記憶なき少女は戦場にて   作:ヨリヨリ

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やっとアニメ1話です。短編のつもりだったけど長くなりそうです。


G計画

 

 

 

 

 

ザフトと地球連合が開戦してから、十一ヵ月余りが過ぎた。

 

戦火は徐々に広がり、いまや宇宙全域を覆う勢いで燃え広がっている。

そんな中――中立を掲げるオーブ連合首長国が、L3宙域の資源衛星ヘリオポリスで、地球連合と密かに軍事計画を進めていたという報が、ブルーコスモスの中枢に届いていた。

 

「……ふふ、なんともまぁ……人間不信が過ぎませんかねぇ?」

 

ネルソン級戦艦、その艦長室。

窓の外に浮かぶ星々を眺めながら、ムルタ・アズラエルは静かに、しかし皮肉を滲ませた笑みを浮かべていた。

 

「味方同士で探り合い、隠し合い……“共通の敵”がいるはずなのに、まったく、世知辛い話です」

 

椅子に深く腰かけた彼の隣で、少女――ノーマ・レギオは無表情のまま、視線を外の宇宙へ向けていた。

 

「……それ、ムルタが一番、人に言ってはいけないと思う」

 

「……うぅ、手厳しい。でも、正論です」

 

アズラエルは肩をすくめて笑ったが、すぐに真顔に戻る。

 

「オーブと大西洋連邦が組んでるなんて、思ってもみませんでしたよ。しかもMSの開発……“G計画”なんて大仰な名前までつけて」

 

静かにドアがノックされ、士官が一人入室する。

 

「失礼します、アズラエル議長。情報収集班より報告です。“それ”以上の接近は、現地との政治的摩擦が避けられないとのこと」

 

「ふぅん……限界、ですか。じゃあ――ここからは、《ホワイト・ゼロ》の出番ですね」

 

ゆっくりと立ち上がるアズラエル。その目には、憤りも、激情もない。ただ、目的のための冷たい決意だけがあった。

 

「行きましょう。ノーマ」

 

ノーマは頷き、小さく応じる。

 

「了解」

 

ふたりの影が、ブリーフィングルームをあとにする。

目指すは、中立を標榜する資源衛星《ヘリオポリス》。

 

そこには、世界の勢力図を塗り替える“兵器”が眠っている。

そして、ノーマにとってもまた――運命の歯車が静かに動き出そうとしていた。

 

 

 

地球連合の資源衛星《ヘリオポリス》を眼下に収めた宙域を、ザフトの艦隊が静かに包囲していた。

その先頭に立つ、ナスカ級高速戦艦《ヴェサリウス》。

艦橋には、フレドリック・アデス艦長と、仮面の隊長――ラウ・ル・クルーゼの姿があった。

 

「……あまりにも静かですね」

 

アデスが、前方スクリーンに映るヘリオポリスを見つめながら呟いた。

彼の指は、艦長席のひじ掛けをわずかに叩いている。癖のような仕草だった。

 

「本国からの指示はまだです。せめて返答を待ってからでも遅くは……」

 

その言葉を、クルーゼはすぐさま遮った。

 

「遅いな。こういう時、“本国”は決まって慎重すぎる」

 

仮面の下から吐き出された言葉は、冷笑にも似ていた。

 

「この数秒が、どれほどの“血”を意味するか――分からないわけじゃあるまい?」

 

「……その代償を、我らが払うことになる、と?」

 

アデスは静かに言い返す。

 

「その通りだよ、艦長殿。貴方の判断が遅れれば、我々は“犠牲者”になる」

 

クルーゼの声に怒気はなかった。だが、艦橋の空気は、明らかに一段冷え込んだ。

そして彼は、ふいに画面の向こう、ヘリオポリスの衛星面に視線を向けた。

 

「……出てくるだろうな。白い悪魔が」

 

その言葉に、アデスが眉をひそめる。

 

「白い……悪魔?」

 

「グリマルディ戦線に現れた、連合のMA。小型、無線誘導兵装搭載――ホワイト・ゼロ」

 

クルーゼの声が、まるで詩のように静かに響く。

「しかし、そんな情報は我々には……」

 

「――勘だよ」

 

仮面の奥から、抑えきれぬ愉悦をにじませるように、クルーゼは言い切った。

 

「勘。そして、“感覚”だ。嫌な予感がするのだよ……」

 

アデスが押し黙る。

 

その間に、クルーゼは艦橋を離れ、静かに格納庫へと歩き出す。

 

「……シグーを整備格納区画へ。発進準備を」

 

それは、彼自身の“意思”だった。

 

アデスは一瞬だけ目を伏せ、やがて静かに通信端末へ指示を出す。

 

「クルーゼ隊長、出撃準備。シグーをリフトへ」

 

背中越しに、クルーゼが静かに笑んだ気がした。

 

 

 

 

C.E.71年1月25日。

中立国オーブが所有する資源衛星《ヘリオポリス》。

 

その人工の空の下、工業カレッジの中庭は昼休みのざわめきに包まれていた。

制服姿の学生たちがベンチに腰かけ、笑い合い、電子端末を囲んで喋っている。

だが、その話題は明るくも、どこか現実味を欠いていた。

 

「見たか? ホワイト・ゼロの映像! ガンバレルって武器、めちゃくちゃ速ぇんだって!」

 

カズイ・バスカークが目を輝かせ、タブレットを掲げる。

画面には、白いモビルアーマーが高速旋回しながら敵を撃破する映像が映っていた。

 

「またその話かよ……」と苦笑するのは、隣のトール・ケーニヒ。

「でも確かに、あれはすげぇな。マジで“エース”って感じだ。戦争の映像にしては、映画みたいにかっこいいし」

 

「……戦争なんだよ、それ」

 

静かに呟いたのは、キラ・ヤマトだった。

彼はカズイの端末を一瞥し、手元の電子ノートを閉じる。

 

風が吹いた。人工気候のはずなのに、どこか重たい空気が流れる。

 

キラは立ち上がり、ふと見上げた青空に目を細める。

 

(……また“感じた”気がする。何かが、近づいてる)

 

かすかに耳鳴りがした。

理由のない胸騒ぎ――だが、それはこの一年、何度となく彼を襲ってきたものと同じだった。

 

 

同じ頃、コロニー外縁の公共ゲートから、ふたりの影が中に入っていた。

白い軍服に身を包んだ男と、赤いバイザーをつけた少女――

ムルタ・アズラエルと、ノーマ・レギオ。

 

アズラエルは道ゆく市民の顔を見回しながら、口元に微笑を刻む。

 

「へぇ……こんな辺境のコロニーに、連合はモビルスーツを隠してたんですか。

 ハルバートン提督もなかなか食えないお方で。中立国との合作なんて、まるで政治の見本市ですねぇ」

 

その一歩先を歩くノーマは、無言のまま。

やがて、足を止めると、空を――否、ドームの天井を見上げた。

 

「……来る」

 

そのひとことに、アズラエルが片眉を上げる。

 

「また予感ですか?」

 

ノーマは頷いた。表情は変わらない。だが、確実に何かを“聞いて”いるようだった。

アズラエルがわずかに息を吐く。

 

「ええ、君の“嫌な予感”は当たりますからね……」

 

その瞬間――

 

コロニーの中心部から、鋭い衝撃音が走った。

遠雷のような爆発音。

続いて、緊急警報が空気を震わせた。

 

《コロニー内に敵性反応。全住民は至急、避難ルートC3〜E7に従って行動してください》

 

空を裂くように灰色の機影が降下する。

それは量産型MS〈ジン〉。

爆煙とともに施設が次々と炎上していく。

 

「ザフト……!?」

 

アズラエルが呆れたように眉をしかめる。

その顔から、いつもの余裕がわずかに剥がれ落ちた。

 

ノーマは無言のまま、襟元に手を伸ばし、通信デバイスを起動する。

 

「……やっぱり」

 

「まさか、本当に動いてきたとはね。となると、G兵器が目的か……」

 

立ち上がる黒煙の向こうで、施設区画が崩落していく。

そこに人がいたことを、音だけが教えてくる。

 

ノーマは一瞬、目を伏せた。

その表情に、アズラエルが気づいたかどうかは分からない。

 

「さて、どうしましょうか。武装なしで英雄になるほど、私は図々しくありませんが……」

 

アズラエルの皮肉をよそに、ノーマはすでに駆け出していた。

その背中に、言葉はなかった。ただ、視線の先に“戦場”があった。

 

「まったく……」

 

アズラエルが後を追いながら、小さく笑った。

 

煙が空を覆い始めた。

コロニー内に、静寂はもう残っていなかった。

 

 

 

 

轟音が、コロニーの中心部を揺るがした。

 

緊急警報のサイレンが耳をつんざき、学生たちの笑い声は一瞬で悲鳴へと変わる。

工場区画のほうから、濛々と黒煙が立ち上っていた。

 

「なんだよ……う、嘘だろ……!?」

カズイが蒼白になりながら、教室の窓に駆け寄る。

そこには、降下してくるザフトのモビルスーツ――〈ジン〉の姿があった。

 

「ザフトだ……!」

 

誰かの叫びが、まるでスイッチのように、学生たちを一斉に動かす。

避難誘導のアナウンスが鳴り響き、教員たちの怒鳴り声が飛ぶ中――

 

キラ・ヤマトは、すでに走り出していた。

 

煙と爆音が街を包む中、キラは人波を縫うように駆けていた。

崩れたビルの影、割れたガラス、耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴。

だが、そのすべてを無視するように、彼の足は止まらなかった。

 

「こっちはダメだ、非常口が――!」

 

角を曲がったその先で、彼は**“ふたり”**と出会う。

 

――ひとりは、スーツを纏った男。

その佇まいには異様な落ち着きがあった。

笑みを浮かべていたが、そこに温度はなかった。

まるで、人間の皮を被った別の何かのように。

 

――もうひとりは、少女。

青みがかった髪を短く切り揃え、赤いバイザーをつけている。

軍の所属も階級章も見当たらない。

だが、彼女の身に纏う“空気”が、決定的に周囲と違っていた。

 

(あの人たち……)

 

キラは直感する。

 

ふたりはこの場所の“人間”ではない。

悲鳴や爆発音に一切動じることなく、ただまっすぐ前を見ていた。

まるで、こうした混乱が“日常”であるかのように。

 

「危ないですよ! こっちに!」

 

男――アズラエルが声を上げた。

だが、キラは一瞬だけ立ち止まり、そして小さく首を振る。

 

「僕は……大丈夫です! 先に行ってください!」

 

そのとき、少女のバイザーの奥から視線が向けられた。

キラと、少女――ノーマ・レギオの目が合った。

 

それは、凪いだ湖面のような瞳だった。

 

感情の色がなかった。怒りも、焦りも、恐怖も。

だが、ただひとつだけ……深い“哀しみ”だけが、そこには宿っていた。

 

(あの子……人を“殺してる”目だ)

 

そう、思った。

なのに、不思議と“憎しみ”は湧かなかった。

それどころか、その存在に触れた瞬間、自分の心がどこか震えるのを感じた。

 

キラは何も言えず、再び駆け出した。

 

ふたり――まるで戦場から切り離されてそのままここに来たような存在――

彼らの“異質さ”は、この平穏だったコロニーに、異物のように突き刺さっていた。

 

(……あの子は、誰だ?)

 

その問いだけが、キラの胸の奥深くに残った。

そしてこの出会いが、やがて自分たちの“運命”すら変えていくとは、

――そのとき、まだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

地下格納庫に響く警報と、遠くに届く爆発音――

コロニー内部での戦闘は、すでに始まっていた。

 

その一角。

重厚な格納ロックが開かれ、白い機体――《メビウス・ゼロ》、通称《ホワイト・ゼロ》が、ひっそりと待機していた。

 

「今回は任務じゃありません。君が出る必要は、どこにもないんですけどね……」

 

ムルタ・アズラエルの声は、どこか呆れ混じりだった。

だが、横に立つ少女は、何も言わず手を動かしていた。

制服の襟元に指をかけ、内蔵された通信デバイスを操作。

彼女の視線は、機体にまっすぐ向いている。

 

《起動信号、受信。パイロットID:ノーマ・レギオ、認証完了》

 

メビウス・ゼロが機械音を鳴らし、ゆっくりと起動していく。

 

「……はぁ。言っても無駄でしたか」

 

アズラエルは頭をかきながら、ため息をついた。

 

ノーマは無言のまま搭乗用リフトへと歩を進め、軽やかに機体へ滑り込んだ。

 

「わかりましたよ。無理はしないように。あとできれば――できればで結構ですけど、コロニーの施設は“破壊しないように”。いいですね?」

 

ノーマがコックピットから振り返り、ほんの僅かに唇を吊り上げた。

 

「……了解、“マスター”」

 

「ですから、“マスター”はやめてくださいって!」

 

アズラエルの声が上ずる。だが、返ってきたのは無音と点滅する発進灯だけだった。

 

エンジンが点火し、格納区画に光が満ちる。

真っ白なゼロが宙に浮き上がり、軽やかにハッチをすり抜けてゆく。

 

その背中を、アズラエルは黙って見上げていた。

彼女の決断を止める術は、もはや誰にもなかった。

 

「……さて。僕はどうしましょうかね」

 

独り言のように呟く。

通信も不安定、港湾区もすでに制圧されている可能性が高い。

この状況で、文官の彼が打つ手は少ない。

 

「先ほどの少年……無事に逃げ切れたのでしょうか」

 

ふと、目の前を駆け抜けた少年の後ろ姿が脳裏をよぎった。

何かに突き動かされるように、アズラエルは歩き出す。

 

そして――

 

彼の視線が、ある一点に吸い寄せられる。

 

崩れかけたビルの合間、爆炎が灯す赤い影。

その機体は、炎の向こうでゆっくりと姿を現した。

 

イージスガンダム。

 

赤く輝く装甲、地を這うように着地するシルエット。

その存在感は、他のモビルスーツとは一線を画していた。

 

アズラエルの表情から、微笑みが消える。

 

(どちらが正義かなんて、戦場では関係ない……)

 

だが、彼の胸には、ひとつの予感があった。

 

――この戦いは、ただの強奪劇では終わらない。

何かが始まろうとしている。

それは、連合も、ザフトも、そして中立国すら飲み込む、大きな“転換点”となる。

 

「やれやれ……また世界が、面倒な方向に転がりますね」

 

アズラエルは静かに立ち止まり、赤く燃えるガンダムの姿を、じっと見つめ続けた。

 

 

 

 

 

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