晒し者決定戦、開幕
──万魔殿 執務室
静まり返った執務室の片隅で、マコトが一人、机に肘をついたまま、何かをぶつぶつと呟いていた。その眉間には深いしわが刻まれ、額には汗が浮かんでいる。
「……あの短時間で、私の言葉の穴をついてきた。無駄に理屈を並べてくる連中よりも、ずっと鋭く……」
かすれる声で、しかし何度も反芻するように呟く姿は、まるで何かに取り憑かれたようだった。
そんな彼女の様子を見て、部屋の奥にいたイブキが不安げに首を傾げた。
「ねえイロハ先輩、マコト先輩の様子おかしいよ?」
その問いに、イロハは深々とため息をついた。手にしていた手帳を机に置き、無表情のまま立ち上がる。
「……まあ、あれだけ鋭い言葉を浴びせられれば、こうもなりますよ。仕方ないですね……」
イロハはゆっくりと歩み寄ると、ソファに崩れかけたマコトに声をかけた。
「マコト先輩、いつまで引きずってるんですか。万魔殿のトップがこれでは困るんですが」
その言葉に、マコトはピクリと肩を揺らす。だがすぐに顔をあげ、唇を引き結んで言い返した。
「……イロハ、私は引きずってるんじゃない。“分析”しているだけだ」
「分析、ですか?意外ですね。てっきり怒りに震えているのかと」
イロハが淡々とした口調で皮肉を投げると、マコトは苦笑を浮かべて首を振る。
「いやまあ……流石にあんな風に言われるとは思っていなかったが……。天雨カナ。あの女、一体何者なんだ……」
マコトの目は鋭く細められ、その視線は空の一点を貫いていた。
「さあ……? アコ行政官の姉という以外、こちらが掴んでいる情報は何もありません」
「ふむ……本来ならただの風紀委員の一員。それだけのはずだった」
マコトの声は低く、抑えられた怒気と混じった熱が滲んでいた。だが、それはただの憤りではない。何かに惹かれるような──好奇心にも似た色だった。
「だがあの口調、あの論理展開……あれは経験の浅い学生の言葉じゃない。相手を追い詰める“技術”だ。何かが……ある」
「つまり、裏があると?」
「そうだ」
マコトは椅子から勢いよく立ち上がると、イロハに向き直った。
「イロハ、すべて洗い出せ。出生、過去の転校歴、医療記録……表に出ていない記録も含めて、片っ端から調査しろ」
イロハはやれやれといった表情で片眉を上げる。
「……そこまでやるのは、もはや興味以上の“執着”では?」
その指摘に、マコトは一度だけ視線を落とした。だが次に顔を上げた時には、静かに目を細め、どこか吹っ切れたように言い放つ。
「……ああ。正直に言おう。欲しいと思った。我が万魔殿に、天雨カナがいれば──こちらの戦力は格段に跳ね上がる」
その言葉を聞いたイロハは、あからさまに呆れた様子で首を振る。
「はあ……そうですか」
「頼むから、ちゃんと聞いてくれ……!」
必死にすがるように語気を強めるマコトに、イロハはまたもため息をつき、感情のこもらない目でじっと彼女を見下ろす。
「……まあ、マコト先輩がそこまで言うなら、情報は探ってみますけど。……で、カナさんをどうやって勧誘するんですか?」
イロハの鋭い質問に、マコトは一瞬黙り込む。
「……それを、今から考える」
「……もうやめません?その行き当たりばったりなやつ」
イロハの冷たいツッコミが突き刺さるが、マコトは不意に何かを思い出したように目を見開いた。
「いや待て! 確か……アコ行政官は賭け事をする趣味があると、風の噂で聞いたことがある」
「で?」
「キキッ……!イロハ、私に考えがある!!」
突然目を輝かせるマコトに、イロハは完全に面倒くさそうな表情を浮かべながら、静かに首を傾げた。
「……?」
──翌日
朝の風紀委員室には、昨日の喧騒が嘘のような静けさが戻っていた。
「おはようございます、ヒナ委員長」
「おはよう、アコ」
まだ始業前の時間帯。ヒナはいつも通り淡々と机に向かい、書類に目を通していた。アコは小さく会釈をして中へ入ってくる。
昨日、万魔殿を退けたとはいえ、カナの暴走は一部メンバーに深い印象を残していた。それでも、風紀委員たちは各自、戦術訓練や書類仕事などに黙々と取り組んでいた。
だが──
「あれ? カナは一緒じゃないの?」
イオリがふと問いかける。
「はい。なぜか『今日は準備に時間がかかるから先に行ってて』と言われまして」
「えぇ……カナさんが一人とか、嫌な予感しかしないんですけど……」
チナツが深いため息をついた。
「心配し過ぎですよ。昨日のお姉ちゃんはかっこよかったですし、きっと風紀委員としての自覚がやっと芽生えてきたんですよ」
「それ、フラグって言うんですよ」
「絶対また変なこと考えてるって」
「いやいや、さすがに今日は大丈夫でしょ……」
その時だった。
バァン!
扉が勢いよく開き、騒がしい足音と共に入ってきたのは──
「Yo!Yo!みんな今日もおつかれ~!風紀の誇りはここに在れ~!」
──サングラスをかけ、腰にチェーン、妙にだぶついたパーカーを着たカナだった。
「「「「想像の斜め上!!!!」」」」
風紀委員室が一瞬でクラブハウスに変わったかのような錯覚に、全員が固まる。
イオリは無言で乾いた笑いを漏らしながら、カナを見つめた。
「準備ってこれのこと……?」
チナツは手帳をパタンと閉じると、もう現実から逃避するように窓の外を見つめ始めた。
「……どこからツッコめばいいかわかりませんね」
アコだけが、こめかみを押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「お姉ちゃん……昨日帰ったあと、何してたんですか?」
「Yo! 昨日は帰宅してからテレビ見てましたYo!」
「……あ、ラップ番組に影響されたんだこの人。てかそれやめてください。韻も踏めてないし」
「今日のカナは一段と面倒くさそうだな……」
イオリがぼそりと漏らすその横で、ヒナがようやく口を開いた。
「で、その“準備”っていうのは、ラップで風紀指導でも始めるつもりなの?」
カナはサングラスを指先でカチャリと持ち上げ、ドヤ顔でキメた。
「風紀とは心を律すること。心を律するには魂のビートが必要です!」
「……まったく答えになってないわよ。というか普通に喋って」
「No! No! ヒナさんも韻踏んでいこうYo!」
「状況関係なしに撲殺したくなる醜悪さね」
ヒナがこめかみを押さえるその横で、イオリが静かに呟く。
「ていうかさっきから“風紀”と“ビート”のつながりが一切見えないんだけど……」
「おっと、それは韻を感じる心が鈍ってる証拠だYo!」
カナが謎のヒップホップポーズでイオリにじわじわと詰め寄る。
「そこまで言うなら即席でラップしてみてよ。まあカナには無理だろうけど」
「ふふん! 楽勝だぜー!」
カナは意気揚々とヒナの前に立ち、指をパチンと鳴らした。
「Yo!Yo!風紀のリーダーといえば~?」
(((まさか……)))
全員がほんのり嫌な予感を覚え始めた、その瞬間だった。
「Yo! 遅刻をしたら秒速で制裁! けど肝心な人望は──うーん、まぁだいたい……」
「……ちょっ! お姉ちゃん!?」
「バカか!! 相手を見て喧嘩を売れ!」
アコとイオリが青ざめながら止めに入るが、カナは止まらない。
「“風紀のトップは無敵の女王! その眉間のシワは暴力の象徴~!”」
(((終わった。風紀委員会が終わった。)))
ヒナは、何も言わずに立ち上がった。
怒鳴りもせず、眉ひとつ動かさず、
ただ……無言でカナに歩み寄る。
足音だけが、教室に鳴り響く。
そして──
ガシッ
「え?」
ヒナはカナの頭を、無言で自分の脇にガッチリと挟み込んだ。
ギギギギギギギギ……!!!
凄まじい圧力が空間を歪ませる。
「ぐぇぇぇ……!?ぎ、ギブギブギブギブ!!!」
「まだ言葉が出るってことは、締めが足りないわね」
「痛い痛い!!分かったから!!」
──その時だった。
重々しい音を立てて、教室の扉が開かれた。その音に、何気なく作業していた風紀委員たちの手が止まり、一斉に視線が扉へと向けられる。
「風紀委員会は……今日もやることがなく暇なのか?」
その声は皮肉混じりに響いていた。
「「「「!?」」」」
現れたのは、万魔殿の制服を着たマコト。その横には、表情を崩さぬまま手帳を広げるイロハ、そして少し離れた位置に控えめに立つイブキの姿があった。
ヒナの顔がすぐさま険しくなる。眉間に皺を寄せ、冷たい視線を向けた。
「なんであなた達がここに?」
その問いに、マコトは小さく肩をすくめて応じる。
「おっと、そう警戒するな。今日は……そこのヘッドロックをされてるやつに会いに来た」
「「「「!?」」」」
全員の視線が、教室の中心──ヒナの脇でギチギチと締め上げられているカナへと集中する。異様な構図に、一瞬教室の空気が凍りついた。
「天雨カナ、我々万魔殿に──」
「ぐええっ!?ヒナさん!?なんで力を強めるんです!?」
「問答無用」
ギギギギギギギギ……!!
絞め上げの圧がさらに強まる。
「コホン……天雨カナ、我々万魔殿に──」
「ちょっ!ヒナさん肋骨にヒビが──」
「聞けよ馬鹿野郎」
さすがのマコトもたまらずツッコミを入れた。するとようやくヒナが腕を緩め、カナをぽいと解放する。
カナは床にぺたんと座り込み、息も絶え絶えに呻いた。
「ぐふぅ……視界が……ギャラクシー……」
「で、結局カナに何の用?」
ヒナが訝しげな視線で問いかけると、マコトは一瞬だけ目を泳がせ、やや言葉を濁す。
「いやなに……昨日の礼をしようと思ってな」
「……何を企んでるの?言うならはっきり言ってちょうだい」
ヒナの声にわずかに圧が乗る。静かに一歩前に出ると、背後に控えていたイロハとイブキの表情にも一瞬だけ緊張が走った。
だがマコトは笑みを浮かべたまま、堂々と切り出す。
「では単刀直入に言おう。天雨カナ、我々万魔殿のメンバーになれ」
その言葉を聞いたカナは、即座にこう返した。
「あ、無理です。アコ、飲み物とってください」
「お茶でいいですか?」
「ありがとうございます」
「「「「……」」」」
風紀委員室に、文字通り時間が止まったかのような沈黙が落ちた。
あまりにも即答すぎる拒否に、マコトの顔が引きつる。
「……ん?え、早くない?」
「寧ろなんで私が万魔殿に入ると思ってるんです?」
カナは本気で不思議そうな顔をしていた。だがその無垢な顔の裏に、確かな鋭さを感じ取ったマコトの顔がこわばる。
「いや……その、戦力として……いや、ポテンシャルというか……」
普段冷静なマコトが、まさかのしどろもどろ。イロハが隣で手帳を閉じ、興味深そうに眺めている。
ヒナはというと、あまりの事態に“なに言ってんだこいつ”とでも言いたげな目をしていた。
「そ、そうだ天雨カナ!この私がキヴォトスを征服した暁には、キヴォトスの半分をくれてやろう!」
「え、いらな」
「えぇ……」
隣のイロハが、軽く目を閉じて溜息を吐く。
「プレゼンが雑ですね……」
「くっ……! では具体的な福利厚生やインセンティブの提示を──」
「いや、本当に興味ないです」
完全に無関心な態度に、とうとうマコトは限界に達した。
「なら……勝負だ天雨カナ!!」
「はい?」
「「「「は????」」」」
突然の謎宣言に、室内全員が揃って声を漏らす。
カナは椅子に座ったまま、ジト目でマコトを見上げた。
「ちなみに勝負の内容は?」
「麻雀だ」
(((((なんで?????)))))
室内にいた全員が、心の中で揃って突っ込んでいた。
マコトは一拍おいて得意げに腕を組み、口を開いた。
「ルールは四人麻雀。ただし、我々万魔殿から二人、風紀委員会から二人のタッグ麻雀だ」
突如として提示されたルールに、カナが眉をひそめる。
「タッグ麻雀?麻雀って個人戦意外にもあるの?」
疑問をぶつけるカナに対し、マコトは口元を吊り上げて笑う。
「キキッ!ただの麻雀ではない。もちろん麻雀が個人戦であることなど百も承知だ。しかし! 今回の対局は《タッグ戦仕様》だ。互いの持ち点は個別に管理されるが、勝敗はチームごとのトータルスコアで決まる」
すかさずイロハが、事務的な口調で補足を入れる。手帳をめくりながら、目も合わせず淡々と。
「加えて……相手に手牌は見せられませんが、捨て牌の流れや打ち筋から相方の意図を読み取る──その判断力と連携こそが、勝利の鍵です」
「なるほど……つまり、“戦略的な共闘”が求められるわけですね」
アコがぽつりとつぶやき、内容を整理するように首を傾げる。だがその語調には、まだ納得しきれていない様子が見て取れる。
カナは腕を組みながら、じっとマコトを見つめていた。
「……で、それがどうしたんです? こっちからすれば、やるメリットがまったくないんですけど」
「ふむ?」
マコトはまるでわかっていないような表情で返す。
「いや、だから。勝ったらどうなるんですかって話です。罰ゲームじゃ困るんで」
その問いに、マコトはにやりと笑った。
「キキッ……! まあ、勝つことなどありえないとは思うが……貴様らが万が一にも勝利した場合──風紀委員会の予算を3倍にしてやろう」
「「「「!!!!」」」」
言い終わるか否か、その場の空気が凍りつくように緊張した。
湯呑みを持っていたイオリの手がピクリと震え、あやうく中身をぶちまけそうになる。ヒナの瞳には獲物を捕らえる獣のような光が宿り、明らかに何かに火がついた顔だった。
……だが、その一方で。
カナとアコは、どこか醒めた様子で顔を見合わせた。
「でも……負けたらお姉ちゃんを万魔殿に取られますよね?」
アコが慎重な口調で問いかけると、ヒナの方を見やる。
「さすがにヒナさんがそんなことを許すはず……」
そのカナの言葉にヒナはふっと表情を変え、静かに椅子から立ち上がった。そして、アコとカナの肩にゆっくりと両手を置く。
「行きなさい。アコ、カナ」
「「え?」」
まさかの送り出し宣言。声が完全に重なり、二人の目がまんまるに開く。
「え? 委員長? 負けたらお姉ちゃんが引き抜かれますけど?」
「ヒナさん!? 本当にいいんですか!? 私、いなくなりますよ!?」
その問いかけにも、ヒナは少しも動じなかった。まるで「心を鬼にする」という言葉を絵に描いたように目を閉じ、神妙な表情で一言。
「ええ、それは心苦しいけど──あなたたちの恥で予算が3倍になるなら、安いものだと思うの」
「「そりゃあなたは関係ないですもんね!!」」
即座に突っ込まれるも、ヒナは頬杖をついたまま動じず、表情一つ変えなかった。
「なにを言ってるの、アコ。あなたの姉でしょう?信じてあげなさいよ」
「信用と期待は別物ですよ!? 全然イコールじゃない!!」
アコが真顔で食い下がる中、マコトが再び口を開く。どこからか取り出した分厚い紙束を手に、ドヤ顔で提示した。
「さて──これは対局に用意された《特別ルールブック》だ。ルールの厳密な定義、禁止行為、ポイント計算方式、そして我が万魔殿が誇る“必勝思考パターン”をまとめてある」
「審判、この人追い出してください」
「ノーペナルティです」
「公平さの欠片もない!??」
アコは机に顔を伏せ、うめくように抗議した。そんな様子を面白がるように、ヒナが腕を組んで一言。
「つまり、実力でねじ伏せろってことよ。やりなさい、アコ」
「いや、ヒナ委員長がやればいいのでは!?」
「いやよ、めんどくさいし」
「コホン……」
咳払い一つ、マコトが口を挟んだ。再び紙束をめくり、静かに告げる。
「対局は明日、放課後。場所は──我々万魔殿の執務室。そしてこの勝負は……ゲヘナ中に放送される」
「「はあ!??」」
声が裏返り、アコとカナが硬直する。
「ちょっと待って!? なんでそんな羞恥全開の勝負を全校生徒に見せなきゃならないんですか!?」
「それ以前に、明日って私、アニメの最新回があるんですよ!」
「それは録画しとけよ」
カナの悲鳴まじりの抗議にも、マコトは余裕の態度を崩さない。腕を組み、ふんと鼻で笑う。
「話題性は大事だ。万魔殿と風紀委員会、両者の威信をかけた大勝負──これは見せものとしての完成度を高める必要があるのだ」
「そんな完成度いらない……どうして羞恥心だけが増えていくんですか……」
アコはうなだれ、頭を抱える。そんな中で、ヒナがふいにぽつりと呟いた。
「じゃあ、明日は私は休むから、適当にやってね」
「残念ですが、ヒナ委員長は明日の実況席に座ることになっております」
イロハが淡々と手帳をめくりながら告げる。
ヒナの動きがピタリと止まり、無言で目を細める。
「……それ私の意思は?」
「ありません。役割分担はすでに申請済みです」
ヒナは数秒沈黙した後、ため息とともに肩を落とした。
そして、マコトが最後に口を開く。
「では──健闘を祈る。天雨カナ、アコ行政官。せいぜい我ら万魔殿の踏み台として、笑いものになるがいい!」
「だからなんで全力で晒そうとしてくるんですか!?!?」
「キキッ!! ではさらば!!」
バンッ!
マコトが勢いよく風紀委員室の扉を閉じる音が、静まり返った部屋に響き渡った。
しばし沈黙。
その中で、カナがぽつりとつぶやいた。
「……ねぇ、アコ」
「はい」
「私たち……明日どうすればいいの?」
「耐えて……勝つしかないですね」
だが、アコの目は遠くを見つめ、どこか陰りを帯びていた。
(でも……まともに戦ったところで)
(勝てないのは明らか……なら)
──不正で勝つしかない──!
二人の脳裏に、同じ結論が静かに、しかし確実に浮かんでいた。
今後はどんな話がみたい?
-
ブルアカ本編のストーリーに介入
-
ギャグ路線で暴走
-
アコとカナの百合展開
-
カナの空白の10年間