記憶なき少女は戦場にて   作:ヨリヨリ

7 / 20
アークエンジェル

 

 

 

アークエンジェルの格納庫に、ストライクがゆっくりと滑り込んでくる。

その光景を、ホワイト・ゼロのコックピットからノーマは静かに見つめていた。

傷だらけの機体を、まるで引きずるようにして――それでも、たしかに帰還してきた。

 

(……戻ってきた)

 

自分もまた、メビウス・ゼロと共に格納リフトへ滑り込む。

機体が停止するや否や、ハッチが開き、冷たい艦内の空気が顔を撫でた。

 

降り立つ足元はまだふらつく。けれど、姿勢は崩さない。

ホワイト・ゼロは無傷ではなかった。だが、自分は生きている。

 

そして、ムウ・ラ・フラガもまた、同じように降りてきた。

その顔を見た瞬間、ノーマの眉がわずかに動く。

 

「……ムウ。邪魔だった」

 

言葉は淡々としていた。だが、感情は乗っていた。

バイザーの奥、睨むような視線を隠そうともせず。

 

ムウは目を丸くしてから、肩をすくめた。

 

「へいへい、悪かったな。助けたつもりだったんだがね」

 

即座に、ノーマは返す。

 

「……助けたのは、私」

 

それは、ただの事実だった。

誇張も謙遜もいらない。戦場での記憶が、冷たくそれを証明している。

 

ムウは一瞬だけ返す言葉を失い、それから苦笑した。

 

「……そりゃ一本取られたな。うん、たしかに。君が来なきゃ、俺はやられてたかもな」

 

「事実だから」

 

ノーマはそれだけを言い、視線を逸らした。

そのとき、遠くで駆け寄る足音。聞き慣れた声。

 

「ラミアス大尉!!」

 

振り返れば、ナタル・バジルール少尉の姿。

その姿に、マリューが顔を綻ばせる。

 

ノーマはそのやり取りを黙って見つめていた。

戦場で誰かと再会し、互いを思いやる――その絆が、どこか遠くに思えた。

 

ストライクのハッチが開いた音に、思わず目を向ける。

そして見えたのは、煤けた制服、傷だらけの顔――

 

(あ……)

 

少年。名を――キラ・ヤマト。

 

(やっぱり……あの人が)

 

赤いバイザー越しに見るその姿は、どこかあまりにも無防備で、脆そうだった。

だがその内に、確かな“強さ”があったことを、ノーマの体は覚えている。

 

(あのとき……撃たなかった)

(撃てなかった、じゃない。――撃たなかった)

 

その事実を、今さらながらに実感する。

 

「……この人……どこかで……」

 

呟いた自分の言葉に、誰も気づかない。

ムウが軽く肩をすくめ、場を和ませるように名乗る。

 

「地球連合軍第七機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉。……よろしく頼むよ」

 

「ノーマ・レギオ。連合軍特務准尉」

 

ノーマも淡々と名乗るが、敬礼はしなかった。

それが自分の立場を守るためか、彼に対するささやかな対抗心かは――分からなかった。

 

その後も、マリュー、ナタル、ムウが次々と名乗り合い、艦の現状を口にする。

この艦は、ほとんどの士官を失っていた。そして、マリューが“艦長”になった。

 

(……この艦も、私も、もう戻れない)

 

そして、アズラエル。

ノーマは、その背を一瞬だけ振り返る。

 

彼は――あの人は、黙っていた。

だが、その沈黙のなかに、何かを託しているような気がしてならなかった。

 

(私を止めなかった)

 

(でも、それでいい。だって、私は……)

 

それ以上は、言葉にならなかった。

 

「……ええ。許可します。ようこそ、アークエンジェルへ」

 

マリューのその一言が、すべてを結んだ。

艦の震動も、警報も、今は遠く感じた。

 

ノーマは、そっと目を閉じた。

 

自分の場所は、ここにある。

たとえ“選ばされた”としても――ここが、自分の戦場だと。

そして、ふたたび目を開いたその視線は、ただ前を見据えていた。

 

 

 

格納庫の一角。

天井の焦げ跡と、未だ漂う金属とオゾンのにおい。

この艦は、戦場の只中にある。そう、ノーマの感覚が告げていた。

 

非常灯の赤い光が、立ちこめる煙を淡く照らし出すなか――彼女は黙って立っていた。

ホワイト・ゼロの機体が背後にあり、メビウスの傷は整備員が静かに確認していた。

 

「……で、あれは?」

 

ムウ・ラ・フラガ大尉の声が、沈黙を破った。

ノーマの視線も、彼の示す先へと動く。

 

整備員に囲まれるようにして立つ少年。

その制服は煤けて破れており、靴の泥までが彼の異質さを物語っていた。

 

「ご覧の通り、民間人の少年です」

 

マリュー・ラミアス大尉の声は冷静だった。

だがその隣の少年――キラ・ヤマトと名乗った彼は、明らかに戸惑っていた。

目を伏せ、ただそこに立っている。

 

(……キラ・ヤマト)

 

ノーマはその名を、口の内でそっと転がす。

赤いバイザーの奥から、彼女はじっとその顔を見据えた。

 

あの少年が、Gに乗っていた――

そんな言葉が信じがたいようで、しかし、妙に納得もできた。

彼の背に、薄く“それ”が滲んでいたから。

 

「ふぅん……」

 

ムウの短い吐息が聞こえた。

嘲笑ではない。ノーマには分かる。

むしろ、それは――興味の兆し。

 

「彼のおかげで、先にジン一機を撃退し、それだけは守れました」

 

マリューの報告に、ナタル・バジルールが目を見開く。

「ジンを……?」と誰かが呟くのを、ノーマは傍らで聞いていた。

 

(“できた”のか、彼に)

 

それは疑問ではなく、実感だった。

 

ムウが少年に歩み寄っていく。

その背をノーマは見送る。思考の深層で、何かがざわめいた。

 

「君、コーディネーターだろ?」

 

その瞬間、空気が止まった。

 

「……はい」

 

少年の返答。それが引き金となり、兵の一人が銃を構える。

視線が、恐怖と敵意に変わるのが分かった。

 

(また、これ)

 

ノーマは、視線の波の変化にため息すらつけずにいた。

 

「な、なんなんだよそれは!」

 

トールと呼ばれた少年が庇うように立ちはだかる。

その一歩、その姿――ノーマの目に残る。

 

と――

 

「やれやれ。いつ顔を出そうか迷ってましたが……」

 

その声音に、ノーマの胸が微かに波打つ。

 

(来た)

 

ムルタ・アズラエル。

彼女を“戦わせる”存在。

彼女を“守ろうとする”存在でもある。

 

「コーディネーターだから、なんですか? 彼は子供でしょう。しかもザフト所属でもない」

 

アズラエルの声は、柔らかく、そして残酷に合理的だった。

それはナタルの警戒心も、兵の銃も、言葉だけで静かに崩していく。

 

「……彼は“戦争を望んだ子供”ではない。そう言いたいのですね」

 

ノーマは小さく息をつく。

 

(けれど、戦わされた。――私と、同じ)

 

キラが「第一世代」だと口にするのを聞きながら、彼女の眉がわずかに動いた。

 

(なら、ナチュラルと同じ。けど、違う。なら――)

 

どこにも居場所などない。その感覚に、心の端が冷えていく。

 

「……悪かったな。とんだ騒ぎにしちまって」

 

ムウの言葉が空気を戻し、キラの警戒心もわずかに緩んだようだった。

 

その時だった。ムウが言った。

 

「外にはまだ、クルーゼ隊がいる」

 

ノーマの呼吸がひとつ鋭くなった。

 

(来る)

 

そして、口にした。

 

「……それは、そう。絶対に、来る」

 

彼女の声に、誰も返さなかった。

ただ、艦の内部が少しずつ、次の戦場に向けて“呼吸”を始めた。

 

――整備員の足音。

――照明の明滅。

――遠くで鳴る、空調の異音。

 

彼女はただ、静かに立っていた。

キラを見つめ、アズラエルの沈黙を背で感じながら。

 

その沈黙が、かつてないほど重く、そしてあたたかくも感じた。

 

(……私は、どちらにもなれない)

 

だが、彼女は既に**“戦場に立つ者”**として、ここにいる。

 

そしてそれだけは、誰よりも――自分自身が、知っていた。

 

 

ふむ……だいたいの様子は見えてきましたかねぇ。

 

僕はブリッジの隅、モニター端末の前で立ったまま、彼らの会話を聞いていた。

ナチュラルで構成されたこの戦術艦の中で、わざわざ他人の議論に口を挟むのもどうかと思っていたが――それでも、限度というものがある。

 

「コロニー内の避難は、ほぼ完了してるそうよ。けど、さっきの戦闘で警報レベルは9に上がったって……」

 

ラミアス大尉。現場叩き上げというより、少し生真面目すぎるお嬢さん。

苦労してるのが声にも出ている。

 

「シェルターがロックされたってことか……んで、あのガキどもはどうする?」

 

フラガ大尉が天井を仰ぐように呟いた。彼は本当に――良くも悪くも「軍人」でないところがいい。皮肉屋だが、視野が広い。

 

「彼らは軍の機密を見たのです。拘束は妥当な処置でした。このまま開放するわけには……」

 

そう言ったのはバジルール少尉。

お硬い、実直、融通の利かない典型的な軍人――だが、嫌いじゃない。

 

おやおや、これは、割れてきましたね。

 

「じゃあ脱出にも付き合わせるってのか? 外じゃド派手な戦闘が始まるぞ?」

 

……まったく。何を迷ってるんですか、あなた方は。

 

この程度の状況判断、0.3秒もあれば済む話でしょう。

 

僕は溜息をつくと、ようやく足を進めることにした。ノーマも後ろに控えている。彼女は喋らないが、こういう場面では居てくれるだけで心強い。

 

「……随分と深刻な話ですねぇ」

 

わざとらしく朗らかな声を出す。

ブリッジの空気がピリッと変わる。僕の登場が気に食わないのか、あるいは気を遣っているのか。どちらでもいい。

 

「軍艦に民間人が立ち入るのは――」

バジルール少尉が眉をひそめた。

 

「まあまあ、そこはお目こぼしを。ちゃんと許可はいただいてますから。ね、ラミアス大尉?」

 

マリューが無言で頷く。……少々、顔が強張っている。自分でも困っているのだろう。

 

「子供に武器を持たせるか否か……これはなかなか、倫理的には重たい問題ですよ」

 

「あなたはどう考えているんです?」とマリューが問う。

 

「ええ、決まってるじゃありませんか」

僕は笑って見せる。だが、声には冷たさを含ませる。

 

「“生き延びる”ために必要なら、使うべきです。誰が手にするか、ではない。引き金を引けるか否か――それだけでしょう?」

 

バジルール少尉の眉間にシワが寄る。だが反論はない。

ムウが口を開いた。

 

「その前にさ、ナタル。俺があれを動かせるとでも?」

 

「え?」

 

「坊主が自分で書き換えたっていうOS、まだ見てないのか?

 普通の人間じゃ扱えねぇよ。あれは、あいつだから乗れてる」

 

あはは、やっぱりこの人、好きですねぇ。物分かりが早い。

 

「なら元に戻させて!」

 

ナタル少尉が食い下がるが、今度はノーマが口を開く。

 

「……“彼”にしか、動かせない。それが、今の現実」

 

シンプルな言葉。だが、事実だけが静かに突き刺さる。

僕は彼女を横目で見た。相変わらず、ぶれない。

 

「さてさて。ナチュラルの艦に、コーディネーターの少年、OSを書き換えた天才児、それを支援する民間の大人たち……ふふ、なかなかにカオスな絵面ですね」

 

沈黙が落ちる。

 

ああ、本当に、面倒な時代になったものです。

けれど僕は、知っている。

ここから先は、「正しさ」ではなく、「生存」が全てを決めるということを。

 

「――さて、大尉。命令は?」

 

僕は問いかけるようにマリューを見る。

彼女は僅かに戸惑ったが、やがて覚悟を決めた表情で頷いた。

 

 

 

 

アークエンジェル、艦内ブリーフィングルーム。

薄暗い照明の下、マリュー・ラミアス大尉がゆっくりと口を開いた。

 

「……キラ君、お願いがあります。もう一度、ストライクに乗ってもらえないかしら」

 

その瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。

 

キラ・ヤマト――

彼の瞳がわずかに陰る。そして、迷いなく首を振った。

 

「お断りします」

 

きっぱりとした拒絶。

その声音には、はっきりとした意志が込められていた。

 

「僕たちを……もうこれ以上、戦争なんかに巻き込まないでください」

 

ノーマは、静かにその言葉を聞いていた。

赤いバイザーの奥。ふだんは揺らがないはずの視線が、かすかに滲む。

 

(……そんなふうに)

 

「あなたの言ったことは、正しいのかもしれない。“僕たちの外の世界”は戦争をしてるってことも。でも……」

 

キラは拳を握りしめ、続けた。

 

「僕らは、それが嫌で……戦いたくなくて、中立のこの場所を選んだんです。それを……!」

 

ノーマは、思う。

その言葉が、どれほど重く、どれほどまぶしいか。

 

(――いいな)

 

口にはしない。ただ、胸の内にそっと沈めた。

 

(私も……そんなふうに言えたら)

 

だが、できない。

選べなかった。

戦うことを――強いられて、生き延びることしか、与えられていなかった。

 

壁際に立つアズラエルの視線を、ノーマは感じていた。

彼は黙って、腕を組み、ただこちらを見ている。

 

(……見ないで)

 

そう言いたくなるような、やわらかな視線だった。

 

(私が、揺れてるって、気づいたの?)

 

――違う。

きっと、最初から全部、見透かされている。

 

「ラミアス大尉、ラミアス大尉。至急ブリッジへ」

 

艦内放送が沈黙を破る。

マリューが顔を上げ、ムウが即座に言う。

 

「MSが来るぞ! 早く上がって指揮を取れ!君が艦長だ!」

 

「私が……?」

 

マリューは驚きながらも、すぐに顔を引き締めた。

 

「わかりました……アークエンジェル、発進準備! 総員、第一戦闘配備!」

 

「大尉のMAは?」

 

ナタルの問いに、ムウが肩をすくめる。

 

「だめだ、被弾して出られん」

 

ノーマは、一歩前に出た。

 

「……私は、出られる」

 

その言葉に、誰も異を唱えなかった。

 

彼女の中で、何かがすでに決まっていた。

 

アズラエルの視線を、背中に感じる。

それは命令でも、願いでもない。

ただ――沈黙の中の、祈りのようだった。

 

「では、フラガ大尉にはCICをお願いします。ノーマ准尉、メビウス・ゼロで出撃を」

 

頷く。感情は、顔に出さない。

でも、心の奥でひとつ、そっと思った。

 

(……見ていて。私は、ちゃんと戻ってくるから)

 

ブリーフィングルームを出る直前、振り返らずに――

ノーマは、わずかに唇を動かした。

 

「……キラ・ヤマト」

 

名を、噛みしめるように。

まるで、自分に言い聞かせるように。

 

――まだ私は、終わっていない。

まだ、きっと。

 

選べなくても、生きていくことはできる。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。