記憶なき少女は戦場にて   作:ヨリヨリ

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アズラエルがもはやアズラエルじゃなくてワクワクしてきました。今後どうなっちゃうんだ?


消えていく光

 

 

 

 

アズラエルは、ノックもせずに部屋へ入ってきた。

 

「地球軍第8艦隊と合流できるようです。ハルバートン准将の部隊で――」

 

その声が、途中で止まる。

ノーマは、バスタオル一枚で髪を拭いていた。シャワーを浴びたばかりで、まだ肌には水滴が残っていた。

 

「……なんで、裸なんですか」

 

扉の前で立ち止まったまま、アズラエルが呆れたように言った。

ノーマは小さく首をかしげる。からかうような笑みが口元に浮かんでいた。

 

「シャワー、浴びてた。ノックしなかったから」

 

「……まったく、負けましたよ」

 

彼は視線を逸らしながら、手にした端末を掲げる。表情は崩さず、けれど口調にほんのわずかな苦味が混じっていた。

 

「もうひとつ、朗報……というか、厄介な話が。合流する艦隊には、地球連合・大西洋連邦事務次官――ジョージ・アルスター氏も同行するようです」

 

その名前に、ノーマはタオルを肩に掛け直して、彼の顔をじっと見つめた。

 

「アルスター……フレイの……?」

 

「ええ。フレイ・アルスター嬢のお父上。……立派な方ですね」

 

言葉の最後に込められた微かな皮肉。それが、ただの冷笑ではないことを、ノーマは知っていた。

彼のそういう言い回しは、いつも、怒りを押し殺したときに出てくる。

 

「……」

 

ノーマは、ふと目を伏せる。

 

「こちらの“政治的立場”とはまた別問題ですね。面倒な時期に、また面倒がひとつ増えた」

 

アズラエルがため息をついた。その背中はどこか遠く、けれど決して冷たくはなかった。

ときに優しく、ときに冷たく、ときに見えないほど遠く感じる。

でも、それでも――この人は、わたしを戦場に連れてきた代わりに、「居場所」をくれた。

 

(……だから、私は)

 

ノーマは静かに、唇を引き結んだ。

 

もう「守られるだけ」の自分ではいたくない。

戦うと決めたからには、守られるだけじゃだめだと思った。

 

「私、着替えるから。次は――ちゃんとノックして」

 

冗談めかして言った声に、アズラエルはわずかに苦笑を浮かべ、踵を返した。

扉が閉まる音がした。

ノーマは静かに息をつく。湯気の名残る室内で、彼女の眼差しは、もう戦いのほうを向いていた。

 

 

 

 

アークエンジェル・ブリッジ。

 

「前方に戦闘とおぼしき熱分布を検出。先遣隊と思われます」

チャンドラの声が落ち着いていた分、かえって不穏だった。

 

「えっ?」

マリューがモニターを見つめる。

 

「戦闘って……」

サイの声が震える。

 

「モントゴメリーより入電。ランデブーは中止、アークエンジェルは直ちに反転、離脱せよとのことです」

パルの報告が重く響いた。

 

「艦長!」

ナタルがマリューを見やる。

 

「敵の戦力は?」

ナタルが重ねて問う。

 

「イエロー257、マーク402、ナスカ級……熱紋照合、ジン8。それと……待ってください、これは……イージス。X303、イージスです!」

トノムラの声が高まる。

 

ブリッジが一瞬、静まり返った。

 

「では、あのナスカ級……」

マリューの表情が硬くなる。

 

「艦長!」

ナタルの声に、アズラエルは肩をすくめながら口を開いた。

 

「艦長さん、モントゴメリーがそう言ってるんですよ? 安全離脱しましょう。こっちも落とされちゃ意味がない」

 

穏やかに――けれど、意図的に重く言う。

彼女がこのまま“軍人の理想”に酔って突っ込めば、それこそ――消耗だ。

 

だがその横で、トールが叫ぶ。

 

「でも、あの艦には……!」

 

「ええ……ですが、今から反転しても逃げきれるという保障もないわ」

マリューが冷静に言い切った。

 

「――総員、第一戦闘配備! アークエンジェルは、先遣隊援護に向かいます!」

 

ブリッジ内に緊張が走る。

アズラエルは目を細めた。

(それは、立派と言うべきか……それとも、愚かと呼ぶべきか)

 

優しさで人が救えるのなら、誰も死にはしない。

だが――戦場に立つ者の選択肢は、いつだって「理想」ではなく、「現実」によって削り取られていくのだ。

それでも、この艦は行くという。

ならば彼もまた、それに乗るしかなかった。

 

 

艦内放送が響く。

 

『総員、第一戦闘配備! 繰り返す、第一戦闘配備!』

 

廊下を駆け抜けるキラの前方に、見慣れた二人の姿があった。

 

ノーマと――ラクス・クライン。

 

「モシモシ、モシモシー?」

ハロが無邪気に鳴く中、ラクスは不思議そうに周囲を見回していた。

 

「何ですの? 急に賑やかになって……」

 

「戦闘になる。中に入って!」

ノーマは即座に判断し、扉のロックパネルに手を伸ばす。

 

だが、解除がうまくいかない。指が震えているわけではない。それでも、焦りが操作の精度を狂わせる。

 

「……ここの鍵、どうなってるの……っ」

 

すぐ横に駆け寄ったキラが、無言で代わって解除パネルを操作する。

カチャリと音を立てて扉が開く。ノーマは迷わずラクスの肩を押して中へ入れた。

 

「ハロハロ、ハロハロ、ミトメタクナイ、ミトメタクナイー」

 

中で騒ぐハロを気にしながら、ラクスが不安そうに振り返る。

 

「戦闘配備って……まあ、本当に戦いになるんですの?」

 

「……そうですよ。っていうか、もうなってます」

キラの声はどこか遠い。怒っても、嘆いても、もう止められない現実を知っている声だった。

 

「キラ様も、戦われるんですか……?」

 

キラは黙って、視線を逸らした。

 

「とにかく、出ないで。私が戻ってくるまで、絶対に」

ノーマの言葉には、鋭い意思がこもっていた。ラクスが何者であろうと、この船の中にいる限り、彼女を守る責任がある。

 

「オマエモナー!」

ハロがおどけた声で返す。

 

ラクスは扉の中で、名残惜しげに二人を見つめていたが、何も言わなかった。

 

扉が閉まる音を背に、キラとノーマは走り出す。

ノーマの耳に、かすかに歌声が届いた。

 

(……歌?)

 

かすかな調べ。人を励ますでもなく、泣かせるでもない。

ただ、静かに寄り添うような、やさしい旋律。

 

ほんの一瞬だけ、足が止まりそうになる。

だがノーマはすぐに顔を上げ、キラとともに再び駆け出した。

 

格納庫へ向かう途中、駆け足のキラを、誰かの手がぐっと引き止めた。

 

「キラッ!」

 

フレイだった。

 

「戦闘配備ってどういうこと? 先遣隊はどうなったの?!」

 

顔には不安と焦燥がにじんでいる。

 

「僕には……まだ何も知らされてない。わからないんだ……」

 

苦しげにキラが答える。

けれどフレイは、納得できない様子でさらに詰め寄った。

 

「大丈夫よね? パパの船……モントゴメリーよ? まさか、やられたりなんて、しないわよね……ね?」

 

不安にすがるような視線。答えを欲しがる声。

キラは言葉を失い――

 

「あ……」

 

そのときだった。

 

「大丈夫」

 

ノーマの静かな声が、フレイの背後から届いた。

 

「私が、守るから」

 

不安に押し潰されそうなフレイの言葉を、断ち切るように。

でもそれは、責めるためでもなく、励ますためでもなく――ただ、まっすぐに言葉としてそこにあった。

 

フレイは振り返り、驚いたようにノーマを見た。

ノーマは表情を変えず、すぐにキラの隣へ立つと、再び格納庫へと歩き出した。

その背中は小さく、でも確かに、まっすぐ前だけを見据えていた。

 

 

 

「急いで!!」

 

ノーマの叫びに応じて、ミリィの声が格納庫に響いた。

 

「リニアカタパルト接続完了! メビウス・ゼロ式ノーマ機、システムオールグリーン! 進路クリア、どうぞ!!」

 

――パシュン!

 

ガンバレル・ポッドのケーブルを引きちぎり、ホワイト・ゼロが閃光とともに宇宙へ躍り出た。

 

背に携えたガンバレルは、わずか四基。

満足な補給も受けられず、機体はまだ完全な状態ではない。

けれど――止まっている暇はなかった。

 

「……急がないと……間に合って……!」

 

ノーマは喉を詰まらせながら、機体を加速させた。

 

戦場はすでに、炎と死の匂いに包まれていた。

 

ストライクとイージスが交錯する――灼熱の一騎打ち。

その周囲で、無数のジンが弾幕を張り、アークエンジェルはバリアントを撃ち放っていた。

 

「ちぃぃっ!」

 

ムウのメビウス・ゼロがジンを一機撃墜するが――すぐさま別の機体の攻撃に被弾する。

 

「くそっ! これじゃあ、立つ瀬ないでしょう……俺は……!」

 

損傷した機体をかばうように、ムウは戦闘空域から離脱する。

ノーマの目に、彼の光跡が小さく遠ざかっていった。

 

「ムウ……っ!」

 

ノーマは叫び、操縦桿を握り締める。

 

――展開。

 

四基のガンバレルが放たれ、二機のジンを瞬く間に撃墜する。

その間にも、アークエンジェルのゴッドフリートがジン一機を蒸発させる。

ノーマを支えるように――彼女の戦線を守るように。

 

「キラは……イージスに……!」

 

ストライクはイージスとの死闘の最中。

ならば、自分がここを凌がなければ。

 

――ズキン。

 

突き上げるような頭痛。

視界が歪む。

 

「っく……」

 

それでも、止まらない。

痛みに歪んだ顔のまま、ノーマはさらに一機、ジンを撃ち落とす。

 

――鼻血がこぼれる。

 

けれど、手は止めない。

止めてはいけない。

ここで止まれば、誰かが死ぬ。

 

「うあああああ!! 私がっ、私が……!!」

 

三機目のジンが爆散した直後だった。

 

目の前で――ナスカ級の主砲が閃光を放つ。

その砲撃が、モントゴメリーを貫いた。

 

「あっ……」

 

時間が止まったようだった。

艦が裂ける。爆炎が舞う。

クルーたちの叫びが、ノーマの鼓膜を貫くように響いた。

 

(……だめだった……間に合わなかった)

 

何もできなかった。

ただ、遅かった。

 

そのとき――

全周波通信が入る。

 

『こちらアークエンジェル。繰り返す――当艦は現在、プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している』

 

ナタルの声が響く。

でも、ノーマにはどうでもよかった。

誰の娘だろうが、どんな地位があろうが――今、目の前で人が死んだのだ。

 

(何も守れなかった……)

 

彼女の手は震えていた。

戦っているのに。

命を懸けているのに。

 

――それでも、間に合わないことがある。

その現実だけが、ノーマの胸を冷たく支配していた。

 

 

 

 

 

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