記憶なき少女は戦場にて   作:ヨリヨリ

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アルテミス要塞

 

 

 

アークエンジェル・格納庫――

緊急収容の管制が走る中、白き機体が滑り込んでくる。

ホワイト・ゼロ。

コックピットハッチがゆっくりと開き、その中から少女の影が現れた。

 

ノーマ・レギオ。

焦点の合わない瞳で、彼女は格納庫の光を見つめる。

すぐ隣には、同時帰還したストライクの姿。

 

「あ……よかった……守れた……」

 

安堵の吐息が漏れた、その瞬間――

ふっと力が抜け、ノーマの身体が前のめりに崩れる。

 

「ノーマッ!」

 

駆け寄る声――

ムルタ・アズラエル。彼の声に反応してクルーたちも一斉に集まってくる。

 

「彼女が――!」

 

「早く、医務室へ!」

 

誰かが叫び、誰かが手を伸ばそうとするその時、

アズラエルが一歩前へ出た。

 

「大丈夫です。僕が、彼女を連れていきます」

 

静かな声。それでいて、有無を言わせぬ断固たるものがあった。

 

優しく、しかし迷いのない手つきでノーマを抱き上げる。

その頬に触れる髪が、汗と戦塵に濡れていた。

 

誰もがその姿に言葉を失う中、アズラエルは足早にその場を離れる。

振り返りもせず――まるで、それが当然の責任であるかのように。

 

――ノーマが命を懸けて護ったもの。

――その重さを知る者だけが、あの腕に彼女を抱けるのだと。

 

格納庫には、まだ戦の名残が漂っていた。

だがその背中だけは、どこか静かな安寧をまとっていた。

 

彼女が望んだ“終わりなき戦いの、その合間の安らぎ”を――

今、少しだけ与えることができるのなら。

 

ムルタ・アズラエルの瞳は、わずかに細められていた。

 

 

 

 

 

柔らかい照明が灯る室内で、ノーマ・レギオは静かに目を開けた。

赤いバイザーは外され、光を受けた瞳が、天井の淡い灯を映していた。

 

「……目を覚ましましたか?」

 

声をかけたのは、椅子に腰掛けていたムルタ・アズラエルだった。

その表情は、いつものように飄々としたものではなく、どこか安心したような柔らかさがあった。

 

ノーマはゆっくりと視線を動かし、小さく頷いた。

しばらく、言葉はなかった。

 

けれど――

 

「……私、守れた……?」

 

ぽつりと、問うように漏れた言葉。

それは、自信ではなく、確認だった。

 

「えぇ。それはもう、完璧に」

 

アズラエルは、冗談めかすこともなく、真っ直ぐにそう答えた。

その声が、何よりの証だった。

 

「……そう。……よかった」

 

ノーマは、ほんのわずかに目を伏せる。

その顔には安堵と、微かな疲労の影が浮かんでいた。

 

「もうすぐアルテミスです。歩けますか?」

 

アズラエルの問いに、ノーマは身体を起こし、ベッドの縁に座る。

そして、軽く足を下ろして――

 

「……平気」

 

その声は小さいが、はっきりと芯があった。

 

医務室のドアが開き、ふたりはゆっくりと廊下に出る。

そのときだった。

 

「これっ!!」

 

小さな声と足音が、ふたりに駆け寄ってきた。

振り返ると、5、6歳ほどの女の子が、小さな手で何かを差し出していた。

 

「……?」

 

ノーマが目を瞬く。

差し出されたのは――カラフルな折り紙で折られた、小さな鶴だった。

 

「この船、守ってくれたんでしょ?」

 

女の子は無邪気な笑顔を浮かべていた。

その後ろから、慌てた様子の母親が駆けてくる。

 

「す、すみません!何してるの、ほら――!」

 

「構いませんよ。ね?ノーマ」

 

アズラエルが微笑を浮かべて言うと、ノーマは少し驚いたように視線を向けた。

だがすぐに、どこか気まずそうに、けれど優しく――

 

「……え、あ……うん」

 

小さな手で、そっと折り紙を受け取る。

 

「ありがとう!守ってくれて!」

 

そう言って、女の子は母親に連れられて戻っていく。

去り際に、もう一度振り返って、

 

「また折り紙作るねー!」

 

ふたりはその背中を、しばらくの間、黙って見送った。

静かな廊下に、温かな余韻だけが残る。

 

「……ね? 守れたでしょ?」

 

アズラエルがふと、優しい声で囁く。

 

ノーマは、胸元にそっと折り紙の鶴を当て、両手で包み込むように抱きしめた。

その仕草は、幼い少女のようで――そして確かに、戦いの中を生き抜いた者の強さを滲ませていた。

 

 

 

何も言わず、ただそのまま―

彼女は、小さな“ありがとう”の重さを、胸に刻んでいた。

 

 

 

 

地球連合軍 アルテミス基地 ――会議室

白く無機質な壁に囲まれた広い会議室。長机を挟んで数名の地球連合軍将校たちが厳然と並び、中央にはアークエンジェルの艦長マリュー・ラミアス、副長ナタル・バジルール、そしてブルーコスモス代表、ムルタ・アズラエルの姿があった。

 

会議室の片隅には、赤いバイザーを外したノーマ・レギオが静かに立っていた。その瞳は鋭く、誰にも視線を向けず、ただ空間を射るように見つめている。

 

「――こちらは緊急避難を目的とした艦隊行動中であり、今回の戦闘も自己防衛に準ずるものです」

 

マリューが冷静に説明する。

だが、アルテミス要塞司令官――ジェラード・ガルシアは、鼻で笑うように言った。

 

「避難、ねぇ……まったく、ナチュラルらしい方便だ。

連合の最新鋭戦艦が、G兵器を携えて“避難”とは……いや、感心するよ」

 

「状況をご理解ください。避難民がいなければ、アークエンジェルは、すでに海の藻屑となっていたはずです」

 

ナタルが抑えた声で言い返す。

 

「では、こちらをご覧いただこう」

 

連合の将校がデータパッドを操作すると、映像が投影される。そこには、ホワイト・ゼロが展開したガンバレルを駆使し、ザフトのG部隊を圧倒する映像が再生されていた。

 

「……ほう。これが、“自己防衛”? 私には“先制攻撃”に見えますがね」

 

ガルシアは皮肉たっぷりに言い、ノーマを一瞥する。

 

「その子は、命令された通りに守っただけです。敵が来たから、対処した――ただそれだけ」

 

アズラエルが口を開く。柔らかだが、その奥には火種がある。

 

「それとも、今の連合は――戦果を挙げることさえ“処罰”の対象になると?」

 

「我々が問うているのは、その子供の責任能力ではない!」

別の将校が声を上げる。

「G兵器を任せる判断、その体制こそが問題なのだ!」

 

ノーマは、微動だにせず立ち続けていた。

周囲の罵声も、視線も、まるで届いていないかのように――ただ、静かに。

 

「……それでは質問しましょう」

 

アズラエルは肩をすくめ、わずかに冷たく言葉を続けた。

 

「今、このアルテミスに、ホワイト・ゼロを運用できる者が他にどれほどいますか?」

 

沈黙。

 

「民間人を守ったのは、彼女です。敵Gと渡り合ったのも、彼女とキラ・ヤマトです。

彼らを――どうなさるおつもりです? 軍法会議にかけますか? 戦果を“抹消”でも?」

 

会議室に張り詰める空気。だがその中で、ノーマが静かに一歩前へ出た。

 

「……文句があるなら、直接言って」

 

声は小さいが、明瞭だった。

 

「私は守れと言われたから、守っただけ。それだけ。他に理由は、ない」

 

ガルシアは目を細めていた。

 

「……まったく、近頃の戦争は小娘と子供に頼るしかないのか……」

 

嘆息する声の裏に、苛立ちがにじむ。

 

「この艦はあくまで実験艦であり、中立との協力も前提に含まれていたはずです。

これ以上、派手に目立たれては困る」

 

「目立たせたのは、そちらでは?」

 

アズラエルの言葉が突き刺さる。将校の一人が咳払いして空気を変えようとするが、すでに場の流れは止まっていた。

ガルシアが椅子を引く音が、会議の終わりを告げる。

 

「アークエンジェルには、アルテミスを出ていただきましょう。“これ以上の保護”は不要かと」

 

「それは……追放ということですか…?」

 

マリューが眉をひそめる。

 

「“独立行動許可”――と、でも言い換えておきましょうか」

 

ガルシアの目は笑っていなかった。

 

「せいぜい、“孤立”なさらぬように。……アズラエル議長、せいぜい舵取りを間違えぬように」

 

会議は終わった。その時――

 

ドオォン――!!

凄まじい振動が、白い無機質な部屋の空気を裂いた。

 

「……何だ?!」

ジェラード・ガルシア司令が立ち上がり、怒声を上げる。

 

「えっ……!?」

キラ、マリュー、ナタル、アズラエル、ムウが一斉に周囲を見回した。

 

「管制! この振動はなんだ!?」

「不明です、司令! 周辺宙域に機影なし!」

 

「馬鹿な、これは――爆発だぞ……!」

 

再びの衝撃。室内の照明が一瞬、明滅する。

 

「うわっ、これは……」

「攻撃?」アズラエルが低くつぶやく。

 

「超長距離からの攻撃かもしれん……傘を開け、ライズ!何をしているッ!!」

 

だが命令が届く前に、三度目の爆発。会議室全体が大きく揺れた。

 

「くっ……!」

マリューたちが体勢を立て直し、咄嗟に互いの目を見交わす。

 

「……出るべきだな」ムウが低く言う。

「アークエンジェルを動かすべきです。ここはもう安全ではありません」ナタルが言う。

 

「おい! 勝手なことをするなッ!!」

ガルシアが机を叩いて怒鳴る。

 

「離れろって言ったり、留まれって言ったり……どっちなんですか、あなたは?」

アズラエルが呆れたように言い放つ。

 

「傘が破られたんですよ……! 攻撃が直に届くようになったんです!」

 

「傘が……破られた? そんな馬鹿な……」

震えるように繰り返すガルシア。

 

「司令……」

副官がささやこうとしたその時――

 

「黙れ!!」

ガルシアが突如、拳銃を引き抜いた。

 

――その瞬間、空気が凍った。

 

マリューもナタルも、思わず身体を強張らせる。ムウは一歩前へ出た。

 

「……そんなものを取り出して、何をするつもりです?」

アズラエルの声は、静かで、しかし圧を孕んでいた。

 

「攻撃されてるんでしょ? こんなことしてる場合ですか?」

 

その言葉に、ガルシアの手が揺れた。

 

だが――

 

ヒュッ と風を切るような音と共に、ガルシアの手から銃が弾かれた。

 

「……!」

 

そこに立っていたのは、ノーマ・レギオ。

彼女はすでに銃を握っていた。

そして――その銃口を、無言でガルシアに向けていた。

 

「……ノーマ、やめなさい」

アズラエルがすっと歩み寄り、彼女の肩に手を置く。

少女の指が、トリガーからすっと離れる。

 

「……行きましょう」

 

アズラエルの一言に、誰も異を唱えなかった。

爆発が再び起こる中、アークエンジェルの一行は足早に会議室を後にした。

――“傘”の守りを失ったアルテミスに、終わりの鐘が鳴ろうとしていた。

 

 

 

アークエンジェルのブリッジへマリュー、ナタル、アズラエル、ムウ、ノーマ、キラらが駆け込んでくる。

 

「艦長!」

トノムラが立ち上がり、敬礼しながら迎える。

 

「ようし……よくやったな、坊主ども」

ムウが軽口混じりに笑い、サイの肩をポンと叩く。

 

「な、なんなんですか? この要塞は……!」

サイが困惑を滲ませながら叫ぶ。

 

「ここではもう、身動きが取れないわ」

マリューはすぐに前を向くと、強い声で命じた。

「――アークエンジェル、発進します!」

 

――同・港口通路

アークエンジェルと並行して発進を試みる補給艦が、突如爆風に飲まれる。

天井が崩れ、装甲板が吹き飛ぶ。

――ドォン!!

 

「被弾!?」

トノムラのモニターに、爆風の閃光と破壊される艦影が映る。

 

その艦が直進していた先――

かつてアークエンジェルの入港を仕切っていた司令区画があった。

ノーマとアズラエルは、一瞬だけその方向を見つめた。

 

「……いたんですね」

ノーマの声は冷たく、それでいて静かだった。

 

「えぇ。たぶん、最後まで」

アズラエルが小さく頷く。

 

(――ジェラード・ガルシア。あなたは“傘”と共に沈んだ)

 

爆発によって、出入り口が完全に崩落。

 

「艦首、通路塞がれました!」

トノムラが叫ぶ。

 

艦内に、絶望的な静寂が一瞬走る。

 

「……艦長。この状況では進路が――」

ナタルが歯を食いしばる。

 

そのとき。

 

「――大丈夫」

ノーマが言った。

 

「反対側。まだ、通れる」

 

「なにを……!?」

ナタルが言いかけた時、アズラエルが前に出る。

 

「時間がありません、少尉!このままでは沈みます!」

 

マリューは即座に判断を下す。

 

「――わかったわ。反対側の港口へ回頭!推進全開!アークエンジェル、発進!!」

 

「メインエンジン始動!」

「バーニア加速、航路確保!」

 

アークエンジェルの船体が振動する。

 

――アルテミス外縁

爆発が連鎖的に発生。

要塞壁面が崩れ、火花が宇宙空間に撒き散らされる。

 

ついに――

 

アークエンジェル、港口突破。

崩れゆく要塞の最後の隙間を縫うように、白い艦影が外へ飛び出した。

 

「港口通過!――艦体損傷なし!」

「推進系、正常です!」

 

「最大戦速、進路確保!アルテミス、離脱します!」

 

ナタルの声に、ブリッジに歓声が広がった。

ムウが前を見据えて呟く。

 

「……ったく、あの要塞、最後までタチが悪かったぜ」

 

ノーマは静かに後方を振り返る。

黒煙を吹き上げ、崩壊していくアルテミス要塞――

もはや、そこに“絶対防御”の名残はなかった。

 

 

 

 

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