「はぁーーー」
コガネシティのポケモンジム、その事務室においてワタル直々の緊急呼び出しを受けたアカネは、帰ってくるなり大きくため息をついた。
「どないしました、リーダー?」
ジムトレーナーの一人がアカネを心配して声をかける。
「聞いてーな。あのバカ理事長、ウチにとんでもないこといいよるんやで」
「今日の呼び出しで?」
「せやで。なんでもな、ランスとかいう3年前カントーで暴れた連中が、また来たっちゅうから、ウチに接触して、探ってこい言うんやで」
アカネは指令書を憎々しげに見ながらジムトレーナーにぼやく。
「そうなんですか……。でもいいじゃないですか、最近、ジムの仕事大変でどっか旅にでたいー言うてはりましたやん」
「アホ! ランス言うたら女の敵、色情魔なんやぞ。ウチの貞操かて狙われるに決まっとるやんけ。ハナダのカスミちゃんが言うとったし間違いない」
「そんなにヤバいんですか」
「そりゃあもう、かわいー女の子見たら即ハメようとするらしいで。自分も気をつけんと」
アカネはジムトレーナーの容姿を見ながら言う。アカネのジムは女の子しかいない。
「だ、大丈夫ですよ、ポケモンだっていますし……」
「ウチかてジムリーダーやし、そうそう襲われはせん思うけどな……」
アカネもアカネなりにジムリーダーとしての自負はある。
「ほなら、断るんでっか。この指令。でも、この前の地下通路の件で相当、副理事長のシロナさんに絞られたんやなかった……」
「それがあんねんなー……。理事長も断ったら何してくるか分からんくらいすごい剣幕やったし……、あんな優しい顔しとってもやっぱ怖いわあん人」
そう言いながら、アカネはリーグより受け取った指令書に続いて前提となる事前調査書を取り出す。そこには一行の顔写真が貼られていた。
「わあ……。女の子ばっかりですね。それもかわええこがぎょうさん……」
「せやろ? こんな男についてくなんて、どうかしとるんとちゃ……」
アカネはランスの顔写真を初めてじっと見る。少し不鮮明だが、ガハハとばかりに笑っている顔がでかでかと映っていた。
「どないしました? リーダー」
「……。思ったより、悪ない顔やん……」
――
キキョウシティに向けて旅をはじめたランス一行。ウルザは少し入ったところで休憩とし、ここで初めてポケモンをだした。ウルザは既に動きやすい戦闘服に着替えている。
「これがそれぞれチコリータ、ワニノコ、ヒノアラシね……」
初めて主を見たポケモン達は三者三様にウルザを純真な眼でみていた。
「わあ。かわいいですね! どの子も円らな瞳をしてて……、あ。でも、このネズミみたいな子は目を閉じちゃってますね」
シィルはヒノアラシを見ながら言う。
「ねてるのかな? えい」
リセットは枝でヒノアラシのほっぺたをつついてみる。
「ヒノッ」
ヒノアラシは敏感に反応し、背中の炎を出してリセットを威嚇した。
「わっ。おきてたんだ」
リセットはびっくりしながら、反射的に後ずさる。
「どうやら、ヒノアラシは常にこういう細目の形態のようですね」
ウルザはワカバで購入したヒノアラシの生態の本を読みながら言う。ちなみにチコリータやワニノコの分も買っている。
「ちっ。どれも弱っちそうだな。あの若禿ヤローもどうせならもっと強いのよこせばいいのに」
ランスの第一印象はとにかくそれであった。
「でもランスさん。どうやら三体とも、進化というこの世界独自の強化を遂げると、このような姿になるみたいですよ」
ウルザは三体それぞれの進化系をランスに見せる。
「ほう。じゃあすぐにそうしろ」
「無茶を言わないでください……。ある程度、私達と同じく、才能レベルのようなものを上げないと進化しない仕組みになってますから」
「めんどくせえな……」
ランスはポリポリと頭を掻きながら言う。
「さて、皆さん、私はウルザ・プラナアイスです。色々なめぐり合わせであなた達のトレーナーとなることになりましたが、最初に言っておきたいことがあります」
三体はそれぞれウルザの次の言動に注目する。
「私達はいずれは元の世界に帰らなければなりません。その際にあなたたちを連れて帰れるかどうかは分かりませんが……、別れを一種の前提とした上での付き合いになると思います。それでも。私についてきてくださいますか?」
ウルザは姿勢をかがめ、三匹に視線を会わせて問いかける。
「ワニワニ」「チコ」「ヒノ……」
三匹はそれぞれ短い言葉で返した。とりあえずは承知してくれたようである。
「これは承諾の返事ってことでいいのかしら?」
かなみはすこし当惑している表情で屈んでいるウルザに尋ねる。彼女は立ち上がりながら答える。
「ポケモンたちは、わたしたちの言葉を完全には理解してないようですが、表情や仕草からある程度は読み取れる高度な知能を持っています。伝わっていると……私は信じています」
「ふーん……。なんでもいいけどよ、レベ上げっつうと、ちんたら戦いながらモンスターどもしばいてくってことだろ? いちいちそんなことしてる時間ないんじゃねえのか」
「そうですね。私もそれは理解しています。ですから、この子たちには少々、酷ですが」
ウルザは購入したリュックサックから、いくつか固形物の餌のようなものを取り出す。そしてそれを思い切りくさむらになげた。
「? それで何しようってんだ」
「まあ。しばらく待っていれば分かりますよ」
数分ほどして、次々と野生のポケモンがウルザたちに襲いかかってきた。合わせて10体から20体ほどか。
「うわっ。すげえ数」
「これで最大効率で経験値を集めていきます。ヒノアラシ! あなたはしっぽを振って防御を下げて! チコリータとワニノコはそれぞれはたくとたいあたりで対処して!」
三匹は指示を聞き、それぞれのやり方で従順に野生に対処した。
「ねえ……。さすがにちょっとそれは辛いんじゃない? それにもし倒れちゃったら……」
かなみは純真な気持ちでウルザに心配そうな表情で言う。
「……。倒れてしまったら経験値がもらえませんし、本当に危険になったらこちらで支援します。ただ、ランスさんの言う通り、時間がないですから、やむを得ないです」
「おお……。案外スパルタなんだなウルザちゃん」
ウルザはボウガンを構えながら言う。ランスは意外そうな表情で、ウルザを見ていた。
「わー! なんだか楽しそ―! よーし、私も」
リセットが気を込めながら、炎の矢を出そうとするが、ウルザは肩を叩く。
「リセットちゃん。まだダメです、今介入してしまっては、あの子たちのためになりません」
「? え? 私達のためでしょー。だってはやくレベルをあげたいんでしょ?」
リセットの言葉は本質をついていた。ポケモンのためとはいっても、所詮は自分たちが早く進めるためでしかない。
「っ……。とにかく、いけません、もう少し形勢が不利になってから、考えましょう。ヒノアラシ! しっぽをふるはもういいです。あなたも加勢してひっかくを!」
ウルザは感情を押し殺して、改めて指示を出していく。
――
1時間ほど経過し、最終盤ではウルザがボウガンで威嚇射撃をしたり、リセットが魔法を出したりして介入したが、なんとか三匹とも倒れずにトータルで18体分、5レベル分の経験値を得た。これでレベル10である。
「皆さん。よく倒れずにがんばってくれました。チコリータ、特にあなたの粘りようは力強い生命力を感じました」
「チコ~」
チコリータはボロボロになりながらも、少し照れながらウルザに返した。
「すごい……、なんとかなるものなのね。あの数を相手にして」
かなみは素直にポケモンの戦闘力に感嘆していた。
「けっ。あの程度の数、俺様なら1秒とかからねえぞ」
「ランス様、それはいくらなんでも盛りす……ひぃん!」
シィルの横槍にランスはすかさずげんこつを下す。
「野生に遭遇したらまた出すと思いますが、今日はとりあえず、この薬で傷を癒やし、このフードで英気を養ってください。お疲れ様でした」
そう言ってウルザはきずぐすりで回復させた後、ポケモンたちを戻していった。
「おもったより早くせいちょーしたね!」
「そうですね。オーキド博士の学習装置のおかげでしょう。これならば、思ったよりは負担をかけずにレベルをあげていくことができそうです。一日一回はこうして集団戦闘を行い、あとは道を進んでいく感じでいくのがよさそうですね」
ウルザは簡単に今後の戦略を立てる。
「まあなんでもいいや。とっとといくぞ」
「ごーごー!」
ランスはまたでたらめな方角に進み、リセットは無邪気についていった。
「ああもう、だから街に行く道は決まってるんだから、そんな適当に進まないで!」
「ふう……。では、行きましょうか」
こうして一行は、29番道路を進んでいった。
――
あれから3日が経過し、一行はヨシノシティを経由して30番道路にたどりつく。そして、遂にその瞬間がやってきた。
「おっ! トレーナーだな! 年上っぽいけど……、そのモンスターボール、間違いない!」
短パン小僧というべき少年が、ウルザを目がけて話しかけた。
「なんだあのガキ、俺のウルザちゃんに馴れ馴れしく話しかけやがって。〆てやろうか」
「やめてください。どうやらこれが、ポケモンバトルの合図みたいですね。実戦を経験するにこしたことはないですし……、いいですよ! お受けします!」
ウルザはモンスターボールを構えて短パン小僧に相対した。
「ようし。じゃあ。いけ! コラッタ」
「行って。ワニノコ!」
コラッタとワニノコがそれぞれ相対する。
「コラッタ! たいあたり」
「ワニノコ! みずでっぽう!」
ワニノコが先制し、みずでっぽうを直撃させる。コラッタの体当たりはひらりと回避した。
「げっ。たった1ターンでこんなに……?」
この一撃ですでにコラッタは虫の息になってしまっている。
「ワニノコ。もう一度」
「コ、コラッタ。しっぽをふれ!」
次の一撃でコラッタは沈黙した。次のポケモンはおらず、ウルザの完勝であった。この時点でパーティーはいずれもレベル15程度に達しており、進化する直前である。
「クソー……。なんでそんなに強いんだよ」
「たまたまですよ。そんなにしょげないでください」
短パン小僧はなけなしのお金を差し出し、ウルザは複雑な表情になりながらもそれを受け取った。短パン小僧は去っていく。
「何を貰ったの? ウルザさん」
「……。賞金ですよ。この世界のルールみたいです。この世界ではモンスターを倒すのではなく、ポケモンバトルに勝利して、トレーナーからお金を受け取るんです」
「ほーん。つまりは倒しまくればじゃかじゃか金が入ってくるわけか」
美味しい話をきいて、ランスは悪巧みをする顔になる。
「挑戦を申し出る権利もトレーナーにありますから、あんまり強すぎるとそもそも出てくれなかったりするみたいですけどね」
「子どもからでも容赦なくお金を取るのは……ちょっと後味がよくないですね……」
シィルは少しだけ後味の悪い表情で言う。
「……。それは慣れが必要ですね。それに、少しでも旅費の足しにしないと」
この3日間で既に追加で10万円以上消費しており、ウルザの所持金は半分を切ろうとしていた、一刻も早いバッジ獲得が急務であった。
――
その翌日、一行はキキョウシティに到着した。
ワカバや、途中通ったヨシノシティよりも大きな、ランスたちが初めて目にする中堅都市である。
「おお……でっけー街だな」
「ここはキキョウシティ。マダツボミの塔をはじめ、文化的な遺産が多くある、歴史的な街みたいですね」
ウルザはジョウト地方の歩き方という旅行ブックを読みながら簡単に解説した。
「ここに最初のジムがあるってわけね……リセットちゃん、なにしてるの?」
リセットはかなみの近くで、スンスンとこの町に来てからずっと嗅ぎ回っている。
「なんだかとってもいい香りがするー!」
「そういえばそうね。町の色々なところにある木のおかげでしょうか……」
シィルもリセットの気持ちを共感していた。
「この街では一年中、色々な草花を植えて、来る人を楽しませているみたいですね。観光資源にもなっているみたいです」
「ケッ。そんなの1文の得にもなりゃしねえだ……」
「おとーさん、これあげる!」
リセットはランスに、眼の前にひらひら落ちてきた、カエデの葉っぱを見せた。
「いらん。お前が持ってろ」
「ぶー。じゃあこの葉っぱあつめてなにかつくろうかな……」
リセットは周囲をとてとて歩きながら、同じような葉っぱを収集している。
「さて、ポケモンセンターに寄って回復させたら、ジムに向かいましょうか」
ウルザは少しだけ緊張をしつつ、一行と共にポケモンセンターへ向かっていった。
――
ウルザは今回は一人で、ポケモンジムに入った。初めて行う真剣勝負であるため、集中できる状況で行いたかった為である。かなみには偵察と情報収集を命じ、ランスたちにはいくらか渡して、ポケモンセンターで待機するように依頼する。少し気がかりであったが、シィルに加え、リセットもいるため、大きく変なことにはならないだろうという打算があった。
挨拶もそこそこに、とりあえずジムトレーナーの一人である鳥使いとバトルを行うことになった。
「行け、ポッポ!」
ポッポは優雅に、フィールドに降り立った。さすがに道路にいるようなトレーナーとは一味ちがうことをウルザは感じ取っている。
「行きなさい、マグマラシ!」
ウルザはマグマラシを繰り出す。既にパーティーは第一進化系に達しており、平均レベルは18に達していた。
「えっ……、あんたまだバッジもってないんじゃ」
入口でバッジチェックを受けているため、トレーナーも承知している。鳥使いは戸惑った表情をウルザに見せている。
「ええ、そうですけど……」
「くっ……、ポッポ! つばさで打つだ!」
「マグマラシ! ころがる!」
マグマラシはすぐに丸くなり、そのままポッポ目掛けて突進した。不一致とは言え、レベル差と素の防御力の低さもあって一撃で沈黙した。
それからあと一体もいたが、ころがるの倍加した威力には歯が立たず、ウルザの完勝であった。
「げぇっ……、なんじゃこりゃ……ハヤトさんに報告しないと」
賞金を渡した後、鳥使いはポケギアでハヤト――ジムリーダーに連絡を取る。それを横目にしつつ、ウルザは鳥使いに軽く礼をして、次のジムトレーナーのところへ向かった。
数人ほどジムトレーナーを倒していったが、どれも相手にならず、ウルザはすんなりとハヤトのところへたどりついた。
「君か……。なるほどな。記憶はなくても、片鱗はのこっていると見える」
ジムリーダーのハヤトは、腕を組みながらウルザに相対する。
「どういうことでしょうか……?」
オーキドも言っていたが、ウルザには未だに要領がつかめていなかった。
「3年前に颯爽と現れ、煙のように消えていったカントーのエリートトレーナー……。だけど、ジョウトのジムリーダーはそんなヤワなものじゃないってこと、教えてやるよ! 行け、ピジョン!」
ハヤトは目を見開き、ピジョンを繰り出した。ウルザはマグマラシを繰り出す。
「マグマラシ! 丸くなる!」
「ピジョン! どろかけだ」
ピジョンは素早く、丸くなったマグマラシに泥を大量に被せていく。効果は抜群だったが、大したダメージではない。
「マグマラシ! ころがる!」
一発目は命中し、ピジョンは大きなダメージを受ける。
「くっ……もう一度どろかけ!」
今度はマグマラシが先制して再度ころがったが、命中率が下がった影響で避けられてしまう。
「やはり……一筋縄ではいきませんね……」
マグマラシは二度のどろかけをくらい、3割ほどダメージを食らっている。命中率が二段階下がっているのも痛かった。
「さあ。どうする……。僕らはまだまだ翔べるぞ……!!」
ハヤトは両手を広げ、中腰になってウルザを挑発する。ウルザは顎に手を当ててしばらく考えた後に決断を下す。
「戻って、マグマラシ。行って、アリゲイツ!」
マグマラシはボールに戻され、今度はアリゲイツが躍り出る。
「全部進化済みってことか……。だけどまだまだ。ピジョン! つばめ返しだ!」
「アリゲイツ、みずのはどう!」
アリゲイツが先制し、みずのはどうが直撃。流石にピジョンは耐えきれず、そのまま倒れた。ハヤトは黙ってピジョンをボールに戻した。
「くそっ。行け、ヨルノズク! 催眠術だ!」
「アリゲイツ、もう一度みずのはどう!」
またもアリゲイツが先制し、みずのはどうがヨルノズクに襲いかかった。今度は混乱状態となり、ヨルノズクは催眠術どころか、自分で、自分を攻撃してしまう。
ハヤトのポケモンは二体の為、この時点で、ほぼ勝負は決した。
――
それからまもなく、アリゲイツによってヨルノズクは倒され、ハヤトは敗北した。
「ふーっ。やっぱり半年でバッジ7枚か……。記憶がなかろうが、そんなものは関係なかったな」
賞金を渡した後、ハヤトは片目を隠している前髪をに触れながら言う。
「いえ。こちらもジムリーダーと初めて戦い、色々と学ばせていただきました」
半年でバッジ7枚という情報はとりあえず脇において、ハヤトをウルザは立てる。
「相手が相手だから、規則の範囲内で強いのを選んだつもりだったんだが。しかし、負けてしまったものは仕方ない、突破した証としてこのリーグ公認のウィングバッジ、持っていけ!」
ハヤトはウルザにウィングバッジを手渡す。硬い金属質の手触りを感じながら、ウルザはバッジをケースに置いた。初めてのジムバッジである。
「それと、これはセンベツのわざマシン27だ、持っていってくれ。つばめ返しが入っている」
「確か……、ひこうタイプの必中技でしたね。しかし私は覚えるポケモンを持っていないんですが……」
ウルザはまだポケモンの覚える技を全て把握しては居なかった。
「なんだ? 知らないのか? 君の持ってるマグマラシなら覚えるぞ。別に鳥ポケモンじゃないと覚えられないわけじゃないからな」
「ああ……。そうなのですか。ありがとうございます。今後、検討してみます」
ウルザはわざマシンを受け取り、その後、ジムを後にした。
――
ジムから出ると、偵察任務を終えたかなみと合流する。
「お疲れ様、ウルザさん。それで……どうだったの」
「なんとか、いただけましたよ」
ウルザはかなみにバッジケースを見せる。燦然と輝くウィングバッジが、かなみの目を照らした。
「わあすごい……。正直、一回くらいは負けるんじゃないかと不安だったんだけど」
「負けている暇なんて、ありませんよ」
ウルザは軽く返しながら、ケースをカバンにしまった。
「そうよね……。それで一つ、偵察してて変な噂が耳に入ったんだけど……」
――
「は? 俺様の名前を騙ったふてえ野郎が、うどんの井戸で悪さしてるってのか」
「ヤドンの井戸。よ! ここから南に行ったそこの井戸で、ヤドンってポケモンの尻尾を切り刻んで、それを商売道具にしてるらしいの」
かなみは偵察でつかんだ情報を、そのままポケモンセンターの休憩スペースにいるランスたちに報告する。
「ランスという名前は恐らく偶然だとは思いますけどね……。しかし、ロケット団が絡んでいる可能性も出てきている以上、放ってはおけませんね」
ウルザは早急に結論付けた。実行者のつけている衣装などからその可能性が浮上している。
「ランス様と同じ名前のその……、悪い人がこの世界にいるなんて……、なんだか不思議ですね」
シィルは言葉を選びながら、かなみの目を見ている。
「ヤドンの井戸はここからずっと南側にいった、ヒワダタウンの近くにあるわ」
かなみはタウンマップを広げて、場所を指し示す。
「なんだ思ったより遠いな。ダンジョンも抜けなきゃならんようだし……、面倒だな」
その距離をみたランスは一転、渋るようになった。
「ここにはポケモンジムもありますし、好都合だと思うので、是非次の目的地にしたいんですが」
「いこーよ、おとーさん! その人が、ニセモノでもなんでも、おとーさんの名前と同じってだけで、なんかきぶんわるいもん!」
リセットは少しだけ眉をいからせてランスにせがんだ。
「うむ。そうだな。俺様の名を騙るやろーは総統の名のもとに成敗せねばならん! がはは」
「あーもうリセットちゃんには甘いんだから」
かなみはふうと息をつきながら、タウンマップを懐にしまった。
「では、今日はこのまま、街を出て南下しましょう。思ったより早く終わりましたし」
「え。泊まるんじゃないのか」
「……。まだバッジを2つも取らなければならないのに、あまりゆっくりしてられないんですよ」
本音である資金問題については敢えて伏せる。宿泊代を浮かせたかったのが最大の目的である。ちなみに、キャップ用品などはシィルが全て転移前に持ち込んでいるため、追加では購入していない。
「ふーん。……。まぁいいか。そうと決まれば行くか」
「私は手持ちを回復させなければならないので、先にいってください」
そういうわけで一行はそのまま、キキョウシティを出て、32番道路を進んでいく。
――
32番道路の東側には海が広がっており、釣り人が桟橋の上で多数釣りを行っていた。
「ほー……。随分と盛況だな」
「結構有名な釣りのスポットらしいですね。漁撈で生計を立てている方も多いそうです」
ウルザは簡単に解説を加える。
「そういえば、あのジジイ、貝が釣りで釣れるとか言ってたな……」
ランスはオーキドの言葉を思い出していた。
「……。さすがにここで釣りをしてる暇はありませんよ? 総統」
「いやだ。やるっていったらやるぞ」
「またわがままが……。それに釣り竿はどーすんのよ」
かなみは頭を抱えながらランスに言う。
「んなもんお前、そのへんにいる釣り親父ぶん殴ってだな」
「これのこと?」
リセットがニコッとしながら釣り竿と餌を持ってきていた。
「おーでかしたぞリセット! よーし早速」
ランスはボロの釣り竿をリセットから受け取り、釣り針に餌をつけて思い切り飛ばした。
「え! 待って、どうしたのリセットちゃん、これ……」
シィルはあまりにも唐突なリセットの行動に目をしばたたかせる。
「釣りをしてるおじさんの横でながめてたら、君もやるかい? っていわれて、古いけどこれでよかったらやるよってそのままくれたのー!」
「まあ。お礼を言わないと……」
「でももう帰っちゃったよ」
リセットが指さしたはるか先に、その釣り人は去っている。桟橋の上であるのに加え、はるか遠い場所におり、追いかけるのは危険だった。
「はぁ……これで1日分のロス……。仕方ありませんね。今日はここでキャンプをはりましょう。皆さん、用意してください」
ウルザは抵抗を諦め、この場での野宿を決定した。
「やっぱりそう、都合良くは行かないわよね。ウルザさん」
「ええ……。全く」
ウルザは釣りに興じているランスと、それを楽しげに眺めているリセットを見ながら、深くため息をつく。
しかし、ボロの釣り竿では釣果は芳しく無く、大量のコイキングとわずかなハリーセンだけに終わり、全てをリリースして翌日、さらに南下してつながりのどうくつへ入っていった。
――
つながりの洞窟を1日がかりで抜け、ヒワダタウンについた頃には夕方になろうとしていた。
「ふう。ようやくたどりつきましたね」
「あー。ったくジメジメした陰気臭い洞窟だったぜ……。ん? なんか騒がしいな……」
入口から少し入った井戸のあたりで、トレーナーと思しき人々と、先頭に立っているキャンプボーイ風の虫取り少年が、黒尽くめの男に向かっている。
「おい。なんだあれは。かなみ」
ランスはその対峙に指を差してかなみに尋ねた。
「わ、分かんない……。二時間前に偵察したときには人すらまばらだったのに」
「ちっ。役に立たんな……」
「しょ、しょうがないでしょ。いくらなんでも未来がわかるわけじゃないんだから」
かなみは膨れっ面をしてランスに返した。
「俺様専属ならそれくらいやってのけろよな」
「無茶言わないでよ……、もう……」
そんな会話をよそに、井戸での言い争いは続いていた。ランスたちは野次馬にまじって様子をうかがう。
「いい加減にしてください! ここをどかず、悪さを続けるって言うなら……、僕達ヒワダジムが総力をあげてあなたたちを一掃します!」
少年はモンスターボールを構え、決然とした表情で黒尽くめの男に向かっている。
「ヒッヒッヒ……。おー。やれるもんならやってみろ。お前みたいなヒョロヒョロのガキがどうにかできるってんならなぁ!」
「やってしまいましょうラムダ様! こんな奴屁でもないですって!」
幹部と思しきラムダと呼ばれた中年の男は、ポケモンジム直々の実力行使を匂わせているのにも関わらず、全く引く姿勢をみせていない。
少年はランスの姿を遠目で見つけると、すぐに視線を戻す。
「あ? なんだあのガキ……」
「確か……。この街のジムリーダーのツクシさんって方ですね」
二人の思惑をよそに、ツクシは更に声を張り上げる。
「あ、あの井戸の中に入っていったアケミって女の子は、僕の大事な友だちなんだ! だから、絶対に救い出さないと」
「知ったことか。ホレ、やる気ならさっさと出してみろ」
深刻度を増す対立をよそにランスはにやりとほくそ笑んだ。
「ほー。女の子がこの中に入ってるのか。俺様を騙るだけでなくそんなことまでしようとしてるのか。うん、なおさら許せんな!」
ランスは鼻を鳴らしながら、井戸へずんずんと向かっていった。
「どの口が言うんですかね……」
「なんだウルザちゃん。文句あるのか」
「いえ、総統のご指示ならば、いざ参りましょう。その井戸へ」
幸い対立の現場と井戸は50mほど離れている上に、植栽が目隠しになって、ランスたちの侵入には気づかれなかった。
「な、なんなんだお前らは」
「ここはロケット団の縄張りだ! さっさと出ていけ!」
井戸の下は数人の下っ端が待ち構えており、ランスたちをみつけると即座に威嚇した。
「おーおー。いるいる悪者どもが。さーてと、一掃して……」
「待ってください。彼らはポケモンを出そうとしています。だったら、私が相手するのが筋です」
ウルザはランスの返答も聞かず、即座にマグマラシを繰り出した。
「ちっ。抵抗するか……。行けっ、ズバッド!」
「マグマラシ! かえんぐるま!」
ズバッドはかえんぐるまによって、鎧袖一触とばかりに倒される。それからもう一体ズバッドと続いてドガースを出したが全て同じ結果である。
ウルザの手持ちは平均レベル23に達しており、最早このあたりのトレーナーは敵ではなかった。
「な、なんだこの女、くそっ、俺はランスさんに報告してくるから、お前ら足止めしてろ、応援もよんでくる!」
「わ、分かった! 行け、ベトベター!」
しかし、その足止めも2分ともたず、下っ端たちは恐れをなして奥へ逃げようとした。
「おーっとどこに逃げるんだかわいこちゃん」
ランスは逃げようとした女団員を捕まえ、尋問を開始する。
「ひっ……。ち、近寄らないでよ! 変態!」
「何をいうか、俺様は無敵最強の人類総統のランス様だぞ!」
ランスは女団員の胸をまさぐりながら高らかに宣言した。
「ラ……ランス?? って、胸揉みながらいわないでよ!」
女団員はランスの胸を思い切り殴った。
「いって……。なにすんだこの! こうなったら一発……」
「総統!」
このままセクハラが続くのを予感したウルザは、ランスに声をかけ、本来の目的を思い起こさせる。
「ちっ。おい、ここにアケミって女がいるだろ。どこにいるか教えろ。でなきゃぶち犯すぞ」
「ひっ……。あ、あの女なら、もうずっと奥にいったわよ! 今頃本物のランス様がコテンパンにしてくれてるかもね!!」
「本物は俺様だ!! くそっ……、時間があれば犯したかったが、そっちが優先だ、行くぞお前ら!」
女団員を放り出し、ランスは奮然と幹部のいるところへと向かう。
――
「ふっ……、なるほど。ここまで来ることはありますね。なかなか手こずらせてくれますよ」
ロケット団幹部のランスは、アケミと相対しながら、評価を行った。
「くっ……」
アケミはとにかく機が来るのを待ち、時間を稼いでいる。幹部のポケモンは既に2体を失っており、あと1体といったところまで追い詰めている。が、アケミの方も今出しているのが想定上の最後の手持ちであった。
「しかし、そちらのピッピもかなり息が上がっているようですよ。いい加減、引き際を知ったらいかがです?」
「な、何が引き際や……よ! ウチいや、私のポケモンが、あなたのポケモンなんかに、負けるはずがないや……ないでしょ!!」
アケミは時折素が出そうになる口調をなおしながら、あくまで抗戦を主張する。髪はポニーテールにし、可愛らしいブラックピンクの帽子と、薄黄色のサングラスをかけている。
「やれやれ……。聞き分けの悪いお嬢さんですね。では、倒れてもらいましょうか、ゴルバット! どくどくの……」
その技を命じようとした瞬間、ランスは奥から目を怒らせて迫ってくる男に、愕然とした。
「な……なぜだ。どうしてここに……」
「テメーが俺様の名前を騙ったふてえ野郎か! 総統命令により。貴様を死刑にする!」
「はい? ま、まさか……覚えていないとでも、言うのですか……?」
幹部は、ランスを見て、動揺した表情で言った。
「あ? なんのことだ」
「とぼけないでいただきたい! 3年前におつきみやまでの我々の計画を邪魔した、最高に無礼な男でしょう!?」
「???? な、なんだ、何喚いてるんだこいつは……」
ランスには全く身に覚えのない出来事の為、当惑するしかない。
「どうにも……。私達とは違う、別の私達がいるかのようですね」
ランスに少し遅れて、ウルザが到着する。
「あっ! お前もだ! この男を追い詰めたときに、卑怯にも背後からエーフィのサイコキネシスで……。いや……いい、かえってこれで3年前のお返しをする機会ができたというものです」
幹部は平静を取り戻し、新たに加わった敵に相対する。
「さっきから何を、訳のわからんことを……」
ランスが当惑していると、横から甘い女の声が入る。
「み、みなさん、ウ……、私を助けに来てくれたのですか?」
「君がアケミちゃんか! おーそうだ。俺様が君を助けにきたのだ、がははは」
ランスはアケミの肩を抱きながら、自信満々に言う。
「わあ……。めちゃ嬉しい……」
アケミは特に抵抗せず、ランスを恍惚とした目で見上げる。
「ランスさん。ここは私がまず出ますから。アリゲイツ! ゴルバットにこおりのキバ!」
アリゲイツは、ゴルバットにこおりのキバを食らわす。元々体力が減っていたこともあり、あっさりと倒れた。
「なっ……。くっ」
幹部はゴルバットを戻す。あっさりと決着がついた。
「さーてと、どうやら手が尽きたみたいだな、おい、なんで俺様を知っているんだ」
「それはこっちが聞きたいですよ。なぜあなたがたは私をしらないのです?」
「男の名前を覚える趣味なんかねえからな」
ランスにとっては至極当然のことである。
「ここにいる全員、あなたとは初対面です。どうして私達のことを……」
「くっ……。訳がわからないですね。まあ、いいです。ワカバからの報告では半信半疑でしたが……、これは急いで上に報告しなければならないので、私は失礼しますよ」
幹部はあなぬけの紐を取り出し、素早くランスたちの前より姿を消す。他の団員たちもバラバラに散っていった。
「逃げられましたね……」
「おいかなみ、なにやってんだ、こういう時こその忍者だろ! このポンコツが!」
ランスはかなみに思い切り毒づく。
「無理言わないでよ……。あんなワープみたいに消えるのなんてどうしようもないわ」
かなみは肩を落としながら、ランスの無茶に対して力なく返し、下に目を向ける。そして、そのついでに、ななめ下に視線をやる。
「あら……。何かしら、これ?」
かなみはランスのいた空間にあった、一つのアンプルのようなものを拾う。幹部の身につけていたポーチから一つ落下したようである。
「なにかの根……樹液でしょうか?」
ウルザは怪しく光るそのアンプルから簡単に推測を立てる。
「なんだかちょっと神秘的かも……」
「とりあえず、回収しておきましょう。何かの手がかりになるかもしれませんし」
ウルザはアンプルを受け取り、リュックサックの貴重品スペースに丁重に収納する。
「あ……あの、皆さん、ありがとうございました!」
そんな会話の中、アケミがランスたちに深々と頭を下げる。
「がはは、なに、俺様にかかればどうということはないのだ」
「ほとんどウルザさんのおかげだったような……ひんっ!」
ランスはまたも問答無用でシィルの頭を殴った。
「ご無事なようでなによりでした。ツクシさんも心配されてますし、一緒に外まで……」
ウルザが外に促そうとした所、アケミは首を横に振る。
「あの……、厚かましいと思うかもしれないんですけど、ウチ……、あいや、私を、皆さんの仲間に。入れてはいただけないでしょうか……?」
「えっ……?」
あまりにも唐突な提案に、ウルザは目を白黒する。
「ア、アケミさん、それはやめたほうがいーって。こんなパーティにいたら、いつこいつに襲われるかむぎゅっ」
「余計なことをいうなかなみ」
ランスはかなみの口を物理的に塞ぐ。
「実は私、コガネ大学の学生で……、トレーナーであると共に、新聞記者を目指しているんです! だから、ロケット団みたいなのがまたはびこっているのがどうしても許せなくて……、みなさんもどうやら追ってるみたいや……、ですし、みなさんと一緒に追えないかなーって……」
「……。アケミさん。少し宜しいですか」
ウルザはアケミだけを少し離れた場所に連れ出す。
「どれだけ危険なことか、理解した上でおっしゃっているんですか?」
「は、はい分かっていますよ。ですからこうして、心得も……」
アケミはモンスターボールを構えて言う。トレーナーとしての実力もそれなりにあるようだ。
「……。それにあまりこういう事は言いたくないのですが、わたしたちのパーティは財政がとても逼迫しているんです。残り資金も心もとなくて」
「ああ、それでしたら大丈夫です! ウ……、私、自分の資金はきちんと持っていますから」
アケミは長財布を持ち出し、ウルザに中身を見せる。確かにお札がぎっしりと入っている。
「他にも銀行に預金もありますし、皆さんのお手を煩わせるようなことは……」
「別にいーんじゃないかウルザちゃん。こんなかわいい女の子なら俺様は大歓迎だぞ」
横からランスが能天気な声で加入を支持した。
「……。分かりました、総統がそうおっしゃられるのであれば、私が口を挟めることではありません」
ウルザはこれ以上の尋問を諦め、ランスの判断に従う。
「やった……! 皆さん、よろしくお願いします!」
「う……うん。宜しく」「こちらこそ、よろしくお願いします!」
かなみとシィルはそれぞれの表情と声色で返す。
リセットは興味津々にとてとてと、アケミの足元に近づく。
「あら。可愛いお嬢ちゃんね。お名前は?」
「リセット・カラー! おとーさんの娘なの!」
リセットはランスを指指しながら言う。
「そう……立派なお父さんね」
「ねえ、アケミおねーちゃん」
「なに?」
「もしかして……。かくし事、してる?」
リセットの純真な追及に、アケミは一瞬目を揺らいだが、平静を取り戻す。
「もー。そんなことするわけないや……ないじゃない! ほら、あめちゃん食べる?」
アケミはカバンから2,3個飴玉を取り出し、リセットに渡した。
「わーい! おねーちゃんありがとー!」
リセットは飴玉をもちながらアケミに抱きつき、そのまま飴玉を口に入れた。
「ふう……。侮れんガキやな……」
アケミ――コガネシティジムリーダーのアカネは誰も見ていない方角でサングラスを外し、ハンカチで冷や汗を拭った。
―つづく―