2/14に書いた奴。元ネタは勿論笑ゥせぇるすまん。

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第1話

 "ドーン!! "

 ”じゃあ、後はよろしくね──先生」

 

 そんな言葉を言い残して「先生」がどこかへ消えていったのがたった数分前。

 ……なんか枕を抱えてクマのひどい目で居住区へと消えていったから、おそらく寝室へ行ったのだろうけども。

 きっかけは何の気なしの雑談。少なくとも私はそう捉えていた。

 ───

 ──

 ─

「にははは~先生、今日は調子悪いですねえ!」

 

 2月14日、シャーレの執務室。反省部屋から脱出を果たしてしばらく。シャーレへと緊急避難させて貰った私はそのまま先生とボードゲームに興じていた、のだが。

 先生の戦績があまりにも悪い。

 おそらく何も考えずに自分のターンの行動を使って、直後に「あっ」と失敗を悟るような安易な動きをしていたり、あるいは単純にツキに見放されているような。

 

 チェスやリバーシならともかく。今遊んでいるゲームは運要素も多分に含んでいるので、普通であれば運の悪さも相まって私の方が分が悪い、筈なのに。

 なぜか今日は面白いくらい勝てている。

 

 だから。今までにないくらい勝てている事実に楽しくなってしまって。つい、調子に乗ってしまったのだ。

 そばに転がっていたエナドリの缶にも、疲れが溜まっていそうな先生の顔色にも気づけなくて。

 

「もしかしてバレンタインでたくさんのかわいい子からチョコを貰うイベントばっかりだったんじゃないですか~~!? それで運なんか使い果たしちゃったりして! 先生ったらスミに置けないんですから本当に、羨ましいくらいです!」

 

「──そんなにモテるならいっそ私と変わってくださいよ!」

 

 別に深い意味があった訳じゃない。私が先生なら。

 きっとユウカ先輩に鬼の形相で追いかけられたりしないのになあ。とか。

 きっとノア先輩からニコニコな笑顔で詰められたりなんてしないんだろうなあ。とか。

 

 さっきまで反省部屋に居たからよぎった思考をそのまま口をついたような、ゲームで勝った側が負けた側へ送れるじゃれあい染みた煽り。

 

 ”──なら、変わってみる? ”

 

 それが切っ掛けだなんてまるで、思いもしていなくて。

 

「……え?」

 

 コマを左手で持ったまま、がっしりと肩を掴まれ。ひどく眼窩が窪み、色の濃いクマを浮かべている顔がやけに印象に残る先生は、人差し指だけを立てた右手を私の眼前に振り下ろした。

 ─

 ──

 ───

 先生が消えていった扉の方を見ながら呆然としていれば、置き忘れていったのか一台のタブレットが机の上で点滅している事に気が付く。

 確かあれは「シッテムの箱」と先生が呼ぶ、先生にしか扱えないタブレットだった筈。

 私もいつだったか試しに触らせて貰ったけど、画面は真っ黒のままうんともすんとも動かなかったことを覚えている。パスワードとかロックとかそういったものと全く関係ないレベルで私には使えない物なんだなと思った代物。それが今。

 まるで何かを主張するように激しく、光っている。

 

 恐る恐る近づくごとに、ただ光っているだけでは無い事が分かった。机をかすかに揺らすバイブレーションのような震え。

 

「──!」

 

 よく見て、聞いてみればそれは振動でもあり。音でもあり。より正確に表現するのであれば「声」なのだと理解できる。普通なら内容も聞き取れておかしくない程の距離から聞こえるのに、なぜか声と認識は出来ても意味としては耳に入ってこない。

 その異質さに違和感を覚えながら、こわごわとシッテムの箱へと手を伸ばす。持ち上げてみれば何のことはない、ミレニアムで出回っている最新型と比べれば数世代くらい古いタイプに見えるタブレット。

 けれど以前は私が持ったところで何の反応も示さないただの板だったのに。

 なぜ声が聞こえるのだろうか。なぜ画面が光っていると認識できるのだろうか。

 

「───!」

 

 そんな疑問と「声」に背を押され、至って「普通」のタブレットの画面を覗き込む。そこには。

 

「あー! もう先生ったら! さっきから呼んでいるのに無視するなんてひどいじゃないですか!」

 

 生き生きと動き回る、表情豊かな青髪の女の子が。ぷんぷん。そんな擬音が聞こえんばかりに怒っていた。

 *

 ”……私に向かって言ってますか? ”

 

 タブレットを持ち上げ、画面内の少女に話しかけてみる。……何か変だ。手に取った瞬間に、振動(ノイズ)が意味を成して耳に響く。言葉では言い表せない、纏わりつくような気味悪さを感じる。けど、今はそれどころじゃない。

 

「そうですよ! ほったらかしにするなんてひどいです! アロナちゃんだって怒る時は怒るんですからね!」

「ってまた『変えた』んですか!? 24時間経たないと……あれ? もう大丈夫そう……」

「なら問題ありません! 改めまして、よろしくお願いしますね! 『コユキ』先生!」

 

 浸水して今にも壊れかけの教室。そんな背景の元、腕を組み全身で怒りを表現している彼女は「アロナ」と言うらしい。受け答えの正確さや行動の多彩さといい、タブレットの古さとOSの性能が釣り合っていない感じ。

 

 疑問に思う事はいくつもあるけど、問題は。今、タブレット内の少女は……アロナと名乗った彼女が、私を「先生」と呼んだ事。なにかセンサーや機能に不具合が発生しているならそれでいい。後で再起動でもかければ直るかもしれない。

 

 けれど恐らくそうじゃない。

 だって、明らかに彼女はディスプレイを凝視していた私に視線を合わせて──そもアプリなら私がカメラを見ないと「視線が合う」のは成立しない筈──私を認識した上で発言を続けた。

 顔認証システムはよく似た顔立ち、例えば双子なんかでは稀に登録者でない姉妹を通してしまうなんて事例は聞いたことあるけれど。背の高さも性別も、何もかもが違う私と先生が似ているなんてありえない。と否定の思考がめぐり、同時に連想したのは先生の背。……あれ? どれくらいだっけ? 私より高いのは間違いないけど……。そもそも、

()()()()()? 

 たった一瞬前まで明確に脳裏に思い浮べられた様々な記憶が、土砂降り手前の空模様みたいに曇っていく。抜け落ちる、というよりは希釈されてぼやけていくような感覚。どうにか押しとどめようとした私の思考は、

 

「ほーら、この後の時間もスケジュール詰まってるんですから! バレンタインですよ、生徒の皆さんがお待ちです!」

 ”いや、ちょっと私は! 先生じゃ──”

 ──ありません。

 

 言い切れなかった言葉と共に、同時に響いた扉越しに聞こえる、期待に満ち満ちた誰かしらの生徒の声によって阻まれ。”私”は、先生の職務に従事せざるを得なくなった。

 ───

 ──

 ─

 おかしい。だって、ユウカ先輩もノア先輩も……他校の生徒ですら誰一人例外なく、黒崎コユキ()を「先生」と呼ぶ。

 

 ”にはは……あー、美味しそうですね? ”

「〇〇〇〇〇」

 ”〇〇〇〇〇”

「〇〇〇〇〇」

 

 明らかにさっきまでと違う私の姿を認めて、かつそれを「先生」だと認識している。

 なにより……今、この状況で、私は否定的なアクションを起こせずに状況に流されてしまっていることが異常だ。

 なぜか「先生」と呼ばれると、その通りに動かなければならないと。強く、脳髄を掴んで揺さぶられるような感覚に支配されてしまい、先刻の思考を手繰ろうにも上手く行かず。

 気持ち悪い。必死で吐き気を嚙み殺し、「先生」と呼ばれていない隙間で正気を保つ。そんな状態で幾人もの生徒とのやり取りをどうにかやり過ごし。

 

 もう何人目かも忘れた誰か(生徒)の、思わず溢してしまったと言わんばかりの言葉が、やけに耳にこびり付く。

 

「やっぱり先生ってば、いろんな人からチョコ貰ってるよね? ……まあ、私には分からない感覚だけどさ。もう少し、私の事も──」

 ”今、なんて言いました? ”

 

 きっとそれは、(先生)に思いを寄せるとまでは行かずとも、決して悪くは思っていない誰かの言葉。

 けれどその言葉は当然、今の「先生」に響く訳が無い。当然だ。だって、今の先生はこの生徒が長く思いを交わして距離を縮めた(先生)ではなく。突然その役職に就いたコユキ(先生)でしかないのだから。

 

 そして私には、その言葉は蜘蛛の糸にも似た天啓をもたらした。

 

 こうなる前、私は何をされた? 「やってみる?」と持ち掛けられ、”先生”から「私」へと。役割が渡された。

 なら、今の私が曲がりなりにも先生であるならば。先生()から”生徒”へと、また、同じように。

 移すことが出来るのでは? 

 

 言い表せない気持ち悪さから解放されたい一心で、私は呟いた言葉と共に、目の前の生徒の肩をがっしと掴み。まるで、私に「移した」先生と同じ様に。

 それが果たして、私へ「先生」が渡された時と寸分違わず同じだったと。終ぞ気が付かないまま。

 

 ”なら、変わってみる? ”

 

 大きく、人差し指だけを立てた右手を振り上げ──。

 ─

 ──

 ───

「──って感じで、とっても大変だったんですから! せっかく誕生日なのに夢見が悪いってもんじゃありません!」

 

 2月14日、シャーレの執務室。チョコに仕込んだ手紙を元に反省部屋を抜け出した私は、誕生日プレゼントとして貰ったボードゲームをその場で開封して先生と遊びながら、愚痴をこぼした。

 

 ……結局、右手を振り下ろしたと同時に飛び起きた私の眼に映ったのは、常夜灯が灯る自室の天井。寝汗のうっとおしさに顔を顰めながらスマホを傾ければ、「2月14日 02:31」を表示していた。

 思わず安堵の溜息が口から漏れ、再度ベッドに身を預ける。夢を見ていたのなら寝ていたのだろうけど、全くもって疲れしか溜まっていなかった私は、寝汗に濡れたベッドの気持ち悪さも忘れてすぐに眠りに落ちた。

 今度は、夢も見なかった。

 

 ”あはは……それは災難だったね”

「本当ですよ!」

 

 コマを掌で弄びつつ、未だ鮮明に思い出せる夢を回想する。本当にあれは、何だったのだろうか。夢ではあるのだろうけど、あまりに生々しく真に迫っていたような。

 また薄気味の悪さが忍び寄ってくるようで、慌てて頭を振って考えを散らす。勢いのままコマを動かし、思考を盤面に戻し、思いついただけの軽口を叩く。

 

 ──あんな夢を見るなんて、私もつかれてるって事ですかね? 

 

 私の言葉がまるで、糸でも断ち切ったかのように、先生が動きを止めた。かくん、と首を下げ、左手に持っていたコマを落として。

 

 ”本当に、夢だったと思う? ”

「……え?」

 

 次の瞬間、伸ばされた左手が私の肩をがっしりと掴み。前髪が触れ合う距離で先生が顔を上げた。ひどく眼窩が窪んで、色の濃いクマを浮かべている顔がやけに印象に残る先生は、まるで、たった今思い返した夢の中に出てきた表情そのもので。

 

 人差し指だけを立てた右手を私の眼前に振り下ろし──。




無限ループって、怖くね?

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