『穢れた精霊』の体内を突き破り、肉に満たされた空間からの脱出に成功したベルとアイズ。
肉塊を吹き飛ばしながら飛び出した二人の目に飛びこんできたのは、進攻部隊による戦いの光景であった。
ベルとアイズを除いた十六名の勇士たち。それが陣形を組み、大量の敵と対峙している。
まず彼らの目に入ったのは、巨大な『竜』。ベルにはその正体を知るよしもないが、この『竜』は『穢れた精霊』から侵食を受けたアイズの記憶から再現された、『隻眼の黒竜』だ。
そして、地を埋め尽くすように出現しているのは、なんと蒼い肌をした裸のアイズの群れ。『穢れた精霊』がアイズの力を取りこんで生み出した、『
さらに、『穢れた精霊』が過去に取りこんできた他の『精霊』の末路とも抜け殻とも言える存在、『
極めつけは、複数体の『
無数の強敵が冒険者たちを潰さんと、陣の外側から圧力をかけ続けている。
だが、これらは全て『穢れた精霊』が、アイズを己の体内に取りこんで、吸収した力でもって成した成果。
アイズが脱出に成功した今となっては、これ以上、力を吸い取ることはできず、追加の戦力は投じられないことを意味していた。
それを知ってか知らでか、ベルが叫ぶように言った。
「アイズさんは無事ですッ!」
すると、最前線で『
「でかした! 小僧、アイズ、『精霊の分身』を討て! あヤツら、『精霊の
『精霊の六円環』。遥か遠い昔に、『最古の六精霊』が『邪竜ニーズホッグ』を討つために放ったとされる【大秘術】だ。
「……ッ、了解しました! アイズさん、行きましょう!」
「……分かった」
アイズの視線は、レオンが対峙する『隻眼の黒竜』の再現体、『
だが、アイズもこの状況ではさすがに竜退治よりも、優先すべきことがあると分かっているのだろう。
取り落とした愛剣を拾っていたサポーター役のラウルから、無事にアイズは剣を受け取る。そして、彼女はそのまま、捨てた盾を同じくサポーターのアナキティから受け取ったベルと共に、『精霊の分身』への対処に走った。
「【天の願いを胸に刻み、心頭滅却!】――【聖光爆裂破】!」
まずはベルが、前方に向かって『聖剣技』でもって、『剣気』を直進させた。これにより、立ちはだかる『
その拓けた空間へ、本物のアイズが『魔法』を使いながら突進する。
「【
暴風を伴って真っ直ぐ進んだアイズは、フィンたちを囲み詠唱を続ける『精霊の分身』の一体に肉薄する。
「――『残光』」
わずかな溜めと共に放った光の斬撃が、母体となったモンスターごと『精霊の分身』を両断した。それからわずかに遅れて、相手は灰の山へと変わる。
一方、アイズの援護を終えたベル。彼は、アイズの行き先を見ることすらせずに詠唱を開始していた。
「【
雷をまとう『付与魔法』を己に掛け、まずは攻撃力と機動力を高めた。
すると、そのベルに駆け寄る者がいた。陣に迫る『精霊の残骸』と戦っていたベートだ。
「ベル、雷を寄越せ!」
「!? はい!」
ベルは剣を振り、ベートの足下に向けて雷撃を飛ばす。
すると、ベートの武装であるブーツ《フロスヴィルト》が雷を吸収。ベートの脚のまわりに紫電が走る。
「オラァッ!」
気合いを入れて叫びながら、ベートは詠唱を続ける『精霊の分身』の一体への道を拓くように、雷撃をまといながら突撃していく。
そして、敵を蹴散らしたところで、再びベートは叫ぶ。
「ベル、行けェ!」
ベートの拓いた道をベルが駆ける。雷の付与により爆発的な加速を伴ったベルの突進が、『精霊の分身』の一体を弾き飛ばす。
そして、体勢を崩した巨躯の『精霊の分身』へ向けて、ベルは剣を振るった。
「『残光』!」
突進の間も剣に溜めていた雷光でもって、アイズと同じように『残光』を放つ。
ダンジョンの67階層にいるという『ヴェノムスカイ・センチピード・ドラゴン』に取り付いた『精霊の分身』は、雷に飲まれ灰の山へと変わった。
「残り四体じゃ!」
ベルの援護にまわったベートの代わりに後衛の前に陣取り、『精霊の残骸』の進攻を防ぎながらガレスが叫ぶ。
その直後、ガレスが守り続けていた後衛が、攻勢に出た。
「輝け――【アストレア】!」
「――【レア・ラーヴァテイン】!」
リューの『
「ええい、二体じゃあ!」
ここまでの四体の『精霊の分身』討伐で、進行部隊を囲んでいた敵の群れには隙間が多くできている。
そこをスルスルと縫うように通り抜けて、ティオナとティオネのコンビが『精霊の分身』の一体のもとへと辿り着いた。
「こっちは任せてー!」
「アイズ、心配かけた罰として、帰ったら何か
双子による、アイズに負けない暴風のような連携攻撃が、『精霊の分身』の身を削っていく。
これで、今も詠唱を続けている『精霊の分身』は残り一体。
その残りの一体の前に、指揮官であるはずのフィンが正面から敵を蹴散らしつつ辿り着いて、槍で攻撃を仕掛けた。
今のフィンは、自身に掛けた『戦意高揚』の『魔法』の副作用により狂戦士と化している。よって、指揮をガレスに任せて大暴れしている最中であった。
『戦意高揚』で爆増した【ステイタス】の力で、フィンは『精霊の分身』を槍先で一方的に穿ち続けていった。
もちろん、六体の『精霊の分身』を討つ戦いの最中にも、他のモンスターによる猛攻が数に劣る冒険者たちの陣形を脅かしている。
しかし、戦い続ける前衛の後ろには、頼れる魔導士や
「【ディア・フラーテル】!」
「【ヴェール・ブレス】!」
オラリオ最高の治療師アミッドが前線を支え、レフィーヤが『
もちろん、【ロキ・ファミリア】の他の幹部候補たちも、持ち込んだ道具や己の『スキル』、『魔法』でもって援護を続けている。
全員が、全力以上を出して戦っている。数では負けているが、千年前から始まった
「よーし! これで!」
「しゃあっ、オラァ! 見てくれましたか、団長ーッ!」
数に頼る『精霊』の勢力に対し、質に優れた冒険者たち。その奮闘の結果、全ての『精霊の分身』は倒れた。
これにより、『精霊の六円環』の発動という全滅の危機は、なんとか退けられた。
『ああああああ! どうして、どうしてえ! アリアァァァァァ!』
天井の『脳』からぶら下がる『精霊』が悲鳴のような叫び声を上げ、両手で頭を掻きむしった。
髪は乱れ、美しかった姿が見る影もなくなっている。
そして、『穢れた精霊』は六体の『精霊の分身』を失い、天秤は再び傾いた。冒険者の方へと。
「なんとか
「――ふぅ、少しくらい指揮を任せたくらいで、そこまで怒らなくていいじゃないか」
『精霊の分身』を単身打ち倒したところで、ようやくフィンの『魔法』の効果が切れる。
これにより、フィンは冷静な思考を取り戻した。
その様子を見て、ガレスは大きく息を吐いてから言った。
「お主がアイズは絶対に戻ってくると言ったから、一時的に任されたんじゃ。戻った以上は、指揮官はお主じゃ」
「やれやれ……。それじゃあ、みんな。あらためて生きて帰る『覚悟』はできたかい? 『穢れた精霊』を討つよ」
ガレスから
「アイズ。望み通り、『竜退治』を任せる。早くしないと、レオンが倒してしまうよ」
「!?」
ベートと共に『精霊の残骸』を
『精霊竜』は、今もレオンと一対一の形で激しい戦いを繰り広げていた。
「ベル。『穢れた精霊』を討て。堕ちた『精霊』の魂を救う『英雄』になるのは、キミだ」
「――はい!」
二人に指示を出し、フィンはさらに言った。
「『魔界』を二人の『黄昏』で塗りつぶせ……!」
フィンの言わんとすることを、アイズとベルの二人は正しく理解した。
そして、二人は己の放てる最大の一撃を撃つため、『スキル』の名を宣言する。
「……【
「――【
暴風が吹き荒れ、鐘の
二人が持つ同名の『レアスキル』。その効果は『チャージ』。
図らずも同時に名を宣言した二人は、剣をそれぞれ構えてその場で力を溜め始めた。
そして、力を蓄える二人を援護するため、フィンの指示を待つことなく全員が動き始めた。
『アアアアア! なにこれぇ! うるさい、うるさあい!』
『穢れた精霊』が、頭を掻きむしりながら叫び声を上げる。
すると、それに応じるように『精霊竜』が雄叫びを上げ、その大口から『
だがしかし、その吐息がベルとアイズに届くことはない。
レオンがアイズをかばうように盾で防ぎに入り、ラウルたちサポーター陣がベルを護るように『精霊旗』を振り回した。
さらに、嵐のような『竜の吐息』が終わった後も、前衛たちはそれぞれアイズとベルを囲むように陣形を作り、何者も近づけさせないように守りを固めた。
後衛は、それぞれ前衛たちを援護するために『魔法』の詠唱を開始する。
ここに来て、冒険者たちがさらなる一手を打とうとしている。
それをようやく察した『穢れた精霊』が、残された全戦力を彼らにけしかけようとした。
残りわずかとなった『
だが、【
そして、その猛攻の最中にも、剣士二人の『チャージ』は続く。
聖なる風と黒き風が渦巻き、アイズの《デスペレート》に集束していく。
大鐘楼の音が少しずつ大きくなり、ベルの《エクスカリバー》が強く輝く。
『アアアアア! 護って、私を護ってェ!』
高まり続ける二人の力に恐れを感じたのか、『穢れた精霊』が己の盾にするために『精霊竜』の配置を変えた。
他の配下たちも『穢れた精霊』を護ろうと移動を始め、『精霊竜』の前に集結する。
「――残念、それは悪手だ」
そんな冷淡な声が、大空間に響く。
『精霊竜』に張り付かれ動きを封じられていたレオンが、ここに来て
彼は、ここまでの『精霊竜』との戦いで力を高め続けていた『強化魔法』の力でもって、全力の『残光』を放った。
肉壁に覆われた暗い空間に、光が満ちる。
一瞬で、『精霊竜』の前に展開していた全ての存在が消し飛んだ。
これまでにベルやアイズが放った『残光』とは、比べ物にならない威力。これにより、『穢れた精霊』に味方する者はもはや『精霊竜』のみとなった。
そこで、満を持してアイズが溜め続けた力を解き放つ。
「――リル・ラファーガ!」
聖魔の風をまとったアイズの突進が、宙に浮く『精霊竜』を真正面から貫く。
嵐をまとう『精霊竜』は、それ以上の暴風に全身を蹂躙される。やがて『精霊竜』は、その身を維持できなくなり空中で灰へと変わった。
そして『精霊竜』を討ち取った勢いのまま、上空で身をひるがえしたアイズ。
彼女は、眼下で力を溜め続けるベルを見下ろし、珍しく大きな声を出してその名を呼んだ。
「――ベルさん! 今!」
アイズの声が、ベルに届く。
その声に応じるように、ベルは大鐘楼の音を響かせる聖なる
「【大気満たす力震え、我が腕をして、閃光とならん!】」
光り輝く聖剣が振り下ろされ、極限まで高められた『剣気』が解き放たれる。
「――【無双稲妻突き】!」
無数の雷光がほとばしり、聖魔の一撃でもって巨大な『脳』と『精霊』の本体を貫く。
『脳』が、『精霊』が、『剣気』によって原型を留めなくなるほど破壊される。
大気が震え、階層全体が大きく揺らいだ。
『アアアアア! アリアァァァァァ!』
『精霊』の最期の叫びと共に、全ては灰へと変わっていく。
千年以上もの間、ダンジョンの奥底で妄執に囚われていた『穢れた精霊』は、ここに討ち果たされた。
次回、第一部エピローグ。