ロゴス先生のちょっと(かなり?)変わった子育て方法 作:青瑠璃
「ドクター、寄りたいところがあるのだが、共に来てはくれないだろうか」
翌日。私が夜に甲板でヴェールと話していたことを知ってか知らずか、いつも通りの顔でロゴスは執務室にやって来てそんなことを言い出した。
「艦の行き先はアーミヤたちと相談しないと決められないんだけど……」
「うむ、今向かっている途中に、寄りたい場所があるのだ」
私が言い淀むことすら見抜いていたかのように、ロゴスはそう言った。まぁつまり、一緒にそこに来て欲しい、と。
「分かったよ」
私がそう頷くと、ロゴスは優しく微笑んだ。
「ならば今片付く仕事を終わらせてしまわないとな。……ドクター、中途で逃げる訳ではあるまいな?」
ロゴスが人当たりの良さそうな笑みで私にそう言った。
あー、これは逃げられない。
ロゴスという強過ぎる秘書に見守られながら死ぬ思いで書類作業を片付けると、間もなく彼の言う寄りたい場所とやらにロドスが停泊した。
「行こう。我が案内する」
とロゴスに手を引かれてロドスを降りたが、そこにヴェールがいないことが気掛かりだった。
「ヴェールは?」
「先に降りておる」
「……?」
ロゴスの言っている意味がよく分からなかった。なぜならロドス本艦は停まったばかりで、いつどうやってヴェールが先に降りたのか、予想がつかなかったから。
ロゴスが向かったのは、深い深い森の中だった。歩いても歩いても森が続き、どこを見てもツタが絡まったり毒々しい色を持つ葉や花などがあって私は思わずロゴスに飛びついてしまったが、どうやらそれら植物に毒はないとのことだった。
なら一体どこへ向かっているのか、と私が訊ねようとした時、森の奥で何かが走り回る足音が聞こえた。同時にロゴスが足を止め、私も立ち止まってその先を覗き込んだ。
そこには、赤茶色の毛をしたキツネたちが数匹飛んだり跳ねたりしている様子があったのだ。森の一部に切り開かれたかのように広がる草地で、キツネたちが空から降り注ぐ陽の光を喜んでいるかのように、あるいは踊っているかのように。
「……河谷と同じような環境の提供は難しくてな。せめてもと思って、河谷に自生していた植物らを、この何もなかった荒野に移して増殖する呪術を掛けていたのだ」
赤茶色のキツネの群れを眺めながら、唐突にロゴスがそう語り出した。急になんの話だと聞いても、ロゴスはロゴスのペースを崩さないので、私は黙って聞くことにした。
「そのあとは植物の成長力に委ねていたのだが、これ程まで深い森が出来るとは想像はしていなかった。もしかしたらあの子らがバンシーから学んだ呪術を、応用して広げたのかもしれないな」とロゴスは話し続ける。「河谷の規模は徐々に小さくなっていた故、囁かな災害にすら気づけぬことが多々増えていた。我が幼き日、一度だけ河谷に広がっていた森が落雷で火事になってしまい、我が気づいた時にはすでに幾らかの生き物たちが焼失していたのだ」
ロゴスがなぜそんな話をしたのかは理解出来なかったが、私はだんだんとあることが分かり始めていた。
「それが、あのキツネたちだったと?」
私が問うと、ロゴスは静かに頷いた。
「我と親しくしてくれていた赤茶跳獣がおってな。その火事の以降姿が見えなかったから、我は焼失したものだと思っていたのだ……ヴェールが現れるまでは」
「ヴェール……?」
なぜそこでヴェールの名前が……? 私は意図が分からなかったが、ロゴスはずっと、キツネたちから目を逸らさずにいた。私は答えを探そうとその視線を辿ってもう一度キツネたちを見やると、一匹のキツネが、こちらを見つめ返していることに気がついた。
その一匹のキツネがこちらに走り寄ってきて、私は襲われるんじゃないかと思わずロゴスの袖を掴んでしまったが、ロゴスはそこから微動だにしなかった。それどころかそのキツネがどんどんと大きくなりながら近づいてくるので私は声をあげそうになったが、よく見るとそれはみるみる内に人の姿になっていき、私たちの前に来る頃には一人の人間の子どもになっていた。
灰色髪で羽角のある少年の姿に。
「ヴェール……?」
私が彼を呼ぶと、キツネだったその少年が俯いた。
「ごめんなさい、ドクター。騙すようなことをして」高く子どもらしい声が少年の口から発せられた。「でもね、パパ……じゃなくて、ロゴスのことは、本当にパパみたいに大好きなんだ。怒らないでね……」
私は落ち込むように下を向いたままの子どもを怒る気にもならず、隣にいるロゴスへ視線を投げた。伏せ目がちなロゴスから、逆に憂いの感情を見つけ出すのは難しい。
「知ってたの?」
私は怒るより先に、ロゴスにそう聞いてみた。すると一言、
「うむ」
とだけロゴスは答えて。
私はヴェールの前に膝をつき、彼の肩に手を置いた。
「怒らないよ、ヴェール」
私がそう言うと、驚いた顔をして黄色い目が見つめ返してきた。こうして改めて見てみると、その黄色い瞳は、キツネの姿の時のものだったのだろうと気づく。
「僕、家族やみんなのところの居場所を作りたくて……ロゴスのところに行ったんだ」ヴェールはようやく、本当のことを話し始めた。「ロゴスの真似した姿で行ったら、ロゴスはすぐに受け入れてくれたから……でも、ロゴスは僕が誰かなのかもう見抜いてて」
「うむ」
ロゴスは頷いた。
「パパもママもいなくて嬉しかったから……だから、ロゴスの息子のフリをしていたんだ……」
ヴェールは何度も瞬きをした。その大きな黄色い瞳から、今にでも涙が零れそうだった。
たまらず私はヴェールを抱きしめ、頭をわしゃわしゃと撫でた。家族を失った辛さは、家族の記憶がない私には分からない。だけどこの小ささで、多くのものを抱えて偽ってきたことを、誰が批難しても私は許そうと思った。
「私は、君たちのような人たちを助けるために活動しているんだ。君の正体が例えキツネでも、それは同じだよ」
私が胸に抱いた彼にそう言うと、ヴェールはとうとう泣き出した。
ヴェールの様子に気づいた他のキツネたちが、私の周りに近付いてきたが特に何かされることもなく、ただ声を出して泣いた子を宥めるように寄り添っていた。よく見ると他のキツネたちには鉱石病の症状が見える。この病気は、何も人間たちだけの問題ではないのだ。
私はヴェールが泣き止むまで背中をさすり、そばでずっと、ロゴスとキツネたちが見守ってくれていた。