鬼畜戦士ランス、ジョウト地方に立つ!   作:OTZ

2 / 12
密命

「なんだって……? 彼らがまたこの世界に……?」

 

 全国ポケモンリーグの理事長にして、セキエイリーグチャンピオンのワタルは、四天王のイツキからの報告を怪訝な表情で受け取った。

 三年前、ランスたちはカントー地方にやってきており、その際にワタルが帰還の間接的な手助けを行っている。そのことはカントーや、ジョウトの四天王やジムリーダークラスまでは承知していた。

 

「配下のジムからそんな報告があがり、奇妙だとは思ったんですが……」

「はぁ……。やれやれこちとらロケット団のきな臭い動き監視するのに手一杯だっていうのに……」

 

 ワタルは頭を抱えている。最近また白髪が2,3本生えており、赤い髪に混じっていた。

 

「して、どうされます、理事長。追い出すということであれば、拙者がすぐにでも」

 

 同じ四天王であり、理事の一人、キョウが暗器を構えながら言う。娘のアンズの事が気がかりなことも警戒心を増幅させている。

 

「いや……。とりあえずはまだ様子を見ます。もし同じ一団ということであれば……そう、一人話が通じる女性がいるはずだからです。彼女と再度交渉を」

「果たしてそれもうまくいくでしょうか……。どうにもジムからの報告を聞いた限りですと、恐らくその人物は……」

 

 イツキの表情は晴れない。

 

「まさか……。記憶がないというのかい?」

「いえ。……、詳細は図りかねますが、報告を見比べた限り、どうにも様相が違うように思えます」

 

 イツキは困惑しながらも、冷静に自分の意見を述べる。

 

「はっきりしないね。……。じゃあどうしたものかな。いきなり俺たちが出るっていうのも事が大きすぎるし……」

 

 結局、この日のリーグは結論が出ず、経過観察という結果に終わった。

 

――

 

 それより少し前に話は遡る。ランスたちは29番道路を抜け、ワカバタウンの入口にたどりつく。日はすっかり傾き、黄昏時となっていた。

 

「ふう。ようやく着いたか。ったくお前がいちいち構うからこんな時間になったんだぞ」

「ひんひん。すみません……」

 

 シィルは道中、道端で出会うポケモンたちと少し戯れていたりしていた。特にパンフレットで見たオタチを見かけたときの反応は特別強かった。

 

「まあまあ。シィルさんも年頃の女の子なんですから……」

「年頃って、こいつ一応20超えてんだぞ。そろそろそーいうのはきついだろ」

 

 ランスはやや呆れた視線をウルザに向ける。

 

「いくつになっても、女性はそういうのに、惹かれるものですよ」

「ふーん。てことはウルザちゃんもか?」

 

 その質問をしたタイミングで、かなみがやや緊張した面持ちで帰ってきた。

 ウルザはランスの問いかけを無視して、ランスとは距離を空けてかなみの元へ近づく。

 

「どうでしたか? かなみさん」

「う、うん。とりあえず宿はいくつか空いてるみたい」

「それはよかったです……。で、もう一つの方なんですけど」

 

 ウルザはそちらが本題とばかりに少しだけ真剣な眼差しでかなみに尋ねる。

 

「とりあえずウルザさんが言う通り、まずは1GOLDだけ交換してきたんだけど」

 

 そういってかなみは財布から数枚の紙幣を取り出した。

 

「なんですかこれは……?」

 

 ウルザは困惑した表情を見せる。ランスたちの世界では硬貨のみが存在し、紙幣はほぼ存在しない。

 

「なんでも紙幣……、こっちの世界ではお札っていうらしくて、これがお金のかわりみたいなの、それで1Gだけで、7万7230円も出してくれて」

「もっていわれても……。それはどれほどの価値なのですか?」

「うーん……。ちょっとリッチなホテルでみんな2,3泊できるくらい。らしい」

 

 ウルザはその事実に流石に目を見開かせた。

 

「たった1GOLDでそれほどの価値が……? 信じられませんね……」

「こっちの世界ではなんでも純金扱いらしくて、かなりの価値をもってるみたいなの」

「そうなのですか……。とりあえずこれで当面は経済的な心配はせずに済みますね」

 

 その事をなによりも心配していたため、ウルザはほっと胸をなでおろす。

 

「ランスにはしばらく伝えないほうがいいわよね……」

「賢明だと思います。総統の金遣いの荒さは常軌を逸していますからね。しばらくゴールドは私が管理します」

 

 ウルザはお金を受取り、自身の長財布の中に入れる。

 

「そういえばウルザさんって今何ゴールドもってるの?」

「……。その資産価値で考えたら、新築の家2,3軒くらいは買えちゃうんじゃないかしら……」

 

 ウルザ自身、あまりの価値の大きさに動揺している。四天王としてそれなりの規模の財源を扱うことがあるとはいっても、個人が持つにしてはあまりにも度が過ぎていることをよく理解している。

 

「わあ……。すごい。お金持ち」

「……、そういえばかなみさん、その髪飾りはどうされたのですか。先程まではつけていませんでしたよね」

 

 ウルザはかなみが前髪につけている青色のヘアピンに注目した。

 

「え? へへ……。実は私も少しだけ換金して」

「ふう……。あまり目立たないようにやってくださいね。大金をもっているのがバレると、どういう事態が起こるかわかりませんから」

 

 ウルザは仕方ないかとばかりに、薄く笑みを浮かべてかなみに注意する。

 

「はーい……。じゃあとりあえずランスにも」

 

 そういってかなみはヘアピンを外し、小物入れに入れた。そのまま二人はランスとシィルのところへ戻る。

 

「たく、二人でなにヒソヒソ内緒話してたんだ」

「朗報ですよ。とりあえず宿の確保は問題なくできそうです」

 

 ウルザは不機嫌なランスに対し、まずはその事実を報告した。

 

「おーそうか……。いや待て、さっき金がないとかいってなかったか」

「ええ、ですから先程かなみさんに私の持っているゴールドを換金してもらって……、それでなんとか工面しました。ゴールドそのものの金属価値を、この世界のお金にしてもらったんです」

「ふーんそうか……。じゃあシィル、かなみについていって俺様のゴールド全部換金してもらってこい」

 

 ランスは基本的にシィルにゴールドを全て預けている。

 

「は、はい分かりました」

「え。ちょ、ちょっとまってランス」

「なんだかなみ。文句あるのか」

 

 ランスはかなみに苛立ちを含んだ視線を投げかける。

 

「えっと……そんな急いでお金にしなくてもいいんじゃない? しばらくはウルザさんのゴールドでなんとかなりそうだし」

「そうなのか?」

 

 ランスはウルザに問いかける。

 

「ええ。そうですね……、当面の生活はなんとかなります。それに、あまり派手に換金してしまうと、変に目立ってしまう恐れもありますからね」

「ふん……、だが俺様が好きに使える金がないのは気に食わんな」

「ランスさんの当面の生活と遊興費くらいでしたら、別に今渡してもいいですよ」

 

 そう言ってウルザはかなみより受け取った紙幣を、そのままランスに差し出す。

 

「えっ、ちょ。いいのウルザさん。それ今夜の宿賃……」

 

 かなみはウルザに耳打ちをする。

 

「いいんです。……、後でその換金所につれていってくださいね」

「なんだこのおっさんの絵の描かれた紙切れ。ふざけてんのか」

 

 ランスはその紙幣を蔑んだ目で見る。

 

「これは紙幣といって、お金の代わりになるみたいなんです。なんでもこのくらいのお金で、ランスさんが10回酔いつぶれられるくらいの酒代にはなるみたいですよ」

「ふーん。そうか。ま、いいやもらっとくわ」

 

 ランスはウルザから紙幣を受取り、そのままシィルへ流した。彼女は大事そうにランスの財布へ紙幣を入れた。

 

「しかし……中々変わった紙ですね。触ったことないような不思議な感触です。隅にキラキラした模様がありますし」

 

 シィルは一枚取り出して、しげしげと眺める。額面には壱万円と書かれていた。

 

「おいあんまいじんなよ。俺様の金だぞ」

「元はと言えばウルザさんのでしょうが……」

 

 かなみは頭を抱えながら小さく呟いた。

 

「とりあえず、当座の資金はなんとかなりましたし、宿へ向かいませんか?」

 

 ウルザは話の筋を戻してランスに尋ねる。

 

「そうだな……。よし、行くか。色々スッキリしたいしな」

 

 ランスはずんずんと、ワカバタウンの入口へ入っていく。

 

―ワカバタウン 客室―

 

 四人はとりあえずかなみが目星をつけていた宿の一つに宿泊する。金は退出時に精算するという決まりだったのが功を奏した。かなみとウルザ、シィルとランスで二部屋確保する。

 ランスは四人いっぺんに泊まれる部屋を要求したが、ダブル・ツインしか空いていないと言われたため、渋々それに従う。

 

「先払いじゃなくて助かりましたね」

 

 ウルザは椅子に腰を降ろして言う。

 

「うん……。まさか空いてる宿屋全部後払いってね。安宿というのも考えると、私達の世界じゃ考えにくいわ……」

「ご主人に聞いたんですが、なんでもごく普通のことだそうで。よほど客の水準が高いか、私達がおかしいのかもしれませんね」

 

 ウルザはお茶請けの緑茶を飲みながら簡単に結論づける。

 

「さて、かなみさん。換金所へ連れて行ってくださいませんか」

「うんわか……」

 

 一息ついたウルザが立ち上がると、隣のランスの部屋から喘ぎ声が聞こえる。

 

「だっ。ダメですランス様そんないきなり……」

「がはは。奴隷ならばいつでも受け入れる準備をして当然なのだ!」

「そ、そんな……あっ……」

 

 あまりにも生々しいその声に、二人は頬を紅潮させる。

 

「……。ちょっとグレードを下げすぎましたかね?」

「いや……、ランスがおかしいだけだから」

 

 そんな会話の後、二人は換金所へ向かう。

 

―貴金属買取専門店―

 

「……。こちらにあるのを全部。でございますか?」

 

 積み上げられたゴールドをみて、スーツを着た店員はメガネを何度もかけ直している。

 

「はい。父の遺品を整理していたら、これだけの金貨が出てまいりまして……、叔父からうかがったところ仲間内で遊びで作ったコインらしく、金属として買い取ってほしいのです」

「さ……左様でございますか」

 

 前にあるのは130枚のゴールド。約900万円に相当する大物である。すぐに怪しまれず、かつ当面必要がなくなる程度のギリギリの枚数をウルザは差し出した。

 

「恐れ入りますが、身分証明書のご提示を願えますか。先ごろ、古物営業法が改正されて、100万円を超える査定が見込まれる場合は必ず差し出す決まりになっておりまして」

「そうですか……」

 

 ウルザはカバンを取り出して、探すフリをしながらしばらく考えている。

 

「申し訳ありません。どうやら家に置き忘れてしまいまして……。ではとりあえず100万円の範囲で良いので、査定を願えませんでしょうか」

 

 差し迫ってそこまでの大金がいるわけではないと切り替え、ウルザは当座の資金として鑑定を妥協する。

 

「かしこまりました。では査定に入りますのでこちらにお客様の氏名、住所、電話番号と、あとお顔の写真を撮らせていただいても良いでしょうか?」

「……。はい。分かりました」

 

 とりあえずその場での写真撮影に応じ、ウルザは書類を書き上げる。「おーい仕事だよ」という声で、一匹の生物……、いや機械のような浮遊物がウルザの前に現れた。

 店員は一旦ゴールドをかき集め、そばにあるテーブルに丁寧に配置した。

 

「頼んだよ。レアコイル、ダイノーズ」

 

 二匹はその指示とともに、ウルザのゴールドに対して一枚一枚検査を行っている。電気ショックを与えたり、非接触で硬度を確認したりしている。ウルザはその様子を窓越しで注意深く行っていた。

 

「うーん。硬度、電気抵抗度はいずれもまぎれもなく純金か……。あ、お客様、鑑定が終わりましたらお呼びしますので、席を外されても構いませんよ」

「は、はい……」

 

 その後、店員は一枚一枚、単眼鏡を用いて詳しくチェックを行う。その作業を横目にしつつ、一旦店の外へ出る。

 

―店外―

 

「ふう……」

「どう? ウルザさん、換金できそう?」

 

 偵察を行いつつ、かなみは様子を見に来た。

 

「その点は問題なさそうです。ただ、顔写真と氏名などを書かされたのが少々気がかりですね」

「えっ……。私のときはそんなのなかったけど」

「かなみさんはいくら代えられたのですか?」

 

 ウルザはかなみに視線を合わせて尋ねる。

 

「うーん。あんまり大金もらうのもこわいから、とりあえず2ゴールドだけ……」

「なるほど。段階的にそうやって分けているわけですね」

 

 ウルザは納得したようにうなずく。

 

「あと、とりあえず軽く偵察もしてきたんだけど……、どうやらポケモン研究所? っていうのがこの町にあるみたい」

「研究所ですか。キーになりそうですね」

「そうね。結構名のしれた博士がいるみたいだし、なんとか接触を持てればいいのだけれど」

 

 かなみも顎に手を当てて考えている。

 

「まあそこは追々考えましょう。それで、ほかには気づく事はありましたか」

「うーん……。なんていったらいいのかしらね。全体的に私達よりずっと平穏そうっていうか。とにかく平和なのよ。戦争なんてここ何十年も経験してないって感じの」

 

 かなみは町の行く人を観察しながらそれを微細に感じ取っていた。

 

「それは……。私も分かります。あの少女のように、極めて若い少年少女があれほど旅に出られるというのは、それだけ社会が安定していることに他なりませんから」

「そう……よね。あと、その、ポケモン? っていうのとかなりの程度共存してるのもこの町に来てよくわかったわ」

 

 そう話している間にも、2人の少年と、一匹のポケモンらしき生物が楽しそうに会話をし、通り過ぎていく。

 

「モンスターと殺し合いをしてる私たちの世界の方が……、間違っているのでしょうかね」

 

 ウルザは表情を暗くし、やや寂しげな顔で呟く。

 

「うっ……。いや、そんなことはないと思う! だって、あっちは私たちをハナから殺そうと」

「お客様、鑑定が終わりましたのでどうぞ」

 

 かなみのフォローが終わる前に店の出入り口から先ほどの店員が顔を出す。

 

「は、はい。分かりました。それじゃあかなみさん、引き続き」

 

 ウルザの言葉を聞いて、かなみはすぐに偵察を再開した。

 

―店内―

 

 先ほどウルザが通されたスペースの店員側には鑑定書と、百万円分と思われる札束が置かれている。金額が金額だからか、先ほどの店員ではなく、店主らしき、黒ひげを生やし、険のある顔をした壮年の男が相対する。

 

「純度99.99%の純金と査定されましたので、最新の価格レートと手数料を引きまして、この通りの金額となりました。超過する分の金貨はこの通り返却致します。詳細はこの明細と、鑑定書に記載しました」

 

 顔に似合わず、丁寧な様子でそう言って店主は余った115枚の金貨をウルザに手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 ウルザは深々と頭を下げた。

 

「最終確認となりますが、売却ということで宜しいですか? 再度検討し直されても構いませんが……」

「はい。問題ありません」

「承知致しました。では、この契約書に署名と捺印をお願い致します。印鑑がなければ、拇印でも構いません」

 

 店主は予め脇に用意していた買取の契約書を提示する。ウルザは手早く署名と拇印を終わらせ、用意されていたティッシュで朱肉に染まった親指を拭く。

 契約書を確認し、ガラスの向こうにあった札束をウルザに差し出す。用意のいいことに、封筒があり、そこにとりあえず収納し、カバンに入れる。

 

「もし、身分証をご用意できましたら、是非それらの金貨も買い取らせて頂きたい。どこよりも高く査定いたしますよ」

「ありがとうございます。それでは……」

 

 ウルザは丁寧にお辞儀をして、店を去っていった。

 

「どう思いましたか、店長」

 

 見えなくなったのを確認し、先程まで応対していた店員が、店長に尋ねる。ウルザからはレターケースの為に死角になっているその机の上には、ランス一行の不鮮明な写真が置かれていた。

 

「うむ……。間違いない。格好こそ違うが、あれは、3年前の……、一団の中に居た女だ」

 

 店主はそう言うと静かに立ち上がって、ある所へ電話を掛けた。しばらくのやりとりの後、店主は口角を上げて言う。

 

「3年ぶりに連中が現れましたよ……アポロ様」

 

ー宿屋 フロントー

 

 取引を成立させたウルザはとりあえず既に日が落ちつつあった為、宿屋に帰ることにした。

 

「2,3日滞在する予定ですので、先に宿泊代をお支払いしたいのですが……」

「はいはい、お代さえいただければ何日でも……、えー、4名様で3泊ですので、63000円でございます」

 

 フロントの言葉に従って、ウルザは財布を取り出し、誰にも見えないよう、帯封を解いて、そこから一万円札を七枚取り出す。

 

「ウルザ……さん?」

 

 そこにややヘトヘトになってるシィルが通りがかった。

 

「シィルさん。あぁすみません、細かいのがなくて」

「いえいえ、大丈夫ですよ……。7000円のお釣りです」

 

 ウルザは7000円を受け取り、財布に入れた。フロントのやや力の入ったお礼を聞き流しながら、シィルに声を掛ける。

 

「シィルさん……。ご無事ですか? かなり憔悴してるように見えますが」

「は、はい……。ようやくランス様がお眠りになりましたので、その間に少し外を出歩こうかと思ったんですが……」

 

 シィルはウルザの資金が入ってるカバンに目が行く。

 

「……。やはり、不思議ですか?」

「は、はい。正直、いくらゴールドを換金したといっても、急にそこまで余裕が出来てしまうのは……少し気になってしまいます」

 

 シィルはやや申し訳なさそうに言う。

 その純真な目に、ウルザはふうとため息をつく。フロントの近くにあるソファに座り、手招きをしてすぐ近くに座らせた。

 

「実は、こういう事なんです」

 

 ウルザは店からもらった鑑定書をシィルに見せた。

 

「えっ……!? たった15Goldで、100万円……ですか!?」

 

 シィルは思わず声を上げた。100万円の正確な価値は分からずとも、紙幣の中でもひと際存在感を持つそれの重みは彼女なりに理解していた。

 

「しっ……。誰が聞いているか分かりませんよ」

「すみません……。しかし、そんな……価値のあるものだったなんて」

「私自身、未だに実感が持てずにいます……。いわば億万長者みたいなものなんですよ、私たちは」

「この世界の人はこんなに私達よりずっと……、すごい生活をしているのに、私達の持つものにそんなに価値が有るだなんて、ものの価値って不思議ですね……」

 

 シィルは周りを見回しながら言う。道を行き交う自動車や、先進的な通信機器で会話したり、画面を覗き込む人々。そして自分たちがこれまで味わったことがないほどの秩序があり、平和な社会など、今日一日だけで、この世界の人間が自分たちのいた世界よりもずっと進んでいることを理解している。

 

「そうですね……。私もそう思います。その、わかっていると思いますが」

「は、はい。ランス様には言いません」

 

 シィルはお口チャックの要領で身振り手振りで口を閉じる仕草をする。

 

「守れますか? これは私たちの先行きに関する重大な問題です。確かにゴールドの価値は莫大ですが、逆に言えば私たちの最後の生命線でもあるんです」

 

 ウルザはやや意地が悪いことを自覚しつつも、シィルににじり寄って尋ねる。彼女の人柄については誰よりも信頼を置いているが、一方でランスに絶対的服従を誓ってる彼女に打ち明けることは、それだけのリスクがある。

 

「う……。はい」

 

 シィルの答えを聞いたウルザは、とりあえず元の位置に戻った。

 

「ちなみにお聞きしたいんですが……。シィルさんは今、何ゴールド所持していらっしゃるのですか」

「は、はい。だいたい1500Goldくらいです。遠征でランス様のお城を留守にするので、ビスケッタさんから多めに」

 

 ビスケッタとは、ランス個人の所有する城であり、人類軍の主要拠点でもあるランス城の筆頭メイドである。

 

「私もだいたい同じくらいです……。こうして考えると本当にとんでもない額ですね」

 

 ウルザは少し冷や汗をかきながら言う。

 

「ウルザさんにとってもですか? それなりにお金には不自由してなさそうに見えるんですが……」

 

 シィルは純粋な気持ちで尋ねる。

 

「アイスフレーム時代はほとんど維持運営に消えてましたし……、四天王についてからもお給料は最低限の金額のみいただいてます。ですから正直ここまでの自分で自由に使えるお金をもったことはないですよ……」

「そうだったんですね……」

 

 シィルは少し意外そうな表情をしている。

 

「とはいえですね。どうも法的な事情から今のままでは換金に制限がかかるようで、身分証がなければこれ以上は交換してくれないのだそうです」

「身分証ですか……。それはちょっと大変ですね」

「手早く用意できる身分証が欲しいところです……。シィルさん。お腹空いていませんか? そろそろ晩御飯に」

 

 ウルザは話を切り替えて、すっくと立ち上がる。

 

「そうですね……。この世界に来てから何も口に入れられていませんし」

「食堂で食事といきたいところですが……、皆さんの格好ですと奇異に思われる可能性が依然高いですし、ルームサービスのようなものがないか聞いてきますね」

 

 そういうわけで、ランス一行はルームサービスで夕食を済ますこととなった。

 

―ランスの部屋―

 

 夕食を終えた一行は、明日以降の動きについて会議を行うこととした。

 

「ふむ。なるほど、だいたいはわかった」

 

 ランスは鼻くそをほじりながら、かなみとウルザの報告を聞き終えた。

 

「とりあえず明日は引き続き、私とかなみさんで偵察と情報収集を行いますので、総統には明日も宿に留まって、報告を待っていて欲しいのですが……」

「あ? 何いってんだ。何日もこんなとこで大人しくしてられるか」

 

 ランスはウルザの意見を真っ向から否定する。

 

「総統。ときにはひたすら待つことも、総大将に求められる器量ですよ。JAPANに居た頃何度もそう言われませんでしたか?」

 

 ウルザは過去にランスがJAPANで活動し、全国統一を果たしたときにゼスの援軍の一人として参加している。

 

「うるせーな。あの3つも首もある化け物のいうことなんざ、忘れたわ」

「あ、あの。一つ宜しいでしょうか……?」

 

 シィルが一言ウルザに尋ねる。

 

「何ですか。シィルさん」

「えっと……。ウルザさんが心配されているのは私達の格好のことですよね?」

「……。まあ半分くらいはそうですけれど」

 

 ウルザはランスにやや恨めしげに視線を向けながら、とりあえずそれは否定しなかった。

 

「でしたらその……。この世界に馴染む服を用意するというのは、できませんか?」

「服……ですか。悪くはないと思いますけど、あいにく私は用意する時間が……」

 

 ウルザはメモ帳を取り出し、スケジュールをチェックする。明日の予定を既に立てており、主にポケモン研究所の博士に接触するための下準備でとてもそんな時間は割けそうになかった。

 

「ああ。だったら私がランスたちと一緒に服買いにいくわ」

「宜しいんですか? かなみさん」

「うん。正直今日までで、だいたい調べるべきところは粗方終わってるし、この世界の服装チェックするのも大事な仕事だと……思うし」

 

 ウルザはかなみの本音を見透かしつつ、息をつきながら手帳を閉じる。

 

「分かりました。……聞いてましたか? ランスさん」

 

 机に足を乗せて、ふんぞり返っているランスに尋ねる。

 

「フン。なんで女どもの買い物に付き合ってやらにゃならんのだ」

「まあまあ、ランス様、男の人向けの服もきちんと探しますから」

「もってなんだ貴様。ついでみたいに言うんじゃねー!」

 

 ランスはシィルの頭を殴った。

 

「それで総統、私は情報収集を、総統たち御三方は服を購入する。それで宜しいですね?」

「ちっ……。しょうがねーな。俺様のスペシャルハイセンスを見せつけてやるか」

 

 ランスはここで引きこもるよりはマシかと思考を切り替え、それはそれで満喫することにした。

 

―ウルザとかなみの部屋―

 

 強引に誘い込もうとするランスを鉄拳制裁でいなした後、入浴を済ませ、寝る準備を整えると、時刻は既に23時を回っている。

 

「かなみさん、とりあえず明日の資金分としてこれだけ渡しておきます。これをそのままシィルさんに渡して、総統には絶対に見つからないようにしてくださいね」

 

 寝間着に着替えたウルザは財布から一万円札を十数枚ほど取り出し、かなみに渡す。

 

「わっ……。こんなに? 一応服屋の値札みたけどさすがにここまでは」

「……。目ざとくもうチェックしているんですね」

「て、偵察のついでよ。ついで……」

 

 かなみは少しだけ頬を赤くしながら、自身の財布にお金をそのまま入れる。

 

「ねえ、ウルザさん……本当に、帰れるのかしら。このままだと……」

「……、帰れると。信じるしかありませんよ。でなければ」

 

 その先のことを、ウルザは口にしなかった。するだに恐ろしかったのである。

 

「一応ランスの命で魔軍の陣地とか色々みたから分かるんだけど、戦況はかなり危ないんでしょう? ゼスとリーザスはまだ持ちそうだけど、ヘルマンが魔人ケッセルリンクと、ルメイとかいう大将軍のせいで完全に虫の息で……」

「そうですね。正直、ヘルマンはあと一月ももたないかもしれません。クリームさんやアールコートさんがなんとか埋めてくれていると良いのですけど」

 

 クリームとアールコートは、元の世界に残してきたもう二人の作戦参謀である。

 

「私達、こんなことしていて良いのかしら……」

「私達が今ここにいるのも、何かの意味があると、私はそう思いたいですね」

 

 そう言うとウルザは布団をかぶって、寝る準備をはじめた。

 

「……。私も寝よ」

 

 そう言って、かなみが寝入ろうとした瞬間にまた壁の向こうから喘ぎ声と激しい息遣いが聞こえる。

 

「あーもう! 一番考えていないのはきっとあの男よ、間違いないわ!」

 

 かなみは壁の向こうに癇癪を起こす。

 

「……。きっと総統も、思う所があるのだと思いますよ」

「あるのかなぁ……そんなの」

「でなければ、何故、私達はあの人の下にいるのですか?」

 

 ウルザはやや確信をもった声で言う。

 

「……そうね。にしても、ほんと……底なしの精力ね。シィルちゃんも大変」

「本当に……。シィルさんに、私達は一番助けられているといって過言ではないですね」

「ねえウルザさん……変なこと聞くようだけど」

 

 ウルザは特に答えないまま、かなみの次の言葉を待つ。

 

「ランスって……上手いと思う?」

「……。他の男性と褥を共にしたことがないので、分かりません」

 

 しばらく間をおいて、ウルザは静かに答えたが、暗い中でも全身が赤くなっているのが伝わった。

 

「そ、そうよねー……。ごめん。がんばって私も寝るわ」

「そういえば、耳栓を買っていたの忘れていました。かなみさんもどうですか」

 

 ウルザは思い出したかのように起き上がって、ビニール袋から耳栓入れを取り出す。20個入りであった。

 

「いやあるなら早く言ってよ……」

 

 そういうわけで、転移一日目の夜は更けていった。

 

―セキエイリーグ 理事長室―

 

「本気でおっしゃっているのですか。理事長」

「うん……。他に手はないように思うんだ」

 

 ワタルの唐突な。しかしある種非人道的な提案に対し、キョウは大いに反発した。

 

「ふざけないで。同じ女として、そーいうことは賛同できないわ」

「じゃあ、君がいくかい? カリン君。君でもきっとあの男なら気に入る」

「冗談よしてよ。わたくしは年上がいいの」

 

 同じ四天王のカリンは即座に唾棄する。

 

「しかし、どうして彼女なのですか。彼女でも気質的にはあの男と合うようには」

 

 イツキはワタルより告げられたその人選について、率直な疑問を持つ。

 

「データから見るに、彼好みの容姿であろうこと……、あとはそうだな。懲罰、かな」

「懲罰? 彼女、何かやらかしたのですか?」

 

 イツキはやや前のめりになってワタルへ尋ねる。

 

「コガネシティの地下通路でロケット団が暗躍しているのを、仕事の忙しさにかまけて放置していたことだよ。先月それで訓告処分にはしたけど、あれでも彼女はまだ懲りてないように見えるし」

「同じ理由だったら、タマムシのエリカさんや、ヤマブキのナツメさんだって三年前に同じことを許してるじゃない。不公平じゃないの」

「予見可能性においては今回ほどじゃない。それに今回の事はジョウトの事件だ。ジョウトのジムリーダーにやってもらうのが早かろうと思ってね」

 

 ワタルは極めて冷静にカリンに対して反論する。

 

「しかし理事長、いかに懲罰とはいえ……、これは下手をすればその……、貞操に関わる事でしょう? 倫理的にまずいのでは?」

「シバ君。相手は我々の理外にある人間だよ。より大きい被害を防ぐにはこれしか手がないんだ。……、それに、仮にもジムリーダーだ。いくら彼が腕力で勝るからといって、ポケモンたちがいる。そうそう出来はしないさ。それにあの気性だからこそ、そう安々とはいかないだろう」

 

 ワタルにはジムリーダーとしての力が、人間の力を下回ることはありえないと考えているため、最悪の事態は避けられるだろうという読みがあった。

 

「だけど……、それでもリーグがそんな色仕掛けで他のジムリーダーを使うなんて」

 

 カリンはあくまで食い下がるが、ワタルは遮る。

 

「とにかく、これは決定事項だ。慎重に準備の上、実行する」

 

 ワタルは議論を打ち切り、四天王たちを退室させた。

 

「悪いね……アカネ君。ジムリーダーになってまだ日が浅いが、これもリーダーとしての宿命だ」

 

 アカネの経歴書を眺めつつ、悲痛な表情で再度ファイリングしなおした。

 

―つづく―

 




一応同原作で、私の作品である伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚よりリーグの組織設定は借りていますが、キャラ設定や背景・世界観設定は必ずしも同じではありません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。