鬼畜戦士ランス、ジョウト地方に立つ!   作:OTZ

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誘拐

「っ……」

 

 一人の女が目を覚ます。そこは教室ひとつ分の殺風景な白い空間で、真正面にはマジックミラーと、扉があった。

 

「あら……私ったら、いつの間にこんなところに」

 

 こんなところにいてはランス様に叱られる。そう思い立って、シィルは扉に向かおうとすると、白衣を着た、禿げた頭と、外に跳ねた髪をしている老人が眼の前にたちはだかった。

 

「あ、あの……」

「ふひゃひゃひゃ。これが、あの不思議な”魔法”という術を使う少女かね。うーむ、思ったよりもなかなか美しいのう」

 

 老人は赤いサングラスを掛け直しながら、シィルに相対した。

 

「す、すみません。どちら様……ですか?」

 

 シィルは怯えた声と表情で、プルートに接する。

 

「おお。これはすまなかったの。ワシは天才科学者のプルート! 高い金でアポロに雇われたハイパーインテリジェンスじゃ」

「はぁ……。あの、すみませんが、外に、帰して頂けませんか。ランス様が、心配なさるので……」

 

 そう言いかけた所に、また一人、女性が入ってきた。今度はシィルにも見覚えがあった。

 

「なーに寝ぼけたこといってんのよ。あんたは人質兼実験台なのよ、もこもこのお嬢ちゃん」

「あっ……えっと、アテナさん、でしたよね? ランス様にその……色々となさった」

 

 シィルはなんとか記憶から引っ張り出して尋ねる。

 

「あら。物覚えがいいのね。頭のいい子は嫌いじゃないわ」

 

 アテナは薄っすらと微笑む。そこにはどこか残酷めいたものがあった。

 

「さて、そろそろデーターを取ろうかの。おい」

 

 プルートの指示により、二人の助手がシィルの側に近寄る。

 

「こ、来ないでっ! 炎の矢!」

「あぢぢぢぢぢ!!」

 

 助手はシィルの攻撃により、軽いやけどを負った。

 

「ほう……。素晴らしい……。火吹やろうのような幻術や奇術ではない……、これはまさに真の魔法じゃ! このメカニズムがわかれば、更に金儲けができるぞ、ふひゃひゃひゃ」

 

 笑っているプルートに、シィルは人差し指をつきつける。

 

「ほう……」

「か、帰して、ください。さもないと……、ひ、ひどい目に、あわせちゃいますよ?」

「そんな捨てられたオタチみたいな弱々しい眼で言われてもねえ……」

 

 アテナは冷めた眼で、シィルを見ている。

 

「どーすんの。じーさん。この魔法黙らせないとデータはおろか、逃げられちゃうわよ?」

「ふむ……。どうやら口で詠唱してるようだからの。おい、あれを出せ」

「は……はい。行け、ニューラ」

 

 一人の助手が、ニューラを繰り出し、タオルを持たせて、眼で指示する。

 

「な、何を、むぐっ!!」

 

 ニューラは素早くシィルの背後を取って、あっというまにタオルで口を塞ぎ、猿轡にした。

 

「さて、そろそろデータ―を取ろうかの。やれ」

 

 プルートはマジックミラーの向こう側に移動し、助手はシィルの側に残った。

 

「人質としても使うんだから、加減は考えなさいよね」

 

 アテナはタバコに火をつけながら、外に出ようとする。

 

「こら! ワシのラボでタバコ喫むなって何遍もいっとるじゃろが。火事になったらどうするんじゃ」

「うるさいわね……。携帯灰皿使ってんだからいいでしょうが」

 

 アテナは吸いながら、口うるさいジジイだと言わんばかりの視線をプルートに送り、ラボの外に出ていった。

 助手は次々とシィルの身体に生態的反応を得るための装置を取り付けていく。

 助手の一人が母体の装置に向かい、基礎的なデータ入力を行う。そして、もう一人がシィルの前の位置で拘束具をつけていたが、バランスを崩してよりかかってしまう。

 

「こりゃ! 何をしている新入り! きちんとやらんか」

「はっ……。す、すみません……」

 

 そう答えて、離れようとする瞬間に助手はシィルの耳元に小さくささやいた。

 

「大丈夫。必ず、助け出すよ」

 

 シィルはその言葉に少し反応し、その助手を見るが、そのときには既に背を向けていた。

 

――

 

「……」

 

 ウルザから手紙を受け取ったランスは、一言呟いたきり、押し黙っていた。観光客で賑わう周囲の弛緩した雰囲気に比して、この一帯だけはひどく冷めているように思えた。

 

「そんな……。シィルちゃんが……」

 

 かなみはウルザの言葉を聞いて、茫然自失としている。

 

「十中八九、ロケット団の仕業だろう。鮮やかな手並みだわい」

 

 事の次第を察したヤナギは、皮肉めいた口調で話す。

 

「ふぅ……。あれ、どないしたん? みんな……」

 

 ようやく立ち直ったアカネが少しだけ気を使った声で一行に声をかけた。

 

「シィルおねえちゃんが……。さらわれたって……」

 

 リセットが戸惑いを含んだ声でアカネに言う。

 

「えっ……!? ホンマに……?」

 

 ウルザは靴を提示しながら黙ってアカネにうなずいた。

 

「リセットの言う通りやったな……、奴らのホンマの狙いは、ランスやなかったゆーわけか」

「え?」

 

 リセットは全く覚えていなかったのかアカネに当惑した視線を送る。

 

「コガネで言うてたやろ。ホンマにおとーさんが狙いなんかって」

「あー……いったよーないわなかったよーな……」

 

 リセットは特に自覚がなかったようである。

 

「どうするの。ウルザさん」

 

 ウルザはしばらく考え、思考を組み立てる。1分ほどして結論を下した。

 

「とりあえず話は聞いてみましょう。相手の出方が分からなければ、対策のしようも」

「行くぞ」

 

 ランスはようやく口を開き、ただ一言重く告げる。

 

「どこに行くのかね。ランスよ」

 

 ヤナギは杖をついたまま、視線も合わせずに尋ねる。

 

「決まっている。あのバカ奴隷を、連れ戻して100発犯すんだ」

 

 ランスはいつもどおりの口ぶりだったが、その決意は硬い。

 

「総統。わからないのですか。これは明らかに罠です。それに、具体的にどこにいるかも掴めていないですし」

「まだそんなに時間は経ってねーだろ。面倒にならないうちに連れ戻すんだ」

「無駄じゃよ。エンジュはコガネほどではないが、それなりの大都市だ。こんな中で拐われては、観光客や、一般市民に紛れて探している間にアジトまで連れて行かれるのがオチだ」

 

 ヤナギは冷徹な声色で言う。

 

「かなみ。なにぼさっとしてんだ、早く捜しにいけ」

「悔しいけど……無理……よ。ヤナギさんの言う通り、ここも結構大きい街だし、人もごった返してるからこれだけ時間経っちゃうと」

「使えんな。俺様の専属が、聞いて呆れる」

 

 ランスはいつもの冗談ではなく、心の底から蔑むような声で言う。

 

「私だって……、シィルちゃんを助け出したいわよ!! でも、無理なものは無理なのよ。……、でも、アジトに行って、身になる情報を仕入れろって言うなら、必ず見つけ出すわ」

「アジトの場所なら分かっておる。望むならば教えてしんぜよう」

 

 かなみの言葉に応じるように、ヤナギが協力を申し出た。かなみはヤナギに黙って頭を下げる。

 

「これだけ人が多くいる場所ですと、市中での追跡は民間人を巻き込むおそれもあります。行く先が分かっているならば、敢えて危険を冒す必要もないと思いますが」

 

 ウルザも居並ぶ観光客を見回しながら、続いてかなみの提案に賛同した。

 

「どうなろうか知ったことか。さっさと見つけ出すぞ」

「おとーさん……」

「なんだ」

 

 ランスは足元にきていたリセットを見る。リセットは純真な眼で、父親を見上げていた。

 

「捜そう……! シィルお姉ちゃん。ちかくにいるかもしれないのに、それをしないでいるなんて、わたしにもできないもん!」

「うむ。流石は俺様の娘だ。よし、行くぞリセット、とりあえずはあっちからだ!」

 

 ランスはリセットを肩車して、でたらめな方向を探し始めた。

 

「あーもうまた適当な方向に。待ってランス! 捜すならせめて」

 

 駆け出そうとしたかなみを、ヤナギは肩をつかんでとめた。

 

「やめよ。お主まで流されてどうするのだ。やりたければ勝手にやらせておけ」

「し、しかし……。あのままほっといたら……」

「言い訳が欲しいのだろう。愛するものが消えてしまったという事実を、受け入れるための……の。だが、それに我々まで流される必要はない」

 

 ヤナギは既に遠くに去っていった二人を、細い目で見ながら言う。

 

「……。わかりました。私達は私達で、別途計画を考えましょう」

 

 ヤナギの言葉にウルザは、苦いものでも飲み込むように納得し、話を進める。

 

「なあ。ウチが後ろでそっと見ておくくらいはやってええか? ヤナギはんのゆーことも一理あるけど、ウチ一応監視役やし……」

 

 アカネがおずおずと申し出た。

 

「そうですね……。一人くらいは後ろで見張っていたほうがよいでしょう。後の事はこちらで立てます」

「おーきにな、ウルザ。ウチあんま理詰めで考えんの得意やないから、助かるわ」

 

 そう言って、アカネは消えつつあるランスとリセットの後を走って追う。観光客に時折肩をぶつからせながら小さく謝る声が聞こえてくる。

 

「さて……。とりあえず私は、この手紙の通り、一度ロケット団と交渉を持とうと考えています」

「で、でも……危険よいくらなんでも」

 

 かなみはウルザの身を案じている。

 

「相手が何を考えているか分からない以上、このまま無視するほうが危険なのです。それに、あくまで話を聞くだけです。何を要求されても、そのまま応じる気はないですよ」

「あまり良い策とは思えんが……。この際やむを得まい。私のポケモンを貸してもいいが」

「お気持ちだけで十分です。私のポケモンも一応、鍛えていますから」

 

 ウルザは薄く微笑んでいる。それなりに自信があるようだ。

 

「甘いのう。ウルザよ。相手はポケモンバトルの流儀など弁えておらん外道ぞ。強いポケモンは保険として持っておくに越したことはない」

「そもそも私はバッジを3つしか持っていませんので、ヤナギさんから頂いても、言うことを聞かないと思うのですが」

「……ふむ、確かにそれは問題だの」

 

 と、言いながらヤナギはコートの内ポケットからジムバッジを取り出し、ウルザに差し出す。

 

「これはもしや……。アイスバッジですか? い、いただけません。そのような」

「そのような事を言っているときではないだろう。これで君がバッジ4つとなれば、レベル50までのすべてのポケモンが言うことを聞く。そうなれば、私の貸すポケモン達も聞いてくれるだろう」

 

 ウルザはそれでも首を縦には振らなかった。

 

「いけません。戦ってもいないのに、バッジを頂いては……」

「ジムバッジというのが実力の証明というのは表向きの事、その実は、どれだけ多くのジムリーダーからトレーナーとしての信任を得たかという証なのだ。故に、戦わずとも授けても問題はない。私は君の、トレーナーとしての資質に信をおいている、故に託すのだよ」

 

 ウルザはそれでも、ヤナギの手よりバッジを受け取ろうとはしなかった。世界は違っても、治安を預かる人間として、ルールを真正面から破るような行為には、どうしても躊躇があるようだ。

 

「頑固じゃのう……。わかった、そこまでいうのであれば、この交渉がおわるまでの間、託すという形ならばどうかね。帰ってきたら返してもらう」

「そういうものなのでしょうか……?」

「そもそも、これは、交渉が決裂し、バトルをするという段階になり、君の手持ちでもなお手に負えなかった場合の保険なのだ。用が済めば、返してもらうだけの事ぞ。何よりも君まで人質に回るなり、万一のことがあればそれこそ取り返しがつかぬからな」

 

 ヤナギは静かに笑いながら話す。まるで孫が遠慮して、自らのもてなしを受けようとしない、祖父のなだめすかしに通じるようなそれがあった。

 

「ふう……。分かりました。保険として、その申し出を受けさせていただきます」

 

 ウルザは意を決して、ようやくその長年の苦労と経験が見える手より、バッジを受け取り、バッジケースにしまう。

 

「よし。それならば、この三体のポケモンを貸そう。中身はパルシェンと、ユキノオー、ユキメノコだ。レベルはすべて48、技や性格などの詳細は……、後でジムに帰ったら記録を渡すのでそれを読んでおいてくれい」

 

 ヤナギは続けざまに3つのモンスターボールを渡す。ウルザの手持ちがもともと三体なのを見越しているかのようであった。

 

「よくタイ条件に合致するポケモンを持ってらっしゃいましたね……」

「何、朝にバッジ8枚向けの挑戦者と戦ったからの。偶然だ」

 

 どうやら相手のバッジの枚数によって手持ちを変えているようだった。

 ウルザは腰に新たにモンスターボールを3つセットし、準備を整える。

 

「それじゃあ、私は今からその……、チョウジタウンのアジトに潜入しようと思うんですけど」

 

 かなみはヤナギに目配せを行う。

 

「うむ。チョウジには今からジムトレーナーと共に私も帰る。共に戻り、そこでアジトに関する情報も共有しよう」

「あ、ありがとうございます」

「そうだ、君にもポケモンを貸すようジムトレーナーに手配しておこう。潜入に役立つのを何体かの」

「えっ。しかし、私はバッジも持ってないですし、トレーナーですら」

 

 かなみは手を前にやってそれを拒否する。

 

「何も戦わせる前提ではない。それに、バッジを持っていなくとも。レベル20未満のポケモンならば言うことを聞く。手段は大いに越したことはない」

「でも、ちゃんと使えるか……」

 

 かなみは不安げな表情を浮かべる。

 

「安心せい。野生とはわけが違うジムトレーナーの訓練用の個体だ。指示をすればきちんと言うことを聞く。手足にするがごとく、思うように使えばよいのだよ」

「分かりました。それじゃあ、ありがたく……」

 

 そんな事を言っていると、スキーウェアを着た若いトレーナーたちが3人の下へ歩きながら、ヤナギに話しかける。

 

「リーダー。そろそろ帰りましょーよ。のんびり観光してる暇なんてないんですから」

「おお。済まなかったの、ああ、この子、臨時に雇うことになったジムトレーナー見習いじゃから、ポケモンを貸してやってくれい」

 

 ヤナギは朗らかにトレーナーに応じながら、かなみの背中を叩く。

 

「えっ……? えっ!?」

「もしかして、さっきの会議にいた……?」

「は、はいそうですけど……」

 

 かなみは緊張しながらジムトレーナーに接する。

 

「へぇー……。分かりました。取り敢えずジムに着いたら、合いそうなポケモンをいくつかチョイスするよ。まずはそこから」

 

 青年のジムトレーナーの方はヤナギの意図を察し、かなみに話す。

 

「なんでも、忍者だからの。役割に合ったポケモンをの」

「へぇー! 忍者なんだ……、結構かわいい顔してるのに、すごいのね」

 

 そばにいた若い女性のジムトレーナーが興味津々な顔でかなみに接する。

 

「えっ……。へへ、ど、どうも」

 

 かなみは少しだらしない顔をしながら、自ら後頭部に頭をやって、小っ恥ずかしいそうに礼をした。

 

「よし、では帰るかの。ウルザよ、また後での」

 

 ヤナギはウルザに改めて目礼した後、数人のジムトレーナーとかなみをつれて帰っていった。

 

「ふう……。さて、予定の時間まで何をすべきかしら……」

 

 ウルザは観光客に交じって歩きながら、今後を考えていた。

 

――

 

 シィルは疲弊していた。もはや何時間拘束されているか分からなかった。抵抗はしないとみたのか、猿轡は外されている。

 

「そ、そんな……できません、戦うなんて」

「うるさい。さっさと、こいつを倒して見るのじゃ」

 

 シィルの眼の前にはレアコイルと呼ばれる一匹のポケモンが浮遊していた。その3つの眼でシィルをじっと見据えている。

 

「博士。そんな無理強いをしてちゃ彼女もそら応じませんって。もっと落ち着いて」

 

 シィルに助けると囁いた方の助手が、マジックミラーの向こうでプルートに苦言を呈する。

 

「黙れ。新入りの分際で……。時間がないのだ。そんな悠長に構えてる暇はないんじゃよ」

 

 そう言って、もう一人の助手に目配せをする。

 助手はプルートにアイコンタクトをとり、レアコイルに繋げている導線に超高圧の電流を送った。

 レアコイルは激しく反応し、でたらめな方向に電気を走らせ始めた。

 

「ひっ……」

「さあ、どうするのじゃ。君の足元には既に濡れたマットを敷いてある。何もしなければ感電して死ぬだけぞ」

 

 シィルは足と胴体が拘束されており、そこから動くことはできそうになかった。

 

「うっ……。ううう………」

 

 シィルが悩んでいる間にも、電撃は走り続けている。

 

「いいんですか、こんな電流食らわせたら、彼女、死にますよ」

 

 助手は強い視線でプルートを見る。

 

「なぁに、まだ言ってはおらぬが、あの拘束具は絶縁体でできている。もし、足元に直撃しても、歩けなくなるだけのことよ」

 

 プルートは平然とした顔で言ってのける。

 そう言っている間に、レアコイルの電撃が、シィルの左足に直撃した。

 

 

「!? ーーーっ!」

 

 シィルには瞬間的に凄まじい痛みを通り越した痛みが走る。深刻なやけどが発生し、歩行が困難になったことが、シィルにも直感的に理解できた。焼け焦げた不快な匂いが、室内に充満する。

 

「ひぃん……」

 

 シィルの左足は焼け焦げ、焼けただれた皮膚と、血のりと脂肪が足元に広がりつつあった。

 シィルは痛みのあまり、詠唱どころか叫び声すら上げられず、なんとか意識を正常に保つので精一杯であった。実験室の方にいた助手も、あまりのことに嘔吐してしまっている。

 

「ふむ……。ちと、強すぎたかのう。これでは魔法も唱えられぬか」

 

 そんなシィルの惨状にも、まるでゲームでワンミスでもしたかのような軽い調子で、彼は実験対象をみていた。

 

「博士! もうやめましょう。彼女はとても実験に耐えられる状態じゃない!」

「馬鹿者。このくらいのこと想定しないプルート様だと思っておるのか、この強心剤と、鎮痛剤を打ってこい。何が何でも、詠唱できる状態まで回復させるのだ」

 

 博士はポケットから助手に、2つの注射器を投げつけるように渡した。

 

「っ……!」

 

 ゴム手袋と、防護用のヘルメットを身に着け、助手は不承不承ながら、シィルのもとへ向う。

 シィルの顔は痛みと絶望に染まっていた。腕を露出させ、消毒し、血管を浮き出させながら、助手はまず鎮痛剤の注射器を用意した。

 

「大丈夫。私は必ず、あなたを助け出します」

「リー……ダー……!!」

 

 シィルはその言葉をかける助手に対してリーダーの魔法を詠唱する。

 

「なっ……なんだ……この感覚……。まさか、読まれて……」

「……。国際……、警察の方……?」

 

 思考を読み取り、シィルは少しだけ目を見開かせて言う。

 

「な、……どうし……。そうか、その魔法か」

 

 男は状況からすぐにそう類推した。シィルは少しだけ頷いた。

 

「内緒だぞ。まだ、その時ではないからな……。辛抱してくれ、必ず時はつくる」

 

 国際警察――コードネーム、ハンサムは鎮痛剤を打ちながら冷静に言った。シィルは確かに希望を持った目で、その言葉にうなずく。

 それから、強心剤も注射しおわり、ハンサムはプルートの所へ戻る。レアコイルは相変わらず電撃を発し続けていた。

 

「よし、再開するぞい。次は右足をなくすやも……」

「時間ですよ、プルート博士」

 

 実験を再開しようとしたところ、下っ端を連れて幹部のランスが入ってきた。

 

「なっ……。まだもう少しいいじゃろ」

 

 プルートは幹部のランスにあからさまに嫌な顔をした。

 

「人質としての役目の時間なんです……。あー、彼女の左足、なんてことしてくれてるんです。これでは相手を強硬にさせるだけですよ。加減を考えるよう、アテナさんより言われませんでした?」

 

 幹部のランスはかろうじて形を保っているシィルの足を見ても、人質としての価値が減じたくらいにしか考えていないような平坦な声色であった。

 

「しょうがないじゃろ。非協力的な個体には相応に厳しく接するだけよ」

「ふう……。まあいいです。言い訳はこっちで考えますから。連れてかせてもらいますよ」

 

 幹部のランスは下っ端にアイコンタクトを送り、シィルに向かわせる。プルートは渋々と拘束具の電子ロックを解除し、助手にレアコイルを戻すよう指示した。

 

「返すのじゃろうな。もちろん」

「素直に出てきたとしても、1回目の交渉ではどうせ応じる気はないでしょうからね。まあ、すぐに帰ってきますよ」

 

 幹部のランスは全て見透かしてるような声色で言った。

 

――

 

 ウルザは約束通り、スリバチ山近くの小屋に来ていた。ランスと会えば確実に止められるので、あえて会わないように再度マツバと接触するなど、独自で調べを進めていた。

 元は土産物屋をやっているようだったが、今は拠点の一つとして機能してるようだった。エンジュの東側ゲートを抜けたところでウルザは下っ端とあい、その導きでここまでやってきている。

 小屋の中には最低限の設備しか揃っておらず、本当に一時的な拠点に過ぎなかった。ウルザはパイプ椅子に勧められ、着座し、目の前にいる幹部のランスを見据えた。

 

「まずは、このとおりきていただき、お礼を申し上げます」

 

 幹部のランスは立ったまま、うやうやしく頭を下げた。

 

「挨拶はいりません。要求をうかがいましょうか」

「第一に、リーグと協力はせず、そちらの首領はじめとする一行は、われわれの計画が終わるまで手を引いて頂きたい」

 

 ウルザは黙ったまま次を促す。

 

「第二に、身代金として、そちらの所持しているGOLDを全てもらい受けたい。ワカバにいる我々の協力者から、話はうかがってますからね」

 

 幹部のランスは静かにコーヒーに口をつける。

 

「そうでしたか……」

 

 ウルザはその時の自分の不運と、迂闊さを呪った。

 

「何か、根本的な勘違いをしてらしているので言っておきたいのですが」

「なんですか?」

「私は確かに総統の参謀ですが、ランスさんを止めることはできません。私も常に頭を痛めてるくらいでして」

「そうでしょうね。百も承知ですよ。二度の遭遇とコガネのゲームセンターで人となりはよくわかりましたから」

「では……、なぜ?」

 

 ウルザは幹部のランスが口をつけているのを見て、出されたコーヒーを飲みながら尋ねる。

 

「貴方がたの腹を知りたいんですよ。確かに、彼は制御不能で、好きに暴れまわっている。しかし、実際にパーティーを動かしているのは貴女と見受けられますが」

「買いかぶりですよ。私はあくまで元の世界に帰り、戦いに戻るために心血を注いでいるにすぎません」

「……帰還、ですか。もし我々が、明日にでもその術が用意できると言ったら、あなたどうしますか?」

 

 幹部のランスはまっすぐに眼を見据える。

 

「というと? あなた達のような方が、セレビィに選ばれるとも、思いませんが」

 

 それに対し、幹部のランスはハハハと一笑に付す。

 

「セレビィ? あれは我々の感知し得ない空間にいる超次元的存在ですよ。そんなものに帰還をかけていること自体、正直言って馬鹿げていますよ」

「では、他の手段があるとでも?」

 

 リセットの体験や、三賢者たちの言葉を真っ向から侮辱され、ウルザは内心不愉快であったが、それでも感情を抑えて続ける。

 

「我々はシンオウのギンガ団ともツテがありましてね。ディアルガとパルキアという時空と空間を操作できるポケモンについて彼らは制御しようと試みている。我々ならば、すぐにでも、あなた達をその計画に組み込み、元の世界への帰路につかせることができる」

 

 ウルザも、シンオウ地方に伝わる伝承のことは聞いていたため、彼らの言ってることのすべてが嘘であるとは思わなかった。

 

「なるほど。魅力的な提案ですが、2、3伺いたいことがあります。まずそのギンガ団というのは、貴方方とは別の組織です。ロケット団とそこまで協力する理由があるのですか? それに、その話もセレビィと負けず劣らず、途方もない話のように思えますが、計画に組み込むとはどのような手筋で?」

「我々の計画が成就すれば、ポケモンリーグは、完全にその機能を麻痺させ、それはギンガ団にとっては格好の機会となる。あの地方は副理事長のシロナというのが相当に睨みをきかせていてね。それがジョウトでの変事でシンオウどころでなくなってくれれば、それ以上に好都合なことはないのです」

 

 それはウルザも納得がいく理由ではあった。受ける気はさらさらなかったが、とりあえず黙って、次を促す。

 

「計画に組み込む……については、既に興味深いことがありましてね。先程あなたのお仲間であるシィルさんの魔法力について、これがディアルガとパルキアをおさえる、赤いくさりをより強固なものにできる可能性があると、プルート博士……ああ、我々の科学顧問ですが、彼がいうのですよ」

「なるほど……。お話、よく分かりました」

 

 ウルザはコーヒーを飲み終え、静かにソーサーへ置いた。

 

「で、考えていただけますか」

「悪木盗泉……、この世界ではそんな言葉があるようですね」

「……」

 

 幹部のランスは黙って先を促す。

 

「実に良い言葉です。そして、私はこの言葉をそのまま貴方がたにつきつけようと思います」

 

 ウルザはそのまま立ち上がり、帰ろうとする。

 

「ふっ……。なにかと思えば、痩せ我慢の戯言ではないですか。武士は食わねど高楊枝にも通じますが、そうして痩せ我慢して進んだ先に、一体何が残るというのです?」

 

 幹部のランスは座ったまま、クックックッと哄笑してみせる。

 

「……」

「貴方がたは……、そう、そちらの世界の人類を救うという使命を背負っていらっしゃるのでしょう? 確実な方法があるのにそれを捨てて、不確実な方に縋るのは不誠実というものではないのですか?」

「私は……ある人と約束したのです。もう、逃げないと」

「ほう?」

 

 幹部のランスは手を組みながら、興味深そうに眉を動かし、次を促す。

 

「だから、貴方たちのような、人倫も、道理も弁えない方々と、同じるような安易な道には流されません。そのような道をたどって得た勝利など……、これまで死んでいった国民に……、仲間たちに顔向けができませんからっ……!」

 

 ウルザは幹部のランスと下っ端たちを前に、モンスターボールを構え、臨戦態勢を取る。

 

「ふっ……、なるほど、あんな男の参謀が務まるわけだ。ですが、これを見てもまだ、同じ口が叩けますかね」

 

 幹部のランスは下っ端に命じて、横の窓のカーテンをあけさせる。ウルザはモンスターボールを腰に戻し、その窓に近づく。

 

「えっ……。もしかして……シィルさん?」

 

 ウルザは遠く離れた丘の上にいるシィルをまずは肉眼で視認する。もこもことした特徴的な髪でようやく識別できる程度の遠い場所であった。両隣には下っ端らしき人間が脇を固めている。

 

「どうぞ」

 

 下っ端からだまって双眼鏡を受けとり、ウルザは拡大して注目する。そして、その事実に気づいた瞬間、ウルザは強い衝撃を受けた。

 

「な……い……」

「さっきいったうちの科学顧問が無茶をしましてね……。あのままでは壊死しかねないんで、ばっさりと」

 

 ウルザは双眼鏡を取り下げ、モンスターボールを静かに一つ構える。

 

「ゆる……さない」

「さて、どうします? 我々の交渉に応じないならば、もっと……」

 

 ウルザはマグマラシを繰り出し、マグマラシは指示せずとも、彼女の怒りに感応するように下っ端に火を吹いた。下っ端は飛び上がって逃げ出した。

 

「ほう……」

「私達にとって……、いえ、総統にとって、最も大事な人を傷つけた貴方たちを……、私は絶対に許さない!!」

 

 ウルザは更にベイリーフとアリゲイツを繰り出した。

 

「ふっ……。この程度の揺さぶりで、そこまで我を失いますか。やれやれ、所詮、女の参謀など、この程度です、かっ!」

 

 幹部のランスは呼応するように、ゴルバットと、ヤミカラス、マタドガスを繰り出した。

 

「よし、俺達も」

「あなたたちは控えていなさい。これは幹部として……、ケリをつけなければならないことなのです。ゴルバット! 黒い眼差し! ヤミカラス! 悪の波動! マタドガス! ヘドロ爆弾!!」

 

 まずはゴルバットの黒い眼差しによって交代が封じられる。

 

「ベイリーフ! ヤミカラスにメロメロ! アリゲイツ! ヤミカラスにこおりのキバ! マグマラシ、マタドガスに火炎放射!」

 

 ヤミカラスの攻撃はメロメロで封じられたものの、マタドガスのヘドロ爆弾によって、ベイリーフは致命傷を負う。一撃で瀕死状態となった。ヤミカラスやマタドガスへのダメージも限定的なものであった

 

「……。ゴルバット! ベイリーフにつばさでうつ!」

 

 ゴルバットの翼で打つが直撃しようとした、その瞬間であった。

 ベイリーフの身体が白い光に包まれ、巨大化する。光が解かれた時には、緑色で首長の、赤い花びらを周りにつけるポケモンへ進化していた。

 

「メガニウム……。進化して、くれたのですね」

「っ……。少々、追い込みが過ぎたようですね。ですが、この程度で勝てるなどと思わない事です! マタドガス! メガニウムにもう一度ヘドロ爆弾!」

 

 マタドガスがもう一度その毒を浴びせようとしたとき、今度は怒涛の鉄砲水が押し寄せた。アリゲイツ――いや、オーダイルの波乗りであった。マタドガスは一気に8割の体力を失う。

 

「なっ――」

「先ほど、マツバさんからいただいた秘伝マシンです。汎用性と威力を兼ね備えた素晴らしい技と聞きましたが……。早速見せてくれましたね。オーダイル」

 

 ウルザは自信を持った笑みをオーダイルに投げかける。アリゲイツ、マグマラシもベイリーフの窮地を見て、同時にオーダイルと、バクフーンに進化を遂げていた。

 

「くっ……。最終進化になったくらいで、いい気にならないことですね。お前たちっ、なにボケっと見ているんですか。さっさと加勢しなさい!」

「は……ははっ!!」

 

 背後にいる下っ端たちもモンスターボールを構え、加勢する。

 

「ふっ……。なるほど、総統が忌み嫌うわけですね」

「……っ」

 

 幹部のランスは、ウルザの言葉に少なからぬ反応を見せる。

 

「如何に名前が同じでも、貴方は本当に総統とは正反対ですから……! バクフーン! 前方に火炎放射! 下っ端のポケモンを制圧して!」

 

 バクフーンは下っ端と幹部のランスの間に炎の壁を作り、介入を防いだ。

 

――

 

 ウルザは幹部のランスを圧し、勝利を得た。

 

「くっ……ここまで。ですか」

「ここまでです。さあ、私と共にきていただきましょうか」

 

 ウルザの勧告にも、幹部のランスは応じる姿勢をみせようとしない。

 

「勝負の勝ち負けなど、どうでもいいのです。人数ではこちらが有利ですからね」

「無駄な抵抗を……」

 

 新たに対峙がはじまりそうなその時、左の窓が突き破られた。

 

「あれっ……。シィルを探してたらこんなところにウルザちゃんが、なにしてんだ?」

「あっ、おとーさん。あっちあっち」

 

 ランスの肩にしがみついていたリセットがちょいちょいと左の方向を指さした。その先には幹部のランスがいる。

 

「おー、誰かと思えばうんこくんじゃないか」

 

 ランスはゲラゲラと笑いながら幹部のランスを見下した。

 

「くっ……。私はそんな下劣な名前ではない! ランスだ!」

「うるさい。おい、シィルはどこにやった。さもないと首を切り落とすぞ」

 

 ランスは驚くほど冷めた声でカオスを幹部のランスの首筋に当てる。刃引きされてようと、本当に切り落とされそうな気迫に満ちていた。

 

「うっ……。そ、そうだ、前に私に女がいるか気になっていましたね」

 

 幹部のランスは背後にいる女子団員にアイコンタクトを取る。

 

「あ?」

「この度は、これを献上しますので、どうかそれは平にぐはっ!」

 

 ランスは問答無用で幹部のランスをカオスで殴り倒し、再度尋問する。

 

「パーかてめえは。この状況でそんな取引が成り立つわけねーだろ。ま、そっちはそっちで後でいただくけどな」

「総統、そのような事言ってる場合では……」

「せやで、色々聞き出さなあかんのやから」

 

 ランスたちの背後からついてきていたアカネが、すっかり意気消沈して膝立ちになってる幹部のランスを見下ろしながら言う。

 

「そうだったな。しかし、脅すにしてもこんななまくらじゃなぁ……」

 

 ランスは刃引きされたカオスを見ながら言う。

 

「すまんのう心の友よ。まだ調子が戻らんのじゃ」

 

 カオスは全く反省の色が見えない声色で答える。

 

「使えねぇ。マジで溶鉱炉にでも捨ててやろうかな。あ、そうだウルザちゃん、前にアカネちゃん脅したとき、あれどうやったんだ。血ぃ流れてたぞ」

「……。仕方ありませんね。あくまで脅しにとどめてください」

 

 ウルザはふうと息をついて、前に売店で購入した十徳ナイフを差し出す。

 

「ええんか……? ランスにそないなもん渡したら……」

 

 アカネは懐疑的な視線をナイフとランスの顔に向ける。

 

「ええ。しかし、一刻を争いますから」

 

 ウルザのその声は実に淡々としていた。すべてを分かったうえでの行動である。

 

「そうだぞアカネちゃん。よーし、うんこくん。白状してもらおうか」

 

 ランスはひったくるようにナイフをウルザから受け取ると、幹部のランスの首筋にナイフをつきつける。

 

「くっ……。分かった、分かりました。シィルという女なら、チョウジのアジトの地下深くに監禁しています。今頃はまたあのプルートという科学者に……」

「そうか」

 

 そういいながらランスは思い切り、幹部のランスの頬を2,3度切りつけてその端正な顔に傷をつけた。幹部のランスは叫び声をあげながらうずくまった。

 

「ランスさん!」

「殺してないだけ温情に思え。おーいいぞうんこ、前より良い面になったわガハハハ」

 

 ランスは高笑いしながら、ウルザにナイフを返却した。

 

「返していただけるのは良いですが、せめて血は拭いてください……」

 

 ウルザは叱りながらも、少しだけ安堵した表情で、ティッシュで刃を拭いている。

 こうして幹部のランスはウルザによって警察に突き出される。

 

――

 

 同じ頃、かなみはジムトレーナーからの簡単なポケモン指南を受け、単独チョウジアジトに潜入していた。ウリムーとコラッタの二体を託され、自分なりに考えて潜入に用いていた。

 誰もいないときを見計らって裏口から侵入。一定の探索の後、物置をみつけて、段ボールが山とつまれたところの裏にいる。

 コラッタにポケギアをくくりつけて、ビデオカメラがわりとし、自身の探索で簡単なマップを作り、ウリムーにシィルの所有物であった靴の匂いを覚えさせてその足跡を追っていた。

 

『だいたいの位置関係はわかったけど……。この格好じゃ目立つわね……』

 

 かなみは自身の格好を見ながら考えている。忍者装束のままであった。

 

「確かここだったわよね……、例の在庫」

 

 一人の女性団員が倉庫の扉を開けて入ってきた。機を得たとばかりにかなみは段ボールの死角に位置を取り、サバイバルナイフを持ちながら息を殺して待った。

 待ち構えてるかなみを見て、コラッタが歯を鳴らす。

 

「何……?」

 

 かなみは構えたまま視線を遣る。コラッタは団員を指さして突進する仕草をした。

 

「……うーん。気を引いてくれるってこと?」

 

 コラッタはこくこくとうなずいた。

 

「危険だけど……、そっちのほうが確度高いかも」

 

 かなみがうなずきかけたその刹那、その団員がその段ボールの間の列に進みだす。

 

「おっかしいなあ……、こっちか」

 

 そう言うや否や、コラッタが背後から団員の背中につっこみ、有無を言わさず転倒させる。

 叫び声をあげさせずかなみは裏に引きずり込み、サバイバルナイフを首筋にあてた。

 

「―――静かにして」

 

 その声を出すのはこの世界では二度目だった。忍者として任務を遂行するときの、底冷えさせる冷たい声。

 

「っ……」

「ここに一人、もこもこの髪をした、魔法が使える女の子が捕らえられているわね? どこにいるか、教えなさい」

「し、知らない……。私は庶務担当だから、そういう荒事は」

「……」

 

 かなみは鵜呑みにせず、黙ってさらにナイフを押し当てる。

 

「っ……。そ、そーいえば、さっき、B通路に見慣れない女の子が下っ端につれられていたよーな」

「どっちからどっちに?」

「え、えっとどっちだったかな……、左から右のはず」

 

 かなみはその情報を聞き出し、とりあえずは安堵する。

 

「そう……。えいっ」

 

 かなみは心中で小さく謝って、腹に一撃を食らわせ、気絶させる。

 小さなうめき声をあげて、団員は応答しなくなった。かなみはすぐさま団員の制服に着替え、段ボールからシーツをとりだしてかわりに被せた。

 

「よし……。頼んだわ。ウリムー」

 

 変装したかなみは、ウリムーの頭を撫でて再度痕跡をたどるよう指示した。ポケギアが圏外の為、コラッタにはこれまでの事をまとめた手紙を持たせて、チョウジジムに戻す。

 とりあえず頭に入れた地図に従って、B通路の場所に向かった。

 

 所内は全体的に慌ただしく、かなみが気づかれるような気配はほとんどなかった。そのため、問題のB通路にはすぐにたどりつく。

 ウリムーは相変わらずクンクンと痕跡をたどっており、かなみはその跡をついていく。

 

「ちょっと待て」

 

 複数人の下っ端と幹部と思しき集団とすれ違い、かなみは黙って頭を下げたが、少しして呼び止められた。

 

「お前、新入りか?」

 

 集団の中心にいた幹部と思しき男が、かなみの前に出る。

 

「は、はい。今日からでして……。その、例の人質についてこれを持っていくよう言われまして」

 

 かなみは余裕があれば差し入れようと思っていた食料を幹部の前に見せる。

 

「ん? ……。おかしいな。その人質は今、連れ出されているはずだが?」

 

 幹部は紫のあごひげを撫でながら怪訝な表情をする。

 

「えっ……。その、あらかじめ差し入れておけということではないでしょうか?」

「アテナがそんな気遣いするとは思えんが……。待ってろ。おい」

 

 幹部の男が、下っ端に連絡を命じる。下っ端はトランシーバーを取り出して通信を開始した。

 

「悪いな。今、色々ピリピリして、些細なこともチェックするようきっつーいお達しがくだってんだ」

 

 幹部の男がかなみの頭を帽子越しで撫でながら、少しだけ相貌を崩した。

 

「いえ……。確かに、いかりの湖の件などで外が騒がしくなっていますものね」

「ほう。よく情勢を勉強しているじゃないか。感心、感心」

 

 幹部の男が少しだけ笑い声をあげると、トランシーバーを持った下っ端が通信を終了した。

 

「だめです、ラムダ様、繋がりません」

「チッ……。またどこかで油売ってやがるな?」

 

 ラムダと呼ばれた幹部は頭を掻きながら舌打ちをする。

 

「新入り、悪いが一緒に来てくれないか? あの女捕まえて直接聞くから」

「申し訳ありませんが、これは急ぎですので」

「まだ帰ってもいないのにか?」

 

 ラムダが疑心を深めた表情をすると、通路の奥から新たな集団が現れた。そしてかなみは、その集団の中に見覚えがあり、求めていた特徴を認める。

 

『シィル……ちゃん』

 

 かなみは生きていたことに内心安堵すると同時に、緊張を最大限に高める。サバイバルナイフの感触を再度確認した。

 

「おーおつかれ様です先生方。交渉はどうなった?」

 

 ラムダは研究員に慇懃無礼に挨拶した後、護衛についている下っ端に話しかける。

 

「うまくないですね。ランス様も捕まってしまいましたし、向こうは対決姿勢を強めています」

「あいつが……。けっ、イキってた割につまらんポカをしやがって」

 

 ラムダは明後日の方向を見ながら、軽く毒づいた。

 かなみは、シィルの様子に違和感を抱き、よく見てみると、一つの衝撃的な事実にたどりつく。

 

「あっ……あの、その足」

「ん? 聞いてねーのか。あのキチガ……、プルートの実験が行き過ぎて、左足焼いちまったんだよ」

「っ……」

 

 かなみは一瞬大きくうつむいた。

 

「えっ……もしかして、かな……」

 

 奥にいたシィルが気づいて、声をかけようとしたが、事情を察して自分で口を塞いだ。

 

「ん? どうした、もしかして知り合いなのか?」

 

 そばについていた助手ことハンサムが小さくシィルに尋ねた。誰にも気づかれないようシィルは頷く。

 助手はその言葉を受け取り、優しく肩を叩く。

 

「なーんか様子が変だな……。おい、お前とお前、この女をアテナのところに連れてけ。徹底的に調べろ」

「はっ」

 

 かなみは覚悟を固め、サバイバルナイフを取り出そうとしたとき、助手が間に入る。

 

「いやいやラムダ様。ここは我々に任せていただけませんか? アテナ様ならば私からも話が通じますし」

「いやいや先生方のお手を煩わせるわけには。ここは俺がやりますよ」

 

 ラムダは軽妙に笑いながら言う。引かない姿勢である。

 

「そもそもラムダ様も、なにか命があってここにおられるのでしょう? 余計なことをしている場合ではないのでは?」

「……。それもそうだな。西方の備えもしなきゃなんねーし、俺も忙しいんだわ。任せた」

 

 そう言って、ラムダはタバコをポケットから出し、下っ端に火をつけさせながら、助手たちにかなみの処遇を任せ、先に進んでいった。

 

「あ、あの……」

 

 かなみが二人の方を見ると、助手がずんずんと近づいてくる。パーソナルスペースを一気に割り込む勢いである。

 

「さてと、お嬢さん私についてきてもらいましょうか? さもなければ、ちょっと痛い目にあってもらうかもしれないよ」

 

 かなみは、この助手から、研究者からは本来発しないような、”プロ”の気を感じ取っていた。

 

「くっ……!」

 

 かなみは即座に死角の位置にあたる手に煙玉を用意し、逃げる準備をする。その時、下っ端や助手に紛れているシィルの眼とかち合う。彼女は必死に眼で何かを訴えていた。

 

『……。まさか、違うっていうの? シィルちゃん』

 

 そしてそれとほぼ同時に、助手はかなみの肩に手を乗せ、耳打ちをする。

 

「逃げなさい。もう少し調べたら彼女は私がどうにか逃がす。お仲間にこれを渡しなさい」

「えっ……」

 

 それきり、助手は耳元から離れ、かなみの眼を見据えた。

 かなみは一瞬、信じるべきか躊躇したが、数秒後、煙玉を炸裂させ、脱兎の勢いで逃げ出した。ウリムーもその一瞬でモンスターボールへ回収する。

 

「ゲホッゲホッ! お、おい! 逃げたぞ何してんだこのバカ! さっさと追え!」

 

 煙玉にむせながら、下っ端が助手を叱りつける。

 

「無理ですよぉ。相手はプロです。私らごときひ弱な研究者ではとてもとても」

 

 ハンサムは半笑いしながら下っ端にいう。腹いせに下っ端たちはハンサムを4,5発蹴って、かなみの後を追った。

 

「つつ……。全く、乱暴だな」

 

 ハンサムは襟を正しながら、下っ端たちを見送る。

 

「あ、あの……大丈夫なのでしょうか。かなみさん」

「ほう……。そんな名前なのかい。彼女は。……、あれは私には劣るが、なかなかの強者だ。きっと大丈夫さ」

 

 ハンサムは松葉杖をついているシィルに視線を合わせながら言う。

 

「……」

 

 もうひとりの助手はそんな様子を見て見ぬふりをしながら、メガネを掛け直している。

 

「おっと、君も内緒に」

 

 ハンサムはようやく気づいて、助手に釘を刺す。

 

「最初っからバレバレですよ……。あなた、うさんくさいですし、基礎的な知識すらあやふやだもの。博士はわかりませんが」

「ナ、ナヌっ!? で、では、なぜ……」

「私が興味あるのは、研究だけですから。他のことはどうでもいいだけです」

「そ、そうか……」

 

 ハンサムは照れ隠しをしながら、白衣の襟を再度正した。

 

「とりあえず、彼女が置いていったそれ、拾っておこうか」

 

 ハンサムはかなみが置き土産においていった食料を脇に抱え、助手やシィルと共に、プルートの研究室へ戻っていった。

 

――

 

 翌朝、アジトの入口があるという土産物屋の向かいにある雑居ビルの一室に、ランス一行と、ヤナギは集結していた。今日、突入作戦を行う手筈となっている。かなみはハンサムから渡された資料を既に渡し、ウルザたちは計画を立てていた。

 

「だが、そのなんとかってやつは信用できんのか? その情報ごとおとりじゃねえだろうな」

 

 ランスは会議の最中に、懐疑的な発言を行った。

 

「多分だけど……、シィルちゃんがあそこまで訴えてたってことは、リーダーって魔法かなにか使って相手の思考を読み切った上での確信に基づく情報だと思う。私は、信じるわ」

「そうですね。あの魔法は相手に思考を読まれていると知覚される以外は、欠点がありませんから。私も信用に足ると考えます」

 

 かなみとウルザはハンサムの情報を信じることにしている。

 

「とにかく、アジトはしばらくはそちらに任せる。我々チョウジジムとしては当面はアジト周辺への住民への説明・誘導や、警察と協力して周りを押さえる。リーグの戦力としてはアカネしか確約できぬが、それで良いかね」

 

 ヤナギが最終的なとりまとめの確認として、全員に尋ねる。

 

「フン。雑魚が何十人いようが、俺様がいればカタがつくわ」

「くれぐれも言っておくが、傷つけるなとは言わぬが、殺すでないぞ。そうなれば、我々もフォローができなくなるでな」

 

 ヤナギはランスに最大限に厳しい視線をもって厳命する。

 

「てめえが指図すんじゃねえよジジ」

「了解しました。そこは私がそばについて、必ず抑止しますので」

 

 ランスの言葉をおさえるかのように、ウルザが強くヤナギにいう。

 

「ふう……。頼むぞ、ウルザ殿」

 

 ヤナギは頭をおさえながら、一室を出ていった。

 

「ヤナギはんも苦労が耐えへんな……」

 

 アカネはその哀愁ある背中をただ見送っていた。

 

「とにかく、ジムに入ったら、シィルさんの救出は当然のこと、この巨大装置を見つけましょう。そのためには固まるよりも、私と総統、リセットちゃんが行く第一班、アカネさんとかなみさんが組む第二班がそれぞれ分かれて敵を倒しつつ、目標の達成に向けて全力を注ぎます」

 

 ウルザはかなみ自身の情報と渡された地図など、これまでの情報をもとに作成した全体図を広げ、想定ルートを書き込む。緑が第一班、赤が第二班である。

 

「ま、とりあえずその装置ぶっ壊せば俺様は英雄になって、この地方中の女ども食い放題になるってことだろ? ならば俺様はその装置壊しにいくぜがはははは。ま、終わったらそのついでにシィルを助けに行ってやる」

「さっすがおとーさん。がははー」

 

 ランスの大言壮語に、リセットはいつもどおりつられて笑っている。

 

「……はい。そうですね。それでいきましょう」

 

 ウルザは真意を見透かしたような視線をランスに送りつつ、とりあえずそれを決定事項とした。

 

「なあ……。確かランスには言うてへんのやろ? その……シィルちゃんの足の件」

「うん……。そうみたいだけど」

 

 アカネは既にウルザよりその事を知らされていたが、ランスの行動を抑止するため、ギリギリの段階まで口止めされている。

 

「大丈夫なんかいな……」

 

 高笑いするランスを、アカネは一抹の不安を抱えながら見ていた。

 

――

 

 こうして、午前9時丁度、ランスは雑貨屋の店主をカオスで薙ぎ払って入口を開けさせ、一行はアジト内に突入した。

 

「くっ! 覚えてやがれ!」

 

 これで23人目の下っ端がウルザのポケモンと、ランスの暴力の前に退散していった。ウルザが手持ちを一掃し、ランスが口を割らない下っ端を”尋問”するという役割分担である。

 

「ちっ。手応えのね―雑魚ばっかだな。すんなり終わっちまうんじゃねえか?」

「元々奇襲に近いですから、十分に用意できなかったのでしょう」

 

 ウルザはオーダイルを戻しながら答える。

 

「で、この地図と、したっぱの情報によれば、この階層を降りればあの機械にたどりつくというわけだな?」

「そうですね。間に合えばいいのですが……」

 

 そう言って急ぎ足気味に前に進むと、肩にしがみついていたリセットが前に指をさした。

 

「おとーさん! あのひと」

「ん? おー、あんときやりそこねたねーちゃんじゃないか。確かアテナとかいったな」

 

 ランスとウルザの眼の前には二人の幹部が立ちふさがった。

 

「ちっ。噂には聞いていたが、ここまでのバケモンだとはな。リーグもとんだ隠し玉使ってくれるぜ」

 

 アテナの横にいる中年の幹部が二人を見て憎々しげにいう。

 

「今更恨み言を始まらないでしょ、ラムダ。ここはなにがなんでも、ここで止めるわよ」

 

 ラムダとアテナは、最下層に至る階段の前で、二人を待ち伏せていた。

 

「戦うしか、ないようですね。幹部二人はちょっと分が悪いかもしれませんが……」

 

 ウルザは覚悟を決めて、再度モンスターボールを構える。傷薬で回復させてあるとはいえ、一部の技のPPに不安があった。

 

「なんだウルザちゃん。不安なら俺様があいつらのモンスター片付けるぞ」

 

 リセットも自分も協力すると言わんばかりにぶんぶんと首を縦に振る。

 

「……。全滅したらそうしてください」

 

 ウルザはあくまでその姿勢を崩さなかった。

 

「ま、仮に私達を倒したところで、もう手遅れだと思うけどね」

 

 アテナは残忍に微笑む。

 

「それは、どういうことですか」

「あのプルートとかいうジジイ、思った以上のバケモンだったのさ。たった一晩で……おっと、これ以上は言えねえな」

「もったいぶんじゃねえよ、おっさん、その顎ごと似合わね―ヒゲきってやろうか?」

 

 ランスの言葉に、アテナはぷっと吹き出した。

 

「おいアテナ、てめーなに笑ってんだ」

 

 ラムダは恨めしげにアテナを見上げる。

 

「いえ。なかなか悪くないセンスと思って……。さて、そろそろ生意気なお嬢ちゃんにも分かってもらおうかしら、ロケット団に逆らうと、どうなるかって事をね! 行きなさい、ラフレシア!」

「後で覚えとけよ。行け、ドンカラス!」

 

 眼の前にラフレシアとドンカラスが現れる。ウルザは直感で、ここまでのジム戦や、戦いとは格が違うと感じ取る。

 

「……っ! 行きなさい、バクフーン、メガニウム!」

「ドンカラス! わるだくみ!」

 

 ドンカラスは悪巧みを行い、特殊攻撃を二段階上昇させる。

 

「メガニウム! 日本晴れ! バクフーン、ラフレシアに火炎放射!」

「ラフレシア! メガニウムにヘドロ爆弾!」

 

 日本晴れとタイプ一致による、バクフーンの火炎放射。ラフレシアには一撃で倒れるには十分なはずであったが、2割ほど耐え残ってしまう。

 

「なっ……!?」

「相手を見る前に、足元をみなさいな」

 

 メガニウムにもかなりのダメージが入っており、8割ほど削れてしまっている。同じくらいのレベル差ならば如何に一致抜群でもここまで減らないはずなので、ウルザは確信を持った。

 

「くっ……! どうして……」

「当たり前じゃないの。ランスは幹部は幹部でも一番の新入り、でもあたくしたちは、サカキ様の先代より仕えている古参よ。格が違うのよ、格が、オホホホ」

 

 アテナは蔑みきったように笑って見せる。

 

「加えて俺等はリーグと戦争する事も視野にいれてんだ。バッジ8枚も手に入れてねーよーな半端モンに負ける程度の力で、こんな大掛かりなことすると思ってたのかよ?」

「なるほど……。しかし、この程度のことで、私は諦めたりは……、バクフーン! もう一度火炎放射!」

 

 あれから数ターン経過し、ウルザはドンカラスとラフレシアはなんとか倒したものの、バクフーンも、メガニウムも失い、オーダイル一体で、残りの四体を倒せねばならなくなった。

 今、ウルザの眼の前にはマタドガスと、アーボックがいるが、2割ほどしか削れていなかった。

 

「くっ……。まさかここまで」

「だから言ったでしょう? ロケット団に逆らったら、どうなるか思い知らせてあげるって。それがこの現実よ」

 

 アテナは勝ち誇った笑顔で、ウルザに宣言した。

 

「オ……、オーダイル! 波乗り!」

 

 オーダイルは巨大な波をぶつけ、二匹同時にある程度のダメージを与える。しかし、それでもようやく半分削れたかどうかであった。

 

「マタドガス! 10万ボルトだ! トドメをさせ!」

 

 ラムダのマタドガスは莫大な電撃を、オーダイルにぶつけようとする。もはや、万事休すと思われたその瞬間。

 

「ケンタロス! 逆鱗や!」

 

 ケンタロスが猛然とマタドガスに襲いかかり、その一撃で戦闘不能にした。

 

「なっ……!」

「リーグと戦争する言うとったな……。おもろいやないけ。ならまずウチにそのすべて、ぶつけてみぃ!」

 

 ウルザの横に立ったアカネは、誇らしげにそう宣言した。

 

「くっ。本物のジムリーダーがお出ましってわけね……」

 

 アテナは遥か彼方に突き飛ばされたラムダのマタドガスを見ながら、アカネに視線を据える。

 

「アカネさん……!」

「待たせてすまへんかったな! ウルザ、ここからは共同戦線や! なかなか見せられへん、本気のジムリーダーの力ってやつ、特等席でよーく見るとええで!」

 

 アカネはウルザにようやく見せられるといった自慢げな表情で言って見せる。

 

「頼もしい限りですね……! では、とくと見させてもらいましょうか」

「ちっ……! 一体のせたからって調子のんじゃねえぞ! 行け、マタドガス!」

 

 ラムダはマタドガスを戻し、再度マタドガスを繰り出した。

 

――

 

「すげえ……」

 

 さしものランスもこれには感嘆せざるを得なかった。あれからはアカネの一方的なワンサイドゲームであり、ケンタロスは半分ほど体力を減らす程度で、ラムダとアテナのポケモンを一掃した。

 

「こんなに強かったんだ……アカネおねーちゃん……」

 

 同じくそばで見ていたリセットも、驚きを隠せなかった。

 

「けっ。こないな程度でウチらと戦争しよ思うてたんか。ポケモンリーグ舐めるのも大概にしとき!」

 

 ケンタロスを戻しながら、アカネは堂々と宣言した。

 

「フン……。何よ偉そうに。こんな連中が出て来でもしなきゃ、なかなか動けないポケモンリーグのくせして」

「チッ。言ってる場合じゃねえぞアテナ。とっとと下いかねーと」

 

 ラムダは早々に立ち直り、下へ向かう。アテナもそれに続いた。

 

「あ、待たんかいコラー!!」

 

 アカネはケンタロスに乗って、二人の幹部を追跡した。

 

「ふう……。大したものですね。なるほど、あれならば地域のみなさんが安心してリーグを頼るわけです」

「フ……フンッ。何だあの程度。ケンタロスだあ? あんなのミスコーンやらデカントと大してかわんねーだろ。俺様なら一撃で」

 

 ランスはカオスを振り回しながら、半ば焦ったように言う。

 

「おとーさん」

「な、何だ」

「ちょっと……カッコ悪いよ」

「ガーン!!」

 

 ランスはリセットの言葉を受けて、本気でショックを受けてしまった。父親を傷つけたことに気づいたリセットは必死に頭を撫でて慰めていた。

 

「ふう……やれやれといったところね」

 

 かなみはいつの間にか、ウルザたちのところへ戻っている。

 

「あ、かなみさん、どうでしたか、シィルさんは……」

「う、うん……。あの人……、国際警察って人の助けもあってとりあえずは救い出して、今はジムトレーナーさんに頼んでアジト内の医務室のようなところに運んでいるわ」

 

 しかし、言葉とは裏腹にかなみの表情は暗い。

 

「そうでしたか……。しかし、まだシィルさんには会わせないほうがいいでしょうね」

「うん……。とりあえず片付くまでは、そうしたほうがいいと思う」

 

 二人が話し合ってるところに、立ち直ったランスが近づく。

 

「おい、とにかくアカネちゃんを追うぞ。あいつらにハメられて輪姦されでもしたら一大事だからな」

「いや今まで何みてたのよ……」

 

 かなみの呆れをよそに、ランスは階段を降りていった。他の一行もそれに続いていく。

 

――

 

 最下層には巨大な装置があり、駆動音やコイル鳴きなどを鳴り響かせながら動き続けている。

 ランスたちの眼の前には、白衣を着た老人と、ラムダとアテナ、その他大勢のしたっぱがいた。

 

「ふひゃひゃひゃ。ようやくここまできおったかね。間抜けなポケモンリーグと、異世界の諸君」

 

 その科学者は開口一番に一行を見下す発言を行った。

 

「あなたですか、この装置をつくり、ロケット団を科学的に支えている技術者、プルート博士というのは」

 

 ウルザはアカネと並んで一行の先頭にたち、プルートと退治する。

 

「ふひゃひゃ。いやあこんな別嬪さんに名前覚えてもらえるとは光栄じゃのう。そうじゃ、ワシこそがこの国最大の至宝であり、スーパーインテリジェンスのプルート様じゃ」

「なんか……、見るだけで殺意わくなこいつ。斬っていいか」

 

 少し遅れてウルザたちのやや後ろに立ったランスは、ひと目見ただけですぐに判断を下す。

 

「やめてください。とりあえず話を聞きましょう」

「せっかくここまでおいでなさったんじゃ、この装置の素晴らしさを教えてしんぜよう。これはワシの作り上げた最新鋭の科学理論を元に作り上げた、唯一無二の化学兵器じゃ。これがあれば、どんな物であっても容易に破壊できるでの」

 

 プルートは高らかに笑いながら、装置を誇示した。今この瞬間にも稼働し続けており、蒸気と熱気を発し続けている。

 

「俺達はこれでジョウト地方を混乱に陥れ、乱れきった秩序になったところで、サカキ様をお迎えし、我らロケット団の新秩序をつくる! それが俺達ロケット団の望みだ!」

 

 ラムダは意気揚々と一行を前にして語った。

 

「それでこの装置で爆弾を作ろうというわけですね。なんと卑劣で……、無謀な計画を」

 

 ウルザがそういったところで、プルートは最大限に大きく嘲り笑う。

 

「ふひゃひゃひゃ!!!! ば、爆弾? そんなチャチなものを作るためにこのプルート様がここにいると思っているのかね?」

「えっ……?」

「ワシが作り上げたのは、これじゃ」

 

 プルートは眼の前にアンプルを取り出す。

 

「龍の……涙」

「そうじゃ。これの持つ真の力をお主らは知るまい。ワシはこれを触媒として、巨大なエネルギーを作り出すことに成功したのだ。世界そのものが終わりかねぬような、すばらしい力をの」

「な。なんやそれ……。まさか核爆弾とかいうんちゃうやろな? せやけど、そやったら国際機関が黙っとるはずないし……」

 

 アカネはその可能性をあげながら、自ら否定する。そのとおりだと言わんばかりにプルートはアカネを指差す。

 

「その通り! じゃからワシは原子力ではなく、全く違う、ドラゴンの原始的な力を用いることにした……これがその、龍の涙、じゃよ。ワシはこれをこの装置で作り出した莫大なエネルギーと共にジョウト地方中にはりめぐらされている龍脈に注ぎ、地殻変動を起こさせ……、あとは愚鈍な君等でもわかるじゃろう」

「まさか……地震……!?」

 

 ウルザはその答えにたどりつき、すべてを悟った表情をする。そして、これまでの間違いに気づいた。

 

「そう、地震、それも、ジョウト地方そのものが壊滅するレベルの大地震じゃ! 天正地震や、慶長伏見地震など比にならん、M9クラスの大地震を、主要都市を中心に一斉に発生させることができるのじゃよふひゃひゃひゃひゃひゃ」

 

 あまりにも途方もない計画で、この場にいた一行が一瞬呆然とした。

 

「あ、ありえへん……こんなメチャクチャででたらめな計画、うまくいくわけないやろ」

「いえ。しかし……。考えてみてください。あの三賢人の方々でも……、このような計画にいきあたりませんでした。アカネさんの仰るとおり、あまりにも馬鹿げているからです」

 

 ウルザはなんとか思考を冷静さを取り戻し、アカネに静かな声で返した。

 

「その通りじゃ。奴らは所詮、自分の常識内でしか、物事を考えん。このプルート様のような常識を打ち破る男のことなど埒外よ。じゃから、裏をかくのも容易い事じゃったわ。ふひゃひゃじゃ」

 

 有頂天になっているプルートにランスが静かな声で突っ込んだ。

 

「なあ。よくわかんねーんだけどそれ……。お前らも死ぬんじゃね―のか?」

「へ?」

「だってそんなとんでもない地震なんだろ? お前らも潰れるだろそれ。どうやってその新秩序だか、新ちんちんつくるってんだ」

 

 ランスの答えも想定済みだとばかりにラムダが高笑いながら答える。

 

「聞いていなかったのか! プルート博士は都市部を中心にと言っているんだ。だから我々は、被害が少ないか、軽微であろう、ジョウト地方の田舎や、郊外にあらかじめ複数拠点を設けて、そこから内部へ……」

「できんのか? そんな都合のいいこと……」

 

 ランスの言葉に反論の取っ掛かりを得たかのような表情をしたウルザは、プルートを再度問い詰める。

 

「博士。龍脈はジョウト地方中にはりめぐらされていると、フスベのイブキさんより伺いました。あなたのおっしゃり方ですと、まるで人体中に張り巡らされている血管のようにそれらが隅々までいきわたるような言いようでしたが……、本当に地方都市や大都市にだけピンポイントに起こすなんて、そんなことが可能なんですか?」

「……」

 

 プルートはそれが追及されると押し黙ってしまった。

 

「なんとかいいなさいよおジイさん! 幹部会ではまるで出来るみたいなこと言ってたじゃないの!」

 

 アテナが危険性に気づいたのか、プルートに再度尋ねる。

 

「――はて? そのようなこと、言うたかのう」

「て、テメエじじい! どういうことだ!」

 

 ラムダは血走った眼で、プルートに掴みかかった。

 

「ワシは、お前さんがたの希望通り、ジョウト地方中の主要都市を壊滅させる兵器を開発しろと言われたから作っただけじゃ。そんなことまでは知らんのう」

 

 プルートは冷や汗を大量にかきながら、シラを切った。

 

「この野郎ふざけやがって!!」

 

 誰が言ったか、その一言で、プルートへの集団暴行がはじまった。殴る蹴るは当たり前である。

 

「ひー! やめんか! この天才プルートの頭脳をなんだと心得る!!」

「うるせーこの疫病神!」「しんじまえ!」「この間貸した100円返せ!!」

 

 そんな叫びもむなしく、罵声のなかに消えていった。

 

 

「あーあ。内ゲバはじめやがった……」

「ふう……」

 

 ランスとウルザは呆れきった視線で、プルートへの集団暴行を見ている。

 

「そこまでだ!!」

 

 その言葉が、団員側の列より発せられた。

 

「な、なんだなんだ」

「私は国際警察のハンサムだ! お前たちの悪行、すべて聞かせてもらった! 警官隊!!」

 

 その言葉と共に、どこからともなく、警官隊が一斉になだれ込んできた。あれよあれよという間に団員たちは逮捕され、アテナやラムダ、プルートといえど、例外ではなかった。

 

――

 

「いやー。ご苦労ご苦労! 協力本当に感謝するよ! ランス君!」

「でーい、野郎と握手する趣味はねーっつってんだろ!!」

 

 ランスは握手しようとしてきたハンサムの手を払い除け、おまけに蹴りを入れた。

 

「ハハハ……。噂には聞いてたけどほんとに乱暴だなあ……」

 

 一件落着したランスたちはアジト内の休憩所に一旦集まり、ハンサムと会話をしている。

 

「本当に国際警察の人だったんですね……ちょっとびっくりしました」

「アハハハ。まあもう言われ慣れちゃったよそういうの……」

 

 ハンサムは半ば諦め気味にかなみの言葉を受け止めた。

 

「こちらこそこの度は本当にありがとうございました。ハンサムさんの助けがなければ、ここまですんなりとはいかなかったでしょう」

「いやいや。君たちの突破力とそのチームワークがなければこんなに早く検挙には至れなかったよ。異世界から来たとは聞いたけど、うーん……、なんとなく納得できちゃうな」

 

 ハンサムはうんうんと何度もうなずく。

 

「そういえば、なぜ私達のことを……」

 

 純粋な疑問として、ウルザが尋ねる。

 

「君たち、29番道路にあるゲートで警察から職務質問を受けたろう。あのときの照会で、3年前のウルザくんの痕跡がいくつか見当たってね。そこからリーグに照会して、詳しく辿っていったら……ってことでなんとなく君たちのことはリーグほどじゃないが把握していたんだ」

「なるほど……そういうことでしたか」

 

 ウルザは最初から全て追われていたのかとばかりに、深く納得した。

 

「まだ安心するのは早いぞ、ご一行」

 

 その言葉に、ランス以外の全員が身を引き締めた。

 

「なんだジジイ。まだあるってのか」

「幹部の大半はこの通り捕まえたが、まだ最高幹部であり、首魁のアポロが捕まっておらん。しかも、プルートに聞けば、あの装置からフスベへの力の転送は既に終わっており、今は小さい力に何百、何千にも分割して時間差で、フスベのどこかにある装置に注入している最中という」

 

 ヤナギは苦々しい顔をして言う。

 

「それってつまり……」

「うむ。力の結集が終わり、アポロがスイッチを押せば一巻の終わりということじゃの」

 

 ウルザの言葉に、ヤナギは先回して答えた。

 

「チッ……。しぶとい奴らだ」

「そういう事だから、一行には一日も早く、フスベへ行き、理事長と、イブキ君と共に最後の決戦に向けて方策を練ってもらいたい。私も行きたいところだが、まだこの事件と捕物の余波でせねばならぬことが山程あるから、動けぬのだ」

「フン。役立たずのジジ……」

 

 ヤナギはランスを前に深々と頭を下げた。

 

「頼む……。ジョウトを救ってくれ。私達だけでは奴らは止められん。お主たち、異世界から来た人間の我らには足りぬあらゆる力が、必要なのだ」

「……ケッ」

 

 ランスはヤナギから目をそらし、首をぷいとむける。老人にいくら乞われても応じる気はない。

 

「おじーちゃん」

「なんだね」

「だいじょーぶだよ。おとーさんはきっと、救ってくれるから! ね?」

 

 リセットはランスに視線を向けるが、ランスは応えようとしない。

 

「はぁ……全く、強情なんだから」

 

 かなみは頭をおさえながら、ランスを諦めた視線で見る。

 

「いや……良い。男子たるもの、そう易易と、他人に同じてはならぬのだ」

 

 ヤナギは視線をあげ、遠い目でランスを見ている。

 

「ヤナギさん。私達に出来ることならば、やれる限りのことは致します。ですからどうか」

「うむ。わかっておる。さて、私はそろそろ、地上に戻らねばの」

 

 そう言ってヤナギは杖をつきながら、休憩室を出ていった。

 

「総統、その……」

「おい、シィルはどうした。あのバカ奴隷、助かったのにまだ顔もみせんのか」

 

 その言葉に、この場にいた全員が凍りついた。

 

「何だ、どうしたんだお前ら……」

 

 ランスの当を得ない表情に、ウルザは意を決して答える。

 

「総統、落ち着いて聞いて下さい。シィルさんは命に別状はありません。ですが……、プルートの実験台にされ、左足を失いました」

「な……、何だと……?」

 

 一瞬、ランスの時が止まった。

 

―つづく―




次回で最終話の予定です
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