ダンまちTACTICS   作:Leni

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9.ベル、初めてのダンジョン

「ダンジョン行きとか、認めるはずがないじゃないの!」

 

 迷宮都市オラリオの管理機関『ギルド』。その本部にて、職員の怒鳴り声が響いた。

 見目麗しいハーフエルフの女性。丁寧にアイロンがけされたギルドの制服を着た、アドバイザーと呼ばれる冒険者の監督官の一人である。

 名は、エイナ・チュール。【ヘスティア・ファミリア】の団長であるリリルカ・アーデの担当をしている、若き敏腕アドバイザーだ。

 

 そのエイナは、目の前に立つリリルカへ向けて、極東の代表的モンスターである『(オウガ)』のような形相を浮かべていた。

 

「ですから、今日に限り、ベルさんはリリがサポーターとしてしっかり導きます。ですから何も問題はありません」

 

 そのエイナに対し、リリルカは努めて無表情でそう言い返した。

 だが、そのリリルカの態度は、エイナの逆鱗に触れるだけであった。

 

「問題しかありません! 冒険者登録したばかりの新人が! 講習も受けずにダンジョンに潜る! 絶対に許さないわよ!」

 

「しかし、説明した通り、ベルさんはとある国の元騎士で、傭兵の経験もあり、モンスター討伐や戦争への参戦もしたことがある生粋の剣士です。ダンジョンの上の階層で一日戦う程度、わけないですよ」

 

「リリさんの口の上手さには、もう騙されないわよ! まず『初層』じゃなくて上の層って言い方が怪しいし、一日って具体的に何時間潜るつもりなの!」

 

「チッ、鋭い人ですね……」

 

「舌打ちしたぁ!」

 

 女性二人の言葉の応酬。それをベルは、リリルカの横でハラハラしながら見守っていた。

 だが、ベルが口出しできることはない。なにせ、彼はダンジョンのことは右も左も分からない新米冒険者で、【ファミリア】の団長であるリリルカに全て任せるしか手はないのだ。

 

「仕方ありません……」

 

 しばらく言い合いを続けた後、リリルカはエイナの説得を諦めたのか、そう言ってため息を吐く。

 

「やっと分かってくれたのね。じゃあ、これからその子の講習を……」

 

「ベルさん、行きましょう」

 

「行きましょうって、ちょっとリリさん!? まさかダンジョンに行くつもりじゃあ――」

 

「お叱りは『戦争遊戯(ウォーゲーム)』後に、【ヘスティア・ファミリア】が存続していたら聞きますので」

 

「それって、聞くつもりがないってことじゃないの!」

 

 と、そんな怒声を背後に聞きながら、ベルはリリルカに手を引かれながら、二人でギルド本部を走って後にした。

 そして、『神の恩恵(ファルナ)』を与えられていないギルド職員では追いつけない速度で少々走った後、リリルカはベルの手を離してギルド本部のあるメインストリートを真っ直ぐと進み始めた。

 

「えーと、あれ、よかったの?」

 

 リリルカに先導されてダンジョンへと向かいながら、ベルは円筒状のバックパックを背負う前方のリリルカへと問いかけた。

 すると、リリルカは振り返ることも無く言葉を返してくる。

 

「よくはありません。ですが、今は講習などに時間を割いている余裕などありませんから」

 

「それはそうだけど……」

 

「ちなみにあのアドバイザー様……いえ、エイナさんの講習は長いですよ? 確実に一日丸ごと潰れます。もし、あの方が本気で講習をするつもりなら、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の終了日まで講習が続いてもおかしくはありません」

 

「そんなに」

 

「なので、後でお叱りを受ける覚悟で、今日はダンジョンに潜るとしましょう」

 

 リリルカのその言葉に、ベルは納得を見せて、メインストリートを歩き続けた。

 そして、彼らは都市の中央部に立つ、長大な塔『バベル』へと辿り着いた。

 この『バベル』こそ、ダンジョンの入口がある建物。モンスターが湧き続けるダンジョンに対する(ふた)、モンスターに対する堅牢な(とりで)である。

 

 リリルカはその『バベル』に慣れた様子で進んでいき、ベルを伴って地下一階へと降りていく。

 地下一階は広大な円形の空間で、その中央には大穴が空いている。

 その大穴には側面に沿って、階段状の坂が長い螺旋を描いていた。これこそが、ダンジョン1階層への入口だ。

 

「さあ、ベルさん。行きましょう。『冒険』の始まりです」

 

 リリルカのその声に、ベルの胸はわずかに高鳴った。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 ベルにとって、初めてのオラリオのダンジョン攻略。

『初層』と呼ばれる1階層から始まったその冒険は、ベルにとって、あまりにもあっけないものだった。

 薄青色に染まったわずかに輝く壁面と床、天井。そこから音を立てて湧き出すモンスター。

 緑色の肌をした醜悪な人型モンスター『ゴブリン』に対し、ベルは鋼の直剣を軽く横薙ぎに振るう。すると、『ゴブリン』はその一撃だけで息絶えた。

 

 ここまではベルの予想通り。いくらダンジョンのモンスターが地上のそれよりはるかに強いとは言っても、まだ1階層だ。

 階を下ることに敵はどんどん強くなっていくのだろう。ベルはワクワクした気持ちで、『ゴブリン』の死骸から『魔石』を回収しようとするリリルカを見た。

 すると、サポーター用の手袋を『ゴブリン』の血で濡らしながら、リリルカは軽い感じで言った。

 

「やはり楽勝ですね。一気に5階層まで行って、数を稼ぎますか」

 

「え、一気に5? 危なくない?」

 

「いいえ、全く。ベルさんの強さを『Lv.3』相当と仮定すると、ソロでも万全の準備をすれば、18階層までは行くだけなら行けてしまうでしょうね。でも、リリの方の強さの限界と用意したアイテムの関係で、今日は5階層までが命の危険が少ない安全圏ギリギリです。正直、そこでもベルさんは楽勝でしょうね」

 

 その言葉に、ベルは内心ガッカリした。

 胸躍る冒険は、彼を待ってはいなかった。

 

 そうして、ベルはリリルカの案内で、『初層』である1階層と2階層を越え、地下に進んでいき『上層』に区分されている5階層まで一息に辿り着いた。

 道中のモンスターは、全てベルが倒した。

 というのも、リリルカは槍を持って鎧を身に付けてはいるが、バックパックを背負ったサポーターという冒険者の手助けをする職業のスタイルを今日は取っている。

 今回のダンジョン攻略は、ベルに『JP』を稼がせることが目的。よって、リリルカが横から獲物を倒して、ベルに入るはずの『JP』をかっさらうわけにはいかないという判断であった。

 

 そうして、淡い緑色に変わったダンジョンの壁面からのモンスター出現に気をつけながら、5階層のモンスターをなぎ倒していくベル。

 その最中、ふとベルは自身の身体に違和感を覚えた。

 

「うーん……」

 

「どうかいたしました? 飽きてきましたか? 我慢してください」

 

「いや、そうじゃなくて、なんだか身体の動きに違和感があるというか、何かがズレているというか……」

 

 ベルがそう答えると、リリルカは思い当たることがあったのか「ああ」とうなずき、説明を始めた。

 

「ベルさんは、昨日『神の恩恵』を受けて、人として一つ上のランクに上がりました。これは比喩や概念的な話ではなく、実際に一つ上の強さを身に付けたのです。つまり、身体能力がベルさんの想定を超えて、上がりすぎているんです」

 

 今のベルは、急激な身体能力の向上に、精神がついていけていない状態である。要するに、今の身体に慣れていないのだ。

 納得したベルはリリルカから少し離れ、その場で剣を一回振るった。

 やはり、ズレを感じる。ベルは心の中でそう思った。

 

「……これは修正しなくちゃ、『戦争遊戯』で致命的なミスを起こしそうだ」

 

「そうですか……。今、気づけてよかったです」

 

「これをたった一日で解消する必要が……団長、今日は遅くまで付き合ってもらうことになるよ」

 

「リリは、もとよりそのつもりですよ」

 

 そうして、ベルはリリルカの案内で5階層を進む。

 ダンジョンは、基本的にルームと呼ばれる広間と、そのルーム同士を繋げる通路の二つで構成されている。

 通路は狭く、武器の取り回しに難がある。よって、冒険者はおおよそルームでモンスターと戦うことを選ぶ。

 

 そのルームの中から、リリルカは他の冒険者がいなさそうな場所を選んで移動し、モンスターの横槍を警戒しつつたむろしているモンスターをベル一人で討伐させる。そして、戦いが終わってから、リリルカはモンスターから『魔石』を回収していく。

 

「ねえ、リリ団長……」

 

「なんでしょうか? モンスターの魔石は基本的に、胸部周辺に埋まっていますよ」

 

「いや、そうじゃなくて……。僕の剣を散々目立つだの高いだの言っていた割に、団長の槍も戦闘中、ものすごく目立っていない?」

 

 器用に槍の先でモンスターから魔石をほじくり出すリリルカに、ベルが突っ込むように言った。

 リリルカの持つ槍、《ヘスティア・スピアー》は黒一色の無骨な金属槍だ。だがしかし、手に持って構えることで、紫紺色の燐光を放つ特徴的な槍である。正直なところ、黄金の騎士剣である《エクスカリバー》と目立ち具合は同じくらいあった。

 

「そうですね。なので、リリは普段、正規ルートを外れて、人と遭遇しないように気を付けながら戦っています」

 

「でも、上の方の階層はそこまで広くないんだよね?」

 

「ええ。でも、一人二人に見られる分には構いません。ダンジョンの入口や正規ルートといった、実力者が混在する多くの人たちに見られることが危険なんです」

 

「そうなんだ……」

 

「ベルさんの持っていた剣はどちらも豪奢でしたから、鞘に入っているのを見るだけで高価そうだと分かります。リリが盗人(ぬすっと)なら、サポーターの振りをして近づいて、隙を見て盗んで逃げますね」

 

「具体的だなぁ……」

 

「リリがサポーターだったころ、実際にそうやってダンジョンの入口で目星を付けて、駆け出し冒険者から高価な武器を盗んだことがあります」

 

「うわあ……」

 

 自身の団長の抱えるヤバそうな過去に触れつつも、ベルはリリルカに案内されながらダンジョンの『上層』を攻略していく。

 やがて、二人はルームを五つ攻略した。そこでベルはリリルカに言われ、『魂の結晶(クリスタル)』の力の編集画面を開いて『JP』の獲得量を確認する。

 

「どうでしょうか、ベルさん」

 

「んー、四匹倒して、ようやく『1JP』溜まるってところかな」

 

「そうですか……」

 

「このペースじゃ、とても新しいアビリティは覚えられそうにないね」

 

 今回の暫定目標、『移動+1』の移動アビリティ習得に必要な『JP』は、200。単純計算で、八〇〇匹のモンスターを倒す必要がある。しかし、この5階層で一日に八〇〇匹のモンスターと遭遇することは、難しいとしか言えないだろう。

 

「残念ながら、今日は身体のズレの修正に専念する形になるのかな」

 

 ベルがわずかに気を落としてそう言うと、リリルカは『魔石』をモンスターの死骸から回収する手を止めて、ベルに向けて言った。

 

「いえ、そうですね……ベルさん。ダンジョンの洗礼を味わってみるつもりはございますか?」

 

「えっ?」

 

「ギルド本部で会ったアドバイザー様、エイナさんは『冒険者は冒険してはいけない』と口癖のように言います。冒険者は、常に死と隣り合わせですからね。ですが……今は、『冒険』をするべき時だと思うのですよ」

 

 リリルカのその言葉に、ベルは編集画面から目を離して、自分を見つめるリリルカの目を見つめ返した。

 ベルと目を合わせながら、リリルカは告げる。

 

「行きましょう、7階層に。そして、モンスターの大群をなぎ倒しましょう」

 

 リリルカの目に宿る力強い光を見て、ベルの胸は高鳴った。

 

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