格納庫。艦内に警報が鳴り響く中、ホワイトゼロのコックピットへノーマが駆け込む。
滑り込むようにシートへ座り、メインスクリーンが光を放った瞬間――。
ズキン、と。
鋭い痛みが頭を貫いた。
(また……? なに……これ……)
こめかみを押さえながら、視界が歪んでいく感覚にノーマは目を細めた。
意識が薄れかけた、その時。
「ノーマさん! 大丈夫ですかっ?」
ミリアリアの声が通信越しに響いた。
「……ふぅ、大丈夫。気にしないで」
苦笑のように返すノーマの声は、どこか遠く聞こえた。
「ザフトの編隊、接近中! ローラシア級1、G兵器……確認。デュエル、バスター、ブリッツの3機です!」
ミリアリアの報告に、ノーマの目が静かに細まった。
「――あの三機」
機体の挙動を確認し、慣れた手付きで操縦桿を握り直す。
『リニアカタパルト接続完了! メビウス・ゼロ式ノーマ機、システムオールグリーン!』
『進路クリア、メビウス・ゼロ式ノーマ機、発進どうぞ!』
カタパルトに光が走る。
「ホワイトゼロ、ノーマ。行きます――」
機体が一瞬沈み、白の閃光とともに重力を振り切った。
ホワイトゼロは、宙域へと射出された。
その眼前には、再び“地獄”が広がっていた。
ブリッジ内に緊迫した声が響く。
「第8艦隊もこちらに向かっているわ、もちこたえて!」
マリュの指示に、クルーたちが次々と応答する。
「イーゲルシュテルン作動! アンチビーム爆雷、展開開始!」
「艦尾ミサイル全門、セット完了!」
アークエンジェルの機関がうなりを上げ、砲門が一斉に動く。
その目前――
「敵G部隊、密集隊形をとっています!」
ローラシア級の主砲が火を噴いた。
その軌道に合わせるかのように、3機のGがすばやく隊形を解く。直後、砲撃が通過し――
「回避!!」
警報音とともにアークエンジェルが大きく揺れた。
宙域の前線では、ムウのメビウス・ゼロがディアッカのバスターと交戦に入っていた。
「ちぃっ……やるな、こいつ!」
回避と牽制を繰り返すムウ。その周囲を、ゼロのガンバレルが自在に飛び回る。
一斉射――
複数のガンバレルが、バスターの装甲に掠める。
「ふっ……そんなもの!」
ディアッカが舌打ちしながら応戦。だが、ムウは機体をひらりと躱す。
「ムウ! コックピットとカメラを狙って!」
戦域に割り込む白い閃光。
ホワイトゼロ。
ノーマの機体が静かに飛来し、瞬時にガンバレルを展開。
その挙動は正確で、バスターの死角を突くように、ガンバレルは曲線を描いて機動する。
「はあ!? そんな無茶を――!」
ムウが驚愕の声を上げたが、ノーマの声は落ち着き払っていた。
「不可能を可能にするんじゃないの?」
淡々とした口調。だがそれは、ムウの心に火を点けた。
年端もいかぬ少女がここまでやってのける。その気迫に――負けられるかと、感情が熱を帯びる。
「……ああ、そうさ。俺はいつだって――」
その動きが変わる。メビウス・ゼロの機体が、低軌道を斜めに抜けるように滑る。
その一撃が、バスターの奇襲を一瞬だけ遅らせた。
「フラガ大尉!」
通信とともに、キラの機体が戦線に割り込んだ。
砲火の十字に、3機の機体が揃う。
夜明け前の戦場――新たな戦いが、いま始まる。
戦域に、再び緊張が走る。
「MSを引き離す! ニコル、足付きは任せたぞ!」
イザークのデュエルが疾駆する。
「了解!」
返すブリッツ。その黒い影がアークエンジェルへと向かう。
バスターが再び砲口を向け、ムウのメビウス・ゼロを狙う。
だが――
「ちぃ……!」
間一髪でビームをかわすムウ。機体が火花を散らす中、それでもゼロはしぶとく舞う。
その横を、閃光のように駆ける白い機体。
「ストライクといったな――!」
サーベルを抜いたデュエルが、キラのストライクに斬りかかる。
衝撃。白と黒の刃が弾け合う。
「くっ……!」
キラが押される。イザークの剣戟は、明らかに怒りに満ちていた。
一方、アークエンジェルから放たれた対空砲火――バリアントが、ブリッツの軌道を遮ろうとする。
だがニコルは、ミラージュコロイドを展開し、姿を消した。
「視認できない……っ!」
「任せて」
ノーマの声が艦内通信に乗る。
ホワイトゼロのコックピットで、彼女の瞳がすっと細められた。
「感じる。あなたの――殺気を」
虚空に向かって、ホワイトゼロのガンバレルが放たれる。
ガンバレルの一閃。
ブリッツの肩部に掠り、ミラージュコロイドが破られる。
「なっ……!」
姿を現した黒い機体――ブリッツ。
だがその機体は、すぐさまフェイズシフトを起動させる。
「くっ……!」
砲火が交差する。
アークエンジェルの弾幕がさらにブリッツを狙い、包囲するように動き出す。
そして――
ストライクとデュエル、ふたたび剣が交差する。
「今日は逃がさん!」
イザークが叫ぶ。
「ここでやられてたまるかっ!」
キラもまた、サーベルを抜いて応戦する。
光の火花。機体が衝突し、金属が軋む。
一度、距離を取り合った両機。
「うぉぉぉぉぉっ!」
叫ぶキラの声に、戦場が再び熱を帯びた。
その頃、アークエンジェルにも危機が迫っていた。
ローラシア級からの主砲が、再び艦体を掠める。
「ランダム回避運動、開始!」
マリュの命令が飛ぶ。
「ゴッドフリート照準、撃てぇ!」
ナタルの声に、アークエンジェルの主砲が応える。
「第六センサーアレイ被弾、ラミネート装甲内温度、上昇!」
「これでは装甲の廃熱、追いつきません!」
「あと二発食らえば――持たないわ……!」
緊迫する艦橋。
そしてその宙域を、ブリッツが――再び動いた。
「ブリッツ接近――!」
「やらせない!!」
ノーマのホワイトゼロが、それを迎え撃つ。
ブリッツがミラージュコロイドを解除すると同時に、アークエンジェルの艦橋付近に取りついた。
その鋭い爪が装甲を貫こうとした瞬間――。
「くっ……!」
ホワイトゼロのガンバレルが急旋回し、一基が盾となってブリッツの鋭い爪を受ける。爆散。破片が宙に舞う。
ノーマはすかさず操作レバーを引く。接続ケーブルを手動で切断し、被弾したユニットを切り離す。
「……っ!」
ブリッツの砲口が、今度は本体を狙う。
キラの目に、その光景が映った。
――ホワイトゼロ、被弾。
「ノーマ……!」
画面の奥に浮かんだのは、記憶の残像。
モントゴメリーが爆発に飲まれ、空中で崩れ落ちる光景。
泣き叫ぶフレイ。
そして、あの少女――
『私が守るから』
『ほんと?』
無垢な笑顔を浮かべたエル。
キラの心に、何かが弾けた。
(僕は――!)
「ノーマは……やらせないッ!!」
ストライクのブースターが咆哮する。
キラ・ヤマトの瞳が、戦士のそれへと変わっていた。
宙域の戦場が、激しい光と轟音に染まっていた。
ストライクとデュエルが激突する。その中心、閃く刃が交差する。
「てやぁあああ!!」
イザークのデュエルがビームサーベルを振り下ろした刹那――
ストライクが身を翻す。寸前で攻撃をかわし、機体を反転。一瞬の隙を突き、デュエルの背後へと回り込む。
「なっ……!? くっ……!」
思わず呻いたイザークの視線を振り切り、キラのストライクはノーマとアークエンジェルの方へと向かう。
「逃がすかっ!!」
背後から放たれたビームライフルの連射。だが――
「……!? 全部……避けた……だと……?」
イザークの目の前で、ストライクはまるで軌道を“読んでいた”かのように、全弾を滑るように回避していた。
そのとき――
ブリッツがアークエンジェルに取りつき、至近距離からの攻撃を開始する。艦の装甲が唸りを上げ、ノーマのホワイトゼロが即座に防衛行動を取る。
「やめろおおおおおおおお!!!」
キラの絶叫と共に、ストライクが疾駆する。
ビームライフルをブリッツへ向けて発射。だが、ニコルの機転がそれを盾で受け止める。ブリッツはアークエンジェルから離脱を図るが、キラは止まらなかった。
機体の勢いをそのままぶつけるように――
「ぐはっ!」
鋭い膝蹴りがブリッツの胸部装甲を穿つ。ニコルの呻きとともに、機体が大きくよろけた。
だがその隙に、デュエルがストライクの背後に迫っていた。
「もらったぁあああああ!!」
イザークのサーベルが閃く。しかしその瞬間、キラの手が腰のマウントから抜いたのは――アーマーシュナイダー。
「――っ!」
回避と同時に、ナイフの切っ先がデュエルの左脇腹に突き刺さる。
爆煙。装甲を焼き、火花が弾けた。
「ぐわあああああああっ!!」
イザークの悲鳴が通信に乗る。デュエルの機体が大きくのけ反り、損傷警告が赤く明滅していた。
ノーマはその光景を、ただ見つめていた。
(すごい……まるで別人みたい。私……手も出せなかった)
彼女のホワイトゼロは微動だにせず、ただ、ストライクのその一撃を見届けていた。
やがて――
損傷を受けたデュエルを先頭に、ザフトのG部隊は宙域から姿を消していった。
戦場に、ようやく静寂が戻る。
だがその余韻は、ノーマの胸の奥に、ひりつくような衝撃を残していた。
白煙を巻き上げながら、ストライクがアークエンジェルの甲板に滑り込む。
ランディングフックが射出され、機体が静止するまでのわずかな時間が、キラには永遠にも感じられた。
ハッチが開き、キラ・ヤマトがふらりと身を乗り出す。
肩で息をし、酸素が肺に届いているのかさえ分からない。戦いの余熱が、身体から離れてくれなかった。
「はっ……はっ……」
彼の視線の先――
ホワイトゼロがすでに帰還していた。
ノーマがコックピットの縁に手をかけ、静かに立ち上がる。
「……引き上げていった。ザフトの部隊」
その声は、いつもの硬質さを失っていた。
戦いの余韻を受け止めきれずにいる、自分と同じ声だった。
キラが歩み寄り、ノーマを見つめる。
「ノーマ……」
その名を呼ぶことしかできなかった。
ノーマはふと顔を上げ、キラの方へ視線を向ける。
「ねぇ……キラ」
「え?」
「……いや、ううん。すごいね、キラは」
そう言って、ほんの少しだけ、唇の端を上げた。
褒め言葉のようでいて、どこか寂しげな、遠い声だった。
「いや……」
キラは首を横に振る。
それは、否定ではなかった。ただ、重たく、胸に沈んでいく言葉だった。
そのとき。
「――第8艦隊だ!」
艦内通信越しにチャンドラの声が響いた。
「第8艦隊が視認圏内に入りました!」
報告と同時に、遠くに連なる艦隊の光が、宙域の闇を切り裂いてゆく。
救いにも似たその光景に、キラとノーマは視線を向けた。
けれど、心の中にあるものはまだ、沈んだままだった。
救援が来ようと、勝利を得ようと――
今日という戦いが、無傷で済んだわけではないのだから。
ふたりは、何も言わずにその場を離れた。
それぞれの胸に、今日守り抜いたものと、失ったものを抱えて。