鬼畜戦士ランス、ジョウト地方に立つ!   作:OTZ

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偽りの再会

「こらこら! タマタマをそのように意地悪してはいかん!」

「えーでも博士。こうしたほうが面白いじゃん。めっちゃ困っているし」

 

 一人の少年がタマタマのうち、一つの卵を手づかみで勝手に拾い上げてしまった。

 

「あれ……あいでででで!!」

 

 残ったタマタマが少年に念力を発し、手をあらぬ方向に折り曲げようとする。少年はたまらず卵を離し、それは仲間のところへ戻っていく。

 

「だから言ったのじゃ。タマタマはその脆さの為に、非常に仲間意識の強いポケモン、そのようなことをすると念力でなんとしてでも仲間を取り戻すとするのだ」

「うう……」

「これに懲りて、二度と悪さをしてはいかんぞ」

 

 博士――オーキド・ユキナリは、少年の頭に手を乗せ、仕方なしとばかりに撫でる。少年は泣きそうな顔になりながらこくりと頷いた。

 

 この日、ワカバタウンではトレーナーになろうとしている子どもたちに向けて、オーキド博士直々にふれあいの機会が設けられていた。

 朝早くから行われたこの会でオーキドは2時間ほど子どもたちの様子を見て回り、このようにトレーナーの卵に向けて教育を行っている。

 

「いやー博士助かりました。本来なら私の仕事なんですが、どうしてもキキョウでの学会が長引いて、それで寝坊してしまいまして……」

 

 イベントが終わった後、公民館を出たところで、本来その任にあったウツギの歓迎を受ける。彼はオーキドの後輩であり、若くしてジョウト地方の新進気鋭の博士として名を馳せている。

 

「全く。アララギ君やオダマキ君のような若輩の質問くらい端的にかわせず、どうするというんじゃね。先が思いやられるよ……」

「ははは、面目ないです。さて、それで私に用というのは……」

 

 ウツギは頭を手にやりながら、すまなそうに頭を下げ、そして、少しだけ真剣味の混ざった声で尋ねる。

 

「まあ、まずは研究所まで歩こう。今日は中々良い陽気だからの」

 

 二人の博士と数人の助手は静かに研究所への道を歩き始めた。

 

―ー―

 

 昨日の決定に従い、ランスたちはワカバの中心にあるショッピングセンターにやってきている。鎧をつけた男、忍者装束に、古代ギリシャかローマからきたかのような白い衣に身を包んだ一行という奇抜な面々に周囲の怪訝な視線を集めまくっている。

 

「おい、キョロキョロするんじゃないシィル。田舎者だと思われるぞ」

「すみません、どれもこれも目移りしてまって……」

 

 前の世界ではあまりお目にかかれないような様々な色彩や、高度なデザインに基づいた洗練されたロングシャツや、比較的地味だが、機能性の高いジャケットなど様々な種類の服が目に飛び込んでくる。

 

「シィルちゃん、これとか似合うんじゃないかしら?」

 

 しばらくして、かなみは一着の淡い碧色から白のグラデーションで色分けされているワンピースを手に取る。

 

「わぁー……きれいですね。でも少し襟のところが……」

「あぁ、たしかに、ちょっとギザギザ過ぎるかも……。でもサイズよさそうだし着てみちゃえば?」

「うーん……」

 

 シィルが考え込んでいるとランスが横から入ってきた。

 

「おいかなみお前何考えてんだ。冒険に使う服だぞ、そんなのすぐ汚れるだろうが」

「町中で着る服も買っておいてくださいってウルザさんも言ってたでしょ。話聞いてた?」

 

 かなみは呆れたような視線をランスに送る。

 

「だいたい、こんな前腕も太ももも隠れているような服、俺様の奴隷にふさわしくない」

 

 ランスは奮然とかなみのチョイスに文句をつける。

 

「できれば目立たないような服にもしろって……あー! ランスってば何買おうとしてんのよ、こんなド派手なアロハシャツとか、ドラゴン柄のTシャツなんてダメに決まってるでしょうが!」

 

 かなみはランスが脇に抱えている何着かの服に目をつけ、見咎めた。

 

「うるさい。俺様のセンスにケチをつけるな。鎧もダメって言うなら柄で威圧するしかないだろが」

 

 ランスは胸を張って正当性を主張する。

 

「ランス様。こちらのほうが品があって似合うのではないでしょうか?」

 

 かなみが頭を抱えている間に、シィルは一着の緑色のポロシャツを持ってくる。生地に光沢があり、主張しすぎない程度に高級感があった。

 

「ふむ……。いや、これはダメだな、もう少し深い緑の方が」

 

 ランスは脇に抱えていた服をかなみに押し付けて、シィルの持ってきた服のあるコーナーに歩いていった。

 

「うう……。やっぱシィルちゃんには、かなわないなあ」

 

 かなみは押し付けられた服の処理をどうしようか考えつつ、自分の服を少し楽しそうな表情で選んでいる。

 

「お客様、何か、おさがしでしょうか……?」

 

 店員の一人が、やや恐る恐るといった様子で尋ねてくる。やや肥満気味の中年女性で、すこしくたびれた感じのする雰囲気である。

 

「あ、いえその……。ちょっと旅に出ようかなとおもって、その為の服を……」

 

 かなみは引きつった笑いをしながら店員に応じる。

 

「そうでございましたか。お客様は細身ですし、スレンダーな体型に合う、デニムとシャツのセットなどはいかがでしょうか」

 

 そういうと店員はそそくさと、別のコーナーから選んだ服装をチョイスする。

 

「わ……すごい。さすがプロですね。どの世界にもいるもんだな……」

 

 かなみはつかの間の休日で友人のメナドとリーザスの城下町で服を選んでいた情景を思い出していた。世界は違っても、やはりファッションのプロはいるものだとしみじみ感じているような、そんな目をしている。

 

「はい?」

「い、いえ。これ、なかなか良さそうだし、試着してみようと思います」

「承知いたしました。その抱えているお召し物は……」

 

 店員はいまだ小脇に抱えている服を見ながら言う。

 

「あ、ああこれ私が選んだんじゃないですよ! わ、私のカレが一方的に選んだやつで、もうほんっとセンスなくて困っちゃいますよ。あははは」

 

 かなみはわざとらしく笑いながら、その服をまとめて暗に戻すよう店員に渡した。

 店員は察したかのような顔をして、服を受け取る。

 

「試着室はこちらです」

 

 かなみは店員の誘導に従って試着室に入り、装束を脱いで、渡された服を試着する。

 とりあえずは無難で悪くないとばかりに、外に出てみる。

 

「どうでしょうか? きつかったり、逆に緩かったりなどは」

「う、うん。大丈夫、ちょうどいいです。いくらですか?」

「えー……、セットで17500円になります」

 

 その価格を聞いて、かなみは思ったよりも高いと少し目を丸くした。この調子ではウルザより渡された予算などすぐに吹っ飛んでしまうのではないか。

 

「えっ……思ったよりも、その……しますね」

「申し訳ありません、この服は初物でございますので……。いかが致しますか」

「うっ……」

 

 かなみは自分の財布を開く。昨日自分で換金した分は15万円ほどで、まだまだ多く残ってはいるものの、今後を考えると手痛い出費であることには変わりない。

 

「まあ……自分の財布から出すならいいわよね……。お願いします」

 

 前半部分を小声で呟きながら、購入を決断した。

 

「ありがとうございます。では会計を致しますので、こちらへ」

「あ、待ってください元の服に着替えますから……」

 

 かなみは元の装束に着替えた上で、会計を済ませ、商品の入った紙袋を受け取る。ようやく手に入って気分が高揚したのもつかの間、彼女は難題に直面する。

 

「どうやってランスに見つからないようにするかな……」

 

 自分で換金するのは構いませんが、ランスさんにそれを制限した手前、わからないようやってくださいね、という趣旨のウルザの言葉を思い出していた。幸いにもシィルとランスはいつもどおりの夫婦漫才を繰り広げながら自分からは離れたところにいる。

 

「今のうちになんとかしなきゃ……」

 

 そう誰にいうでもなく呟いていると、聞き覚えのある声が耳に入る。ランスでも、シィルでも、ウルザでもない、しかし、確かに聞いたことのある、幼い声と、それを呼ぶ年老いた声。

 

「おばーちゃんありがとう! この服、だいじにするね!」

「いいんだよリセットちゃん。いやぁほんと何着せても似合うねぇ」

 

 どんな鉄面皮でも朗らかにしてしまう純真な笑顔や仕草と、カラーの種族であることを示すその尖った耳。父親が誰であるかを明白にする、ギザギザの歯。

 子ども服のコーナーからしたその声に、振り返ってみると、かなみはその光景に目を疑った。

 

「リセット……ちゃん……?」

 

 かなみは思わず、紙袋を落としてしまう。

 

――

 

 一方のウルザはウツギポケモン研究所の近くにある道具店に立ち寄っていた。

 古びた作りであったが、長い年月の経過と風格を感じさせる構造となっており、研究員に必要な薬品や実験道具、白衣、専門書などが30畳ほどの空間に所狭しと敷き詰められている。

 

「そうですか。ウツギ博士とはそのような……」

 

 ウルザはゼスに居た頃に培った魔法の知識の根底にある基礎理論を、うまくこの世界を支配している科学に置き換えて、専門書をなんとか読み解きながら、店主より話を聞いていた。

 

「ええ。お若いですが本当に立派な方ですぞ。タマゴグループの分類で全国の育て屋やブリーダーがどれだけ助かっていることか……」

 

 年老いた店主は遠い目をしながら言う。

 

「オーキド博士のお弟子さんという風に伺いましたが」

 

 事前の情報収集により、ウツギがポケモン研究の大家であり、第一人者であるオーキドの教え子であることを既にウルザは把握している。

 

「ええもうそれは本当に。タマムシ大学で自分の後を継げる研究者は彼しかいない! とばかりにすごい入れ込みようで……。最近はコトブキやコガネ、エンジュ、カナズミなど地方の大学も多くの研究成果を上げているからかなり焦っているようで」

「タマムシ大学が、この国のトップに立つ所というのは伺っていましたが、それだけにプライドも高いのでしょうね……」

 

 ウルザはふうと息をつきながら、専門書を閉じる。

 

「そういえば、お客さんはどこの大学のご出身で? 見た所かなりお若いようですが」

「えっ。あ、はい、その……、海外の小さな大学ですよ。言ってもご存知ないと思います」

「海外の……はー、なるほど確かに……」

 

 店主はウルザの容姿を見ながら勝手に納得している。

 

「とりあえずこの白衣と、これらの書物……、あとはこのメガネをいただけませんでしょうか?」

 

 ウルザは着ている白衣と、カゴにいれている20冊ほどの専門書、大学ノート10冊や、筆記具などを見せながら言う。メガネは度が入っていない伊達メガネである。

 

「あーはいはい……、えーしめて12万3000円……、まあでもお客さん美人だから12万円にまけとくよ」

「えっ。しかし、そんないけません。きちんと受け取って……」

 

 ウルザは財布から12万3000円をぴったり差し出す。

 

「いやいや。海外からわざわざここまで来て、お客さんも苦労してんでしょう。気にしないでくんな」

 

 店主はウルザの手から12万円だけを受け取り、3000円はそのままにした。

 

「すみません。ありがとうございます……」

 

 この時点までに既に30万円以上使用しており、本音を言えば1円でも安くなるならこれ以上有り難いことはなかった。ウルザは深々と店主に頭を下げた。

 

―宿屋―

 

 ウルザは白衣と眼鏡をつけた後、一旦宿屋に戻る。

 売店で軽い昼食を買い、部屋まで戻る。

 

「まだ帰っていない……か」

 

 かなみとシィルはうまくやれているだろうか。そんなことを案じつつ、おにぎり2つをお腹におさめ、備え付けの机に向かって専門書の読み込みと、今後の計画を立てていた。

 

「やっぱり一度は下見にいかないとダメよね……」

 

 専門書の内容をノートにまとめ、研究所の場所をこの眼で確かめたいし、顔ぶれも見ておきたい。今日の夕方にも行こう……。と結論づけた頃には、卓上の時計は14時30分を示していた。こうしている間にも時刻は過ぎていく。

 さすがに疲れて、机に向かったまま少しだけ目をつぶっていると、部屋のドアが開かれた。

 

「ふう……。えっ、だれ……?」

 

 部屋に入ってきたかなみは直感でついそう口走る。

 

「えっ……。ああ、かなみさん。おかえりなさい」

 

 メガネを机に置いて、ウルザはかなみを出迎えた。

 

「ああ。ウルザさんか! どうしたのその格好……」

「研究所に行こうと思いまして、このように扮装したんですよ」

 

 ウルザは立ち上がって、かなみに白衣姿を見せる。

 

「へー……。結構似合うわね。やっぱウルザさんって知的だから……」

「ふふ。ありがとうございます。それで、ランスさんたちはどうされましたか?」

 

 軽く流した後に、ウルザは最大の懸念事項について尋ねる。

 

「ああ、まだショッピングセンターでぶらぶらしてるわよ。最後見たときはゲームセンターでシィルちゃんと……、なんか太鼓叩くようなゲームで遊んでたわ。しまいにはバチでシィルちゃん殴ってたけど……」

「そうですか。シィルさんだけに向かっているならまだいい……、いやよくないんですけど」

「それで……さ。一つ相談事があって」

 

 そう言いかけたところで、一人の少女がかなみの後ろよりひょっこり現れた。

 

「こんにちは! ウルザさん!」

 

 リセットはウルザを見ると、礼儀正しく、元気いっぱいにお辞儀をした。

 

「えっ……??」

 

 ウルザは眼の前の人物が一瞬認識できなかった。

 それから少し遅れて、品の良さそうな老夫婦が入ってくる。男の方はいかにもジェントルマンであった。

 

「お初にお目にかかります。御息女を一日預かっておりました」

 

 そういって、老爺のほうが、名乗って、帽子を取って流れるような所作で頭を下げた。老婆もそれに続く。

 

「はあ……。いえ、どうも。あの、かなみさん。これは……?」

「うーん……。あの、リセットちゃんがね。あの洞窟あったでしょ、その近くの道路でこのご夫婦が野生に襲われているところを助けて、それで」

「あー……。なるほど。そういうことでしたか」

 

 かなみの説明でウルザはようやく腑に落ちたような声をあげる。

 

「ちょっと近くの道路に小旅行のつもりで行ったのですが、年甲斐もなく、私のポケモン……、ヨルノズクが倒された後に御息女が駆けつけてくれましてな。野生のエアームドを炎の矢のような魔法一発で追い払ってくれたのです。それで、行く場所がないというので一晩ワカバの家に泊めたのです」

「でもすごかったよ! あのはがねのつばさっていうのかな? あれでピューって素早く逃げていって、ちょっとかっこよかった!」

 

 リセットは無邪気に当時を思い起こしている。

 

「いやー。ここまでたくましい娘さんをお持ちで、羨ましいですな。ホッホッホ」

「それはどうも……。あと、かなみさん、少し宜しいですか?」

 

 どうにも違和感を覚えたウルザは、かなみを連れ出し、部屋の外へ出る。

 

「あのすみません。あのご老人、私を指して御息女と仰っているんですが……」

「あーうん……。あの御夫婦にはウルザさんがリセットちゃんの母親で、女手一つで育ててってかんじに説明してて、だって言えないでしょ、まさかランスが父親だなんて……」

 

 かなみは遠い目で弁解した。

 

「まあ確かに真相を言えば、あの老夫婦はリセットさんを引き渡すのにためらうでしょうけど、ですが、なんで私を……」

「いやだってほら、ウルザさんって忙しい人だし、それに私ってJAPAN系の顔だから、それよりはウルザさんが母親って方が説得力あるでしょ」

「あの耳だとどっちにしても苦しいと思いますけど……。事情は分かりました。とりあえずあの方々が納得してくださっているなら、それで進めましょう」

 

 ウルザは内心釈然としないものを感じながらも、かなみの設定を受け入れ、部屋に戻った。

 

「すみません少々込み入った話をしていまして。とにかく、うちのリセットを一晩預かっていただきありがとうございました。昨日、どうしても論文の目途がつかなくて、宿に帰れずにいたんですが、いつのまにそんなことになってるとは……」

 

 ウルザは即座に老夫婦に向けた言い訳を作り、淀みなく説明した。

 

「いえいえとんでもない。あの研究所の方でしょう? 傍から見ても毎日忙しそうにしてますし、そういう日もあるでしょう。こちらも子どもがいないもので、一日気分を味わえて楽しかったですぞ」

 

 老爺、ジェントルマンはニコニコと笑いながら言う。よほどあの研究所、ひいてはウツギ博士は地元住民より信頼を勝ち得ているらしい。

 

「よかったねぇ、リセットちゃん。お母さんに会えて」

 

 老婆がリセットの頭を撫でながら言う。

 

「うん!」

 

 リセットはニコニコと笑顔を浮かべている。どうやら設定には付き合ってくれているようだ。

 その後、数分ほど会話を交わして、老夫婦は宿屋を後にした。

 

「ふう……なんとかなったわね」

 

 かなみはほっと胸を撫で下ろした。

 

「それでリセットちゃん。貴女はどうしてここに? 確かに、総統たちと一緒に戦地にはいましたけど……」

 

 ウルザはリセットに向き直って、本当の経緯を尋ねる。

 

「んとね……。わたしが目がさましたときには、周りは広いはらっぱで、道をさがしながらあるいていたら、あの……すっごく硬そうなとりさんに襲われているおじーちゃんとおばーちゃん見つけて、それで」

「なるほど……。そもそも転移された場所が違ったわけですね」

 

 ウルザは納得した表情で、後ろにある椅子に座った。

 

「てんい?」

「リセットちゃん、よく聞いて。ここは私達がいた世界とは全く違うの。その……、ポケットモンスターっていう生物がいて、私達よりもずっと平和で、科学がすすんでいる世界に迷い込んだのよ」

 

 かなみはリセットの目線まで視線を下げ、肩を叩きながら言った。

 

「そ、そーなんだ。魔物たちがぜんぜんいないから、ふしぎには思っていたけど……」

 

 幼いなりに状況の変化には気づいていたようだ。

 

「それにしても、ウルザさんを全く叱らなかったわよね……。正直、一言二言言われるくらいはあると思ってたんだけど」

「10歳くらいの少年少女が当たり前のように単独で冒険にでている世界ですからね、そもそもの考え方が違うのかもしれません……。さて、かなみさん。私はそろそろ研究所へ向かうので、その子をお願いできますか」

 

 ウルザは本来の目的に立ち返り、机の上に広げていたノートやメモ帳をしまい、出る準備を進める。

 

「う、うん。いいけど……。大丈夫? 偵察がいるなら」

「敵地に向かうわけじゃないんですから、大丈夫ですよ。それでは」

 

 そう言って伊達メガネをかけたウルザは出口のドアノブに手をかけようとする。すると。背後でリセットの声がした。

 

「あ、あのウルザさん! その……、おとーさんは?」

「シィルさんと一緒ですよ。そのうち帰っていらっしゃいます」

 

 ウルザはにこりとリセットに微笑み、宿屋を後にする。リセットはほっと息をつく。

 

――

 

 研究所自体には、在野のポケモン研究者であることを告げると、特に身分証明も求められずにすんなり通された。警備員より、立入禁止区域や、個人の研究室に勝手に入らないよう注意を受け、そのままウルザは自由に歩くことを許された。事前に仕入れていた通り、氏名と職業を申告すれば、資料閲覧や学術目的での立ち入りができる、開放的な研究所である。

 リセットが増えたことによる財政状況の変化にどう対処するか考えつつ、所内の図書スペースや、資料ルームをゆっくりと歩く。

 その配置や、研究員と思しき職員証をかけている人の確認などを行い、内偵を進めていると、研究員に話しかけられた。

 

「こんばんわ。初めて見る顔ですね」

 

 にこやかに話しかけてきたその男は、30前後といったところの若い研究員だった。赤い紐のついた職員証をかけている。

 

「はい。ウルザ・プラナアイスと申します。遠い異国からウツギ博士のご高名を聞き及び、是非研究員の端くれとして、その一端をのぞかせて頂ければなと思いまして」

「ん? ああ、あなたもしかして、昼にヤスタカさんのところで買い込んでいた人?」

 

 研究員は思い出したかのような表情で尋ねる。

 

「え、ええ。そうですけど……」

「あなたのように若い女の研究者なんて、そうそうあんな所くるもんじゃないからね。目立ってましたよ」

 

 和やかに笑いながら言う。ほんの世間話のつもりなのだろう。

 

「少し恥ずかしいですね。ところでそちらは……」

「ああ、申し訳ない。私はウツギ博士の助手を務める、カシワギと申す者です。エンジュ大学で分子生物学の非常勤講師もやっております」

 

 カシワギと名乗ったその男は、胸ポケットから名刺を手渡す。

 

「ああ、申し訳ありません。今、名刺を切らしておりまして……」

「いえいえ、お気になさらないでください。ウルザさんといいましたね。専攻は何を?」

「えっ。ああ、専攻ですね。携帯獣遺伝学です。特にエスパーや、ゴーストポケモンについてを」

 

 さすがに専攻については深く考えていなかったため、とっさにウルザは言葉を並べ立てる。

 

「ほう。そうですか……。エスパーポケモンのそれだと最近、フーディンのC型遺伝子について興味深い発見がありましたけど、それについてウルザさんはどう思われますか?」

「そ……そうですね。今後のより効率的な交配を促進する、とても興味深い発見だと思われます」

 

 遺伝子形質については専門書で読んではいたが、さすがに各ポケモンの細かい因子や作用についてまでは調べが追いついていない。そのため、とりあえずそれらしいことを並べて見せる。

 

「? おかしいですね……。この発見については先天的なフーディンの遺伝子的な、病気であるSFDやIFD発現の作用機序に関する新規の発見だったように思うのですが……」

 

 カシワギは電子端末をとりだし、当該論文を検索し、それを摘示する英文の箇所を提示する。

 

「ああ、申し訳ありません、別の研究と取り違えてました。ここ最近、新規の論文に追われていまして……」

「そうですか。まあ、研究は骨身を削る仕事ですからね。そういうこともありますよ」

 

 そう言ってカシワギは電子端末をカバンにしまった。

 

「すみません……。それで、カシワギさんはいつからこの研究所に?」

「ウツギ教授のゼミからそのまま研究室に入ってるので、もう4,5年になりますかね。早いものです」

 

 そんな会話をしていると、ウルザの背後に数人の人が通ろうとしていた。

 

「あ、所長。お疲れ様です」

「ああカシワギ君か。これからオーキド博士をいつもの店にお送りするんだけど、君も来るかい?」

 

 その声にウルザは振り返る。

 

「所長……。ということはウツギ博士ですか?」

「おや。なかなか可愛らしい研究員だね。なんだ君、ツバつけようって魂胆かい?」

 

 ウツギはカシワギの目をみながらからかう。

 

「やめてくださいよ……そういう冗談、今の御時世冗談じゃすまないんですから……」

 

 カシワギは苦笑いしながらそのからかいに応えた。

 

「ハハハ……。その通り、所長のウツギだよ。よろしく」

 

 ウツギはウルザに視線を合わせ、軽く礼をした。

 

「こちらこそよろしくお願いします。光栄です、これほど早くお会いできるとは」

「――ウルザ君か!?」

 

 更に奥、数人の助手に守られるかのようにいるもう一人の権威が声を上げる。

 

「え……?」

 

 カシワギ以外には名乗っていないはずなのに。そう思ったもつかの間、助手をかきわけて、その人物が目の前に出る。

 

「ああ、間違いない。ウルザ君だ。ほら、ワシじゃよ、オーキドだ! 3年前、マサラの研究所に来たじゃろう」

「えっ……!?」

 

 自分を指し示して息を荒げているオーキドに対し、何が起こっているのかウルザには全く理解できなかった。

 

「博士。お知り合いなのですか? 彼女と」

「うむ。3年前に何度か会っただけだがの。ほれ、例のミュウツーの件で」

「ああ……。そういえば以前に話されていましたね。なかなか面白い女性が研究所に来たって」

 

 ウツギは思い出したかのように、オーキドの話にうなずく。

 

「ワタル君からあれから詳細をきいて、元の世界に帰ったと見られると聞いていたんじゃが……、いやまさかこうしてまた会えるとは思わなんだ」

 

 オーキドはその皺だらけの目を細め、本当に心の底から嬉しそうにウルザに接する。

 ウルザはこの短い間に必死に思考を走らせ、一つの結論に達する。

 

「……。お久しぶり、です。オーキド博士」

 

 深呼吸をしたウルザは、一つの賭けであることを承知しつつ、大きく手間が省けるメリットを重視して、その話に乗ることにした。

 

――

 

 オーキドとウツギは会食を取りやめ、ウルザを連れて研究室に戻った。

 

「……。そうか、また突然放り出されたのか。災難じゃのう」

 

 ウルザはできるだけ辻褄が合うように経緯を調整し、これまでのことをオーキドに話した。

 

「しかし異世界から二度の転移ねぇ……。しかも同じ人物が」

 

 ウツギは半信半疑のような視線をウルザに送っている。

 

「私としてもとても信じがたいのですが……、残念ながら現実に起こっていることです」

 

 ウルザはウツギの目を見据えて強い口調で言い切った。

 

「君の元いた世界では人類の支配・殺戮を目論む魔軍と、それに抗う君含めた人類が戦っていて、一刻も早く帰らなければならない……。か。いや、ポケモンリーグの報告もあるし、別に信じないわけじゃないけど、あんまり現実離れしすぎててね……」

 

 異世界から来訪したという事もリーグから報告されているという話も聞いていたため、自分たちの置かれている状況もウルザは包み隠さずに話した。

 

「そのあたりの話はワタル君から断片的にしかきいておらんから分からんが……、あの眼はただ事ではないと思うがの」

 

 オーキドは出されたコーヒーを飲みながら、ウルザの目を見据えている。

 

「今、この瞬間も、私達の世界では、数万から10万、いや100万単位で命が失われ、億に及ぶ人々が死ぬよりも辛い塗炭の苦しみを味わっているんです。ですからどうか、この世界の理を知り尽くした、碩学たる皆様に手がかりをいただきたいのです」

 

 ウルザは可能な限り二人に対して頭を下げる。

 

「気持ちは分かるけど。僕らにはどうしようも……、異次元空間の理論すらここまで科学が進んでも十分に解明が進んでないんだ、ましてや転移なんて……」

「いや……。満更そうともいいきれんのじゃよそれが」

 

 そう言ってオーキドはカバンから一つの資料を取り出す。

 

「え?」

「実はのう。ここ数年で世界で次元を観測する機関が立ち上がっていて、精度は不十分だが、いくつか歪みが発生したことが確認されておるのじゃよ」

 

 そう言ってオーキドは机上に何枚かの写真と観測データを出す。

 

「次元の歪みが発生した……、つまり彼女のように我々の感知し得ないところから人や生物などがやってくることもありうると?」

「それで何が起こるかはまだ実証されてはおらんがの。まあ、なくはないじゃろうて」

 

 そう言ってオーキドは再度コーヒーに口をつける。

 

「観測されているのは分かりましたが……、それだけでは手がかりには」

「そうじゃのう。くだんのミュウツーの時のように、発生者がハッキリしてればまだ良いが、今回の場合はジョウトに投げ出されている以上、あれは関係ないじゃろうし……」

 

 顎を撫でながらオーキドは考えている。

 

「他にそのような……、次元に干渉できるようなポケモンというのはいないのですか?」

「ん? 前のウルザ君じゃったらあらかたそういう情報は調べておったはずじゃが……」

「あ。いえその……、元の世界に戻った際のショックか何かで、記憶が一部失われているようでして」

 

 当然ウルザは全く知り得ないことだったが、なんとか話の辻褄を合わせる。

 

「そうか……。他といったらデオキシス……、あとはジラーチやディアルガ、パルキアなどがそういう力を有しているとみられておる」

「博士、それは伝説ないし幻のポケモンですよ。それがありだったらうちの地方の伝承にいるセレビィだってそうなりますけど、あれを観測できた例なんてここ百年で数例とほとんどありませんよ、ミュウと同じです」

「セレビィ……ですか」

 

 彼らで観測できないのでは自分たちがどうにかできる可能性はほぼ皆無だが、一方自分たちのいる地方のポケモンということで、ウルザは記憶にとどめ置く。

 

「今のところ打つ手はない、ということですか……」

「そうじゃのう……。本当にすまないが」

 

 オーキドは沈痛な面持ちでウルザに言う。

 

「まあでも所詮僕らは科学者でしかないからね。この世界は科学が全てじゃない、霊能力や超能力……、他にも不思議な力がたくさんあるし、そういう別のアプローチからあたれば、何かわかるかもしれないよ」

 

 ウツギは優しげな顔を浮かべて、ウルザに提言した。

 

「そうですね。軽く調べた限りでも、私達のいう魔法のような、そういう超常的な力がたくさんあるようですし、地道にそういうところからあたっていこうと思います」

 

 ウルザはメモを取りながら簡単に総括する。

 

「後はそうだのう……。関係があるかどうかはわからんのじゃが、今ジョウト地方では奇妙な現象が起こっているのじゃよ」

「奇妙な現象とは?」

「なんでも、各地で不自然な地震が起きているらしいんだ。僕含めジョウト地方に住んでいる大半の人間に感知できないような、いわゆる無感地震の領域らしいんだけど」

 

 そう言ってウツギはオーキドに話を振る。どうやらこの話をもってきたのはオーキドのようである。

 

「地震計で見比べても波形がしっくりこぬからのう。人為的なものか、ポケモンによるものか、未知の自然現象によるものか……。しかし人には感知できずとも、ナマズンのように敏感に地震に反応するポケモンの暴れようがただごとじゃないとの報告を受けての。それでこうしてジョウトまで来てみたというわけじゃ」

「昨日、学会でオダマキ博士もそのように触れていましたね。もっともホウエンじゃそういうのは起きていないから、オーキド博士と同じように間接事実でしかないですけど……」

 

 ウツギはふーっと息をかけながら、自分で淹れた紅茶を口にする。

 

「それでウルザ君。君はこれからどうするつもりなのかね」

「そうですね……。とにかく博士方のくださった情報をもとに、地道な調査を……」

「そういう事ではない。前に来た記憶を失っておるのじゃろう? どうやってこの世界で生きていくつもりなのじゃ。前のようにトレーナーになるのかね」

 

 前の自分はポケモントレーナーと見なされていたのかと、ウルザは違う自分であることを分かりつつも、なんとも言えない心地悪さを感じる。

 

「それも有力な選択肢だとは思います。しかし、自分で言うのも憚られるのですが、私は今いる仲間たちの管理もしなければならず、それに加えてポケモンの管理もしなければならないとなると……」

 

 ポケモントレーナーがどういう職業、地位なのかは既にかなみからの偵察報告や情報収集で聞いており、今の自分にそこまでやれる余裕はあるのか、疑問を感じていた。

 

「だけどねえ。調査を進めるにしたって、なにがしかの身分がないと色々困ると思うよ?」

「それは確かにそうですね……」

 

 ただでさえ逼迫している財政の問題がある。身分証の入手は喫緊の課題であった。

 

「実を言うとね。御三家……、ああ、うちの町から旅立つ場合に新人トレーナーに与えるポケモンの通称なんだけど、ここに来たのもなにかの縁だし、トレーナーの道を選ぶって言うならよければ君にも一体あげようと思うんだ」

「ウツギ博士。私はいずれはこの世界から帰らなければならない身なのですよ。連れていけるかどうかも分からないのに、そのようなこと」

「でも現に君は、1回ポケモンを手放しているわけだ。記憶にはないのかもしれないけど、君が今連れていないということはそういうことだよ?」

 

 それを追及されると、ウルザは押し黙るほかなくなる。

 

「それに、臨床的・科学的に立証されてることなんだけど、ポケモンたちだって、何がしかの形で別れがくることはわかっているんだ。要は、どのようにして育て、どのように別れるかが大事なんじゃないかな。まあトレーナーでない僕がいうのも、おかしな話なんだけど……」

 

 ウツギの説得を聞き、ウルザは顎に手をあてて、10秒ほど思考する。

 

「分かりました。一晩ゆっくりと考えてみます。色々とありがとうございました」

 

―ワカバタウン 市街―

 

 宿まで車で送ると言われたものの、ウルザは丁重に断る。宿に帰ればまた喧騒が待っている。それまでの間にゆっくり歩きながら自分の中で思考を整理したかった。

 空はすっかり暗くなり、夕食を外で済ませる家族連れや独身の男女、家路を急ぐ学生やサラリーマン、ポケモンと一緒にジョギングをする健康的なおじいさんなどがウルザの眼に写った。

 魔軍による侵攻が始まって以来、こうして人々が平穏になんでもない日常を過ごす姿を、ここしばらくみれていないとウルザはひしひしと痛感していた。改めて落ち着いてみてみると、日常がこれほど愛おしいものなのかと思わざるを得ない。

 

『帰らないと……。でも、そのためにはまず、足元を固めないと……か』

 

 ウルザはそのような風景が流れる通りを見据え、そう考えながら、ゆっくりと宿屋へ進んでいく。

 すると、突如目の前にかなみが現れた。

 

「あっ、やっと来てくれた! た、大変なのランスが遂に、やってくれちゃったのよ」

「はぁ……。何をしでかしたんですか?」

 

 ウルザは思考を切り替え、かなみに冷静になって尋ねる。

 

「その……、リセットちゃんが増えたでしょ? それに宿屋の人が気づいて、泊まらせる場合は追加分の精算もお願いしますねってランスに言ったら、後払いじゃねえのかって暴れ出して……」

 

 ウルザは頭痛を覚えながら、かなみと共に急ぎ足で宿屋に向かった。

 

―つづく―

 

 

 

 

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