記憶なき少女は戦場にて   作:ヨリヨリ

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ガンダムSEEDエアプです。


第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦

 

 

 

 

 

「……は? 生体CPU、ですか?」

 

士官の声が、わずかに裏返る。

スーツの襟を正しながら、ムルタ・アズラエルは涼しい顔で応じた。

 

「ええ。メビウス・ゼロの戦闘データを運用するには、彼女の協力が不可欠ですから」

 

「で、ですが……そんな運用計画は――」

 

「極秘でしたので」

 

笑顔のまま返された言葉に、士官は言葉を失う。

それ以上を問えば、自分の立場が危うくなると直感したのだろう。

アズラエルは軽く礼をすると、ノーマの背中に手を添え、歩き出した。

 

ノーマは地球連合軍の制服を着ていた。

ブカブカの袖が、まだ彼女の年齢を物語っていた。

 

二人は無言で廊下を進んでいたが、やがてアズラエルが口を開いた。

 

「……本当に、いいんですか?」

 

ノーマがわずかに首を傾げる。

 

「安全なコロニーにでも行って、平和に暮らすっていう選択もありますよ?」

 

立ち止まり、彼女の方を向く。

その目に揺れるものがあったのは、アズラエル自身も気づいていた。

 

ノーマは小さく、しかし迷いなく言った。

 

「……いいの。ムルタの力になりたいから」

 

その声は、感情を押し殺したように静かだった。

 

「それに……宇宙に出れば、記憶が戻る気がする」

 

わずかに遠くを見つめる視線。

 

アズラエルは答えなかった。

ただ、再び歩き出し、ノーマもその背を追った。

廊下の奥、扉が開く音がして、再び閉じた。

冷たい白光に照らされて、少女と男の影が、無音のまま消えていった。

 

その先にあるものが、戦場であることを、彼らは知っていた。

 

──それでも、二人は歩を止めなかった。

 

 

月面プトレマイオス基地・MAデッキ

凍りつくような白色照明が、整然と並ぶ金属壁に反射していた。

ネルソン級戦艦の艦内――格納庫の最奥に、白い機体が鎖のように固定されている。

 

メビウス・ゼロ。

そのコクピットの中で、ノーマ・レギオは赤いバイザーを装着し、静かに待機していた。

 

突如、通信機が小さく震える。

聞こえてきたのは、柔らかいが底冷えするような男の声だった。

 

「……あれから、もう二か月ですか」

 

ムルタ・アズラエルの声。

機械越しであるはずなのに、その声音はどこか私的な響きを帯びていた。

 

「……はあ。君のせいで、妻と子どもに捨てられましたよ」

 

ノーマは目を伏せず、淡々と返した。

 

「私は、関係ないと思います」

 

短い沈黙。

だが、通信越しにも、空気がわずかに重くなるのを感じた。

 

「……これから大きな戦いが始まります」

「可能なら……目立たず、戦っている“ふり”でもして、無事に戻ってきてください」

 

「命令ですか?」

 

「命令です」

 

ノーマは一拍ののち、静かに頷いた。

 

「……了解、マスター」

 

その言葉に、通信の向こうがわずかに揺れた。

 

「……マスター、はやめてください」

 

それだけを残して、アズラエルの通信は切れた。

 

ノーマは視線を正面に戻し、計器を一巡させる。

深く、音のない息を吐いた。

冷えた操縦桿が、指の先に確かな重みを伝えてくる。

 

整備士の声がハンガー全体に響いた。

 

「メビウス、発進準備完了!」

 

ケーブルが外され、機体がふわりと浮かび上がる。

目の前のハッチが重々しく開かれ、黒い宇宙が顔を覗かせた。

 

「メビウス・ゼロ、出ます」

 

その言葉とともに、白い機体は滑るように艦を離れ、

静かに、光の海へと溶けていった。

 

──戦いの火蓋は、また切って落とされた。

彼女という、名もなき火種を抱えながら。

 

 

宇宙に解き放たれたメビウス・ゼロは、雪のような白い装甲を纏い、月光に似た淡い光をたたえていた。

それは標準塗装とは異なる特注機であり、どこか“喪服”にも似た静けさを漂わせていた。

 

前方で爆光が弾ける。ミサイル、ビーム、轟沈する戦艦。

遠くない位置で、戦況が悪化していた。

 

『戦っているふりでいい』――アズラエルの言葉が脳裏をかすめたが、ノーマは静かに首を振った。

 

(……無理。宇宙に出れば、感じてしまう)

 

怒気、殺意、恐怖。

耳ではなく、意識に直接叩きつけられるような“感情の残響”が、戦場に満ちていた。

 

「後方より敵機接近。機種、ZGMF-1017 ジン、6機」

 

索敵システムの警告よりも先に、ノーマはそれを察知していた。

空間の圧力。金属の気配。殺意の流れ。

 

(囲まれてる)

 

上下左右、死角のない三次元包囲。

6機のジンが理想的な間隔を維持しつつ、静かに距離を詰めてくる。

通常、単機のMAでは対処不能な戦力差。

統計上、勝算はゼロに等しかった。

 

「こちらα1、ターゲット捕捉。白のメビウス確認、全機フォーメーション維持」

 

「敵は“白い悪魔”だって話ですが……」

 

「怯むな。数で押せ。こちらは6機だ。冷静に動けば問題ない」

 

その通信の向こうにある“意志”が、ノーマには読めた。

 

――殺意、恐怖、焦り。

ノーマは目を閉じ、操縦桿に手を添える。

そして、ただ一言を呟いた。

 

「焼かれなさい、メギドの火に」

 

4基の有線式攻撃ユニット《ガンバレル》が、白いメビウス・ゼロから解き放たれた。

光の尾を引きながら、獣のように空間を裂く。

 

「散開! 散開──ッ!」

 

その警告すら、遅すぎた。

 

一機目、肩部に被弾、姿勢制御を失い爆散。

二機目、関節を破壊され機能停止。

三機目、後方からの奇襲を受け、推進器ごと粉砕される。

 

わずか数秒で、包囲網の半数が失われた。

 

残る三機が散開しつつ反撃を試みるが、ノーマはそれを見てもいなかった。

 

「……関係ない」

 

再びガンバレルが閃光を放つ。

一機は中破、逃走不能。

もう一機は至近距離から撃ち抜かれ、装甲ごと内部を抉られた。

 

最後のジンが斬刀を構え、突撃を仕掛ける。

 

「これ以上、好きにはさせるかっ!」

 

だが、すでに遅かった。

機体の構造が崩壊するように、分解されたように、最後のジンも静かに爆光に呑まれた。

 

戦場に、再び静寂が訪れる。

 

白いメビウス・ゼロだけが、音もなく宙を漂っていた。

 

(……“戦ってるふり”なんて、できないよ。ムルタ)

 

ノーマは旋回し、宇宙の闇の中へと消えていった。

 

 

目の前で、ローラシア級戦艦が崩れ落ちた。

無音の爆光が艦橋を包み、裂けたハンガーデッキからは炎と煙と、いくつかの影が吐き出される。

それらはすべて、音もなく宇宙に吸い込まれていった。

 

白いメビウス・ゼロのコクピットに座るノーマ・レギオは、静かにその様を見つめていた。

機体の周囲を旋回していた四基のガンバレルがゆるやかに収束し、母艦へと回収される。

 

そのとき、遠方の空域に赤い閃光が灯った。

信号弾――連合軍の撤退合図だった。

 

直後、アズラエルから通信が入る。

 

「……ノーマ、撤退。こちらの敗北です。至急帰還してください」

 

ノーマはわずかに頷き、短く応えた。

 

「了解」

 

機体を反転。戦域を後にする。

既に戦線は崩壊しており、勝敗は明白だった。

 

ネルソン級のMAデッキに帰還したメビウスは、焼けた機体を軋ませながら着艦する。

スラスターが静かに消え、揺れながら停止した。

 

コックピットが開き、ノーマがヘルメットを外す。

赤いバイザーを取り、無言でデッキに降り立った。

 

その場で彼女を待っていたのは、ムルタ・アズラエルだった。

スーツの男は腕を組み、薄く笑みを浮かべながら彼女を見つめていた。

 

「……目立つな、って言ったんですけどね」

 

ノーマは顔を上げ、無表情のまま答えた。

 

「やらなきゃ、やられるから」

 

短く、事実だけを述べる声。

アズラエルは小さく息を吐き、苦笑した。

 

「まったく……」

 

一瞬の沈黙が落ちる。

やがて彼は表情を引き締め、ゆっくりと続けた。

 

「……完敗でした。ボロ負けですよ、僕たち。

勝ったのは君だけ。いや、君“だけが”勝ったんです」

 

ノーマは視線を逸らさない。何も言わないまま、ただ立っていた。

アズラエルは、その沈黙に何も言わず、ふと目を伏せた。

 

「……早く終わらせないとね。こんな戦争は」

 

それが誰に向けた言葉だったのか――自分か、ノーマか。

あるいは、すべてに対してだったのか。

 

ノーマはやはり黙っていた。

だがその瞳の奥には、戦場の残響が、色を失わずに静かに揺れていた。

 

 

 

 

 

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