あー死ぬなこれ(諦め)   作:クイーンズの坊や

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人類は4万年かけて進化しながら、その広大な潜在能力の少ししか発揮できていない

 彼はたまに考えることがある。もしもあの日あの時、何らかの理由であの場所に居なければ、俺は何も知らずに生きていられたのだろうかと。

 

「答えはノーだろうけどね」

 

 はぁ、と溜め息。武装ヘリや戦車が、大量のロボット兵士を従えるようにして街道を進んでいる。銃声と爆発音が絶え間なく響く地獄のような光景は、このキヴォトスですら早々見ない地獄絵図。

 

 逃げ惑う市民、追い立てる兵士と兵器。ジェノサイドと言っても過言ではない所業。

 

「大人しく出て行っておけばよかったものを!!」

「うわぁ!!??」

 

 一人の兵士が銃を市民へと向ける。兵士である、訓練された軍人である。当然何の躊躇もなく、引き金を引いた。狙いは狂いもなく正確。

 

 しかし、彼が居た。

 

 独特なウェブの射出音、次の瞬間には同程度の太さの鋼鉄の十倍以上の強度を誇る糸が市民を庇うように展開され、銃弾を受け止める。

 

「なっ! この糸はスパイダー――」

 

 兵士達にとって2番目に警戒するべき相手が近くに居る。ソレを見てそう悟った兵士が銃をウェブが飛んできた方向へと向ける。自身の言葉も終わらぬ内の素早い対応。

 

「ご名答! それじゃおやすみ!」

 

 しかし、それすらもスーパーヒーロー相手には遅かった。

 

 

 


 

 

 

 過去に何度か、ムズムズを超えて痛いとすら思う程の予感を感じたことがある。ベン叔父さんを喪った時やメイ叔母さんを喪った時、他にはシニスターシックス達の引き起こした大規模テロの時とかなんかと同じくらいのムズムズ。

 

 間違いない。俺が何もしなければ、これから大勢が不幸になってしまう。

 

 その確信を得た時点で、俺は動き出していた。配達中だったピザと荷物を路地裏に隠して、スーツの上に着ていたバイトの制服も脱いで同じ場所に隠す。そうすればあっという間にスーパーヒーロー完成ってね?

 

 そうして準備を済ませた後、全速力でムズムズに従い急行してみれば――軽く地獄が広がっていた。見えるだけでも10機10両以上の戦闘ヘリと戦車。これだけの数の戦闘ヘリと戦車を相手にしたことは俺には無い。せいぜいが5機5両程度だ。その上オマケとしては過剰すぎる軍事訓練を受けた歩兵が軽く数千は居る。ゴキブリだってもう少し遠慮ってものをすると思うな。

 

「はぁ、でもやるしかないか」

 

 とりあえず今すぐ市民に危害を加えそうなロボットは粗方壊しといた。生き物相手じゃないってのは気楽だべ、だって捕縛なんてせずに壊してしまえばそれで終わりだから。

 

 倒すべき敵達と向かい合う。どうやら俺の事を知って居そうだ、全員が全員俺への敵意剝き出し。人気者は困るね、もう本当に困っちゃう。

 

 遮蔽物から身を乗り出して、ビルの屋上に仁王立ちする。

 

『んんっ……』

 

 とはいえ俺はヒーローだ。一応の降伏勧告もしておかなきゃならない。戦わずに終わるならそれが一番良いしね。いやぁ、念のため拡声器借りて来てて良かった、避難誘導にも使えたしやっぱ俺ってば天才。

 

『あー、この町に住む善良な市民と、世界中の真面目に働くロボットたちに代わって言う! その機械仕掛けの手から銃を手放し、大人しく投降し――』

 

 強い首のムズムズと破砕音と共に握っていた拡声器が壊れる。咄嗟に遮蔽物に隠れなおすと、遅れて大量の銃弾が俺の命を狩り取ろうと飛翔する風切り音が聞こえて来る。なるほど、どうやら交渉は決裂らしい……はぁ、やっぱりこれが俺の日常なんだな。

 

「とはいえ、これだけの数、今の俺にはちょっと無理かも……ごめんカッコつけた、かなり無理だ……!」

 

 俺のスーパーパワーで今使えるのなんて怪力と壁に張り付けるのとスパイダーセンスくらい。これでどうやって軍隊を相手にするって言うんだ? そりゃ弓の無いホークアイよりはマシだろうけどさ?

 

 ……だけど、どうにかする方法はあると言えばある。この世界に来て得た知識と技術、そして俺自身の経験と記憶から作り出した新たなスーツを使えばやれなくはない。理論上は。

 

「だけどあれはまだ実証段階の代物だし、まだ実戦で使えるかどうかなんて――」

 

 違う。

 

「迷うなピーター。お前が作ったんだ、行けるだろう」

 

 覚悟を決める。そうだ、ピーター・パーカーの発明品だ。やれるはずさ。

 

「そうさ、そうだろ。やらなきゃ皆が不幸になる……やるぞピーター!」

 

 左手のウェブシューターに増えたボタンに指を添える。一瞬の間を開けて電子音、指紋認証が終わったサイン!

 

 スーツ越しの指紋認証システムを作るのには苦労したんだよ? これだけでもミレニアムに売り込める技術だと思う。戸籍さえあればミレニアムプライズにでも応募したかったね! ……まぁ、俺の年齢的に高校に入るのは厳しい気もするけど。一応高校は中退だからワンチャンあるかな?

 

 あー……軽口叩くと幾分か気分がマシになる。ようやく最後の引き金を引く覚悟も固まった。

 

「ふぅ……行くぞピーター、やるぞスパイダーマン……」

 

 一息にボタンを押し込む。左手首から冷たい感覚が這い出てくるのを感じる……展開は上手く行ってるみたいで安心した。あとは上手くスーツ全体を覆って尚且つアシストが効いてくれれば万々歳なんだけど。

 

 まぁ、何はともあれ――

 

「――マスク(装着)だ」

 

 予め設定していたキーワードに反応し、高速でスーツ全体を黒い液体のように振る舞うナノマシンが覆う。冷たい感覚を伴うそれはあっという間に顔を含めた全身を覆う。それに伴い一瞬視界が途切れ、次の瞬間には圧倒的なまでの情報量が視界に収ま――やばっ気分悪い。まぁ……うん、とりあえず機能面のアシストはしっかり動いてるみたいで安心。

 

 情報量を落とすように念じつつ、近くのガラスを見る。我ながら中々格好良い黒いスーツのスパイダーマンが映っている。しっかり全身しっかり覆えてて良いね!

 

「うひょー良いね、格好良いよこれ!」

 

 イメージしたのは俺もかつて寄生されていたシンビオート。そしてアイアンスパイダー等のトニースターク製のスーツ。つまりナノテクブラックスーツってことね? 何を隠そう、この世界にナノマシン技術があると知って真っ先に勉強した理由がこれだったんだ、カッコいいし多分強いから作りたかった。

 

 性質はともかくとして黒いスパイダーマンって格好良いよねやっぱり! 作って良かった新スーツ。

 

 さて、はしゃぐのは程々にしてすべきことをしなきゃ。

 

「頼むよ上手く動いてくれよ~頼む頼む……起きて、カレン」

《――起動しました》

「よしっ!」

 

 補助AIはしっかりと動いているみたい。あぁ、名前をカレンにしたのはマーベルスパイダーマンリスペクトね? 分かってるだろうけど一応。

 

 さて、拳銃に例えるとセーフティは外した、弾も込めた。狙いだってつけた。

 

 後は引き金を引くだけ――今更躊躇したって遅いか。さっさと引いてしまおう。

 

「――それじゃあ戦闘補助システムを全部起動して」

《申請を受諾。瞬殺モードを起動します》

 

 視界がブレる。気付けば場所がビルの上から地上へと移っており、周囲には粉々になったロボットが無残に転がっている。

 

 これ、俺には過ぎた力かも……でも今は必要だ。少なくともこれだけの数を対処するのは……アベンジャーズでも少し厳しいだろうしね。数だけで言えば無印アベンジャーズのチタウリ以上だし。

 

「ちょっとタイミング遅れてる気がするけど――スパイディ、行きまーす!」

 

 これは赤いヒーロー違いかな?

 

 

 


 

 

 

 瞬殺モードだなんて大層な名前を着けられているだけはあった。

 

 文字通り脊髄反射で体を動かすことが可能になるように作られたスーツは、装着者の持つ超直感(スパイダーセンス)に従う。背中から展開された触手のようなサブアームが周囲の兵士を貫き、内部で拡散し、粉砕する。

 

「ぐG ag  sgggggg gggggg   gg g g ― ―」

「うわスゴ、考えるよりも先に体が動く」

 

 戦闘開始から5秒程度。もうすでに20体近い兵士が周囲に散乱していた。普段のウェブを使ったテクニカルな無力化戦術ではなく、その圧倒的なフィジカルを遺憾なく発揮する暴れっぷりは緑の巨人を思い起こさせる。

 

 空を飛ぶヘリのローターにはいつの間にかウェブが絡み機能不全に陥る。戦車は装甲の隙間にサブアームが突き刺さり、内部をグチャグチャにされ沈黙する。

 

 周囲の兵士は移動の片手間に粉砕され、僅かばかり彼に向かう銃弾は全て防がれるか避けられる。

 

「すっご……ナノマシン凶悪すぎでしょ」

「俺の体の中に似二g gg g g g ggg」

「あー……まぁ、ロボットだからヒーロー的には大丈夫だよね?」

 

 串刺しにする時点で結構殺意が高いのに、ナノマシン全てが内部をズタズタにしてしまおうと暴れるのだから凄まじい。予想外の殺害性能の高さ、スーツに覆われていて見えないが、若干の冷汗が彼の額に浮かぶ。

 

 あまりにも、絵面がヒーローではない。黒いスーツなのも相まってかなりヴェノムである。いやでもまぁエイジオブウルトロン的な絵面にも見えなくないからギリギリセーフだ、と彼は自分を納得させる。

 

 形容しがたい重い金属音。次の瞬間には粉砕され辺りに散らばる兵士。うーんかなりヤバンである。

 

「クソ! 化け物が!!」

「俺から見たら君達の方が化け物に見えるけどね!」

 

 とはいえ、正義は彼に有る。親愛なる隣人は、今も兵士達の横暴に怯える善良な市民の為に戦う、そんな大義名分があるだけで良い。誰かの悲しみが彼の手で拭われる、そんな事実があるだけで良い。

 

 なんせ彼は、スパイダーマンに憧れたスパイダーマンなのだから。

 

「どう? このまま戦うのやめて俺と踊らない? きっと良いダンスになると思うんだけど」

「ふざけやがって……! 全員全部撃ち込んでやれ!!」

「おっと、失言だったかも。忘れて!」

 

 一層激しさを増す銃撃を避け、或いは受け止める。彼の超直感(スパイダーセンス)とナノテクスーツの組み合わせは嵐とすら言えてしまうであろう弾幕すらも、多少の掠り傷で済ませてしまう。そのついでに兵士を粉砕するくらいもだ。

 

「でもやっぱ、殲滅力はこういう時足りないかも……」

 

 少々乱れた息を整えながら彼はビルの陰から様子を窺う。たった数秒で2桁倒せたところで、敵は千を超える大軍団。この大軍団から市民を守りながら戦うというのはあまりにも無理がある。

 

「だけどまぁ、諦めるってのはカッコ悪いよね」

 

 やれるのは自分しか居ない。それに諦めるのはカッコが悪い。彼だってピーター・パーカーである、スパイダーマンである。あのスパイダーマン2099ことミゲル・オハラでさえカッコつけ野郎だったのだから、彼だってそうなのだ。

 

「人類は4万年かけて進化しながら、その広大な潜在能力の少ししか発揮できていない……ノーマンはそう言ってた」

 

 この極限状態、その潜在能力が覚醒するタイミングにしては絶好すぎるじゃないか。4万年の進化をここからの数分で軽く跳び越えてやる。彼はマスクの下で笑う。切れた頬から血が流れ込んで来るが気にしない。

 

「カレン、スーツの状態は?」

《現在ナノマシン損耗率12%です》

「上等。今治療に回してるナノマシンも全部戦闘に使って」

《承諾しました》

 

 全身の痛みが増し、彼の体が一瞬強張る。それがどうした、関係ないだろうスパイディ。

 

「イぃッヤッフー!!」

 

 ビルの陰から大声出して飛び出す。まだまだ戦いは続く、テンションを上げて行こうじゃないか。常に余裕っぽく装い軽口を叩くカッコつけ、それがスパイダーマン。彼の思い描くヒーロー像。

 

「君達がお家に帰りたくなるようにしてあげるよ! 兵士君達!」

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