フスベシティ、りゅうのあな付近にある古い洞窟を、アポロたちのグループは急遽改造し、一つのアジトとして体裁を整えた。そして、アポロは暗い野望を秘めながら、付き従っていた団員たちに最後の指示を飛ばしていた。
「いよいよ我々の作戦は大詰めです。あとのこるは、エネルギーの結集がおわり、龍脈の源たるこのりゅうのあなにぶつけるまで、我々が一部の揺るぎもなく、支配し続けることです」
「しかし、チョウジのアジトは例の一行と、リーグにより潰されたと聞きました。本当に大丈夫なのですか……?」
隊長クラスの団員がアポロに疑心をもった眼で尋ねる。
「所詮奴らは用済みの存在。捕まったということはサカキ様に選ばれる資格のない、愚民にすぎないと言うことです。私達は違う。この地方に神の怒りを降らしめ、我々がノアの方舟の如き選ばれし民として、サカキ様を頂点とする新秩序を打ち立てるのです。一切の余計なことを考えず、その日が来るまで、じっと耐え続けるのみ」
アポロは確信を持った、座った眼で団員に告げる。
「ハハッ!」
隊長クラスの団員がそれに従うと、団員たちは散っていった。
アポロが待望に満ちた眼で、目標であるりゅうのあなを見据えていると、聞き覚えのある声が耳に入った。
「ほう、大層な語り口じゃないか、アポロよぉ」
そう、ポケットに両手を突っ込みながらやってきた男は、捕まっているはずの幹部、ラムダである。ところどころ服にカギ裂きができており、そこら中にドロや、かすり傷などがついている。
「ラムダ……。国際警察に捕まったと聞きましたが」
アポロは驚きを持った視線をラムダに注ぐ。
「ケッ。サカキ様に下の毛が生えてないときから仕えてきてる、この俺の執念、舐めんじゃねえぞ」
「無礼ですよ。いくら古参の貴方でも、サカキ様のそのような」
「ほう。なら言ってもいいのか、プルートから聞いたぜ……、別に安全は保障されてねえみてえだな。その計画」
ラムダは下卑た笑いをしながら、アポロに言う。
「……」
「驚いたぜ。まさか、自分もこの洞窟に潰されかねないような計画を作ってるたぁな」
「サカキ様さえ、この世におられれば、必ず我らの作った荒れ地に、ふさわしい秩序を作ってくださるはずです。そのためならば、この命とて、惜しくはない」
「けっ……。元々頭のイってる坊っちゃんだとは思っていたが、ここまでとはな……」
ラムダはタバコに火をつけながら、アポロを複雑な感情をはらんだ眼で見る。
「何故、ここに戻ってきたのです」
「おお? 随分な言い草じゃねえか」
「答えなさい。返答如何によっては……」
「おお怖い怖い……」
ラムダはタバコの灰を携帯灰皿に押し付け、やれやれと言ったふうに答える。
「その手しかねぇと思ったからさ……。もう3年だ。他の組織の縄張りもある。また俺達が往時の輝きを取り戻すには、地方ごと一回灰に返すしかねえと思ったんだよ」
「貴方も死ぬかもしれないですよ」
「やりようはあるさ……。仮にお前がここでおっちんでも、俺は何が何でも生き残り、サカキ様の影となって、その新秩序とやらの建設を全力で支える」
ラムダもラムダなりに考えた末での結論であった。
「……。そうですか。そういうことでしたか……。食えない人ですね。あなたも」
ラムダの真意を汲み取りつつも、これからの作戦に、幹部クラスは一人でもいたほうがいい。それを何よりも理解しているアポロは、彼の帰還を受け入れざるを得なかった。
――
「皆さん……、すみません。色々とご迷惑をかけてしまいまして」
「いえ。とんでもございません。こちらこそ、私の不備でこのような……」
シィルはあれからアジトよりチョウジタウン内の総合病院に移され、治療を受けていた。左足を斬られた以外は特に支障はなく、こうして会話ができている。
「そんな、頭をあげてくださいウルザさん」
「シィルちゃんホンマに大丈夫なんか? ウチのおとんのかかりつけに、コガネ大附属病院のザイゼンゆーめっちゃ腕利きの医者おるから、頼んでみるわ。あん人なら切れた足もくっつけられるはずや!」
アカネの肩を叩きながらの励ましに、シィルは力なく笑いながら応じる。
「いいえ。大丈夫です……。アカネさんのその一生懸命なお気持ちだけで私はうれしいです。私はできるだけ、皆さんのそばにいたいですから」
「シィルちゃん……。はぁ……、ホンマなんでこんなええ子がランスなんかの」
アカネはシィルの言葉に感激しつつ、下を向きながら言う、
「それ、私がまだシィルちゃんと会ったばかりの頃もそう思ったわ。長い付き合いだけど、未だに、はっきりとはわからないのよねー」
「あーやっぱそうなんか……。ランスの七不思議やな」
かなみのぼやきに、アカネが茶化していると、シィルはいつもどおり慈愛を持った眼で、二人を見ていた。
「で、その当のランスはまだこーへんの? シィルちゃんがこんな痛々しい姿してるゆーのに」
「『なぜ主人の俺様が、いちいち奴隷の事を気にかけてやらねばならんのだ』って、アジトでおっしゃっていましたが、先ほど病院内で看護師の方口説き落とそうとしているのを見ました。リセットちゃんも一緒ですからそう変なことにはならないと思いますけど」
ウルザは簡潔に報告する。
「はぁ……。全く、素直やないんやから。にしても、ウルザ、意外とランスの声真似うまいんやね」
「かなみさんやシィルさんほどではないですけど、長い付き合いですから」
「いや、私もシィルちゃんもできないから……」
そんな会話が、シィルの病室内で続いていった。
――
夜。面会時間もとっくに過ぎていた頃、一人の男がシィルの病室を訪れていた。
「……」
「ねー。おとーさん……。なんでさっきからずっと黙ってるの」
「静かにしてろ」
ランスはただひたすら、眼の前ですやすやと眠っているシィルを見つめ続けている。
「……このバカ奴隷が。片足を失ってしまったら、側位とかやりにくくなってしまうではないか」
ランスは静かに、シーツに本来あるはずの、なくなっている膨らみを注目した。
「あ! シィルおねーちゃんちょっと笑った!」
リセットは目ざとく表情の変化に気づく。
「何!? 貴様、主人を前に狸寝入りとはどういう了見だ、さっさと起きろ!!」
ランスはシィルの両肩に掴みかかって、激しく揺さぶる。
「そんなに病院の中で、騒いだらダメですよ。ランス様……」
「ちっ……。なんだ、思ったより大したことなさそーじゃねえか」
ランスはどっかりと備え付けの椅子に座った。
「足だけですから。義足も暫くしたら、私にあったものを用意してくださるそうです」
「どれくらいかかるんだそれは」
「えーっと……早くて一ヶ月くらいと」
「長いわ。明後日には完成させろ。そのころには帰るんだから」
ランスは舌打ちをしながら、命令する。
「そんなぁ……。無理をいってはいけませんよ。それに、明後日帰るって何か目処でも」
「知らんわ。……、明後日には俺様がフスベという街にいって、ロケット団を潰す。だから、その時までになんとかしろ」
ランスは一切笑わず、平静を保った顔で言い放つ。
「そういうことですか……」
「そうだ。車椅子だ。あれでなんとかできるんじゃないのか。あんなの用意するんだったら別に何日もかからんだろ」
「わ、わかりました。明日、お医者さんに相談してみます……」
シィルはそれでなんとか納得する。
「お前のやからした不始末を、俺様がスーパーダイナミックパーフェクトに英雄的に解決するところを見て、自分の不甲斐なさや奴隷としての罪深さを自覚してもらわなければならないからな。何がなんでも、その街に連れて行く」
ランスはようやくがははと笑って、その真意を語った。
「おー。おとーさんかっこいい! 私もきょーりょくする!」
「ふふ……がんばってね、リセットちゃん……、ランス様」
その後、見回りに来た看護師に追い出されるまでの数分間、ランスはシィルを見舞った。
――
翌々日、準備を整えた一行は、国際警察の用意したヘリコプターでフスベまで移動することになった。
「すげえな。これ……」
ヘリポートについたランスが驚いたのは、無機質で巨大なヘリコプターではなく、シィルに用意された車椅子の方であった。
「へ……。へへ。そうですか?」
車椅子を所望したシィルにリーグ側は過剰に反応し、この国で最新鋭の車椅子を用意した。
アナログスティックで自在に移動できるだけでなく、無段階のリクライニング、3日間充電いらずという代物であった。
「なんとかチョウジの病院に在庫があって助かったわい……。これで満足かの、ランスよ」
用意した張本人であるヤナギは少し誇らしげにこれを誇示した。
「あ、ああ……」
あまりにも自分の常識を超えたそれに、ランスは力なくうなずくしかなかった。
「すごいわねこれ……。歩くよりも早いんでしょう? こんなのあったら、もう立って歩くの億劫になるんじゃないかしら……」
かなみはその高機能さに舌を巻く他なかった。
「ごっつい車椅子あるとは聞いてたんやけど……、こーして間近にみるとたまげるなぁ……、なぁ、ウルザ」
「……。それでも、自分の足で歩くことには、かないませんよ」
ウルザの言葉には、対抗心や嫉妬ではなく、強い実感がこもっている。
「な、なんやウルザ、そないシリアスになって」
「あー……。ウルザさんって、昔、車椅子1年くらい使ってた時期あったから」
かなみは思い出したかのようにアカネに補足した。
「え。そうなんか? 初耳なんやけど……」
「……。まあ、そのうちそのあたりの話もしますよ」
ウルザはアカネの顔を見ながら、ふっと笑ってみせる。
「あー。ゴホン! いいかな、この国際警察が用意した、最新鋭のヘリコプターで、君たちはわずか1時間でフスベまで」
「よーし、さっさと乗るぞ」
ハンサムのうんちく開示むなしく、一行はランスの言葉に従い、続々とヘリコプターに乗り込んだ。シィルとウルザだけは簡単にヤナギへ頭を下げる。
ハンサムは全員乗り終えた後にしょんぼりした顔で、ヘリに乗っていった。
「頼んだぞ……、異世界の者たちよ」
ヘリの発する風に煽られながら、ヤナギは小さくつぶやいた。
――
「我々は、りゅうのあなの近く、この北側廃棄洞窟の中に、ロケット団のアジトがあると結論した。本日一三〇〇を以て、リーグとしては正面より突入を開始し、ランス君たち異世界の者たちは、別働隊として、この洞窟最上部にあると思われるスイッチのある場所を叩いてほしい」
理事長のワタルは、着いてそうそう、ランスたちをフスベのポケモンジムへ呼び寄せる。
そして、ジムリーダーのイブキと共に、最終決戦へ向けての最後の会議が行われた。現在時刻は午前10時、のこり3時間で、最後の決戦がはじまろうとしていた。
「ヘリコプターの中で、ハンサムさんより聞きましたが、ラムダに逃げられたそうですね?」
ウルザがワタルに尋ねる。
「それは本当に申し訳ない。下痢が山でここで出させないなら、ぶちまけるぞなどというからついトイレを許してしまい……」
ハンサムは気の毒になるほど、議場の面々に頭を下げた。
「起きてしまったことを責めても仕方がありません……。ラムダの帰還は不安要素ではありますが、それでも我々は勝利しなければならない」
ワタルは拳を握りしめて、勝利への意志を見せつける。
「私とワタル、あとはフスベのジムトレーナーやドラゴン使いたちは総出で、正面入口からロケット団をなぎ倒していくわ。そこのサポートはしっかりやるから、あんたたち、頼んだわよ」
「おう。首領を倒した暁にはぜひ、イブキちゃんともセックスを」
「シードラ、りゅうのいかり」
イブキはシードラを繰り出し、ランスに直撃させた。
「ぎゃあああああ」
「イブキ、あまりやりすぎないように……。とにかく、この作戦は君たちにかかっている。是非、あらん限りの力を出し尽くしてほしい」
「はい。全身全霊で、努めさせていただきます」
伸びているランスをよそに、ウルザはしっかりとワタルに応答した。
――
「くそっ、イブキちゃんは相変わらず強情だな。いつか絶対アヘアヘ言わせてやる」
「総統、こんなときにリーグとの余計ないざこざ起こさないでください……。ただでさえアカネさんの件があるのですから」
会議が終わり、一行はポケモンセンターで最後の準備を行っていた。
ウルザはいつもどおりのランスに、呆れ半分に言うが、ランスは全く意に介そうとしなかった。
「……」
「おいどうしたんだかなみ、そんなに考え込んで」
珍しく突っ込まず考えているかなみを見て、ランスは声をかけた
「いや……、あのイブキって人、誰かを思い出すなって思って。気が強くて、マント羽織ってて……、あんな、その、露出がある服きてて……」
「あっ……。まさか。サテラか!? あんなのと同類がこの世界にいるとはな……。やっぱりあっちも感じやすかったりするのか?」
サテラとは、ストーンガーディアンという石造りの人形を用いる、ランスとも縁が深い魔人の一人であり、ランスに恋情をもっている一人であった。非常に敏感であり、ランスに襲われても抵抗できないでいる。
「知らないわよ……」
「ふーん。そっちの世界に、私達のファッションを理解してくれるのがいるなんてね。面白い話を聞いたわね」
そんな話をしていると、イブキ本人がやってきていた。
「おー! イブキちゃんじゃないか! どれどれ、俺様にさっきの謝罪をしたくて、わざわざ身体を」
「シードラ、顔に煙幕」
シードラはランスの顔目掛けて煙幕を張った。
「げほっ、ごほっ……」
むせているランスを無視して、イブキはウルザの前に立った。
「ウルザさん……といったかしら。これ、理事長から渡しておいてくれって。今最終的な詰めで忙しいから私がかわりに」
「私に、ですか?」
ウルザに渡されたのは小さな木箱であった。
「なんでも、チョウジのアジトで苦戦したのをきいてたらしくてね。急遽、遠く離れたイッシュ地方のアララギ博士経由で仕入れてくれたの」
ウルザが木箱を開くと。そこには3つの小瓶が入っていた。
「なんでしょうか……。随分と神秘的な雰囲気がしますが」
「ジュエルといって、特定タイプの技、この場合は草・水・炎の技を一度だけ、威力を最大限に高めてくれるらしいの。アポロの持つポケモンは恐らくかなり手強いでしょうからね、保険の為にって」
「なるほど……。ありがとうございます! 是非、活用させていただきます」
ウルザは木箱をリュックに収め、深々と頭を下げた。
「負けるんじゃないわよ……。リーグ内部にはあんたたちを敵として処理しないこと自体に反対する声もあるんだから。そんなことになったら承知しないからね」
イブキは託すように一行を睨みつけ、ポケモンセンターから去っていった。
「いやー相変わらずキッツいなあイブキはんは……」
「どこにいってらしたのですか、アカネさん」
イブキがいなくなったのと入れ替わりに、アカネが頭を掻きながら帰ってきた。
「ボックスからポケモン入れ替えてきたんや。ウルザは関係ないやろけど、ポケモントレーナーは基本手持ちは6体しか持てへんねん。それ以上のポケモンはすべてボックスか、育て屋に預けることになっとるんや」
「ボックスということは、溢れた分を預けていくということですかね? 皆さんあの端末で操作されているようですが」
「せや。マサキっちゅー、ウチと同じコガネのごっつええ技術者がおってな。その御蔭で数千万人いるトレーナーのポケモン管理を全国どこでも一元管理できるようになったんや」
アカネは誇らしげに語る。コガネシティの誇る第一人者であるようだ。
「すごいですね……。わたしたちの世界にも、マリアさんという、チューリップシリーズという、この世界のバズーカのような火器を開発した技術者がいるのですが、きっとお会いしたら大いに喜ばれるでしょうね」
「なんや名前に反して恐ろしいもん開発しとるんやな……。それだけ荒々しい世界っちゅーことか」
ウルザは悲しげに頷くほかなかった。
「フン。俺様からすればこの世界は、窮屈で仕方ないわ」
煙幕で煤だらけの顔になっているランスが、会話に参加してきた。
「そーなん? なんやかやゆーて、ランスもこの世界楽しんでるよー思うねんけどな」
アカネはランスの日々の行動や言動を見て、そう評価を下している。
「なんでもかんでも法律ってやつに縛られて、気に入らないやつを切り刻んだり、ぶん殴ることもできねえ。ストレスが貯まるわ」
「そーかなー……。毎日リセットちゃんやシィルちゃんと楽しくお茶したり、遊んだりしとるやん。戦争に明け暮れる日々から離脱してきて、内心、本音では平和を恋しがっとると違うんか?」
アカネの言葉にランスは大きく眼をいからせた。
「アカネちゃんに俺様の何がわかるんだ。俺様は世界総統だ。世の中のすべてが俺様の言う通りにならなければ、ならんのだ」
「せやけど」
「アカネさん。そのくらいにしましょう。総統も、大人げないですよ」
口論になりそうな気配を察したウルザが、間に入って止め、顔を洗ってくるとランスは奮然と立ち去っていった。
「なんや。ウチのゆーてること間違っとるんか」
「……。総統は、本音を言い当てられるとああなるんです。わかりやすい人ですよ」
ウルザはフッと笑って、その背中を見送っていた。
――
フスベシティを見渡せる山頂、そこに長い金髪をたなびかせている女性がいた。
「傍観者に徹するんじゃなかったのかい。シロナ君」
「……。あなた達が手こずった時のバックアップよ。万一にも計画が実行されでもしたら、日本という国そのものが危険に瀕しかねないもの」
ポケモンリーグ副理事長、シロナはその場でテントを張り、簡素な椅子に座りながら紅茶を飲んでいた。隣にはガブリアスがおり、臨戦態勢をとっている。
「全く、僕らが手に負えなくなったとして、君がどうにかできるっていうのかい?」
「これでも私はシンオウリーグのチャンピオンよ。そう負けるものじゃないと。自負はしているわ」
「そうか……。全く、大した自信だね……、それ、いいかい?」
ワタルは小さい机の上にあるクッキーを一つ指差す。
「意外ね。こういうの好きなの?」
シロナはクッキーを差し出しながら尋ねる。
「まあね。この前もイブキから余ったからとチョコ貰ったんだけど、おいしくいただいたよ」
ワタルはクッキーをパリパリ食べながら答える。
「はぁ……。そういうのに気づかないから朴念仁って馬鹿にされるのよ……」
シロナは紅茶をもう一口にしながら、足を組み、呆れた声色で言う。
「嫌だなあ。誤解しないでよ。イブキと俺はそういうのじゃないんだ。幼馴染のいとこってだけで」
「……。もういいわ。それで、ヤマブキの方々が動いてるのは聞いてるの?」
「ああ。官邸筋が自衛隊を動かそうとしてるのは聞いてるよ。俺らを信用してないのか、それとも……」
ワタルは残ったクッキーのかけらを食べながら言う。
「リーグの権限を使わず、各町の権限で収めようとしている以上、しくじればリーグそのものの存亡に関わるってこと、よく覚えておくことね」
シロナはもう一口紅茶を飲みながら言う。冷たさを増した秋風が、状況を示唆しているようだった。
「ああ、分かってるよ……。助かるよ、そういう向きのことは、君がいないと把握できないからね」
「理事長も。もう少しそういう筋のパイプはもってほしいものだけどね」
「俺みたいな中学出たくらいの人間じゃ相手にもされないよ。分かっているだろう?」
ワタルは自嘲気味に笑いながらシロナに言う。
「そういう問題じゃ……。いや、……、そうね。あなたにはそういう駆け引きや取引は似合わないもの」
「さて、俺はそろそろ行くよ。ランス君は短気だからね。一分でも遅れたら何するかわからないし」
そう言ってワタルはカイリューに乗って、フスベの市街に飛んでいった。
「私だって、好きであんなジジイどもに愛想振りまいてるんじゃないのよ……」
空に消えていくワタルを見ながら、シロナは虚空に向かって呟く。
――
予定通りの時刻にりゅうのあなでは攻撃が開始され、ランスたちはほぼ同じにあらかじめりゅうのあなの長老によって指示された出口より突入を開始した。
ランスはシィルを連れてこようとしたが、さすがにそれは却下され、フスベの病院に、随時映像を送らせるという形でどうにか納得させる。
「チッ……。流石にチョウジの時ほど、楽勝言うわけでもなさそうやな……」
アカネは疲労困憊になったピクシーや、キリンリキに傷薬を与えながら言う。
「相手も後がありませんからね。それだけ必死ということでしょう」
ウルザも同じく、リーグから支給されたピーピーエイダーをメガニウムに与えながら言う。
「……ったく。馬鹿みたいに複雑な要塞だな。どこにいるかわからなくなるぜ」
ランスはベルトをカチャカチャ締め直しながら言う。
「なんかわかったん? ランス」
「おう。どうやらこの中央の穴突き進めば、スイッチのところにたどりつくみたいだぞ。指3本目で白状しおったわ。がはははは」
ランスは相変わらず、女子団員を捕まえて”尋問”によって情報を引き出していった。
「へくしっ……」
「どーしたかなみ。風邪か?」
「いや……。嫌なこと思い出しちゃって」
かなみはかつて自分にランスからされた仕打ちを重ねてか、思わずくしゃみをしている。
「とりあえず先に進みましょう。ポケギアでの報告を聞いた限りでは向こうもうまく分散……」
「おーっと。そうは問屋が卸さないぜ……」
ウルザがその中央の入口に向き直った時、眼の前にラムダと十名ほどの下っ端が現れる。
「チッ……まだ生きとんのか。コイキングみたいにしぶといやっちゃな」
「あの程度の責め苦でどうにかなるラムダ様じゃねーんだ。さて、ここから先、お前らを一歩も通すわけにはいかねえ。あと、もう少しなんだ。是が非でもとおせんぼさせてもらう」
ラムダの指示と共に、下っ端たちは一糸乱れずにボールを構える。
「懲りんやっちゃな。数日前にあんだけ力の差ぁ見せつけられて、まだそないな口たたけるんか」
その差を見せつけた当人のアカネは唾を吐き捨てながら、ラムダに相対した。
「ああ。分かっているぜ……。だから、量で圧倒することにしたのさ。お前ら!」
ラムダの指示と共に、下っ端たちは次々とポケモンを出した。それは優に200匹は数えると思われる。
「如何にポケモンリーグが化け物つっても、この量を制するには骨が折れるだろう?」
アカネは少々間を開けて、深呼吸して宣言する。
「なめとったらあかんど。ウルザ、退いてな。キリンリキ! この周囲に黒い眼差しや!」
ウルザがメガニウムを戻して避けたのを確認した後、アカネの指示に従い、キリンリキは自らと、ロケット団のポケモンの範囲を対象に大きく黒い眼差しで覆い尽くした。この範囲から、ポケモンたちは逃げることはできない。
「行けぇ、ランス! さっさとアポロのどたまとってこんかい!」
アカネはランスやウルザに眼を向け、即座に指示する。
「ア、アカネさん、いくらなんでもその数を相手にしては……」
「ポケモンリーグの本気舐めるな言うたやろ。はよいかんか! 一瞬の躊躇でジョウト潰れたらウチは絶対ゆるさへんからな!」
アカネの力強い叱咤は、どこまでも洞窟内に響いた。
「がはははは! いいぞ、アカネちゃん! あのヤローどついたら、ご褒美にシィルより先に抱いてやるぞ!」
「へっ……。楽しみにしとるで……」
アカネは薄く笑って、ラムダに向き直る、それを見て一行は中央の穴へ向かっていった。
「けっ……。ポケモンリーグの狗が、よくもそこまで異世界の人間に肩入れできるもんだ」
ラムダはタバコに火をつけ、紫煙をくゆらせながら言う。
「もうただの異世界の客人やない……、ランスも、ウルザも、シィルちゃんもかなみちゃんも、リセットちゃんも、ウチの大事な友だちや! ダチ守るんわ、コガネ人としての流儀いうもんやで!」
「ふっ、羨ましいぜ……。俺もあと20歳若けりゃ、そんな感じになれたかもな」
ラムダはタバコを吸いきり、地面にタバコごと捨てて、靴でもみ消す。
「オッサン、ダチおらんのか?」
「おめぇさんのいうダチはいねえな……。だが、俺だけじゃねえ、こいつらにとって、守るべき主なら、今でもいるぜ。その思いの強さ、見せつけてやるよ」
アカネと、ラムダ率いる下っ端たちの戦いがはじまった。
――
ランスたちは最奥部にたどりつき、アポロの背中を眼にする。アポロの眼の前には広大なりゅうの穴があり、ワタルたちの本体が確実に迫ってきている。
「ミネルヴァのヨルノズク――というのをご存知ですか」
「あ?」
アポロはランスに背を向けたまま、一方的に語り始める。
「かの高名な哲学者、ヘーゲルが言ったとされる言葉で、現実のことが起こってから、後の哲学、学問が形成されはじめるという比喩ですよ」
「……それがどうしたというのですか」
ウルザはアポロの背中に強い視線を送り続けている。
「私は、その最初の”現実”を作ろうとしているのです。知恵の神、ミネルヴァがその手からヨルノズクを飛び立たせるような、破壊と、新秩序を、この手で作り上げ、サカキ様を迎え入れるのです。邪魔をするというのであれば、容赦はしませんよ」
アポロはゆっくりとランスたちに向き直り、モンスターボールを構える。
「私達の世界にも、あなたと同じようなことを考えていた組織がありました。名前をペンタゴン、魔法使いを頂点とする差別的な社会だった私の国において、反魔法使いを掲げ、新たな秩序を打ち立てようとした、危険なテロリスト集団です」
ウルザはゆっくりと話し始める。アポロは黙ったまま、その話を聞く。
「彼らの計画は、途中までは成功し、首都を混乱に陥れ全国に暴動を引き起こすことまでは成功しました。あなたの言う、破壊までは成功したといっていいでしょう」
「うむ。俺様のおかげだな」
「少し黙っててくれませんか……」
ランスの横槍に、ウルザは珍しく、少し不機嫌な表情をする。
「……それで?」
「しかし、彼らは暴徒と化した民衆を制御することが出来ないまま、肝心の秩序、非魔法使いによる民主共和制の国家を打ち立てることができず、より大きな、魔軍の襲来、カミーラと呼ばれる魔人とその魔物たちの大規模な侵攻を呼ぶだけに終わりました」
ウルザの話を聞き、アポロはふうとため息をつき、首を横にふる。
「分かっていませんね。私は、今の立憲民主主義体制を維持しようなんて、さらさら思ってなどおりません。サカキ様の御心によって立つ、素晴らしい秩序をうちたてんとしているのですよ」
「分かっていないのは貴方の方です。仮にこれが成就したとしても、貴方がたロケット団による秩序など、決して人々は容認したりしません。見立てが甘すぎます」
ウルザは確固たる決意を持って、アポロを見据える。
「貴方は今の体制を、素晴らしいものと思ってらっしゃるようで。なるほど、たしかに断片的に入ってくる情報では、あなたたちの世界は暴力と圧政にまみれる、ひどい世界だったようだ。そこから来たのでは、さぞかし良い世界にみえるでしょう」
「ええ……。私の国の、目指すべき姿だと考えています。人々が立場や身分を超えて話し合うことができ、質の高い教育を受けられ、こうしていたいけな少年少女でも安心して旅をして成長が出来る。実に良い世界です」
ウルザは確信を持って話す。旅の合間に政治書や、仕組みに関する話を聞いており、相当程度にこの世界の仕組みについて理解を深めていた。
「貴方は分かっていない。……、詳しくは話しませんが、この体制でも、零れ落ちて不満に思う人は何千、何万といるのですよ。たかだか三週間程度、物見遊山の短期留学でも来た気分で理解した気になられては、たまったものではありませんね」
「……。議論をしても、無駄のようですね」
「ええ、貴女は賢いようだが……、相容れることはないでしょう」
アポロは改めてモンスターボールを構えた。
「よくわかんねーけど、あの装置をぶっこわせばいいんだろ?」
「う、うん。あの人の後ろにある制御装置を破壊すれば、停止するわ」
ランスの問いかけに背後にある装置を指さしながら。かなみは答える。
「甘いですね。そんな簡単に、成就させるわけないでしょう」
アポロはブーバーを繰り出し、装置の前に立ちはだからせる。
「ちっ。なんだこの全身火だるまみたいなの……めんどくせえ」
ランスはカオスを構えながら、眼前の敵に歯噛みした。
「さて、邪魔はいなくなりました。はじめましょうか。行きなさい、マルマイン!」
「……、バクフーン!」
マルマイン、バクフーン共に真剣に向かい合う。主の意図を汲み取っているかのようだった。
「マルマイン! 電磁波!」
マルマインは先制して電磁波をうち、バクフーンを麻痺状態にする。
「バクフーン、日本晴れ!」
バクフーンはフィールドを日照り状態にする。
「……。マルマイン、チャージビーム!」
チャージビームは直撃し、バクフーンの体力を2割ほど削る。大したダメージではないが、特攻が上昇してしまう。
「バクフーン、オーバーヒート!」
バクフーンは最大限火をまとってマルマインに襲いかかる。しかし、一撃では倒れず、2割ほど残る。白いハーブをかいで、ステータスをもとに戻した。ウルザは事前にいくつかリーグから道具とわざマシンの支援を受けている。
「マルマイン! もう一度チャージビーム!」
アポロは少しだけ口角をあげてチャージビームを指示する。特攻がもう1段階上昇する。
「バクフーン、オーバーヒート!」
しかし、バクフーンは痺れのため、動けなかった。
「よし、マルマイン! バトンタッチだ。行きなさい、ヘルガー!」
満を持して、特攻が二段階上昇したヘルガーが登場する。
「ヘルガー! 悪の波動!」
「くっ……。バクフーン、守って!」
バクフーンは守るの結界を張り、初撃をしのぐ。
「ヘルガー! もう一度! 押し切るんだ!」
ヘルガーは悪の波動を放ち、今度は命中してバクフーンは耐えきれずに倒れた。
「戻って、バクフーン。行って、オーダイル!」
今度はオーダイルが場に現れた。しかし、晴れ状態のため、残り2ターン、攻撃を受け続けなければならない。
「オーダイル! まもる!」
「無駄打ちはさせませんよ……。ヘルガー、悪巧み!」
ヘルガーは悪巧みを行い、都合四段階特攻を上昇させる。
「……、ヘルガー! 悪の波動!」
満を持して、ヘルガーは悪の波動を繰り出す。
「オーダイル……もう一度!」
オーダイルはもう一度守るの結界を張る。ウルザは賭けに勝利し、悪の波動を弾き返した。
「なっ……」
「ここが使いどきね……! オーダイル! アクアテール!」
オーダイルはアクアテールを叩きつける。日本晴れが解除され、一致抜群、そしてジュエルの効果が乗り、多少のレベル差程度では、ヘルガーは耐えきれなかった。
ヘルガーは遠くに弾き飛ばされ、ブーバーに衝突し、そのまま落下した。
「くっ……! 戻れ、ヘルガー、行け、マルマイン!」
条件は同じく一体喪失であったが、アポロには焦りが生じ始めていた。
一方のランスは、ブーバーに四苦八苦していた。カオスで殴りかかってもすべて弾き返され、あまりの高温にカオスが悲鳴を上げるほどであった。
「ちっ。この役立たずめ。これでは近寄れないではないか」
「いやーあの炎は反則じゃよ。どーにもできんて……。溶けますよ? 冗談抜きで?」
カオスは弱々しい声でランスに懇願する。対するブーバーは仁王立ちをして、機械の前に立っている。一分の隙もなかった。
「おいかなみ、お前がおとりになれ。その間に俺様があの装置を」
「無理無理無理!! あんなの身体の一部でも掠ったら全身大火傷よ!!」
かなみは大きく手を振って、本気で拒絶した。
「この役立たずめ。こんな火だるま相手にどうしろってんだ……」
「んー……」
リセットはカラーの弓をつがえながら狙いを定める。
「何してんだお前。矢もダメなんだろ。ウルザちゃんのボウガンも鏃潰されてたろ」
「かんがえがあるの。えいっ!」
リセットは小さく呪文を唱えて、ブーバー目掛けて撃ち込む。ブーバーはダメージを受け、大きな水が蒸発する音が響いた。
「へ……?」
「おとーさん! やっぱりそうだよ。まほーの力をこめれば、弓矢もつかえるの!」
「もしかして今の……、氷の矢?」
かなみの問いかけに、リセットはにっこりと頷いた。
「よーし。よくやったぞリセット。いいこと思いついた」
ランスは残忍に笑みを作る。リセットに耳打ちをして、「さっすがおとーさん!」とそれを快諾した。
「何をする気なの……?」
「ふっふっふっ。見ていろ」
リセットは再び、鏃の潰れた矢をつがえ、今度は巨大な氷を鏃の代わりとする。
「!?」
態勢を立て直したブーバーが気づいたときには時すでに遅し、巨大な氷の矢がブーバーの胴体に直撃する。
ブーバーの炎はこの氷を処理するのに追われ、一瞬炎が弱まる。その隙をランスは見逃さなかった。
「でりゃあああああ!!」
ランスは思い切りブーバーのボディにカオスを持って襲いかかり、炎が回復する前に弾き飛ばした。ブーバーはその衝撃により、一撃で戦闘不能になる。
「す……すごい。たった一撃で」
ブーバーは左端の洞窟に叩きつけられ、ズルズルと落ちていった。
「な……何っ!?」
ウルザとの戦闘に集中していたアポロは、何が起きたか理解できなかった。事態の変化に気づいたアポロが、マルマインを繰り出そうとしたときには、もはやランスは機械の前に立っていた。
「ようやく……、この世界からおさらばできるぜ。ランスアターーーック!!」
ランスは飛び上がり、衝撃波を込めて、装置に思い切り叩きつけた。装置はひとたまりもなく破壊され、巨大な亀裂を作った後、崩壊を始める。貯めていたエネルギーが次々と虚空へ逃げていった。直下にある貯蔵庫ごと破壊に成功したのである。
「なっ……なんということを。ランス、貴様……、なにを、何をしたかわかっているのですか!」
計画が目の前で破滅したのを見たアポロは、勝負を放棄し、ランスに詰め寄った。
「うるさい」
装置を破壊したカオスをそのまま、アポロの喉元に向ける。
「これで、これで最早我々は再起の芽を失った、サカキ様を頂点とする、新秩序が築けなくなったのですよ! 分かっているのですか」
しかし、それでも全く怯まず、アポロはその狂気の眼をランスに向け続ける。
「――そのサカキってのは、ガキに負けて今でも惨めに逃げ回っている、ただの雑魚じゃねえか」
ランスはアポロを非情に蹴り飛ばし、部屋の隅に追いやる。
「答えろ。シィルの左足をやったのは、てめえか」
ランスは静かな怒りを向けつつ、アポロの胸に切っ先を向ける。
「……っ。やったのは私ではない。しかし、そうなる状況を作ったのは私です」
「そうか。ウルザちゃん、いや、かなみでもいい、ナイフを貸せ」
「えっ?」
急に指名されたかなみは当惑したが、ウルザはすぐに意図を察した。
「いけません! ランスさん。それだけは」
「あ?」
「私達に、彼を殺すことは許されません。あくまでこの世界の法に則り、裁かれるべきです」
ウルザはナイフを渡そうとするかなみを制し、ランスに猛然と反論する。
「ふざけるな……。なんで俺様がそんなものに」
「―――してください」
アポロは空虚な眼で、ランスに言う。
ランスは黙って冷めきった目で、アポロに視線を合わせる。
「殺してください。もはや、私に生きる意味などない……。理外の存在である貴方の刃で貫かれるならば、それも本望です」
アポロはランスに眼をむけず、ただ力なく言う。もはや最高幹部として立っていた威厳は消え失せてしまっている。
「ふーーーん。そうか、殺してほしいのか」
「はい」
「じゃあやだ」
「えっ……」
アポロの眼が絶望に染まる。
「なーにが俺様の刃に貫かれるなら本望だ。そういうことはな、ムチムチナイスバディの女の子に生まれ変わってから言え。気持ちわりいんだよ!」
ランスはアポロにとどめの一蹴りをして、おもちゃを捨てるように踵を返した。
そこからすぐに、ワタルたちが正面軍がどかどかとこの部屋に入ってくる。
「よーやく来たか。おせーんだよ」
ランスはワタルを前にニヤニヤと笑いながら言い放つ。
ワタルはすぐに奥の機械に目をやる。
「そうか……。大きな音がしたから気になったが……、やってくれたのか」
ワタルは大きく安堵した表情で、ランスに言った。
「ワタルさん。この度は協力してくださり、本当にありがとうございます。お陰様で、アポロを追い詰めることができました」
「噂には聞いてたけど……。本当に大した才能を持ったトレーナーなのね」
イブキはやや一目置くような表情でウルザを見る。
「言っただろ、イブキ。彼女は凄腕のトレーナーなんだ。もしあのままこの世界にいたら、今頃はジムリーダーになっていてもおかしくないくらいのね……」
「こういう可愛い子に弱い、あんたのホラ吹きだと思ってたけど……。信じざるを得ないわね」
ウルザを見つつ、イブキはふうとため息をつく。
「3年前のウルザさんってほんとどんな人だったのよ……なんだか薄ら寒くなってきたわ」
かなみはウルザを見ながら、鳥肌を立たせていた。
「恐れ入ります。しかし、私は」
「分かっている。この世界に残る気はないのだろう。君たちは、3年前と比べ物にならない、大きな使命を背負っているようだしね」
ワタルは少しだけ残念そうな声色で言う。
「はい。……しかし、大きな学びを得ました。戦争が終わった後、どのような国造りをすればいいか、その指針を作る大きな手助けとなった時間です。何よりも代えがたい宝物です」
「そうか……。君は四天王という重職に就いているんだったね。僕らの世界の叡智が、遠い世界の政治に役立ってくれるなら、この世界を代表する住人として、これ以上嬉しいことはないよ」
そんな会話をしていると、アカネが走りながら部屋にやってきた。
「あー。もう終わってもうたんか……ようやっと211匹全部倒して、ラムダを警察に引き渡したゆーのに……」
アカネの格好もそれなりにボロボロになっており、各所に泥などがついている。
「アカネさん……。ご無事だったのですね。良かったです」
ウルザはそのことに何より安堵し、安心した目つきで言う。
「ご無事やあるかい! あーあこの服おニューやったのに……。よーやっと、ケリがついたんやね」
「ええ……。思えば、長いようで短い時間でした」
ウルザは思い起こしてるような声色で言う。
「アカネ君! 君もご苦労だったね」
「ああ、これはこれはワタルはん。この間はえろうすんまへんでした。あないなこと言うて……」
アカネは朴念仁という発言を、その場の勢いで言ってしまったからか、深く頭を下げている。
「いや、俺も配慮を欠くようなことを言ったのは事実だし、それはいいんだ……。あと、あんまり掘り返さないでくれるかな」
ワタルは少し頬に朱を指しながら言う。よほど触れられたくないようだ。
「あの……それで、今回のことは」
「安心したまえ。今回の君の活躍は失態を補って余りあるよ。ロケット団を抑制するどころか、こうして壊滅するのに大きな貢献をしてくれたからね。ジムへの補助金増額を含め、シロナ君とよく君を遇するよう相談するよ」
ワタルはにこやかに笑いながらアカネに言う。
「ホンマでっか!? いやー流石は理事長はんやで」
「よかったですね。アカネさん」
ウルザもまるで自分のことのように喜び、アカネに言葉をかける。
「へへ……。おおきにな」
「さてと、じゃあそろそろ俺達は引き上げようか。アポロを引き渡したら、後は警察の領分だ」
「テメーがしきんじゃねえよ童貞が」
撤収しようとしたワタルに、ランスが声をかけた。
「……。イブキを見習って破壊光線でも撃てば、少しはそういうところマシになるかな」
「いや、私もそこまでしてないんだけど」
そんな複雑な思いを抱えつつ、ランス一行とワタルたちは解散した。
――
そのまま一行はフスベシティで歓待を受け、ジョウト地方を救った英雄として遇されることとなった。
そして、ポケモンセンターで一番いい部屋を用意されたランスは案の定のことを言い出す。
「よーし。リセットは寝かしつけたし、今日はジョウトを救った記念日として、夜通しハーレムセックスだ!!」
「はぁ……。やっぱりこうなるのね」
ろくでもない事を言いだしたと、かなみは諦めた視線を送る。
「まあ。良いではないですか。総統も今回はかなり頑張ってくれましたし……」
ウルザはさりげなく、戦闘服のボタンを外しながら言う。
「って、ウルザさん……、結構乗り気なんだ今回」
「言ってませんでしたか? 私、別に総統とすること自体はそこまで」
「なぁ……なんでウチまで巻き込まれてるん? ウチコガネに帰ってもええて、理事長はんに言われたんやけど」
ウルザが言いかけたところに、アカネが割って入る。
「何を言っているんだアカネちゃん。俺様に一番最初に抱かれたいと言っていたではないか」
ランスは早速アカネの服を脱がしながら言う。
「ニュアンス変わっとるで!! あーもう、はよコガネに帰るんやったわ。なんだかんだ残ってまうウチもウチやねんけど……」
そうぶつぶつ言いながら、アカネはなんだかんだ受け入れてしまうのだった。
「皆さん、今日は本当にお疲れさまでした。加われなくて残念でしたけど……」
シィルは車椅子に乗りながら、一行に頭を下げた。
「いいのよシィルちゃん。リセットちゃんも言っていたじゃない。あの矢に気付いたの、シィルちゃんが魔法使えていることに着想を得ていたからよ」
「そうですね……。こうして考えるとシィルさんはこの旅の原動力のようなものです。世界に帰ってからも、是非、総統の側で支え続けてくださいね」
ウルザとかなみはそれぞれ、シィルをにこやかな顔で評価する。シィルは照れて赤くなる。
「そういえば。なんですけど……。確か、ランス様がジョウト地方を救えば、帰れるとのことでしたよね?」
「そういえばそうね……。なんでまだここにいるのかしら」
シィルの疑問にかなみが同調する。
「タイムラグのようなものがあるかもしれませんね。まあ、今日は良いのではないですか」
ウルザは簡単にそう結論付け、ランスのもとに近づいていった。
――
翌日、アカネは一人、部屋で眼を覚ました。
「あ、あれ? 皆どこいってもうたんや……?」
あれからランスは20発近く発散し、6Pハーレムを堪能した。しかし、アカネが眼を覚ましたときにはどこをさがしてもおらず、服も、荷物もなにもかもなくなってしまっている。
「そうか……。帰ってもうたんか」
アカネはウルザが最後にいた場所に残された6つのモンスターボールを見て、それをすぐに悟った。
「ふう……やかましい連中やったけど……。なんでやろ、すっごいさみしいわ」
アカネはモンスターボールを前にして、しばらく泣き腫らしていた。
――
「はっ。どこだここは!? 俺様はめくるめくハーレムプレイを堪能していたというのに」
次元の狭間。上下も左右も曖昧な不思議な空間に、ランスたちはいた。
「いつの間にか服もきているし……、どうなってるの?」
かなみは左右を見て、状況を把握しようとつとめるも、わからずじまいだった。
「もしかしてこれが……、セレビィのいる」
ウルザが一つの結論に達しようとした時、”それ”は現れた。
「あ! この子……、わたしが前にあった子だ!」
リセットはそれに指をさして、眼を見開く。
「そうか……じゃあ、これが」
『お疲れ様でした。みなさん』
その一匹――、セレビィはまず一行に小さく頭を下げた。
「な、なんだ脳内に直接……!?」
「テレパシーってやつ……? 妙な感覚ね……」
五者五様にまず味わうことのない感覚に、反応している。
『申し訳ありません。口をもたない私には、これしか手段をもたないのです』
「随分と礼儀正しいわね……。これが森の精霊なのかしら?」
かなみは自分よりも遥かに小さなそのポケモンに、目を向ける。
『はい。私こそがあの世界の人間界でセレビィと呼ばれる存在です。どうぞ、お見知りおきを』
セレビィは改めて、五人の前に頭を恭しく下げた。
「つーことは、お前が俺様をあのへんてこな世界に呼び込んだ元凶ってことか。なんでそんなことをしたんだ」
『リセットさんが観測されていると思いますが、あの未来……、人工地震によるジョウト地方の壊滅という未来から救うには、あなた達の規格外の力を頼る他に手段がなかったのです』
セレビィは悲痛な表情で念波を送っている。
「あの三賢者という方々の言う通りだったということですか……。では、なぜあの戦争の最中でなければならなかったのですか?」
ウルザはセレビィにまっすぐな視線を向ける。
『あまり話せば時空に影響するので言えないのですが、あの時点の皆さんの実力と状況こそが、この危機を打開するのに最善と判断したからです。あれより前ですとまだ足りませんし、あれより後ですと……、いえ、これ以上はやめておきます』
「一体未来はどうなっているんだ……?」
ランスの純粋な疑問だったが、セレビィは答えずに進める。
「そうですか……。3年前の私達について気になるのですが」
『あれはミュウツーという別の存在が呼び出した、あなたたちとは全く異なる存在です。しかし、基盤となる世界は同じでしたので、そちらの世界の人々は知っていても、あなたたちは知らないという現象が起きたのです。ちなみに私が観測したところだと、呼び出した時点はあなたたちの暦にあわせると、LP4年頃です』
セレビィの説明に、一同は眼を丸くせざるを得なかった。
「俺等と同じ存在が、別の世界にいるってことか……?? 頭がおかしくなりそうだぜ」
「いえ……。しかし、そういうことでしたら、諸々の辻褄は合います。とりあえずはそう飲み込むほかないかと」
ウルザはランスの肩を叩きながらフォローする。
『あと、シィルさんをみてください』
一行は今まで困惑するばかりで黙っていたシィルに目を向ける。
「あ……足が、治ってる!」
かなみはそれを見て一気に華やいだ表情になった。シィルの左足は元通りになっていた。
『私の力で治癒しました。シィルさんの足が欠損したままですと、時空に大きな障害が生起しますし、この世界に呼び込んだ私の責任でもありますから』
「あたりめーだろバカ。恩着せがましくいうんじゃねえ」
ランスはセレビィを殴ろうとしたが、難なく避けられた。
『すみません……。本当に』
「あの。ありがとうございます。セレビィ……さん?」
シィルは恭しく、セレビィに頭を下げた。
『お礼を言われることではありません。当然のことですから』
セレビィはさも当然のように振る舞う。
「それで……、あなたはこれから私達をどうするのですか?」
『ジョウト地方を救っていただきましたし、これよりただちに元の時間に戻します。安心してください。転移した時間より、数時間以内の時点に送ります』
「そうですか……。ありがとうございます」
ウルザは一番心配していたことなだけに深く安堵する。
『最後に、私からあなた達に一つ言っておきたいことがあります』
「何でしょうか」
ランス以外の全員が次の言葉をじっと待つ。
『あなたたちは……、正しい道を選べば、必ず勝利します。しかし、そこに至るまでには……、大きい苦難が待ち受けているでしょう』
「おい、気休め言ってるんだったらぶっ殺すぞ」
ランスは一切笑みを浮かべず、真顔で言う。
『気休めではありません……。私は、あなたたちの未来を責任として観測した上で言っているのです。……、これ以上はいえませんが。この世界での経験を糧にすれば、決して悪いことにはならないはずです』
セレビィはランスと、リセット、そして――シィルに特に強い視線を送りながら言う。
「ありがとうございます……。これから戦う上での何よりの励みです。セレビィ」
ウルザは信じることにしたのか、しっかりと眼を見据えた上で言う。
『さて。何もなければ、このまま元の世界へ戻しますが、どうしますか?』
セレビィは全員に尋ねる。
「……。一つだけ良いですか。あの世界の人々や……、パートナーとなってくれたポケモンたちに一言だけ」
『承りましょう』
「あなたたちと過ごした不思議で、しかしかけがえのない時間を、私達は決して忘れません。どうかお元気で……と」
ウルザはセレビィの眼を見据え、しっかりと伝えた。心の底からの言葉である。
『分かりました……。特定の人々やポケモンにはそのように伝えましょう。では、皆さん、本当にありがとうございました。元の世界でも、さらなる活躍を、時空の果から強く祈っています――』
次の瞬間、一行の意識は遠くに飛ばされた。
――
「そうですか……アカネさんも聞かれたのですね。あの不思議なお言葉」
アカネからコガネジムに呼び出された、タマムシシティジムリーダーのエリカは出された紅茶を飲みながら言う。
「せやねん。急にウルザの声がな……。ワタルはんや、オーキドはん、ウツギはんなどにも聞こえとったらしいし、幻聴いうわけでもない」
「不思議なこともあるものですが……。ウルザさんらしいですわね」
カップをコースターに置きながら、エリカは薄く微笑んだ。
「今頃、あない大変な世界で戦っとるんやろな……。ウチらには想像もつかん地獄で」
「そうですわね……。しかし、あれだけ力強い方々がおられますもの。きっと、勝機をモノにして、ウルザさんや、他の方々も願っていた、平和が手に入ると、私は信じていますわ」
エリカは目を閉じながら、力強い声で言う。
「相変わらずの理想主義者やな……。まあそれでこそエリカなんやろけど」
「ふふ……。そんなことをいって、アカネさんも同じようなこと思っているのではないですか?」
エリカはにこやかに、アカネに語りかける。
「さあ……どうなんやろね。生きててほしいとは、思てるけどな……」
アカネはどことも知らぬ世界の方向へ、視線を向けた。
――
「……とう! 総統!」
肩を揺さぶられて、一人の男――、否、総統が眼をさました。周りは転移前まで戦っていた自由都市・ジフテリアに設けられた総統用の部屋である。
「んにゃ……。あれ?」
「あれじゃないですよ総統。急に気を失われて、どれだけ現場が混乱したか、分かっているのですか!?」
叱りつけているのは、ウルザと同じ、総統付参謀のクリーム・ガノブレードであった。
「……。おい、今何月何日だ?」
「はい?」
クリームがメガネの奥の眼をしばたたく。
「いいから。さっさと答えろ」
「は、はい……、LP7年の11月2日ですけど……。それが?」
「そうか」
ランスはすっくと立ち上がる。
「まあまあ、クリームさん。総統だって、色々お疲れなんですから、仕方ないですよ」
ウルザはランスよりも早く目覚めていたようで、戦況図を見ながら薄く微笑んでいた。
「総統だけならまだしも、ウルザさんも気を失われていたじゃないですか。全くほんと一時はどうなるか……」
愚痴がまじりながらも、クリームの表情は安堵しているように見えた。
「おいクリームちゃん。総統だけならってどういうことだ!!」
「言葉の通りの意味ですが? さて、総統たちも戻ったようですし、改めて、この自由都市、ジフテリアに迫りつつある、大将軍ピサロ率いる22万の軍について、あらかじめウルザさんと話し合いをしたいのですが」
「すみません……。少し、総統とお話したいことがあるので」
ウルザは申し訳無さそうにクリームに言う。
「え、ああ。そうですか。分かりました。30分後に、自由都市連合軍側との軍議がありますので、それまでには」
「ええ。分かっていますよ」
クリームはウルザの明瞭な返事を聞き、いそいそと部屋から出て業務に戻った。
「……。戻ってこれたみたいだな」
「ええ。どうやら、時間になおして1時間くらいしか経っていないみたいです」
ウルザは心底安堵した表情で、ランスに説明する。
「そうか……。フン、あーあ、めんどくせえ世界だったな。やっぱこっちのほーが暴れ甲斐があるわ。ガハハハハ」
「総統も、なんだかんだ言って楽しまれていたように思いますけどね……」
ウルザは相変わらず戦況図に視線を落としながら考えている。
「あーでも、アカネちゃん連れてこれなかったのは残念だな。コパンドンと会話させたらどうなるか見てみたかったのに」
「くすっ……。彼女には、いえ、あちらの世界の人には、ここはあまりにも厳しすぎます。これでいいんですよ」
ウルザが少し寂しげに笑うと、扉が乱暴に開かれた。
「おい! シィル・プラインから聞いたぞカオスマスター! ポケットモンスターなどという奇妙な生物がいる世界に飛ばされたのだと!? 余の前で特別にそれについて話すことを許してやるぞ!!」
魔法使いのミラクル・トーがランス目掛けて一直線で駆け寄ってきた。
「えー……。だりーな……」
「総統、私は軍議がありますので」
「あ、おい逃げるなウルザちゃ……」
ランスが止めるのも聞かずに、ウルザはスタスタと消えていった。
「さあ、どうした、早く話さないか。まずそのポケットモンスターとやらはどういう」
「めんどくせえ……」
その後、ランスと、心配で様子を見に来たシィルは、無理やりミラクルに3時間ほど質問攻めにされた。
―鬼畜戦士ランス、ジョウト地方に立つ! 完―
長くなりましたが、これを以て完結です。長い事お付き合いいただきありがとうございました。
もし感想や評価などあればどしどしお願いします。