記憶なき少女は戦場にて   作:ヨリヨリ

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アズラエル浄化されて綺麗になっちゃった。誰だこれ?


支える者、支えられる者

 

 

 

 

アークエンジェル内、夜間モードの照明が落とされた静かな区画。

ノーマは、薄暗い自室のベッドに横たわっていた。

 

天井を見つめる瞳に、何も映らない。

戦闘は終わった。だが、胸の奥に残るのは、硝煙でも、振動でもない。

 

――誰かの“叫び”。

――消えていった“気配”。

 

それらが耳の奥で鳴り続けていた。

 

「……慣れてるはず、なのに」

 

ぽつりと漏らした言葉が、誰に届くわけでもなく空気に溶ける。

 

そのとき――

ドアが開いた。

 

「失礼しますよ。あ、鍵……かかってませんでしたね」

 

軽い調子の声。だが、そこに含まれる気遣いに、ノーマは気づいていた。

 

「……ノックぐらい、してほしい」

 

背を向けたまま、静かに言う。

 

「やましいことでもしてたんですか?」

アズラエルが微笑交じりにそう返すと、ノーマはプイと寝返りを打った。

 

「……ない。でも、してないから……」

「なるほど。では次からも遠慮なく」

 

気軽な言葉と共に、彼はベッド脇の椅子に腰を下ろす。

 

「キラ君とストライク、戻ってきましたよ。大したものです、あの年齢で。

しかも今回は――避難ポッドまで拾ってくれたとか。まったく、トラブルメーカーがまたひとり増えましたね」

 

ノーマは返事をしなかった。

 

しばしの沈黙。アズラエルが立ち上がりかけたその時――

袖口を、柔らかい手が掴んでいた。

 

「……」

 

振り返った彼の瞳に映ったのは、言葉にできぬ感情を滲ませた少女の横顔。

泣いていたわけではない。

だが、確かに何かが“あふれて”いた。

 

アズラエルはそっと腰を下ろし直し、黙ってノーマの髪を撫でた。

 

「……大丈夫。君がそうしてくれるなら、僕は――いつだって、君の味方ですよ」

 

ノーマは何も言わない。

だが、その小さな手は、しばらく彼の袖を離さなかった。

 

 

 

 

ストライクの格納区画――

会話の波が崩れる音と共に、少年が踵を返して走り出した。

 

「僕は……くっ!」

 

言葉を吐き捨てるように、キラ・ヤマトは通路へと駆け出していく。

 

「おいっ、キラッ!」

 

トールの叫びが響くが、それは届かなかった。

 

「……おや?」

 

ムルタ・アズラエルはその場に立ち、少し首を傾げながら、キラを追いかけるように走り出した小さな影――ノーマ・レギオの姿を目で追った。

足取りは軽く、だがどこか切実さを帯びていた。

 

(彼女が動くのは、感情か、それとも本能か)

 

皮肉にも似た、けれど興味深げな思考が脳裏をよぎる。

背後では、ざわめきが再び立ち上がっていた。

 

「え? なに? 今の、どういうこと? あのキラって子……あの……」

フレイ・アルスターが混乱を隠さず口にする。

 

「君の乗ったポッド、MSに運ばれてきたって言ってたろ? あれ、操縦してたのがキラなんだ……」

サイの声音は淡々としていた。

 

「え~~!? あの子? でも、なんでMSなんて……?」

 

「キラは、コーディネーターだからね」

 

その一言で、場の空気が微かに冷えた。

 

「カズィ……!」

トールが目を鋭くし、ミリアリアがそれを止めるように睨みつける。

 

「……うん、キラはコーディネーターだ。でもザフトじゃない」

 

「うん。私たちの仲間、大事な友達よ」

 

ミリアリアのその言葉に、フレイが何かを飲み込むように視線を伏せる。

 

そんな中、アズラエルは一歩だけ前に出た。声は低く、そしてどこか優しかった。

 

「不安ですか? 彼が怖いですか?」

 

振り向いた彼女たちの表情は、驚きに揺れていた。

 

「コーディネーターも、ひとりの人間です。心があり、血を流せば、死ぬ」

 

「キラ君は、キラ君です。我々と……何も変わりませんよ」

 

その言葉に、誰もが一瞬、目を見張った。

――それは、あの「ブルーコスモス」に連なる人間が言うとは思えない内容だった。

 

だが、アズラエルの眼差しは冗談でも挑発でもなかった。

ただ、静かに、事実を伝えるように見えた。

 

(どんな理想や思想より先に、今ここにいる子供たちの現実がある)

 

そう言っているような、そんな声だった。

 

一同が言葉を失ったまま、アズラエルは軽く会釈すると、踵を返した。

 

「……さて、私は“悪魔”らしく、もう少し彼の様子を見てくるとしましょうか」

 

軽口に似たその一言だけが、彼の“本心”を曖昧に隠していた。

 

 

 

キラ・ヤマトは、艦内の薄暗い通路にひとり腰を下ろしていた。

背中を壁に預け、膝を抱えるその姿は、少年というにはあまりに疲れ切っていた。

 

「……MSに乗れたって、戦争ができるわけじゃない……」

 

小さく漏らしたその声は、誰にも届くことはないはずだった。

 

だが――

 

「コン、コン」

 

控えめなノックが響いた。

顔を上げると、赤いバイザーを付けた少女が静かに立っていた。

 

「隣、いい?」

 

そう言って、返事も待たずにキラの隣に腰を下ろす。

 

「……君は……?」

 

キラが戸惑いながら口を開くと、少女はすぐに答えた。

 

「ノーマ・レギオ。よろしく」

 

「え?」

 

「『君は……』って言ったから。違った? 私」

 

「い、いや、そうじゃなくて……あっ、キラ・ヤマト……よろしく」

 

ぎこちなく差し出されたキラの手を、ノーマは迷わず握った。

指先は細く、小さな手だったが、どこか温かかった。

 

少しだけ、沈黙。

 

「辛い?」と、ノーマ。

 

キラはゆっくりと首を横に振る。だが、その声には迷いが滲んでいた。

 

「……ムウさんが、できることをやれって。そう言ってくれたんです」

 

「それで、いいよ」

 

ノーマの声は、静かだったが、まっすぐだった。

 

「できないなら、やらなくてもいい。やりたくないなら、やらなくても」

 

「でも……!」

 

キラが顔を上げた。その目は濡れていた。

 

「――私が守るよ」

 

ノーマは、ためらいもなく言った。

 

「キラも、キラの友達も、全部。全部、守る」

 

キラは、言葉を失った。何かを返そうとして、唇を噛む。

だが、次の瞬間にはもう、ノーマは立ち上がっていた。

 

「またね」

 

それだけを言い残して、彼女は歩き去っていく。

キラはその背を、黙って見つめていた。

 

そして、その通路の影に、もう一人の姿があった。

 

ムルタ・アズラエル。

艶やかなスーツの裾を揺らしながら、無言でふたりのやりとりを見届けていた。

やがて、彼はそっと目を細め、つぶやく。

 

「……僕の出る幕は、なさそうですね」

 

皮肉めいたようでいて、どこかほっとしたような声音だった。

 

ただそのまま、彼もまた、誰にも気づかれることなく通路を後にした。

 

 

 

アークエンジェルの格納庫――

 

戦闘の熱気がまだ船内に残る中、その一角で《ホワイト・ゼロ》が冷却ガスを噴きながら静かに鎮座していた。

 

「……すげぇ……」

 

カズイが思わず息を呑むように言った。

 

艦のスタッフですら距離を取って作業している、その白い機体の姿に、彼らは圧倒されていた。

 

「こいつが、連合の切り札ってやつか……?」

 

「いや、それより……乗ってたの、あのノーマって子だよな?」

 

トールが驚いたように呟いた。

 

「えっ? あの子が……?」

 

フレイも思わず前のめりになる。

 

「信じらんないよな、あんなちっちゃい子があんなの操ってさ……」

 

カズイが首を振りながら言った。

 

「……俺、あとでサインもらってこようかな」

 

軽口まじりに笑うカズイ。

 

だが――

 

「……やめときなよ、それは」

 

ミリアリアの声が、その場をぴたりと静かにした。

 

「えっ?」

 

「さっき、整備士の人たちが話してた」

 

ミリアリアはホワイト・ゼロを見つめたまま、ぽつりと続ける。

 

「コックピットから出てきたノーマさん……誰とも目を合わせなかったって」

 

「ずっと前を見てて、静かで……でも、近寄りがたくて」

 

「……笑ってなかったって」

 

沈黙が落ちる。

誰も冗談を返せなかった。

 

「……あの子、戦ってたんだよ。私たちが想像もつかない場所で、一人で」

 

ミリアリアの声には、かすかな震えがあった。

それは、同じ“年齢”を生きる者の、痛みを知ってしまった者の声だった。

 

ホワイト・ゼロの白い装甲が、無言のまま彼女の戦いを物語っていた。

 

――それは、ただの英雄機ではない。

 

その上には、確かに“誰かの現実”が乗っていたのだ。

 

そして、その誰かは――

彼らと同じ、ただの少女だった。

 

 

 

静まり返った艦内の廊下。

わずかに響く靴音の主――ムルタ・アズラエルは、ゆるやかな足取りで歩いていた。

思考に沈むその表情は、いつもの笑みを張り付けたものではない。

ほんの少し、陰のある目。

 

そんな彼の前に、ふと人影が現れた。

まるで、待っていたかのように。

 

「……私は、ちゃんとノックするよ?」

 

声をかけたのは、ノーマ・レギオだった。

いつものように無表情の中に、ほんの僅かに揺れる感情。

 

アズラエルは足を止め、微かに口元を緩める。

 

「根に持ってるんですか?」

 

ノーマは、少しだけ目を伏せて――小さく唇を尖らせるように言った。

 

「む……ムルタには、ノックしないから」

 

「構いませんよ?」

 

平然と返されたその言葉に、ノーマはそっぽを向いた。

 

「ふん……」

 

その小さなやりとりに、ほんの一瞬だけ、廊下の空気が柔らぐ。

 

だがすぐに、艦内放送がそれを断ち切った。

 

《キラ・ヤマトはブリッジへ。繰り返します、キラ・ヤマトはブリッジへ》

 

無機質なアナウンス。

それは、戦いがまだ終わっていないことを告げていた。

 

アズラエルが、ぽつりと呟く。

 

「彼……どうすると思いますか?」

 

ノーマは答えるまでに少し間を置いて――それでも、はっきりと言った。

 

「戦うと思う。でも……」

 

「でも?」

 

「……誰かがいてくれないと、壊れると思う。きっと」

 

その目は真っ直ぐで、どこか痛々しいほどに澄んでいた。

 

「ムルタ……支えてあげて。私にしたように」

 

その言葉に、アズラエルは一瞬だけ目を伏せた。

静かに、深く呼吸をひとつ。

 

「…………えぇ。任せてください。あなたで鍛えられましたから」

 

それは、冗談とも本気ともつかない言い回しだった。

だが、嘘ではない――心からの返答。

 

ふたりの間に、沈黙が落ちる。

だが、それは冷たいものではなかった。

戦場を知る者同士にしか流れない、静かで濃密な沈黙だった。

 

アズラエルが、何気ない調子で口を開く。

 

「……予感はしますか?」

 

ノーマは迷いなく、すぐに答えた。

 

「うん。敵、来るよ」

 

その声には、確信があった。

理屈でも理論でもない。彼女の“感覚”が、そう告げている。

 

アズラエルはわずかに眉を動かし、前を向いた。

 

――この戦いは、まだ序章にすぎない。

その予感が、胸の奥で冷たく膨らんでいくのを、彼は確かに感じていた。

 

 

 

 

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