記憶なき少女は戦場にて   作:ヨリヨリ

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その名はガンダム

 

 

 

 

地下格納庫には、甲高い警報音が反響していた。

遠くで断続的に聞こえる爆発音――それは、すでに戦いが始まっていることを告げていた。

 

ノーマ・レギオは、無言でヘルメットの留め具に手をかける。

煙が充満した空気を吸わぬよう、無意識に呼吸を抑えながら、愛機の前へと歩を進めた。

 

《ホワイト・ゼロ》――連合軍が与えた名はそうだった。

だが、彼女にとっては、任務以上の意味を持つ唯一の場所。

記憶の一部が空白となって以降、ずっと共にいた存在でもある。

 

「今回は任務じゃありません。君が出る必要は、どこにもないんですけどね……」

 

背後でアズラエルの声がした。

それは呆れの混じった、けれどどこか――やさしい声だった。

 

けれど、ノーマは応えない。

胸元の通信端末に触れ、起動信号を送る。

 

《起動信号、受信。パイロットID:ノーマ・レギオ、認証完了》

 

無機質な音声と共に、ホワイト・ゼロが静かに目を覚ます。

格納庫の空気が、機体の放つ電流でわずかに震えた。

 

「……はぁ。言っても無駄でしたか」

 

アズラエルのため息が聞こえる。

それを背に、ノーマはリフトへと足をかけ、コックピットに滑り込む。

操縦桿を握るその手に、迷いはなかった。

 

「無理はしないように。あとできれば――できればで結構ですけど、コロニーの施設は“破壊しないように”。いいですね?」

 

やや間をおいて、ノーマはゆっくりと振り返る。

 

「……了解、“マスター”」

 

わざとそう呼んでみせると、案の定、アズラエルの声がひっくり返った。

 

「ですから、“マスター”はやめてくださいって!」

 

ノーマは何も返さず、ただ微かに笑った。

本当に、彼はいつも“らしい”。

 

発進灯が点灯する。

メビウス・ゼロのエンジンが唸りを上げ、格納庫の床が震える。

滑るように浮かび上がるホワイト・ゼロ。

 

その加速と共に、格納庫の出口へ向けて駆ける。

 

(……止めるなら、今だったんだよ)

 

コクピットの中、そう思う。

 

けれど、アズラエルは止めなかった。

止められなかった。

それを知っていたからこそ、ノーマは出撃する。

 

どこまで行っても、自分は“戦うための存在”。

それでも、今この瞬間だけは、命令ではなく――自分の意志だった。

 

 

 

 

人工重力の中で、二機の影が烈風のように交錯する。

 

〈シグー〉と〈メビウス・ゼロ〉。

仮面の男、ラウ・ル・クルーゼ。

そして、“不可能を可能にする男”――ムウ・ラ・フラガ。

 

「くっそ……! ガンバレル、全部潰されたか……!」

 

ムウのメビウス・ゼロはすでに多方向制御を失い、機体の旋回だけで敵機を捌いていた。

対するクルーゼのシグーは、高速機動を活かし、切っ先のように死角を突く。

 

その瞬間――

 

別方向から光の尾を引き、白い機体が突入してくる。

回転するように滑空しながら割って入ったのは、〈ホワイト・ゼロ〉。

 

「なっ……!? 白い……あのカラーは――“天使”かよ……」

 

メビウス・ゼロの双子機。

かつて“白い悪魔”と呼ばれたあの機体が、再び現れた。

 

「……やはり来たか」

 

クルーゼが呟いた。

仮面の下で、その口元がわずかに吊り上がる。

 

「白い悪魔……メビウス・ゼロ。その“もう一つ”。さて、君は何者か……試させてもらおうか」

 

〈ホワイト・ゼロ〉のコックピット――

バイザーの奥、ノーマ・レギオの双眸がわずかに細められる。

 

「……ドーム構造不安定。攻撃範囲、最小モードに移行」

 

淡々と呟きながら、ノーマはコントロールスティックを握り直す。

再展開されたガンバレルが、精密に、的確に、クルーゼの機体を追う。

 

――だが。

 

「正確、過ぎるな」

 

シグーが急旋回し、死角から抜けるように機銃を撃つ。

“的確な誘導”が、読みやすさに繋がっていた。

 

「戦場では、計算通りにいく方が――狩りやすいものだ」

 

クルーゼのシグーは、ムウを完全に無視し、ノーマだけに照準を絞っていた。

 

「この感覚……否、“気配”か。君は――人間じゃないな」

 

だが、その一瞬の隙を突き、ムウが背後から突進する。

 

「今だ! 挟み撃ちに――」

 

「邪魔ッ!!」

 

ノーマの一喝が、空気を裂いた。

即座に飛んだガンバレルが、ムウの進路を叩いて逸らす。

 

「なにっ!? おい、味方だろ!? マジかよ、そっちに怒られるのか……!」

 

ムウが舌打ちする。

 

ノーマは――あくまで“被害を出さず”戦っていた。

それゆえ、彼女の攻撃は限界まで“抑えられていた”。

 

地上――工業カレッジの裏手に、白い影が姿を現す。

 

〈ストライクガンダム〉。

MS開発計画《G計画》、第五の機体。

 

「……おや」

 

クルーゼの仮面の奥の瞳が、わずかに光る。

 

「あれが……“新型”か。では、拝見しよう――」

 

一瞬で加速。

クルーゼのシグーがノーマの攻撃を掻い潜り、ストライクへと突進する。

 

「ダメッ、それは――撃っちゃいけない!!」

 

ノーマの叫びが、戦場に響く。

 

だが、その声が届くより早く――

 

ストライクが動いた。

駆け出した少年――キラ・ヤマトが、迷いなく引き金を引く。

 

〈アグニ〉発射。

 

灼熱の閃光が、咆哮する。

灼けつく閃光が宙を裂き、わずかに遅れて爆風がコロニー天井をえぐった。

 

クルーゼの〈シグー〉は寸前で身を翻す。機体の左腕が焼け焦げ、通信ノイズが走る。

 

「……っ、これは……!」

 

仮面の下で、クルーゼが目を見開いた。

 

(この威力――あれが、最新鋭機の火力か)

 

爆炎の渦に一瞬巻かれながらも、彼の機体は姿勢制御を保って旋回する。

その刹那、ホワイト・ゼロが間合いに入る。

ガンバレルがシグーの脚部に迫るが――かすめるのみ。

 

「……ふふ、今日のところはこれまでだな」

 

通信が切れる。

 

シグーは重力をものともせず急降下し、格納宙域を目指す。

ノーマが舌を噛むように、低く呟いた。

 

「……逃がした」

 

戦闘区域に残るのは、白い機体と、焼け焦げた構造物の断面。

ホワイト・ゼロはホバリングを止め、静かに旋回する。

 

崩れた通路、照明が落ちた避難区画の空気は、爆煙と焦燥に満ちていた。

 

 

 

ストライクガンダムが格納された区画は、照明が半ば落ち、煙と緊張が渦巻いていた。

 

その一角――

数人の少年少女たちが、まるで時間を失ったように立ち尽くしている。

彼らの視線の先には、銃を構えたマリュー・ラミアスの姿。

 

「動かないで!」

 

銃声が、乾いた金属音となって格納庫の空気を裂いた。

少しでも間違えば――一歩でも動けば――この空間が、血に染まることもあっただろう。

 

「だまりなさい! 何も知らない子供が!」

 

声が震えていた。怒りというより、責任の重さに押し潰されそうになっているのがわかった。

 

(ふむ……なんと、誠実なお人だ)

 

アズラエルは、その場に現れながら、無言で様子を見守っていた。

マリューの台詞に、少しばかり胸を打たれながらも――彼女の“理想”が、この状況でどれほど無力かを、知っていた。

 

「中立だと……関係ないと言っていれば、まだ無関係でいられる。

でも……本当に、そう思っているの?」

 

その言葉に、少年たちは顔を伏せる。

恐怖と怒りと、混乱が入り混じって、誰もすぐには反論できない。

ただひとり――キラ・ヤマトだけが、マリューを真っ直ぐに見ていた。

 

(やれやれ、これはまた……)

 

そこまでで、アズラエルはようやく歩みを進めた。

つかつかと、足音を響かせながら、あえて視線をマリューに向けることなく。

 

「やれやれ……やっぱり軍人さんは、実に乱暴ですねぇ」

 

軽口を叩く。

だがその声音には、どこか張り詰めたものがあった。

誰もが神経をすり減らしている中で、あえて“日常”を持ち込むのが、彼のやり方だった。

 

マリューが振り返る。

銃口がこちらを向いた。

 

(さて、これは少し……スリリングだ)

 

「それで“撃った”からって、何かが解決するとお思いですか?

まるで教科書に出てくる、“理想の軍人”のようなセリフで」

 

目を逸らさずに告げる。皮肉の奥に、柔らかな警告をにじませながら。

 

「……あなたは?」

 

「これはこれは、申し遅れました。ムルタ・アズラエル。ブルーコスモス代表――ま、裏方ですよ。武器を握る立場じゃない」

 

淡々と名乗る。

だが、場の空気が少し変わったのを、彼は見逃さない。

 

「“軍に機密がある”のは、むしろ当然のこと。そこに中立の民間人が踏み込んでしまったなら――それは、誰の責任でしょうかね?」

 

学生たちに視線を送る。

優しげな微笑みを浮かべながら、その実、彼らの反応を一人ひとり観察していた。

 

(サイ・アーガイル……典型的な理屈屋。カズイは反射的に防衛的。ミリアリアは情緒不安定ぎみか……)

 

そして――キラ・ヤマト。

 

(君は……)

 

彼の表情だけは、読めなかった。

いや、正確に言えば、意図的に何も見せないようにしている。

それがどれだけ訓練された技術でなくとも、彼の心には明確な“覚悟の種”があることが、アズラエルにはわかった。

 

(なるほど、“彼”もまた選ばれたのかもしれませんね)

 

「まあ、安心してください。私は撃ったりはしませんから」

 

そのままマリューの背後に歩み寄り、肩越しにそっと囁いた。

 

「――ただ、彼らが“どちら側に立つか”。それはこれから、決まることですから」

 

そう、“子供”など関係ない。

今ここにいる者たちは、全員が“選択”を迫られている。

 

アズラエルは学生たちを一瞥し、心のなかで、誰にも聞こえぬ声で呟いた。

 

(どちらにしても――君たちは、もう戻れない)

 

それが、戦争という現実だった。

 

 

暗く埃っぽい施設の通路を、学生たちが必死の形相で駆けてきた。

老朽化した床がきしみ、酸素供給の不安定な空気の中で、彼らはようやく目的のトレーラーをストライクのもとへと運び込んでくる。

 

(――民間人の高校生に、戦争を支えさせる……か)

 

アズラエルはその光景を、壁際に立ったまま静かに見下ろしていた。

 

「どれですか? パワーパックって……」

キラ・ヤマトが焦った様子で辺りを見回す。

 

マリュー・ラミアスが迅速に指差した。

「武器とパワーパックは一体になってるの! そのまま、装備して!」

 

(軍属ではない民間人の少年に、最重要機体の整備指示……)

 

内心で皮肉げに笑う。だが、口には出さない。

今はすでに“非常”の領域だった。

 

ミリアリア・ハウが端末を見つめて呟く。

「まだ……避難命令、解除にならない……」

 

サイ・アーガイルが汗を拭いながら、かすれた声をもらす。

「親父やお袋……無事に避難できてるよな……?」

 

(……甘いな。だが、それでいい。君たちは“まだ”子供であるべきだ)

 

一方、カズイが明るさを取り繕うように言った。

「ったく……早く家に帰りてぇよ。飯食って、布団で寝たい……」

 

(それが“現実”だった時間は、もう終わった。――戻れはしない)

 

アズラエルはゆっくりと顔を上げる。

視線が、上空の空間に吸い寄せられていた。

 

「……来るぞ」

 

言葉と同時に、天井を切り裂く閃光。

白と黒、交錯する二つのMS。ノーマの《ホワイト・ゼロ》と、敵機《シグー》。

 

爆発の閃きが施設の天井に火花を這わせ、破片が降り注ぐ。

 

「ふせてッ!」

 

マリューが叫ぶ。

アズラエルも身を引き、咄嗟に後列の学生たちを手で庇うように動く。

 

その直後――

 

キラ・ヤマトが乗るストライクが立ち上がり、マリューの前に出た。

ストライクの腕が、盾のように彼女たちを守る位置に伸ばされる。

 

眼前、クルーゼの《シグー》が回頭し、ストライクへと突進する。

その殺気はまさにプロフェッショナルのものだった。

 

(これは……いけない)

 

アズラエルは言葉にしないが、内心で確信する。

この一撃が決まれば、キラと我々は死ぬ。ノーマも、守れない。

 

しかしその瞬間――

 

「冗談じゃないッ!!」

 

少年の声が、爆音を引き裂いた。

咆哮のようなアグニの発射音。

 

光の奔流がシグーをなぞり、右腕を吹き飛ばし――その余波は、コロニーの内壁をも突き抜けた。

 

アラートが鳴り響く。大気圧の異常、酸素流出。

そして、外壁の一部が爆裂する。

 

「……これが、ストライクの……!」

 

ミリアリアが呆然と呟いたその時、アズラエルは一歩引いて、己の中に浮かぶ不快な確信に目を伏せる。

 

(これが……“兵器”の力。そして、それを握るのが“子供”ということの意味)

 

だが、戦争は選ばせてはくれない。

 

爆煙の奥――現れたのは、白と青の艦影。

《アーク・エンジェル》。

地球連合の新型戦艦が、まるでその出現こそが必然だったかのように、戦場へと姿を現す。

 

「……出たか」

アズラエルが口の中で小さく呟いた。

 

《シグー》が反転し、その場を離脱する。

その後ろ姿を見送るマリューのつぶやきが、聞こえた。

 

「……逃げた、か」

 

沈黙。

戦場に残されたのは、まだ白煙の立ちこめる中に立つ《ストライク》――

 

そして、それを動かすことになった少年の、名もない背中だけだった。

 

 

 

 

 

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