左隣の左さん 作:シソーツョ・ジョシスキー
現代文の授業は好きだ。
教科書に載っている作品はどれも名作ばかりで、クラスのみんなは退屈そうだけど、やっぱり面白いと思ってしまうのは、僕がちょっと変わっているからなのだろうか。
『清兵衛と瓢箪』という志賀直哉の短編がある。
簡単にあらすじを説明すると、瓢箪にどハマりしている清兵衛という少年が、あまりに熱中するあまり授業中にも瓢箪を磨きまくってしまい、それがバレて取り上げられた挙句、DV気質で毒親の父親にブチギレられ、ブン殴られた挙句に大切にしていた瓢箪を全部ぶっ壊される。だが教師が取り上げた瓢箪は見事に磨かれていて、骨董品屋に持ち込んだらめちゃくちゃ高値で買い取られた、という話だ。
『清兵衛と瓢箪』についての授業が始まって数日後、それまではそれぞれの段落のポイントを板書し、清兵衛の気持ちがどうとか、この物語が伝えようとしている意図は何かだとか書いていた現代文の先生(いつもおっとりしている清水先生)が、原稿用紙を2枚、一人一人に配っていって、こう言った。
『この作品の感想を書きなさい』
よし来た。
得意分野です。
僕はこういう時、鬼ほど感想を書いて、先生をビビらせる事ができる。
人に自慢できる事があまりない僕だが、これでも小学生の時から読書感想文コンクールではコンスタントに入賞するガチ文豪なのだ。
さて、今回はどういうタイプでたまげさせよう。
やはり王道に、この作品の重要なポイントをまとめ、それを作者のバックボーンに照らし合わせるパターンでやるか。
この王道パターンは僕の『読書感想文必勝法』で、前半を作品と作者な分析、後半を実体験(なければ適当にでっちあげて)と重なる部分があって共感しましたとかなんとか適当ぶっこけば、読書感想文として随分様になる、というものだ。
「しかも今回は出来が良いのはコンクールにも出すから、入賞したら図書カード2000円分も貰えるわよ〜」
オイオイオイ、マジすか。
俄然やる気が出てきた。
僕の文章で全員殺す(?)つもりで書かざるを得ない。
「先生!原稿用紙もっと貰ってもいいすか!」
「いいわよ〜」
とりあえず余っている原稿用紙を貰う事にした。
こんなんね、数書いときゃええんですよ。
読書感想文なんてのは、結局の所、根性なんすわ。
さて、なぜ僕がこんなに気合い入っているのかと言うと、勿論理由がある。
図書カード(バイトしてないから2000円でも貴重な収入だ)の確保も勿論の事ながら、実は我が家では一つルールがある。
それは、成績の『歩合制』だ。
我が偉大なる母上は、優秀な成績を残すと、ホイホイ追加のお小遣いをくれる。
例えば通知表の評定が『4以上』の数だけ1000円、みたいな感じだ。
その中で、コンクール系の入賞は、破格の5000円、しかも最優秀賞なら10000円とクソデカボーナスを頂けるのだ。
おっかさん、見ててね、僕の迫真の感想文。
そんなわけで、放課後になった今、僕は夕陽に照らされながら、マジのマジ、フルパワーで感想文を書いているのだ。
右手の側面がみるみる内に真っ黒になっていく、いいペースだ。これなら晩御飯どころか下校時間にも間に合う。
よし、まず1枚目ェ!!
自分の才能が怖いぜ。
ふと、隣を見ると左さんも迫真の表情で原稿用紙になにか書いている。
どうやら、僕と同じく読書感想文のようだ。
「おっ、左さんも?でもオイラ負けないよ」
「別に、入賞する為に書いてるわけじゃない」
その割には迫真の表情で書いている。しかもよく見れば原稿用紙に少しだけ厚みがある。恐らく5枚、いや6枚は重ねられている。
強敵出現と言った所か。
それにしても、左さんはどんな内容を書いているのだろう。
なんだかちょっとした好奇心が湧いてきた。
チラリ、とまず書き始めを覗いてみる。
『私は、この残酷で醜悪な児童虐待の物語を読み、社会で法的制裁を受けずにドメスティック・バイオレンスを振るう家父長制的な観念の醜さと、それによって職業選択の自由を歪められ、社会参画の機会を失った虐待児童の悲哀を描いた、家庭環境問題への啓蒙を孕んだ文学作品だと読み取りました。もし私が清兵衛の教師、または(この時代では存在しませんが)児童相談所の職員であったとしたら、私は清兵衛の父親から、強い法的効力によって親権を取り上げるでしょう。…………』
か、書き出しから凄まじいパワーだッ!!
なんてインパクトッ!これほどまでに目を惹く感想文はそう無いッ!
いや、というか………
なんか圧がすごい。筆圧もすごい。
原稿用紙を刺し殺そうとしてんの?
そして黒い!文字が真っ黒だよ!!
てか字めっちゃ綺麗!!
うわーッ!ツッコミどころが多すぎるだろ!?
「左先生、これは学会を揺るがしますな」
「は?勝手に見ないで頂戴」
「すんません」
うーん、そしてこの熱い正論。
左さんはどうやら、この作品を読んで、何やら思う所があったらしい。
真剣な表情で、そのお手本みたいに綺麗な文字を書き連ね、時々虚空を睨んでは、また文字を書き殴るように忙しなく手を動かしている。
彼女のあまりに真剣な顔を見ていると、この読書感想文で端金を得ようと画策している自分が、やけに卑しい人間のように思えてきた。
「…………感想、変?」
小首を傾げながら、左さんが鉛筆を置く。
これは重大だ。
返答によっては、僕は美少女との縁を失う。
スローモーションとなる視界を眺めながら、脳内のスーパーコンピューターを稼働し、ベストな返答を考える。
候補1:『文が重いって!引くわ〜〜〜』
A:論外。カス。クラスで一番面白くない人間がやるリアクション。これを言った日にゃあ僕は席替えの日まで左隣から軽蔑の眼差しを浴びながら暮らす羽目になるだろう。
候補2:『ふーん、いいじゃん』
A:何が?ってなる。これを言った日にゃあ僕は侮蔑の眼差しを向けられながら、適当ぶっこいてんじゃねぇよってツッコまれ、僕はその短い生涯を終えることになるだろう。
候補3:『足りないねぇ!もっといこう!』
A:大博打。負ければ死。だがこの荒波を乗りこなせば、美少女からの好感を獲得し、人生に勝利する。
よし、候補3でいこう。
僕は一体今まで何で暗いニュースを見てきた!?
この為だろうが!!!
「足りないねぇ!もっといこう!」
「え?…………ぐ、具体的には?」
ノった!!第一関門突破ァーッ!!
「親権をとりあげるだけじゃ足りないよ!僕なら清兵衛の父親を暴行罪、器物損壊罪で逮捕するねッ!」
どうすか、この『更に押す』というコミュニケーションのスタイルは。
まず、前提として、この戦法は汎用性が低い。
今までの友だちとか知り合いは、なんか小難しそうな話よりも、テンポ感のある小気味いい会話が好きな感じだった。
だが、左さんは違う。
恐らく、左さんは『議論好き』だ。
なんだかんだこの十数週間で、左さんの傾向は掴めてきた。
ならば、この戦法は通る筈だ。
「………確かに」
勝ったッ!僕の青春はこれからだッ!!
コミュ力なんてのはね、強くぶつかって後は流れなんすよ。
最初にハマれば後はペラ回しときゃええんすわ。
「でも作中の時代って、多分大正時代だよね?それなら児童虐待への対応ってどうなるんだろ」
「待って、一旦時代背景は無視して、現代の価値観で考えてみない?多分これと似た事例、今もまだあると思うの」
「勿論ですよ姉御ォ!」
「は?」
「許してください」
その後、僕たちは読書感想文はそっちのけで、『児童相談所が事件発生前に機能不全家族に介入するにはどうすればいいか』だとか、『そもそも虐待事件を根本的に撲滅するにはどうするべきか』みたいな、マジで意識が高すぎる会話を下校時間まで討論した。
後半あたりに差し掛かると左さんも興が乗ってきたのか、いつもよりも早口で声もデカかった。
こうして、僕はまた一歩、リア充街道に近づいたのだった。
◇
マイナー・スレット。
好きなバンドの一つだ。
バンド名の意味は『少数の脅威』。
これは最初、ハードコア・パンクを演奏し、ストレート・エッジの思想を持つ数少ないパンクロッカーたちの宣言だと思っていた。
或いは、その解釈で正しいのかもしれない。
だが、もしこの『少数』が『たった62人の大富豪』の事だったら?
全世界の現金、土地、物件、株、その他の、『富』と呼ばれるもの。
その富の半分は、たった62人の大富豪の誰かが所有している。
それはなんて、不平等なのだろう。
なぜ、その掃いて捨てるほど所有している食料の一部を、餓死しかけている人たちの為に分けてあげないのだろう。
なぜ、その掃いて捨てるほど所有している土地の一部を、何処にも住めない人たちの為に分けてあげないのだろう。
なぜ、その掃いて捨てるほど所有している現金の一部を、仕事にも就けない人たちの為に分けてあげないのだろう。
分かっている。
あぁ、分かっている。
もう既に、それはやっている。
日本も、アメリカも、先進国たちはやっている。
でも、きっと足りない。
まだ、足りない筈なんだ。
もっともっと、悲劇は減らせる筈なんだ。
もっともっともっと、人は平等であるべきなんだ。
私は最近、ずっとこういう事ばかり考えている気がする。
勉強をする時、パンクかシューゲイザーのどちらかを聴きながら筆を走らせる。
鼓膜を殴るノイズとシャウトで、私の中の、どこまでも怠惰な諦観を殺す為に。
でも、ふと、集中の糸がプツンと切れると、こういう事を考えて、考えて、それで、私の時が少しの間だけ、止まる。
私は勉強が好きという訳ではない。
むしろ、嫌いだ。
だって、しんどいんですもの。
ホントはしたくない。
出来ればしたくない。
許されるのなら、楽をして生きたいとも思う。
でも、心がそれを許してくれない。
自分自身が、それを許さない。
ただ、突き動かされるように、どこまでも知識を求める欲望が、止めどなく溢れてくる。
だから、それを解消する為に本を読んでいる。
北富樫高校に入学して、一つイイ事があった。
それは、図書室が充実していた事。
気になっていた本が沢山あった。
私は本を買う余裕すらない。
それを惨めに思う事もある。
何故だろう?
『だから諦める』という選択肢が浮かんだ時、何故こんなにも胸の奥底からマグマのように煮えたぎる苛立ちが湧き上がってくるのだろう。
私は本を買う余裕がない。
そう、私は本も買えない。
62人の大富豪は、本を買えなくて困った事なんて、一度だってないだろう。
それが、ただ許せない。
そしてきっと、明日食べる物がない子どもたちは、私の生活を見てこう言うだろう。
『羨ましい』と。
なんて、痛ましい現実。
私の悩みは贅沢なのだろうか。
それとも、普通の事なのだろうか。
今日、私は久しぶりに誰かに『自分』を見せた気がする。
『自分』と言っても、多分それは『一部』に過ぎないのだろうけど、でも今までは一部さえ出せなかった気がする。
中谷くん。
たしか、下の名前は、正道、だったと思う。
彼は、温かみのある人だ。
たぶんそれは、貴重だ。得難い才能だ。
よく、私に気を遣ってくれるものだ。
最初はどこか、ただのお調子者の気まぐれだと思っていて、ちょっと試すような事をしてしまっていたけれど、でも、彼は懲りずに話しかけてくれた。
彼は一見ふざけているようで、でも、ちゃんと私を見ているような、そんな気がした。
だから、私は明日、勇気を出そうと思う。
部屋の片隅で佇むギター。
私の大切な、ギター。
『Spuier Classic Vibe '70s Jaguar』
この子をこのまま、部屋の中に閉じ込めておくなんて、可哀想だ。
だから、私は明日、勇気を出そうと思う。
折角だから、久々に何か弾こうかな。
……いや、気がつけばもう深夜だ。
引き出しからピックを取り出したけど、また元の位置に戻した。
明日、明日だ。
明日、勇気を出そう。
たしか、昨日もそう思いながら寝た。
でも今度こそ、勇気を出そう。