 拡声用の『魔石製品』による大声が、『円形闘技場』に響きわたる。

 観客席は満員御礼。五万人を収容できる会場は、午前中に行なわれたアイドルライブ以上に盛り上がっていた。

 

『実況は毎度わたくし、イブリ・アチャー! 【ガネーシャ・ファミリア】所属の【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】です! どうぞよろしく!』

 

『俺が解説のガネーシャだぁあああああ!』

 

『オラリオには武神がいるのに、なんでうちのやかましい主神が解説なんだ! それならこっちも負けずにやかましくするぜ! では、さっそくだが、選手入場ッ!』

 

『俺がガネーシャだぁあああああ!』

 

『西の方角からやってきたのは、ベル・クラネル! 『Lv.2』に成り立ての【血塗られた聖兎剣士(ヴォーパル・バニー)】! だが侮るなかれ! 彼は『Lv.1』の時点で数多くの強敵を打倒している! そして今の実力は……!?』

 

『『Lv.7』相当! これにはガネーシャも驚愕!』

 

『マジでどんな【ステイタス】しているんだこいつ! 巷で話題の『剣聖の弟子』、『半熟英雄』の登場ですッッッ!』

 

 そんなアナウンスと共に、西の入場門からベルが登場した。

 それと同時に、西側の観客席の最前列、招待席から【ロキ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の大音量の歓声が上がる。

 さらに、闘技場を揺るがさんばかりの歓声が、遅れて観客席全体から上がった。

 

 ベルは、そんな観客たちに応えるように、その場で剣を掲げ、試合会場の中央へと進み出ていった。

 

『続いて、東の方角! 最強の『異端児(ゼノス)』アステリオス! 生まれてまだ数ヶ月ということですが、それでもベル選手と因縁は十分! 前世時代、ただの『ミノタウロス』だった頃に打ち倒された彼は、生まれ変わってもなお『再戦』を胸に、己を鍛え続けた! そして、現在の強さはギルドが認める『Lv.7』相当!』

 

『うーん、パワーインフレ極まりない。ガネーシャ困惑』

 

『相変わらず神の言葉はよく分かりませんが、アステリオス選手が身にまとうこの雰囲気、正直実況席に居ても、ちびっちゃいそうです! みんな、試合前に御手洗いは済ませたか!?』

 

『下ネタは感心しないゾウ』

 

『ゾウだけに! なーんて、あいたっ! 痛いです、ガネーシャ様!』

 

 そんな緊張感のないやり取りの中、アステリオスが前に進み出て、ベルと向かい合った。

 アステリオスは全身をベルと同じ輝きの鎧に身を包み、さらに右手には重厚な両刃斧を携えている。刃は潰されているとはいえ、もし直撃したらさすがのベルでも無事では済まないだろうと、多くの観客席に思わせた。

 そんなアステリオスを東の方角の招待席から、応援する者たちがいた。『異端児』である。

 

『なお、審判は武神タケミカヅチ様が務めます! タケミカヅチ様、巻き込まれて送還とか洒落にならないので、十分距離を取ってくださいね!』

 

『頼んだら快く引き受けてくれた。ガネーシャ感謝』

 

『さあ、両者向かい合って、いつでも始めてくれと言わんばかりに気合いを高めている! 戦闘の行方は、果たしてどうなるのか……! まったく予想が付きません!』

 

 やかましい実況の中、ベルとアステリオスは、ただ無言で向かい合っていた。

 そんな彼らに、タケミカヅチ神が再度確認するかのように戦闘のレギュレーションを説明していく。

 二人に異論は無いのか、タケミカヅチ神の言葉にうなずいて、互いに武器を構えた。

 

 タケミカヅチ神も強くうなずき、右手を高々と天に掲げる。

 そして。

 武神の手が勢いよく振り下ろされ、二人の『再戦』が始まった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 戦いの始まり。ここで二人は、様子見や牽制などは一切行なわなかった。

 開幕から両者は前へと突撃し、同時に武器による一撃を繰り出し合った。

 だが、どちらも一撃目は命中することはなく、そこから正面から向かい合っての激しい攻撃の応酬となった。

 

 なぎ払いを盾で弾き、突きを斧で弾く。

 上段からの斧の振り下ろしを回避すると、反撃の『聖剣技』がアステリオスを狙う。

『聖剣技』は、回避が困難な技である。攻撃範囲に入った時点で、ほぼ必中と言っていい。

 アステリオスはそれをその身に受けてしまうが、彼の驚異的な『耐久』の前には全く効いた様子が見えなかった。

 

 それを見て、ベルは口もとを吊り上げて笑った。

 狙い通りに試合が進んでいるというわけではない。相手が期待していた以上の強敵で、思わず笑みを浮かべてしまったのだ。

 相手が恐ろしくて仕方がないが、そんな相手と戦えることがなんとも嬉しい。そんな矛盾する気持ちで、ベルは戦いに望んでいた。

 

 そして、今度は逆に『聖剣技』をフェイントに用いて、ベルは相手の懐に飛びこんでいった。

 両刃斧の間合いよりも、やや内側に入ったベル。だが、アステリオスは片手で武器を操っている。空いた左手でベルを殴ろうとするが、それよりも早く、ベルの剣の一撃がアステリオスの身を打ちすえた。

 

「ヌウウウン!」

 

 そこで反撃の拳がベルを襲い、彼を大きく吹き飛ばした。

 盾の防御は間に合ったが、間合いの有利はアステリオスに傾く。

 だが、アステリオスはピタリとその場で動きを止めた。身体に違和感があるのだ。

 

「ヌウ!」

 

「申し訳ありませんが、その攻撃力、抑えさせていただきます」

 

 先ほどベルが放った一撃は、『戦技』の【パワーブレイク】。相手の『力』をわずかに下げる『能力低下(ステイタス・ダウン)』の一撃だ。

 そこから、再び攻防が繰り返され、ベルはアステリオスの斧を盾で弾きながら、【パワーブレイク】をアステリオスに当てていった。

 当然、アステリオスは己にかかる不思議な『(かせ)』をしっかりと自覚していた。

 

 落ちる膂力。わずかに重たくなる両刃斧。

 なるほど、相手は雷光を放つだけの単純な剣士ではない。そう確信したアステリオスは、その場で気合いを溜め、己の奥底に眠る力を引き出すようにして『能力低下』のくびきから脱しようとした。

 もちろん、ベルが放った技は気合いだけで解除されるような技ではない。しかし、アステリオスは気合いで己の力を高めることにより、『能力低下』を相殺することに成功していた。

 

 その様子を見て、ベルは苦笑するしかなかった。

 イヴァリースに存在していた『ミノタウロス』と同種である『牛鬼』や『セクレト』は、力を溜めて攻撃力を高める能力を持っていた。しかしまさか、この世界の『ミノタウロス』がそれを用いるとは。ベルは、相手がただのモンスターではなく、『強化種』であることの恐ろしさをあらためて知った。

 

【パワーブレイク】は、さして有効ではない。

 それを察したベルは、再び真正面から戦いを挑むことにした。

 

 剣が舞い、斧が暴風のように振り回され、盾が火花を散らし、鎧が砕ける。

 

 ド迫力の戦いに観客席は大盛り上がりで、歓声を飛ばし続けている。互角に見える戦いに人々は魅了され、喉が枯れんばかりに両者に向けて声援を送った。

 

 そう、人々の中には、アステリオスに声援を送る物も多く居た。

 どちらかというと防御に傾いたベルの戦い方は、玄人好みだった。一方、アステリオスの力に全てを任せるような豪快な戦い方は、単純明快で見ていてスカッとするものであった。

 パワーは十分。しかも、武器を器用に操っており、ただのモンスターとは思えない小技もまれに用いる。

 闘技場という場所に相応しいアステリオスの雄々しい戦い方は、このわずかな攻防だけで多くのファンを生んでいた。

 

『両者、(ゆず)りません! これが、これがオラリオ最高峰の『Lv.7』の戦いなのか!? わたくし、鳥肌が止まりません!』

 

『うおおおお! お前たちもガネーシャだッ!』

 

 実況も盛り上がり、『円形闘技場』の大歓声は最高潮に達した。

 

 その後も、ベルから派手な『聖剣技』が飛び、アステリオスの一撃は地面を揺るがした。

 戦いは十数分もの間続き、両者の鎧がボロボロになるまで攻撃の応酬が続いた。

 

 そして、ある瞬間、両者は示し合わせたかのように距離を取り、互いに息を調え合った。

 さらに、アステリオスは今の隙に気合いを高め、さらなる力を己の内から引き出そうとした。

 一方、ベルは、そんなアステリオスを見つめ、ポツリとつぶやいた。

 

「この技は、あなたを殺しかねないので使うつもりはありませんでした」

 

 ベルは、アステリオスとの激戦で破損してしまった盾をその場に捨て、さらに言う。

 

「でも、僕は……どうしてもあなたに勝ちたい。そう思いました。手加減していたことを謝罪します」

 

 次の瞬間、ベルと対峙するアステリオスは己の失策を悟った。

 相手は『神の恩恵(ファルナ)』を宿す冒険者。不用意に距離を取るべきではなかったと。

 

「【(きた)れ雷神、(とどろ)雷霆(らいてい)! 希望をもたらす光となれ!】」

 

『魔法』の詠唱。

 冒険者が持つ、逆転の一手。当然、アステリオスはベルがそれを行使できることには気付いていた。

 戦いの最中にベルにそれを使わせまいと、猛攻を続けることで隙を潰していた。

 だが、この日まで夢見続けていた宿命の相手との激しい戦いが続いたことで、アステリオスは『魔法』の存在をいつの間にか失念してしまっていた。

 

 アステリオスがベルに向けて駆けるが、しかし斧の攻撃が届く前に、ベルの詠唱は完了していた。

 

「――【ケラウノス】!」

 

『円形闘技場』の中心に、閃光が走った。

 

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