ダンまちTACTICS   作:Leni

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79.思春期の少女

教導者(インストラクター)』として生徒を導く立場となったベルとアイズ。

 二人は一度オラリオに戻ってそれぞれの派閥に事情を説明してから、再び『学区』へと舞い戻った。

 それぞれ担当する小隊(パーティ)がダンジョンでの実習を終えるまでの期間、二人は『学区』の内部に泊まり込むこととなる。他の派閥ではありえない、特別待遇であった。

 

 もちろん、『学区』の内部には機密情報が山ほど眠っているため、自由に歩き回れるわけでもない。

 それでも、ベルは初めて訪れる『学校』という場所に、内心でテンションを上げていた。

 一方、アイズは数日後のダンジョン実習が始まるまでダンジョンに潜れないと知って、露骨にテンションを下げていた。

 

 そんな対照的な二人の様子をしっかりと見抜いている、教師のレオン。

 それぞれ二人が生徒たちにどんな影響を与えるかを考えながら、彼は二人を教室に案内した。

 

『戦技学科』の【バルドル・クラス】。

 ここに所属する生徒は、皆、バルドル神の『神の恩恵(ファルナ)』を受けている。だが、【バルドル・ファミリア】の眷族という扱いではない。

 過去にどこかの派閥に所属していた者が、他の神の派閥に『改宗(コンバージョン)』することは、なかなか難しい扱いを受けるのだ。下手をすると、間諜(スパイ)の疑いをかけられることになる。

 そこで彼らは、派閥(ファミリア)ではなく教室(クラス)に所属していると主張しているわけである。あくまで学校の生徒として、技術を学ぶために『神の恩恵』を受けていたという建前だ。

 

 その建前は、多くの場所で受け入れられた。現在では、『学区』は多くの『Lv.2』の生徒を抱えており、優秀な生徒たちを世界各国に送り出している。『戦技学科』からは、迷宮都市(オラリオ)の冒険者を始めとして、魔法大国(アルテナ)の宮廷魔導士、『帝国』の騎士、海洋国(ディザーラ)の海兵などが生徒の代表的な進路だ。

 

 そんな事情をベルは、事前にリリルカから学んで、この場に挑んでいた。

 だが、その事前情報のせいで、広い階段状の教室にレオンとアイズの二人と共に入室したベルは、教室内にいる生徒たちを見て少し驚いてしまった。

 

 想像していた筋骨隆々の戦士たちの集団はおらず、代わりにいたのは年若い少年少女の集まり。

 五十人ほどだろうか。種族も性別もバラバラで、ただ、年齢が十代ということだけは共通していた。そして、その顔つきは年相応にあどけない。彼らを見て、ベルはホッとした。オラリオの荒くれ者集団である冒険者たちよりは、取っ付きやすそうだと。

 

 そうするうちにレオンは教室正面の教壇へと進んでいき、ベルとアイズはその後ろを追った。

 

「本日は予定通り、『教導者(インストラクター)』の紹介と、迷宮都市(オラリオ)修学の概略説明(ガイダンス)を行なう」

 

 レオンのその言葉に、ベルとアイズの二人に集まっていた生徒たちの目が教壇に立つレオンへと向かう。

 

「【ロキ・ファミリア】から来ていただいた、アイズ・ヴァレンシュタイン。『第七小隊』の担当。【ヘスティア・ファミリア】から来ていただいた、ベル・クラネル。こちらは『第三小隊』の担当だ」

 

 レオンに紹介され、アイズは軽く一礼。

 一方、ベルは少し緊張しながら、「ベル・クラネルです」と自分の名を名乗った。

 

 すると、瞬時にワッと教室内が沸いた。

 

「【剣姫】! 『Lv.6』! 本物……!?」

 

「【見習い剣聖(リトル・ソードマスター)】が『第三小隊』担当!?」

 

「いや、うちの小隊に来てくれよ!」

 

「いいなー」

 

 ああ、ここでも自分の名が知られているんだな。ベルはそう感じて、誇らしくもあり恥ずかしくもありと、複雑な気分になった。

 それから騒ぎが治まってきたあたりで、ベルとアイズは生徒たちに交じって着席するようレオンに促される。

 

 すると、アイズはベルを置いて空いた席へと歩いていき、着席してしまった。その両隣は、空いていない。

 アイズと隣の席の方が安心だったのだが、ベルは仕方なしに中央付近の階段沿いの席に座った。

 

「わっ……」

 

 ベルが着席すると、隣の席に座っていた少女が小さく驚き声を上げる。

 

 その少女を見て、ベルはふと、既視感に襲われた。

 リボンでまとめられた茶褐色(ブラウン)の髪。

 ベルと同年代の幼い顔に、緑玉色(エメラルド)の瞳。

 そして、エルフよりも短い尖った耳。その少女は、半妖精(ハーフ・エルフ)であった。

 

「エイナさん……?」

 

 ベルは、既視感の正体である、自身のアドバイザーの名前を口にした。

 

「えっ!? お姉ちゃんを知っているんですか?」

 

「ええっ、エイナさんの妹さん……!?」

 

「う、うん。私、ニイナ・チュールって言います」

 

「えっと、ベル・クラネルです。お姉さんにはお世話になっています。よろしく」

 

「よろしくお願いします……!」

 

 互いに挨拶を終えたところで、教壇に立ったままのレオンが言った。

 

「さて、いろいろ話したいこと、聞きたいことはあるだろうが、概略説明(ガイダンス)を先にさせてもらう」

 

 その発言に、半妖精の少女、ニイナはハッとなって正面へと向き直る。

 ベルも正面を向き、レオンによるダンジョン実習の概要を逃さず聞くのであった。エイナさんは何も言っていなかったよね、などと思いながら。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「お姉ちゃんとは、私の物心がついて以降、一度も会ったことがないんだ」

 

 概略説明の後、ベルとアイズは生徒たちの質問攻めにあった。それをなんとかこなしたベルは、ものすごく姉のことを聞きたそうにしていたニイナと、二人で話をすることにした。他の生徒たちには、ニイナの家族の話だと同行を断った。

 そしてニイナから飛びだしてきたのが、先ほどのまさかの発言である。

 

「お姉ちゃんと会ったことがあるなら分かるよね? 結構、年が離れているんだ」

 

 ……そうかな? ベルはそう思った。

 ベルの記憶の中のエイナは、頼りがいがあるが若い。確か、二十歳を迎えたかもうすぐで迎えるかぐらいの年のはずだ。

 一方、ニイナは自己紹介によると、十三歳。兄弟姉妹の間では、十分ありえる歳の差であろう。

 それが、ニイナの物心がついた時点ですでにそばにはいなかったとは、どういうことだろう。ベルは首を傾げた。複雑な家庭の事情があったらどうしようなどとも思ったが、そういう雰囲気ではない。

 

「お姉ちゃんは、私が大きくなる前に『学区』に入学したんだって」

 

「なるほど……」

 

「だから、お姉ちゃんの顔も声も知らないの。でも、そっか。ベル君から見ても、私と似ているんだね」

 

「うん、見た目の年頃は違うけど、一瞬、エイナさんがいたかと思ってびっくりしちゃったよ」

 

 ベルとニイナは、年が一歳しか離れていないということもあり、すぐに仲良くなって互いに敬語をやめていた。

『学区』内にある公園のベンチで隣り合って座っている。その二人の仲睦まじい姿は他の生徒に見られたら、逢い引き(デート)中と勘違いされても仕方がないだろう。

 

「そっかぁ……」

 

 それから、ベルはニイナから彼女の知るエイナのことを聞き出していった。ニイナが聞いてほしそうにしていたと、なんとなく思ったからだ。

 

 エイナは、ニイナが育った街でも有名人だった。なんでも、類を見ない才女と言われていたとか。

 そんな姉をニイナは会ったこともないのに自慢に思っていて、やがてニイナは姉を追うように『学区』へと入学した。

 その時点で姉のエイナはすでに、『学区』を出てオラリオのギルドに就職していた。だが、ニイナは『学区』でも姉の優秀な逸話をたくさん聞いた。

 

 そしてニイナは、これまでしていたように姉の後を追うように授業を選択して……挫折した。

 姉が履修し単位を取った授業に、妹であるニイナはついていけなかったのだ。

 

「私、故郷にいた頃はお姉ちゃんができたっていうことは全部真似してやってみたけど、どれも普通にできていたんだ。でも……『学区』に来たら、化けの皮が剥がれちゃったんだね。私は結局、お姉ちゃんみたいにはなれなかったんだなぁ……」

 

 ニイナの言葉をベルは相づちを打ちながら聞いていく。いつの間にか、姉のエイナの話でなく、ニイナ本人の身の上話に話題が移っていた。

 ベルがニイナに対して言いたいことは、いくらでもあった。慰めの言葉を口にすることもできただろう。しかし、彼女に何かを伝えるのは、全ての言葉を聞き終えてからにしよう。ベルはそう思った。

 

「だからかな。私は、お姉ちゃんと違う道を選んだんだ。お姉ちゃんは運動が苦手だったらしいから、私は最初に所属していた『教養学科』から『戦技学科』に移ったの。そうしたら、『魔法』を発現しちゃってね。ああ、私は本当に、お姉ちゃんとは違うんだなって思った。良い意味か、悪い意味かは分からないけど」

 

 ベルには兄弟姉妹はいない。だから、ニイナの気持ちは分からない。

 姉と違う才能を見出した彼女が、それを嬉しがっているのか、悲しがっているのかが分からなかった。

 

「ねえ、ベル君。お姉ちゃんって、私のことについて何か言ってた?」

 

「ううん。今日まで、エイナさんに妹がいるなんて知らなかったよ」

 

「『学区』の話をしたときも、何も言っていなかった?」

 

「エイナさんと、『学区』の話をしたことはないかなぁ。冒険者とアドバイザーの関係だからね。ダンジョンや冒険者としての在り方の話ばっかりしているよ」

 

「そっか……私ね、お姉ちゃんから定期的に手紙を貰っているの。全部読んでいるんだけど、『学区』に来たあたりから、返事を書けなくなっちゃったんだ」

 

「…………」

 

「ねえ、ベル君。初めて会ったあなたに、こんなこと聞くのも変だけどさ……。私、どうしたらいいと思う?」

 

 ニイナに問いかけられ、ベルはようやく自分の意見を口にすることとなった。

 それは、最初のニイナの言葉から、ずっと思っていたこと。

 

「会いにいこう」

 

「えっ?」

 

「せっかくオラリオに『学区』がやってきて、本物のエイナさんに会えるんだから、会いにいこうよ」

 

「えっ、でも、私、手紙の返事とかしていなくて……」

 

「手紙で伝えられないなら、正面から会って、お互いに言いたいこと全部言い合えばいいんだよ」

 

「でも、でも、私、どんな顔して会えばいいか分からないよ」

 

「どうも、私がニイナです、初めまして妹ですって顔をして会えばいいよ」

 

「ええっ……」

 

「そもそも、ニイナはエイナさんを神聖視しすぎじゃないかな? 確かに優秀だけどさ、別に完璧な人じゃないよ」

 

「ムッ……」

 

 ベルの言い様に、ニイナの表情がこわばる。

 それをベルはあえて無視して、さらに言う。

 

「ギルド内部の人間関係に揉まれて四苦八苦しているし、上司の無茶振りに泣きそうになっているし、自分の体調管理も完璧じゃないんだ。僕は治療系の『スキル』を使えるんだけど、徹夜で働いてボロボロになった状態で、『スキル』を使ってほしいって僕に頼んでくるんだ。で、僕の派閥の団長に、一人で仕事を抱えすぎ、他の人に適切に割り振れって、よく叱られているよ」

 

「えっ、えっ、ええっ……!?」

 

「だから、ニイナもエイナさんと実際に会って、良い所だけじゃなくて、悪い所も知っていくべきだよ。だって……」

 

 ベルは、ニイナの緑玉色の瞳をジッと見て、彼女に向けて告げた。

 

「家族って、そういうものでしょう?」

 

 そのベルの言葉に、ニイナは何か感じるところがあるのか、その場で考え込み始めた。

 その最中、ベルは「僕には兄弟姉妹はいないから、想像で言っただけなんだけどね」という話のオチをグッと我慢して、ニイナの考えがまとまるまで待った。

 

 それからニイナは、しばらく悩んだ後にエイナと会う意思を固めた。

 ベルは、そういうことならと団長のリリルカに手紙を出して、エイナとニイナの面会をセッティングしてもらうよう頼むことにした。そこまで大事にしなくても、とニイナは言うが、ベルは姉妹の初めての顔合わせなんだからと言って、手紙を出すことは撤回しなかった。

 

 なお、ベルが初対面であるニイナから、ここまでスムーズに身の上話を引き出せたことには、一つの理由がある。

 

 今の彼は、『話術士』という『ジョブ』に就いていた。その名の通り、『話術』に通じた存在であり、口先で初対面の相手を【勧誘】したり、言葉巧みに相手を【説得】したりすることができる『ジョブ』であった。

 ベルは、この『ジョブ』がもたらす口の上手さに、ある種の恐ろしさを感じた。『募眷族官(リクルーター)』なのだからとリリルカに勧められるとおり『話術士』になって、本当によかったのかと話の途中何度も後悔しそうになった。

 そしてその結果、目の前にいる思春期の少女の悩みを解決できそうな話の流れに落ち着いて、これでよかったんだとベルはホッと一安心した。

 

 ニイナが【ヘスティア・ファミリア】に相応しい眷族候補かどうかは、まだまだ交流を深めないと分からない。

 だが、彼女はベルが担当する『第三小隊』の小隊長だ。仲良くなることに越したことはないと、ベルは自身が『ジョブ』の力で少女の悩みを聞き出したことを内心で正当化した。

 

 そうして、ベルとニイナは話を終えて公園を後にし、あらためてベルはニイナに『学区』内部の案内を受けることになった。生徒が運営する商店で買い食いをして、外から見ると逢い引き(デート)中と勘違いされても仕方がない行動を取る二人。

 そんな逢い引きもどきの行動の最中、ふとベルは周囲が騒がしくなってきたことを感じ取った。

 

 生徒たちが、一方向へと向けて移動しながら、口々に何かを噂している。

 ベルとニイナは、お互い『神の恩恵(ファルナ)』によって上がった聴力の効力でその噂話を耳に入れ、今、『学区』内で巻き起こっている事件を知った。

 

「【剣姫】が決闘をするってさ! 相手は『戦技学科』の生徒だ!」

 

 その言葉を聞いて、ベルは両手で顔を覆った。

 

「アイズさんから、目を離すんじゃなかった……」

 

 だが、もはや手遅れ。ベルたちが向かった先では、すでにアイズが『第七小隊』の小隊長を一方的に打ち負かした後だった。

 

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