「……過去最悪の食事でした」
お姉ちゃんは朝食を終えるなり、開口一番そう言い放った。
私は溜め息をつきながら返す。
「言い過ぎです」
まったく……。朝っぱらから“最悪”認定される私の心境も考えて欲しい。
すると、書類に埋もれていたヒナ委員長が顔を上げた。
「……なに?またカナが何かやらかしたの?」
「私の乙女心を弄ばれました……」
「どういうこと……?」
「今朝のラーメンがですね、私が作ったとお姉ちゃんが勘違いして“感情のスープ”とか“プロポーズ”とか言ってベタ褒めしたあと、先生に貰ったと真実を言った瞬間に“ドブみたいな味”と言ってました」
──暴露しなくていいことまで、全部自分から言うあたり、私もポンコツですね。
ヒナ委員長は少し首を傾げながらも、呆れたように答える。
「え?それの何が気に入らないの?先生から貰ったやつなんて羨ま──味なんて変わらないでしょ」
「あー……いつも多忙なヒナさんには味なんて分からないですよね」
(死にたいのかなこの人は)
案の定、ヒナ委員長の眉間に皺が寄る。
「喧嘩なら買うわよ」
「勘弁してください」
お姉ちゃんは椅子ごと後ずさったが、口は止まらない。
「いやぁ、やはりヒナさんは日々のストレスが表情に出てて分かりやすいというか、貫禄のクマですね。あ、あとお肌の乾燥は──」
「おおっと!手が滑ってエルボーが!!!」
──ガツン。
「ぐはぁっ!???」
私の肘が見事にお姉ちゃんの後頭部へ直撃した。
床に沈んでいくその姿を見下ろしながら、私は冷静に言う。
「なんでお姉ちゃんはすぐに煽りに行くんですか」
「アコ、やりすぎ」
横でヒナ委員長が若干引き気味に言うけど、私は首を振った。
「いえ、これぐらいやらなきゃ学ばないんですよこの人」
「いやそうじゃなくて」
「……あ、なるほど。床が血で汚れるのを気にしていたんですね」
「誰がそんなこと言ったの」
──そんなやり取りの最中。
「……う……うぅ……」
ぐったり倒れていたお姉ちゃんが、ぴくりと指を動かした。
慌てて顔を覗き込むと──
「ここは……どこ……私は……誰……?」
「やばい、記憶飛んでる!?」
私の声が裏返った。ヒナ委員長もイオリもチナツも、緊張した顔で身を寄せる。
「ちょっと、アコ。まさか本気で脳にダメージ与えたんじゃ……」
「違うんです!私のエルボーはあくまで反省を促すための教育的指導であって!」
「そういうときに“教育的”って言葉使うやつは大体過剰でしょうが」
──次の瞬間。
「……おはようございます。風紀委員の天雨カナです。本日もよろしくお願いいたします」
「「「「誰ぇっっ!?!?」」」」
全員の声が重なった。
振り返れば、お姉ちゃんは背筋をぴしりと伸ばし、穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
……え、誰?ほんとに誰?
「本日予定されている巡回コースはすでに確認済みです。皆さんの負担を減らすため、私が多めに回りますね。あ、ヒナ委員長、昨日の報告書……こちらで清書しておきました」
「え……!? なにこれ……内容が完璧だし字も綺麗……!普段ならミミズみたいな字で『楽しかったです』とかクソみたいな感想文書いてたのに!!」
「ちょっと待ってください。何が起きてるんですか。どこいったんですか、私のお姉ちゃんは……!」
私は声を震わせた。
絶対これ、私のエルボーのせいだよね?
ヒナ委員長がぽつりと呟く。
「いやでも便利だなこれ」
「便利とか言わないでください!!」
⸻
数時間後。
風紀委員会の教室には、書類の山もなければ騒ぎもない。
みんなが黙々と働き、紅茶の香りが静かに漂っている。
「皆さん、お疲れではありませんか? よろしければこちら、カモミールティーです。リラックス効果がありますよ」
「こわい!!」
私はついに悲鳴を上げた。
穏やかで優しくて仕事ができる──そんなお姉ちゃんは、私のお姉ちゃんじゃない!
「もう限界です!そんな完璧で有能で優しいお姉ちゃんとか無理です!」
机を思い切り叩いて叫ぶ。
「落ち着きなさいアコ。これでいいじゃない。組織としては大助かりなんだから」
「いやダメです!あの謎ハイテンションでポンコツなお姉ちゃんがいいです!」
──これが私の、偽らざる本心だった。
「……エルボーでもう一回殴れば、戻るかも」
小声で呟いた私に、ヒナ委員長が即座に制止を飛ばす。
「やめなさい」
……戻ってきてほしい。
バカで、騒がしくて、ポンコツで。
でも、そんなお姉ちゃんが──やっぱり、私には一番大事なんだから。
「いや、これはもはや姉妹の絆の問題なんです。やります」
「やるな」
私は机の影からじっとお姉ちゃんの背中を睨んでいた。
有能モードでカップをきっちり整列させる姿は確かに絵にはなるけど──あれは私の知ってるお姉ちゃんじゃない。
「お姉ちゃん、ちょっと失礼」
「はい? なんでしょう──」
「おおっと!今度は足が滑ってエルボーが!!!」
──ズドン。
「ぐはぁっ!???」
私の渾身の一撃が後頭部に直撃し、お姉ちゃんは床へと沈んだ。
一瞬の静寂。
イオリが呟く。
「……今度こそ完全に壊れたんじゃ」
「でも、これで元に戻るなら──」
緊張が走る中、お姉ちゃんの体が動いた。
「……う……うぅ……」
「きた……っ!」
私は思わず身を乗り出した。
──しかし。
「──ふっふふ……見つけましたね、国家機密級の電子生命体、アコ3号……!!」
「おい誰だ!!?」
絶叫が重なる。
「お姉ちゃん!?今のは……何!?どこの世界線の発言!?さっきまでの有能キャラどこいったの!!?」
お姉ちゃんは制服の裾からなぜか基板を取り出して、真顔で語り始める。
「これを〇〇〇に挿すことで、私はキヴォトスの磁場と共鳴し……」
「元に戻ってないどころか悪化してる!?」
「まさか……エルボーする度に人格が変わる可能性が……」
「何そのガチャシステム」
「アコちゃん!もう一発エルボーを!」
「やるしかないですね……!」
──ズドン!
「ぐぼぁっ!?!?!?!?」
床に倒れるお姉ちゃん。
それでも私たちは期待を込めて見守った。
「……う……ぅ……」
「やったか……?」
「フラグやめて」
そして──
「……私は今……神の光を見ました……」
「やめてええええ!!!」
また新しい人格。宗教モード。
そこから先は、まさに地獄のエルボー祭りだった。
──バゴォッ!「千年前の風紀帝国の王女……!」
──ドガァッ!「“第七層のアーキテクト”……!」
──ゴスッ!「にゃ〜ん♡ アコに甘やかされたいのだ♡」
──ドギャァッ!「アコ病。特効薬はアコ」
──バキャァッ!「人格の損壊は倫理委員会の第135条に──」
──ドグシャッ!「アコこそが“概念そのもの”……!」
──ズギャッ!「アコアコアコアコアコアコアコアコ──!」
人格のバーゲンセール。
私は心のどこかで悟った。これ絶対もう戻らないやつだ。
⸻
数時間後。
「そんな……! バカな!!」
机に手をついてイオリが叫ぶ。
横ではチナツが膝をつき、私は震える拳を握っていた。
「威力を倍にしても……!」
「時間を置いてリトライしても……!」
「「「カナ(お姉ちゃん)の記憶が戻らない!!!」」」
「記憶の前に命が消し飛ぶわよ!!」
ヒナ委員長のツッコミが正論すぎて、誰も言い返せなかった。
床に沈んでいたお姉ちゃんがまた動き出す。
「……う……うぅ……」
全員が息をのんで見守る。
──そして。
「アコ教、ここに降臨──!!」
教壇の上に立ち、腕を広げるお姉ちゃん。
もう笑えない。完全に宗教法人。
「ダメだ!真面目にやっても戻らない!」
「じゃあどうすれば……!?」
その時、チナツがつぶやいた。
「……もしかして……必要なのは、物理じゃなくて……愛なんじゃ……」
「愛!?」
一斉に視線が私に集まる。そりゃエルボーより可能性はあるだろうと。
「いや、でもそれって……恥ずかし──」
「風紀委員会の未来はアコちゃんにかかってる!!」
「行政官、お願いします!」
「そもそも原因はアコのエルボーだからね」
全員の手が私の肩を掴む。
逃げ場はなかった。
「……お姉ちゃん!」
私は壇上のカナに向かって叫んだ。
「私は……私は!あなたの妹で!ずっと一緒にいたくて!バカだけど憎めなくて!」
そして──
「……お姉ちゃんのこと、大好きなんですっ!!!」
沈黙が落ちた。
蛍光灯がチカチカと瞬く中、お姉ちゃんがこちらを見る。
その瞳から、霧が晴れるように色が戻っていった。
「……アコ……?」
「あっ……!」
笑みを浮かべる。
「……死ぬほど……頭が痛い……」
そのままバタリと倒れるお姉ちゃん。
「「「戻ったああああああああ!!!!!」」」
教室に歓喜が響く。
私は胸に手を当てて深呼吸した。
──愛で戻った。いや、戻した。
壁に寄りかかったヒナ委員長が小さく呟く。
「……私、何の委員長やってるのかしら」
その言葉が、今日一番の正論だった。
次回、『万魔殿VSバカ』
ついにカナの本性が──
今後はどんな話がみたい?
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ブルアカ本編のストーリーに介入
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ギャグ路線で暴走
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アコとカナの百合展開
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カナの空白の10年間