アクセル。
魔王軍の侵攻もなく、高レベルのモンスターも現れない、平穏な街。
この世界に来てからアクセルに移動して数か月、いつものようにクエストを終える冒険者イチノセは酒場のテーブルに着くと、向かいでジョッキを仰ぐ厳つい格好の男に話しかける。
「昼間から酒とは感心しないね。暇ならクエストでも受けてみたらどうかな」
「ふっ、オレがモンスターと戦う、か……その時は意外に遠くないのかもな。……おい、そこの姉ちゃん、クリムゾンビア持ってきてくれ」
「君がまともな武器を握っている所を僕は一度も見たことがないんだけれど」
そう言ってニヤリと笑う冒険者――ではなく機織り職人の彼は店員を呼び、酒を追加で注文する。
ついでに僕も昼食を頼んだ。今は多くの冒険者がクエストに出ていて、酒場は閑散としている。料理が届くのに時間はかからないだろう。
「それで、命知らずのソロ冒険者。依頼はうまくいったのか? 今日はお前の話を肴にするつもりで来たんだ、じっくり聞かせてもらうぞ」
「いつも通りの指名依頼さ。今回の依頼主は“一撃熊”の剥製が欲しいらしくてね。しかも見た目まで細かく指定されていて、探すのに苦労したよ」
「おお、一撃熊か。そりゃ激しい戦いになったろうな」
彼は冒険話を聞くためにギルドに入り浸っているらしく、知り合ってからはイチノセとこうしてクエスト後の時間をよく過ごすようになった。
そして彼にはもう一つ、少々悪趣味な楽しみがある。新人が集まる街、アクセルでしかできないこと。
「おい……見ねえ顔だな。それになんだ、その妙な格好は」
話を遮るようにギルドの巨大な扉が開く音が響くと、見慣れない二人組が入ってきた。
冒険者には見えない風貌の彼らに向かって、彼はいの一番に声をかける。
青い髪の女性はその威圧的な態度に怯えた様子を見せる。
こうして新人を怖がらせるのが楽しいらしい。中々に悪い趣味だ。
「そうやって新人を脅かすなってこの前、職員さんに注意されたばかりだろ? 次も注意で済むとは限らないんだから、やめといた方がいい……って」
「実は遠くから来たばかりで、今この街に着いたところなん……だ……」
ジャージ姿の彼と目が合うと同時、互いに言葉が止まる。
「イチノセ⁉ なんでお前がここに――」
「人生、いずれの処にか相逢わざらん、か……。まさかこんな所で再会できるとはね。元気にしてたかい? カズマ」
中学以来、すっかり顔を合わせなくなっていた昔馴染み――サトウカズマ。
もう会うことはないと思っていたが、まさか異世界で再会するとは。
「この出会いは運命か神の奇跡か、あるいは……いや、まさかな」
そう呟いてギルドを後にした織屋。彼と入れ替わるように、二人は向かいの席に腰を下ろす。
先ずは自己紹介から。
「僕はイチノセ。君もカズマと一緒にこっちに来たのかい?」
「そうよ。でも私はカズマとは違うわ。私は水の女神アクア、この世界にいるなら勿論アクシズ教は知ってるわよね? あの子たちが崇めているご神体がこの私よ!」
アクアと名乗る女神様は、立ち上がると誇らしげに名乗りを上げる。
内容が内容なだけに周りの目を変に引いてしまっていた。女神を騙る変人とでも思われているのかもしれない。僕にもそう見える。
「存じているとも。信心深い信徒の多い事で有名な二大宗教の内の一つ、だね。最高司祭様のアークプリーストとしての実力は王国でも屈指だと聞いているよ」
満足そうに頷いて見せるアクア。
「へえ、一応ちゃんとした女神なんだな。ていうか、イチノセもこっちに来るときに会ったんじゃないのか?」
「いや? アクア君とは初めまして、だよ」
過去に一度女神様が下界に降臨したという話は聞いたことはあるが、お目にかかったことは無いし、アクア君とも会ったことは無い。
特徴的な青い髪をしているから一度見たら忘れる事もないだろう。
「そういえば、以前教本を貰ったっけ……ああ、これだ。カズマも読んでみるかい?」
「どっから出したんだよ。もしかしてスキルか? ……”アクシズ教”って書いてあるな」
教本を受け取ったカズマがパラパラとページを捲る。
「どう、アクシズ教は? カズマも入信すればきっと幸せになれるわ!」
「”アクシズ教、教義”……なんだこれ、ふざけてんのか?」
アクアはカズマの首を絞めた!
「それでカズマ、なんで年中引き篭もりのあんたに知り合いがいるのよ。もしかして私の知らないところで友人まで持ってきちゃったの?」
「引きこもる前の友達に決まってんだろ。お前は俺が生まれた頃からずっと引きこもりだったと思ってんのか?……それで、イチノセ。いつから異世界に来てたんだ? 見た感じ結構この世界に馴染んでるように見えるけど」
絞められた跡をさすりながら尋ねてくるカズマ。
「うーん……そろそろ一年くらいかな。アクセルに越したのは割と最近なんだけど。カズマは来たばかりって感じだね」
「まあな。あと、アクアが言ってたんだが、ここってホントにモンスターとかがいるファンタジー的な世界なのか? 街を歩いてる限りだと平和そうだし、魔王軍なんかがいるようには全く見えないぞ。なんか拍子抜けなんだけど」
「なによ、私が嘘ついた思ってるわけ?」
「だって、お前ギルドの場所も知らなかったじゃん」
不満げな顔をするアクアに対して、冷ややかな目を向けるカズマ。
「ここは魔王城から離れているし、強力なモンスターも少ないからね。手に汗握るような死闘がしたいなら、ここでレベルを上げて王都に行くことを推奨するよ」
実力が付き始めると、ここらのモンスター程度だと唯の日銭を稼ぐ手段になってしまうわけだ。
「し、死闘とまでは言ってないんだが……。じゃあ、当面の目標は王都でクエストをこなせるくらいまでレベリングって事だな。そうと決まれば、早速冒険者になるとするか!」
「まあ、困ったときはいつでも頼ってくれたまえよ。それなりに余裕はあるからさ」
「おう、ありがとな。軽くその辺のモンスターでも倒してくるぜ。行くぞ、アクア」
席を立ったカズマたちが受付に向かう。楽しそうで何よりだ。
丁度注文した料理も運ばれてきた。
昔から要領のいい奴だったから別段心配もしていないが、それでも何かと行き詰まることもあるだろう。
僕も来たばかりの頃は、いろいろ苦労したものだ。
「あの時は、一週間くらい野草で食い繋いでたな。……思い返せば、あの時師匠に拾ってもらわなかったら、カズマと会うこともなかったわけだ」
この世界での命の恩人であり、戦う術を指南してくれた師匠が僕には居る。
癖の強い人ではあるものの、実力は相当なものだった。まともに戦って負ける所が全く想像できない位には。
「いつかはお礼の一つもしたいけど……今どこにいるのか、さっぱり分からないから困ったものだ」
――しばらくして、遅めの昼食が終わろうとしていた、そのとき。
カズマとアクアが戻ってきた。
何かを逡巡するカズマ。そして、先の勢いとは打って変わって蚊の鳴くような声で一言。
「……イチノセ。金貸してくれ」
冒険者になるには登録手数料が必要とのこと。
僕の場合は師匠が手続きをしていたから、お金が掛かる事すら知らなかった。
まあ普通に考えてみれば当然ではある。
「最弱職の《冒険者》か……。はぁ、幸先悪いなあ」
「そう落ち込まないでくれよ、カズマ。水滴石を穿つ、と言うだろう? まずは地道にレベルを上げていこうじゃないか」
「それもそうだな。……とは言っても碌に武器もない俺達に出来るクエストなんて無かったし、そもそも今日泊まる分の金すら持ってないからな。とりあえず仕事を探す所からか? イチノセ、この街ってバイトとかあるのか?」
「えー、私、女神なんですけど。普通に働くとか考えられないんですけど」
登録を終え、テーブルに戻って今後の方針について考えるカズマとアクア。一文無しの二人の資金はマイナスからのスタートになった。
勿論ここで帰るなんて薄情な事をするつもりは無い。
「バイトはあるけど、それじゃいつまで経ってもクエストなんて受けられないよ」
「いい方法でもあるのか? 駆け出し冒険者定番の金策とか」
僕は首を横に振り、ジャリジャリと鳴る袋をテーブルの上に置く。
「これ位あれば二人分の装備と数か月分の宿代にはなるはずさ。僕も初めは見ず知らずの人に助けて貰ったからね。遠慮せず使ってくれたまえよ」
中身は100万エリス。 冒険者としてそれなりに実力をつければそう大きな金額でもない。
とはいっても僕の場合は少し特殊なので単純な実力で稼いでいる訳ではなかったりする。
「……。」
「カズマ、こういう時は貰っておかないときっと後で後悔することになるわよ。 アクシズ教の教本にもそう書いてあるわ」
カズマは眉間を抑えると、暫く考えを巡らせていた。
「いや、バイトから始めることにするよ。数年振りに会ったその日でここまでしてもらうのは流石に良心が痛むわ」
「……そうかい、ならせめて当分は家で生活するといいよ。部屋なら何個か空いてるからね。馬小屋で寝泊まりは嫌だろう?」
「ねえ、私もバイトしなきゃいけないの?」
こうしてカズマとアクアの異世界バイト生活が始まった。
「――そういえばイチノセの職業は何なんだ? この街にいるって事は戦士とかか?」
「ああ、言ってなかったか。まあ戦士みたいなものなんだけど、僕の職業は《商人》、だよ。」
「……? いや、商人は冒険者に入らないだろ」