『学区』が
その知らせを受けて、ベルはすぐさまギルド経由で『学区』へと手紙を出した。
リリルカの下書きをもとに書いたレオン宛の手紙は、即日で『学区』へと届けられた。
本来ならばあり得ない速度での受け渡しだ。ただの冒険者が『学区』へ連絡を取ろうとすると、半月や丸一ヶ月かかることもざらである。しかし、ベルはギルド職員やギルド長に顔が利くため、最優先で処理されて異例の速度で発送されたのだ。
そして、手紙の返事は翌日、すぐに【ヘスティア・ファミリア】の
レオン直筆の手紙によると、正式にベルを【ヘスティア・ファミリア】の『
その返事にリリルカは喜び、すぐさまベルを港町に停泊する『学区』へと送り出そうとした。
だが、ここで【ロキ・ファミリア】からストップが入る。
別に、【ヘスティア・ファミリア】の『
ただ、【ロキ・ファミリア】からも『募眷族官』を派遣するので、オラリオからの出発日程を合わせようということであった。
そして、出発当日。ベルは、【ロキ・ファミリア】が手配した、オラリオから港町へと向かう立派な箱馬車に乗りこんでいた。
「まさか、『募眷族官』がアイズさんとは……」
「ふっふーん、意外やろー?」
ベルのつぶやきに応えたのは、ぼんやりと馬車に揺られるアイズではなく、なぜか同乗していたロキ神の方だった。
彼女はどうやら一人でアイズを現地に向かわせるのが心配で、引率としてついてきたらしかった。
『学区』に対する『
生徒の取り合いで争いに発展する可能性があるため、『学区』とギルドが、無許可での勧誘をしないよう取り締まりを厳しくしていた。さらに、『学区』の内部は機密情報にあふれているため、許可なく『学区』内に入場することはできない。
一方、【ロキ・ファミリア】はオラリオ有数の大規模派閥。
【ファミリア】入りを希望する生徒は多く、『学区』側から『募眷族官』の派遣を要請されての招待であるらしい。
その『募眷族官』にアイズが選ばれたのは、ロキの判断であるらしい。
しかし、ダンジョンに籠もりたがっていたアイズが露骨に嫌がったため、傘下の派閥で『学区』に行くことが決まったベルにアイズのお守りを任せることになっていた。
実際のところは、ベルとアステリオスの決闘を見て気が逸ったアイズが、連日のようにダンジョンに行っていたため、この機会に休ませようという【ロキ・ファミリア】上層部の意向が働いていた。心を許している様子のあるベルと一緒なら、アイズも少しは気を休めてくれるだろうという目論見もあったようだ。
そんな裏事情は、ベルとアイズが知るよしはない。
ロキ神も詳しい事情は説明せず、ベルに『眷族募集』についての説明を行なっていた。
「うちは採用基準を厳しくしとる。前回も、レフィーヤしか採用しとらんしな。ベルきゅんも、アイズたんがちゃんと厳しく見極めとるか、見てやってほしいんや」
「分かりました。僕の方は、自由に選んでいいんですよね?」
「ああ。そこまではうちも口出しはせえへん。できれば、将来有望な子を取ってほしいけどな」
「そこは、有望さよりも、団長と副団長に馴染んでくれるかどうかが優先ですかね……」
【ヘスティア・ファミリア】は団長が小さな
そんな話をしながらも馬車は進み、やがて港町へと到着する。
港付近には多くの人が詰めかけており、汽水湖に停泊中の巨大な『船』を遠巻きに眺めていた。
『学区』。正式名称を『海上学術機関特区』という。元々は、世界中からオラリオに有望な人物を集めて、ダンジョンの攻略に役立たせようと設立された機関である。
だが、今では学科も増え、学ぶ内容も増えた。その結果、オラリオ以外にも多くの人材を送り出す、立派な学び舎として機能するようになった。
そして、その『学区』の建物が存在する『船』。こちらの名称は『フリングホルニ』と言った。
直径七〇〇
この艦船は、『魔石』の力で宙に浮くのだ。
さすがにイヴァリースの古代に存在したという『飛空艇』ほどの高度は取れないが、海面すれすれを浮遊し、海中からのモンスターの攻撃をまぬがれることができる。あえて呼称するならば『浮遊船』。いや、もともとは『リヴァイアサン』討伐用の戦闘用の足場だったことを考えるならば『浮遊艦』という呼び名が相応しいだろう。
「はぁー、デカすぎー。港を占有し過ぎぃー。はた迷惑ぅ」
ロキ神が、馬車の窓からその威容を見て、そんな身も蓋もないコメントを述べた。
一方、ベルは初めて見る『学区』のあまりの大きさに、度肝を抜かれた。
一応は、ベルも事前に『学区』の概要を調べてきている。
『フリングホルニ』の構造は直径七〇〇Mの円盤が三層に重なっていて、それぞれ
そして、それぞれの円盤……
話には聞いていた。資料も見た。だが、実際に目にしてみると、あまりにも巨大で壮大すぎる。ベルは、『学区』を見て心底驚いていた。
「ベルきゅん、シャキッとしい。『募眷族官』は舐められたらあかんで。上から目線を貫くくらいでええ」
ロキ神にそう言われても、ベルの表情はなかなかもとには戻らなかった。
やがて、馬車は『学区』が停泊している区画である、港の造船所へと到着する。
馬車の停泊場で停止した馬車から、ベルたち三名が順番に降りようとした、そのときだ。
「来た! 【ロキ・ファミリア】!」
「うおお、本物の【剣姫】がいる」
「それよりも、『剣聖の弟子』がいるぞ!」
「本当に兎みたい、可愛いー」
「うおお、『半熟英雄』だ!」
「最強の『Lv.2』!」
「アイズ様ー! ベルきゅーん!」
造船所に停泊する『学区』。その
それだけ【ロキ・ファミリア】のネームバリューがあるという証明であったが、それ以上に、生徒たちはベル・クラネルという『最新の英雄』の姿を見たがっていた。
ミーハー気分で殺到している生徒がほとんどであるが、一部は巷で唄われる彼の
そんな視線をベルは察知するも、極力気にしないよう、普段通りの表情で受け流した。
彼は、ここへ自分の名声を高めるために来たわけではない。派閥の仲間を探すために来たのだ。
よって、ベルは有望そうな生徒を探し出すために、逆に学園層に詰めかける多くの者たちをさっと眺め、その立ち振る舞いを見極めようとするのであった。
◆◇◆◇◆
すんなりと『学区』へと入場したベルたちは、案内人の誘導でまずは校長室へと向かった。
下の層から順番に、制御層、居住層、学園層へと移動していって、艦橋である『
その塔の最上階に、校長室はあった。
その校長室には、一柱の神と、一人の教師が待ち受けていた。
神は、金髪を長く伸ばした線の細い男神。『学区』の主神の一柱、バルドル神であった。
入室してからというもの、ロキ神がその男神をひたすらににらみつけ、時には口撃を飛ばしている。
どうやら、ロキ神はバルドル神のことが嫌いなようだと、ベルはすぐに察した。
だが、バルドル神はというと、ロキ神の悪意ある言葉をのらりくらりとかわしながら、薄い笑みを浮かべたままにしている。
こちらは、別にロキ神を嫌っている様子はなさそうだと、ベルは一応の結論をつけた。
そして、室内にいるもう一人の人物。
彼こそ、この『学区』の教師であり、そしてベルをここに招待した者でもある、レオン・ヴァーデンベルクだ。
「あちらの
「はい、レオン先生。お久しぶりです」
「キミの活躍は、遠い国々にも届いていたよ。ずいぶん成長したようだ」
「そうだと嬉しいのですが……」
親しげに会話するレオンとベル。すると、一人放置される形になったアイズが、ベルの方を向いて、この男はなんなのと言わんばかりの目で見た。
すると、レオンはアイズの方に目を向けて、言った。
「そして、そちらは【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタイン嬢か。てっきり、レフィーヤあたりが来ると思っていたが、まさかキミが来るとは」
「えっと……?」
「ああ、失礼。私はレオン・ヴァーデンベルク。ここの教師をしている。よろしく」
「……よろしくお願いします?」
「アイズさん、レオン先生は『Lv.7』の【ナイト・オブ・ナイト】だよ。僕より強いんだ」
「!?」
二人の挨拶に、横からそんな言葉をベルが述べた。
この言葉には、アイズも驚いてレオンのことをマジマジと見てしまう。
「ははっ、今となっては、互角か、キミの方が上になっているかもしれないよ」
レオンがベルの言葉にそう反応するが、ベルが「まさかー」という態度を崩さないため、アイズはモヤモヤした気持ちになってしまった。
かつてオラリオ最強の剣士などともてはやされていたアイズだが、今はベルの方が剣に関しては上。そのベルが敵わないと言う『Lv.7』の『騎士』。アイズは、この人物とどう関わっていけば良いか、分からなくなってしまった。
だが、相手は思春期の生徒たちの相手を日々こなしている教師。
レオンはそれ以上、無駄にアイズの感情を刺激することもなく、ベルたちに本題を告げることにした。
「さて、二人は『
レオンが話を切り出すと、ベルも真面目な顔に戻って、彼の言葉を真剣に聴く姿勢になる。
「二人には、それぞれ『戦技学科』に所属する二つの『小隊』……二つのパーティを紹介したいんだ。彼らは、これから数日後に、ダンジョンへ実地訓練へと向かう。その『インストラクター』として、二人には付いていってもらいたい」
「『インストラクター』、ですか?」
聞き覚えのない単語に、ベルは聞き返す。
「ああ、教導者、監督者、先生……そんな立場だ。そして、その目で隊員たちを見極めて、自身の派閥に勧誘するかどうかの参考にしてほしい」
「……採用は、義務ではないですよね?」
「もちろんだ。あくまで、こちらは推薦する形だからね。ただ、『
報酬。レオンが提示するそれに、ベルはひどく興味を引かれた。
今さら、金銭的報酬など挙げてはこないだろう。ベルはそう確信していた。
では、仕事に見合った報酬とは何か。その答えをレオンはすぐさま告げた。
「『
「!?」
ベルの表情が驚愕に包まれ、アイズは知らない単語に不思議そうな顔をした。
そんなアイズに、レオンが説明を続ける。
「かつての最強派閥、ゼウスとヘラの眷族が用いていた絶技。それを私とオッタルは、盗み出した。私たちはこの技を敗れた『英雄』の残した光、『残光』と呼んでいる」
今度は、アイズの表情が驚愕に変わる。
レオン・ヴァーデンベルクにまつわる噂話は、アイズも聞いたことがある。曰く、『城を斬った』。曰く、『一太刀で万の兵を制した』。その噂が本当ならば、それを成した斬撃の正体とは――
「二人ならば、この『残光』を覚えられる可能性があると、私は見ている。二人とも、『付与魔法』を覚えているね? 雷と風。そう聞いている」
「はい」
「……はい」
「この技は、斬撃を放てる武器を持つ者が、『強化』に類する『魔法』や『スキル』を持ち合わせている場合に、放てると私は推測している。『付与魔法』も『強化魔法』に該当する可能性は高い」
レオンの言い様は、確実性のないあやふやなものであった。だが、それも仕方ないのだろうとベルは思う。
なにせ、その技はレオンとあのオッタルが、ベルの両親たちの派閥が使っていた絶技を見よう見まねで真似しただけの技なのだ。
だが、それでも、ベルにとってこれ以上ないほどの報酬だ。
「だから、二人が『
ベルが以前見せてもらった『残光』は、光を放ちながら飛ぶ斬撃だった。
それだけならば、『聖剣技』があればベルにとっては不要とも思える。だがしかし、レオンが放つ『残光』は、ベルの『聖剣技』とは比較にもならないほどの威力を持っていた。
少なくともベルは、長時間のチャージなしでは『聖剣技』で丘を斬れないし、城を真っ二つに斬ることもできないだろう。
その技を覚えられるかもしれない。ベルの全身にやる気がみなぎり、そしてアイズの瞳にも強い光が宿った。
それをレオンは『