ダンまちTACTICS   作:Leni

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83.遠征に向けて

「あらためて、今回の『遠征』に至る経緯を確認しておこう」

 

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『黄昏(たそがれ)の館』。

 そこにある会議室で、団長のフィンは言葉を告げながら部屋を見渡した。

 

 この場にいるのは、バラエティ豊かな顔ぶれであった。

【ロキ・ファミリア】の幹部たち、【ヘスティア・ファミリア】の団員三人、【ヘファイストス・ファミリア】の団長、【ディアンケヒト・ファミリア】団長、そして『学区』の教師レオンだ。いずれも、今回の『遠征』に参加する主要人物たちである。『遠征』に関わる有力派閥の中では唯一、【フレイヤ・ファミリア】の団長だけが来ていない。しかし、彼が今回の会議に出る予定は、もともとなかった。

 

「前の冬の終わり頃に行なった『遠征』で、僕たち【ロキ・ファミリア】は『穢れた精霊』の尖兵と戦った。それが全ての始まりだ」

 

 その始まりは、ベルがオラリオに到着するよりも以前の出来事である。

 未到達階層の更新を目指していた道中で、未知なる極彩色のモンスターと遭遇した【ロキ・ファミリア】。武具を破損させる腐食液を撒き散らすモンスターの群れを前に撤退を余儀なくされ、彼らの『遠征』は失敗に終わった。

 

 その後、極彩色のモンスターは地上の都市部や、オラリオの地下水路にも現れるようになる。

 極彩色の『魔石』を埋め込まれた怪人(クリーチャー)が、ダンジョン内で冒険者と衝突することもあった。

 

 ダンジョンの奥深くに、何かがいる。そう考えたフィンとロキ神は、今年二度目の『遠征』を敢行(かんこう)。前回の失敗を踏まえて備えを十分にした結果、【ロキ・ファミリア】はダンジョンの59階層まで無事に辿り着いた。

 そこで彼らは、ダンジョンで巻き起こっている『異常事態』を知る。

 

 本来の59階層は『氷河の領域』と名付けられている極寒地帯だ。しかし、彼らが辿り着いたその場所には、蒸し暑い密林地帯が広がっていた。

 そこで彼らは、『穢れた精霊』が産み出した『精霊の分身(デミ・スピリット)』と戦い、これを撃破する。その過程で『穢れた精霊』本体の位置を特定し、それを成果として地上へ帰還した。

 

「『穢れた精霊』は、古代に天界から下界へ降りた『精霊』が、ダンジョンのモンスターに取りこまれてしまった存在だと推測されている。『精霊』の個体名は不明。だが、ヤツはアイズに執着し、その身柄を狙っていることまでは分かっている」

 

『古代の精霊』と聞いて、英雄譚をよく知るベルの興味が膨らむが、彼は努めて我慢して余計なことを言わないようにした。

 ただの下部組織の平団員に、この場での発言権はないのだ。

 

「その後、僕たちは『穢れた精霊』の力を利用しようとする勢力と戦ってきた。『闇派閥(イヴィルス)の残党』、【イシュタル・ファミリア】、『都市の破壊者(エニュオ)』……この場にいる皆の協力もあって、その全てを撃破することができた。あらためて、感謝を述べさせてもらう」

 

 そう、【ロキ・ファミリア】は、それらの勢力と人知れず戦ってきた。

 ヘルメス神が広めてしまったことで、今では人知れずではなく、多くの者たちの知るところとなったのだが……。

 

「最後に唯一残ったのが『穢れた精霊』の本体だ。これの目的は、ダンジョンから地上への進出。そして、ダンジョンから地上への道を塞ぐ(ふた)であるオラリオの破壊だ。それを阻止するため、僕たちは今回の『遠征』で『穢れた精霊』を討滅する」

 

 フィンは、拳を握りながら強い口調でそう語る。

 

 目標を定めてから、数ヶ月の間向かえなかったダンジョン『深層』の奥の奥。そこに、敵の本体は潜んでいる。

 本体の位置特定から今日まで日を置いてしまったが、それにはどうしようもない事情がある。そこまで深い階層への『遠征』は、ひどく費用がかかるからだ。

 数ヶ月の間、放置して力を蓄えさせる形となってしまった『穢れた精霊』。それが鎮座すると思われる位置。それは……。

 

「ダンジョン60階層。それが今回の目標階層だ。みんな、激戦を繰り広げる『準備』と『覚悟』をしてくれ」

 

 フィンのその言葉を聞いて、冒険者たちの目にやる気の火が灯る。

 気迫は十分。あとは、詳細を詰めていくだけ。フィンは、わずかにうずく親指を抑えながら、可能な限りの事前準備を進めていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 その日の夜、【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)

 炉の女神ヘスティアの眷属たちは、『遠征』に備えて最後の【ステイタス】更新を行なっていた。

 

「『Lv.3』には、なれませんでしたか……」

 

 三人とも更新を終えた後に、リリルカがリビングでホットミルクを飲みながら愚痴をこぼすようにそう言った。

 すると、暖炉に薪を継ぎ足していたヘスティア神が、呆れたように言葉を返す。

 

「いや、そんな数ヶ月で簡単に【ランクアップ】はできないからね?」

 

「でも、『Lv.2』と『Lv.3』では、『遠征』でのポジションがだいぶ変わってくるのですよ。ただの使い走りのサポーターとなるか、少しでも戦える要員となれるか、大きな差があります」

 

「フィン君が、リリ君をただの使い走りで済ませるかなあ?」

 

「うっ、戦闘以外で面倒な役割を現地で押し付けられそうなので、そういうことはあまり言わないでください」

 

 そんな会話をしている横で、『派閥体験(インターン)』中のニイナが、ベルに向けて興味深そうに尋ねた。

 

「ベル君は、【ステイタス】伸びていた? あっ、話せないなら話さなくてもいいよ」

 

「うん、大丈夫。可もなく不可もなく、かな。ここで『遠征』に役立つ『スキル』でも生えていたらありがたかったんだけど、そんな都合よくはいかないよね」

 

「あはは、そりゃあそうだよ。そんな簡単に『スキル』が芽生えていたら、ダンジョンなんて簡単に攻略できちゃうよ」

 

「そうだね。……ニイナ、ごめんね。せっかく『派閥体験(インターン)』に来てくれたのに、『遠征』で中断になって」

 

「ううん。『遠征』の準備の手伝いも、貴重な体験だったよ。ダンジョンに潜るだけが冒険者じゃないんだって、知れてよかった」

 

 天真爛漫な笑顔で、ニイナが言う。

 すると、一人、『アルヴの清水(せいすい)』をチビチビと飲んでいたリューが、ポツリと言った。

 

「ベルは、本当に良い人材を勧誘してきましたね。リリルカもこっそり褒めていましたよ」

 

「ええ、こんなにすんなり『派閥体験(インターン)』に来てくれるとは思いませんでした」

 

 ベルがニイナの方を見ながらリューにそう答えると、ニイナは少し照れながら言う。

 

「私は【ロキ・ファミリア】みたいな大きな所よりも、こういう家庭的な派閥の方が安心できますけどね。【ヘスティア・ファミリア】を希望してよかったです」

 

 ニイナが『派閥体験(インターン)』を希望してから、一週間以上が経過している。

 その間に、ニイナは持ち前の明るさと人懐っこさで、すっかり【ヘスティア・ファミリア】に馴染んでいた。団長のリリルカを侮ることもなく、副団長のリューとぶつかることもない。唯一の男性であるベルと色恋沙汰で面倒を起こすこともなければ、主神のヘスティア神とも即座に仲良くなった。

 

 このまま行けば、彼女の【ヘスティア・ファミリア】入りは確実だろうと、派閥の皆が思っていた。だが、正式入団の前に【ロキ・ファミリア】の『遠征』の予定が入っていた。

 もちろん、ダンジョンに全く慣れていないニイナをこの『遠征』へ連れていくわけにもいかない。

『遠征』の間、ニイナは『学区』に戻り『卒業』の準備を進めるつもりらしい。ベルたちがニイナを受け入れたのと同じように、ニイナ本人もこの派閥を大いに気に入ったようだ。

 

「『遠征』の無事を『学区』で祈ってます! あっ、でも、今回の『冒険』もヘルメス様が叙事詩にするなら、物語の一員になれなかったことだけは残念かな?」

 

 そのニイナの言葉に、ベルとリューは互いを見て、笑い合った。

 ヘルメス神が今回の『遠征』の(うた)を作るか作らないかで言うと、絶対に作るだろう。

 なにせ、『穢れた精霊』の存在は、彼が書きつづった物語『狂乱の戦譚(オルギアス・サガ)』で、すでに下界の多くの人々の知るところになっているのだ。彼の者との『決戦』が行なわれたとなると、その結末を知りたがる人々は多いだろう。そこに燃料を投下したがる神であるとは、この場に居る誰もが思っていた。

 

 ならば、彼らにできることはその叙事詩の結末をハッピーエンドで飾ることだけだ。

 ベルと、リリルカと、リュー。三人は来たる『遠征』へ向けて、『竈火(かまど)の家』にて身体を休めるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 深夜。オラリオ北東部の一角で、鍛冶師(スミス)の工房がこんな時間にもかかわらず炉を燃やしていた。

 いや、むしろ夜こそが、鍛冶師の時間。炉の火の温度を見極めるためには、周囲が暗い方が都合は良いのだ。

 そんな深夜の鍛冶工房で、ヴェルフ・クロッゾが一心不乱に『魔弾』の加工を続けていた。

 

 彼も、【ロキ・ファミリア】の『遠征』へ上級鍛冶師(ハイ・スミス)の一人としてついていくことが決まっていた。

『Lv.2』では本来ありえない待遇。だが、彼が作りだしたいくつかの武器の功績が認められ、派閥の団長から特別に同行を許されていた。

 しかし、階位(レベル)が低いからといって足手まといとなることは、絶対に許されない。ゆえに、彼は己の作りだした武装である『ガンブレード』と『魔銃(マガン)』の弾丸を十分な数そろえるため、深夜遅くまで鍛冶仕事を続けていた。

 

 だが、夜遅くだというのに、彼のもとに一人の客が訪れる。

 いや、客ではない。同業者だ。しかも、圧倒的に上の立場の者。彼が所属する派閥の団長その人であった。

 

 褐色の肌に、極東を連想させる長い黒髪。主神ヘファイストスと同じく片眼に眼帯をしており、その顔は美しい。

 長身のハーフドワーフの女性、椿(つばき)・コルブランドだ。

 

「おう、ヴェル(きち)、邪魔するぞ」

 

「……なんだ、団長か。自分の準備は良いのか?」

 

「なんだとはなんだ。これでも手前は団長として、『遠征』に向かう団員たちの調子を見て回っておるのだ。ヴェル吉は……心配するまでもなかったようだな」

 

 椿は、ヴェルフの作りだした数々の『クロッゾ』の力が宿った『魔弾』を見て、ニヤリと笑った。

 そして、工房の中を一通り見て、少し残念そうに言う。

 

「『クロッゾの魔剣』は打っていないのか?」

 

「あんなかさばるもの、今さら打つかよ」

 

「そうか、残念だ……ん? 待て、あそこにある刀、もしや『クロッゾの魔剣』ではないか?」

 

 工房に並ぶ作品をあらためて一つ一つ検分していた椿は、ふと抜き身のままの刀を見つけ、それを『魔剣』だと見抜いた。

 すると、ヴェルフは作業の手を止め、椿へと振り返る。

 

「それか。ベルのやつが刀を扱えるようになったっていうから、試しに打ったんだよ」

 

「ほうほう、刀で『魔剣』とは、また珍妙な」

 

「詳しくは話せないが、ベルの『スキル』に刀が必要なんだ。刀鍛冶の一門ごとに『スキル』の効果が変わるらしくてな。俺の刀と、『クロッゾ』の刀で違いがあるか調べるために、二振り打った。『魔剣』じゃない刀の方は、今はベルの手もとにある」

 

「なるほど。それはもしや、手前の打った刀でも……」

 

「『魔剣』じゃない方の俺や同僚たちの刀は、【ヘファイストス・ファミリア】の作品としてまとめて扱われたから、団長の刀も俺の刀と同じ効果になるはずだな」

 

「むう……気になる……。ヴェル吉、今度、ベル・クラネルに手前の刀を進呈していいか?」

 

「ふざけろ。俺と専属契約している冒険者を横から奪おうとするなよ」

 

「だが、鍛冶師によって効果の変わる『スキル』など、気になるではないか!」

 

「うちの派閥の刀は補助に優れた効果だから、『遠征』中に見る機会もあるんじゃないか。本人も、あの『スキル』のことは隠していなかったからな」

 

「それなら、そのときに手前の刀も使わせてみるか!」

 

「だから、人の客を奪おうとするんじゃねえ」

 

「ハッハッハ! 楽しみだなあ!」

 

「聞けよ!」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「オッタル。あなたが『Lv.8』に至る日が、近づいてきたわね」

 

「はっ……」

 

「そんな顔しないの。あなたが試練を終えるまでの間、少し出かけるだけじゃない」

 

 摩天楼施設(バベル)最上階。『美の女神』フレイヤが所持するフロアにて、オッタルが『遠征』についてフレイヤ神と言葉を交わしていた。

 

『遠征』におけるオッタルの役割は、【ロキ・ファミリア】が先に進むための露払い。だが、その払う相手はオッタルにとって因縁の相手、49階層の『階層主(バロール)』であった。

 普段ならば、オッタルが【ランクアップ】を狙おうとすると、美神の寵愛を独占したがる他の【フレイヤ・ファミリア】の幹部たちが邪魔に入ろうとする。だが、今回に限って、それは起こりえない。

 オッタルが『階層主』に挑む当日、【フレイヤ・ファミリア】の主要メンバーはオラリオにはいないのだ。

 美神フレイヤが眷属たちを引き連れて、オラリオの外へ竜退治に向かうためである。

 

 先日、『竜の谷』にいる『隻眼の黒竜』が、『竜の(いびき)』をした。

 眠りについている『黒竜』が『風印(ふういん)』を揺らめかし、その際に生じたひずみから『黒竜』の(しもべ)である竜があふれ出すことが、しばしば起きるのだ。

 そして、そのたび下界では竜による被害が巻き起こる。いわゆる訪竜問題であった。

 

 今回、谷から降りた竜は、『ヴェノムスカイ・センチピード・ドラゴン』という『Lv.7』相当の力を持つとされる強大な存在。

 これに対処できる者は下界でも一握り。そこに都合よくオラリオで手の空いていた【フレイヤ・ファミリア】が、討伐隊として選ばれたのだ。

 

 もちろん、フレイヤ神は竜退治などには興味を持たない。依頼されたところで、無視するのが常だ。

 だが、フレイヤ神はこの機会にオラリオの外を漫遊して、自身の『伴侶(オーズ)探し』をしようと画策していた。

 

 そのフレイヤ神の危険すぎる旅に、自分は付いていけない。その事実をオッタルは歯がゆく思っていた。

 しかし、フレイヤ神はオッタルに対し、『階層主』との戦いに専念せよと(めい)を下した。この機会を逃しては『Lv.8』への【ランクアップ】は一生望めない。そう、オッタルを(さと)したのだ。

 

 そうして、オッタルは敬愛する美神の神託による【ランクアップ】と、美神の旅の安全を(はかり)に掛けることとなった。

 結果、オッタルは苦渋の末に【ランクアップ】を選んだのだが……それでも、美神の無事を心配せずにはいられなかった。

 

 オッタルにとってこの『美の女神』は敬愛すべき主神ではあるが、その一方で母のような存在でもあった。

 幼少期に美神フレイヤに拾われた孤児のオッタルは、本当の母というものを知らない。

 拾われた当初、己の名前すら知らなかった彼は、目の前の美神によって名を授かった経緯がある。

 

 つまり彼にとって、美神が唯一の母親であり、派閥の本拠に建つ『銀の屋敷』が唯一帰るべき実家なのだ。

 

 未だ現れない『伴侶(オーズ)』を探そうとする美神。そんな彼女をオッタルは、嫉妬の感情で止めるようなことはしていない。していないが、苦々しくは思っており苦言は口にする。そして、できれば今後も己の手で、美神の身を守り続けたいとも思っている。

 

猛者(おうじゃ)】オッタル。彼は神々の言葉でいう『マザコン』をこじらせているのかもしれない。

 それを自覚しているのかいないのか、オッタルは敬愛する主神にからかわれながらも、旅立つ彼女へ不満の態度を隠そうとしなかった。

 

 そうして三者三様の夜は更けていき、『遠征』の日がまた近づく。

 

 朝日と共に起きだした冒険者たちは、各々が自分のできることをして『遠征』の準備を進めていく。

 それぞれの方法で英気を養い、決戦に向けて『覚悟』を決める。

 

 やがて、出発の日が訪れる。

 オラリオの期待を一身に背負った【勇者(ブレイバー)】が、『派閥連合』を率いて『穢れた精霊』の潜むダンジョンへと挑む。

 




・『都市競技祭典(オラリオビアード)』は?
ギルドの財政が潤っていて『人造迷宮』から採掘したオリハルコンの扉の在庫も十分なので、『学区』からはオリハルコンを徴収せずに普通に適量を購入しました。なので『学生闘争』も『都市競技祭典』も発生していません。
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