巨大な紫色の『脳』に繋がった三ツ目の『精霊』が、アイズを見下ろしながら叫ぶ。
『アリア! 会いたかった! ずっと、ずっと、ずっとずっと会いたかったの! アリアァ!』
対してアイズは、嫌悪感を露わにして相手をにらみつけ、うなるような低い声で言う。
「……私はアリアじゃない」
だが、『穢れた精霊』は。魔物に捕食され、とうの昔に狂いきった『精霊』は。
アイズの言葉を否定して、さらに叫ぶ。
『ううん、アナタは天の姉妹! 私のイモウト! 嵐
『脳』に埋まった巨大な瞳をギョロギョロと動かしながら、『精霊』は言う。
『私の最後の
美しい『精霊』の顔が歪みきり、唾液に濡れた長い舌が唇の隙間から覗く。その表情は、相手が完全に堕ちた存在であると、この場にいる皆に認識させるには十分であった。
醜悪極まりない『穢れた精霊』を前に、アイズを含めた十八人の勇士たちは各々の武器を構えた。
『あぁ、待って! アリア、アナタに会わせたいオトモダチがいるの!』
『穢れた精霊』がそんなことを唐突に言い出すが、冒険者たちは既に戦闘体勢に入っており、止まる様子は見えない。そもそも、これから討伐する相手と会話を成立させたところで、今さら得る物など何もないのだ。
だが、次に『精霊』が言い放った言葉に、思わずといった様子で一部の者の動きが止まる。
『おいで、レヴィス』
『精霊』が口にしたその名は、かつてアイズが『魔城』攻略時に退治した
そして、物陰から進み出て来た者の姿を見て、さらに多くの者が驚愕の表情を見せた。
「あの子は!?」
「【デメテル・ファミリア】の人!?」
「亡くなったはずでは? ……怪人にされていたのか」
そう。『
『穢れた精霊』にレヴィスという名で呼ばれたそのエルフは、胸部に『魔石』を埋め込まれていた。
弱点でもあるその『魔石』は、鎧や服で守られることすらなく露出し、極彩色の輝きを放っている。
人に極彩色の『魔石』を植え付けると、
しかし、その怪人が、すでにアイズが灰に変えたはずのレヴィスと『穢れた精霊』から呼ばれているのは、どういうことか。
その理由を【ロキ・ファミリア】の面々が知ることはないが、全ては『穢れた精霊』のおぞましい実験によってなされたものである。
大昔にダンジョンの内部で死んだ、一人の冒険者。
その魂を『穢れた精霊』が回収し、極彩色の『魔石』に入れ、七等分して七つの小さな『魔石』に分けた。
その後、『穢れた精霊』がダンジョン内で新たに冒険者の死体を回収するたび、その分けた『魔石』を一つずつ植え付けてきた。
それが、複数体存在する怪人レヴィスの正体。
【デメテル・ファミリア】のエルフの身体を乗っ取った七体目のレヴィスは、その真実を語ることもなく真っ直ぐアイズを見つめた。
「お前が、アリアか」
「……違う。私はアイズ」
「そうか。だが、お前がこいつにとってのアリアなら、それでいい」
そうして、エルフの少女となった怪人レヴィスは、その全身から魔力を放出し始めた。
魔法の発動の兆候。
それを感じ取った瞬間、皆が一斉に行動を開始した。
ベートとティオナが怪人レヴィスの前に飛びこみ、それぞれ攻撃を加えようとする。
一方、ベルはレヴィスとアイズを結ぶ射線上に飛びこみ、盾を構えて防御の体勢を取った。
「【
詠唱をしたレヴィスだが、『魔法』の発動よりも早く、ベートの剣が極彩色の『魔石』を貫いた。
アイズの前にはベルが立ちふさがり、周囲を他の冒険者たちが囲む。
そして、ベートが砕けた『魔石』から剣を引き抜き、遅れて追いついたティオナが
『Lv.6』の膂力により、レヴィスの上半身と下半身は泣き別れになった。
しかし。
『魔石』を貫かれ死んだはずのレヴィス。灰へと変わるはずの身体。霧散するはずの魔力。
それがどういうわけか、魔力は逆に膨れあがり真紅の
「――死を対価にした『
オラリオ屈指の魔導士であるリヴェリアが、その魔法円から発動しようとしている
瞬間、フィンが叫んだ。
「アイズを守れ!」
レオンが盾を前面に出しながら魔法円に向けて飛び出し、ベートとティオナも武器を構えつつ魔法円の前に立ちふさがる。
ベルは剣を鞘に収めて、両手で盾を持ってアイズの前で防御体勢を強める。
皆に守られる形となったアイズは、警戒心を露わにして『呪詛』を回避できるよう身構えた。
もし巨大な『竜』が突っ込んできたとしても、彼らなら耐えられるだろう。
その守りを前にして、『呪詛』が発動する。
上半身だけになりながら、脳内で『呪詛』の名を唱えたレヴィスが、灰へと変わるのと同時の出来事だった。
――【テスタルス・ルーイン】。
魔法円から、真紅の光が勢いよく突き進む。
ベートとティオナがその光に武器を叩きつけるが、その勢いは全くゆるまない。
身を
後衛から『魔法』が複数飛ぶが、そのどれもが光の進行を防げない。
そして、盾を構えるベルすらも光は通り抜ける。さらに、その真後ろで飛び退いたアイズに、真紅の光が追尾してそのまま直撃した。
瞬時に、アイズに対して『呪詛』が降りかかる。
それは、なんてこともない小さな効果。
『
誰も傷付けない。誰も呪わない。だが、誰にも止められない。
命という代償を払ったゆえに、命の重さをもって進み発動する。この場にいる誰もが、ちっぽけな『呪詛』の絶大な重さに対抗できなかった。
誰にも止められなかった『呪詛』の効果により、アイズの内部でレヴィスの『遺言』が再生された。
『遺言』は音や文字ではなく、『魂の共鳴』によって作用する。
『遺言』の内容は、魂を七分割される以前、冒険者だったころのレヴィスの死に様を伝えるもの。
しかし、よりによって冒険者時代のレヴィスを殺した存在は、『竜』であった。
アイズが心の底から憎む『隻眼の黒竜』ではない、ただのダンジョン内に潜む『竜』。
しかし、『魂の共鳴』により、アイズはレヴィスと自分を同一視してしまった。
『竜』に敗れ、死ぬ
「――あ、ああああああああ!」
アイズは両手で握っていた愛剣をその場に取り落とし、頭を抱えて絶叫を上げた。
アイズには精神汚染に抵抗できる強力な【
だが、命を代償にした『呪詛』がもたらす光景は、その『スキル』の守りすらも貫通してアイズに衝撃と絶望を与えた。
「アイズさん!?」
背後から聞こえた絶叫に、ベルが勢いよく振り向く。
その次の瞬間、アイズの全身から『暴風』が吹き荒れた。
「ガアッ!?」
「グウッ!」
それにより、アイズを守るように周囲に構えていた者たちが、一瞬で吹き飛んだ。
「グウウウッ!」
その中で唯一、ベルがとっさに盾を捨てて、その場で踏ん張って『暴風』に耐えた。そのまま、ベルはアイズへと手を伸ばす。
しかし、この一連の行動は、『アリア』を捕食せんとする『穢れた精霊』にとって、明確な隙となった。
『アハッ!』
地面がうごめき、天井から生えた肉の柱が落下し、壁から触手が迫る。
アイズを捕食するため、『魔界』が本領を発揮した。
だが、『暴風』に一度吹き飛ばされようが、この場には四人もの『Lv.7』がいる。
フィンが、ガレスが、リヴェリアが、そしてレオンが、各々の最適解の動きで捕食を防がんとする。
そして、もう一人、『Lv.7』相当の者がいる。
ベルは、『暴風』を放ち絶叫を上げ続けるアイズの手を取り、鎧に包まれたその身に引き寄せた。
両腕でアイズを抱え込んだベルは、迫り来る肉の波を避け、蹴りで触手を打ち払ってアイズを守った。
『アアアアア、もう!』
さらなる肉の触手を四方から生やし、ベルに抱えられたアイズへと伸ばそうとした。
しかしここで、この場の誰もが予測していない方向に、事態が転がる。
突如、ベルの足下から『氷壁』が生まれ、彼ごとアイズを包み込んだのだ。
「!?」
「これは!」
『穢れた精霊』の触手を打ち払っていたフィンとガレスが、まさかの事態に驚きを露わにする。
「『
リヴェリアが、瞬時に『氷壁』の正体を見破った。
アイズを『氷壁』で包んだ第三勢力。それは、ここ60階層の真下に存在する領域に潜む者。
その何者かがアイズを護ろうと、ベルと同じようにアイズに向けて己の腕を伸ばしたのだ。リヴェリアは、そう察した。
だが、皮肉なことにその第三勢力の護りは、アイズを護ろうとしていた者たちの足を引っ張ることになった。
自由に動いて捕食から逃れていたベルごと『氷壁』で包み込んだ結果、『穢れた精霊』の伸ばす肉壁と触手が彼らへ届くようになったのだ。
そうして、『穢れた精霊』は再び笑う。
『――アハッ!』
今度こそ、『穢れた精霊』はアイズを捕食せんとする。
地面に敷かれた紫肉を動かし、巨大な口へと変えて『氷壁』に包まれたベルごと、アイズを呑み込んだ。
『アハァァァァァ! アリアァァァァァ! これでアナタは、私のモノ!』
『穢れた精霊』が、勝利宣言のごとき叫び声を上げる。真っ当な理性が残っているとは思えない大声が、空間に響く。
だが、彼女は気付いていない。
自分が、とんでもない
◆◇◆◇◆
『穢れた精霊』によって呑まれてしまったベル。
紫肉の内部に放り込まれた彼は、いつの間にか腕に抱えていたはずのアイズと分断されていた。
その紫色の肉壁内部で、『穢れた精霊』がアイズだけでなく、己の肉体と魂も捕食しようとしていることをベルは敏感に感じ取った。
だが、その一方で、彼は自分を護ろうとしている存在も感じていた。
それは、『
イヴァリースから持ち込んだ力が、『穢れた精霊』の魔の手からベルの肉体を守護している。
その証拠に、ベルの周囲に存在する肉の壁は彼を押しつぶそうとせず、一定距離から近づけずにいた。
では、魂を消化するはずの『穢れた精霊』の力はというと、こちらも機能不全に陥っていた。
ベルの魂に取り込まれた『
「……ああ、そうか。『精霊』は、この世界に存在しないモノを消化できないのか」
ベルは自分がまさに、『穢れた精霊』の体内に潜む
『魔石』も、『魂の結晶』も、『聖石』の加護も。全ては、
この世界の天界出身の『精霊』と、ダンジョンに由来する『魔物』のハイブリッドである『穢れた精霊』。彼女は、この異世界からやってきた
――それなら、こっちはどうだ?
ベルは、アイズを『呪詛』から守ろうとした時に鞘に収めていた《エクスカリバー》を抜き放った。
異世界に伝わる聖なる騎士剣。鞘からそれを抜いた瞬間、神聖な光が肉の壁を押しのけてベルの周囲に空洞を造り上げた。
「……よし、いける。後は、アイズさんを助けるだけ!」
ベルは光に照らされた肉壁を聖剣で突き破り、見失ってしまった『剣の友』を探した。
そして、彼女はすぐに見つかった。
ベルは、切り裂いた紫肉の壁の先に別の空洞を発見した。
そこには、氷をまとい、剣を抜き、全身から白と黒の風を放出して『穢れた精霊』からの侵食に対抗しているアイズがいた。
「アイズさん!」
「……!」
アイズは、戦っていた。
【
そんなアイズを見たベルは、とっさに『魔法』の詠唱を開始していた。
「【大地を肉体とする
ベルは【
それはつまり、彼は今、『穢れた精霊』が取り込めない
「――【ゴーレム】!」
異世界の力が、肉壁の空洞に顕現する。
次元を渡って『幻獣』が呼び出され、守護の光をアイズとベルに振りまいてすぐさま消え去った。
それと同時に、アイズを護る『氷』に重なるようにして、『岩』がアイズを護るようになった。
その後、肉壁に覆われた床を踏みしめながら、ベルは無事にアイズのもとへと辿り着く。
怪人が放った『呪詛』の衝撃からは、すでに抜け出しているのだろう。アイズの精神状態は、平静であった。
そんなアイズは、予備の剣を手に握ったままベルに目配せした。
アイズが握るショートソードには、力強い光が宿り始めていた。
その光を見て、ベルはすぐさまアイズの狙いを察する。
だがアイズは、あえてベルに向けてその言葉を伝えた。
「ベルさん……
「
アイズの狙い。それは、『残光』をこの場で放つことで『穢れた精霊』の体内を破壊して、内部から脱出しようというもの。
ベルはアイズの求めに応じ、すぐさま己の剣に雷の光をまとわせ始める。
二人の剣から発する強い光が空洞を満たし、やがてアイズは肉の壁の一点を見つめた。
ベルも、アイズの見つめる先に狙いを付け、剣を構える。
そして。
二人は同時にその力を解放した。
「『残光』……!」
「『残光』!」
風と雷。
双つの力をまとった光が、二人を
・ゴーレム
物理攻撃をオートで防いでくれる召喚魔法。ただし、FFTのゴーレムはFF5ほど有能ではなく、人間ユニットの通常物理攻撃のみを防ぎ、モンスターの物理技は防いでくれません。
今回の場合、ゴーレムの力そのものが『穢れた精霊』にとっては異物になるため、モンスターがどうこう関係なくアイズの守りとして機能しました。