記憶なき少女は戦場にて   作:ヨリヨリ

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ユニウスセブン

 

 

 

 

アルテミスを離脱したアークエンジェルは、宇宙の静寂の中を滑るように進んでいた。だが、その船内には新たな緊張が漂っていた。

 

「……以上が、アルテミスから受け取った補給物資の一覧です」

 

ナタル・バジルール副長が、補給主任からの報告書をモニターに映し出した。艦橋に集められた士官たちが、それを見て一様に渋い表情を浮かべる。

 

「弾薬、プロペラント、どちらも最低限。これで次の交戦に耐えられる保証はありません」

整備兵が苦しげに言う。

 

「これが……限界です。あの基地から引き出せる補給は」

 

「ふざけるな……!」

ムウ・ラ・フラガが声を荒げる。

 

「こっちは命がけであの要塞から脱出してきたってのに、これかよ!」

 

「……食料、医薬品も足りません」

ナタルが、沈痛な声で続けた。

 

「最低限、民間人の避難船という建前で受け取った分だけ。だが――艦の規模を考えれば、到底持たない」

 

「……“中立の実験艦”だから、ってことですね」

マリューが眉をひそめる。

 

「戦艦としては扱われず、保護対象としても扱われず。どっちつかずの存在に、軍の補給は薄い」

 

沈黙が落ちた。

その中で――

 

「まあ、ないよりはマシでしょう」

ムルタ・アズラエルが肩をすくめた。

 

「不満はよくわかりますが……文句を言っても、物資が湧いてくるわけでもない。現実を受け入れるしかありませんよ、ねえ、艦長?」

 

マリューは無言でアズラエルを見つめるが、その言葉に否定はしなかった。

 

「補給デッキには、一応、アルテミスから残されたエンジニアも数名います」

トノムラが割って入る。

 

「ただし、あちらも命令なしでは動けません。……ホワイトゼロとストライクを見て、“興味深い”とは言ってましたが、それだけです」

 

「興味深い、ね……」

ムウが苦笑する。

 

「この艦が、興味本位で回ると思ってるなら、大間違いだって教えてやりたいな」

 

「教える相手が残っていれば、ですがね」

アズラエルの皮肉は相変わらずだった。

 

ノーマはそのやり取りを、静かに聞いていた。

手にはまだ、小さな折り紙が残っている。

 

(……守れたけど)

 

その先を、どう“維持する”のか――。

それが、今問われている。

そして、誰もが薄々理解していた。

 

――これが、まだ序章にすぎないことを。

 

 

 

 

無機質な壁に囲まれた会議室。

その中央に設置されたホロモニターが、ゆっくりと像を浮かび上がらせる。

 

そこに映し出されたのは――

氷結したプラントの残骸。

 

砕けた骨組み。歪んだ鉄屑。

漂う死と、沈黙と、そして……

その奥に、陽光のように微かに煌く“水の塊”。

 

アズラエルは、無言でそれを見つめていた。

 

「……デブリベルト?」

キラ・ヤマトが眉をひそめ、問い返す。

 

「そこに向かうんですか? 本気で?」

 

ナタル・バジルールが静かに頷いた。

 

「――あそこには、一億トン近くの水が凍りついている。

天然の氷層です。回収できれば、この艦の水問題は解決できる」

 

「でも……でも、あそこは――!」

 

キラの声がわずかに震える。

 

「見たんですよね? ナタルさんも……

あのプラントは、何十万人もの人が……そこで死んだんですよ……それを、僕たちは……」

 

ナタルは言葉を飲み込んだ。

その代わりにマリューが、静かに前へ出る。

 

「水は……そこしか見つかっていないの」

 

キラは言葉を失った。

その沈黙の中で、ムルタ・アズラエルが静かに口を開く。

 

「……誰も、喜んでなんかいませんよ」

 

その目はキラを向いてはいなかった。

遠い過去を映すかのように、モニターの向こうを見つめていた。

 

「水が見つかったってだけで、大喜びできるほど、私たちは――甘くないでしょう?」

 

「アズラエルさん……」

 

キラの声が揺れた。

アズラエルは、ひとつ深く息を吐いた。

 

「……正直に言えば、私も反対です。あんな場所に行くのは、ね」

 

「……え?」

 

「でも――我々は、生き残らなければならない」

 

その声は穏やかだったが、静かな決意がにじんでいた。

 

「生きるためなら、なんだってやる。

たとえ、“あの場所”であっても――」

 

その瞬間、アズラエルの脳裏に――

 

**

 

静かな農業プラント。

日差しに揺れる麦穂。風に笑う子どもたちの声。

人工空間に満ちていた“平和”の気配。

 

だが、空が――砕けた。

 

発射されたミサイル。

爆発。

破壊。

崩れ落ちる構造体。

宇宙に吸い出されていく無数の命。

 

『うわあああああああああっ!!』

 

それは、彼が命じた報復の、帰結だった。

 

**

 

「アズラエル議長……?」

 

ナタルの声に、現実へ引き戻される。

 

そのとき――

 

温もりが、手に触れた。

ノーマ・レギオが、その手を、そっと握っていた。

 

アズラエルは驚いたように目を向ける。

ノーマは、ただ静かに頷いた。

 

――それだけで、彼の手の震えは静まった。

 

誰も、何も言わなかった。

キラも、ナタルも、ムウも、マリューも。

沈黙こそが、答えだった。

 

アークエンジェルは進む。

生きるために――氷と死者の眠る“墓標”へと。

 

 

 

 

暗がりの部屋に、ほのかな灯が揺れていた。

壁際には小さな折り紙の鶴が、一羽だけ静かに吊るされている。

それは、子どもの手によるものか、どこか歪で、それゆえに温かかった。

 

ベッドの端に腰掛けるムルタ・アズラエルは、手を膝の上に組んだまま、宙を見つめていた。

その傍らにはノーマ・レギオが横たわり、赤いバイザーを外した瞳で、黙って彼の横顔を見ていた。

 

「……まいりましたね」

アズラエルが、ふっと笑みともため息ともつかぬ吐息を漏らす。

「あなたに……影響されてしまったのでしょうか」

 

「……大丈夫?」

ノーマが小さく囁く。

 

「ええ、……いえ、違いますね」

アズラエルはかぶりを振ると、目を閉じた。

「大丈夫なんかじゃありませんよ。許されるはずもないのに……私は、どこかで、許しを求めてしまっている」

その声には、どこか罪を自嘲するような苦みが滲んでいた。

 

しばらく沈黙が落ちる。

ノーマは視線を天井に移し、静かに呟いた。

 

「……もう、撃たせてはいけない。悲しみの光を」

 

その一言に、アズラエルの胸が静かに軋んだ。

少女の声は柔らかく、それでいて、重かった。

その時、艦内にアナウンスが流れる。

 

《ストライク、帰還――》

 

アズラエルが目を開け、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……お出迎えくらい、行きますか」

「今回の私たちは、役立たずもいいところでしたしね」

 

「うん」

 

ノーマもまた、身体を起こす。

 

ふたりは言葉少なに部屋を後にする。

折り紙の鶴が、微かな風に揺れた。

 

――戦火のなかにあっても、

まだ、人としての光を失わぬ者たちの、静かな背中だった。

 

 

格納庫には、静かに収容されたストライクと、その横に繋がれた一基の救命ポッドがあった。白煙が立ち昇る中、整備兵たちが慎重に作業を進めている。

ノーマ・レギオは、アズラエルと共に到着したその場で足を止めた。重たげな視線をストライクに向ける。コックピットから降りてきたキラの表情は、どこか言葉にしづらいものを宿していた。

 

「つくづく、君は“落し物”を拾うのが好きなようだな」

 

ナタルの皮肉めいた一言が、場に投げかけられる。キラは何も言わずにうつむいた。

 

「開けますぜ」

 

マードックが操作パネルに手をかける。

 

直後――

銃を構えるアークエンジェルのクルーたち。緊張が走る。

救命ポッドのハッチがゆっくりと開く。白い蒸気が吹き出し、内部の姿が徐々に現れる。

 

「ハロ、ハロ」

 

不意に響いたのは、小さな電子音。

 

「……え?」

 

「ハロ、ラクス、ハロ」

 

ピンク色の小型ロボットが跳ねるように飛び出す。その後ろから――ふわりと現れたのは、桃色の長髪を揺らす少女だった。

 

「ありがとう、ごくろうさまです」

 

まるで舞台の幕が開くように、彼女は優雅に微笑んだ。

静まり返るデッキ。

一同の視線が、誰にともなく彼女へ注がれる。

ノーマは、言葉を失っていた。

 

――何かが、変わる。

そう感じさせるほどに、その少女は“異質”だった。

 

「……あ……」

 

キラが小さく呟く。

 

その視線の先には、少女――ラクス・クライン。

艦内の空気が変わったことに気づき、ノーマが隣を見やる。

アズラエルは、深々と頭を抱えていた。

 

「……また、面倒なものが来ましたね」

 

彼の呟きに、ノーマもただ黙って頷くしかなかった。

――それが、この戦いに“歌姫”が加わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

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