一行はアカネの部屋に宿泊した翌日、そこから2日かけてエンジュシティへ到着した。
「わあ……。すごく、美しいところですね」
「ここが……。全国第一の文化都市ですか」
シィルとウルザはそれぞれ、その光景に情感を持った。
悠久の古都、エンジュシティ。木造建築が都市の大半を占め、荘重で壮麗な神社仏閣が林立するこの国の歴史を紡ぎ続け、今に伝える文化都市であり、観光都市としての側面も持っていた。
この日もエンジュシティにはその伝統と格式を一目見ようと多くの観光客が訪れている。
「なんだか……。私の国を思い出すわ。ちょっと懐かしいかも……」
かなみは大きく息を吸いながら、その風景にどこか親しみを感じている。
「ほー。そっちにもウチらと同じようなところがあるんか? 言われてみれば、確かにかなみちゃんは、ランスとか、ウルザよりもウチらの顔立ちに近いかもしれへん」
アカネは興味深げに、かなみの顔を覗き込んだ。
「うん。JAPANっていうんだけど、そこはまるでここみたいな雰囲気の建物とかあるの。……、まあここまで立派なものとは限らないけど」
「えっ……JAPAN? ホンマにそうゆーんか?」
アカネはかなみから飛び出たその言葉に強い興味を示す。
「う、うん……」
「へー……。びっくらこいたわ。ウチらの国、日本ってゆーんやけど、他の国ではJAPANってゆー国も多くあるんやで」
「えっ。あ、でも確かに、パンフレットとか、宿とかのテレビでも時々なんとかジャパンっていってたような……。そういうことだったのね」
かなみは自身の偵察や経験からそう符合させた。
「ほー。そうなのか……。俺らの世界とつながってるかもしれないってことか。それが帰るための鍵になりゃいいんだがな」
ランスはさして興味のない風にいう。
「そのあたりも気にはなりますが、さすがに主筋からはずれているとは思います……」
ウルザは静かな声でそれらについては懐疑的な姿勢を示す。彼女の中でそれは優先順位の低い物事であった。
「三賢者の会議は確か……」
アカネがあの後、ウツギより詳しい日程を聞き、それをもとに言おうとした所、眼の前に一人の老人が立った。その横にはマンモスのような、立派な牙の生えたポケモンがいた。
「君たちが……、例の一行かね。ジョウト地方を練り歩く、お尋ね者のランスなどという」
老人は水色のコートと、白いマフラーを身につけており、そこはかとない威厳を漂わせていた。
「あ? なんだジジイ」
ランスはあからさまに不快感を示した。
「ヤ、ヤナギはんやないですか! これはまた、お久しゅう……」
「アカネか……。全く、仮にもジムリーダーがこのような連中に、簡単に絆されるとはの。なげかわしい」
ヤナギはしどろもどろのアカネに対し、ふうとため息をつく。
「え、いや、誤解ですねん。ウチはあくまで調査で……」
「調査などと言っている割に、随分と打ち解けておるようだが?」
ヤナギはアカネに対し、鋭い目つきと声色で応じる。
「そ……それは……」
「アカネよ。シロナ嬢からも言われたであろう。彼らはあくまで我々とは異物だ。そのことを忘れているのではないか?」
「そ、そないなことランスたちの前で言わんでも、ええやないですか……」
「前だからこそ言わねばならぬのだ。勘違いをしては困るからの」
アカネとヤナギの応酬に、ウルザが割って入る。
「お話の途中、失礼いたします。三賢者の一角であられる、チョウジタウンのジムリーダー、ヤナギさん……で宜しいでしょうか」
ヤナギが黙ってウルザの方向を見る。
「アカネさんは、我々の監視役として十分に責を全うされておられます。絆されているのはむしろ私達のほうとすら言えるくらいです」
「責を全う……。のう。仮にも自分の膝下で、銀行口座を一緒に開いたり、一緒になってはしゃいで買い物したりするのが、君のいう責を全うということなのかね」
「アカネさんは私達のこの世界における経済的な動線を確保してくださっているのです。むしろそれがなければ、より深刻な事態と……」
ウルザとヤナギの応酬となっていたが、ランスが遂にしびれを切らした。
「あーもううるせえな! おいジジイ! 俺様が何者かわかってそんな口叩いているんだ?」
「聞いておる。人類総統なのじゃろう。……、随分と人材が足りないようじゃの」
ヤナギは皮肉めいた口調でランスに言う。
「何言ってんだ。俺様しかやれねーから、総統になってやったんだ。そんくらい分かれよなジジイ」
「全く。このような謙抑を知らぬ傲慢な輩が、人類を背負っておるのか。遠き世界の事とは言え、憐れまざるを得ぬの」
ヤナギはやれやれとばかりにため息をついた。
「まあ……それはちょっと思うかも……」
「おいかなみてめーなに納得してんだ」
「え? き、気のせいよあははは……」
ランスの追及に、かなみは泳いだ目線で応じた。
「ちっ……。あったま来た。このジジイ、さっさとあの世に送ってやる!」
ランスはカオスを振りかざし、ヤナギのもとへ駆け出した。
「ほう、やれるものならやってみるとよい……、受けて立とうぞ」
ランスは一直線にヤナギの頭を叩こうとしたが、すかさず、持っていた杖で防いだ。
「なっ……!?」
「やれやれ……、年寄りに本気でぶつかってくるとは、礼儀のなっとらん若者じゃ、の!」
ヤナギは思い切りカオスを突き放し、ランスを本能的に後退りさせる。
「ちっ。一発防いだくらいでいい気になるんじゃねえぞ! ラーンス、キー」
「懲りぬ小僧だ……。本来、使うべきではないがやむを得ん。マンムー! 氷のつぶて!」
マンムーはすかさず、蹴りを繰り出そうとしたランスに対して氷のつぶてを飛ばした。
「あいてててて!!」
ランスに大小様々な大きさの冷たいつぶてが襲いかかった。
「ほう。まだ立っていられるか。無駄に体力だけはあるということか」
ヤナギは顎に手を当てて少し感心している。
「……あったまきた。マジのガチで地獄に送ってやる。ランスアター」
ランスの周りに衝撃波があつまりだしたその時、何者かの力によってそれが封じられた。
「え!? あれっ……」
すると、ヤナギの横に、金髪で、紫色のマフラーをした青年が現れる。
「ふう……。おじーさん、あんまり私の街で暴れないでくださいよ。ご高齢なんですから」
「礼儀の知らぬ若者に、物を教えてやろうとしただけじゃよ」
青年の登場で、ヤナギはマンムーをモンスターボールに戻した。
「マツバァ……。出るんならもうちょい早く出てきぃな。ヒヤヒヤしてたんやぞ」
アカネはマツバに対し、砕けた口調で接する。
「ごめんごめんアカネちゃん。でもね、彼……、ランスの持つ力を見定めたかったんだ」
マツバはアカネに謝りながら、理由を説明した。
「なんだテメー。俺様の女になれなれしく話しかけてんじゃねえぞ」
「俺様の女……? へえ、いつの間にそういう関係に」
マツバは少しニヤついた笑みで言う。まるで妹に接しているかのようだ。
「え、ち、ちゃうねんマツバ。ランスが一方的にそう言って」
「僕の前でそういうごまかしは通じないって、分かってるだろう?」
「くっ……これやから千里眼持ちは嫌なんや……」
アカネは諦めたようにため息をついた。
「な、なんだアカネちゃん、まさかこの金髪ヤローと」
「違うゆーてるやろ! マツバは同じジムリーダーで少し友達付き合いしてるだけや! それに……そうやないことはランスが一番ようしってるはずやろ……」
アカネは後半部分は消え入るような声で言った。
「お初にお目にかかりますマツバさん。この度は私達のリーダーが無礼を致しました。この通り謝罪致します」
「いいよ。気にしないで、そういう人だっていうのは僕らもわかってるからさ」
「それと……、先程ランスさんのランスアタックの衝撃波を鎮められましたが、あれは一体どういう……?」
ウルザは純粋な疑問のような声色でマツバに尋ねる。
「ああ。それは僕のこの眼だよ。千里眼といってね。ウチの家業である修験者の当主に代々受け継がれる特別な力なんだ。これで人や物の発するオーラ・感情・気の流れなどを読み取ったり、制御することができる。まさか異世界の人間にも通用するとは思わなかったけどね」
マツバは自分の右目を指さしながら説明した。
「千里眼ですか……。私たちの魔法にもそういうのがありますけど、器官としてそういう力をもつ人がいるなんて、すごいですね……」
シィルは素直に感嘆していた。
「へー、君たちの世界にもあるのかい? 面白いね」
マツバは興味深げにシィルに話しかける。
「は、はい。といっても情報魔法という区分で、私くらいでは”リーダー”という千里眼の下位互換である初歩的な魔法しか使えないんですけど」
「おい、なに俺様の奴隷に気安く話しかけてんだ」
マツバはランスの方を見る。
「奴隷? 何言ってるんだ、彼女は君にとって何にも代え難い」
「黙れ。それ以上口にするなら跡形もなく切り刻むぞ」
ランスの眼は真剣そのものであった。彼の力を理解している故でもある。
「ふう……。分かったよ。素直になれない彼氏を持つと大変だね、君も」
シィルはその言葉に、ポッと顔を赤くする。
「うがー! だからそんな馴れ馴れしく話かけてんじゃねー!」
そんな会話をしていると、マツバやヤナギの背後より女性の声がした。
「もーいつまで待たせてんのよ! せっかく用意していただいた料理冷めちゃうじゃない!」
「ああ、すみませんねイブキさん。中々片付かなくて……」
マツバはイブキに軽く謝罪した。
「お、ちょっと性格キツそうだが、いい女だな。どうだ、俺様と今夜あたり」
「シードラ、小さめに煙幕」
イブキはシードラを出し、ランスの顔に小さい煙幕を張った。
「げほっげほっ。いきなりなにしやがんだこのアマ!」
「フン。破壊光線ださなかっただけ感謝しなさいよね。この万年発情男」
シードラを戻しながら、イブキは小気味良い顔でランスに言う。
「お初にお目にかかりますイブキさん。すみません、いきなりリーダーがあのような」
「貴女が謝ることじゃないわ。悪いのはあくまでこいつだから」
「いえ、しかし総統であり、わたしたちの代表ですから……」
「……。ワタルから聞いては居たけど、その調子だと、苦労がたえなそうね」
イブキはウルザに深く同情し、ウルザは苦笑いをした。
「オホン! それではそろそろ会議場である寺院に向かわねばの。ついてくるが良い」
ヤナギが咳払いし、一行の先頭に立って、案内を試みる。
「テメーがしきんじゃねえよジジイ」
「ヤナギさんの先導なしでどうやって向かうんですか……」
ウルザのため息をよそに、一行は会議場であるスズの塔配下にある本堂へ向かった。
――
会議場は、スズの塔を擁するエンジュの中でも1,2を争う大寺院であった。一行はそこの広間に通され、畳と座布団、大きい黒樫の机の上で会議を行うこととなる。会食をしながらという形の会議であった。ランス側6人と、リーグ側の4人が相対して着座しており、リーグ側の背後にはそれぞれのジムトレーナーと思われる人間が何人か控えている。
アカネは本来リーグ側だが、同行している事情から、ランス側の席に座っている
「わーい。またごちそーだ」
リセットはケータリングの和食の膳に舌鼓を打っていた。
そんな様子を他所に、リーグ側の中央にいるワタルが口を開く。
「えー三賢者の皆さん、並びに、ランス殿やウルザ殿はじめ、異世界から来られた方々、本日はご足労いただきありがとうございます。本日は、日を追う事に深刻化していくロケット団の活動活発化、並びにジョウト地方北東部で発生している事象について意見交換を行いたい」
ワタルはそう言って、一旦着座する。
「では私から話すとしよう。そちらにも状況をわかってもらわねばならぬでの」
ヤナギが立ち上がり、相対するランスたちを見る。ウルザの表情が引き締まった。連れてきたジムトレーナーと思われる助手が、背後にキャスター付きの大きなホワイトボードを用意する。既にいくつかの資料が貼られている。
「チョウジタウンの北には、この通り、いかりの湖という大きな水源がある。……のだが、ここ数日、例を見ないほどに水位が低下するという奇妙な現象がおきておる。このグラフで図示されているように、私の経験ではもちろん、統計でもここ100年にはないほどだ」
ヤナギはそれぞれ、日ごとのいかりの湖の写真と、水位を示す折れ線グラフを示す。
「今朝の新聞やニュースでも、その事は報じられていましたね。原因は例年にない降水不足とのことでしたが」
ウルザが朝、ポケモンセンターで流れていた番組や、新聞を思い出しながら言う。
「表向きはの。だが、事実は違う。従前より、私の街ではロケット団の残党がアジトを作っており、なかなか手を焼いているのだが、先日、匿名の内部告発がチョウジジムに投じられ、この写真が入っておった」
ヤナギが貼った新たな3枚の写真には、巨大な装置が映っていた。
「随分と巨大な機械ですね。このお堂全てくらいの大きさでしょうか……」
ウルザは写真を見て所感を述べる。
「ただの機械ではない。外側しか映ってはおらんが、大量のビリリダマやマルマインを配置した発電機構や、製鉄や成型に必要な高度な旋盤や高炉のような部分、複雑かつ高度な化学反応を生じさせられるクリーンルームや、実験施設なども写真に映っている。それに加え、ドガースやマタドガスといったポケモンが近年ジョウト地方各地で急速に減少している」
「よくわかんねーけど、随分と大掛かりだな。爆弾でも作ってんじゃねえのか」
興味なさそうに聞いていたランスが、唐突に発言した。
「うむ。そうだ。私の見解としては、地下活動の活発化などの諸条件を踏まえ、コガネやアサギをはじめとするこの国の都市をねらった爆弾を大量に製造しているのではないかと結論した」
「なるほど……。オーキド博士のおっしゃっていた、全国各地の不自然な無感地震も、その実験によるものというわけですね」
ウルザは腑に落ちたような表情をする。
「爆弾……か。しかし、一つ疑問があります。もし爆弾ならば、それにともなう音も報告としてあがっているはずです。私が行っている偵察や調査ではそのような兆候は見受けられませんでしたが」
かなみが話に加わり、ヤナギに疑問をぶつける。
「バリヤードや、ドゴームなどといった防音特性のポケモンを使って、吸音しているのではないかと考えている。実際にアジトの周囲で出入りも確認されているからの」
「ウチからも一つええでっか?」
アカネがヤナギに視線を向ける。ヤナギは無言で促した。
「そもそも、やけど、その内部告発の資料、ホンマに信用できるんでっか? 匿名のというのが尚更きな臭いし、裏は取られているのか、伺いたく思いま」
「残念ながら、アジトに潜入しての裏取りは警備や危険度が大きく行えてはおらん。しかし、この仮定に立てば、装置の冷却水によりいかりの湖の水位低下が引き起こされていたり、化学反応や爆薬製造に必要なマルマインやマタドガスが野生より減少していることも全て説明がつくのだよ」
ヤナギの説明に、マツバが補足意見としてと前置きしてつなげる。
「昨日、千里眼を用いて霊視を試みましたが、近い未来に、ジョウト地方が壊滅するといったおぞましい未来が予見できました。爆弾の炸裂によるものと考えれば、辻褄が合うでしょう」
「でしょうとはどういうことでしょうか? 結果だけで、過程は霊視できないと、そういうことでしょうか?」
マツバに対し、ウルザが尋ねる。
「残念ながらそれは認めざるを得ません。私の行う霊視は大気中にある粒子の僅かな痕跡を基礎として行うため、一定以上の強度のある、すなわち、リアクションや影響の強いものしか分からないのです。そのため、そこにいたる過程といった細々としたところまでは私の霊視では見えないのです」
「ちっ。頼りになんねーな」
ランスはマツバに思い切り毒づいた。
「ついでにお聞きしたいのですが、アカネさんよりお聞き及びのことと思いますが、先日我々のパーティーであるリセットが、セレビィと摩訶不思議な接触をしました。マツバさんの霊視はそれと同類と考えてよいのですか?」
「古文書や伝承に伝わるセレビィの力というのは、いわゆる時空間や次元を自在に移動できる極めて高度なもので、私の霊視よりも確度の高い力です。性質上似通うものはあるといえばありますが、基本は別物と考えてください」
マツバは慎重な声色でウルザに対し説明を行った。
「なあ。俺様はずっと思っていたんだが、セレビィってのがそんなバケモンなら、そいつに全部結果をいじって貰えば解決すんじゃねえのか?」
「オーキド博士はそもそも接触例がほとんどないって言ってなかったかしら……」
かなみは冷静にランスに突っ込んだが、それでもランスは意見を曲げない。
「んなもんお前、やってみなければわからないだろ」
「ランス殿のそれは、尤もな疑問だと思います。しかし、接触が困難なのに加え、伝承上のセレビィの力で、統一して、確認できるのは時空間や次元の移動と、別の時空間や世界から、他の世界へ転移させる能力までです。言うなればセレビィにできるのはきっかけを与えることだけで、結果そのものへの干渉は一切できないと考えます」
「別の世界からこの世界への転移……。すなわち我々はセレビィに選ばれた。そうおっしゃりたいわけですね。マツバさんは」
ウルザはマツバの主張を整理し、意見を伝えた。
「セレビィというのは、伝承上、平和な時代にしか現れないとされています。しかしそれは、平和だから訪れるというだけでなく、平和を乱すような事象を修正・変化するよう未来を変えることも含まれているのではないか。という学説が携帯獣民俗学の世界では存在します。ウルザ殿の解釈が正しければ、あなた達は変化させられる存在であると、認められたのではないかと私は考えます」
「とても信じられない話だけどね……。セレビィといったら平和を祝福するポケモンよ。なのに、どうしてこんな正反対の人間を選んだのかしら……」
イブキはランスを見ながら首をかしげている。
「ただでさえ、我々にとっては人智を超えた存在だ。その真意はわからぬが……、毒をもって毒を制すという言葉もある。平和をもたらす為には、敢えて真反対の人間を送るという事なのやもしれぬの」
ヤナギは少し遠い目をし、ランスを見据えながら思考している。
「随分と好き放題言ってくれるが、要は俺様じゃないとこの危機を救えないということだろ? もっと敬意をもって接したらどうなんだ?」
「ならばもっと敬意を持たれるよう振る舞ったらどうかね? 我々は、お主たちの、力そのものは認めておるが、敬意とはまた別の話よ」
ヤナギは鋭く、厳しい視線でランスを見ている。
「んだとこのジジイ。またぶん殴ってやろうか」
「ランス様、落ち着いてください……」
また身を乗り出そうとしたランスを、シィルは必死にマントを掴んで止めていた。
「議題が逸れ気味だから、そのくらいに……。それで、イブキ、君はこの件についてどう考えているのか、聞かせてほしい」
口を閉ざしていたワタルが、進行を制御し、イブキに意見を尋ねた。
「りゅうのあなを預かる、フスベのジムリーダーとして言えることは、ここ最近になって、そこから発生する龍脈の乱れがかなり顕著になっていることね。ドラゴンポケモンたちもとみに感情があらぶっていて、長老様もかなり頭を抱えておられるわ」
「そうか……俺も長いこと帰れてないけど、フスベも結構差し迫っているんだな」
故郷を同じくするワタルは、沈痛な面持ちでイブキの話を聞いていた。
「さっきまでマツバさんや、ヤナギさんが仰せになっていた、爆弾の話とどう関連するのかはわからないけれど、もしかすればその装置の稼働によるエネルギーを探知して、その乱れに繋がっているのかもしれない……、そうだとすればこれはとんでもない話よ、ジョ
ウト中、いいえ、日本中を巻き込む大規模な災厄に繋がるおそれがあるもの」
「お話の途中申し訳ないのですが、これをみては頂けないでしょうか」
ウルザはリュックサックからアンプルを取り出し、リーグ側の机に近づいてとりあえずイブキに渡した。
「ああ……。報告にあった、龍の涙とよばれる樹液ね。これがどうかしたの?」
「ウツギ博士やオーキド博士に相談した所、科学ではロケット団がこれを持っていた、めぼしい理由はわからないから、賢者たるあなたがたに聞いてほしいとのことで……」
「なるほど……、でも正直、私には見当もつかないわ。これ、龍の涙とは呼ばれているらしいけど、私達フスベのドラゴンつかいと深い関わりがあるわけじゃないもの。正直、そういう樹液がある事自体、貴女からの報告を聞いて初めて知ったくらいだし」
イブキは申し訳無さそうな視線で、ウルザに返した。
「しかしこれはカイリューというドラゴンポケモンに関連するそうなのですが」
「伝承にドラゴンポケモンが関わっていることなんて、珍しい話じゃないわ。伝承として広めるためにそういう風に話を作ったり、盛っていることだって、よくある話よ、そうでしょう? マツバさん」
イブキはマツバにアンプルを渡しながら言う。
「まあ、その通りですね。しかし……、このアンプルからはとても禍々しい霊気が感じ取れます。どういう形で用いられるかまでは分かりませんが、爆弾の効果を高めるような触媒として用いられている可能性は大いに考えられるのではないかと。ヤナギさんはいかがでしょうか」
マツバはアンプルを持ったまま、ヤナギに尋ねる。
「そうだのう。本質としてみればこれはただの樹液にしか見えぬし、単体でこれが危険物になるとは思えぬ。だが、何某かの方法を用いれば、そういう推論もありえるやもしれん」
ヤナギも同様の結論を出す。
「触媒として使われるのは納得できる意見です。しかし。エリカさんやウツギ博士の話によれば、これはごくわずか、しかも不定期にしかとれない希少性の極めて高い樹液です。それを強力な爆弾のように、汎用性や、効率を求めるプロセスに果たして用いるでしょうか? 軽く私もこの世界の軍事科学について調べましたが、オゾンや、過酸化水素水を用いた酸化促進剤などもっと効率よく使える触媒は多くあります」
「確かにそこは気にかかるところだが、何しろただでさえ謎の多い樹液だ。我々の知らぬ知見がその爆弾製造に用いられてるやもしれん。アジトを押さえればはっきりする話だし、ここでそこを議論しても詮無い事だろう」
ヤナギは一部同意しつつも、ウルザの提言を結果的には退けた。
「っ……。分かり、ました」
ウルザは少しだけ悔しそうなニュアンスを言葉に含め、ランス側の席に戻った。それを少しだけ同情するかのような視線で見送ったワタルは議長として、結論を下す。
「ここまでの議論を踏まえ、ポケモンリーグ理事長として決定を下します。いかりの湖の渇水問題など、事態は切迫している。そのため、早急に……、具体的には数日以内にチョウジタウンのアジトを押さえ、警察と協力してロケット団員の逮捕と、真相究明に全力を傾ける。それで異論はありませんね?」
ワタルは立ち上がって、自身の結論を述べる。
「で、どーすんだよ。俺様がそこに乗り込めってのか?」
「そうだね。正直な所、ロケット団は各町で水面下で動いているから、リーグとして大規模に動くのはまだリスクが高い。君たちが動いてくれるならば、一番ありがたい」
「じゃあやだ。俺様は誰かに、それも男に指示されて動くことはないのだがはははは」
ランスは勝ち誇ったようにワタルに笑いかける。
「はあ……。全く。3年前と全然かわってないんだね君は……」
ワタルはふうとため息をついて、頭を抱えた。
「男ってことは、私が頼んだら、受けてくれるのかしら?」
イブキは微笑みながら、ランスに改めて要請しようとする。
「おう。ヤラせてくれるならいいぞ。ロケット団だろうがなんだろうがぶっ潰してやるぜ」
ランスはグッと、サムズアップをしてイブキに応える。
「言うと思ったわ。お断りよ、そんなことするくらいならフスベジムを率いてアジトを潰すから」
イブキは毅然とした態度でランスに応じる。貞操を捧げる気はないようだ。
「まあまあイブキ……。ランス君、ポケモンリーグとしても大事なジムリーダーのその……操を引き換えにするような決定をするわけにはいかないんだ。そこは分かって」
「あ? 何いってんだ、偽善者ぶりやがって。アカネちゃんは実質俺様に捧げただろうが」
「え……? それは一体どういう……?」
ワタルは寝耳に水だったのか、アカネからの報告で聞いていないのか、眼をしばたたく。
「何って、そりゃあ俺様がアカネちゃんの処女膜をぶち」
「やめんかランス! それ以上言うたらチンコもぎとるで!!」
アカネのあまりの剣幕に、ランスは気圧されて黙ってしまった。
「ランス君。……、もし君のいうことが事実で、それが強制されたものなら、ポケモンリーグとして許すわけにはいかない。ただちに君たちを敵として処理せざるを得ない」
「なーにいってやがんだ。俺様にかわいいこを監視につけるってことはそーいう意味だと分かったうえで差し向けたんだろ?」
「……。アカネ君なら、ジムリーダーならそうなる前に対処できると思ってた、俺の認識が甘かったようだね」
ワタルは確かに、静かな怒りをこめていた。三賢者たちも静かに臨戦態勢を整えている。
「ワ、ワタルさん! 本当に申し訳ありませんでした。今後はこのような事がないよう、参謀としてより総統を監察致しますので、それだけはどうか……」
ウルザは頭を下げながら、慌ててワタルにたいして弁明を試みる。
「……。覆水盆に返らず。だよ。ウルザ君。俺は男だけど、そういう経験が、如何に大事なものなのか、知っているつもりだ」
「けっ。見るからに童貞のくせになに粋がってんだ気持ち悪ぃ。明らかにこじらせたやつのそれだぞ」
ランスはペッとそのへんに唾を吐きながらワタルを蔑んだ。
ワタルは無言でモンスターボールに手をかけ、三賢者たちもやむなしとばかりに身構える。号令があればいつでも叩き潰す――。そういう気迫があった。
「やめーやランス……。それ以上言うたらかわいそうや」
そんな状況下に、アカネは静かに立ち上がって、口を挟んだ。
「ア、アカネ君……?」
ワタルは少し意外と思ったような声色で、アカネの方に視線を向ける。
「理事長。誤解があるようやから、ここではっきり言うときます。ウチは、強制されてその……ランスに抱かれたわけやないんです。そりゃあちょいとゴーインなとこあったけど……、操捧げたんわ、紛れもなくウチの意思です」
「……。本当にそうなのかい? 彼らをかばって言ってるわけじゃないだろうね?」
ワタルは真摯な目つきで、アカネに訴えかけるように尋ねる。アカネは首を横にふる。
「ちゃいます。繰り返しになるけども、ウチはランスに……抱かれてもええ思うたから抱かれたんです」
「それは本当に君の意思なのかを聞いてるんだ。理事長として、ジムリーダーを守る立場として、そこははっきり」
「もー! ええ加減にして! そない野暮なことぐちぐち女の子に聞いとるから、いつまでもチェリーなんや! このボケナス! 朴念仁!」
アカネのその声は議場全てに響き渡る。お堂に残っていた鈴なども残響で震えていた。
「ワタル相手に、随分と思い切ったことするのね……」
イブキはモンスターボールをしまい、ふきのおひたしを食べながらマツバに言う。
「ハハハ……。まあ、彼女、ああいうところあるので……」
マツバも苦笑いしながらフォローを入れる。ヤナギはふうとため息をつきながら持っていた杖を床につきなおした。
「っ……ーーー!!」
言った当人のアカネは顔を真赤にして机に突っ伏してしまった。隣にいたリセットがとりあえず頭をよしよしと撫でている。
「ぼ……朴……」
言われた当のワタルはあまりのことにしばらく言葉が継げなかった。
「がはははは! 俺様の大勝利のようだな! ざまーみろバーカ!!」
ランスは高笑いして勝利宣言をした。
「……。ねえ、ワタル、後で飲みに行かない? 久々に」
イブキは半分同情のつもりで、ワタルを誘う。
「いや……またセキエイに戻らないといけないし、気持ちだけありがたく受け取るよ。ふう……。分かった、そういうことならば、この事はもうやめにしよう。とりあえず、チョウジアジトの制圧は、ヤナギさんを軸として、後のことは追々決定する。以上」
そう言ってワタルは会議をしめくくり、頭をかきながら議場を出ていった。
――
会議が終わると、そのままランス一行はスズの塔付近にあるスズネの小道を散策していた。この時期は紅葉の盛りであり、平日の昼すぎにも関わらず、それなりの数の観光客が紅葉狩りを楽しんでいる。
アカネは一本の紅葉の木の前で、頭を預けながらひたすら後悔の言葉をぶつぶつ呟いていた。
「あーあ。やっぱ会議っつうのは、かったりぃなあ。イブキちゃんはゲットできなかったし、参加すんじゃなかった」
ランスはわざとらしく肩を回しながら、大きくあくびをする。
「総統。分かっているのですか。我々は危うくポケモンリーグを敵にしかけたのですよ」
ウルザはランスに対し、怒りのこもった視線と、強い声色で主張した。
「知るか。童貞が自爆しただけだろ」
「あれはアカネさんが恥を忍んで、かばってくれたから結果的にそう見えているだけです。とにかく、我々はチョウジアジトへの制圧作戦に参加し、信頼を少しでも取り戻すべきです」
「やだ。めんどい」
そんな応酬を繰り返している横で、リセットは落ちた紅葉を拾い集めていた。
「ふんふふん」
鼻歌を歌っているところに、一人の老人が近寄っている。
「ほう。随分と集めたではないか。気に入ったようだね」
「あ、ヤナギおじーちゃん! そーなの。とってもきれいだからあつめたくなって」
「ホッホ……。そうじゃのう。この時期のスズの塔は、ジョウトでも屈指の見頃。世界を異にしても、童ならばその価値もよくわかってくれておる」
ヤナギはうんうんと頷いて、リセットの純粋な様を喜んでいた。
「あ! ヤナギ……さん。でしたよね? どうもすみません。この度はランスが色々と失礼を」
かなみが気づいて、ヤナギにペコペコと頭を下げる。
「ん? 君は……、おお、そうか。確かあの男についている忍者だったな。いや、良いのだ。若いものはあれくらいの覇気がなくてはならん。こちらは平和が長く続いたせいか、どうもそこが足りんものが多いからのう」
「へえ……。意外です。てっきり本気で嫌っているのかと……」
「仮にも世界総統に選ばれた男なのだろう。それくらいの人の見る目はもっておるつもりじゃ」
ヤナギは杖をつきながら静かに言う。
「あれは選ばれたというか、自分からなるといいだしたというか……」
かなみはランスが総統に選ばれた経緯を思い出しながら言う。
「ホッホ。まあ、そうなのじゃろうな。あの男は良くも悪くも、己で決断しておるからの」
「あはは……」
「それにしても……。忍び……か」
ヤナギはまじまじと、かなみの姿を見る。偵察任務から戻ったばかりなので、忍者装束のままである。
「へ、変……でしょうか?」
「いや、実はカントーに、風魔の流れを汲む、セキチクで忍者を務める家柄があっての、親子で四天王とジムリーダーを務めているのだ」
「へぇ……。この世界にも忍者がいるんだ……」
かなみは少しだけ嬉しそうな表情で言う。
「事実上ポケモンリーグの諜報を担っている立場での。お前さんたちの監視も片手間だがやっておるのだ」
「えっ!? そうなんですか……。あっでも、確かに私と似た匂いの人がいたような、いなかったような」
かなみは偵察任務で感じた違和感を自身で納得させようとしている。
「アカネだけでは心許ないからのう。補完程度で報告書に補足意見を加えておるのだ」
「ハハ……。それにしてもすぐに気付けなかったなんて……、ちょっと悔しいです」
かなみは言葉の端々に悔しさを混じらせていた。
「もし会う機会があれば、この世界の忍びの心得を教わるのも良いだろう」
「うー……。それはちょっと……、そーいうの結構痛い目にあってきてるんで……」
かなみはJAPANで行った伊賀忍頭領の犬飼や、くのいちの鈴女から仕込まれた、地獄のような特訓を思い起こしている。
「ホッホッホ……。まあ、精進なされよ」
「あ、おいジジイ、てめーとっくに精子枯れてそうな癖して、何俺の女口説いてんだ」
二人に気づいたランスが、ずんずんとヤナギに凄んだ。
「安心せい。女子に情欲を抱くような機能は、とっくに枯れておるよ」
ヤナギは軽く笑いながら、ランスの攻撃をいなした。
「あ、ランス。実はね、この世界にも私と同じような人がいるんだって!」
「かなみと……? 忍者がいるってのか?」
ヤナギは一度こくりとうなずいた。
「ほう、てことはくのいちもいるのか?」
「おるにはおるが……。やめておけ、もしあの父親に知られれば、いくらお前さんでもさっくり喉笛かっきられるか、猛毒を仕込まれるぞ」
ヤナギは警告の意味合いで、ランスを牽制する。
「あっ……結構子煩悩なんだ……」
「フン。忍者ごとき俺様が返り討ちにしてくれるわ。……そういや、シィルの姿がないが、どこ行ったんだあのバカ」
今更気がついたように、ランスは周囲を見回す。
「シィルちゃんなら、さっきお花摘みに行ったわよ。結構混んでるから時間かかってるみたい」
「トイレに行ったって言え。にしても遅ぇな。御主人様を待たせるとは、けしからん奴隷だ。今夜10発くらいぶちこんでやる」
そんな口を叩いていると、後ろからウルザが、肩を叩いた。
「……」
ランスが振り返った時、ウルザは下をうつむいていた。
「どうしたんだウルザちゃん。寂しいなら今夜、俺様が」
「……。この手紙が、いつの間にか私のポケットに入っていました」
ウルザはいつもどおり無視した後、ランスに静かに手紙を渡した。その表情は、彼女にしては珍しく少し青ざめていた。
『お話ししたいことがあります。今夜、貴女お一人でスリバチ山近くの小屋においでになってください。応じなければ、貴方がたのお仲間の命はありません』
手紙の趣旨はこういうものであった。
「どういうことだ」
「……。シィルさんを方方さがしたのですが、見つかりませんでした。それで、トイレ近くの林を見たら、シィルさんの持ち物が、落ちていたんです」
ウルザが差し出したそれは紛れもなく、シィルがいつも履いていた靴である。ワカバの時におろしたかわいらしい靴で、大事に履いていたことが見て取れた。
「あの馬鹿」
そう言ったランスの言葉とは裏腹に、強い怒りの炎がまるでみえるように、ランスは手紙を握りつぶした。
―つづく―