「まあ……そうでしたの……」
エリカはそのウルザの告白を聞き、穏やかだが、とても悲しげな表情をする。
「とても良くしてくださったのだろうとは思いますが……」
ウルザには、エリカの言葉が嘘には思えなかった。
しばらく間をおいて、エリカは意を決したように言う。
「アカネさん……。少しでいいです。二人にしていただけませんか。お話ししたいことがありますの」
「ウチはかまへんけど……、ウルザはええんか?」
アカネはウルザに視線を合わせる。
「ええ。いいですよ。3年前の”私”を知っている方とは、是非お話したいですし」
ウルザはトレーナー情報誌からカントーのジムリーダーについても情報を得ており、エリカもその一人であった。
「そか……。ま、ウルザがええなら、ええわ。ウチもジムに忘れ物とりにいかなならんし……。ウルザ、終わったらポケギアでメールでも電話でもええから、換金はその後に」
「恩に着ますわ」
エリカはアカネに頭を下げた。アカネはスタスタとジムの近くまで通っているバス停へ向かう。
―喫茶室―
エリカに連れてこられたのは品の良い完全個室の喫茶室であった。かぐわしい芳香に、暖色の照明にマホガニー材を使った荘重なテーブルセットが置かれている。
挨拶もそこそこにウルザは本題を切り出す。
「単刀直入にお伺いしたいのですが……、3年前の私は何をしていたのですか?」
「そうですわね……」
エリカは机上に3つのモンスターボールを置き、中のポケモンを出した。ナゾノクサ、ポッポ、モンジャラの3体である。
「これは……?」
3匹のポケモンはそれぞれじっとウルザを見つめている。かすかだが、彼女を覚えているようだ。
「覚えていらっしゃいませんか?」
「いえ……」
ウルザが横に首をふると、エリカは静かにモンスターボールに戻した。
「ウルザさんは、転移された初日に、ポケモンサロンに入った賊を調査するため、私のジムを訪れ、捜査補助のためにこれら私のジムのポケモンを貸し与えたのですわ」
「そんなことを……。つまり、捜査をしていたというわけですか……」
驚きつつも、確かに自分ならばそうしただろうと思わず納得する。
「それから一月ほどかけてウルザさんはポケモントレーナーとなる準備をタマムシで整えられ、ジムでもたびたび相談に参られましたわ。4つ目のバッジを取られに私のジムにも挑戦にこられましたし……」
「そう……なのですね」
自分ではない”自分”の足跡を聞かされ、ウルザは脳が揺さぶられるような感覚を覚えた。
「疑うわけではないのですが……、私はこのようにトレーナーカードを所持しています。もし三年前に来ているのであれば、作成時に重複データとなるのでは」
ウルザは眼の前にトレーナーカードを差し出す。
「トレーナーカードの有効期限は2年ですから、支部のデータベースからは消されているだけですわ。本部に照会すれば残っているかもしれませんが……」
「そういうことですか……」
ウルザは注文した紅茶に口をつける。鼻から抜けるような上品な味であった。
「一度転移したということは……、最初転移されたときのポケモンたちは手放しておられるのですか?」
「え、ええ……。恐らくは」
「それはとても……、お辛い決断でしたでしょうね、そしてやはり、貴女ならば……また同じことをせざるを得ないのでしょうね」
エリカは彼女の目的が常に元の世界への帰還であることを、察知しているかのような口ぶりであった。そして、帰還が目標である以上、ポケモンとの別れは必然となる。
「私のこと……、随分と理解していらっしゃるようですね」
「ええ。期間は短くとも、私にとっては貴重な体験でございました。住む世界は異なっても、記憶を失われようと……、私は貴女を友人として、大事に思っていますわ」
エリカはしっかりとウルザの目を見据えて言い切る。一点の揺らぎもない、強い眼であった。
「……。痛み、入ります」
「それで一つ気になってはいたのですが……、ゼス王国でしたか。今はどのような様子ですか? 色々と司法警察の制度改革に苦心しているとの事でしたか……」
エリカはお茶に口をつけながら尋ねる。
「え、ええ。そうですね……。全てが順調というわけではないですが、前進はできていました」
そこは過去形で表現をせざるを得ず、エリカは聞き逃さなかった。
「いました……? なにか、あったのでしょうか?」
「その……、お話していると思うのですが、少し前から魔人領より、大規模な人類圏への侵攻が開始され、今はその真っ只中なのです。ですから、内政どころではないといいますか……」
「まあ、そうでしたの……。そんな過酷な最中に、この世界へ……」
エリカは悲痛な表情を、ウルザに向けた。
「今はその、ランスさんの下で、人類軍の参謀として、作戦立案や指揮などを行っているところです」
「ランスさん、というと、あの……、今ジョウト地方に居るという方ですか?」
「ええ。ご存知ですか?」
「3年前にニビシティでお会いしましたわ。……、正直に申し上げて、あまり愉快な御方ではありませんでしたね」
「……すみません」
ランスがエリカに何をしたかは自明であるため、とりあえずウルザは代わって頭を下げた。
「いえ。しかし……、リーグからの報告を読むに、それだけの殿方ではないというのは分かりますわ。ウルザさんもそこに惹かれていらっしゃるのでしょう?」
「……。惹かれているという表現が妥当なのかはわかりませんが、かげがえのない人だとは思います。色々な意味で」
そう語るウルザの声色には様々な含みがあった。
「ウルザさん、妙な事を聞くようで恐れ入るのですが……」
エリカは姿勢を正し、改まった様子で尋ねる。
「何でしょうか」
「どうも……。話していて、違和感が否めないのですわ。確かに、貴女は私の知っているウルザさんと変わらないのですが……、記憶を失っていることを差し引いても……、何か、何かが私の腑に落ちないのです」
「……っ」
「いえ……。きっと気のせいですわね。すみません」
やや伏し目がちに、お茶をもう一口飲み始めたエリカを見て、ウルザは意を決した。
「気のせいでは……ありませんよ」
「えっ?」
いつも冷静で、温かみのあるエリカの表情に、驚きの色が混じる。
「私は……。別人なんです。私自身よくわかっていないのですが、貴女の知っている私と、今ここにいる、ウルザ・プラナアイスという私は……別人なんですよ」
――
「あー……退屈だなちくしょう」
ポケモンセンターで待機するよう言われたランスは、あまりの退屈ぶりに嫌気がさしていた。
「まあまあランス様。もう一杯お茶でも」
「もういらんわ。腹が茶だらけになる」
そう言いながら、シィルが持ってきた刊行物を暇つぶしで読んでいた。
「ねーねー。かなみおねーちゃん、ここはどう解けばいいの?」
「んー……、えっとね、まずこうやって式をたてて……」
リセットはかなみの手ほどきを受けながら、手習いをやっていた。元の世界より持っていたドリルの一つである。
「お前そんなもん持ってきてたのか。やめとけやめとけ」
「えーだってやらないと、おかーさんがうるさいんだもん……、将来のカラーの女王としてきょーよーも必要じゃって」
「教養ねぇ……。あいつの場合それ以前にもっと身につけるべきものあるだろ。俺様への敬意とか」
リセットの母、パステル・カラーを思い起こしながらランスは不遜に言う。
「おかーさん、おとーさんのことはそれなりにいちもく? 置いてるよ?」
「フン……、態度に出てなきゃ意味ないわ。おいかなみ、偉そうに教えてるけど、お前中身理解してんのか?」
「バッ……、バカにしないでよ。これでも一応初級学校はでてるんだから」
かなみは少しだけ胸を張っていう。
「そんな程度の内容教えられるくらいで得意になられてもなー」
「はぁ……、リセットちゃんまだまだ子どもなんだから当たり前でしょ」
かなみの言葉を聞き流しながら、ランスは再び刊行物に目を落とした。すると、コガネのゲームコーナーについて特集が組まれている。
「わあ。なんだか賑やかで、楽しそうなところですね」
シィルはでかでかとはられた入口と、大量の演出にまみれた遊技機や、テーブルゲームなどを見ながら感想を言う。
「ふむ……」
ランスは数分ほど一心不乱に読みふけり、すっくと立ち上がる。
「よし、行くぞ」
「え? どこに」
「聞いてなかったのか。ゲームコーナーだ。いい暇つぶしになりそうだからな」
ランスは一方的にかなみに言う。
「えっ、でもウルザさんは……」
「お前が伝えてこい。探せばどっかにいるだろ」
「ええ……。こんな大きい街でそんな」
かなみの不満をよそに、ランスはずんずんとポケモンセンターの出口へ向かった。
―ゲームコーナー―
「チッ……中々揃わないな」
とりあえず最後に残っていた1万円を全てメダルにかえたランスは、スロットゲームをやっていた。
「ウルザさんに黙ってやって、いいのでしょうか……?」
「うるせーな。リーダーは俺様だ」
そう言いながら、ランスはボタンをペシペシ叩く。
「おとーさん、私にもやらせてやらせて」
「ダメだ。あとでメダル分けてやるからまってろ」
「むー。それさっきからいってる……」
そう言っている間にまたランスは揃えそこねる。
少し離れた場所で、ホール内の店員が3人を確認し、通信する。
「入店を確認しました。はい、間違いないです。あの男です」
一人の男がインカムとマイクロホンでバックヤードに小声で通信をとっていた。
「……分かった。台の番号は?」
「D21です」
「了解」
その後、何事もなかったかのように店員は3人から目を切り、業務に戻った。
「ねーねー、おとーさん」
「あーもううるせーな。1回だけだぞ」
ランスは度重なるリセットの要求に根負けして、膝に乗せた。
「わーい! ありがとー!」
ランスはスロットマシンにコインを入れ、ロールが回り始めた。
「ん……? さっきよりゆっくりなような……」
「えいっ!」
リセットはパンパンパンと、続けざまに押した。
「お前なぁ、そんな適当に押して当たるわけ」
「え、でもおとーさん、揃ってるよ? このすーじがそろえばいいんだよね?」
「へ……?」
ランスが画面を見ると、777と寸分の狂いもなくロールが止まっていた。ジャラジャラと音を立てて300枚のコインが排出される。
「マジか……」
「わ、すごいリセットちゃん」
それだけでなく、いわゆる確変モードが発動し、ロールが入れ替えられて役物が6種類から3種類に減少。いずれも200枚以上排出される当たりばかりであった。
「お、うおお! よくわかんねーけどでかしたぞリセット! がははは、よーし、これだけ分けてやるからお前も隣でやっていいぞ」
「わーい! ありがとーおとーさん!」
リセットはランスから3枚メダルを受け取って、ランスから飛び降り、隣の席に移ろうとする。
「わ。リセットちゃん、あぶないから、私の膝の上座ってね」
「はーい!」
シィルは先んじて席に座り、意気揚々としているリセットを上に乗せる。
ランス、そしてリセットの台も大当たりを連発しつづける。
「す、すごいですねランス様……。今までここまで賭け事でついてたことありましたっけ……?」
「よくわからんが、俺様のスーパーな天運の為せし業だろ、がははははは」
「がははー」
リセットが声マネをしてる間にもメダルは排出され続け、確変が終わる頃にはトータルで一万枚、差し引きで195000円分の利益を得た。
「わー……すごい量ですぅ」
視界を圧するばかりのいわゆるドル箱に、シィルは目を奪われていた。
「うむ。素晴らしい。まあ、俺様の博才をもってすれば当然のことだがな、がははは」
「おとーさん、これからどうするの?」
「ん? そうだな……、景品にしてもいいんだが、まだ行ける気がするしなぁ」
ランスが次の行動に悩んでいると、如何にもなチンピラが3人の下へ因縁をつけに来る。
「おうおう。随分稼いでくれてるじゃないの、おにーさん」
「あ?」
「すこし俺等にも回してくれよー」
相手は四、五人ほどの如何にもな悪漢の集団である。
「ラ、ランス様……」
シィルは怯えた目つきでランスを見る。
「ほう。俺様を前にそんな口を叩けるとは、大した度胸じゃないか」
ランスはカオスを構え、全く動じず、余裕すらある程度で悪漢に向う。
「けっ。にーさんたしかにやりそうだけどな。大の男に囲まれちゃあ流石に分が悪いだろ?」
「大の男だあ? 貴様らごときが物の数に入ると思ってるのか、馬鹿者どもが!」
ランスはカオスを振り回し、男の一人をカオスの峰で思い切り吹き飛ばした。
「ゴハッ……」
「ちっ……。畳んじまうか。行けっ! アリアドス!」
「雑魚が。クモ如きにやられるかよ!」
ランスはアリアドスを体ごと薙ぎ払い、店の天井に叩きつけ、戦闘不能にした。
「野郎……、ルール無用か!」
「かまわねえ! どんどん出してのしちまえ! 行け、スカンプー! ズバット!」
「ちっ……。面倒くせえな。そんなに死にてえのか!」
「おとーさんがんばれー! やっつけちゃえー!」
ランスは正確にポケモンたちにカオスで打撃を与えていく。
しかし、そのうち一匹、ドガースが体ごとリセットにぶつかろうとしていた。
「炎の矢!」
リセットが自衛で魔法を出すのに先んじて、シィルがドガースに直撃させる。この一発で戦闘不能となった。
「むー。おねーちゃん、別にわたし一人でなんとかなったのに……」
リセットは不興顔であったが、シィルは微笑みながら首を横に振る。
「ごめんね……。でも、リセットちゃんに危険なことはさせたくないの」
やがて十分ほど経過して、乱闘騒ぎは収まる。ランスの完勝であった。ポケモンたちだけでなく、ランスの直接攻撃によって男たちは完全に伸びてしまっている。
「はーっ。全く、身の程知らずが」
当然、スロットマシンも何台か破壊され、惨憺たる有様となっている。
「あっ。ランス様、肩に切り傷が……」
「あ? 何だこの程度。大したことねえわ」
ランスの肩には一筋の切り傷が入っている。ゴルバットの翼で打つで浅くやられたようである。
「ダメですよ。傷をバカにしては……いたいのいたいのとんでけー!」
シィルがヒーリングの魔法で傷を癒やしている間に、一つの乾いた拍手の音が響いた。
「いやー。お見事ですわ、お客様。さすがは噂通りの男っぷりです」
赤い髪をした、スラリとした女性が、ランスの元へ近づく。
「お? なんだ、俺様のこと知ってるのか」
「ええ、もちろん。私たちの世界では知らぬものはいないですよ。ランス様」
女性は蠱惑的な笑顔を浮かべて、ランスに対した。
「ガハハハ! そーかそーか。うむ、そうなのだ、俺さまは偉大なのだ」
ランスはすっかり機嫌を良くしてしまっている。
「申し遅れました。私、ホールマスターのアテナと申します。当店で不快な思いをされたお詫びに、この奥でおもてなしを致したく思いますわ」
「うむ。よきにはからえ」
ランスは一も二も無く承諾した。
「い、いいんですか? かなみさんも戻ってらしてないのに」
「構わん構わん。ああ、一応俺様のツレがきたら、うまく言っといてくれ」
「承知つかまつりました……。聞いてたわね? お前たち」
アテナは厳命するかのような視線を部下に送る。
「はっ」
後ろに控えていた女性の店員が直ちに応じる。
「わーい。ごちそーごちそー」
リセットは無邪気に喜んでいた。
シィルの不安をよそに、3人は店の奥へと誘われていく。
――
エリカはウルザの告白を真摯に受け止める。しばらく間を置き、お茶をもう一口のんで、頼んだ葛切りを一つ口に入れる。
時間にすれば一分ほどであったがこの間が、ウルザにとっては永遠に思えた。
「そう……、そういうことでしたのね」
「申し訳ありません。そういうことですから……、私は、エリカさんとのことは全く、知らない、存在しない記憶なのです」
ウルザの言葉を聞きながら、エリカはふと、窓の外を眺める。
「私のジムのあるタマムシ……。この曰くをご存じですか?」
「えっ……?」
唐突な質問に戸惑っていると、エリカは構わず続ける。
「タマムシというのは、見る角度によって、色が全く異なるのです。ゆえに、さまざまな人が一つの都市にいる、この国最大の都市のいわくとしてつけられているのですわ」
「……」
「ですが、私は思うのです。たとえどの角度で色が変わろうと、それはタマムシというそれそのものの色なのですわ」
エリカは窓から、ウルザの顔へ視線を移し、にっこりと微笑んだ。陽光の分、それはどこか神々しく見える。
ウルザはその言葉の意味をすぐに察し、感極まった表情になる。今度は涙が数筋、流れていった。
「す、すみません……私」
うつむきながらウルザは、嗚咽の混じった声で答えた。
「ふふ。いいのですよ。理ばかりでなく……、そういう情に篤いところも含めて、私の存じているウルザさんなのですから」
エリカはそっとハンカチを差し出し、ウルザに渡す。
「実は私、ウルザさんたちが、もうじきコガネに着くという話を聞きまして、リニアでここまで参りましたの……、もう二度と会えないと思っていた友人に、会えるのですし、この機を逃す手はないと」
「……。アカネさんから、ですか」
ようやく落ち着いたウルザは、ハンカチを丁寧に畳んで、机の上においた。
「ええ。アカネさんからの報告は逐次、警戒情報としてジムリーダーには共有されますから」
「そうなんですね……」
薄々理解していた事とは言え、やはり警戒すべき対象として置かれているのも事実であった。
「合間を縫って、ここまで来た甲斐がありましたわ。たとえ、別人であろうと……、ウルザさんは私の知るウルザさんでしたもの」
「っ……」
「さて……。アカネさんと別れられた際に、小耳に挟みましたが、換金されると?」
エリカは気を入れ直し、葛切りをもう一切れ食べながら尋ねる。
「え、ええ……。この通り、わたしたちの通貨であるGOLDが、純金として取引されると聞き及びましたもので」
ウルザはリュックサックから金貨袋をとりだし。そのうち一枚をエリカに見せた。
「まあ……。驚きましたわ。これは紛うことなき純金です……」
「やはり、そうなのですね」
エリカは上流階級に属する令嬢であることは聞き及んでいたため、ウルザは納得した。
「鑑定士にみせなければ、しかとしたところはわかりませんけど……。当座の資金にお困りなのですか?」
「え、ええ。アカネさんが贔屓にされている鑑定士さんに依頼して、1000万円ほど作っておこうかと」
それを聞くとエリカは黙って懐から小切手帳を取り出し。サラサラとボールペンで記述し、ウルザに渡した。
「とりあえずは、これで良いかしら」
「小切手……。えっ。1000万円ですか!? そ、そんないただけません」
あまりにも容易く渡されたその券面にウルザは驚愕を隠せなかった。
「任意の銀行に差し出せば、どこでも換えていただけますわ。それに無償で渡すわけではありません。その金貨は何枚かいただいて、当家で保管いたします」
「そ、そんな……」
「宜しいですか。ウルザさん。仮に鑑定士経由としても。それだけの金額を一気に換金、しかも異世界にあるような硬貨となれば、どのようなルートで怪しい輩にあなたたちのことがわたるか分かりませんわ。そのようなリスクを犯すより、当家が一元で保管し、資産と致したほうが安全というものです」
エリカは少しも動揺する様子もなく、はっきりとした意思で言う。どうということのない出費のようである。
「し、しかしこんな大金を簡単に」
「さしたることではありませんわ。ちなみに、そのGOLDという金貨……ウルザさんのパーティ全体で何枚あるんですの」
「えっ……ざっと3200枚くらいですけど……」
「なるほど……。だいたい2,3億円といったところですわね。さすがに少々時間はかかりますが、預けていただければ、3日後には」
エリカは事も無げとばかりに、さらりと言ってのける。完全に別世界の人間であることをウルザは思い知らされた。
「さ、さすがにそこまでは……。とりあえずはこの1000万円をいただければ十分ですので」
1000万円でも途方もない金額ではあったが、ウルザはとりあえずそれを妥協点とした。ウルザは1000万円相当であろうと思われる、150GOLDを差し出した。
「あら、数枚ほど余分に思いますが……」
「いいんです、手数料代わりに、受け取ってください」
ここまですんなりといったお礼もこめて、ウルザは本心から言う。
「そうですか……。わかりました。そうまでおっしゃるのであれば、これ以上は無理にとは申し上げません。しかし、もしご入用ならばいつでもおっしゃってくださいね。ポケギアの番号、お教えしますから」
「あ、ありがとうございます」
骨を折ってくれたアカネに後ろめたさを感じつつ、難題となるであろう金銭問題が、一挙に解決し、ウルザは拍子抜けした。ポケギアの番号を交換しながら、別世界の自分とは言え、なんという人物を友人にしたのだろうとウルザは不思議な感覚を覚える。
「ついでというわけでもないのですが、もう一つ、エリカさんに見ていただきたいのがあるのです」
ウルザはリュックサックの貴重品スペースより、一個のアンプルを差し出した。
「これがなにか? 少々不気味に発光しておりますが……」
「ヒワダのヤドンの井戸で、ロケット団を追い払った際に、幹部が置き忘れたと思われるものです。ウツギ博士やオーキド博士に解析を依頼したのですが、すぐにはわからなかったみたいで……」
エリカはアンプルを受け取り、まじまじと観察してみる。一つ思い当たったのか、電子辞書を取り出し、照合を試みる。
「ああっ……。これはウツギ博士などがご存知ないのも無理ありませんわ……」
「そ、そうなんですか……?」
「これはウバメの森周辺のごく一部、しかも不定期にしか取れない特殊な樹液で、伝承によればカイリューが当地に落としたとされる涙が大元とされる故に、龍の涙と呼ばれるものです。ポケモン博士、すなわち携帯獣学や一般の生物学を専攻されただけでは気づかれないと思います」
エリカは簡単に説明した後。電子辞書の画面をウルザに見せた。たしかに、写真とアンプルの中身はほぼ同一であった。
「なるほど……。しかし、ロケット団がどうしてこれを……」
「すみませんさすがにそこまでは……。何しろサンプルが少なすぎるため、化学的性質の解明がほとんど進んでいないのです。一応タマムシに帰りましたら、タマムシ大学や、屋敷の資料などをあたってはみますが、あまりご期待に沿うような解答は……」
エリカの芳しくない表情は、何よりも雄弁であった。
「そうですか……。いえ、しかし、とっかかりを得れただけでも、本当にありがたいです」
ウルザはアンプルをリュックサックに戻す。
「本当に合間を縫って参りました故、そろそろお暇しなければならないのですが……。実に実りある時間を過ごせましたわ」
「……はい。ありがとうございます」
それからまもなく、二人は喫茶店を出る。
屋外に出たウルザは、とりあえずエリカを見送ろうと、しばらく市街で行動を共にする。アカネの言葉を思い出して、ポケギアで連絡を取ることにした。
「あっ……、もしもしアカネさんですか? 今終わりましたので、合流したく思うのですが」
「そか。悪いねんけど……、ジムまで来てくれるか? 場所ならエリカが知っとるやろから。そこを待ち合わせに」
アカネは少々緊張している声で、ウルザに応じている。
「は、はい。分かりました」
その言葉を聞いたか、聞かないうちに、アカネは一方的に電話を切った。
「どうされましたか? ウルザさん」
リニアの駅まで直通のバス停に並んでいるエリカが、ウルザに尋ねた。
「ええ。アカネさんのジムに来るよう言われまして」
「ああ、それでしたら、住所をメールで送信しておきますので、それをマップの住所検索でたどれば分かると思いますわ」
エリカはポケギアを起動し、1分ほどでウルザのポケギアに送った。
「ありがとうございます。何からなにまで……」
「いえいえ。……、私、本当に嬉しいのですわ。前のときは、お別れを言う暇もありませんでしたから……」
「そうでしたか」
その時、ちょうどバスがやってきて、列が進み始めた。
「私はカントーの……、タマムシのジムリーダーですので、今回ウルザさんが関わっておられるであろう件には直接関われませんわ。ですので、もう会うこともないかと思います……。しかし、それでも、その成就と、一日も早い平穏を、私は遠い世界の果てから祈ってますわ」
エリカは心の底からの微笑みを浮かべ、ウルザの眼を見る。
「ありがとうございます……。本当に、励みになります」
それに対し、ただウルザは頭を下げた。それに軽く返すと、やがてエリカは列に消えていった。短い交流ではあったが、彼女にとっては忘れられない思い出の一つになった。
――
ウルザと別れた後、アカネがジムに到着すると、ジムトレーナーが緊張した面持ちでむかえる。
「お、おかえりなさいませ、リーダー」
「ん……。どないしたんや、そんな固まって……。そない久しぶりいうわけちゃうやろ?」
アカネは朗らかな表情で応じるが、ジムトレーナーの顔は晴れない。
「そ……その。シロナ副理事長がお見えになっています。直に報告を聞きたいとのことで」
「へ……? なんやて」
アカネの表情が一気に笑みを失った。
シロナは事務室に通されており、副リーダーがしばらく応対していた。アカネの来訪で席を立ち、バトンタッチする。
「お、お久しぶりでんなー、副理事長はん。いやーシンオウからはるばるとよう来てくれました……」
「先月、訓告処分の時に顔を合わせたでしょ」
全国ポケモンリーグ・副理事長のシロナは出された紅茶に静かに口をつけた。
「あ、あははは……。そ、そーでしたね。あのときのお叱りは実に五臓六腑に沁み渡りましてん」
「またそんな大げさにいって……」
シロナは一度ため息をつき、足を組みながら持参したカバンからアカネの報告書を取り出した。
「し、しかし、どうして今回は、副理事長が直々にこられはったんで」
「理事長、今日は三賢者とエンジュで打ち合わせだっていうから。その代役よ……、ま、あとは貴女がきちんと職務をこなしてるかの巡検もあるけどね」
「ほーそうでっか……」
アカネはほうほうと納得しながら、自分の分のコーヒーに口をつけた。
「しかしまあ……、こうして読むとほんと色々やってくれてるみたいね。あの異世界人」
並べられている事実だけでシロナはげんなりとした表情を見せる。
「ええ。まあホンマムチャクチャな奴でして……」
「宿泊先での破壊行為、野生ポケモンに対する武器での暴行、女性トレーナーに対するセクハラ、卑猥な発言、店員や一般人への暴言、いくつかの窃盗・傷害疑惑……、まるで山賊か何かじゃない。殺人がないのが不思議なくらいだわ」
シロナはランスのこれまで積み重ねてきた行状を見て、眉をしかめ、痛烈に批判する。
「え、ええ。なんでも武器が刃引きされてるようでしてん……」
「それは聞いてるけど……。こうして眼にすると、本当にそれでよかったわ。でなきゃとっくに最寄りのジムリーダーに鎮圧命令……、いやそうでなくても、地元警察が捕まえてるわね」
「とりあえず、ここ数日、行動を共にして分かったことは、その報告書にすべて書いてま」
アカネの言葉を聞きながら、シロナは静かに目を通す。
「主に問題なのはランス氏1人っていうのはよく分かったわ。他の女性……、特にウルザ・プラナアイス氏については統御・指揮役として目を見張るものがあると……」
「そーなんですわ。聞いたところによると、なんでも人類軍の参謀やーゆーことで……」
「3年前の記録にはそんなことは書いていなかったのを見るに、この間か、はたまた別の時間軸かわからないけど、向こうの世界というか状況もかなり様変わりしてるみたいね」
シロナは脚を組み替えて、報告書を読み進めている。
「しかしね、アカネさん……、どうにも貴女の報告は中立性に欠けるきらいがあるわ。彼らの側に寄った記述が目立つし……」
「そ、そーでしょうかね?」
アカネはまるでとぼけるようにシロナへ返す。
「同行して、希薄になっているのかもしれないけど、彼らはあくまで我々からすれば異物であることを忘れてはいけないわ。ランス氏に限らず、彼らの世界観は今、私達が享有している価値観とは相容れないものよ」
「そ、それは……分かってるつもりやけど……。副理事長はんは、ランスたちをどうすべきと思うてはるんですか」
「リーグの力をもって排除し、我々リーグの完全管理・監視下におくのが理想だと思っているわ。……、言いたくはないけれど、理事長は甘すぎるわ、戦力・戦略の駒として置いておくには彼らはあまりにも制御がきかなすぎるし、火種となっている悪行への放置とみられかねない現状は、リーグの権威にも関わるわ」
シロナは再度紅茶に口をつけながら答える。それが彼女の意思であった。
「で、でも……、ウ、ウルザはんや、リセットちゃんなどが今のところランスをギリギリのところで制御できとると、ウ、私は考えますけどな―」
「そうね……。ある程度は私もそれは認めてるわ……。けど、考えてごらんなさい。もしロケット団や、ギンガ団などが、彼に甘く囁いて、取り込んだらどういう事態がおきると思う?」
「うっ……」
ランスの性格上ありえないとはいえず、彼が強引に主張すれば、ウルザでも止められないということは先日の自身への尋問失敗による、彼女への仕打ちで嫌と言うほど理解していた。
「起きてからでは遅いのよ……覆水盆に返らず。というでしょう?」
彼女の眼は深刻そのものである。リーグ、ひいては地方の安定の為には、しなければならないという意思が強く込められていた。
アカネはシロナの言ったことを反芻し、考えていると、ポケギアの着信音が鳴り響く。
「あっ……。す、すんまへん、出ても宜しいでっか?」
シロナは黙って頷く。電話の相手はウルザで、アカネはエリカに聞いた上で、ここに来ることを要請する。
「今のがウルザさんという訳ね……。エリカさんと友人関係を築いているとは聞いてはいたけど、まさかわざわざリニアを使ってまでくるなんて」
「あの……シロナはん」
「なに?」
「せっかくやし……、ウルザはんと直接話してみてはどないです? そうすれば少しは」
「……。悪いけど断るわ。私の領分は、客観的なデータから状況を判断し、他地方の責任者という第三者として、必要に応じて勧告や助言を行うこと。特にこういう想定外のインシデントではね」
「生身の人間と会ってみなければわからないことも。ぎょうさんある思いますがね」
アカネは内心、シロナのこういう徹底的な合理主義には辟易していた。
「直接会えばどうしても、その人への心象や主観が芽生えてしまうもの。それでは真の第三者としての判断なんて下せないわ。それにこれはカントーとジョウトで発生していること。理事長が統括すべき事で、副理事長とはいえ、シンオウに属する私が安易に首を突っ込んでいいことじゃない。直接、当事者に会うというのはその垣根を超えることに繋がりかねないのよ」
「……。ランスに対する敵意は、本当に客観だけといいきれるので?」
「少なくとも、これだけの事件を起こしていれば、リスク評価として妥当と考えるわ。敵意という言葉で片付けないでほしいわね。……いつかシンオウで暗躍しているギンガ団が暴れ出した時に、介入される口実をつくるわけにもいかないしね」
それにアカネは一言も反論の言葉が思いつかなかった。ランスが転移してから現時点まで様々な事件を起こしていることは明白な事実だからである。
「ま……。とりあえずは、貴女の報告は頭に置いて、現状維持ということで理事長に追加でどうこう提議するつもりはないわ。でも、これだけは言っておくわね、アカネさん、あなたはポケモンリーグの、コガネシティという地域を守るジムリーダーなのよ。その自覚だけは絶対に忘れないで」
シロナのその言葉は切実で、悲痛なものが入り混じっていた。
それから二言、三言交わして、シロナはジムから去っていく。
――
アカネはジムの出入り口までシロナを見送り、思い切り伸びをした。
「ふひーーー。えらかったぁ。ホンマあん人とあうと寿命が3年くらい縮むわ」
「リーダー、お疲れさんでした……。あと、持ってくるよー言われたわざマシンやけど」
ジムトレーナーはアカネに1枚のわざマシンを手渡す。
「おー。おおきにな。これやこれや。バッジ渡した時は持ってへんかったからな……」
それから2,3事務的な事を伝達して、ジムトレーナーを戻すと、ちょうどウルザがやってきた。
「アカネさん!」
「おー。ウルザ。待っとったで」
アカネは腕を組んでウルザを待ち構えた。
「すみませんおまたせして……。エリカさんから住所は教わったのですが、肝心の場所が地図みてもなかなか」
「コガネは広いからなー。まーしゃーないて」
「それと……、今出ていらした、長い金髪の女性は……、どなたですか? どうも風格が違うように思えたので」
ウルザはすれ違いざまにその女性を見ていた。
「ん? ああ、シロナはんゆー、ポケモンリーグでワタルはんの次に偉い、副理事長でこの国の北にあるシンオウのチャンピオンや。キレイやけど、ごっつ怖い人やで」
「なるほど……。確かに頭がとてもキレそうな御方でした」
「キレるなんてもんやないで。あん人一人で、ポケモンリーグの事務の大半担っとるらしーからな。この前秘書から話聞いたんやけど、いつ寝てるのかってくらい毎日ギリッギリまで活動しとるし」
アカネは強い畏敬と恐怖を抱いているかのような眼で、ウルザに言う。
「そうなのですか……、エネルギッシュな御方なのですね」
「まーそんなんやから、出会いに恵まれへんし、婚期完全に逃して焦っとるらしいけどな。あ、これ内緒な、バレたらウチ、これやから」
アカネはクビを切るジェスチャーをしながら、冗談めかした風に言う。
「まあそうなのですか……ふふっ」
「どないしたんや」
「いえ……実は、私の同僚にも似たような方がいて」
ウルザはふと、同じ四天王の山田千鶴子を思い出していた。ゼス王国の情報を一手に担う情報魔法のエキスパートで、美人だが、あまりにも独特なケバい服装センスが災いして、男には恵まれていない。
「ほー。そうなんか。どの世界も案外そういうとこは変わらんもんやな」
「ええ。本当に……」
「ああ出会いといえば、これ渡しとかなな、ホイ」
アカネは忘れないうちにとばかりに、カバンからわざマシン45を取り出す。
「これは?」
「ウチからのセンベツや。中にはメロメロゆー、相手のポケモンが異性ならば半分の確率で攻撃できんようなる技が入っとる」
「ああ。使われていましたね……。中々難儀致しましたが、確かにこれを戦術に組み込めれば心強いですね」
ウルザは受け取りながらも、内心は少しだけ躊躇していた。
「……ま、こんなん使うたらランスからは100パー煽られるやろけどな。でも、変化技として使い勝手はいいで」
「そうですね……。使い所は慎重にしたいと思います」
苦笑しながら、ウルザはわざマシンをカバンにしまった。
「さて、じゃあ買い取り所までいこか。はよいかな混んでまうで、今日は五十日やからな」
「あ……、それなんですけど」
ウルザは恐る恐るカバンから、一枚の小切手を差し出す。
「小切手……? なんでそないなもんウルザが」
「その……、エリカさんに換金の話をしたら、私が資産として買い取りますわって……」
それを聞いて、アカネは小切手を掴み取った。
「ゼ、ゼロがひい、ふう、みい……い、1000万円……」
「そういうことなんです……。代価のゴールドは既にお渡しました」
「はー……。全く、ちゃっかりしとんなぁエリカ」
アカネはしてやられたといった表情を、ウルザに見せる。
「どういうことです?」
「実はな。金ってめっちゃ安定した資産やねん。しかも、ここ10年くらい上昇トレンドやから、多めに確保しとこーいう思惑もあったんとちゃう?」
「えっ……。しかしそのような様子は見受けられませんでしたが」
ウルザは換金の危険性を考えた上の、純粋な友情と信じ切っていた。
「鈍感やなー。エリカってこの国有数の資産家やぞ? もちろん友情もあんのかもしれへんけど、そーゆーことちーとも考えずに1000万ポンと出すほうが不自然やで。……、ま、最も天然でやっとる可能性も否定でけへんから恐ろしいねんけど」
「なるほど……。やはり聡い御方だったのですね。それで、とりあえず当座の資金は出来たのですが……。一つ嫌なことに気づいてしまいました」
ウルザはやや申し訳無さそうな視線をアカネに送る。
「なんや?」
「エリカさんに用立てて貰ったのはいいのですが……、これだと3枚バッジを集めた甲斐がなくなったのでは……?」
「あ……。い、いやそんなことないで! ウ、ウルザって他に身分証もってへんのやろ? ウチらは保険証や学生証はあるけど……」
アカネは慌てるかのように取り繕う。
「え、ええ、まあ」
「せやったら、3枚揃ったトレーナーカードないとまともな身分証として使えへんで。ケータイやポケギアの契約とか、賃貸契約とか……、あと一番は銀行口座やな。これも開けんくなる。それでええんか」
「それは確かに……困りますね。銀行口座がなければ現金全て持ち歩かなければならなくなりますし」
ウルザはアカネの顔を見ながら思い出したかのように納得した。3枚のバッジ集めは、換金が大きな目的では会ったが、公的な身分証を得ることも大きな理由だったのだと。
「せやろ? そやったらバッジとる意味はあるゆーこっちゃ。さて、じゃあ口座は必要やし、銀行で手形振り出してもろたら、その手続きしにいこか。さっきウルザがいこいうてたとこに」
「そうですね。参りましょう」
気を取り直したアカネと共に、二人は銀行へ向かった。
――
ゲームコーナーのバックヤード。そしてVIPルームへ通されたランスは上機嫌であった。
「がはははは! ええぞええぞ、もっと脱げ脱げ!」
ランスの眼の前では女性団員によるストリップショーが行われている。ランスの両脇にはロケット団でも選り抜きの女性団員が接待しており、触らせ放題にしている。
「ランス様……、本当にこのままで良いのですか?」
前方にいるシィルは相変わらず心配そうな視線をランスに向ける。
「うるさいぞシィル。お前は水でものんでろ」
「うう……」
シィルはランスの指示通り。水を黙って飲んだ。
「シィルおねーちゃん、このからあげおいしいよ?」
「ううん。私はいいわ……、リセットちゃんだけで食べて」
リセットは出されたごちそうをずっと食べていたり、団員やそのポケモンと遊んでいたりしていた。無邪気に楽しんでいる。
「ランス様、お楽しみいただいておりますか」
様子を見て、アテナがランスの隣に割って入る。
「おー。アテナか。うむ、素晴らしいぞ。あとは君が俺様に抱かれれば」
「フフ。それはまたもう少し後に……。その、ランス様に是非お引き合わせしたい方がいるのですが」
「ほう、誰だ?」
アテナが目配せすると、一人の男が入ってきた。
「あ、誰だこいつ?」
「あら、お忘れですか? ランス様に無礼を働いたうちの幹部ですわよ、オホホホ」
アテナは幹部のランスを思い切り見下しながら、高笑いをした。
「お久しぶりです……」
幹部のランスは、ランスの側に控えた。屈辱にまみれた表情をしている。
「ん……。てことはお前らえーっと……、ロケット団とかいうやつらだったのか」
「ええ。しかし、私達は、ランス様の強さを見るにつけ、ぜひともヒワダでの無礼を償いたく思いまして……」
アテナは口からついてでるようにランスに並べ立てた。
「うむうむ。良い心がけだ。で、こいつがどうしたんだ」
「いえ、ランス様もこの男に、さぞお怒りであろうと思いまして、こうして贖罪の機会をと」
「フン……。ヤローをいじめてもしょうがないんだがな……。俺様はホモじゃないし」
「まあ、そう言わずに……」
アテナはささとばかりに空いたグラスに酒をついだ。
「ふむ……、おいお前」
「はっ」
「お前、女は何人いるんだ」
「は……どういうことで?」
幹部のランスは何を言われたかわからない表情をしている。
「お前みたいに中途半端に外面が良いやつはどうせ何人もコマしてんだろ。そいつらを全員よこせ」
「申し訳ないですが、私は特定の異性がいるわけでは」
「でーい。お前のツラに騙されてる女が何人もいんだろ。俺様が救ってやるから、そいつらをよこせって言ってるんだ!!」
ランスは酒をかっくらい、幹部のランスに空いたグラスを投げつける。
「は……ははっ。た、ただちに」
「オホホ……。ご推察の通り、この男には何十人とファンがおりますからね。私も万端整えますわ」
「がはは。よく分かっているな」
ランスはつまみを喰らいながら、再びストリップショーを観賞する。
「それと……、もう一人会っていただきたい方が」
「女か?」
「いえ……、私達の上司です。大事なお話がありまして」
「えー……」
ランスは渋った顔を見せる。
「ランス様にとっても、きっと悪くない話と存じますわ。是非、会っていただきたいですの」
アテナはランスの腕に胸を押し付けながらいう。
「フン。そこまでいうなら聞いてやるか。連れてこい」
その言葉とほぼ同時に、目鼻立ちの整った、怜悧そうな青年が入ってくる。
「お初にお目にかかりますランス様。私、ロケット団の最高幹部を務めるアポロと申します。この度は大変なご無礼を」
「フン」
ランスは有無を言わさず、お辞儀をしたアポロの頭の上に自分の靴をこすりつけた。
「……」
アポロは全く表情を動かさず、それに耐える。
「あら、ランス様、どうされました?」
「いや、なんかいけすかないツラしてるから、俺様との違いをわからせてやろうと思ってな」
「ま、まあなんと素晴らしい……!!」
アテナがお世辞を言っている間に、アポロはスッと引き下がってゴミを祓いながら、襟を正してランスに向き直った。
「ランス様へのご無礼、この程度のことで償えるとは思っておりません。私の話を聞いてはいただけないでしょうか」
「うむ。手短にな」
「ありがとうございます。我々ロケット団は3年前、レッドという少年に踏みにじられ、一度解散いたしましたが、サカキ様の意思を継ぐべく、ここまで再起を果たしました」
「少年……? ガキにやられたってのか」
ランスは蔑んだ視線をアポロに注ぐ。
「言い訳は致しません。しかし、我々は同じ轍を踏むようなことは致しません。今や我々は3年前に勝るとも劣らぬ科学力と資金力を手に入れ、この地方を……、この国を転覆させるだけの力を得つつあるのです」
「ほう……」
ランスは少しだけ興味を持ったような顔になる。
「しかし、それには我々だけの力では足りません。是非、是非にランス様のその規格外ともいえるお力と、決断力を我々のために活かしていただきたいのです」
「ほうほう……」
「ラ、ランス様。ダメですよ! ウルザさんが、ワカバの時にむぐっ」
計画の危険性を悟ったシィルが即座に忠告に入ったが、ランスは唇をむぎゅっと掴み、口を物理的に塞いだ。
「うるさい。で、お前らは何しようってんだ」
「申し訳ないが、それはまだ口にはできません……。しかし、加わって頂けるならば、我々はあなたにできる限りの地位を約束したい」
「というと?」
「もしお望みならば、私のこの地位を譲っても構わないと考えております」
アポロの眼は真剣そのものであった。さすがに寝耳に水だったのか、周囲の団員は硬直してしまっている。
「ほう……」
「えっ……あ、あんたまさか本気でそんなことを」
アテナも聞いていなかったのか、思わず素の口調でアポロに尋ねる。
「これでサカキ様をお迎えできるだけの力を得れるならば、安いものです。この地位など欠片も惜しくはない」
アポロの眼には一切の曇がない。心からの言葉であった。
「ふむ……」
ランスは腕を組んで、しばらく考えている。
「いいぞ、その話受けても」
「本当ですか」
「だが、まだ、条件がある」
ランスはにやりと微笑む。
「何なりとおっしゃってください。できる限りのことは致します」
アポロは前のめりになってランスに訴えかける。
「そうだな、まず、こいつ」
ランスは、ビシッと人差し指を幹部のランスにつきつける。
「まず、俺様と同じ名前のやつがいるのは紛らわしい。こいつを改名させていいか」
「なっ……!?」
幹部のランスは眼を白黒させる。
「ええ。構いませんよ」
幹部のランスの意思も確認せずに、アポロは一も二もなく承諾した。
「じゃあ、そうだな、うんこって名前にしよう。よう、お前は今日からうんこだ、ガハハハ」
「くっ……」
幹部のランスは地に伏しながら、黙って床を叩いた。
「それで、他の条件は?」
そのまま涼しい顔で、アポロはランスに尋ねる。
「俺様をボスにしろ」
「ええ、ですから最高幹部の地位を……」
その言葉にランスはぶんぶんとクビを横に振った。
「そうじゃない。サカキとかいう奴をボスとして崇めるのはやめろ。王様ってのは、一人いりゃいいんだよ」
「っ……」
ここで初めて今までにこやかであった、アポロの顔が歪んだ。
「だいたいなんで今いない、しかもガキに負けた雑魚をボスとして認めなきゃならんのだ。正気の沙汰じゃねえぞ」
「くっ……。そ、それが、わ、我々のレゾンデートル、存在理由であるからです」
怒りに打ち震えながら、アポロは冷静に言葉を紡いだ。
「あ?」
「我々はサカキ様あっての組織です。私はそれを仮託していただいた上で、預かっているにすぎません……、しかし、分かりました。どうしてもというのであれば……こういうのはどうでしょうか」
「なんだ」
「サカキ様がお戻りになるまではあなたをボスとして認めます。しかし」
アポロが言い終わる前に、ランスが話にならないと言った風に打ち切る。
「ふざけるな。なんでそんなもん飲まなきゃならねーんだ。お飾りじゃねんだぞ。舐めてんのか」
「くっ……」
アポロはしばらく深呼吸して、にこやかな顔に戻る。思考を切り替えたように見える。
「分かりました。そこまでお嫌というのであれば、致し方ありませんね、失礼いたしました。今日は存分に、ここでおくつろぎください」
「フン……。おう」
ランスは尊大に応じ、そのまま隣の女の子の胸をもみ始めた。ストリップショーも再開される。
アポロは幹部のランスと共にVIPルームから去り、バックヤードに戻る。
「交渉は決裂です。うん……すみません。ランス、すぐさまあの科学者と共に、プランBの実行を急いでください。彼女の力にはそれだけの値打ちがあります」
「はっ」
そう言って幹部のランスはすぐさま、バックヤードから去っていった。
――
「随分と簡単に開設できるのですね……。私たちの世界にも銀行はありますが、まだまだ手作業の部分が多くて」
「そーなんか。ま、電子化っちゅーのが進んだおかげで誰でもより簡単に作れるようになったのは違いないやね」
手形を振り出したウルザは、とりあえず200万円だけを新たに現金として確保。アカネの勧めに従って銀行口座を開設し、800万円をそのまま預金した。
「私の国、ゼス王国では魔法技術が進んで、こういう行政や事務手続きも簡便にできる方法もあるといえばあるのですが……」
「魔法かあ……。魔法っちゅーからには限られた人間しか使えへんのやろ? ウチらでいう超能力みたいに」
ウルザは一度、深くうなずいた。
「ええ、その点、ここは素晴らしいです。才能がなくとも、誰でもその恩恵に預かれるのですから」
「すごいやろー。これが科学っちゅーもんの偉大さや」
アカネはまるで自分のことのように誇っている。
「でも、残りのゴールドどうするん? まだトータルで3000枚くらい余っとるんねやろ?」
「それなんですよね……。エリカさんが全部預かってくれるとはおっしゃっているのですが、さすがにそれは恐れ多くて……」
「億単位やもんなあ……。そら、なんぼなんでも躊躇するわな……」
アカネはふうとため息をついている。
「どういう形にしても、その……3000枚分の金が市場に流れるわけですよね」
ウルザはなんとなく、その重大性を理解しはじめていた。
「せやなあ……。まー国内だけでも毎日何兆円単位でカネは飛び交っとるから、それにくらべれば大したことはおへんけど……、個人と考えるとやなあ」
「まあ、おいおい考えてみます。もうしばらくはこの世界にいるでしょうし」
「な、ウチに預けるってのは……。少しやけど株とか投信の運用もしとるし」
アカネが冗談半分に尋ねる。
「フフ……。それもいいかもしれませんね」
「アホ、冗談や冗談……。さすがに何億単位の資産運用したら心臓なんぼあってもたりひんわ」
そう言いながらアカネはポケギアで為替や株価のチェックをしていた。そうしていると、かなみが焦った顔で二人の前に現れた。
「ああ! やっと見つかったぁ……ウルザさん」
かなみはほっと胸を撫で下ろした。
「あらかなみさん……。どうされたのですかそんなに息を弾ませたりして」
「だって全然みつからなくて……。もーこんな大量の建物や人の中で見分けるなんて無茶すぎるわ」
時刻は昼を過ぎていたが、相変わらずコガネの大通りには多くのサラリーマンや学生、主婦などが行き交っていた。
「へへ……。コガネの街はくのいち泣かせやねぇ」
アカネは少しだけ得意になっている。
「くっ……」
かなみは忍者としてのプライドを少し傷つけられ、顔に悔しさを滲ませた。
「あ、そうだ……かなみさんにもポケギアをもたせるというのは、どうでしょうか」
「それはナイスアイデアやね。連絡取れれば、かなみちゃんこんな息切らせる必要ないなるし」
ウルザの提案に、アカネも同調した。
「えっ……でも使い方わかるかな……。あんまりそういうの分かんないのよ……」
「大丈夫ですよ。私も使いこなせてますし」
「いや、ウルザさんは別……。じゃなくて、そうだ、ランス! ランスがゲームコーナーに行っちゃってその……」
かなみから二人は話を聞き、ランスたちが店の接待を受けていることまでを聞き出す。
「妙やなあ……。ふつーメーワクかけたからって、そこまでするんか……? なんぼコガネ人が情篤いいうても、損得の勘定はしっかりするもんやで」
さすがにアカネも首をかしげている。
「うん……。私もそれが不思議で。おかしなことになってなきゃいいけど」
「いえ……。大丈夫だと思いますよ」
二人の予想に反し、ウルザは楽観論を述べた。
「えっ? そうなの」
「まず、今のランスさんにはリセットちゃんとシィルさんがついています。まずはそれがブレーキになるであろうこと……。あと、そのゲームコーナーは警察も呼ばずにランスさんを暴れるに任せたんですよね? おそらくは」
「え、ええ」
「あー。つまりあれやな? どーせ治外法権みたいなもんやから、急いでいかなくてもランスならどうにかすると?」
アカネは即座にウルザの意図を理解し、言葉にまとめる。ウルザは一度うなずいた。
「私がランスさんを心配しているのは主に、法や公の秩序が行き届いている場合です。その場合は確実に警察などが動いて、拘束……、日程が何日も遅れかねませんから、それはなんとしてでも避けなければなりません」
「そうよね……。一度そーいう手続きになったらランスが自由になるまでいつまでかかるかわかったもんじゃないし」
かなみはうんうん頷いている。
「しかし、今回の場合はアカネさんが前おっしゃったように、裏社会というか……、とにかく公が動かないであろう領域であること。その場合でしたら総統は心配に及びません。暴力に訴えるならランスさんならどんなことしてでも切り抜けるでしょうし……、とにかく急いで動く必要はないと考えます。夜にでも迎えにいけば十分でしょう」
「でも、近隣の人が通報したりしたら……」
かなみはそれでも懸念が拭えなかった。
「通報するんやったら、店で暴れた時点でされとるやろ。通報そのもんがないか……、あったとしても店が警察をうまくいなしてくれとるんと違う? 店の奥に入ってるんやったらもうそこは基本、店で解決するやろし」
「そっか……。確かにそうかもね」
かなみはようやく腑に落ちた表情をする。
「さて、そーゆーことなら、かなみちゃんのポケギア選びにいこか! いろんな機種あるけどまー、ウチに任しとき、えーの選んだるから」
「う、うん。宜しく。ってあれ、そういえばお金はどうなったの」
かなみは遠慮がちにアカネに頭を下げつつ、本来の目的を思い出した。
「もう解決済みですよ」
そう言いながらウルザは通帳と、財布に入れた現金を見せる。
「わっ……。すごい。いつの間に。さすがウルザさんね……」
「まあウルザっちゅーか、変わりもんのお嬢様のおかげやけどな……」
アカネは力なく笑いながらいう。
「????」
「まあかなみさん。その点も追々説明しますから……」
そういうわけで、3人はポケギア選びや、ショッピングのためにコガネの市中へ消えていった。
――
夜になり、ランスたちはゲームコーナーからようやく解放され、ウルザたちもポケモンセンターで合流。今日一日のことを話し合った。
「つまり、総統はあのゲームコーナーでロケット団にスカウトされたということですね」
ウルザはランスの大雑把な説明と、シィルの補足を総合して、そう結論付けた。
「おう。だのに俺様をボスにしないとか舐めたこといいやがったから、当然蹴ってやったぜ。がはははは」
「総統……、ワカバで宿屋のご亭主と何を約束されたか忘れたのですか。ロケット団側に寝返ったら、本格的に警察が捜査にかかるんですよ?」
ウルザは呆れた表情でランスを見る。
「知るか。雑魚の警官どもなど、全員ぶった切るだけだわ」
「はぁ……。とりあえず、そんなことにならずに済んで良かったです、総統、あらかじめ言っておきますが、仮に……、ロケット団に寝返ると決断されたとしても、私はついていきませんからね」
「ほー。ウルザちゃんが俺様の敵になるのか?」
ランスは軽く笑いながらいう。
「……。ええ。ですから、断じてそんな考えなど起こさないでください」
「ウルザちゃんが俺様の敵に回って、俺様が打ち負かしてまたお仕置きセックスができるんならそれも悪くねーかもな」
ランスはゲラゲラ笑いながら答えた。
「総統。真面目に聞いて下さい」
ウルザはやや声に怒りを含ませていた。いつものこととは言え、流石に度が過ぎているという表情をはらませている。
「あーわかったわかった。安心しろ、あんな昔の雑魚に頼って、現実を見ようとしないゴミみてえな連中に行こうとは思わん」
「お願いしますよ。本当に……。シィルさんにお聞きしたいんですが、ロケット団は何故総統を引き抜こうという考えに至ったのですか?」
ウルザはシィルに視線を移す。
「え、ええと」
シィルが言葉をまとめていると、ランスが横槍に入る。
「俺様のスーパーパワーと英雄としての溢れんばかりの気質に惹かれたからっていっただろうが」
「シィルさんに聞いてるんです。どうですか?」
「えっと……、アポロさんのお話ですと、ランス様の規格外の力に計画? の実現に不可欠であることを見出したようなことをおっしゃっていました」
「敵将相手でもそんな丁寧に……まあ、シィルちゃんらしいけどさ……」
あまりにもお人好しなシィルの言葉にかなみはふうと息をついた。
「規格外の力……ですか。なるほど。ロケット団は総統を主たるターゲットにしているというわけですね」
「はい。私はそう思いました」
「がははは。やはり俺様は最強ってことだな」
ランスは能天気に高笑いをしている。
「とりあえずは穏当に終わったようですが、今後なにをしてくるか予想もつきません。総統の身辺はこれまで以上に最大限警戒しましょう」
かなみとシィルは特にうなずいた。
「なにいってんだウルザちゃん。俺様がそんな簡単にやられるわけないだろ」
「万が一に備えてです。総統にここで万一のことがあればそれは私達の死を意味しますから」
ウルザはじっとランスの眼を見据えていった。
「フン。心配性だなあウルザちゃんは」
「……」
「どしたんリセット?」
アカネの隣に座っていたリセットは珍しく考え事をしていた。
「ねー。アカネおねーちゃん」
「何や」
「……。ほんとーにあの人たちの狙いって、おとーさんなのかなあ……」
「んなもんウチにわかるわけないやろ。その場にいてへんのやから」
アカネは軽く笑いながらリセットに応じた。
「うーん……。なんかこー……、スッキリしない……」
リセットはうんうんと頭をめぐらせていた。
「それで、次の話なんですが、ヤドンの井戸で拾ったこのアンプルについて、少しですが詳細が分かりました」
ウルザはリュックサックからアンプルを取り出した。
「私が拾ったやつね。それで?」
「どうやら龍の涙という、ウバメの森でとれる特殊の樹液なのだそうです。そのあたりも含めて。そろそろオーキド博士や、ウツギ博士より入電がくるとお知らせがあったんですが……」
そう言っていると、タイミングよくウルザのポケギアが鳴り響いた。席に今日、コガネの家電量販店で購入したモバイルディスプレイに繋げ、席にいる全員に見せる。
「おー。久しぶりじゃのう皆の衆」「みんな、お久しぶり」
オーキドとウツギの顔が画面に二分割して現れた。ウツギはワカバの研究所だが、オーキドはどこかのゲートにいるようである。
「おー。オーキド博士とウツギ博士や。お久しぶりですー」
「これはアカネ君か! リーグから聞いてはおったが、まさか本当に同行しているとはのう……」
オーキドも、ウツギも少し以外な表情をしている。
「全く、事情はわからないでもないですが、ポケモンリーグも随分と思い切ったことをしますよね……」
既に解禁済みの情報なのか、内偵目的で送っているのを承知していることを、ウツギはメガネのブリッジを中指で上げながら話した。
「ええんですわ。これもウチの役目ですねん」
「まあ、あまり無理はしないようにね……。さて、ウルザ君、まずはアンプルについてだったね」
気を取り直して、ウツギはウルザに視線を合わせる。
「はい。こちらでは既にお伝えしたとおりです。それ以上のことは」
「いやー。エリカくんもいってたけど、論文の累積があまりにもないからねえ……。一応データベースもあたってみたけど、数年から数十年に一度、不定期に少量しかとれないすごく希少な樹液なんだ。こんなアンプルにまとまった量があること自体、不思議なくらいでね」
ウツギは眼の前のことが信じられないような表情をしている。
「まあ目視の限りじゃと、樹液本体以外に色々と動態保存用の試料も混ぜておると思うがの……。ウルザ君。それはとても貴重な試料じゃ。もしよければ送ってくれるとありがたいのじゃがの」
「いえ……。そうしたいのは山々なんですが、ウツギ博士も仰せになった通り、科学の知見を持った方以外にも話を伺いたいので、できればもっておきたいんです」
オーキドの要請に対し、ウルザは申し訳無さそうに断った。
「ああそれで思い出した。君たち、三賢者の話は聞いてるかい?」
「いえ……、すみませんさすがに不勉強で」
ウルザはウツギに頭を下げた。
「ウチらジョウトのジムリーダーの中でも、古都のエンジュ、結節点のチョウジ、龍の穴のあるフスベの三都市のジムリーダーは代々、賢者と呼ばれる人がジムリーダーになるならわしになっとるんや。その三賢者やろ? ウツギ博士」
「うん、その通りだ。その三都市はジョウトはおろか、日本全国に大きな影響を及ぼす柱石として特別に注視されているんだ」
「それで、その三賢者がどうしたのでしょうか?」
ウルザは丁重にウツギに尋ねる。
「今度、エンジュで三賢者と、理事長……、ああ、ワタルくんとで会議が行われるんだけど、君たちはそれに招待されてるんだよ」
「えっ……私達が、ですか?」
「そうなんだ。ロケット団が再起に向けて色々動き始めているこの時期にやってきた、異世界からの探訪者……、話を聞いておきたいってことでね」
「ふーん。で、それって女はいるのか?」
そんな話のさなか、ランスは唐突に割って入った。
「え?」
「だから、女はいるのかって」
ウツギは返答をしばらく悩んだ後、回答する。
「……。いるよ」
「よーし。じゃあ行くわ。むほほ」
「ほんと、ゲンキンな奴……」
かなみとアカネはふうとため息をつく。
「あの……記憶が正しければたしかその会議の参加者で女性は……」
ウルザはアカネに耳打ちする。
「フスベのイブキはんだけや。まあ……、嘘はついてへんからな。マツバに早めにきぃつけとけいうといたほうがええかもしれんな。ランスが嫌いそうなタイプやし」
アカネはランスに少しだけ同情か、憐憫の眼差しを送る。
「そのアンプルについても、多分三賢者ならば僕らとはまた違った見方の意見をだしてくれると思うよ」
「ありがとうございます。それで、もう一つ聞きたいことがありまして」
ウルザはリセットに視線を合わせる。
「え? 私?」
悩み事も忘れて、アカネから暇つぶし用に渡されたプチプチに集中していたリセットがピクッと反応した。
「リセットちゃん、あの、ウバメの祠で見たその……、不思議な体験について話してくれないかな?」
ウツギが優しい表情でリセットに尋ねた。オーキドも興味深げにリセットの方向を見る。
「なんだ気持ち悪い笑顔だな……あの若禿ロリコンじゃねえだろうな」
「お願いだから黙っててください……」
ウルザはランスを鋭い視線で牽制する。
「んとね。みどりいろとしろいろでできたちっちゃいポケモン? が、かなしそーな顔していたから、一緒になって私が下をみたらね、したが全部ガレキになっていたの……。とてもとてもかわいそうで……」
リセットは思い出すだけでまた眼に涙がたまり始めていた。
「うん、分かった。ありがとう……」
「おい、テメー! なにうちのリセット泣かせてんだ! ぶっ殺すぞ!」
「落ち着いてください!」
ウルザは思い切り、カオスを抜いたランスに肘鉄を食らわせ、強制的に沈黙させる。
「……。それで、リセットちゃん、そのポケモンについて紙に絵で描いてくれないかな?」
「は、はい」
アカネから渡された自由帳と、前の世界から持ち込んだクレヨンセットを使って、リセットはその生物を描いてみせた。
「これは……」
まずオーキドが驚いた。デッサンもパースも滅茶苦茶だったが、特徴はとらえている。
「ええ……、間違いありませんね。これは、セレビィです」
ウツギは冷静にメガネを掛け直し、そう断定した。
「そう……ですか。これが。セレビィ」
ウルザはまじまじと、リセットの描いた絵に注目した。
「これが、数少ない目撃証言から総合して作ったスケッチなんじゃがの。リセットちゃんの描いたものによーく似ておるのよ」
オーキドはセレビィの想像図のスケッチを、モニターに映す。たしかにリセットの描いたものと大きな特徴は同じであった。
「信じられませんね……。たしか最後の比較的信頼のおける目撃証言は……、二十数年前の東欧でしたか?」
ウツギはメガネを外し、拭きながらオーキドに尋ねる。
「ああ……確か、革命の嵐が吹き荒れていた時期じゃったの……。まさかここで得られるとはの」
「しかし一体……どういうことなのでしょうか? どうしてセレビィが……我々の」
ウルザは困惑が隠せなかった。
「そのあたりも含めて、三賢者に聞くべきだね……。申し訳ないが、科学の視点からはこれ以上伝えられることはないよ」
こうして、博士との交信はそれから数分後に切れた。
「どうにも謎が深まるばかりですね……」
ウルザは顎に手を当てて、ひたすらに思考を重ねている。
「ま、難しい話はこんくらいにして、今日はそろそろしまいにしようや。ウチに招待するで」
「アカネさんのお家にですか?」
「せや。今年よーやくオトンに頭金つくってもろうて、ローン組んでマンション買うたんやけど、そこに泊めたる! 心配せーへんでも、このくらいの人数やったら十分部屋あるで」
アカネはニコニコと一同に対していう。
「おー。アカネちゃんの家か! いいぞいいぞ、色々掘り起こしてやるぜがははは」
「やっぱやめとこかな……」
そういうわけで、一行はアカネの家で一泊し、明日以降のエンジュ行きへの英気を養った。
―つづく―